第479話「イスタメル傭兵隊」 ベルリク
「伝令!」
「ご苦労」
クセルヤータ隊に新しく入った、人間より頭一つ分くらい背の高い、かなり若い竜ヘムラプートから手紙を受け取る。人は乗せられないが紙の配達ぐらいは問題無い。
「お前ちょっと面かせ」
ヘムラプートの耳の後ろを手でグリグリすると「ふわぁあひぇあぁ」と鳴く。鱗が小さくてしかし成人と違ってザラつかずツルメロン。
アクファルも思い出したようにクセルヤータの耳の後ろを殴る。歳を経て鱗と皮が厚くなるとそのくらいは必要。
手紙の内容は主にフラウンゼン方伯の領都ホッフフラウンへの兵力の集中について。
領都にモルル川渡河作戦以降の、大半が武器を放棄した敗残兵が集まる。同時に周辺と領内から予備兵が集まって一万を越えて五万に満たない程度の兵力が集結。
この臨時再編軍は重装備を欠き、軍服軍帽から小銃鉄帽すら欠く。エデルト的な几帳面さから程遠い様子で、在庫は十分でも輸送が間に合っていないという雰囲気。とにかく今この瞬間は弱い。
この方伯領の中核であるフラウンゼン山地は南部が古くからの塩鉱山で、北部は帝国統一後になってから開発が進んだ石炭鉱山。最新の貨物鉄道が通り、鉄道輸送での兵力集中能力が高い。
同領都名鉄道線上にて、長蛇の渋滞の列になって存在する車両上の敵部隊は確認出来た範囲で十万超。最後尾がまるで見えない。また騎兵を中心に一部は列車から降りて徒歩で移動中。
この渋滞の原因は列車の戦時過密運行による給水給炭組織の対応能力不足。
フラウンゼンの石炭は国内に輸出されてはいるが、その道中に貯蔵庫が過剰に設置されているわけではない。無数の待機機関車へ同時並行で運ぶ手順も整っていない。給水用の貯水槽も同様に過剰に設置されていない。
この鉄道沿線上には素早く接触出来るような河川や湖、運河や灌漑に溜池は存在しない。街の井戸から手で汲んだところで途方も無い。限界がある。
ベーア帝国、常備軍約百万で一次予備を入れたら動員人数はほぼ倍の二百万と推測される。
第一戦線、こちらの内マトラ軍集団二十万を相手に拮抗しているところから同数以上。
この場、北西の位置で十万超が集中し始めている。
交通の便が良いモルル川、西の位置はそれ以上と思われる。十万超の二十万未満?
凡そ五十万弱と接敵中。こちらは外マトラと内マトラで三十万超、まだ前線に出ていない外ユドルムを入れて五十万超。まだ先制攻撃の優位から互角の範囲内。
二次予備をあちらが動員すればまた倍の四百万。成人男性根こそぎとなれば八百万? 三分の一くらいの規模のフラルを足して一千万越えか? 凄いな、工夫しないと。
「山は白いか」
「紅葉に薄く冠雪してます。黒っぽいかな?」
空気を鼻で吸い、舌で味わって吸う。十分乾いてるな。数日前までは雪が軽く降るくらいには湿っていたが、大気の波が乾燥側に来てる。
「いけるな。ヘムヘムはもっかい飛んでフラウンゼンの山に火を点けてこい。あー、クセルヤータ、半分取り消し、人選んで山火事熾せ。カラミエスコから北風が降りてる時がいいな。この感じだともう良いかもしれん。空見れば人間より分かるだろ」
「了解。炭鉱には?」
「出来たらやってちょうだい。おっとヘムヘム、石炭積んだ列車、東から西行きで結構いたか?」
「分かりません。民間人はいっぱいいました」
住民避難とは暢気だな。女にも塹壕掘らせなきゃならん時に余裕があるな。
「じゃあ覆いかな。布被せてるけど砂山積んでんじゃねぇの? って感じのあったか。その下が箱とか棒っぽくないやつ」
「ありました! 何かなって思ってました!」
「よしよし」
ヘムラプートの喉を撫でる。デカ過ぎないからお触りがお手頃。
アクファルがクセルヤタータの喉を殴って一回咳き込ませる。
■■■
モルル川渡河作戦も終わり、集結し終わった黒軍騎兵四千騎を使い分ける。まあ、いつも通りだな。
キジズくんには半分の二千騎を預けて、渋滞の渦中、そして石炭を狙うことを意識した襲撃をホッフフラウン線に仕掛けさせる。石炭貨車、石炭貯蔵庫を狙って焼夷弾頭火箭、火矢、近寄れたら松明でも何でも使って石炭火災を積極的に起こし、その次いでに敵を殺して、目玉をえぐって、線路を爆破してと、いつもの浸透作戦。
ベーアの鉄道車両運行が差し支える程に我々の攻撃の具合が良くなる。戦闘体勢もまともに取れない線路上で、進む引くで内輪揉めしているところは襲いやすい。
こちらが率いる二千騎はフラウンゼン山地への増援を直接遮断する。渋滞を抜けた先にいる連中を襲撃する。
まずはその渋滞が終わった先へ移動し、線路に工作を仕掛ける前に周辺住民を皆殺しにして、こちらの行動を通報させないようにするのが基本。手早く、目玉を抉っている暇は無い。
渋滞を抜けた列車が来たら置き石、枕木抜き、線路曲げ、爆弾で足止めする。脱線事故まで至れば良し。
列車の窓や扉に向けて擲弾矢を射て小爆裂を連打、細かく破壊して隙間を作り、そして塩素剤弾頭を直接照準射撃で当てて車内の敵兵に塩素瓦斯を吸わせる。
次に化学戦装備の下馬部隊が突撃。この襲撃方法で防毒覆面を咄嗟に装着出来ているような敵兵は早々おらず、手榴弾を投げ込んで爆破し、扉も手で開けずに爆弾で吹っ飛ばしてから車内に突入すればまともな戦闘にもならずに制圧が完了。
その後の線路上には、目玉を抉って手足の骨を砕いた敵兵を放置して後続の列車運行を妨げる。障害物であり手間暇掛けて救助しなければいけない仲間なのだ。
電信線は切断。電柱は余裕があったら折る。一見故障していないように見せる工作もする。電線を真ん中で切ってからただの綱で繋いで――結ばずほぐして編むと結節点が目立たず少し太いぐらいになる――見た目は繋がってるけど断線している状態にする。不良個所の発見が遅れれば修理も遅れる。
重たくて騎兵機動には邪魔で持ってきていない大砲は有難く鹵獲。石炭も火責めに使えるからある程度鹵獲。
後は脱線しないで停車した車両は、片側の車輪を爆破破壊して傾けて、綱を掛けて皆で引いて横倒し。後は持っていけない石炭に火を付け、水槽には穴を開けて放水して再利用し辛くする。
襲撃して作った強制停車地点に向けて次の列車がやってきたら早速鹵獲した大砲で直接射撃、破壊。線路上から外れない列車には良く当たる。
止まった列車から敵兵が出てきたら、石炭も使ってその辺の村、列車内、敵兵と民間人から剥がした雑品を混ぜて燃やして煙を流す。周辺の防風林も燃やして敵の視界を奪う。煙くて防毒覆面を脱いだ様子が見えたら塩素剤火箭発射。この混合運用の効き目が抜群。
この状況を更なる後続の敵指揮官が把握したのか、かなり幅広い戦闘陣形を組んだ散兵を繰り出して来たので積極的に戦わず逃げるように移動した。
隙間が無く迂回も困難な陣形は厄介だが足並みを揃えようとしていて足が遅い。攻撃力と引き換えに速度が損なわれている。更に遅くしてやるように、出来るだけ防風林や畑、村や町を焼いて通りすがりの民間人の目玉を抉って放置して遅延行動に務める。
痛々しい民間人を処置無しと放置するような精神に至るまであとどれくらい掛かるかな?
一番の大騒ぎは避難民を満載した列車を襲撃した時だ。強制停車、民衆を降ろして適当に数人殺して怯えた群れに仕立ててから追い立て、敵部隊、線路復旧作業にぶつけると最高の状況になる。
かつて豚小屋に火を点けたような騒ぎ、と言った奴がいた気がするが、これは満員列車を襲った時のような騒ぎになっている。
目玉も抉っていない健康な女子供を肉の塹壕とする。馬の背に乗って、人の頭の高さよりわずかに高い程度に身を屈めて頭越しに撃ち放題。民間人はこちらの側に走って来るなんて攻撃的で味方を助ける行動を取りはしない。伏せて戦闘の邪魔をしないような配慮もほとんどしない。
今回のような場合は傷付けないで逃げたいように逃がしておくと良い。時には殺さず生かすのも大事。
いつも通りだな。
■■■
敵が対応し始めてから一方的に列車襲撃は出来なくなった。
偵察によれば、迂回が難しい規模で散兵が展開する。線路の先頭には装甲列車が回され、更に歩兵と騎兵が随伴して警戒厳重。
我々を追撃するために敵は騎兵隊を派遣し始めた。これも定石というか、当然の対処。
騎兵対処の基本は親衛偵察隊による先頭、最後尾同時狙撃からの待ち伏せ射撃。
相手が縦列隊形を取っていた時に、それへ垂直に防盾付き機関銃を設置した時の掃射結果は素晴らしい。
農民騎兵もどきが必死に防盾へ向けて騎兵銃を撃って、手回し連射で倒れて、怯えて脇に逃げたらまた待ち伏せ射撃。鹵獲した大砲を使うと相手にならないぐらい殺せる。
敵騎兵から不意の先制攻撃を受けることは一度も無かった。ここは練度の差、視力の差で圧倒した。
大雑把には竜の航空偵察で遥か彼方まで把握し、細かくは木登り崖登りをするエルバティア兵が把握。
鷹頭の目は枝葉の隙間から覗いて見える者ですら目ざとく見つける。話を聞いてみると「動いてる時の目立つ、全部わかれます」だと。
追いつこうとしてくる敵騎兵は格好の獲物。下手な歩兵より殺しやすくて助かるし、馬を奪えば騎兵隊運用が楽になる。乗って良し、載せて良し、食って良し。
行く先々、撃ち下しに良い高台から敵騎兵隊を狙撃。この狙撃台を何とかしようと集まる敵は後退と伏撃を繰り返して削り取り、捕虜からは拷問でそこそこ情報を吐かせたら目玉を抉って放置。
捕虜、民間人を縛って束ねて利用した”人間の盾”もしくは”人間の餌”は毎度活躍する。面白いくらいにこれを目にした時に敵の追撃の脚は止まり、助けようと手を動かし始めて良い的になる。その間に撃ち放題。
人間の盾のコツとしては殺さず、緊縛から解放すれば助けられる状態にすること。敵に救助を諦めさせてはいけない。助けられると希望を持たせる。
色々と非道な戦い方を繰り返していると恐慌状態に陥った敵兵、民間人が現れる。早くも脱走兵が見られる。迷惑を省みずに部隊から離れようとしない民間人が見られる。
これに判断能力が欠如した状態の敵兵、民間人に時限爆弾を仕掛け、持たせて逃がしてやると喜んで爆殺を手伝ってくれる。
エデルト浸透作戦で手馴れてしまったが、何でこんなに上手くいくのか逆に不思議だ。
やっていることは前と同じ……ではない。鹵獲石炭を有効利用しようという発想が出て来たのでむしろ成長した。
移動しながら町村を焼き回って煙を焚き上げ、敵にこちらの位置を把握し辛くした。立つ煙という目印があれば目立つが、これが有り過ぎると隠れることが出来る。木を隠すなら森の応用。放火分隊をあちこちに派遣。
大量の煙は普通の煙幕のように待ち伏せ攻撃にも利用する。そうすると敵がこの無数の火災が起こす煙全てに警戒するようになって鈍足になる。
もっと計画的に火攻めが使えるようになりたい。
エデルト浸透作戦の時は木の葉が青々として焼くことは出来なかった。気象情報を作戦前から把握して、今日のような火災を起こせるように準備をしていればもっと凄いことが出来たのだ。今成功している分が余計に悔しい。
ホッフフラウン線での戦いが進み、夜でも空が赤いままになってくる。カラミエスコ山脈からの乾いた吹き下ろしの、破壊の空っ風が吹いて火勢が広がり続ける。
この戦争で消防組織の稼働率が下がっているのか鎮火も遅い。消防隊員も積極的に狙う。
東の遠い空もかなり赤い。フラウンゼン山地の山火事が一面塗り替えるように広がっている。竜跨隊からも放火報告が届く。
北風が焦げ臭さを運んで、汗をかいた部分を触ると煤でザラつくのを感じる。
この地域は後に外マトラか外ユドルム軍集団が攻めて陣取ることになる。火災は我々の足を度々止めて来た防風林塹壕の防御能力を下げておくことにもなる。禿げ山の方が山岳攻略も楽だ。
一挙両得、焼いて仲間を応援!
■■■
襲撃と火災でフラウンゼン方伯領をある程度孤立化したところで作戦を切り上げ、ホッフフラウン線より南側へ移動。次の戦場をどこにしようかとキジズくんの二千騎と追撃してくる敵騎兵隊を適当に殺しながら合流した。
合流したそこには何とイスタメル傭兵隊の隊付き伝令、我が親戚であるユルグスくんが竜跨隊の航空輸送でやって来ていた。
「お前、親父と同じでが髭が無ぇな!」
「うへへ、痛いです!」
ユルグスはカイウルクそっくりで髭が産毛程度。ほっぺたつねる。
「で」
「挟撃を提案です」
「ほう」
「ご覧ください」
イスタメル傭兵隊が作成した戦況図を見ながらユルグスくんが「では……」と解説。
基本情報として、このエグセン中部諸邦地域にある要塞はモルル川沿いと、マインベルト王国国境沿いに集中している。歴史的経緯から自然とこうなる。
その間隙を縫う形で北西進軍は進んだ。要塞自体の現代化改修はある程度進んでも、立地が他領邦間との連携を考慮していない。だから多少の蛇行を許容すれば進むだけなら進める状態で、先頭を切ったイスタメル傭兵隊はレインセン公国の南東部を制圧しながら防衛線に接触するまで進めた。
その防衛線は構築され始めたばかりで守り自体は手薄だが、時間が経って作業が進めば堅くなるのは当然。列車機動で大量の兵員が運び込まれて更に堅くなるのも自明。脆いのは今だけ。
正規軍はというとその連携が取れていない各要塞を包囲して落としに掛かっている状態。
重要拠点には要塞を一日で粉砕する重砲が持ち込まれている。毛象が運んでも移動と解体設置で、短距離移動でも一日掛かる代物。砲弾も少ない。
もう少し軽い野戦砲も他の要塞攻略に回されて手元には無い。イスタメル傭兵隊は軽装備で進めるだけ進んでみた結果、砲兵隊を置き去りにして来た。
そもそもは強行偵察の心算でレインセン公国まで来て攻略は砲兵隊を待つものと考えていたが、ここで浸透中の黒軍騎兵隊の助力があれば行けるんじゃないかと思い至り、伝令ユルグスの派遣となったわけである。
イスタメル傭兵隊の作戦能力。
預かった尖兵は消耗していて突撃回数が限られる。真っ当な迎撃を受ければ一回まで。
砲火力は迫撃砲まで。弾数は少ない。
傭兵隊本体の損害は微少で五千。小銃弾、手榴弾は問題無し。予備無しで陣形を幅広にすれば、今の規模の塹壕なら端から端まで覆える。
「……他にありますか?」
「川沿いの西進側は?」
「敵の水軍は動いてません。そして現在、レチュスタル司教領の防衛線で全面膠着状態」
「このレインセンを突破して迂回すればかなりの支援になるな。逆に放っておいて繋がると堅い。よし乗った」
「朝方に迫撃砲で全力射撃を掛けるのが合図です。大して火力がありませんので失敗したらグチャゲロになるんで宜しくお願いします」
「分かった。死ぬ覚悟をしとけ」
■■■
レインセン防衛線の裏側へ日出前に移動。また部隊を二つに分ける。
キジズくんの二千騎にはまとまった集団になって貰い、先んじて防衛線の最後方付近を自由に襲撃、離脱を繰り返して貰う。
他所から無限のように来る敵増援を引き付けて陽動し、最前線に補充するための予備隊を引き抜かせ、補給部隊などを攻撃して業務を麻痺させて軍としての能力を全体的に低下させる。
そして自分ベルリクが率いる二千騎はそれとはまた別の危険な仕事をする。
「薄く伸び切った線になって頑張るぞ! 全たーい……前進!」
刀を掲げて二千騎を先導、横断開始。
防衛線の最前線である塹壕の第一線、その後方の予備部隊がいる第二線へ向けて三列縦隊になって真横から前進。
この第二線はほとんど穴らしい穴も掘られておらず、やっと到着した部隊が荷物を降ろして、工兵が杭を打って綱を引いた工事予定の線を決める作業の最中だった。夜明け前の今は、朝からの作業のための工具が並んで置かれている程度だった。
消えかけの篝火の傍ら、徹夜で測量して疲れている敵工兵の顔に刀を打ち込む。顔が落ち、舌と唇が無い状態で叫んでもんどりを打つ。もう休め。
今回は夜襲に近い朝駆け。声は上げず、銃声は敵全体が”目覚め”るまで抑える。
刀で斬り、槍で突いて弓矢で射て、今日の塹壕掘り作業に向けて現場で寝転がっていた奴等の腹を踏み潰して比較的静かに進む。
我が二千騎は最後尾から順に、騎兵分隊毎に一定間隔で待機して”点線”を描く。
点毎に寝かせた馬や敵の死体、その辺の荷物に塹壕用の土嚢を奪って使い、火箭と機関銃の簡易陣地を作る。
騎兵の速さで防御陣地を急速展開。陣地間は火力支援可能な距離を保ち、常に交差射撃が出来る形を維持。
静かに殺しながら横断していると、異常に気付いた敵が目覚め始めた。銃撃戦がにわかに始まる。
第二線後方の宿舎や倉庫へ向けて塩素剤弾頭火箭が発射され始める。寝起きに塩素雲を吸わせ、まばらな反撃を機関銃による交差射撃で掃射。
我々は奇襲の利があって今は圧倒的だが、急速展開したこの防御陣地はかなり薄いし隙間が広い上、敵に挟撃されている状態。非常に不利な形になっている。
時間通りに動けよイスタメル兵。
日出手前。我々が作った防御陣地は前後の敵を分断して固定。前後両面からの逆襲を受けて防ぐ。敵第一線から第二線への増援も確認出来る。
直射日光はまだだが、太陽が空を照らして薄明るくなってからイスタメル傭兵隊による迫撃砲射撃を確認、敵第一線への弾着始まる。それなりに正確、薄い塩素瓦斯雲も発生。
アソリウス島でラハーリの禿げに突撃させていた頃の雑兵とは隔世の感があるな。
キジズくんの二千騎による後方襲撃が進展し、我々の防御陣地は順次、敵第一線の敵にだけ集中出来る状況が出来て来る。逆襲部隊をいなしつつ、イスタメル傭兵隊が突撃を始めるまでに第一線中の砲兵、機関銃兵を狙撃する余裕が生まれる。
ほぼ未着工の第二線ほど酷くはないが、第一線の塹壕は胸壁が未完成で、背壁は未着工。第二線側からの射線は良く通り、伏せでもしない限りは丸見え。邪魔な逆襲部隊さえ抑えられるようになれば狙いたい放題。
イスタメル傭兵隊の突撃発起確認。しかしエグセン尖兵が絞り出す『フラー!』の喚声が少なくて弱い。個人個人はともかく、密になった圧力が無くて疎ら。
少数の尖兵が形成する散兵線が進み、砲撃、機関銃掃射がその弱い突撃の破砕にかかる。人数とそれ単一の脅威には不釣り合いな程の火力が加えられる。我々が後方に陣取るという危機的状況でなければ落ち着いた射撃指揮が下されたはずだった。
重要な火点をあらわにした第一線に対して迫撃砲による精密射撃が始まる。初弾、観測射は大砲、機関銃座の付近に着弾。効力射が始まって火点破壊が始まる。
何斉射分くらいあるんだろうなぁ、と大体の門数と弾数に当たりをつけて耳で数えていたら十三斉射分程度で号笛が鳴り、突撃発起地点である坂の陰から立ち上がって姿を見せて前進を始めた。
そんなに砲弾が無いくせに挟撃提案したのか。何だか変な貧乏性に罹ってないか? 何をするにしても無いのが当たり前、のような。
前進するイスタメル傭兵、早足程度で少し進んでから一度停止。構えて一斉射撃を加えてからの「着け剣!」の号令で銃剣を小銃につけて「駆け足、前へ!」の号令で疲れない程度に走り出す。
イスタメル傭兵は物陰に隠れる程度の動きはするが、基本は足を止めずに小銃射撃を繰り返しながらの前進。そして全速力で塹壕に突入しても疲れ切らない位置まで近づいたら士官が刀を振り上げて「突撃!」号令。
『ズィーター!』
イスタメル語の喚声を上げて走る。軍旗は先頭位置、目標地点を報せて誘導する。心が弱くても目指す物があれば走れる。
第一線の敵兵が小銃で迎撃。イスタメル傭兵は倒れて、士気が挫けそうになる程には倒れない。味方の死体に転んで遅くなる程にも倒れない。我々が第二線から脅かし続けているので前方に集中出来ない。
手榴弾袋を提げる突撃兵が先行。吹き流し付きの手榴弾を先に、遠心力を使って投擲。これを最終爆撃として拳銃と棍棒を持ってイスタメル傭兵隊が第一戦塹壕に突入。続いて銃剣小銃兵が入って行った。
前進中に射撃を浴びて足を止めたり麻痺することもなく白兵戦に移行している。
イスタメル傭兵への狙撃支援をこちらは継続。白兵戦の渦中を狙えば同士撃ちになるので、渦中へ飛び込もうと他所から動く敵を狙う。第一線の内部でも細かく分断する。
突入した塹壕各所に制圧の目印となるイスタメル傭兵隊の旗が揚がっていく。各隊指揮官は旗を目印に戦況を把握し、余剰部隊を差配して制圧区画を拡張する。これも兵器。
第一線の制圧に目途がついたらこちらも陣形を解除し、キジズくんの二千騎と合流しながら残敵を掃討してこのレインセン防衛線の全体制圧に掛かる。砲弾も尽きたイスタメル傭兵隊のために大砲、機関銃とその弾薬の鹵獲も頑張ってやろう。
そんな中ホッフフラウン線から、朝に到着したばかりの新鮮な部隊が続々と投入され始めた。この防衛線に至るまでの街道沿いでの戦闘が始まる。
機先を制して塩素弾頭火箭を撃ち込み、鹵獲大砲を混ぜた即席機関銃陣地で迎撃したところ、街道上では戦闘陣形を築けないと判断した敵指揮官は線路沿いに防衛線を敷き直して隙を消し、この場での戦闘は一旦終息した。
今回は敵防衛線を構築する兵站、予備、前線を騎兵機動力で分断し、軽装備の味方部隊でも陣地攻略戦を成功させることが出来た。
防衛線構築が始まったばかりで、騎兵に側面攻撃を許すような余地を残したばかりに敵が被った敗北である。
戦争が始まったばかりの今じゃなければ通用しないやり方かな?
掃討戦の音が聞こえる中で、イスタメル傭兵隊のところへ戻って帽子を上げて別れの挨拶。
イスタメル傭兵隊長が叫ぶ。
「ベルリク閣下に三唱!」
『ズィタ! ズィタ! ズィタ!』
本当に隔世の感がある。傭兵とは名ばかりで実質は正規兵の彼等が自分に向けて万歳三唱だと?
「我々はこれからレチュスタル司教領に行ってくる! 鹵獲兵器を良く使え。後続部隊が来るまで凌ぐか、逃げるときゃ陣地に拘らず逃げろよ! 敵は恐怖を忘れ、部隊を編制次第、逆襲を狙うからな!」
外マトラ軍集団での初期拡張はこのくらいが、補給無しだと限界だろうか。
尖兵は新しい占領地域で補充中だろうが、ただ突っ込ませる程度の訓練が終わるだけでも少し時間がかかる。内務省の仕事も追いついていまい。
無理すればまだ行けるが長期戦なので無理をするところではないと思う。どの辺りが限度かはラシージにお任せだ。何でもお任せして安心なのがラシージだ。
さて、外ユドルム軍集団との交代を待つまでの間、まだ頑張ろう。
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