第455話「わからん!」 ”鼻損”のバジグズ

 シルヴ三人衆が一人、第一の臣下”鼻損”のバジグズは信頼厚くもエデルト国境地帯よりも手前、シルヴお嬢様の私領であるブリュタヴァ北部の領都シャーパルヘイにて国家憲兵隊一千を率いて不測の事態に備える。軍事、警察行動が許され、軍人と警察官への捜査、逮捕権を持ち、疑わしきを罰する予防行動特権を持つ政府直轄部隊。

 シャーパルヘイ市内で待機中、蒸気機関導入以来けたたましいと言える程になった喧騒に混じって晴れた空の向こう、東方より遠雷のような響きがあった。異常が無いか気を張っていなければ気付かない程度だが爆発に間違いない。信号火箭が東から来て、市内からも上がってからこれは”一件あるぞ”と危機感が刺激されなければ戦火が薫る。

 市警察長の召集で、国境警備隊長に国家憲兵隊長である自分に加えてエデルト外務省駐在員が市警察庁舎会議室に集まった。刑事案件として扱うという判断の中、もしや軍事に発展か? ということで国家憲兵も顔を出す。

 信号火箭の打ち上げとほぼ同時、セレード中央側からの通信が切れるよう電信線が切断されたと鉄道警察から報告が上がった。駐在員へ「これはエデルトによる軍事行動の前兆か」と国境警備隊長が質問する。

「皇帝陛下が越境された直後にそんなこと、ありえません」

 当然と言えば当然の回答。突っ込んだ話をしたり、精神的に追い詰めて吐き尽くさせても知らぬ存ぜぬという本音しか出て来そうにない。問題はこちらから要らぬ情報を漏らさないようにすることか。次は自分が質問。

「国王陛下が御用車両に乗っていなければどうですか?」

「陛下の列車を何らかの欺瞞に使ったとなれば権威に瑕をつけることになります。些細な何らかの優位を得るための対価にはあまりに高い、ありえません」

 これも当然。御用列車を戦争の鏑矢などに使ったら今後百年、外交など成り立たない。

 ”駐在員虐め”を本格的に始めようか、というところで市内で発砲音、大声。人と馬が走り回る騒ぎが聞こえて、間もなく伝令が駆け込んでくる。

「鉄道駅が民兵に占拠されました!」

「民兵章は」

「つけています」

 民間人と民兵の区別をつけるため指定された腕章や帽子飾りがある。民兵登録している者なら懐や家の引き出しに入っているような物だ。

「ヴィルキレク王の退位を要求し、人質を取っています」

「そんな無茶な」

 賛同はするが無茶苦茶である。馬鹿なのか、馬鹿をやって何か別の目的を達成しようとしているのか分からないが対処しなくてはならない。反抗組織とエデルトへの対処。

 国境近くに展開する三個予備師団へは現状を伝える伝令を飛ばす。

 国境警備隊長は前線に直行した。とにかく防御体制を確認して侵攻に備える。

 市警察は市と鉄道駅周辺を二重封鎖。武力行使は、反撃以外は当面控える。それから市内から信号火箭が発射された位置の特定と捜査。

 国家憲兵隊は市中央広場で百人隊五個を予備待機させる。政府直轄である我々は国家意思の代弁者でもある。これで騒動を起こした中核集団以外の、騒ぎに乗じて何かしてやろうという連中を牽制する。残る四個は市警察に預けて包囲作戦に使って貰う。最後の一個は駐在官に預けてエデルト邦人保護に充てる。

 緊急性のあるエデルト邦人保護は百人を全稼働。他九個は半数実働、半数休憩と長期の睨み合いに備えて交代制にする。

 そしてシルヴ大頭領に事態を報せる伝令を、最寄りの使用可能な電信局まで出す。

 駐在員は在外公館へ邦人を集めるとともに本国に連絡を取る。在外公館のエデルト向きの電信は別回線で確保されている。こちらが切断されていないとなればエデルトの陰謀を疑ってしまう。しかし今は直接予防措置を取る段階ではない。邦人保護名目で監視、拘束は出来ている。

 遅れてブリュタヴァ一万隊の連絡将校がやって来て、現状を確認し合う。

 新情報としては民兵動員令は出されておらず、正規の指揮系統で動いていないとのこと。信号火箭が初めに発射されたと思われるのは第一予備師団展開地域であること。斥候伝令の派遣が急がれた。

 初動はこんなものか。議会開催にかこつけて陰謀者が蠢いているようだが、こうも裏の裏までありそうだと不安ばかりだ。敵味方にも色々、左右上下に階層がある。


■■■


 受け入れられない退位要求が出されて事件が発生して時間経過、日が傾いて来る。

 機会をうかがって百人隊の半数交代。埃が良く立つせいか鼻の調子が良くない。付け鼻を洗う。

 新情報としては電信線切断地点には民兵がたむろっていて修理業者が追い払われたこと。武力制圧は状況が確認できていないのでまだ行わないことに決定。

 シャーパルヘイ市内から信号火箭を打ち上げた者を市警察が逮捕して尋問した結果、駅を占拠した犯行組織と別系統であることが判明。黒い布切れを振って”黒軍ホーファー!”と叫んだそうだ。奴の一党か。

 駅は一時的な占拠で終わらず、籠城を決め込んで人質付きの立て籠もり事件に発展。犯行組織も包囲側も長期戦覚悟。長丁場と分かれば倦怠感が出てくる。

 駅の西側でエデルト発の列車が複数停車を余儀なくされ、旅客も保護しなくてはならない。東側からは停車予定の列車が姿を見せず、線路が破壊されている可能性が示唆。調査中。

 立て籠もり犯と人質達の食事は駅食堂と食堂車が使われていて持久出来そうだ。水は上蒸気機関用の水がたっぷりある。それに生きた羊も連れ込んでいて、賛同する市民が食糧を投げ込んでいる。月単位で持ちこたえられそうだ。

 犯人の防御体制だが、職員を使って貨車を動かさせ、人質で人の壁を作っていて容易に攻撃できない。中身が本物であるかは不明だが爆薬も線路上へこれみよがしに設置。外見から近年普及してきた土木用爆薬で、黒色火薬とは比較にならない爆轟を起こし、本物なら起爆すると駅丸ごと吹き飛ぶと工兵から警告を受けている。

 鉄道警察が人質の中にいるのだが必死の抵抗をしようとする気配が無い。裏から協力する素振りも把握出来ていない。ヴィルキレク王退位と聞けば同情している。

 市警察長が「君達の意見は尤もだが、こんな過激なことをしなくても抗議活動は出来る。平和に行うなら許可も出そう。だが武装蜂起のような真似は許せない」と説得しようとしても罵詈雑言で返される程度。

 まるで駄々を捏ねる子供、と評することは簡単。全く交渉する気もなく、鉄道を一時的に麻痺させることだけを目的としている可能性が考えられた。


■■■


 夕方になって再び、市警察長の召集で会議室へ集合。国家憲兵隊長である自分と、市警察長に”現物”を見せに来た連絡将校、見るなり膝を折った駐在員。

 シャーパルヘイ郊外にて地雷と見られる攻撃を受けて脱線横転した御用列車周辺に散らばる死体の中から発見された遺体。半身が潰れ、金髪、高身長、眼窩に収まっていない青い目、仕立ての良い服。顔ははっきりしないが、状況が重なった状態で見るとヴィルキレク王に見える。

 皇帝――事件の趨勢が連合王国の問題に収まっても、生死は帝国の問題になる――暗殺の報復措置は苛烈にせざるを得ないだろう。犯行組織の逮捕と引き渡しだけではなく、セレード国内の警察権を握り、議会と法の改正まで強要するような事態になりそうだ。エデルトならぬベーア軍が武力侵攻をしてくるには十分過ぎる理由だ。この駐在員を殺して隠蔽しエデルトの行動を遅らせる方法もあるが。

「お国に事態を報告してください。ご遺体は隠してお送りします。こちらも事態を収めなければ」

「これは……」

 駐在員は感情が溢れて言葉にならず、遮幕を被せたヴィルキレクが戸板に乗せられて在外公館へ運ばれる。

 シルヴお嬢様へ現状を報告する伝令、今まで以上に送らなければならない。電信局だけで済ませず、直接手渡すように。何が潜んでいるか知れたものではない。

 どのように事態を収拾させ、一斉検挙するかを市警察長と話し合いを始めようと、作戦計画を大雑把に書くために紙を机に広げて「まず爆薬の対処から……」と口にした時である。

『ホーファー!』

 外から歓声。喜びの声色で楽器の演奏に混じって空砲。気勢を上げるというよりは祝砲のノリ。機関車が汽笛まで鳴らす。

 窓を開け、外を見れば祭りの始まりといった、急に浮かれた雰囲気。街路を走る部下がこちらを見上げる。

「どうした!?」

「バジグズ大佐! あっ」

 部下が言いかけて、市警察庁舎に走り込んで会議室まで上がってくる。

「報告します! 現在、一万人隊の将校達が犯行組織へヴィルキレク暗殺を吹聴して回り、疑われることなく解散が始まりました。それから民兵召集の布告も出ています」

『はあ?』

 軍部独走? 国家転覆、いやエデルトによるセレード完全掌握のための陰謀か?

「市警察は慎重に行動を。もしかしたらあの死体、偽物かもしれません」

「政治案件……になりそうですね。お任せします」

「軍は、というかあなた、どこまで把握していますか」

 連絡将校は首を振ってから「さっぱりわかりませんよ。分かるのは正規の指揮系統を無視している……かもしれないという、いや、分かりません」と苦しい顔で首を捻る。

 確かにわからん! 情報の欠落と誤解に溢れていることは間違いなく、問い詰めている時間は無さそうに思えた。

 エデルト在外公館へ馬を走らせる。シャーパルヘイは急に祝祭の雰囲気で、民兵章をつけた男達が武器庫を前に浮かれながら列を作っている。即製の黒旗まで民兵の手と軒先、洗濯物の干し竿にまで見かける。この状況で軍に問い合わせてどうなるか?

 部下達が守る公館へ入る。駐在員とその家族に、保護のために集められたエデルト人が悲しみにくれている。

 駐在員に目配せして、人のいない部屋まで移動。

「外の騒ぎでお気付きでしょうが、あらゆる非常時が想定される状況になっています」

「陛下にお帰り頂く手続きは可能でしょうか」

「その前に質問よろしいですか。あのご遺体、ご本人で本当に間違いありませんか?」

 駐在員は、涙目ながら目線が上を向いた。

「そちらの軍が用意した偽物だと?」

「暗殺現場を検分しておらず、おあつらえ向きに潰れた顔。もしや、本国に死亡したこと、電報で送られましたか?」

 駐在員の表情が険しくなる。思考が戻ってきている。

 お嬢様の予定では定例議会でヴィルキレク王にセレード王位からの退位を迫って独立なら良し、拒否ならば開戦だったはずだ。帝国連邦の、糞野郎のベルリク=カラバザルの犬になどならずに。

 糞野郎が陰謀を仕掛けて軍部が従っている気配もする。ヴィルキレクが大人しく退位する未来の粉砕は、ベーア帝国との対決に我々セレード王国を巻き込むために必要な措置。お嬢様はそれを甘んじて受け入れる? 受け入れないために自分をシャーパルヘイに派遣したのか? そこまで話は聞いていないぞ。

 実態は暗殺疑惑事件が起こっただろうザンバレイの担当地域を検分してからじゃないと雲を掴むようなものだが、そんなことをしている暇があるか? そもそも今から何かをして、したかもしれない失敗を挽回など出来るのか?

 エデルト野郎に一撃も入れずに死にたくないのは同胞達の本音。だが、糞野郎が管理した環境となると自分は気に入らない。大多数のセレード同胞は? 黒旗掲げる連中を中心に歓迎される。そこでお嬢様は歓迎するのか? 理性ある大頭領ならば歓迎しない。我々が知る昔からのシルヴ・ベラスコイならば……。

「これにて失礼! ここは部下に守らせます。急ぎの用事があります」

 駐在員の引き留めも待たずに公館の外へ出て、守備についた百人隊長に耳打ち。

「ここの電信線切断しろ、復旧させるな」

「は」

 在外公館は孤立させる。エデルト人に隠れて切断する位置と方法など昔から用意してある。

 ウガンラツと通信出来れば確証を持って行動出来るが、今はあんな”からくり”の無い時代の方式で動くしかない。

 中央広場へ向かって予備待機組の各長を集める。

「第一予備師団の担当地域へ急行する」

 国家憲兵五百騎を連れて出動、市外へ出る。


■■■


 日が沈みかけてきた。夜間行動は控えるのが一般的だが、今は非常事態。

 市内から砲声が連続で聞こえた。比較的小口径で集中連発、”砲兵砲列の散発的な広がり”を感じない。そしてしばらく市内では止まっていた蒸気機関と車輪の轟き。爆ぜる火薬の閃きはおよそ市内線路沿い。陸上戦艦の如き装甲列車が突入して駅を突破しようとしている。キレたエデルト軍が突撃してきたのだ。

 国境線では開戦済みか、それともエデルト鉄道部隊単独の暴走か分からない。これはエデルトから仕掛けてきたことにならなくもない。

 国家は、国内外へはどのようにでも説明が出来る。そして疑惑が一つ増える毎に説得力が下がる。例えばこの攻撃、ヴィルキレクの自作自演と宣伝された時、どこまで誰が信じて、信じない?

 東の深くなっていく森林部から銃声が複数、連射混じり、機関銃が何丁もあるな。馬の嘶き、人の声が響いてくる程には近くはない。大体の距離感は分かった。

 先行させた偵察部隊から伝令がやって来た。

「大佐、ヴィルキレク王です! 護衛は人狼兵、密集隊形で非戦闘員を囲んで守っています」

「第一予備師団の連中が追っているか」

「はい」

 ザンバレイの奴が暗殺未遂の主犯か。奴だけお嬢様から特命を受けていた? ウレグンの奴からそれに関りそうな命令文は預かっていない。まさか現場で”空気を読んで”万事よろしく運べ、などとは思っていないだろうな。三人衆、生涯お嬢様のためにと誓いは立てたが一心同体ではないんだぞ。とにかく状況を掻き回して”闇鍋”にしてやろうという魂胆か? そうは言われていない、ほのめかされてもいない。ベルリク=カラバザルに間違っても感化されない我々が、何が起こるか分からない状況で自由な発想でやれ、と解釈するしかないぞ。

 各長が集まった。自由にやらせて貰う。伝令の往来は待てない。

「ヴィルキレクを線路側へ追い込む。奴等の鉄道部隊に拾わせる」

「よろしいので」

 よろしくないが、そうするのが最善。偽ヴィルキレクの死体を見て有り得る複数の未来の内、望ましくないものが幾つもあった。

「これはベーア帝国とではなく、エデルト王国との戦いにするんだ。皇帝の弔い合戦などにしてはいけない。行動開始」

『は!』

 狼の遠吠え、不自然な連続、歌のようで、近くから遠くへ、遠くから近くへ。人狼の信号だ。奴等の通信をした。

 ヴィルキレクは噂の氷の魔術で早々死なないだろうが、命拾いしたな。自殺でもすればベーアのお友達が団結したかもしれないのに。

 皇帝の敵討ちなど、士気が良く高まっただろうに。

 陰謀と疑念が渦巻く中でヴィルキレクが生存し、エデルト軍が先制攻撃を仕掛けた場合、ベーア帝国諸侯の士気は高まるか?

 準備不足のまま先制攻撃を仕掛けるのがエデルト流の奇襲だ。”前科”があって身をもって知る者ばかり。

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