第462話「大胆な浸透」 ベルリク

 エデルト西部は開発が進み、何とも幾何学的に整理されている印象だった。堤防と法面、道路と鉄橋、鉄道と運河、街と畑と植林地の区画割りが秩序の名の下に行われて歩きやすく、見やすい。現代経済合理性からの都市設計が見られて城壁は撤廃、要塞は最低限、風通しが良い。

 金通りも良かった。都市部ではなくても略奪出来る物品が豊富。植民地ズィーヴァレントの存在と鉄道網のおかげか食糧は十分で、財貨に装飾品、衣服や陶器は捨てるのが勿体ない程あった。硝子窓、絨毯、絵画、楽器、玩具、絵本などなど田舎者が持つには贅沢過ぎる物が揃っていた。何より眼鏡をかけた腹の出た子供、足が悪いのに痩せていない婆さんまでいた。これらから改めてベーアを破壊しなければならないと確信した。

 夜間行動、替え馬、馬の強奪、馬上睡眠、毒瓦斯時限爆弾、鉄道爆破、待ち伏せ攻撃、人間の盾、これらを含んだ騎兵機動力でエデルト軍の追跡、待ち伏せを掻い潜り続けた。

 博打で得た金を更に賭けて倍々にしていく興奮と焦燥が味わえている……いやその程度じゃないな。実際にやった時は殺して火を点けて賭場潰して逃げたからまだ安心と余裕があった。今はもっとこう”神経が灼ける”。

 日に日に敵軍の集結が迅速で正確になってきている。量が増えて、予測が正確になり、予備案を複数作って対応してくる。常にどこかで撃ち合っているように感じる。鉄道沿いを出来るだけ避けてもそのような調子。これもシアドレク公の指令なのか?

 エデルト所属のセレード騎兵がつかず離れずの追尾行動を取るようにもなってきた。裏切り者とは言わない。どこにつくか、我々は自由だ。

 油断している住民を見なくなった。民兵に限らず老若男女が窓から下手糞ながら銃撃を加えてくる姿が見られた。だが先制攻撃で恐慌しやすい。巻き狩りの要領で住民、敗残兵、家畜を追い立て”群れ”を作って見せつけ、村落に流し込んで家屋を焼いたり、威嚇射撃、射殺、にゃんにゃんねこさんで追い出すと一気に膨れ上がる。

 ”群れ”は足手纏いであり、統制を良くして導けば役に立つ。

 家畜も人間も癖があって、個体毎に役割を担っている。指導的で元気な男、抵抗心強い者は真っ先に殺すか歩行不能な致命傷を負わせる。敗残兵の将校は服装で分かりやすい。平服でもそういう者は顔つきに顎の上がり方が違う。喋ると集まる視線、傾けられる耳の数が違う。歩き方、背後集団への気遣い、追随する人数が違う。そんな者は遠くから見ても”種馬”と分かる。むしろ距離を置けば流れが見えて分かりやすい。指導的な動きをして、耳目と心を集めたところで小銃で狙撃させる。”群れ”は急に迷子になり、良い子になる。

 次に活用したのは弓矢。”種馬”ではなくても元気な男や思慮深げな”参謀”を狙わせ腕に突き立てれば群れの減少は防ぎつつ、抵抗力を削げる。使う矢は出血多量を防ぐために刃を潰したもの。これを銃弾でやっては腕が落ちて死んでしまうので注意。

 ”群れ”を囲んで叩いて鳴らして誘導し、抵抗の気配が見えれば首謀者を外から狙撃。いちいち群衆に分け入って標的を引きずり出すのは手間であり、捕まえに行った者を危険に晒す。一人でも殴り倒され、殺して勇気付かれても始末が面倒。常に優位を取る。

 家畜を混ぜたのは賑やかしでもあるが、混ぜると人同士の会話を阻害して団結を崩した。

 ”群れ”を盾にしてその頭越しに馬上から射撃すれば敵部隊は弱かった。我が兵士達と共に行動していると感覚が薄れるが、同族を盾にされた被民族主義教育者、実戦も大して知らない軍歴だけは重ねている連中は狼狽えやすくて撃破が容易。

 ”群れ”作りの内職と運用は順調。しかし敵の追撃は苛烈になる。自分が率いる本隊よりも分散した陽動部隊に重点を置くようになり、そろそろ引き際だと思えた頃に到着した。

「ダーリク、これがイェルヴィーク、地果て海が尽きるところだ! 明るい内じゃなくて悪いな」

 シェビン川が削った谷間、河口部にあるエデルトの王都。夜でも鯨油街灯が照らして伸びて分かれる街路、走り回る兵隊、緊急出港する軍艦、海面の波打つ様子が分かる。夜を選んだのは要塞と軍艦の砲撃精度を落とすため。

「これから点けるんですよね?」

 転がった警鐘を兜みたいに被って重そうにしているダーリクが小粋なことを言いやがる。

「そうだな!」

 イェルヴィーク東、丘の上にあるクセルヤータが屋根と見張り員を踏み潰して制圧した監視塔から市街地を見下ろす。階下はアクファルとグラスト術使いが制圧中。銃声と男の声と木が叩かれる音ぐらいしか響いてこない。

 この懐かしの都は大体六区画に分かれる。

 西岸部には兵器工廠や造船所、海軍士官学校、海軍兵舎などがある。海岸に向かって――思い出に無い――新市街地が拡張中。従来と設備が異なる新式造船所もある。河岸の背後の丘斜面には低所得者層が暮らす街が見え、街灯が少ししか立っていない。

 東岸部川沿いには住宅が密集する旧市街地、倉庫群がある。上流側には陸海共有の王立軍大学校があって、ここの在校生を殺せばエデルト軍全体の質を下げられるが、この動員状況ならどれくらい在校して宿舎で寝ているか分からない。

 東岸部郊外には陸海双方から市街地を守る水濠に囲まれたギェーテベリ要塞と、我が母校である陸軍士官学校に陸軍兵舎がある。かつては人家も無く、雑貨店があって露店が時々開かれていた程度の広々とした場所だったが今では新市街地に半ば呑まれている。また東口には鉄道操車場がある。

 東岸部の川沿い、郊外の間には内陸から海に突き出る丘があって、民間人による伐採禁止――浮浪者の滞在と逢引きも禁止――の森林保護地区。いわゆる”王の森”で狩猟制限地域。建物は王の狩猟小屋、もう一つはこの監視塔が立つ。

 川の中洲の一つ、イェルヴィーク島は海の勇者が城を建てたという伝説の、王朝始まりの地。宮殿に議場がある政治の中心で、東西の岸を繋ぐ橋が架かる。閣僚や書類を焼けたら楽しい。

 河口部諸島の先端には灯台とシェケボルム要塞があって港湾封鎖を防ぐ。かつて島々には軍事、港湾施設だけがあったが埋め立てもされて島の数が減り、面積を広げて新市街地も形成された。距離が離れ過ぎていない限りは鉄橋で結ばれている。

 全体として鉄道が市内を巡って各工場、倉庫と接続する。運河も細かく掘られて水の都といった様相。各種各港には大小、軍民の艦船が係留されていて昼間なら水面を埋めていることだろう。

 自分が士官候補生だった時の人口は十万程度だったはずが、市街地の拡充、建築物の高層化、産業の発展で最低でも倍増しているはずだ。

 攻略するには考えさせられる場所だ。当たり前にやるなら大軍が必要。海軍の支援も欲しい。

 ……ギェーテベリ要塞、海岸からの上陸、沖合からの艦砲射撃対策をしながら王の森に入って丘を取って準備砲撃してから突入か? 東岸の丘より西岸の丘が高く、あちらから砲撃されると弱いか?

 ……突入したとして、川に掛かる橋が落とされたら海軍を撃退しないと西岸に渡れない。シェビン川を遡上して迂回は地形が険しい。この河口部回りでも既に起伏が激しく、上流へいけば踏破困難な山岳地形で、しかし一端上流の山を取ってしまえば逆に攻めやすいか。陸側を取れても島に逃げ込まれると延々と悩まされ続ける。

 ……二つの要塞は水上要塞で、坑道掘りからの地雷発破も出来ない。水上補給が出来るから包囲して飢えさせることも出来ない。これを破壊出来るような大砲と砲弾を大量にここまで用意出来ているようであればエデルトの命運はそもそも尽きているだろう。

 ……大軍でも悩むところを少数の騎兵戦力でどう攻めるか?

 イェルヴィーク市街地東口、鉄道操車場がある方向から”群れ”を流し込めば、我々に備えて防御体制を築く首都守備隊と衝突して揉めつつ、善良な兵隊さん達が彼等を都内に避難するよう呼びかける。家畜が鳴き喚いて人の声を掻き消して、流れは出来上がったが安心安全には遠い。

 ギェーテベリ要塞から照明弾が上がり、発光しながら落下傘と共にゆっくり落ちる。夜の闇がやや明ける。

 懐中時計をランプで確認。まだまだ。

 ”群れ”が七割以上街へ入ったところでその頭越しに、小勢の分遣隊に威嚇攻撃を仕掛けさせる。これで”群れ”が統制を失って街に雪崩れ込みながら、避難所を無視してあちこち好き勝手に散らばる。分遣隊はこれで任務達成、安全圏で待機する本隊位置まで後退。

 少し時間を置いてギェーテベリ要塞から砲撃、分遣隊が後退前にいた位置へ着弾する。時機外れという点を除けば射撃は精確だ。

 夜なら無闇矢鱈に見えないところでも撃ちまくらないと当たるものも当たらないのだが、戦争に慣れていないのだろうか? 優等生は民間人を犠牲にしない愚かな百発百中でも強いられているのか? 実戦経験がある連中は列車で東に送った後か? イェルヴィーク自体がまともに襲撃されるのも久し振りで、要塞位置や大砲が向く角度、夜間対応手引きも前時代基準だったのかもしれないが……最終防護射撃の応用くらいやってみせたらどうだ?

 エデルトは対外戦争経験を十分に持っていると言える。国内戦争経験は……近現代の戦史を振り返っても無いんじゃないか? セレードは先の聖戦で多少経験がある。中核エデルト、それもイェルヴィークとなれば百年単位で無いかもしれない。無いように先制攻撃を仕掛ける軍事思想だった。

 ”群れ”の投入状況の進捗に合わせて本隊による第二次攻撃開始。大分手持ちも減ってきた通常弾頭火箭による市街地東口、特に陸軍士官学校、陸軍兵舎、兵器庫、厩舎を狙った砲撃が始まる。建造物をそこそこ破壊して穴と”薪”を作った後に焼夷弾頭火箭を続けて撃ち込み火災を狙う。

 ”群れ”による混乱、守備隊の展開が消火活動とかち合っている。消防士が導く馬引きの水槽機関車? が道をゆっくり進まざるを得なくなっている。消火用水でも運んでいるらしい。

 井戸や樽からの桶汲みの初期消火は燃える混合油を爆発的に広げ、愚かなにわか消防員の服に燃え移る。油火災への対処を知っている者は砂を掛けるが、あまり用意はされていないらしい。急いで消火用の土が掘られる。

 塩素剤弾頭火箭が大体火災位置の周辺に撃ち込まれて活動を妨害。水槽機関車から伸ばされた管からの放水が火元を捉えずにただ道路と塩素瓦斯を吸引して倒れる者達を濡らす。

 延焼を確認。乾燥して風が強いわけでもないので派手な大火にはならないか。弾薬庫に引火しないかと期待したが、きちんと管理されているようで炸裂は見られない。

 ”群れ”の家畜、燃えた厩舎から逃げた軍馬が混じって、火事と爆発と群衆の恐慌に怯えて街路を暴走。砲兵の輓馬の体当たりが人を盛大に撥ねるのと、目線より下の人間を恐れなくなった羊が踏み潰していく姿が面白い。

 何だか市街に突入してもやれるんじゃないかと思えて来るが、西岸を拠点にする海軍の動きが軍艦、海兵隊共に整然としている。時間をかけ過ぎるとイェルヴィーク襲撃のために分遣した陽動隊の負担がかなり大きく、損害が過剰になる。歩兵砲兵も連れて来ていないのだからここは欲張らないのが吉だ。

「しかし懐かしいなぁ」

 望遠鏡で陸軍士官学校を見る。かつて勉強した教室に火が回る。ザリュッケンバーグ校長に説教された校長室も見える。基本的なことはここで、短縮して学んだ。

 後輩達が防火斧で施錠した扉を破壊して大切な資料を持ち出す。他にも馬をまとめて火の手の無いところへ誘導したり、士官候補生中隊といった雰囲気の銃兵隊を組んで戦闘に備える。そして塩素瓦斯で咳き込んで転がる。それからは友情を感じる手つきで足りない防毒覆面を交替で使ったり、濡らした手巾で口と鼻を覆って対策。化学戦教育は行き届いているようだから、エデルトが同じ物を使ってくるのも間も無くか?

 ダーリクに望遠鏡を渡す。警鐘はアクファルが次に被ってる。面白いかそれ?

「ダーリク、あれが父様の母校だぞ。あそこで勉強したり喧嘩したり、シルヴおばさんと仲良くなったりしたんだ。あと決闘でエデルト貴族の坊ちゃま方を百人くらい殺したな。あいつら”これがセレード流だ臆病者”って言うとムキになるから殺すの簡単なんだ。勇猛果敢も良し悪しだな」

「へー、あれ、このまま焼いちゃうんですか?」

「え、そりゃ焼くだろう。こんなにも強くなったって報告しないとな」

「あ、え? ん? ああ、そっか。”技”を先生に披露してるってことなんだ」

「そうそう! 良く分かったなぁ。賢い、ダーリクかしこ」

「むっへへ」

 懐中時計を再び確認。そろそろか。

「クセルヤータ、出発だ」

「了解」

 自分とアクファルにグラスト術使いはクセルヤータ、ダーリクはバルミスドに乗って鞍に跨り、落下防止索で固定。両竜は羽ばたきながら塔を蹴って、年寄りはちょっと沈んでから浮き上がる。警鐘が塔の下で転がり鳴る。

 竜の背から、広いのか狭いのか良く分からなくなってくる視点からグラスト術使いに拡声の術を使って貰い呼びかける。

「皇族並びにイェルヴィーク市民諸君、二十六年振りだな! 私はイューフェ・シェルコツェークヴァル男爵ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンだ! 今日は帝国連邦総統ではなく、セレード王ヤヌシュフの将として参った! 本来ならば私は、このようなことをする男ではなかった! ヴィデフト市における戦いで私の戦功、名誉を傷つけた太后ヘレンヴィカによる弾劾に端を発し、今日君達の信仰を試す悪魔として舞い戻って来た! ヴィルキレク王にヴァルキリカ聖女に雇われたこともあった。あれは中央同盟戦争を始めに我が勢力を良く育てる原動力になった! この私をこのように大きく血塗れに育てたのは間違いなくアルギヴェン家である! 育ての親に感謝申し上げよう! 戦友である亡きリシェル殿下に御冥福を! それらに対しては君達の血と涙で持って返礼とする! まずは我が母校、陸軍士官学校が焼け落ちた姿をご覧になって欲しい! 師にこそ教わった技にてお返しする!」

 もう一つ何を喋るか? 正直に思った通りに喋ることにした。

「そして聞こえているか革命の志士達よ、機会は何れやってくる! 伏して備えてその時を待て! エデルトが、ベーアが混乱に陥った時にこそ、または戦いが終わった時こそが革命の時である! 人を平等にするのは君達しかいない!」

 高さの違うものを揃えて並べるには整える必要がある。我々では根こそぎしかないので選別は彼等がする。どれほど成功するのかは知らないが、ダフィドの狙い通り同族殺しが待っている。

 頭の中で別に、ざっと数えていた時間が経過。そろそろ。

 市街地に投入した”群れ”に仕込んだ人間、家畜爆弾が炸裂を始める。短時間、長時間の時限信管を混ぜてあるので明日、明後日まで弾け続ける。手放したがらない食糧入りの荷物、手術した腹の中にあるので対処は難しいはずだ。

 長居は無用、これ以上の破壊が出来るだけの火箭は無い。逃走用だけを残し、演説を合図に待機していたバイアルルが宮殿に向け勢いつけて火箭改造の塩素剤爆弾を投下、窓を破って命中。乗る跨兵が撤退の信号火箭を上げた。


■■■


 行きは良い良い、帰りは死地なり。皆には相変わらずの、しかし今まで以上の死は覚悟して貰っている。

 イェルヴィークから去り、残り六千騎で南へ行く。リーレル川渡河以降の浸透、工作、王都襲撃からの撤退のための分散陽動行動で被害が拡大。経路選択が難しく、待ち伏せ以外の偶発的な戦闘も多かった。先行発見先制攻撃の原則を守る努力は怠らず快勝を続けるが、勿論疲れる。お家に帰って休める状況でなければ疲れとは命の消耗。死に近づく。

 ハリキンサク山脈から南西に突き出るグルフュゲン山がある。ここの北回り、東進越え経路を取る。森が深い。

 山越え先はリーレル川上流域に出るのだが、これはシアドレク公に先読みされて待ち伏せ行為がされると想定。公の指示がいくら早く的確でも、指示を出した部隊が展開するまでには時間があるのでこちらの足が速ければ問題無い。

 グルフュゲンの山頂を南に見て山を越え、休憩を兼ねて略奪で馬も稼いで休養。また”群れ”を形成しておいて何かに使えないか確保しておく。

「殺せ」

 占拠した村での朝飯時、珍しくナシュカが拗ねた。鍋を用意しただけで飯も作らず座り込んでしかめっ面で、体力の限界を感じたらしい。

「もうちょい堪えられないか? ランマルカ島行ってみたくないか?」

「赤毛共がなんだって?」

「うーん、麻酔打つか? 小便して寝てろ」

「なめんなクソが」

「どっちだよお前」

「ナシュカ、俺が作るよ!」

 ダーリクが飯を作ると言い出した。船と竜跨隊で飯炊きには自信がついたらしい。そんな可愛い息子をナシュカババアは睨み返して舌打ちし、立ち上がる。

「鍋に触るな子人間」

 空元気は出るみたいだが、どのくらいもつかな。

 昼に近づく頃、朝の偵察からクセルヤータ隊が戻って来る。

 敵戦力がグルフュゲン山の東麓に集結。騎兵だけを先着させず、河川艦隊と上陸部隊を同着させる。これは兵科を連合させて中々強力。加えて徒歩陸路、軽便鉄道からも少数ずつ、しかし長く増援を送ってきている。絶対に通さない、か?

 もう一つ、グルフュゲン山南側のエデルト=セレード線で別働行動中の偵察隊による爆破工作成功報告が届いた。

 休養終わり。”群れ”の男は潰し、女は殺し、家畜も殺し、来た道を西に戻って南回り経路へ変更。

 鉄道機動の敵戦力の投入は麻痺し、降車して徒歩機動に移っている。こちらの迂回路変更を予期しての待ち伏せ部隊も含めて迂回。

 騎兵による機動妨害はあったが他部隊との連携が成る前に各個対応。牽制、迂回よりも強襲で馬の分捕りに専念。替え馬の確保が足の速さと長さに繋がる。

 道中、運行計画の混乱か、待避線で待機中の貨物列車を発見、襲撃して奪いファグスラ方面へ逆走させた。


■■■


 北エデルトを脱出するにはまたリーレル川を渡る必要がある。河川砲艦を上下二点に釘付けにする前回の渡河方法は通じまい。

 先に逆走させた貨物列車が兵員輸送列車と衝突して脱線事故を起こした現場に到着。破裂して管を内蔵のように露出した機関車からまだ湯気が上がっている。

 先着した骸騎兵が表にいる敵兵を射殺、車両の窓、陰に擲弾矢を撃ち込んで爆破して制圧中。

「ダーリク、死体突きってやったことあったか?」

 骸騎兵が殺した者以外にも、事故で散らばったり、投げ出されたり、瀕死で車内から這い出て息絶えた者が転がる。

「無いです」

「こいつらはイェルヴィーク襲撃以外にも屈辱の限りで相当怒ってる。安易に銃剣でツンツンなんかすると道連れにされかねない。こう、もっと士気が折れてる連中じゃないと危ないな」

「はい」

「銃弾をケチって突くのはありっちゃありなんだが、余裕がある時は撃つのが一番だな。生きてるっぽいの見つけてやってみろ。こいつも大事な仕事だ」

「はい!」

 ダーリクはエデルトの連発銃を構えて、安全距離を取りながら死体撃ちを始めた。重さと反動に体幹が揺さぶられる程ではないが、まだまだ妖精兵じみた”寸詰まり”感がある。背がもう少し伸びれば少年兵卒業だ。

「今更だがこんなんでチビってビビってるようじゃ戦場どころか冒険も怪しいぞ。兵も賊も殺せなきゃな」

「それは大丈夫」

「お、そうか」

 ちょっと機嫌を損ねたな。これくらい出来るもんっ! てなことだ。ダーリクが見当をつけなかった奴を見て、拳銃で撃つと呻いて足掻く。もう一発撃ってから首の後ろを踵で蹴って骨を折る。

「お! ダーリク、死んだふりを見逃してるぞぉ。それじゃおケツにブチ込まれちゃうぞ」

「気を付けます!」

 怒っちゃったな。

 骸騎兵が制圧した脱線車両の長床車に積載された大砲と弾薬車に砲弾を奪い、降ろして馬で引いてにわかの騎馬砲兵になる。

 また別の鉄道機動の部隊がやってくる前に線路から一時距離を取って東進し、一度は迫っただけで引き返したファグスラ市へ行く。


■■■


 行軍しながら時間調整、軍を二つに分けて夜間に先発部隊がファグスラ市に向けて陽動攻撃を開始。奪取した大砲で砲撃も行うと、市内で第一次リーレル川渡河時に現地解散した陽動部隊が騒ぎを起こす。もしかしたら共和革命派もここぞとばかりに騒いでいるかもしれない。内情は流石に市外からは不明。

 後発部隊は、先発部隊へ敵が対応している間に素通りで南へ行き、エデルト=セレード線の鉄道橋に平行する鉄橋を通って河川艦隊を避けて通る。第二次リーレル川渡河成功。

 続いて先発部隊も大砲を放棄して橋を使いリーレル川を渡る。外洋艦隊が一部遡上しており、海兵隊が川から上陸してきて西側面を脅かされて吃驚することはあったが、少し東に迂回すれば良いだけで済んだ。こういう時は、我々が東に逃げられないような地形か挟撃部隊がいれば効果があった。

 この上陸作戦のような、怒りや憎悪で失敗必至でも前に出ようとしている雰囲気は常々感じる。どうなるか分からないけど手当たり次第といった様子。そういう姿勢を見せないと恨み言を仲間から言われるとも恐怖してはいないか? 馬鹿になった敵はやりやすい。

 ファグスラ市をかすめる中、現地解散した連中が若干集結。損耗差し引き無しと言ったところまでに回復。解散中は「電信線を切断して回った」「取水池に家畜を突っ込ませて全部中で殺した」「共和革命派を煽動した」「伝令から手紙奪って偽物送りつけた」などなど武勇伝が聞ける。

 ここからセレードへ戻るにはフレッヴェン高地に入って、敵が作る包囲網の穴を見つけるか、強引に作って肩透かしを入れてから突破するのが良さそうだが、高地には防御配置の山岳部隊が入っているとクセルヤータから報告。休むにも偵察拠点にするにも居心地が悪いとも。退路断ちに力が入っている。

 南エデルト――エデルトが中央同盟戦争で獲得した”南エデルトの北部”――を抜けるにはザルス川を渡る必要がある。

 川沿いには外洋艦隊に河川艦隊まで待機し、まるで正面戦線のように陸軍が長大な横一線で配置される壁が形成中だ。起点はファグスラ線とヴィニスチ線の交差点で、ザルス川沿いのクーディン市。南エデルトの新興都市。

 こちらは自由に動いている。あちらは混乱する鉄道運行を何とか整理しながらあちこちから動員中の戦力を集めて怒りの包囲網を作ろうとしている。

 休まず、馬を潰してまた夜通し走ることにした。

 ナシュカは遂に体力の限界に達する。自分の替え馬二頭の隙間に横になって寝られるように包んだ。おっぱい触っても憎まれ口すら叩いてこない。


■■■


 ザルス川の待ち伏せ防衛線に対応する。部隊をまた二分し、壁東端への攻撃に後発部隊を当てる。もう一つの先発部隊は東へ、上流側へ進む。

 先発部隊の進路と並行するヴィニスチ線へは細かく爆破工作を仕掛けつつ、敵艦隊が侵入困難なザルス川上流、カラミエスコ山脈西端まで行く。

 山でクセルヤータ隊には休んでもらい、ナシュカも揺れない地面で寝かせるようにした。一日二日ではなく一月は休んで貰いたいが。

 エデルトの辺境道路整備が我々の役に立つ。田舎に似合わない川を下に覗ける高架橋が架かっているのでそこを――警備は薄く、こちらの機動力に対応出来ていない――渡った。それから攻撃を終えて同じ道、北岸を進んでいる後発部隊に攻撃が集中しないよう南岸から今度は先発部隊が陽動攻撃を仕掛ける。

 北岸に上陸した敵上陸部隊を南岸から射撃。火箭の飛距離は十分。小銃は最大射程での曲射になる一斉射撃なら効果有り。河川砲艦は脅威であるが、ここでビビっては陽動にならない。下馬しつつ隠れ、時に大胆に姿を見せ、現地人を駆り集めて人間の盾も作って無視をさせない。

 後発部隊を追う敵部隊を川越し射撃で妨害し、遂に二部隊は合流。残り五千七百騎。

 先発部隊は南岸からの陽動攻撃で砲弾を浴びたので血が流れた。

 後発部隊は替え馬不足からの、下馬をして決死の殿を務めることでの損耗が大きかった。戦闘の忙しさから自爆用爆弾の所持にもあまり手が回らなかったそうだ。

 単独の軍で敵地の奥へ行った経験はあるが、今回ほどに努力した覚えはない。辛いが凄いことがやれているのは鍛えに鍛えた精鋭だからだろう。失うには惜しいが、出し惜しみは更に惜しい。このような敵中縦横断中という特殊事情でなければちょっと強い騎兵程度に留まったかもしれない。突撃で敵陣を食い破るという派手な行動などよりも最大の力を発揮出来ている確信がある。

 敵も我々のようなわけの分からない相手と戦い、辛くてたまらない状態に陥っている。一万に満たない軍に対し、一国に対して戦線を構築して攻略出来るような戦力を鉄道、船舶まで総動員するようにして追いかけてきている。

 この大胆な浸透作戦がどれ程の影響をエデルトにもたらしたかの研究結果は戦後の楽しみに取っておこう。


■■■


 ベーア統一でエデルトが獲得した”南エデルトの南部”の領域に入る。

 森林湖沼が多くて騎兵が走り辛い。鉄道、道路、堤防、橋も北のように整備されていない。このような地形はザーン連邦まで続き、越境にはイーデン川を渡らなければならない。更に革命ユバール入国にはオーボル川も渡らなければならない。

 ダーリクは馬上で昼間から眠りこけている。もう慣れたものと見られるし、疲労が強いとも言える。部下達には頑強な奴もいれば、人並み以上程度の奴もいる。奪う物だけは大量にあるので食うにも撃つにも困らないが。

 クセルヤータ隊はセレード側へナシュカを連れて――特別扱いは遠慮なくする――撤退した。主だった山も丘も無いここからの低地地方でも活躍は出来るが長続きしない。アクファルは騎兵隊に加わる。

「お兄様の口と尻の穴はこれから私が管理します」

「お前、うんこ診れんの?」

「出来るもん、お兄うん」

 これは本気か冗談か分からんな。

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