第466話「困難な退路を行く」 ベルリク

 南エデルトの湿った土から茹だったように霧が沸く。夏早朝の寒暖差が呼んだ。

 兵士、軍馬、人里離れて開戦を知らない民間人、鹿に銃弾が当たって血が飛ぶ。葦が倒れ、樹木に当たって破片と枝上の鳥が飛ぶ。

 森林部の火器有効射程は短くて折角の視力も腐る。

 発破した手榴弾、擲弾矢の白煙が霧に混じる。跳ねる黒い泥がやや目立つ。

 塩素瓦斯弾頭火箭の効果があるかどうか咳で朧げに確認。

 死んだ馬と兵、荷物と荷車、倒木や石で胸壁を作り、湖沼河川の岸段差を塹壕代わりにし、防盾付き機関銃を設置して防衛線構築。正面攻撃には耐えるが、敵が見えず発砲の炎と音頼りの盲撃ちになっていて反撃効果が薄い。見えない敵からは、大体見当のついた銃弾が送り込まれている。

「敵に案内人がいる。水域を把握して集団の足が止まる”袋小路”へ射撃指導している」

 とルドゥの解析。防御が有利かは状況による。霧を利用する時はいいが、されるのは中々辛い。

 敵の猟犬が吠えも唸りもせず、隠れるこちらの狙撃手を鼻で見つける。樹上、葦原、死体の下。戦場に迷い込んだ野生の狼がたまに吠えたり唸ったりする。

 そして人と獣とつかぬ声も混じって人狼が手持ちの機関銃を利用した突撃を敢行。白兵戦では人間、妖精、鷹頭の膂力では敵わず自爆攻撃で道連れにすること多数。

 エデルトの軽装部隊から追撃を受けている。詳細な規模は竜不在により不明だが大規模。少なくとも砲兵は確認出来ず足は速い。騎兵もいるようだが下馬戦闘を徹底していて、移動用と割り切って消耗しても馬の脚だけは失わないようにしている。

 こちらは逃げる立場なので敵部隊の出すゴミと糞、焚火の煙や集めた薪の量が不明。接触していない後方部隊、無駄足を踏んだ部隊も不明で総数不明。我々のイェルヴィーク襲撃の実績を買ってくれているのなら兵力は一万を優に超え、二万に至るはず。

 こちらの兵数は戦闘が始まる前は約五千七百騎だった。騎兵機動力が活かせない地域なら二万で妥当か?

 霧が立ち込める森と水だらけの場所で、逆襲して敵軍撃破からの追撃なんて極限の曲芸は流石の我々でも出来ない。防御と撤退、決死隊の殿配置を繰り返し行う。

 全隊の結束が視界不良から困難なので伝令を中心にしつつ、敵に知られる危険も冒して霧中では鏑矢、晴れたら狼煙も利用して集結地点や進路を示していかなければならない。信頼出来る親衛偵察隊が退路を整理するが、不案内な土地ならば限界がある。

 戦闘の再開と休止が曖昧なまま、困難な退路を行く。


■■■


 我々黒軍騎兵隊は敵部隊の追撃を受けながらイーデン川渡河地点を目指した。はぐれた兵士も多く、決死隊投入の機会もまた多く、機関銃も遺棄爆破して五千騎弱にまで減少したことを確認。大規模正面衝突は回避しているので一挙に半減とはいかないが。

 治療呪具で怪我を治した者多数。軽度障害者も多数で、幻傷痛を訴える者も多い。重度障害は決死隊に選ばれてほぼ生存しない。血量不足からの貧血症状も深刻で、妖精印の肝臓や生薬で生成された造血丸が活躍。

 敵中逃走、常時不定形の戦線は難しい。百人隊単位では友軍を把握出来ているが、一騎単位での総数は完全に把握出来ていない

 漫然と逃げるのではなく、陽動、決死隊志願、はぐれることも前提にした分散、かく乱行動を合わせて常に兵が減っている。時々、道を把握している者がはぐれ兵をまとめて帰ってくることもあるが。

 信頼出来る古参の優秀な兵士、替え難い連中が死んだ。生き残っても作戦終了後は多くが再起不能になってしまうだろう。覚悟の決まっている奴等だが、この大冒険は無謀過ぎたか?

 正規兵と比較して考えると、黒軍騎兵はこのような特殊作戦には適正があって優秀。しかし通常の作戦に割り当てると、好戦性が高くて堪え性が無いかもしれない。総統直率の誇りがあって普通の指揮官をなめてかかるだろうし、適正が無い。ここで死なせて正解だったか。

 イーデン川の支流を横断することが増えてきて、目指す川が近いと知れる。これはエデルト圏内からの脱出行、数多ある難関の一つ。

 前向きに考えると最難関は既に突破した後である。イェルヴィークからの折り返し行程が一番危険だったと思う。後で評価すると違うかもしれない。

 イーデン川河口の下流域は干拓が進んで都市が多く、要塞も多い。橋の数も多くて堤防が整理されて道路も張り巡らされていて陸上移動は案外素早く行けそうだが、川幅が広過ぎて泳いで渡れない地点に追いつめられると復帰不能の窮地。豊かなら奪える船も多いが武装商船団との対決に繋がる。とても進んで良い道ではないが、こちらには絶対行かないと思われるのも良くない。

 中流域は下流域に比べて発展しておらず、橋も道路も少なく貧弱。海上艦隊の侵入は困難で、川幅も狭くて人馬で泳いで行ける。こちらは行きやすいが、意外性が無くて待ち伏せされやすい。

 上流域はロシエ帝国領を突破して、どこまで進んでいるか分からない魔王軍支配地域へ入るという意外性爆発の選択肢が……やっぱり無いな。流石に無理だ。

 困難を可能にするのは仲間の存在。こんな遠隔地でも支援が得られる段取りが済んでいる。

 大陸宣教師スカップと事前調整し、北海沿岸部には特に多い、反ベーア勢力の協力を得た。各勢力との仲介役を名乗るランマルカの、耳を人間そっくりに整形した工作員と接触するまではアテにはしていなかった。

 反ベーア勢力には色々ある。

 一つ、共和革命派。

 ランマルカ妖精よりユバール人工作員が多数で、潜伏地域で啓蒙拡大中。また東西ユバール戦争終結のどさくさに相当数をザーンから南エデルト地方へ送り込んで母数を確保しているとのこと。沿岸都市部の不平労働者や一部知識人から主に支持される。

 二つ、共和派。

 革命ではないが、専制君主を嫌う共和派は古くから存在する。この辺りの傾向としては古く高貴な血統は絶対ではなく、商才や軍才があれば然程偏見無く平民でも貴族になれる文化がある。

 北海沿岸部は古くから共和制国家が群立。見本であるザーン諸都市による連邦は、少し前にエデルトに屈し、南エデルトの共和制国家もベーア統一時に実質君主統治下になって課税と徴兵に限らない中央集権的な義務の押し付けがされて不満がある。周辺の君主制から外れて共和制を受け入れれば生活が良くなると単純に思っている連中もこの層に入る。

 彼等は沿岸部から内陸部全般に存在していて、地下だけではなく表にも顔を出している。当たり前の存在で粛清対象にはあまりなっていないようだ。

 三つ、旧領主派。

 ベーア統一戦争に限らず、古い戦争での失権を惜しむ者、人狼作戦への復讐を誓う者は多い。主君直系の血筋が途絶えていても、縁戚を担ぎ出してしぶとく復権を狙う者も多い。基本的にお尋ね者ばかりだが、内陸の森林湖沼地帯に潜んでいてしぶとい。開発が遅れている内の命だが。

 四つ、無政府主義者、としておく。

 徴税徴兵を嫌がる自治集落、生業を持っている流浪集団、亡国残党の成れ果て。旧領主派と見分けがつき辛いがこちらも内陸部に多い。土地を持たない代わりに船を家にしている連中は川に限らず海上にも存在するらしい。

 ざっと四種類。複数要素を兼ねたり、ヤクザや賊も混ざって類別は専門家の知見が必要な連中ばかり。有用ならば役に立って貰う。

 まずは道案内。工作員が考えた、一番渡河に相応しい地点まで、敵を回避出来る経路を重視し、簡単に撃破して強行突破出来るなら妥協して進む。

 協力者達には傭兵として別行動して貰う。こちらの機動力には追随出来ないので、基本的には個別に強盗や放火、誘拐や恐喝、狙撃に爆破、海賊行為に至るまで敵の注意をあちこちで引いて貰う。要所で戦闘に加わって貰うこともあるだろうが、同行は基本的にさせない。

 追い縋るエデルトの大規模軽装部隊との戦闘ではぐれる兵士達の保護も協力者の役目。状況は様々だが、死に切れず、かといって自暴自棄になる程でもない者達には生存して貰って、後々に密出国して帰って来るか、セレードか帝国連邦の戦線が西に迫った時に合流するのもいい。制限せず解散しての自由行動。

 もっと勇敢で大胆で大規模な行動も望みたいが、地下組織には限界がある。街単位での武装蜂起など成功の見込みも無い。未来を展望すれば出来ないことがある。


■■■


 優れた案内で遂にイーデン川の岸辺に到着。渡河地点は無難に中流域を選んだ。

 工作員が、ユバール海軍並びにランマルカ海軍にも陽動作戦を実行するようにと秘密の情報連絡網に流したそうで、その雄姿は内陸側からは見られないだろう。

 渡河する際に攻略する要塞は工作員が厳選した。敵の迂回を防ぎつつ通過して欲しくない要地に設置されるのが要塞であり、挑むことを選択する。

 ロシエ帝国との戦いに備えてベーア帝国のエデルト、エグセン領域の要塞は全て改修済みであり、とても騎兵では対処できない。そんな状況の中から正解を選ぶのは難しいように思われた。

 国境管理に穴があった。ザーン連邦の要塞まで最新式に改修されていないのだ。ザーン連邦はこの戦いをまだ遠い出来事と思って油断していることは協力者の連絡網で判明している。あくまでベーア帝国の属国であり、構成国ではないので当事者意識が薄い。頼りにならない味方のせいで作戦が失敗したという戦史は良くあるものだ。


■■■


 ザーンを構成する西岸側小都市の一つシルンを攻略する。我々がいる東岸に存在しないので一工夫しないと直接攻撃も出来ない。平和ボケしていれば驚きから良い意味での不測の事態がありそうだが。

 部隊を二つに分ける。

 一つ目はキジズ隊に突入作戦を任せる。先行する特攻隊、後続の予備隊に分かれて船を使わず静かに、盗難騒動など起こさずに渡る。また市内にいる協力者の反感を買わないよう、指示に従い口応えも住民殺戮も抑えろと「無駄に敵を作るな、ちゃんと考えろ、良い子にしないと……めっ」って言っておいた。

 二つ目は対岸からシルン市攻略を補助するベルリク隊。反ベーア派傭兵が砲兵隊を務め、追撃中の大規模軽装部隊から砲兵を守るのが残る騎兵隊の役目。

 流石はランマルカ、革命暦も六十一年を数えれば大陸工作に凄みがある。出先で良い情報の上に砲兵まで用意してくれた。王国時代からの積み重ねもありそうだ。

 作戦の開始時刻は夜間を選択。時間までの待機中、大規模軽装部隊との戦闘は足止めの決死隊のみが行った一件のみ。

 あちらもこちらも不眠不休に近い道のりで来ているので脱落に遅延があり、追撃を受けても尻すぼみなことも多い。油断は出来ないが。

 自爆覚悟の特攻隊がイーデン川を小数で密かに渡り、シルン市へ接近。内応者は良くやったもので城門を内側から開けて招き入れてしまった。

 不測の事態と言うには準備をランマルカがしっかりしていてくれたわけだが、こうもあっさりだと罠かと警戒してしまう。

 罠か、何か無いかと周辺へ重ねて斥候を放ちつつ、キジズ隊の予備隊も市内に突入。銃撃戦も激しくなく、爆発音も三度で終わり、シルンの城壁の上からランプで陥落の報せが来る。寝ている守備隊長を抑える程度と考えればこんなものか。

 ここから全隊、渡河を開始。

 人と馬は出来るだけ生身で泳ぐ。追撃警戒から一斉に渡りはしない。

 火箭や爆薬、弾薬箱などの濡らしたくない重量物はシルン市から借りた船を利用。舵取りが出来るダーリクがやっと活躍が出来ると喜んでいた。

 巡回中の敵河川砲艦が通り掛かればシルン市の要塞砲、傭兵砲兵隊が東西の岸辺から集中射撃で撃破。何でも出来る親衛偵察隊が、付け焼刃だが一斉同時着弾を成功させれば破壊力が向上することを傭兵に教えて成果を出した。本来は城壁に使う小技で、水上要塞である軍艦相手なら十分。

 それから敵河川艦隊の増援を警戒して爆薬積みの焼討船、土砂積みの破砕船を用意しながら人馬の渡河を待つ。

 キジズ隊は内応者への報酬代わりに、市内で指定された政敵の殺戮と、略奪に見せかけた金品の譲渡を実施していた。わざとらしくならないよう、巻き添え被害も内応者の希望に沿う形で実行。自分の言いつけを守って、最低限の暴力しか振るわなかったので「えらい!」と褒めたら「やった!」と喜んだ。

 内応者、政敵抹殺後はシルン市の政権を握る予定の者と少し会話。

「帝国連邦はベーア帝国を破壊する。戦争が末期になった時、立ち上がる機会が生まれる。その時まで備えて待っていてください」

「そこまで大層な期待はしません。小物は小さな幸せを求めるだけです」

 そう言いながら、政敵の死体を蹴飛ばし、奪った名画を手に微笑んでいた。俗物は分かりやすい。

 大規模軽装部隊がイーデン川へ到着する頃には、傭兵は最後っ屁の砲撃を食らわした後でシルン市の船を使い――余りは穴を開けて水没――逃散。渡河地点を探る動きには要塞砲を撃ち込んで牽制、朝の霧の中を騎馬で西へ進んだ。追撃から距離を離した。


■■■


 ザーン連邦入国後は苦労が無かった。夏場の湿地を進むのは気分が良いものではなかったが、へこたれる程の悪環境ではない。夏のジャーヴァル河川沿岸に比べれば屁でもない。

 小さなシルン市のような、俗物な政治家がいる都市国家群にはベーア中央集権的影響力があまり及んでいなかった。湖沼河川を利用した都市要塞を攻略する必要は一度も無かった。連邦を組んでも独立志向が故に、富裕な都市は一点豪華主義に堅牢だったが置き物同然。

 軍事的に有能な要塞が政治的に無力化されれば意味が無く、そこの倉庫から商人が食べ物や塩に酒、馬に馬具や蹄鉄まで引っ張り出して売りにくればむしろオアシス拠点のように有用。

 工作員を通じて、各都市とは裏約束でこちらも手を出さないからそちらも出さない、ということで平穏無事に通過した。凄惨な略奪暴行を封じる代償としては安い。宗主国からの抗議など、この戦時にどれ程になるだろうか? 属国は”防衛義務が果たされなかった”という強力な言い訳を持っている。

 エデルトでの殺戮破壊行為が噂になって、ザーンの政治家たちを恐怖させているかが気になって工作員に尋ねたところ、疑い半分らしい。噂は聞いたが”無茶な課税と徴兵を飲ませるために話を盛っている”という疑いがあるらしい。属国が宗主国と愛国精神を共鳴させるわけがなく、このような齟齬が出る。恐怖戦略実行者としては興味深い。

 最後の陸路は好調。ただし、大規模軽装部隊の入国を拒否する程ではないので先は急いだ。馬上で寝ながら、足を昼夜止めない。


■■■


 ザーン連邦の土を踏むことも最後。

 工作員に連れて来られ、オーボル川の岸辺に到着。到着地点は川幅が狭めの、流域内にある湖を避けた下流側なので遡上してきたエデルト海軍が一撃入れて来るかもしれないと警戒。しかし水上に見えたのはユバール海軍旗を掲げる艦隊。帆柱や煙突を並べ、鉄甲板と砲口を並べて見せていた。

 新鋭の現代海上戦闘が可能な鋼鉄蒸気の重編制艦隊である。ユバールはロシエ王国時代から先進的で、戦争で産業が麻痺していた時期もあろうが工業先進国としての地力がある。ランマルカが兵器を輸出、開発指導すれば先進国基準を維持することは無理の無い努力で可能。

 このオーボル川にユバール籍船が進入してもベーア帝国に対しては侵犯行為に当たらないのがこの最後の退路を使う秘訣。国境水域だけを見れば、ここにベーアの領土は指一本分も触れていない。

 奇妙な外交関係に基づいてこの事態が発生している。革命ユバールはロシエ帝国とはかつて敵を共にし、一応の友好関係を継続中。ロシエはユバールを対ベーアの防波堤として維持したい考えがある。最終的には旧領として奪還併合したいだろうが、それは今の話ではない。

 オーボル川西岸部からユバール領までの地域は、ロシエ帝国臣下であるバルマン王国領が持つ北海沿岸部。その水上にはロシエの影響力が及んでいる。常よりユバール商船が出入りしていて、船の乗り入れに不当なところは無い。

 セレード王国の黒軍騎兵隊に対してベーア帝国は、ザーン連邦を通じてロシエ帝国に”あの仇敵を、革命ユバールとの友好関係を蔑ろにしてでも阻止しろ。即断しろ”と然るべき外交経路で説得に、今から掛かって是非を問うて、逃げる前に実力が伴った手を下して貰うしかない状況にある。そんな曲芸が人間に出来るか?

 ロシエは我々を追い払いたいのか? 帝国連邦なら交戦実績があるので敵として扱えるかもしれないが、我々はあくまで独立闘争中のセレード軍である。しかもロシエはエスナル滅亡の危機に対して大戦力を投入中と思われ、そんな遠国まで敵に回して何の得も無い。

 ユバールが、平和を脅かし河川交通を妨害する規模で艦隊をオーボル川に入れたことに対してロシエは正式に抗議を入れる可能性は大きい。抗議を受け入れて謝罪し、交通妨害で生じた被害に対して補償金を支払うことになるかもしれない。それ以上の要求が出来るだろうか?

 川の岸辺へ行き、革命ユバール代表の……皮膚病に罹った気持ち悪い猿みたいな妖精から歓迎の敬礼を受けた。軍楽隊による帝国連邦国歌の演奏、軍艦からの空砲も伴って公認行事の体を取って外交的にも保護してくれている。

「ようこそ革命ユバール労農海軍が貴方達を故郷へ送り届けます! 我々はベルリク=カラバザル総統閣下を第三の革命の父として歓迎します!」

 第一は初代革命指導者ダフィド、第二は革命ユバール大統領として、そして第三はロシエ戦争でユバールへの妖精大移住を少なからず支援した我々、というところか。

「第三とは畏れ多い、ありがとうございます。しかしこれは大変、感動的なお迎えですが、よろしいので?」

「宿敵ベーア・エデルトの破滅と専制君主制の打破は我等の望み。このくらいの軍務は滅私勝利の革命前進精神を持ってすれば何てことはありません。これで奴等の兵力を西へ誘導し、東のそちらを支援さえ出来るでしょう」

 ベーア帝国は、やれるものなら革命ユバールを潰してやりたいところだろう。だが過去にその心算で戦って膠着し、遂には東ユバールを放棄して諦めた経緯がある。もう一度やるにしても我が帝国連邦軍が侵攻している最中――遠隔地なので分からないが、そろそろ始まっているはず――には出来ない。二正面作戦と、宗主国ランマルカの本格参戦は避けたいはずだ。このユバール艦隊へ艦隊決戦を仕掛ける度胸はあるか? あるかもしれない。

「東の支援と言われましたが?」

「敵中突破で情報不確かでしたか。帝国連邦は堂々、ベーア帝国へ侵攻を開始しております。その大大たる戦果報告が待ち遠しいものですな!」

 よし、予定通り。セレード独立戦争との二軸展開は成っているな。

「確認ですが、沖にランマルカ艦隊は?」

「革命先導者たる同志達の先進科学の絶対勝利艦隊は不測の事態に備えて待機中です! まるで社会主義福祉生活を送るような精神で安心して下さい。この絶対社会主義革命烈士ヒルドマンが、偉大なる大統領に代わり保障しましょう!」

「心強い」

 大体の、今まで見知ってきた妖精は赤子から年寄りまで可愛い子ちゃんばかりだったが、このヒルドマンとかいうこれは異様に気持ちが悪い。毛無しというだけで説明がつかない不気味さ。口調も共和革命的な妖精のものだが、別種の嫌らしさがある。

 ここにナシュカを連れて来ていたらヒルドマンに何を言ったか想像がつかない。”死ね糞が”程度で済まなかっただろう。

 それからユバール水兵達の案内に従って黒軍騎兵隊は、川の各港や河原から分散して大小の船に乗り、そのまま出港したり大型船へ移乗する。

 オーボル川は国境線でもあるが、川の流れの変遷、三日月湖の形成、中洲の形成や陸繋、革命前に行われた戦時平時問わず対岸都市の取り合いなどで東岸にも西岸にも互いの領地が存在して岸壁の利用に遠慮の必要が無い。ザーン所有の港でも、通商条約に従って積み荷を移し替えることに、それが生物でも違法性が無い。

 船に荷物を載せる行為が違法か、禁制品か、犯罪者の国外逃亡に使われていないか、そもそも特許状は持っているかを証明するには法的な手続きが必要であり、武力で脅されている状態で、ベーアへの愛国精神を持たないザーンの税関役人が断固たる態度を取るか? 取らなかった。裏約束が守られる。

「お兄様」

 自分を呼んだアクファルが首を傾げた。

「必ずしも俺と同席する必要は無い。ダーリクの面倒を見ていてくれ」

「はいお兄様」

 政府代表のヒルドマンとかいう気持ち悪いのと、これからしばらく船上で付き合うことになるだろう。

「そちらの原始的……」

 喋るヒルドマンの口を掴んで封じる。女子供を巻き込む必要は無い。

 それにしても手応えがぐにゅぐにゅしておかしい。顔と声に違和感があったのは歯が一本も生えていないからだと、握り込んで鳴かせて分かる。巧妙で下手に壊すだけではない拷問を受けた跡だ。

 その面をもう一度見れば……同情する気が起きない。思った以上に湧かない。何だこいつ?

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