第458話「アレタレスの戦い」 ジェリル

 動ける非戦闘員はアレタレス要塞東方への避難が完了した。早い山越えのための、長い晴天を願う。

 動けない重傷者、避難行には足手まといの老人は東の村に残置。生ける、精気ある者達を優先する。命を選択した。

 逃げても仕方のない老兵に傷病兵を加えた要塞守備隊が約四千名、ここで魔王軍の侵攻を止めて死守する。カロリナの修道士や避難を拒否した女性等約百名が医療班、雑用係として残ってくれた。

 ここに集えた槍と秘跡探求修道会の聖戦誓約者達は少ない。

 聖一位、竜と悪魔殺しのための再洗礼を受けた聖戦誓約修道士たる竜騎士は十三名。

 聖二位、聖戦誓約修道士たる修道騎士は三十五名。

 聖三位、聖戦誓約修道士は約百名。

 約百五十名。多くがペセトトと魔王軍の襲撃へ立ち向かって生存不明。奇襲の混乱、現地でそれぞれが見つけた聖なる義務で集結は叶わず。

 ロシエに敗れてベルシアから騎士団が撤退するまでは、かつては準備すれば四千を越える訓練された聖戦誓約者を集められた。組織の縮小、資金不足、聖都からの引き抜きで今ではこの通り。我々が尊敬し畏怖していた赤目卿の裏切りの衝撃も相まって物心共にどれ程の遠心力が働いたか。繋ぎ留められなかった無力な己が恥ずかしい。

 約四千二百名、ここで死ぬ。

 シリバル王太子は若い兵士達と指導者に相応しい精鋭達と共に去られた。ここは最終決戦場ではない。殿下には何をしてでも防衛と逆襲をする義務がある。たとえ全エスナル失陥しようとも、亡命先でエスナルの正統タルゴノ王朝の血統を保存し、祝福あるブレーメラ家の方々もお連れし、再起を図って貰わなければならない。

 我らが槍と秘跡探求修道会、最高の聖物であるアルベリーンの槍を聖都へ移送する者達も見送った。

 カルタリゲン中佐も去った。彼の証言は貴重で、恐怖するに十分だった。

 魔王軍はランマルカ式の最新装備で固めていて火力に不足が無い。ランマルカ妖精も軍内におり、軍事顧問、特に砲兵指導に当たっているならば精度の高い射撃を行うだろうという見込み。更にロシエ式理術装備への対策に石鏃の矢、礫詰め榴散弾を十分に用意しているとのこと。

 鹵獲した理具への理解、対策研究が進んでいるそうだ。一部合流したペセトト兵が呪術を扱うので、戦時中に発展した道具を考案する可能性がある。未知の戦法を警戒する。

 エスナル国内少数民族の中で魔王軍に転向する者達が既にいる。エスナル人は正義と公正と情熱を愛するが、それだけでどうにかなるなら世界の争いごとは半分以下になるだろう。

 このアレタレス攻略には魔王イバイヤースが最高司令官として直接臨んでいる。先の聖戦でも猛威を振るった土人形の術が使われる可能性がある。

 半獣の老齢黒人魔族の確認証言から、間違いが無ければ先の聖戦でベルシア、フラルにて要塞を数十奪取した”城落とし”魔族術士ウバラーダが従軍している可能性大。かつては北のロセア、南のウバラーダと並び称された名高い術士である。城を落とす方法は噂混じりで定かではないが、短期間で聖都に迫った実力だけは記録に残っている。

 魔王の親書から、ペセトト軍のような虐殺は望まないとのことである。支配を受け入れるならば虐殺から保護することなどが文面にあったが、エスナル人はたとえ身体に傷がついても魂は腐らず、心は折れず、骨が砂になるまで滅びないのだ。

 アレタレス要塞は応急的に防御力を向上させる努力をしている。

 可燃物の撤去、消火用と飲用の水を確保。

 軍が持ち込んだ大砲は避難の足が鈍ることを懸念して全てこの要塞に設置する。ロシエから大砲を受領する約束がされているのでここで全損しても惜しくない。設置には我等竜騎士が率先して動き、体力を活かして各難所に設置。一門を四人で担ぎ上げ、縄を使えば起重機要らずに堡塔の屋根にでも設置出来る。火力が上がれば敵を足止め出来る時間も伸びるだろう。

 更に少しでも足止めになればと各所に空掘を作る。除いた土砂で土嚢を作って城壁を覆って厚みを増やし、一発でも多くの砲弾を受け止められるようにする。この空掘に砲弾が落ちれば爆裂の殺傷範囲も狭まる。

 馬防柵を作って、騎兵突撃は無くても押し寄せる歩兵が城壁に梯子を掛けにくいように設置。撒き菱も用意。

 魔王軍が迫る中、向上努力の時間を稼ぐのは山岳歩兵の決死隊。急峻な地形の山道脇で待ち伏せして時間を稼いでくれている。虫人の弓矢相手でも陣地利用の高所伏撃なら一方的にやられることは無いと信じる。施条の尖頭銃弾小銃はあの”ねじれの合成弓”と遜色無い射撃能力を持つ、はずだ。


■■■


 深夜、決死隊の伝令が要塞に駆け込んできた。全滅は時間の問題という報告が早くも告げられた。

 報告時には遠くから銃声が響いていたが、待ち伏せに適する高所から降りて要塞へ逃げ込むには時間が掛かり過ぎる。そんな位置だからこそ接近され辛く、死守ならば能く戦えたはずだったが多くの時間を稼ぐに至らなかった。

 敵の攻撃方法は夜襲。日没前から絶えず道路側から銃撃戦を仕掛け、荷車に旋回砲、機関銃を乗せた快速の移動砲台を用いて決死隊を疲れさせる。そうして爆音と閃光で目も耳も疲れたところで虫人魔族の切り込み隊に接近されて全滅を悟る。

 虫人は四本腕と鉤爪を使い、金属と衣擦れの音も殺すために全裸、徒手空拳となって常人なら道具がいる岩肌を音も無く登攀。爪の手足による一撃は容易く腹を破って頭蓋骨を割り、軽装歩兵なら致命傷。異形の耐久力は致命箇所と思われるところに銃弾を撃ち込んでも即死せず、死ぬまで動き続けて痛覚があるかも怪しい。また入射角が浅ければ外骨格が弾いてしまう。

 仲間の死に様を良く確認し、足を犠牲に飛び降りた仲間から死に際に受け取った情報を含めればそうであった、と伝令が伝えた。

 決死は我等も同じ。山岳歩兵が死んで時間を稼ぎ、次は我々が稼ぐ。

 出来るだけ長く足止めをする。後方での防衛線構築と予備役動員、新兵徴集と訓練。ロシエからの武器支援、義勇兵の到着。可能であればベーア帝国の支援、聖戦軍の発動も期待する。不安要素としてセレード情勢が怪しいらしいが遠隔地なので詳細と、現日時の趨勢不明。帝国連邦が機に乗じたら……東側世界の事情は詳しくないのでこれ以上は分からないが。

 山岳歩兵の敗残兵が要塞へ避難を終え、追撃騎兵が姿を見せて要塞砲の一発で逃げ帰ったのが夜襲後の朝。

 敵の偵察騎兵が砲射程外でうろつき始め、攻城戦のために測量士や歩兵部隊が姿を見せ始めたのが夕方。

 攻めの築城準備が始まったので襲撃騎兵隊を編制して妨害することを要塞司令が決定し、要塞砲の有効射程を騎兵に砲兵が指導し、弾着限界を”空から降る城壁”、待避線とした。

 味方に撃ち殺されるのも名誉として司祭資格も持つ修道院長が騎兵隊を祝福する。要塞戦の開幕として守備隊も総員並んで祝詞を聞き、決死の決意を改めて固めた。


  聖なる神よ守りたまえ

  神の戦士を守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ

  神の戦士を守りたまえ


  聖なる戦いに神のご加護があらん

  聖なる戦いの後に苦痛は無い

  我ら神を信じ、拝み、崇め、服従し、

  聖なる神の大いなる栄光に感謝し奉る


  聖なる戦いに命の種を撒く

  聖なる戦いの後に芽が息吹く

  我ら神を信じ、組み、戦い、勝利し、

  聖なる神の破られぬ誓約の下で永遠となる


  種を広げた神よ、導きたまえ

  人を集めた神よ、結びたまえ

  火を高めた神よ、守りたまえ


  聖なる神のみを信じる

  聖なる神のみに殉じる

  聖なる神の御名を唱える


  聖なる神よ守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ


 襲撃騎兵隊に参加する修道騎士三十五騎にも個人的に「先に待っていてくれ」と声を掛けた。

 槍を掲げる重装修道騎士を先頭にする襲撃騎兵隊三百が開門と同時に西への山道、坂道を駆け下った。

『アルベリーン!』

 喚声は勇ましく、修道騎士が接近し襲歩に加速した時、敵は荷車で陣地を築いて機関銃を設置して迎え撃ち、あっという間に銃弾に崩れた。我々はああいった兵器があると知っていても、どう効力を発揮するかを知らなかった。単純に重騎兵を盾にして突破口を開けば、犠牲を厭わなければと思った。これは無駄死にだった。

 残る軽騎兵二百七十弱、ロシエ式磁気結界で金属弾を弾いて石棍棒を掲げて襲歩に加速。

『アレレイ!』

 喚声と共に荷車の隙間を狙い、時に飛び越え荷車陣地内に突入。銃弾を弾き、金属刃も振り回せない中で一方的に撲殺。測量士のような技師を多数殺害。

 道路の外から石鏃の矢が飛んで軽騎兵を射抜き始め、槍ならぬ棒を持った虫人が白兵戦を挑んで撲殺、爪で刺し、牙で噛み返す。

 体力と武芸で虫人に全く敵わない軽騎兵は退却開始。”空から降る城壁”の線まで全速力で要塞へ逃げ込む。敵は追撃部隊を出さなかった。

 小さな――軽騎兵だけで掴めた――勝利にその一日目は沸いた。修道騎士達を後列にするだけでこの勝利はもっと良いものになっていたはずだった。

 誰も自分を責めなかった。赤目卿がいたら血を吐くまで殴ってくれたか?


■■■


 小さな勝利の深夜の内に魔王軍は、要塞の周囲へ虫人を織り交ぜて部隊を展開。岩肌に杭を打ち、縄を垂らし張って山羊でも無ければ通過しない地形でも側面、背面を取ろうと努力。狙撃兵が岩の底に撃ち落としても諦める様子は無く、撃ち返される。包囲網というよりは、もっと薄い警戒網を構築していた。

 アレタレス要塞は五点で構成される。

 峠に位置する要塞本体は東西正面に堡塔を四つずつ構える。西から要塞にかけては尾根沿いの上り坂。その道路脇の左右には谷と言う程ではないが岩の裂け目があって、崖になり空堀となっている。この裂け目で道路が切れて落とせる橋が架かっていれば防御能力はもう少し高かったが、完全に埋め立てられ道路と一体化。

 要塞本体近くの、この周辺で一番の高所、山頂にはカロリナ挺身修道会の修道院がある。頑丈で城としての機能も果たす。

 離れた位置にある監視砦が南北一つずつで、北砦は修道院と、南砦は要塞本体と細い道で接続する。

 東側後方に村が一つ。要塞の水源地で小川が一本通り、少し東へ行くと下り坂。村自体が壁で囲まれてこれも一つの要塞。薄くて砲弾には対応していないが歩兵だけで乗り込むのは難しい。

 エンブリオの征服時代には車両が侵入出来ない登攀必須の現地人しか使わない山道一本で、かつてはその村一つだけで要塞になった。高低差の激しい周辺地形が人を拒んだ。

 征服後の後代に魔神代理領との聖戦、海上封鎖に備えて街道が整備され、この要塞が建築されたが以降は本日まで戦場とならなかった。沿岸要塞、植民地戦争費用に傾注してなおざりとなり、現代改修されないまま今日を迎えて後悔が増す。

 二日目。

 要塞西正面に魔王軍本隊が到着。ランマルカ製と言われる大砲での砲撃は磁気結界装置で早々に防いだ。当たると思った砲弾が宙で滑って、見えない氷の壁でもなぞるように要塞の外へ落ちて爆発。笑いさえ起きる。

 敵の大砲はエスナルより優れて、射程不足でこちらから砲弾を撃ち返すことは不可能。地形と要塞が合わさった高所を取っても届かない。強引に大砲の設計にないような曲射を行っても命中精度が悪すぎて意味が無かった。対砲兵射撃不能。工夫が無ければ一方的に撃たれる状況になっている。

 敵の砲兵陣地は狭い山道を基準に、外側に土台を拡張しても構築出来る幅は狭い。西正面からしか撃てず、射線が限定され磁気結界装置を要塞の八方に設置しなくて済んでいる。装置が機能している限りはこちらの砲台の破壊は無く、敵の突撃も防げる。

 懸念はあの薄い警戒網が、一つは山肌に砲兵陣地を置く包囲網に発展すること。二つは東後方の山道側への迂回路を形成され、要塞機能が無力化されること。要塞司令が散兵を出して”網”の増強を防ぐ。竜騎士による切り込みを要塞司令に提案すれば「ジェリル・マルセーイス卿は防衛の切り札だ」とたしなめられた。これは兄のバセロに笑われる。

 その日、それからは東の村についた守備隊から敵の偵察班を視認という報告以外に際立った件は無かった。


■■■


 三日目。

 魔王軍が要塞に接近するための、縦に進む塹壕を掘り始めた。

 道路は下から砂利、砕石、敷石で構成されかなり頑丈。周辺の山肌も砂と礫と乾いた土の混ぜ物の上、少し掘れば岩肌が出てくる。粘り固まらない土以下の素材で出来た塹壕なら砲弾で崩せてしまう。だがこれは”誘い込み”と要塞司令が判断して砲撃は見合された。

 磁気結界は防御になるが、こちらの金属弾攻撃も不能にしてしまう。その理具は瞬時に作動、停止が出来る物ではない。無防備な状態でこちらが砲撃すれば敵が反撃して砲台を破壊されてしまうと予想。

 ランマルカ砲兵の能力は新大陸戦線で散々に味わっており、最新の能力を知るクストラ戦争帰還兵が”能力は過剰に見積もっても足りない”と評価している。

 こうなるとアレオン戦争でも実績を出している、古い時代へ戻ったような石弾射撃が検討された。

 ペセトトと魔王軍の侵略は奇襲で、予期困難だった。困難な中、こちらのロシエ式理具を有効活用するために石弾を整形して用意しておくことなど不可能だった。後知恵でしか非難出来ない。もっと古いエンブリオ征服前の城なら倉庫の奥に、片付けるのも面倒くさいと投石機用の石弾が放置されていたかもしれないがここには無い。

 無いならば作るしかない。村の産業の一つに石切りがある。石切り場から石を運び、守備隊の中にいる徴兵された石工を集めて加工することになった。

 石工だが、徴兵されてこの場にいる石工経験者は若者ばかり。腕の良い歳のいった熟練者達は後方の防衛線構築のため東へ避難した後である。大砲に合わせた石弾の整形には時間が掛かる。

 その日の夜、南北の監視砦双方から襲撃を受けたとラッパ吹奏。

 砦の双方には竜騎士を三名ずつ配置。自分は修道院から四名を連れて北砦へ急行。崖沿いに鉄杭を打って縄を通した程度の道を進むが、途中で「聖なる神の御加護を!」の絶叫から北砦が爆発。閃光に敵と見られる人型の陰が一瞬浮く。抗えないと判断して自爆したのだ。

 急いで修道院に戻れば、崖下から道具無しに断崖を登攀してきた虫人とその背にしがみつく人間の歩兵が組みになってやってきていた。音消しの全裸で、歩兵は刀を掲げ持って何かに当たらないようにしている。奇天烈な騎兵に見えなくもない。

 ここは足場が狭く、少数精鋭が向く。

『アルベリーン!』

 斧槍を持って突撃。刺すより、斧と鉤に虫人を引っ掛けるように押し出して崖下へ落とす。

 虫人と白兵戦。厚い甲冑が爪を止め、身体が衝撃を受け止める。竜騎士の面目が立つ。

 竜騎士を生ける城壁とし、その間から脇でも股でも銃眼と見做して聖戦誓約者達が小銃、銃剣を突き出し攻撃。

 乱戦になれば斧槍を捨て、剣を抜いて滅多打ち。虫人の外骨格が割れて液が散る。頭を潰しても腕が動き続けた。どうにも虫人にも差があるようで、ハザーサイール騎士として恥じぬ者から、知性や武術を感じさせない獣に近い連中と差が激しい。今戦ったのは”獣”ばかり。噂の粗製魔族とやらか?

 聖戦誓約者で人の壁を作って、後列の者達の安全が確保出来たところでカロリナ修道士の内、奇跡を扱える者が”追い風”にて崖下より迫る敵後続部隊を吹き落とす。

 南砦は陥落したと判断され、要塞砲が撃ち込まれる中で奪還部隊が突入しようとしたところ、磁気結界に隙有りと南寄りの堡塔に敵の砲撃が集中。直射砲弾は磁気結界が弾くも、曲射砲弾が磁気結界の穴に飛び込んで屋根を破壊、弾薬に誘爆して爆発炎上。石片に土嚢、大砲に砲弾が吹き上がって落ち、遅れて誘爆し砲撃の雨と化して一区画崩壊。城壁欠損、馬防柵が爆風で転がり崖下に落ちる。炎上して照らす光が潰れて砕けた瓦礫、兵士達を黒く見せた。

 隙を探るように敵の砲撃が激しくなり、西正面から弾道描いて空から砲弾が降り始める。磁気結界網の隙間に砲弾が入り込んでは要塞内部で爆発。爆発箇所が限定されていれば雨漏りでも避けるように部隊を再配置し、破片が広範囲に飛ばないよう瓦礫、土嚢、家具でも死体でも積まれる。壁内に掘った、市街戦想定の空掘りが砲弾を受け止め、咄嗟の退避壕ともなり被害を少しは防いだ。

 堡塔の一つは潰れたが三つは健在。崩壊箇所の補修工事は死体の撤去も後回しに即時開始。

 夜が明けていく。


■■■


 四日目。

 街道上からの敵の砲撃は一時停止。問題があって、厨房が破壊されたので朝飯に熱い汁物が無かった。夏でも山の上は寒く、不眠も加わって守備隊の疲れが濃く見えた。

 自爆した北砦跡地に敵部隊が配置されていることが確認された。崖沿いの道に爆薬を仕掛けて破壊することに決定。占拠された南砦にも同じ処置がされる。

 朝を迎えても違う形で敵は攻撃続行。あの薄い警戒網が包囲網と化してきた。敵の山岳砲兵が山砲を縄や滑車、杭打ちに樹木を利用し夜間の内に断崖上に引き上げ、小さな砲兵陣地を築いて磁気結界網の穴を狙って直射で砲弾を撃ち込み始めた。時間が経てば普通の大砲も持ち込みそうだ。

 敵は発見をした。榴散弾を使えば磁気結界の流れと形が散弾の動きで一瞬掴めるらしい。余程に動体視力が良く無ければ分からないようで、残る守備隊の者達が注視しても分からなかったので人間の目では難しいらしい。対策としては磁気結界装置の配置を常に、少しずつ動かすことだった。

 その砲兵陣地だが、崖に岩陰、点在する針葉樹林の陰に潜む形で配置される。一門につき複数の陣地が作られ、一撃離脱で配置換えがされれば常に奇襲を受けているような状態。要塞砲での反撃は磁気結界が無くても困難だった。

 山砲だけではなく、虫人騎士が石鏃の矢を放ってくる。丸太で作った筏のような大盾で防いでも割られ、鏃が砕けながら半ば貫通してくる。両手で、地面に突き立てて構えても「うお!?」と声が出る衝撃。竜騎士が移動して盾で庇えない位置にいる兵士達は、時に建物の壁越しにでも貫かれて死んでいく。

 西正面からの猛攻に集中してしまっていた。東の村から救援要請が出され、要塞司令は死守命令で返した。既に要塞本体と村までの間には既に敵が道ならぬ道を浸透して跋扈しており、各個撃破の恐れがあった。道を開拓して地形を把握してしまった敵に取りもうこの山は自然要塞。戦力を集中して死守能力を高める判断がされる。

 城壁に接近するための縦の塹壕も近づいてきている。

 石工が整形した石弾が試射分も含め、効力射が可能な分が不眠不休で整形された。形は悪く、かなり命中率が低い上に砲身内で砕ける可能性も高い。脆いと予想され、発射薬も抑えなければならないので有効射程に敵を捉えるためには砲兵が突撃しなければならない。

 煙幕を張って要塞全体を隠すように燻る。張って直ぐ行動せず、敵の集中力が鈍るぐらいに時間を置いてから磁気結界で防御する非金属部隊を先に突撃させた。石鏃の弩兵、焼結体刃の槍兵が先に出て、塹壕掘り中の敵工兵へ駆け足で接近。敵は礫詰め榴散弾から始まり、石鏃の矢で迎撃して殺していく。

 次に馬に大砲を引かせた応急編制の騎馬砲兵部隊が突撃。非金属部隊から砲兵に照準が移るまでのわずかな時間で砲撃準備を済ませ、味方の背中を粉砕することを恐れずに石弾を発射。敵工兵を千切り潰して、掘り上げられた大小の石が混ざる山を散弾と変え、塹壕に潜む敵を血塗れにして敗走させた。

 そして磁気結界装置を破壊した――停止は時間が掛かる――と非金属部隊が合図すれば、騎馬砲兵が通常の榴弾を敵砲兵陣地へ直接射撃。油断せずに敵は砲台を土嚢で固めていて早々に破壊は出来ず、しかし一矢報いて数門破壊。だが隠れるところもなく野ざらしに撃ち合えば騎馬砲兵は全滅。突撃した仲間達は敵砲兵の直接射撃に耐え切れず敗走し、その背中には砲弾と鉛弾が食い込んだ。

 死は今更怖くは無いが、兵力を消耗してしまって時間稼ぎに失敗することは許されない。

 塹壕の構築を妨害して、敵砲兵陣地の再編を強いた今回の逆襲は成功だったか? 分からない。

 この四日目の夜は、逆襲の成果か敵の、石鏃の矢で狙い撃ちするような細かい攻撃以外は停止した。

 要塞司令と各将校との会議で、小数でも要塞から脱出して、山中に分散潜伏して長期的に魔王軍の兵站線を妨害をするのが良いのではないかと提案が出たが、東の村の陥落が確認されたことでそもそも脱出が可能かという問題が出る。各個撃破の恐れが懸念される。

 そんな我々の企みを知っているかのように、要塞周辺の崖にも構築された敵包囲網、各拠点同士で笛を鳴らす信号を送り合う。粗削りの山肌に反響して回った。

 脱出困難とし、死守玉砕が改めて決定された。分散潜伏の作戦は、要塞陥落以降の生存者達による努力目標とされた。

 会議を終えて自分の配置である修道院までの階段を上っている最中、空に見えていた星明りが一瞬消えたと思った。


■■■


 五日目の、昼であるとは窓から差し込む陽光の強さで分かった。

 失神したと経験則から考え、指から四肢の動作を確認。首が痛いが回せる、まだ戦える。

 看病してくれていた修道士によれば、虫人騎士の矢を兜に受けて失神して階段を転がり落ちて、運良く崖下ではなく要塞まで転がっていったらしい。

 そして目が覚めた場所は要塞内であった。それから戦闘は止まっていて、次に備えるような騒がしさが無い。補修する箇所だらけの要塞を手入れする工具が打ち鳴る音も無いのだ。

「修道院は?」

「昨晩、占領されました」

 要塞より高い位置にある修道院を見上げれば首無し天使の魔王軍旗が翻っている。要塞本体の側面高所を取られたということだ。城壁の内側の様子が丸見えの位置。

「何かありましたか?」

「使者が見えているそうです」

 立ち上がろうとすると頭が痛く、修道士が止める。

「脳震盪、危険です」

「今更です」

 立ち上がって病院の外へ。城壁裏の階段を、壁に手を突きながらゆっくり上がる。使者は既に口上を述べ始めた後だった。

「……ように、皆殺しを魔王陛下は望まれない。東口の村にいた者達は保護し、手当をして食事もとらせている。我々は捕虜の虐待、処刑をしないと誓う。このように正々堂々と戦って奮戦した者達には敬意を払い、奴隷にして売り払いもしない。非戦闘員、徴兵されたばかりの者達は故郷へ帰り、帰農せよ。軍人は軍服を着用して軍旗を掲げることを認め、士官は帯刀してよろしい……」

 降伏勧告は慈悲に溢れている。裏を返せば損害を恐れているとも取れる。

 西正面の防御能力は健在。修道院側の階段は自分が転げ落ちたように突撃出来る造りではないし、駐留出来る兵力もたかが知れている。東後方は無傷で、同じく敵兵力は小数。まだ持ち応えられる。岩盤掘り進んでの地雷発破は、不可能ではないとしてもこの山では相当時間が掛かる。時間が掛かればこちらの勝利となる。

 階段を上り切って、城門前に旗を掲げて下半身を四つ足の獣とした半獣姿の魔族、噂のスライフィールのウバラーダと見られる者がいた。一人だけで護衛も連れず、堂々としている。魔王軍最高幹部の一角という雰囲気は十分だ。

 要塞司令は抜刀して切っ先をウバラーダに向けた。

「我々はエスナル人だ! たとえ身体に傷がついても魂は腐りはしない! 心は折れることなく、骨が砂になるまで滅びない!」

『アッレレーイ!』

 城壁から見下ろす守備隊が気勢で返す。

 この要塞、血の池にしてみせよう。

「あっぱれ勇者達よ! 死なすには惜しかった!」

 賛辞の後、空が見えて太陽に目が潰れそうだった。


■■■


 目が覚めれば太陽の位置が少し傾いていた。黒煙が覆って目が少し楽になった。

 また失神したと勘が働き、指から四肢の動作を確認……もう戦えないのか? 突撃して散華する名誉も得られずにか!? 兄のバセロに泣かれる。

 動く目玉で周囲を確認。瓦礫、炎と煙。死体は欠損、全裸に半裸は爆風で服が飛んだ様か。血よりも焦げ跡が目立つかもしれない。西正面は過剰な程に破壊されたように見えるが、首が回らず全容が分からない。戦闘は終わったように思える。騒々しさが無い。

 死に損ないの兵士がいた。我が物顔で歩く敵兵に目を銃剣で突かれて嫌がり、生存を確認されてから改めて胸と腹を二度刺されて死ぬ。

 死を予感して祈ろうと合掌する修道士が頭を斧で割られて死ぬ。

 女達に対しては、敵兵等はどうしようか迷っていたが将校が指導。即死させる心算で銃剣を外させて胸、心臓の位置に銃口を当ててから射殺させた。顔は避けたようだ。

 降伏の拒否は皆殺しで応えられた。ペセトト妖精が起こす惨状の噂と比べれば随分と名誉がある。

 ウバラーダは何らかの方法で城壁を破壊した。皆殺しにするのはその何かをしたことを秘匿している可能性もあるか? 分かったとしても誰かに伝える方法が無い。口は動くが大声は無理で、走ってくれる伝令はいない。

 わずかな気力と意識、命がある内に辞世の聖句を唱える。

「我々は個の欲望を厭い、清らかな心で主に仕え、服従する。六徳十戒を厳守し、常に正しく悪魔に屈しない。聖なる奉仕のため、己が身を槍として邪悪を破ると聖戦の誓約をした。六つの秘跡である洗礼、礼拝、懺悔、祈祷、叙階、結婚を後背に託し、アルベリーンが求めた第七の竜と悪魔殺しの前衛である。戦う者であると宣誓し、常に戦いに備え、怠慢を改め、勝利を祈り、栄光を勝ち取り、全てを聖務に捧げる……」

 虫人が自分を見下ろして生死確認。目を合わせて捉える。

「……そして恐ろしい魔を滅する道を進む」

 槍持つ姿が下段突きの構えに入った。武芸の心得がある体捌きで、服も鎧も上等。粗製ではない虫人騎士で間違いなさそうだ。

「竜騎士と見受けた。介錯致す」

「お頼みします」

 せめてこれなら……。

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