第454話「ホーファー!」 ”火傷”のザンバレイ

 シルヴ三人衆が一人、第一の臣下”火傷”のザンバレイは信頼厚くもエデルト国境地帯よりも手前、シルヴお嬢様の私領であるブリュタヴァ北部の領都シャーパルヘイ近郊の支城に第一予備師団司令部を置いて待機中。他の第二、第三予備師団も同様に中部、南部の要衝に配置された。

 あの憎たらしいベルリク=カラバザルのイューフェ来着時に命令を受け、即時一千連隊として着陣し、今春の臨時議会を前に武装した登録予備役を受け取って一万師団に即応増強。武力衝突事件に発展する可能性を考慮して臨戦態勢を取った。

 予備師団は現在、平時から戦時へ移行するような白黒つかない”灰色”の時期に即応する部隊としての役目を負っている。先の戦争でも便利屋として活動した。命令あらばどんな時、どんな場所でも何でもやってみせよう。海上だけは無理。

 三個予備師団、三万兵力に増強した我々の姿を確認したエデルトの駐在武官からこの措置の説明を求められ「大頭領令である」の一点張りで通した。

 エデルトもいつもなら見せかけ程度の国境警備隊を、定例議会時に越境するヴィルキレク王の警護のためにと増員。だがこちらの兵力には抗えない程度で、対抗出来る程に増強するかと思われたが表面上は行われない。あちらはベーア帝国の面子に関連して、出来上がったばかりの帝国が内憂状態にあると見せたくないのかもしれない。見えないところでは鉄道運行計画を調整して緊急展開可能な状態にしていると思われる。

 ”影の戦い”に用心。エデルトの化け物、人狼がブリュタヴァの森に潜伏する可能性があった。良く警戒捜索させ、見つけ次第殺すように指示。そしてケチな密輸業者と密猟者以外発見されず、被害も無し。統制された野獣ならぬ猟犬はその辺にうろついていなかった。

 詳細明かされぬ臨時議会終了時、参謀本部にいる三人衆がもう一人、”隻眼”のウレグンが”臨機応変、果断に対応せよ”という解釈の余地が広すぎてどれだけのことをやって良いのか逆に分からない命令文を送って来た。ここで動揺する程にケツは青くない。セレードの分岐路が見えた時に自分が道を選ぶということだ。

 極端な例その一。定例議会というヴィルキレク王が宮殿にやって来るという行事を奇襲の材料にする。首脳陣が事前準備にウガンラツへ集まっているところを狙ってベーア軍が侵攻、電撃的に王都を陥落させて一挙に”首狩り”をしてセレードを徹底的に服従させるという可能性は疑えた。

 極端な例その二。逆にヴィルキレク王が越境したところで我々で襲撃してそのまま先陣切ってエデルトへ侵攻。敵に衝撃を与えて混乱させている隙に正規軍が準備してから攻め入り、同君連合を廃止という可能性も有り得た。

 本当に火蓋を切るような真似をするのだろうか? 開戦理由はまず同君廃止だろう。その後は王政維持か大頭領制への移行かは分からない。お嬢様は既に大頭領として確固たる地位があるとして、女王になれば逆に力が振るえないかもしれない。

 ヤヌシュフ坊ちゃまが国王になるのが良いと思える。坊ちゃまは小さい頃に見たきりで、当時は大人しそうな子だと思った。噂で聞く分には、今やセレード魂を宿しているとのことで不安は無いが、臨時議会の内容が秘匿されていることは不安だ。公式でも軍高官内の情報連絡でも無い。決断がされないと死にたくても気持ち良く死ねない。

 仮に開戦するとしたら我々三個予備師団が先駆けの栄誉を飾る。三万が死力尽くしてエデルト野郎どもをぶっ殺している間に正規軍が動員を掛ける。

 親衛、ブリュタヴァ、ハーシュ、レエコセレード、ククラナ各一万人隊と南方守備隊一万の、合計六万が常備兵力。

 予備役充填で合計十八万となり各隊、軍に昇級。これは半月以内。

 後予備役が南方守備隊以外に充填されて合計四十三万。これは一か月弱。

 第一種民兵充填で約百六十万。男女遊牧戦力全動員で、馬に駱駝、銃に弓、刀に槍は足りるが新式銃は足りない。各軍の指揮系統下に組み込むならば一か月強必要。全てを族単位で無秩序に戦う遊撃戦力として解放するならば即応。

 第二種民兵充填で人口半数約四百万。これは二か月目安で、全て前線には出せない。基本は自領、占領地域の防衛勤務。

 エデルトましてやベーアの征服などはまず無理があるだろうが、同君廃止を決断させるだけの出血をさせられるかはやってみる価値がある。世界で対立する勢力が我らがセレードだけならば妥協は無いが、そんな平和な世に非ず。

 これに加えてベルリク=カラバザルの黒軍とかいう二万程度の歴戦部隊がどう動くかは分からないが、お嬢様が信頼するなら何かやってやり遂げるのだろう。憎たらしいあの糞野郎は、悔しいがセレード男の鑑だ。


■■■


 ウレグンから追加で”指名手配犯の逮捕協力”の命令文と、印刷された手配書が箱詰めで送られてきた。手配の者達はいずれも親エデルト派の議員ばかりで臨時議会に欠席した罪が問われる。国家の命運を決める話し合いの拒否に反逆罪が適応されるのは当然だろう。庶民ならば考え足らずに口を閉ざしても罪ではないが、反対意見すら口にできない代表者は害悪そのもの。臨時議会の内容秘匿の理由はこれだけか?

 手配犯と人狼を同時に捜索する。手配書を各隊に配布して、変装や荷物への潜伏を疑ってどんな奴だろうと人相から手荷物、服の内張りまで検査するように指導。命令文は参謀本部発行で、本部は大頭領の管轄であり、命令するのはシルヴお嬢様の権力に基づく。ハーシュ公だろうが裸に剥いてみせよう。

 予備師団、いずれも主街道からは外れているので早々手配犯にも、現地の民間人以外にも出会わない。

 シャーパルヘイの鉄道駅では、指名手配以来税関でも警戒を強化。その後に旅客に紛れた手配犯を逮捕、同時にその家族を拘束するという事件が発生する。国外逃亡の動きが明確になり、改めて捜索協力体制を確認し合った。にわかに慌ただしくなる。

 駅での検査ではエデルト国籍の旅券を提示する手配犯すら現れ、駐在のエデルト警察が出張って双方睨み合いになる事態へ発展。応援の騎兵隊を出して、軍服姿を見せ、警察活動を越えて軍事衝突に至ることも辞さないと脅しをかけた。一部列車の運行にも支障が出始め、両国の運輸局員も騒ぎに混ざる。

 騒動が拡大する中、国家憲兵隊の三人衆がもう一人、”鼻損”のバジグズが手配犯へ”巻き狩り”を仕掛けて国境まで追い込みをかけた。

 今まで森中には姿を見せなかった手配犯が現れ始め、我が第一予備師団の部下達が捕縛の成果を上げ始める。

 警戒網を潜り抜けた手配犯もおり、騎馬憲兵が越境成功直後に射殺する案件も発生。更に越境した家族もエデルト国境警備隊の目前で投げ縄で捕縛して引き摺り、国境線を跨いで口論になる。ここに至って両国の地元政治家と外務省役人もシャーパルヘイに集まる。

 抗議団体を即席で結成したエデルト側地方政治家たちが政治力で、越権的ながら動かせる軍の一部に動員を掛ける。イェルヴィークから中央政府の軍官僚が派遣されてきて騒動を止めるように説得しに来た。同時期に装甲列車がシャーパルヘイ西方の待避線にいて即座に突入出来る状態にあると噂が立つ。情報部が確認を取りに行ったが逮捕されたのか戻ってこない。

 騒動に乗っかった市民団体が鉄道線路上にまで出て来て反エデルトを叫んで、刀や槍に銃を持って開戦を叫ぶ。これはこちらの騎兵隊で囲んで隔離。

 定例議会の開始日時が迫る中、エデルトとしては事態の鎮静化を図りたいと考えたらしく、手配犯の旅券を”偽造”とした。興奮する市民団体は、バジグズがその議員の手に縄をかけて、団体の中を私刑にかけさせながら引き回して鬱憤晴らしをさせて解散の口実を作って溜飲を下げさせた。

 鉄道運行が再開され、情報部から噂の装甲列車の存在が確認される。位置はシャーパルヘイより一つ西側の主要鉄道駅があるヴィニスチ市の操車場内で、これは通常配置で都市間には配置されていなかった。ただし試運転と整備、弾薬の積み込みがされていて臨戦態勢。当駅石炭庫への補充も冬支度のように活発とのことで油断はしていない様子。


■■■


 新聞各社の見出しに”シャーパルヘイ事件”が踊って、記者が自分の下に取材しに来る頻度も下がった頃。日は過ぎ、定例議会の開催三日前になる。まだ春だが日差しに当たっていると夏のように暑い。

 ウレグンから追加で”エデルトと協力して鉄道沿線の警備。置き石や居座りなど妨害工作があれば排除”と命令文が送られて来る。エデルトの駐在武官からも両国共同の警備活動であると確認が取れる。雨降って地固まるか?

 手配犯狩りから治安維持活動に切り替えたバジグズの国家憲兵がシャーパルヘイ市内へ入って地元警察と共同。喧嘩も終えて仲直りという雰囲気になる。

 沿線で待機する中、エデルト=セレード連合国章が塗装された金縁装飾の御用列車の通過が確認される。蒸気と共にヴィルキレク両王のセレード入り。

「気を付け」

「気を付けぇい! 国王陛下にぃ……敬礼!」

 ラッパ吹奏。第一予備師団と駐在武官、御用列車に向かって整列、踵を揃えて気を付け。自分は代表して抜いた刀を捧げての敬礼。

 こんな不穏な空気の中、あの王様は議会で何を話すのだろうか? こんな状態だからこそ言わなければならないことが山とあるんだろうが。

「……ホーファー!」

「ん?」

 形式的にはエデルト人であろうと王であるのだから敬礼ぐらいはするが、叫ぶ程の相手ではない。我が師団内にも親エデルト派がいたのかと思っていたら一騎、襲歩で駆ける。

 旧式のセレード驃騎兵軍服、荷駄馬のような大荷物、現役ではありえない老けた年寄りの顔。

「我こそヤキーブ・ベラスコイ、道開けぇいわっぱども!」

「ご老公!?」

 部下達が道を開けた、阻止しない。精神が感応する。

「くたばれドラグレクんの糞ガキが!」

 ヤキーブのご老公、御用列車へ目隠しした馬に乗って突っ込み、荷物から伸びる線を引いて爆発。

 閃光、炎、爆音、散る肉片、焼け吹っ飛ぶ部下達。

 火花散る金切りの車輪制動、機関車脱線、客車が続いて横転。後部車両だけ線路上に残る。

 機関車から黒煙、火の粉、火災。どこからか信号火箭が連続で飛び空中で炸裂。

 これぞセレード魂!

 駐在武官の「えっ?」と言う頭を、帽子越しに叩き割る。

「ホーファー! 攻撃開始、ヴィルキレクを殺せ!」

『ホーファー!』

 横転列車へ向かって攻撃前進。

 車両の窓と扉から甲冑を着た、噂の人狼兵が飛び出て機銃掃射……。


■■■


 ……気付けば落馬状態。部下の死体が地面を覆って散らばって転がり、人狼も混じる。立っているのは敵ばかり。太陽が眩しい。

 整列して目立つ位置に立っていたのが悪かった。真っ先に撃たれた。どこを負傷しているか麻痺して分からない。少なくとも立ち上がろうとしても足腰は言うことを利かない。

 陰が出来て眩しくない。見下ろすのは金髪で青目のヴィルキレク、手には血塗れの斧。

「ザンバレイ将軍だったかな。話せるか?」

 侮辱的にも気遣わしげな声色へ短剣を抜いて刺せば宙で刃先が止まる。

 ヴィルキレクは氷の魔術を使うことで有名だが、この手は完全に止まっている。銃弾すら止めることも有名だが、これは何だ? 手応えがおかしい、分からない。科学の勉強とやらをしておけば良かった。

 地面に流れた血に霜が立つ。

 こうなると分かっていれば砲兵を用意したのに。

 ……寒い。

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