第471話「栄光と黄金の大冒険の結果」 ホドリゴ

 航行するペセトト水上都市をロシエ・エスナル連合艦隊――エスナルがロシエ臣下となったのは承知――は取り囲んで集中砲火。一都市相手に囲んで砲煙を上げるロシエ籍の装甲艦は三十隻を超える。

 徹甲弾。脆弱箇所に直撃すれば成型石壁を砕いて内部へ崩落、露出。砲台に直撃すれば破壊。跳弾率が高く、船外へ跳んで無駄弾、乗員に飛び込んで挽肉。

 榴弾。石壁を削って破片散らして乗員、兵装破損。爆風が内部へ走れば被害拡大必至。砲台を良く破損させ、弾薬庫誘爆により”景観”が変わったのは一度だけ。

 榴散弾。乗員、木造設備などの軟目標を穿つ。散弾も跳弾、肉を刻んで跳ね回る。

 煙幕弾。大砲の操作、船体の応急修理、意思疎通に通行の妨害。内部に回れば”燻される”。

 ”巨大戦艦”どころではない水上都市の破壊は酷く難しい。縦横垂直に複雑な都市構造は多角的に攻撃しないと全設備に乗員を狙えない。舷側艦砲による直射は水面に接する都市基部、巨大なただの石の塊を叩いて無為に終わることが多い。砲角を上げ、波の上げ下げにも合わせて一斉射することで有効箇所へ砲弾を送れるが毎回成功しない。臼砲による曲射は効果的だが、保有数が少ない。

 普通の都市なら白旗を揚げざるを得ないような火と煙を噴きながら全くあのペセトトの水上都市には沈む気配どころか航行停止、減速する様子すらない。どれだけの妖精乗員があの石の上で挽肉になっているか数えようもないが、まるで怯む様子が無く祭事のように奇声を上げて砲弾が往来、跳ね回る中で歌って踊っている。ランマルカ製の艦砲が据えられた砲台は破壊されない限り、砲手が幾ら死んでも交替を続けて稼働する。

 水上都市上部に設置される砲台、その高い位置から砲角下げて発射される砲弾は装甲艦の甲板を直接叩いて大打撃。時に貫通、弾薬庫に引火すれば爆発轟沈。被弾想定がされた装甲の厚い舷側への着弾は少なく、設計技師へ恨み言が海中に没す。煙がなびく海上で、目視と聞き耳で四隻は既に転覆済み。双方の砲弾が飛び交って、回避と攻撃のための旋回運動で複雑な海流が作られれば溺者救助も難しい。渦に沈む者達が波間に見える。

 半数以上の装甲艦の甲板上で自動人形の一種、石猫が暴れている。対策は水密扉を締め切って艦内へ入れないこと。味方への誤射を甘受して旋回砲を艦外から甲板上へ向けて直接射撃すること。遺族へ莫大な年金を約束して自爆覚悟で収束手榴弾を船員、海兵隊に使わせること。破壊、損傷で石猫の動きが鈍ったら斧や大鎚で関節を狙って袋叩きにすること。投網に引っ掛けて船外へ放り投げるのが一番の手段だが、機敏に避けられることも多い。

 水上都市は特別な大破壊兵器が無ければ撃沈不可能。まるで鉄球砲弾で撃ち合いをしていた昔の沈没は稀な海戦を彷彿とさせる。完全無力化のためには接舷して移乗攻撃を仕掛けなければならないが、都市住民を倒すには艦隊総員を合わせても足りないだろう。あれには万単位が搭乗している。落ちた肉と血が変えた海は、鯨三頭は擂り潰したような色味を出す中でもまだまだペセトト妖精の頭数が減ったようには見えない。

 ロシエ艦の海戦を後目に、旧式砲に木造装甲の貧弱なエスナル艦は人々を救いに進む。


■■■


 艦隊の目的地は黒人王国の一つキドバに設けられたロシエ式植民地要塞、港湾都市デュクトルモート。そこにいる避難民を出来るだけ拾い上げて海上へ脱出させる。水上都市が体当たりをしてから万と兵士を上陸させたら助けることは出来ないので制限時間がある。

 東の海上、水平線が終わって湾口を確認して水道に入り、島、小島、暗礁地帯を警戒して北東に進んだその最奥、河口部に築かれているのがデュクトルモート市。既に陸上側から敵軍に包囲されており。火災の煙ではないが、埃が都市上に舞って薄ぼやけている。施設破壊の砲撃を受けている最中だ。これは不幸中の幸いで、陥落寸前だがしてはいないという証明。

 包囲するのはイサ帝国の獣人軍。槍と弓、良くて鉄弾を使う旧式滑腔銃くらいしか持たないものの、驚異的な身体能力で侮り難しというのがロシエ植民地軍の総評だったがそれはもう古い情報と化している。彼等は帝国連邦から最新火器を輸入し、フェルシッタ傭兵団を代表とする軍事顧問団を受け入れて現代火力戦を実施している。

 我々は本来、ここキドバ王国より先に、もう一つ北にあるベニー王国へ艦隊を入れる心算だったが手遅れだった。魔王配下の副魔王軍へ降伏して臣従を誓った後だとベニーから脱出し、連絡するために沖合の無人島に潜伏していたロシエ艦から”入港したら謀られて拿捕される”という情報を聞かされた。それから降伏していないふりをして港に受け入れ、艦隊を拿捕する計画があったとも聞かされて肝が冷えた。如何に攻撃精神が溌剌としていようとも、助ける心算の人々からの裏切りを受ければ知恵と勇気が働かないかもしれないのだ。

 砲台はほぼ沈黙し、傷つきながらも減速を知らない水上都市は水道入りを果たす。下手な操船で座礁してしまえと思えば、暗礁どころか磯やそびえる奇岩すら砕いて前進する有様。

 三角測量、速度、距離計算から水上都市のデュクトルモートへの衝突時間の割り出しが終わり、士官揃って懐中時計に時刻を合わせて活動可能時間を把握。可能なら全ての人を救いたいがそれはきっと叶わないだろう。残る者の魂を連れていずれその復讐を果たすと誓うしかない。

「艦長」

「はい提督」

「”我に続け”。その後に衝突予測時刻を報せ」

「了解、”我に続け”。その後に衝突予測時刻を知らせます」

 そして艦長から信号長へ命令が下り、この縦列隊形を取るエスナル艦隊、自分が乗る旗艦より信号旗が揚がり、後続艦に”我に続け”という言葉と、衝突予測時刻が通達される。

 デュクトルモート入港開始。港湾部の北端から入って、後続が入り易いよう南端の岸壁へ着岸。奥から順に着けて、各艦毎に乗員と水と食糧の数から計算して定めた避難民を乗せ次第出港する。子供――基準は頭の高さが大人の腹まで――は三人で大人二人という数え方を採用。

 自分は早速上陸し、秘書と護衛の海兵隊員二名をつけて存在を示す。艦隊司令が陸にいることにより、艦隊は仕事を途中で投げ出さないのだと身体で伝える。

 先に派遣した船が彼等に避難要領を説明しており、棍棒を持った兵士による統制で秩序立った難民収容が始まる。食べ物以外の手荷物も捨てて身軽になれ、犬も家畜も老人も怪我人、病人も禁止と殴打も混じりに指導される中、まずは女子供から。暴走されるより何倍も良い。

 港を走り回っていたロシエ植民地軍将校がこちらを見つけ、走ってやってくる。かつらを被らずとも頭は灰色、日に焼けた肌が荒れている老兵だ。

「救援ありがとうございます提督!」

 敬礼に返礼。

「勇戦ご苦労! 状況は?」

「城壁は一か所崩されました。修復は砲撃を受けて失敗。現在は新たに三点の突破口を作ろうと砲撃されています。突撃してくる素振りは現在ありません」

 その城壁の内側、家屋間の道に壁を作って第二の防壁を構築しているのが見られる。家の屋根、窓から立体的に、壁沿いの道から挟んで集中射撃とやれば単純な突撃は防げそうだが、現代火力戦を習得しているのならそんな単純な突撃は望めないか?

「その四点同時突入は耐えられそうか?」

「それだけなら大丈夫です。ただ水上都市……戦術の基本は金床と鉄槌と教わりましたが、あんなのもあるんですね」

「来年の士官候補生達の出来が良くなるよう期待しよう。乗艦する者は選んだようだが、女子供優先だな」

「男は最期まで残って戦って死ぬ方針です。私もです。頭の良い若い連中は乗せてやってください」

「結構」

 魔王軍はあくまでも降伏と臣従を求める征服者。

 イサ帝国は人間を奴隷にして全てを奪い取る侵略者。

 ペセトト妖精は自他共に皆殺しを仕掛ける虐殺者。

 黒人四王国の内、最北のトウィンメムとその次のベニーは征服された。努力と貢献次第では魔王の忠臣として重んじられることも可能だ。このキドバは……文明が破壊される。

「キドバ王は?」

「戦死されました。主だった成人男子のご親族もほぼ。お后様とお子様方はあちら……激励なさってます」

 脱出する黒人の中に……遠目で見分けは難しいが、気丈に人々へ声を掛けて回っている雰囲気のある方が見えた。

「家系断絶とならなかったのは不幸中の幸いか」

「ええ……」

 定員まで乗せた艦から順次出港していく。一部、混雑と風向きからロシエの蒸気船が牽引作業を手伝う。大勢の避難民を乗せて喫水が深くなっているので暗礁に注意しなければならず、早く外洋に出たいところだが操艦は常に慎重。

 先ほどまで乗っていた旗艦が乗せ終えて出港するのを見送る。出来るだけ、最後に出港する艦に乗る心算だ。

 子供を抱えて泣く女の集団が、銃の持ち方もぎこちない男達との別れの挨拶が繰り返される。我々は悲しみ悔しさを乗り越えて復讐を果たさなければならない。


■■■


 避難民収容作業は続いて日が傾いていった。

 キドバ王后から流暢なロシエ語で「キドバ臣民一堂を代表して感謝申し上げます。この御恩を忘れることは出来ないでしょう。マリュエンス皇帝陛下万歳」と感謝の言葉を頂く。

 城壁四か所への突破口が開き、建造物への砲撃が始まった。突撃準備射撃が着々と進む。噂の、かつての、酷く偏見塗れの獣人兵ならば長時間に渡る丁寧な砲撃など出来ないはずだったが出来ている。無傷の城壁上で望遠鏡を構えた兵が狙撃されて倒れる様子も見られた。市外の草むら、木陰のどこかに腕の良い狙撃手が混じっている。蛮勇文化の戦士ではない。

 水上都市も沖合に、岸壁から見える距離に近づく。そう時間は必要ない。

 エスナル艦、最後の一隻が収容作業をほぼ終えて出港待機。自分とお付きも乗艦して最後の要人を待つ。

 戦闘不能だが航行可能なロシエ艦が避難民を収容。女子供はまだいて、破損した大砲、余った砲弾を海中投棄しても限界がある。

「降ろしてくれぇ!」

 特命にて絶対に救えと名指しされている、叫ぶアラック王レイロスがやってきた。耳覆いに目隠しをしたアルベリーン騎士装束のフレッテ人に、肩へ軽々担がれて乗艦。

「お世話になります」

 女騎士からの敬礼に返礼。

「私は最期まで戦うんだぁ!」

 甲板に降ろされたものの、直ぐに艦外へ飛び出そうとするレイロス王を女騎士が片手で襟首掴んで抑える。

「駄目です。良い子にしてください」

「嫌だぁ!」

 この方には役目がある。

 艦長が出港を命じ、係留索が離され、帆が風を受けて動き出す。

「後でお腹撫でてあげますから」

「がぁ!? いや、それは……ぬんぐぁわ!」

 レイロス王が幾分か気勢を落とす。

 自分もそんなことをねだって……いや、次に会ったらしてあげよう、愛しのイスカに。出来れば大きくなる腹をそうしたい。

 レイロス王が仰向けに寝転がって、一頻り泣いて叫んで、落ち着いたのを見計らって声を掛ける。

「レイロス王、お久し振りでございます。私、ホドリゴ・エルバテス・メレーリア・アイバーと申します」

 レイロス王は立ち上がった。

「世界周航艦隊のホドリゴ君か。うむ覚えている」

「こちらを」

 託された封筒を渡す。封蝋されているので勿論中身を拝見したわけではないが、伝える内容は知らされている

 エスナル王国がロシエ臣下になり、シリバル王太子がマリュエンス皇帝より王冠を授かったこと。

 先帝ルジューが修道院に入って正式に離縁した、両者の宣言と修道院検査により処女認定されたヘザリー王女をアラック新女王とし、シリバル新王と結婚してアラック=エスナル連合王国を形成。運命共同体であることを強く象徴する儀式を行ったこと。

 先王レイロスをファロン副帝とし、これより新大陸に渡って独立を不埒にも宣言したファロンを奪還しにいくこと。

 以上のことを皇帝陛下と相談し決定したのは新副帝后フィラナであること。

 エスナル王シリバル七世よりもレイロス副帝の方が新大陸で名前が売れていて”強い”。エスナル臣民である自分が言うのだから間違い無い。それから、重たいはずの称号が階級章どころか部隊章のように気軽に張り替えがされていることに違和感というか、慣れないというか。時代なのか。

「……んん、なるほど! フィラナはやはり頼りになるな。フィラナはな! 私の考え足らずのところをいつも補ってくれるのだ! そして心の隙間は何時も貴女が埋めてくれるのだミィ〔ゥフ〕ヴァー・ギィ〔ゥイ〕スケッ〔ゥッ〕ルル!」

「そうですね。私も貴方をそう思っていますよ」

「南大陸では負けた! 新大陸で負けると思うなよ!」

 レイロス副帝は東の南大陸を指差し宣言する。

「そうですね」

 目隠しで分かり辛いが、ミィ……氏の、高い身長から見下ろす眼差しは慈母のようだった。


■■■


 艦隊が脱出する中、砲撃され岩礁を削っても全く減速しなかった水上都市は夕日を受けながらデュクトルモートへ突き進む。一番接近した時に目視で確認出来たのは、血塗れ死体だらけの中でもペセトト妖精達は歌って踊って、死んだ仲間の肉を食っていた姿。虐殺者というより虐殺性生物と呼ぶのが相応しいのではないか? 知的生物の道理に反している気がする。

 あの敵が異質過ぎる。異教徒など隣人の範疇、愛することも出来る。獣人も文化の違いは大きいが程度問題。妖精相手ならば竜大陸の竜達の方が分かり合える気がする。そんな文化に誰が作り上げた?

 これからロシエ・エスナル連合艦隊は本国に戻って避難民を降ろし、補給し、港で待機する予備船員と一部交替し、もう一つの黒人王国、最後の生き残りとなるだろうザンザビル王国の港湾都市エジンガを目指す。またその後にファロン派遣軍がレイロス副帝を筆頭に編制される手筈。

 轟音、続いて波がデュクトルモートから跳ね返って来る。街が割れ、津波が海底の泥を押し上げてから地上の人と物を攫って沈める。生き残りは妖精に殺されるか、外に逃げ出しては獣人に捕まって奴隷になる。

 我等がエスナルの栄光と黄金の大冒険の結果がこれなのか。

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