第468話「ヤゴールとヤガロ」 ラガ

 ブリェヘム王国へ低地方面軍は南北両翼に分かれて侵攻を開始。損害を厭わぬ攻撃方針で南北国境線を突破する。

 北の右翼軍は、モルル川南岸のドゥシェルキ市を目前に停滞。

 南の左翼軍は、主街道上で敵軍に阻まれ劣勢状態で停滞。国境線突破時に要塞の一つに手間取って指揮が混乱したとも言われている。

 先制攻撃の優位で緒戦は華々しかったが、戦力を薄く広く配分したせいで早くも息切れ状態に陥る。正規兵四万、民兵六万程度では初打止まり。特に民兵は疲れやすく、短期使い切りであった。

 同時にマトラ山脈南西部に潜伏していたマトラ方面軍四万はフラルとの国境を成す、ベーア臣下イスベルス伯国だけを狙い打ちで侵攻開始。

 現時点でイスベルス国境を突破済み。低地方面軍がブリェヘムへ圧力をかけて兵力の投入方向がにわかに決まったであろう時機を狙う時間差攻撃である。幾分でも敵戦力をイスベルス側から除く狙いがある。敵の防衛行動が機敏であった場合にしか意味は無いが。

 三つの初動に続く新たな戦力の投入。

 ワゾレ方面軍四万はマトラ山脈を越えてドゥシェルキ市前で停滞、休まず消耗戦を仕掛けている低地方面軍右翼の後背地域へ展開した。

 ヤゴール方面軍四万も同じく山越えにて劣勢の低地方面軍左翼の後背地域へ展開する。

 マトラ山脈に秘匿される戦時機動作戦用四複線登山鉄道六つの内、南ダカス、マトラ中央、ザモイラ各線が実力を発揮している。山越えを思わせない高速大規模輸送能力を発揮した。山中では僅かな難所も避けるための隧道が無数に通り、その能力は平時商用では全く完全に過剰。

 我がヤゴール方面軍はブリェヘム南の戦線に対応すべく現状を把握する。前線勤務の内務省軍から早速報告を受ける。

 低地方面軍左翼は早くも敗走を開始。順調ならば計画後退だが、撤退阻止を行う補助警察隊を殺しながら逃げたり、敵に投降するような壊走状態であるという。また計画後退を実現するために投入された予備兵力のイスタメル傭兵だが、一撃入れてブリェヘム軍主力を足止めしようとしたが同じく壊走。

 彼等の敗北理由。西正面、王都から準備万端で出撃したブリェヘム軍主力に行く手を阻まれ、足が止まったところで南側面からフュルストラヴ軍から攻撃されて片翼包囲状態に陥って対応出来なくなったそうだ。

 現在、ブリェヘム軍主力は散り散りに壊走する低地方面軍左翼を追いながら占領地域を奪回中。散った敗残兵への対応は、こちらから騎兵隊を少しだけ内務省軍に貸し出すだけにした。早速、ほぼ無傷で緒戦の勝利で士気が上がっている敵と戦わなくてはならない。

 現状に適したと思われる戦術を取る。塹壕防御と騎兵遊撃。

 我がヤゴール方面軍にブリェヘム軍主力の進行方向、主街道線上で早速防御体制を取らせる。

 まずは塹壕を掘って防御陣地を構築する。街道を跨ぐ中心、敵を受け止める”胸”から。術工兵がいれば手早い。

 事前に用意した地図を元に、偵察部隊が周辺の地形の起伏、河川に湖水、段丘や樹林、岩や郊外一軒屋、町村に畑と詳細な地形を把握して”胸”の部分からどのように塹壕を伸ばすか計画を立てる。

 高いところから見下ろす、川を水堀として利用する。丘と見做せる場所の陰に隠れて反斜面陣地構築。観測所や砲兵陣地の確定は優先。

 敵に樹林を応急の要塞として利用されないよう、これは我々が背にして防御拠点として組み込むか、どうしても邪魔なら焼き払う。焼けないなら距離を取る。

 岩は防御に使える壁か、ただ砲弾が当たれば味方に破片となって甚大な損害を与えるものか大きさから見分ける。砲兵が、敵がどこまで前進してきたか距離を観測するための目印としても有用なので弾着観測にも使える。一本木なども観測に使える。逆に、こちらの防御陣地にも目立つ目標があると敵砲兵に利用されるので除去作業も並行。

 町村から粉挽きに狩猟、牧童小屋、柵に低い石積みの擁壁までさまざまな人工物がある。これらも防御に利用出来るなら襲撃して占拠。邪魔なら焼き払い、破壊。住民や民兵は抵抗するなら殺傷しつつ、可能ならば生きたまま捕虜にして人間の盾として防御資材として利用する。従順なら工夫に徴用して日払い給料を出す。

 工事が間に合わず、地形や人工物が無い地点は勿論あって、そういう弱い地点へは優先的に荷車を送る。荷車防壁は大砲射撃に負けるが、小銃射撃には耐えられる。

 こちらの防御行動を見たブリェヘム軍主力は、無闇に突っ込んで来ないで距離を取った状態で塹壕掘りを始めた。相手の防御が整わない状況で一気に攻撃するか、万全を期して防御を固めて攻撃準備を整えるかは作戦指揮官の性格が出るだろうか? 今回のブリェヘム軍は防御と持久に成功すれば自国の動員兵、他ベーア構成国の援軍が到着すると確証が得られている状況なので防御を選んだようだ。深刻な程に領土を侵食されていないので焦る必要が無いことも挙げられる。

 互いに対峙。防御工事を先に始めたこちらが優位に事を進める。

 既に設定した予備と偽装も含む砲兵陣地を基準に、竜跨隊が空からブリェヘムの塹壕線を観測した。また互いに観測気球も上げる。

 竜が上空から敵の気球を射撃して撃墜を試みる。敵は射角を上げた大砲で榴散弾を撃って追い払う。両者、当たらずに終わった。地対空の戦いは互いに洗練される必要があるようだ。

 この対峙する塹壕線の外では騎兵戦闘が始まっている。

 まずは低地方面軍左翼の敗残兵を狩りに出ている敵の追撃騎兵がいる。その追撃騎兵を狩りに行く我等の騎兵がいる。追撃騎兵を守りに出撃する敵の予備騎兵もいる。その予備騎兵を更に狩りに行く我等の予備騎兵もいる。何重にも互いの尻を追いかけ合う構造は、現状では量的にこちらが劣ると報告が上がっている。こちらは遊牧騎兵主体、あちらは遊牧民の子孫として騎兵を尊重しつつ大量動員が可能な国防側。

 国外軍騎兵に範を取り徹底訓練された我々の騎兵は自賛するぐらいに強い。軍事演習で他国騎兵と模擬戦闘を繰り広げたが乗馬歩兵かと思った。少しずつ我が軍に組み込まれてきた元国外軍騎兵も実戦で証明されたやり方を皆に良く指導してきた。

 陸軍大学騎兵科長、以前は内マトラ軍区の軍集団元帥を兼ねたカランハール殿は騎兵混合運用思想の提唱者。優秀、程々、劣等の騎兵でも役割分担を果たせば、振るい分けせず兵量を確保した上で全体としては総員が優秀な騎兵として振舞える戦術を研究し、我々に訓練してきた。第二次東方遠征時から数えても八年。当時の若輩者が精強な中堅に育つのに十分。

 続報を待つ。

 ヤゴール方面軍大将ラガは、栄光放つような突撃などはせずに待つ。

 地面を掘るところに自分が出向いたところで作業の邪魔だ。専門家がそこにいる。

 外で騎兵戦闘をしているところへ出向いても戦いの邪魔だ。騎兵一騎程度の働きを増やすために護衛を引き連れ、指揮系統を乱して伝令に右往左往させるなど愚かの極み。

 第二のカラバザル総統になった心算で走り回るのは方面軍大将に求められていない。


■■■


 塹壕線外の騎兵戦では勝利報告が続いた。敵兵殺傷、捕虜連行、馬と武器の鹵獲、敗残兵回収。

 優秀である。ヤゴール騎兵だから優秀というか、他軍騎兵と同水準を保っていて合格点を維持というか。

 非常に優れた軍事機構の一部を我々が成している感覚があるものの、ヤゴール民族と個人的才能が開花した結果とはとても言えない。最高の軍は個性を消した先にあるのか?

 内務省軍からは粉砕された低地方面軍左翼の再編と、まだ統制を保っている右翼との統合再編計画が始動したと報告が上がった。使い捨ての突撃戦力はお預けというところ。

 もう一方の低地方面軍右翼はドゥシェルキ市の戦線で消耗戦を続けて相手を疲れさせることに成功し、後続のワゾレ方面軍が攻撃を仕掛けて戦線を突破。包囲された同市は虐殺と略奪を逃れる条件で降伏。市内に限って無血開城。

 このドゥシェルキ市はモルル川南に位置している。河川艦隊からの支援、水運による部隊展開で救援可能だったがここで帝国連邦伝統の上流を抑える戦術が功を奏す。

 今日の作戦までモルル川の水量は、年毎の水量変化程度で、しかし抑制されてきた。そしてベーア破壊戦争直前に水源地ダカス山にある、大規模工事で谷が丸ごと溜池となった場所へ水が移されていた。モルル川は細く浅くなり、船舶交通が困難になる。ブリェヘム水軍はこれだけ動きが鈍る。

 これでもダカス山水源にだけ頼らないモルル川はそれなりに水量が保たれるが、これをも破壊するのが旧バルリー滅亡時点から入念に築かれてきた複数の溜池解放、水門開閉による水路変更、堤防決壊による計画洪水。予測される水軍撃滅、水路崩壊、港湾破壊、農業壊滅、疫病蔓延。ざっと数えたそれら一つ一つが大惨事。

 水の怒濤を見て、聞けないのが個人的に惜しまれる。我がままを言うのなら鋼鉄の蒸気船が引っ繰り返って水没、岸辺に打ち上げられるところまで観察したかった。

 ドゥシェルキ降伏の理由にも、本流から分かれた支流が氾濫を起こす様を市内で観測出来たからだろう。水系地図を見ると同市に繋がっているのが分かるので多少は想像がつく。

 戦場芸術を前線で見たい。見たいがしかし、方面軍司令が前線に出張る機会があるものか? 無い。

 カラバザル総統が何故あそこまで自由に振舞えているのか分からない。中途半端に、偉い立場へ自然の成り行きで押し上げられたのが悪いのか? 自力でのし上がったわけではなく、周囲の期待に応えるだけしかやって来なかったから、この相応の立場にいるのか。

 この手には、捕虜を気まぐれに処刑する刀も無い。飾りに佩いて、運が良ければ切っ先を振り上げて激励することにしか使えない。

 増援が到着する報告。

 ワゾレ方面軍と同じ、南ダカス線を使ってスラーギィ方面軍四万が山を越えた。

 我がヤゴール方面軍と同じ、マトラ中央線を使ってシャルキク方面軍四万が山を越えた。

 ここで停滞していると後続に言ったら笑われるか? そんなことを気にして”よし攻撃だ! シャルキクの連中になめられるな”と馬鹿な一喝を飛ばすことも出来ない。

 第一次東方遠征で先頭に出れていた頃が懐かしい。


■■■


 夜になり、占星術師に占わせる。結果は”星の巡りを待つべし”である。この塹壕対峙と、騎兵による遊撃戦の状況を変更するに足る根拠も感覚も無い。

 低地側に降りてきたシャルキク方面軍司令に現状報告書を出して、別戦線を形成して敵の対応能力を超える攻撃を加える予定が組み上がって来ている。

 ブリェヘム王国を南北縦断し、隙間の無い戦線などまだまだ構築されていない。モルル川河岸からウルロン山脈山頂まで塹壕一本で繋がってはいない。こちらは二本軸で攻撃し、あちらはその二本軸で対応しているだけ。南北二本の中央にシャルキク方面軍をねじ込んで三本軸にすれば順当に勝てるだろう。時間は……前線到着、行動、成果が出るまで少し掛かるか。

 そろそろ寝ようかという頃、伝令がやってきた。軍伝令ではなく間諜の類。

「聖王親衛隊長アルヴィカ・リルツォグトと申します」

 この手の胡散臭い輩への信用は自分には存在しない。軍務省情報局員が面会前に”保証”しなければ顔も見ない。例えカラバザル総統の、親衛隊か秘密警察か何かのような存在でもだ。何を考えているか分かったものではない。

「話を聞こう」

「ブリェヘム軍に対して攻撃を開始してください。イスベルス伯国にてマトラ方面軍が行った懐柔工作の仕上げにより、フュルストラヴ軍は内応します。ウルロン山脈にも山地管理委員会部隊が侵攻、レギマン公始めとするブリェヘム南方のヤガロ諸国からの増派も停滞する状況になりつつあります」

 ”懐柔工作”とは、両国の恨みの歴史を少し耳に入れればどんなものか分かる。マトラ方面軍が相応に行ったのならば信頼出来る。

「分かった、下がって良し」

「一つだけ、フュルストラヴのバステリアシュ=ヴェツェル閣下に合図を」

「今から砲兵に準備砲撃をさせる。明朝には敵味方、日の光で軍服の違いが見て分かるだろう」

「は」

 睡眠を中断、方面軍付砲兵司令にブリェヘム軍へ対する攻撃準備射撃を速やかに開始するよう命令。

 日中の間に地上と空から観測して位置を割り出しておいた塹壕、砲台、機関銃座、弾薬庫、指揮所への砲撃が始まる。偽装や勘違いも多数あるだろうが、全てに砲弾を叩き込んで全てを破壊するのが砲兵の仕事だ。

 騎兵には夜間に敵北側面、後背面へ行くよう指示。分散行動を取っている上、今攻撃計画が決まったばかりなのでどれだけ集結してくれるかは分からない。

 内応するはずのフュルストラヴ軍は、低地方面軍左翼を南から攻撃した時の位置関係のままブリェヘム軍主力に付き従っている。

 シャルキク方面軍には予定を繰り上げて攻撃を開始すると通達する。

 然るべきところへ連絡を回したので寝る。砲声が響く。


■■■


 朝の薄明りの中で、お茶を持って来た召使いの入幕で目が覚める。

「おはようございます陛下」

 睡眠時間は懐中時計で確認、十分だ。

 茶碗を片手に、地面が砲撃で揺れる防御陣地の後方を歩く。空は明るくなってきているが太陽自体はマトラ山脈の陰。日出はもう少し先。

 幕僚から「敵砲兵は化学砲弾を使用しておりません」と報告を受ける。ベーア帝国内でも序列は明確にあって、低いところにはきっとその手の兵器は配備されていない。

 当直兵に「いいか」と断って「どうぞ陛下!」と言われてから監視塔に昇る。夜間に先制砲撃を加えた結果かこちらの陣地前方でも敵の砲弾命中量は少なく、敵陣地に漂う塩素瓦斯の量は多い。昨夕見た時と形が崩れて見える程度には破壊が済んでいる。

 監視塔から降りて作戦会議の天幕へ移動。砲兵司令から。

「移動弾幕射撃開始準備用意良し」

 夜からこの朝に掛けて敵防御陣地に対して行った破壊射撃に続いて、敵兵を抑える砲弾が砲兵陣地に揃ったということ。戦いの起点は砲兵から。

「よろしい。各歩兵は前進、攻撃開始。待機する予備騎兵はそのまま、遊撃に出た者達へは命令変更無し。フュルストラヴ公軍が内応する予定とのことだから積極的に攻撃目標にする必要は無い。ただし、戦闘距離に入ったら遠慮する必要はない。叛旗を翻すまでは敵だ。以上」

 各部隊長が敬礼して外へ走り出す。

 塹壕に配置された歩兵が前進準備を整えて装備点検――特に防毒覆面――そして部隊点呼を済ませて穴の下で整列。狭そうに身体を横にしながら将兵が移動。

 軍楽隊が陸軍攻撃行進曲を演奏。”お祭り”には”お囃子”。

 移動弾幕射撃が始まる。敵塹壕、防御陣地の形に合わせた折れ曲がりの横一線に砲弾同時着弾。榴弾が地面から黒い土を噴き上げ、榴散弾が空中で炸裂。これが交互繰り返されながら前から奥へと”舐めて”いく。良い調子で、これも音楽の一種のよう。

 各隊長が号笛を吹いて歩兵が塹壕を出て、散兵隊形を取って前進――かつての密に一直線になった戦列歩兵も面白かったが――ブリェヘム砲兵が撃ち出す砲弾が歩兵の中に着弾。密集しない者達はまとめて倒れたりせず、好き勝手に伏せることが出来るので身を守れる。あまり長いこと伏せていられると攻撃が遅れるが。

 戦いは本格的に始まって、自分は馬にも乗らず後方で連絡を待つだけ。

 戦場の魔性が去ってしまったのか? いや、まだ苦戦していないだけか。ベーアの動員体制が整えばこんなものではないだろう。きっと苦戦して、激励のために大将自ら突撃と……。

 伝令が到着。

「第一分遣司令から、ブリェヘム軍の防御陣地後方への北側面、後背面に対して攻撃開始。街道沿いにやって来る増援を妨害中です」

「ご苦労」

 方面軍全砲兵を統括指揮出来る原則一名の砲兵司令がいる。各砲兵指揮官の命令系統整理のための上位存在で、全砲火力を一点へ集中する際に良く仕事が割り振られる。方面軍副司令を兼ねて階級は中将。

 これに対して分遣司令は臨時の役職で階級は原則問わず、本隊から離れたところで行動する部隊の垣根を越えて指揮出来る。作戦規模に応じて何人でも任命出来る。基本は騎兵のみを任せることが多く、中央と末端間の伝令往復速度を足枷に騎兵機動力を殺すのは愚かであるという発想。

 次に、フュルストラヴ公軍がブリェヘム軍主力へ合流しようとせず、またこちらヤゴール方面軍の側面へ出て来るように機動することもなく待機中と報告が来た。

 フュルストラヴ公軍の裏切りの可能性が高いか低いかは、昨晩の内に決まっておらず、今日の我々の行動で決まると考えている。零か百ではなく、状況によって揺れ動いている。

 目前のブリェヘム軍が劣勢となれば揺れ動く。既にマトラ方面軍がイスベルス伯国にて席巻し、何時でもフュルストラヴ本土をも血の海に沈める用意が整っているとなれば既に傾いた状態。最後の一押しは今やっている最中。

 歩兵が前線に到着して銃撃、白兵戦を開始している。砲兵は友軍誤射を避けるため、予備砲兵から前方へ陣地転換を行い、敵陣地後方への射撃に移行して砲弾幕で後方から前線へ送られる敵兵力の補充を阻害、分断中。

 さて?

 歩兵第二陣が前進していく。


■■■


 朝が昼、夕方になってシャルキク方面軍が兵隊より優先的に送ってきた砲弾を受け取り、ブリェヘム軍主力への砲撃を絶やさない。一つ注文を付ければ低地方面軍や臨時集団のような被害担当の尖兵が欲しかったが、一晩で決めた路線変更に内務省軍も対応は出来ない。”時機もの”は仕方が無い。

 流石は祖国防衛戦かブリェヘム兵の粘り強さは本物で、大砲をほとんど使用不能にさせられても勇気を振り絞って兵の損耗を厭わず前線に送ってきている。無理やり戦わされているような雰囲気も無く、各々が目的意識を持って踏ん張る。我等の騎兵隊による妨害も、後方に展開した敵別働軍に阻まれつつある。

 敵砲兵はこちらの量と能力に対して過小。更に展開速度と命中精度でこちらが勝れば相手が準備するより早く対砲兵射撃に成功している。そして砲弾は惜しまず、砲弾幕の位置を常に奥へと押し上げている。後方防御に割り当てられた厄介な敵別働軍もその内、射程圏内に入る。火力で圧倒。

 ヤゴール方面軍は優勢。だが戦場はまだ激戦状態のままでどう転ぶか分からないように見える。フュルストラヴ公も決断が難しいのかもしれない。

 夜でも砲撃と陣地転換を継続。夜戦は各部隊指揮官の裁量次第である。砲撃計画のような重要なことは教えて、友軍誤射さえ避けてくれれば後はそれぞれの判断に任せる。

 次の朝になり、羊の煮物を食べながら大蒜を齧っていると伝令がやってきた。ヤゴール兵ではない。

「フュルストラヴ公バステリアシュ=ヴェツェル・ルコラヴェの使いです。我が軍、帝国連邦軍にお味方致します。既にブリェヘム軍へは攻撃を開始。”遅れましたこと、お詫び申し上げます”とのことです」

「ご苦労。それでは”重大なご決断に感謝申し上げる、心痛の程察して余りある”と伝えてくれないか」

「は!」

 己の一生ならまだしも、一族どころか一国全ての命運を転がすとなれば天秤も随分粘って重たかったろうな。

 しかし本当に遅かった。一日遅い。部下なら殴り殺している。


■■■


 フュルストラヴの伝令が到着した後、昼前にはブリェヘム軍主力の後退が確認された。

 やはり、重ねて当然だが祖国防衛線に相応しい士気の高さで、決死の殿部隊が死ぬまで戦う気迫を見せていて、真っ向から撃破するとなれば大損害必至。慎重に一つ一つ砲兵が潰し、塹壕に篭れば毒瓦斯や火炎放射器で制圧。この行為に全体が足を止めていたら行動計画に支障が出るので残敵掃討用の小規模分遣隊を編制して各個包囲させ、分けて対処した。

 一先ずの勝利を得て激戦が収束しつつも小競り合いが絶えないまま、次の段階へ進むために前進。進行方向はブリェヘム王都ニェルベジツ。

 移動中、フュルストラヴ公バステリアシュ=ヴェツェルと会見の機会を得る。

 バステリアシュは中央同盟戦争では実父の首が交渉材料に使われたと聞く。その首を獲ったカラバザル総統には直接恨みを持つ人物であるが、心境は如何に?

 血と硝煙の薫らないところはなく、わざわざ綺麗な場所を用意するのも手間なので死体が見えているところに絨毯を敷かせて会見場を設置。背信の功労者の顔は、喋り辛い印象。気の利いた挨拶も、とりあえずの単純な言葉のどちらも場違いな感じはしなくもない。互いに着座して少し無言。あちらの付き添いとなったリルツォグト隊長が”あらどうしましょ”と目が泳ぐ。

 亡き父からは”お前の顔は話しかけ辛い。どうにかしろ”とは言われたことがある。

「バステリアシュ=ヴェツェル殿、この辺りの地名は何と言うか?」

「一番近い村はオブロジャと言います」

「ではオブロジャの戦いだ。共に戦い勝利した」

 バステリアシュの顔が明るくなる。このくらいか。

「帝国連邦は功に報いる」

「ゼケルフュルティの奴等を皆殺しに出来るなら悪魔に魂を売ります」

「現在、そちらにはいかなる行動制限も課されていない。中止命令が出るなら然るべきところから通達が入る。帝国連邦軍はまず行動方針が示され、中止命令が出ない限りは自由行動である。正式な命令系統下にフュルストラヴ軍は置かれていない。今、やりたいことが出来る状態だ。我がヤゴール方面軍と共にニェルベジツへ進むも良し、国へ帰ってまず地盤を整えるも良し、更に南下してマトラ方面軍と共にイスベルスにて積年の恨みを存分に晴らすも良し。軍を分散して全て行うも良し。ただし、兵力過小であるそちらにはこちらの軍事行動に従属して貰うことにはなる。お分かりか」

「分かります。我が軍が主導権を握ることはありません」

「その上で私の望みとしては、まずは貴方自身と見栄えが悪くない程度の軍勢でもってニェルベジツ入城を目指して貰いたい。これは政治的な行為だが同意出来るか?」

「その心算です」

「まだ国境線を突破して、やや進んだ程度。論功行賞もブリェヘムの出方次第で大きくも小さくもなる。新しいヤガロの秩序を決める最終決定権は、内マトラ軍区の軍集団元帥ナルクス殿に尋ねることになる。前線での戦闘指揮は方面軍大将の仕事で、軍集団元帥は指揮よりも資源の再分配。ヤゴール王として意見し、尊重される立場ではあるが最終合意は独断で出来ないのは了承願おう。現在確実に言えることはイスベルスへの報復は、かの地で行動中のマトラ方面軍管理下において中止命令が出るまで可能。既に報復行動はしているか?」

「ほぼ、ブリェヘムの軍に攻撃したと同時期には国内予備兵を出しています」

「そうか」

「ナルクス元帥はどのような人物ですか?」

 気になるだろう。

「かつてはマトラ共和国大統領候補と言われた妖精。つい最近までは国外軍、セレードの黒軍の指揮官として戦ってきた歴戦の将軍。聞くところでは綺麗好き。妖精だから言動が変であったとしても、原則的な行動を取ると思われる。過剰に与えることもなければ過小でもないはずだ。多言を弄しても融通は利かない」

「そちらの、”例の”内務省は」

「現地調査が入らないと何も言わない。彼等が冷酷なのは、いい加減ではなく正確を心掛けているからだ」

 これから己が誰に指示されるか理解はしているようだ。

「こちらから質問する。私は帝国連邦、前身のスラーギィの傭兵軍には参加していないので感覚は良く分からないが、カラバザル総統は父君の仇である。これで良かったのか?」

「正直良くありませんが、戦略や能力に適いません」

「なるほど。その上で、ヤガロ諸国を再編してヤガロ王国とする話についてだが、そこのリルツォグト隊長からは聞いているか?」

「一翼として努力させて頂く心算です」

「よろしい」


■■■


 我がヤゴール方面軍とフュルストラヴ公軍は、儀礼や宣伝的な意味でも共同してブリェヘム王国王都ニェベジツへ進軍することになった。

 軍を進めた感想としては、ブリェヘム国内は国土縦深防御体制が整っていなかった。都市毎の点と点の防御程度であり、島々が浮いているようなもの。丘の一線、川の一線、国土の端から端まで測量して”防衛線の縞”を図面に書き込んでいるようにはとても思えなかった。妖精が持つ絶倫の労働と防衛意欲に人間が敵わないにしても、もう少しあるはずではないのか。

 ブリェヘム王国に同情するならば、この国内において自然が作る強力な防衛線は全て国境沿いにあり、それは北のモルル川、西のリビズ川だけで東からの侵攻に対して遮るものが無くて――かつては旧バルリーだったが――非常に脆い。他ヤガロ諸国が南のウルロン山脈とラーム川を抑えるがこれも防御には現在役に立っておらず、むしろフラルからの増援を阻んでしまっている。古代ヤゴール人が攻め入ってこの地に定住出来たのもこれが原因に思える。

 当初の方針よりブリェヘム王国、フュルストラヴ公国、イスベルス伯国、レギマン公国並びに同家親族所有の所領は征服次第ヤガロ王国の中核として再編され、属国や構成国ではなく新王国として独立する。祖先を同じくするヤゴール人であるヤゴール王ラガ、自分が最大功労者として振舞う予定になっている。

 ヤガロ王国建国の件は他方面軍も当初からその方針に従って動いている。前線を押し上げる戦闘では手段を問わずとも、その後方地域となって攻撃と占領からも取り残された人々に対しては出来るだけ穏当な降伏勧告が行われる。背信の、そして勝機を失わせて見せるフュルストラヴ兵による降伏勧告が今後加わる。

 北の戦線から報告。ドゥシェルキ市西の主要都市トレツェフをワゾレ方面軍が東正面、スラーギィ方面軍が南側面、洪水の激流が収まったモルル川を使って一挙に進出した準正規兵である水上騎兵右翼軍二万が北側面から包囲して攻撃中。降伏には応じていないらしいが、早晩攻略出来るとのこと。

 南の戦線からも報告。マトラ方面軍はイスベルス伯国を、フュルストラヴ公軍の国内予備兵――動員したばかり兵や民兵のこと――と共にほぼ制圧。またフラルとの国境線にある主要都市ニッツも攻略中とのこと。あそこには国境線にもなるラーム川が流れているので一旦奪取すれば南の守りが固くなる。対フラルの防衛線が確定すれば敵の攻撃計画が限定される。

 イスベルス国内では伯位の取り上げ、伯爵一家やその他有力家の廃絶も進行中で逐次国内で発表中とのこと。恨んでいたなりに今日この日が来ても良いようにと策を練っていたらしく段取りが良い。彼等もヤガロ同胞ではあるが、フュルストラヴ背信のための代償と考えれば惜しくはない。

 前線ではない後方からも報告。戦闘から離れて再編中の低地方面軍、聖シュテッフ突撃団、イスタメル傭兵、ブリェヘム臨時集団で構成される外マトラ軍区の”小”軍集団に、セレード戦線から帰還した黒軍が編入された。これで精鋭と雑兵が統制も緩い状態で混ざったような構成になる。指揮するのはラシージ元帥だから器用に扱うだろうか? 国外軍の戦歴を思い返せば、いつもそのような戦い方だったか。これからも雑多な軍が組織される度にここへ組み込まれ、歴戦の腕が振るわれるだろう。

 人事情報も入る。黒軍将軍の一人、元チャグル王のニリシュ殿は外ユドルム軍区の軍集団元帥に着任した。前元帥のシレンサル殿はジャーヴァルでの一件以来、中央総監として多忙だったので妥当だろう。その外ユドルム軍集団は今、マトラとスラーギィでベーア入りを待ちかねている。

 現在、ベーア帝国に侵入した軍の中で最上級格はラシージ元帥。ナルクス元帥より明らかに上位で、上級元帥というところ。

 帝国連邦軍では上位組織を簡単に作ったり解体したりするので、これからベーア総軍、フラル総軍と書類一枚で編制命令を出してくるだろう。訓練でもそのようなことは繰り返し行ってきて混乱することはない。命令系統が統一されていれば上に一つ増えた、下に増えたなど些末。

 ベーア総軍先任元帥はラシージ……いや、ベーアは帰還してくる――未帰還など想像できない――カラバザル総統、フラルはラシージ元帥だろうか。総統の趣向を考えるとたぶんこう。


■■■


 ブリェヘムの殿部隊が行った決死の遅滞行動が嘘のような抵抗希薄な道を進んでニェルベジツへ到着。包囲陣形を直ぐに組むかどうか悩まされた。事前情報はあったが、いざ現物を目の前にすると難しい。

 ニェルベジツ自体は道が全方位に開けた、丘とも言えない地形にある。市街地は大規模で要塞も同様。地形に制限されていないから綺麗に弱点らしい弱点、強みらしい強みも無く構築されている。どの方角から攻めても同じ。美しい一つの幾何学模様。

 これは難しい。戦闘で消耗した四万以下のヤゴール方面軍では包囲を組んでも陣形が薄い。門や要塞間通路が多く、その全てから敵の逆襲部隊が出て来ることを警戒しなければならず、警戒部隊を分散配置すれば各個撃破の恐れがある。内線の理が活かされていて下手に全周包囲などとやれば撃退される可能性がある。

 大都市を破壊する程の砲兵は我が方面軍単独で所有していない。一点突破で市街地に突入しても大量の正規軍と民兵が相手では磨り潰される。通常の攻め方ならもっと大軍が必要だ。直ぐに援軍に来てくれるとすれば、後方で予備兵力として存在するシャルキク方面軍と、このような状況にも慣れているラシージ元帥の外マトラ軍集団だろう。

 降伏勧告を出すのも恰好がつかないと思いながらニェベジツへ親書を携えさせた使者を派遣した。

 援軍を得たらここの住民数十万を亡き者には出来るのでその点を突けば弱気になるだろうか? グラスト術士による大規模破壊術は一度、見せしめにやれる機会があればやる事になっている。ヤガロ王国建国に先立って、住民をただ痛めつけるのは避けることにもなっているが。

 それから包囲陣形ではなく、正面突破程度の陣形を組んで塹壕を掘らせつつ、攻撃準備を整えて待った。

 使者が戻ってきて「即答出来かねるとのことです」と言った。

 否応も無し、とはフュルストラヴ公のように天秤が揺れている証拠。ベーア軍の反撃成功確実の援軍が到着する見込みが立つか、立たないかというところか。聞くまでもなく大混乱を巻き起こしているだろうカラバザル総統の浸透攻撃、どれほどの破壊があったか想像がつかないモルル川の計画洪水。遅れは間違いないだろうが。

 攻撃準備はして、周辺偵察もしながら、小競り合いもほとんど無く待った。シャルキク方面軍と外マトラ軍集団も大規模攻城戦想定で来てくれることになり、早速現地を見て回って計画を立てる将校斥候も多数やってきている。

 しかしこう、今の戦いは段取りが良過ぎる。戦闘中に銃砲弾で磨り潰され、火炎と毒瓦斯を吸わされている兵卒達には”馬鹿を言うな糞野郎”と言われるが、戦場から混沌が消えていないだろうか? 大将が冷静な位置で全体を俯瞰して幕僚達と冷静に話し合っている。刃の一つも磨かず、靴の磨き方がどうだのと雑談する。かつて王に望まれた、先陣を切って勇気を示して戦士の範を見せつける戦いではない。

 身分から何から捨てでもあの時、国外軍に身を投げうつべきだった。立場から絶対に許されないが、泣き落としでも己の喉に短剣を突き付け、叶わぬなら刺すべきだった。もし今、ここでヤゴール方面軍が絶体絶命の窮地に立たされて玉砕するしかなくなっても、戦った後にわずかでも生き残る者達を統率するために、戦訓を残すために、また新しい軍が編制された時のために醜くても生き残らなければならない。


■■■


 翌日。返答が遅いので催促の砲弾を撃ち込もうか? と幕僚と相談していた時に、朗報と現物が同時にやってきた。

 北部からスラーギィ方面軍の分遣隊が到着。陥落させたトレツェフ市から要人含む捕虜を大量に連行して来たのだ。馬で囲み、鞭と刀と槍と銃で追い立てて、ざっと見て数えるのに苦労する。面積から……一万はいるか。落伍者を荷車で運んでいる者もいるな。

 帝国連邦軍はベーアを破壊する目的で侵攻しているわけだが、相反するような方針が二つ示されている。

 一つは男を潰し、女を殺す方針。総統令に基づく。

 二つは現地人強制徴募式臨時集団編制手法を実現させる方針。内務省令に基づく。

 この二つどちらを選ぶかは現場指揮官に一任されている。現場裁量が尊重されるので何時、どちらを適用し、また第三の道を探るかは特別な指示が無い限り自由。

 見せしめをすべきと判断した時、占領時に住民を持て余した時は潰し殺す。余りにも大量である場合、軍事作戦が優先される場合は内務省軍に託す。

 占領地域で臨時集団を強制徴募して編制する余裕があれば住民は出来るだけ無傷で生かす。この手法はただの軍人には煩雑極まる手続きで階層組織を成すため、内務省軍の手が届く場所でなければ選択出来ない。

 この二つの方針で一番重要なことは、現場指揮官の選択を否定しないでいがみ合わないこととされる。

 スラーギィ方面軍大将からは”好きに使ってくれ”と伝言を受け取った。

 ヤガロ王国建国を考え、ニェルベジツ正門前に捕虜を並べた。

 再び使者を立て、親書には”このような者達は幾らでも用意が出来る”と書こうと思っていたら、ブリェヘム王自らが市内から出て来た。

 降伏の証。思ったより早かった。こちらが認識する以上にあちらは深刻だったのかもしれない。


■■■


「これは手が込んでいる」

 空いた椅子を掴み、最後の上席の隣に置いて卓に肘を乗せる。横の席は先客がいたので、上席のそのまま真横。こちらの膝を相手の腿に当てられる位置。

「本当にこちらで?」

 持ち主の癖に我が家にいるような気分に見えないのはブリェヘム王、ブレム・アプスロルヴェ。

「伝統が重いのは新宮殿ではなく、貴方の父が使った旧城だ。ヤガロの祖霊が見守っている。そのような概念、改宗した君達に無かったかな」

「いえ」

「座りなさい。バステリアシュ=ヴェツェル殿、空いた椅子はあったか?」

「……立ってます。お気遣いなく」

「閣下、隣の部屋から一つ持ってきましたよ! ここ、空いてる席二つしかないんですよねぇ」

 噂の、ニェルベジツ旧城の剥製食堂で具体的な降伏内容を三人で話し合う。バステリアシュ殿はリルツォグト隊長が「ささどうぞ。掃除はまだ行き届いてますから遠慮なく」と持ってきた椅子に腰掛ける。

 亡き先王ヴェージルはここで暮らし、息子の現王ブレムはそこにいた特別な使用人だけが引退するまで仕事を続けることを許したという。

 エグセン、ヤガロの神聖教会風の文化歴史には馴染みが薄い。勉強して通り一遍は頭に入れたが、このブリェヘムと戦った敵国君主、裏切りの家臣達自身には興味はあまり引かれない。ただ礼装させて剥製にして保存するだけではなく宴の風景を作ってしまうのは中々面白い。カラバザル総統が真似して執務室に飾りたくなるのも分かる。脅迫用だとかどうのというより蒐集癖がくすぐられる。父の髑髏杯より面白い。模型趣味――瓶の中に帆船だとか――は半分馬鹿にしていたがこれは魅かれる。

 今から話し合う内容は上層部で検討済みである。

 ナルクス元帥は”軍務遂行に支障なければ同胞同士で良いようにするといい”と原則的。

 ジルマリア内務長官は”基本は現行法に従うこと。法改正は後に行う”とこれまた似たような回答。文章機械め。

「ヤゴールとヤガロは祖先を共通とし、青き狼の国章を共にする。大ヤゴールそのものとはいかないが、かつての姿に近づくためにヤガロ王国を立てる。これは帝国連邦構成国になる必要は無い。武装を解除する必要も無い。悪戯に属国の立場と己を卑下する必要も無い。

 独立をして拡張も行う。独立性担保のために四国協商の五国目となる道もある。戦後どのような国境線が引かれるか分からないが緩衝地帯になる可能性はある。大地は動かせず、立場は甘んじるより他はない。それは運命で修正のしようがない。

 古きヤゴールの王たる我、ラガがヤゴールとヤガロの両王となる。先例に倣い大王ともする。規模と立場から帝国ではない。

 一番の協力者、バステリアシュ=ヴェツェル殿の勲功を最優先とする。大公に叙任する。イスベルス、レギマンと土地に拘わらず広範に所領持つヘトロヴク、ゼケルフュルティ両家の所領を獲得出来る限り与えたい。

 ヤガロ王であったブレム殿はヤガロ世襲宰相とする。名家としての権益は一先ず捨てる必要は無い。新しい法律を制定するに従い、諸侯と話し合って取るなり捨てるなり段階を経てしていくしかない。国家資源は家ではなく国家のために使わなくては生存困難な時代である。理解して頂く。

 ヤガロ王国の領域はモルル川より南、ウルロン山脈東半の分水嶺より北、西はサボ川までの獲得を目下の目標とする。大河と山脈による自然国境線の獲得は、帝国連邦中央政府との土地分配交渉時にも、国防上でも有用と考える。改めて、下位と見做されるのは国力上仕方が無いとしても隷属盲従する必要は無い。

 現在編制されているブリェヘム臨時集団はこの合意があって初めて解散される。その後はヤガロ軍を再編し、訓練を施して帝国連邦水準まで引き上げる。命令系統を異にし、練度と装備で劣る正規兵など足手纏いであるからだ。実際に戦い、弱いとは言わないが機構としてそちらは劣っていた。認識を改めて貰いたい。

 ブリェヘム王国は解体されてヤガロ王国の母体となる。地方名は、分割された上で残る。伝統ある王冠があれば躊躇うか。それで合意、不能か?」

 ブレム王は即答しない。

「私は専門家の意見を聞いて話す以上はまだ理解していないのだが、ヤガロ王国として独立せず、ただの占領地域となれば悲惨なことになる。まず臨時集団については知っているか? 尖兵とも呼び、弾避けで突撃させる連中だ。言うことを利かせるために複雑に内部を分断、対立させる小癪なやり口だ」

「はい」

「全住民が対象になるのは不幸だ。間違いないな」

「はい」

「その他に対象地域は不換紙幣経済に移行させられる。新紙幣は内務省命令で大将の中央銀行が発行する。それを地方銀行が受け取り、個人や企業に降りる。そこから占領軍や軍属が買い取ることもある。代金である新紙幣は逆を辿って内務省が受け取って管理記録して国庫に返す。新紙幣と帝国連邦通貨との交換比率は内務省が管理記録結果から調整する。

 調子が良ければ慈悲深いかもしれないが、戦争長期化の際には占領地域にのみ極端な物価高が発生する仕組みだそうだ。物資を紙屑で合法的に取り上げられる経済が回る。分かるか? 良いことではないな。これが友好的な国家として存立するならば対象外だ。

 良くも悪くもヤガロはベーアから切り離した初例。締めるか緩めるか実験的になる。協力と独立の場合、降伏し寛大な待遇を受けた前例とするため”緩められる”だろう。寛大であれば他国も戦わず、降伏してくれればこちらも楽なのだ。血の流れる量は最低となる。戦争もそれだけ短くなる。逆も当然検討されている。

 帝国連邦の目標はベーアの破壊であり、まずヤガロの破壊ではない。さらに言えば実はエグセンでもない。もっと言えば、そのエグセンのようなものが存在することは横に置かれる。埒外ならば振る舞い次第でどうにでもされる。

 我々の戦略は理解しているだろうか。抵抗せず降伏すれば寛容、抗戦すれば最終的に民族浄化だ。空いた土地には、貴方が見たこともないようなジャーヴァル人だとか極東天政人が移民してくることになる。総統閣下は本当にそういう準備を済ませている。

 貴方自身と貴方に忠実なニェルベジツは降伏したが、この新しいヤガロ王国に同意して全国に発布して言い聞かせるのはまた貴方だ。他の地域はまだベーア帝国のブリェヘム臣民という意識のまま。王冠を降ろして従うか、最後の意地を通してしまうのか。決断する時だ」

 ブレム王は即答しない。

「貴方個人の悩みで済むなら良いではありませんか」

 バステリアシュ殿が一言加える。何が引っ掛かっているんだ?

「ブリェヘム王冠の安堵が無ければ応じられないか? 真っ先に降伏したならばまだしも、王都に迫るまで貴方は抵抗した。またヤガロ王国は私を王とすることで、統制出来る存在として生まれ変わることを条件に承認されている。これが無機質で官僚的な管理行政単位に分けられない唯一の方法だ」

 リルツォグト隊長が「内務長官のお名前を出してください」と囁いてきた。

「内務長官ジルマリア殿に為すがままとされるのが本当に望みか」

「……っは、それは」

 随分と精神に衝撃を受けた声だった。何か諸事情込み入ってそうだが。

 そんなことより一応丁寧に説明した心算の言葉には黙っていた癖に、こいつは宰相にして大丈夫なのか?

「そちらの協力が無ければヤゴールとしても古い同胞として手を差し伸べられない。確かに侵略者だろうが、私とヤゴールはただの侵略者ではないことを保障する」

「協力させて頂きます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る