第463話「殺戮破壊の天命」 ユディグ

 アスパルイの鉄道駅でバルハギン統集会の来客を受付している。来客名簿へ書記が記入するのを確認しながら挨拶をして、郊外の集会場へ”ご案内差し上げろ”と配下に指示する。昔なら国主ではなく高級官僚程度がいるべき位置だろう。

「……陛下、やはりこのようなところでは」

 妻が耳打ちしてくる。威厳や立場に相応しくないと言いたいのだ。絨毯や横断幕に衛兵で飾っているが、所詮は駅に増設した窓口の一つ。冬の風が吹きつけていないだけマシか。

「宮殿にわざわざ、一々皆を招いてはまるで私が一統の首領気取りではないか。間抜けや傲慢になりたいか」

「いえ……」

 太祖バルハギンの実息、世祖ラグトを第二の祖とする我がラグトの王朝は、イディルの代にアッジャール朝に屈しはしたが正しく偉大な血統のまま。しかし龍朝天朝に飾りの君主として据えられた自分は歴代より格が落ちる。

 帝国連邦の東征に乗って反逆して鞍替えをすることで自らの意志を示した。ただ自力で独立したわけではないのでまだ格落ちのまま。

 今ではこの国一つで二個方面軍を抱え、一個の大将司令官として自分はあり、もう一個は息子が務めて連邦構成国内では強盛に見えそうだが、軍自体は家ではなく完全に軍務省令下で王命如きで動かせない。なんなら軍務長官令一つで司令職を罷免出来る。

 この格落ちのままで宮殿、宮幕で玉座に座って構えて偉そうに出来るわけがない。弁えるからこそ北征巡撫サウ・ツェンリーに指名された慎重さを急に捨てては何があるか分からない。

 ほとんどが”出席”と埋められている来客名簿よりも、わずかな”欠席”が目立つ。

 その一人、ヤゴール王国のラガ王はバルハギン統の娘婿の家系となり、招待しているが”多忙につき欠席”との手紙を受け取っている。西方でセレード独立戦争が起きていて、戦地に近い内マトラ軍区が臨戦体制を取って行けないという理由がありそうだ。

 ヤゴール族の分派であるヤガロ族諸国がベーア帝国内に含まれる。彼には重大な用事が割り当てられていてもおかしくはない。

 もう一人、アッジャール朝で唯一の独立国家オルフのゼオルギ=イスハシル王からも欠席の手紙。隣国セレードが戦時とあって離れられないとのこと。

 バルハギンの唯一正統後継という意識が有れば、ラグトの属国傀儡王の集会如きに出す顔が無いとも言える。少なくとも帝国連邦に屈する流れは作りたくないだろう。

「来たかな」

 線路が振動、蒸気機関の鳴動が東側から接近。セレード独立戦争以来、頻繁に行き来する重くて長い貨物列車より音が軽い。

 やってきたのは極東からの来客便の最終列車で、下車してきたのは極東における総統代理職に相当する極東軍区と極東方面軍の司令を兼ねるクトゥルナム。アッジャールの男系男子で我が娘の、近い未来の夫。

 彼には野心が、見なくても見えて薫っている。素振りを見せず、口を滑らせずとも警戒されている。カラバザル総統が高い地位を与えながら暴走しないようハイバル王、旧親衛隊、極東艦隊という手枷足枷を嵌めていることから浮き彫りになる。時流に乗ってきた自分の評価は、時機を待てれば可能性を秘めている男だ。

 クトゥルナムは見事な作り笑顔をこちらに見せながら悩んでいるように見えた。素振りを見せないが、完全に何となく。野心以上の重量物が乗っている。それは連れてきた第一夫人キアルマイのせい? 女一人、義弟一人に今更動揺する人生ではなかっただろう。

「良く来てくれた。宮殿へ向かうように。そちらで式の用意をしなさい。吉日だからと他でも式を挙げる予定があるから、少し混雑している」

「はい、義父上」

 大きく歳が違うわけでもないが、この時だけは新たな親子として話す。名簿にクトゥルナムの名の横に”出席”と書記が書き込む。

 最終列車の後部、特別仕様の密閉車両の切り離し作業が早速始まって、次いでクトゥルナム等の乗った客車も切り離され、車両の再編が急速に行われる。

 駅構内には全身を覆う硝子面の防護服姿で小銃、散弾銃を手にした妖精兵が展開。周囲を固めて物々しく騒々しい。一般鉄道員にさえ銃口を突き付けて「近寄ってはいけません!」「近づくのは悪い子反逆工作員!」と脅す。中には金髪のランマルカ妖精も見える。

「……あれはなんですか?」

 鉄道運行計画を王が把握しているわけではないし関与も出来ない。”祝祭事に合わせて行うには人情の無い仕事だ”と抗議を入れようものなら、分を弁えろと妖精の鉄道員にわけのわからない口調で叱責されるだろう。力関係はその程度。

「軍務省がタラハム駅でねじ込んできた車両ですね。命令先が鉄道局というだけで、中身が軍務省か内務省かも分かりません」

「軍区元帥相手でも秘密? 妖精達が儀式に配慮しないのは今更ですが」

「接近禁止としか言わないので不明です。家畜を入れているような臭いはするんですが」

 防護服隊の指揮官と思しき妖精と、鉄道局員の中でも肩書不明な妖精が書類を「ちゅっちゅ?」「ぴゅっぅぴゅっぅ」「きぃゅー! きぃゅー!」と擬音、鳴き真似遊び? をしながら確認しあっている。その間にもここアスパルイで用意され、接続が待たれていた別の密閉車両に接続される。

「触れてはならんものなのでしょうな」

 クトゥルナムが渋面を一瞬見せる。偉くはなっても思い通りにいったことがあまり無い男だったな。

「ユディグ陛下! 本日は風も穏やかで雲も無く、蒼と玄の天に祝福されました。鷹の座の主星、太祖バルハギンの御星が見守ってくれることでしょう」

 とクトゥルナムの母トゥルシャズ。列車から天幕に馬と馬車、結婚式用の道具を下す指示をしていて、今終わったところ。

「こちらこそ。良き花婿を迎えられて光栄です。一族の繁栄になりましょう」

 これに対し口が回りそうなトゥルシャズ、無言の一礼で済ます。小賢しいケリュン族が口先を控えるだと?

 バルハギン統一族の繁栄というのが帝国連邦ではまずい言葉だったのか? 集会は公認されているのに今更ではないか? この程度の言葉を警戒しなければならないのか?

 クトゥルナム一行が去ってから妻に耳打ち。

「何かまずいことを言ったか?」

「神経質になることが起きているかもしれません。ケリュン女ですから、何か言質でも取ろうとしていたかもしれません。揚げ足取られることは、まだ無いはずですが、ラグト一族乗っ取りの手掛かりを探っているくらいは考えておきましょう」

「うむ……」


■■■


 出席と欠席名簿が埋まり、アスパルイ郊外の集会場へ場所を移す。

 騎馬と鉄道で来た者達、全員が己の天幕を立てる。中央上座にラグトの宮幕を据え、左翼と右翼を形成してバルハギン男系男子の序列順に下座へ並べる。

 長い年月が経つと一統の序列の付け方も難しくなってくる。まずは王号保持者が最優先で、その中でも即位年が早い順とした。次は将軍級でこれは階級と先任順。クトゥルナムの極東軍区元帥兼方面軍司令は次点で、ここの最上級はシレンサル中央総監兼外ユドルム軍区元帥。カラバザル総統の忠犬。誰かに噛み付いたという話はあまり聞かないが、躊躇する者ではないと分かっている。

 各人、己の序列について何か言いたそうにしてから、祝い事ということで出そうな言葉を飲み込みつつ挨拶回りをしている。軍の上下構造は目的から明確なので大昔のような、席順で喧嘩と殺し合いをするような事態には至らなかった。

 そんな中でシレンサルの天幕に招かれた。総統が兼ねるウルンダル王の旗印ではなく個人の物。中は人払い済み。面倒な案件は祝いと宴の後、という雰囲気ではない。

 クトゥルナムも花婿衣装に着替えずにやってきている。あの動き辛い重ね着の脱着よりも別の深刻なことを憂慮する顔だ。

「ユディグ大将まで呼んだのは、本集会主催者としての立場を考えたものである。クトゥルナム元帥は承知であるから、あなたにこれを見て貰いたい」

 軍階級呼称は軍務であることの証明。渡された手紙の差出人は総統代理ルサレヤ。カラバザル総統の代弁者で、総統から送られてきたと見て良い。

「読んでも?」

 手で促される。

 ”総統令により吉日を持って帝国連邦はベーア帝国へ宣戦布告する。目的はベーアの破壊、以上である。各軍区元帥は総力戦用意。詳細は軍務省より逐次”である。

 何時か来るかもしれないとは思っていたが、本当に来たか!

 セレード独立戦争の辺りからどこかへ進撃出来る準備は軍務省令で出来ていた。元より正規軍総勢八十万は即応体制だったが。

「これは元帥級にのみ通達されることだが、この吉日が迫っている」

 元帥級は軍区元帥、中央総監、ラシージ将軍が相当。軍務長官は大元帥、総統は国家名誉大元帥。自分はこの上位陣に含まれない。では?

「侵攻開始日時とここからの前線までの距離が有れば敵への事前察知とならない。電信局には特別管制指示を出す。この日を利用して団結を固めたい。特に東方構成国は極西事情に心が向き辛い。”一工夫”入れたいのだ。このことは軍務長官ゼクラグから承認を得ている」

 周辺国に破壊をもたらし、遊牧皇帝の威信を示すのはこのバルハギン統にとって最大の伝統行事。我々にとってこれは賛美せねばならないし、否定する論理を持てない。ただセレードだエデルトにベーアなどとは縁も遠いので確かに”一工夫”必要であろう。

「ユディグ王は主催者として、開会宣言時に我等の使命を述べて貰いたいが」

「その、ベーアの破壊とは?」

 抽象的であれば際限が分からず、具体的ならば消耗の際限が無い。どういったものか把握しないと言葉が出ない。

「そもそも我々が縄張りを広げて維持し、定住民から取り上げることに終わりが無い。生きることは奪うことの連続。平和という異常が終わるだけのことだ。その旨で良いと思う。このことはウルンダルの私が言うよりラグトの正統君主が告げた方が東に響く」

「なるほど……」

 血統の重さがこう響いてきたか。

 最近重傷が続くカラバザル総統も何年続くか不明の中、備える必要があって集会を企画した。イディルの時代ならともかく、今は国を東西に分けて弱りながらでは生き残れはしないと分かっている。

 分離独立運動はありえない。ならば次代の重心になれる素質を持つクトゥルナムと繋がりを持つべきと考えた。こんなことになる中でどうすればいい? 機会か危機か?


■■■


 夜を待つ。各家長に親族、付き人に関係者を含めて万を越えるバルハギン一統が、一時点けた篝火を全て消して満月と星々の大河を抱える玄天を見上げ、各自自慢の髑髏杯を手に、酒を満たして待つ。自分は殺した父の髑髏製。これが手持ちで一番の上物。

 皆が息を潜める中――小さな子供が不意に声を出し親に怒られる中――不動の極星と鷹座の主星が縦軸に交わったと玄天教の占星術師が確認し、太鼓を叩いて報せる。

 蒼天暦六百八十四年元日を迎えた。”蒼天の鷹”バルハギンの治政が始まってから、かつては夏の始まりがこの日であった。今はずれ込む程に月日が経ったが輝きはそのまま。

 ラグトの宮幕の篝火だけに点火させ、注目を集める。

「今年も良い星を迎えられました……新年明けましておめでとうございます!」

『おめでとうございます!』

「新年を迎えるにあたり、まずは私には一つの小さな、皆にはもう一つの大きな吉事がございます。僭越ながら、まずは私事から申し上げさせて頂きます。我が娘ツェドレンが本日、極東軍区元帥クトゥルナムの第二夫人として迎えられることになりました。末永き幸運、兎のような多産、名馬のような強い子を天と地と山と風、偉大なる太祖バルハギンに祈ります」

 花婿、花嫁衣裳の新郎新婦が篝火の映えるよう立ち上がって一礼、拍手で迎えられる。

 宴の料理を暖めている竈の火、湯気と匂い、牛の群れでも飲みつくせない酒樽を前に皆がそわそわして私語も騒がしげ。第二夫人になる結婚式など、祝い事だが小さなことだ。大昔の感覚なら一大派閥結成の、ややもすれば反逆の狼煙を上げるような儀式となるのだが、今ではささやかな祝い事の一つ。政治的にも軽く見られている。

 この空気を一新させてやりたい。

「最大不滅の我等が大英雄……!」

 この言葉を人間が口にするとは、と皆が口を閉じる。

「……第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、踏み砕く巨人、空を統べし天馬、楽園の管理者、空前絶後の救世主、天地星合の煌めく光、諸国民の牧童、惑星蛇、全盟友の剣、金剛の心臓、悪魔大王、大陸跨ぎの跛者、異神調伏者、黒の旗手、復天治地明星糾合皇帝ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンより勅令! 傾注せよ!

 帝国連邦は間も無くベーア帝国へ宣戦を布告する! かの国の破壊が命じられた。一億の敵を屠り、千の都市を灰燼にし、一面の畑を踏み潰し平らにする時が来た! 太祖バルハギンがしたように、我等に殺戮破壊の天命あるぞ!」

 抜刀して切っ先を掲げる。

『ウォーカラバザル!』アッジャール=ラグト系。

『ラーイカラバザル!』ランダン系。

『フールアーカラバザル!』ウラマトイ系。

『タートォーカラバザル!』ユロン系。

 広い遊牧諸族の遠い親戚達が拍手、足踏み、武具打ち、祝砲、喚声、笛、弦、太鼓で地を揺らして家畜を驚かせ、山に返って風に乗り天に轟かせた。乾杯前、大酒が入っていないのにこうだ。

 シレンサルの注文通りに”一工夫”入れたが、これはたまらんな。

「乾杯!」

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