第453話「くるくるくるり!」 イレキシ

  エスナルは

  八つの地方に分かれ

  七つの君主を兼ね

  六つの民族からなり

  五つの山脈がそびえ

  四つの海洋に囲まれ

  三つの外領を持ち

  二つの文字を使い

  一人のエンブリオが征服したのは三十六か国


 と言われる。俗な数え歌のようなもので”厳密には””学術的には”などと突っ込みをいれるものではない。

 北エスピレス、南エスピレス、西エルドナ、アランバラ、トレンシア、グラトリス、ペラセンタ、オラジニアの八地方は地理的に分かれ、それぞれ陸の孤島めいている。二地方を跨ぐ主要河川は一本も無い。陸路は遠回りの海岸道か険しい山道からの峠越え。必然、海上交通に頼ることになり、そこで培われた”潮気”が新大陸にまで届いた。今となっては”届いてしまった”か。

 新生エーランは八つの大きな島を個別に攻略するような手間が掛かる、とエンブリオの戦史で記述があった。当時は山道も海岸道も現代より未整備で、陸路で繋がっているが全ては海戦か上陸作戦から始まったと言われる。これも”厳密には”であるが、おおよそそんな地理的状況。

 七大主都の内、西大洋に面するオラジニア地方のビアゲルカ市はペセトトの手により抹殺済みと判明する。占領せず、守備隊と住民を虐殺して食肉を採取した後に清掃もせずに引き上げたとのことで、被害甚大ながら撤退後に奪還されている可能性がある。

 同じように新大陸植民地ではない三つの外領の一つ、アスキャル諸島の都市カサーレロペスも抹殺済み。こちらは内陸住民などはあまりいないので復興は望めないだろう。

 王都ペラセンタは現在、我々が占領している。ペセトト兵により壁内住民はほぼ皆殺し。壁外住民はエーラン軍が出来る範囲で保護したが、戸籍も怪しげな貧民を中心に三万人に達しない。

 水上都市による強襲上陸はペラセンタ住民を郊外へ避難させる時間を与えていない。着の身着のまま逃げるのが精々だったろう。

 ペラセンタの人口は十五万以上だったはずで、壁外の未登録住民や外からの労働者、緊急事態に呼集された兵士を合わせると二十万近いと考える。この王都奪還にやってきたエスナル軍は二万弱だったと推定されているが捕虜はいない。

 現在、我々はその二十万に近いのではないかという死体の清掃、死体に埋もれて生き残った悪運の者の救助活動中。その無事な三万程度のペラセンタ住民を駆り出しているが、あまりにも凄惨な光景に身体が無事でも心が無事ではなく手が進まない。エーラン兵、我々もそうである。カロリナ挺身修道会の修道士は我慢強かった。意志薄弱の虫人が一番働いた。人の手はもう戦場に余るのか?

 ペセトト兵は一切手を貸さなかった。皇帝の水上都市と軍勢は殺戮と食事を終えたら、その辺に人間の不可食部を放置し、便所も掘らずに糞小便を方々に垂らして海の向こう側へと行ってしまった。

 清掃しなければならない。疫病の発生源を断たなければこの都は棺桶以下の便所になる。虫と鳥獣風雨に後処理を任せてはいられない。蝿蛆と骨浮く”泥”塗れの都暮らしなど誰もがご免である。魔王イバイヤースを迎える日も近いらしい。

 清掃には邪魔が入った。死体や瓦礫に埋もれた中にはエスナル人以外にも当然ペセトト兵が混じっている。全てが死んでいるわけではなく重傷でも攻撃性はそのままで、這いずってでも住民を襲うので作業どころではなかった。ただ気絶しているだけだった元気な者など始末に負えない。

 本当に始末に負えないと言えた。曲がりなりにもペセトト帝国は同盟相手なので殺して処分などということは出来ない。

 ペセトト妖精との意思疎通法は良く分からない。ペセトトの言葉など誰も知らない。ランマルカ語が通じる妖精は見つからない。非言語的な会話も文化と種族の違いからかほとんど通じない。真似はされても遊びの範囲。

 この意思疎通困難な状態でペセトト兵へ危害を加えた時、どの程度の報復が待っているのか全く分からなかった。殺しても問題無いかもしれなかったし、死にぞこないにとどめを刺しただけでペセトトとの全面戦争へ発展するのかもしれなかった。外交の常識がどこまで通じるか見当もつかない。

 ペセトト兵から危害が加えられるのならまだ反撃という口実もあったかもしれないが、彼等はエーラン兵かエスナル人かを見分ける。あの睾丸や汁物を持ってきた妖精など自分を見分けて懐いてくる始末。

 水上都市に置き去りにされたペセトト兵の回収と統制もしなくてはいけない。住民は清掃作業から外し、壁外で保護したままにするしかなかった。

 死体の処理方法は郊外に穴を掘って埋めるのだが規模が大きいだけに手間がかかる。思わず海に捨てたくなるが、波に打ち上げられて戻ってくるので出来ない。

 自分はアリル卿に許可を貰って埋葬作業からは外れ、その懐いてきた妖精との会話を試みる。「ランマルカ語が使える妖精がいれば直ぐに連れて来てくれ」と、アリル一党以外にも触れて回った。

 先ずは指差しで「これは何?」という会話で相互理解を深めるところから始めた。新しい遊びを覚えた! という感じでその妖精は非常に乗り気になる。そして火を使って触る触らない、火傷するから触ってはいけない、という表現からこれで何とかペセトト語の”やってもいい””やってはいけない”に該当する表現を探り出し、保護住民への攻撃は「やってはいけない」というところまで導き出して、志願者を募って住民の一人を生贄に捧げるつもりで対面させ「やってはいけない!」と言って攻撃の停止に成功した。やれば出来るもんだ。

 アリル卿からお褒めの言葉を貰う。

「素晴らしい働きだ。”妖精使い”の称号を贈ろう。魔王陛下もお認め下さると信じる」

「それはあの、帝国連邦の総統の、一昔前のあだ名ですが」

「覚えがあると思ったらそれか。大業の証だと思うが、それは”フラル”では不名誉か?」

「残留した妖精を集めてあのマトラ軍団みたいなのを作れって言われそうな……あ」

 情報部のくせに、

「良い提案だ」

「いえ、提案では!」

 口を滑らせるとは何事だ!

 アリル卿は元魔神代理領の中央官僚。天才かどうかは分からないが確実に秀才の一人で、己の力で一党を組む能力がある。そんな人物がまさかそんな”案”を見逃すわけがない。

「では良案だ。妖精を君のところに集めるように触れて回ろう。まずは共同作業が出来る程度に統率出来るかやってみなさい」

 自分は、立場は上のところにきているが奴隷は奴隷である。主の命令に逆らうことは完全に不徳な行為。立場を失い、命も失う行為は出来ない。

「最善の努力をします」

 これで更に機を見て脱走など出来なくなってきている。自分を買い戻して解放することも、責任が重大になればなるほど難しいに違いない。主人が手放すことを良しとしない時、自分を買い戻せるのかは分からない。流石に情報部といえど法典派の最新解釈など把握していない。

 会話が少しずつ成り立ち始めた妖精が、自分のズボンに掴まって股の間でぶら下がる、逆上がり、腹を蹴られる。


■■■


 イバイヤース直轄の魔王軍が応急補修したペラセンタ港へ入港。将軍である虫人が市内を巡視し、清掃の手が届いていないところへ部隊を派遣する。次に生存住民の視察に来てアリル卿が案内をする。壁外住民の漁港をアリル一党が先んじて確保した名誉の再確認ともなる。先駆け一番乗りの名誉は尊いのだ。

 入場する魔王軍の主力装備であるが、見て聞いて確認すれば何とランマルカ式銃砲。製造元はクストラとランマルカが混ざる。前世代装備の多い他一党と格差がある。また帝国連邦規格の魔神代理領最新装備とは弾薬規格が共通して補給が容易。これは驚異で脅威。

 新大陸におけるクストラ戦争ではランマルカが支援する北軍が勝利を収めた。残党狩りの段階へ移行し、戦争で使われた中古、未使用の武器弾薬が有り余っていてそれを輸入しているそうだ。武器工場も戦時稼働中で急に停止させると大量の失業者が現れて社会不安に陥るということで、丁度良いと新品も順次供給されるらしい。ペセトト妖精達を連れての散歩、集団行動訓練中に一仕事終えた補給将校へ聞いた。大事な話というのは補給部から聞けるのだ。

 妖精連れの特別感が彼等との会話を滑らかにした。情報の見返りは情報で、現在把握しているペラセンタの状況を包み隠さず話す。あちらもこちらも何が何だか分からないという状態なので、とにかく話せそうなことがあれば全て話す。途中から情報将校も混じってきて長話。妖精達がその辺で子供か犬か猫みたいにゴロゴロしだす。

 ペセトトの残留兵の話から、戦場漁りで確保して一応分類しておいたロシエ製装備を見られないかという話に発展。案内を終えたアリル卿の許可を得て見せる。魔王軍との交流が深まる。

 中枢に売り込む程に、仕事は大変になるが見返りも多い。先駆けの名誉を倍増しに転がして”雪だるま”にするのだ。

 ロシエ製の非金属戦闘装備は整備不能である。高度な機械、異色の素材、理解不能の呪術刻印と三要素合わさる。技師がいればいいのだがペセトト兵が皆殺し済みで、貴重な人材であれば真っ先に逃避しただろう。

 他の一党も我々と同じく戦場漁りにてロシエ製非金属装備を得て、アリル一党が全て確保するように交渉して回って一元管理に成功している。

 特に理術兵器は特異な仕様により使用不能、使える物でも戦法に合致せず、有用そうでも数が揃わず部隊運用に不適で、競争思考でいち早くペラセンタ郊外へと”旗”を立てに行きたい他一党には不良の大荷物となった。そこですぐに使える金属武器弾薬、食糧と交換。それから補給支援を約束した。約束したということを今このように、魔王軍にも喋って既成事実を重ねていくことが重要。

 研究用にこの非金属装備を魔王軍に引き渡す準備があるという話をして、現物を見せていると妖精達が興味を示し、自分の袖を引っ張って「あれ触らせて!」と指差す。情報将校も「解析出来るかもしれない!」とやや興奮。アレオン戦争で非金属装備を多数魔王軍は鹵獲しているが、理術の不可解さから研究もままならない状態らしい。元はこの理術、ペセトトの呪術が発祥なのだから親和性が高い。

 情報将校が魔術を得意にし、理術解析に噛んでいた魔術使いを連れて来て解析を妖精達と始める。自分は拙い通訳として関わる。成果が出るまで時間は掛かるが、全くの無知から解放される兆しがある。

 今、自分は人生最大のやりがいを感じている。こんなに手応えがあるようなことなど絶対に一度も無かった。これが純粋にベーア将校として祖国に利する形であったならば何ほどに良かっただろうか。

 奴隷になったとしても辞した心算の無い情報将校としては、敵の最新情報を最前線で獲得して成果を得ている。それどころか自分で作り出してすらいる。”雪だるま”が巨大になり過ぎて魔王の側近になってしまったらどうしようかと考えることすらある。こんなに楽しいことがあるだろうかという程。天職を今ここで発見したと確信。

 ベーアを、エデルトを、ハリキを父母とするならば自分は途轍もない親不孝をしているかもしれない。この自分が成している大戦果ではないが、この”調整”が新生エーランの一年後、二年後を変えている可能性すらあると自惚れる。ペセトト妖精の利用、理術解析の促進はきっと広がる波紋のように小さな点から大きな輪になってしまうだろう。

 現在西方世界では、ランマルカ革命を成功させてしまった六十年前の先達のツケが途轍もない利率で、破産どころか破滅させる勢いで圧し掛かってきている。あの革命政府が無ければ帝国連邦は無く、新生エーランの誕生も無かったかもしれない。ペセトトが海を渡って来たとは思えない。

 革命を阻止出来ていれば代わりに”大”アッジャール朝が誕生していたかもしれないが……どうやっても世界は不幸らしい。


■■■


 清掃と都市機能の復活、ペラセンタ郊外からは勝利の報せが続く。

 エスナル軍は混乱や再編で動きが鈍いようで、町や村は早期に陥落して新生エーランの首無し天使の旗が各所に立つ。小領主達の萌芽である。魔王の認定がなされるまでは正式ではない。戦略的な知見から召し上げの可能性はある。

 そんな中でペラセンタより東方の主要河川エッジョ川河口にて早速、エッジョ侯国発足の宣言が出された。

 アリル一党のような百名程度の事業者に国家運営は不可能である。勝手に極小領国を名乗れば土地管理が複雑になる。これは大局から許されない。

 地方領主が丸ごと出征してきたような戦闘要員だけで一万を数える軍勢ならば一県任せるに足る。早期に統治を始めて再征服国家として始動するのが好ましいので許される。

 とりあえず虐殺と清掃以外は朗報と思われるもので満たされる中で、魔王イバイヤースがペラセンタに上陸。魔王軍正規兵が三万以上入城してからの登場。

『バラーキ・カイバー!』

 の歓声で迎えられた。

 住民は壁内に立ち入り禁止。諸兵と軍属のみが参列して迎え、宮殿までの行進を見送る。

 参列に自分は加わらなかった。無礼を無礼と思わないペセトト妖精の面倒を見つつ、壁外にまとめられた住民が暴動を起こさないか監視する任についていた。

 略奪で内装が寂しくなっているだろう宮殿で論功行賞が行われる。郊外に出向いた一党の代表などは代理人を送って来る者が多い。一番の花形はエッジョ候で、”雪だるま”が成功していれば上位に数えられてもおかしくないアリル卿も出席し、我々が陣取り岸壁を仕切る壁外港に帰って来た。

 魔王陛下の恩賜は以下の通り。

 借金免除……あまりありがたみが無いかもしれない。

 返済代理特許の無制限化……節度を保つのは常識。

 妖精管理の許可と奨励……理術解析協力の責任を同時に負うことになる。

 意志薄弱の虫人魔族二十名の下賜……内、ヒレ付き虫人は四名。

 以上である。

 先駆けで取った港であるが、そこの占有権は与えられなかった。ペラセンタは全て魔王直轄となる。これからの侵略の最重要橋頭堡であるから仕方の無いことである。ただ立ち退きは命じられていない。保護した住民、即ち捕虜、つまりは奴隷達も没収されていない。岸壁の管理を止めて海軍に譲れとも言われていないし、再開した魚市場も、出漁して戻ってくる漁師との取引も禁止されていない。いずれどうなるかは分からないが、今は取り上げられたものは無かった。

「奴隷の功績は主人の功績となる。だがそれでは気が利かぬと魔王陛下よりイレキシ・カルタリゲン、君に御下賜品である。心して受け取れ」

「は」

 アリル卿が手にしているのは厚い小箱。開ければ雪! 乾燥帯文明が贈る、口にする物の中では極上品の一つ。

「これは……」

「こうする」

 アリル卿は手ずから、硝子杯に雪を入れ、レモン果汁を絞り、砂糖と香料をまぶして、水を注ぐ。

「遠慮なく飲みなさい。温くなってはいかん」

 受け取って飲む。

「くっはぁ……」

 文明の味がする!


■■■


 ペラセンタ周辺に散った他一党への補給業務を物資を買い付けて行わなければならない。彼等との約束を果たしつつ周辺を掌握するのだ。アリル卿はこの事業に納得している。

 栄達を夢見た仲間達には改めて説明をしなくてはならない。血を流して戦い、一国の支配者層になれるかもしれないと思っていたところ、商人や下級役人のようなことをさせている。その先にあるのは、そういう立場ではないかと思わせてしまう。小さな一党ではそれも分相応だと思うが、ここは希望を見せた方が良いと思う。変な希望までは見せない。

「エーラン海軍からの情報が――流動的な速報だが――公開されている。ペセトトの水上都市による攻撃が強烈なのは皆、理解しているだろう。エスナルの沿岸都市や武装交易拠点への一撃離脱に専念するらしく、内陸部への侵攻は短距離の追撃以外は当面実行しない。このペラセンタのように占領せず、略奪も一部傭兵がするだけで早々に引き上げる。海上交通網の破壊で新大陸を孤立させる戦略らしい。

 その一撃離脱で獲得した船舶は無人状態で放流されているが、海軍が優先して回収する権利を持っている。これの回収で儲ける道は状況が目立って変わらない限り望みが薄い。海戦を仕掛けて拿捕する能力は前に説明したと思うが我々には無い。これから獲得するのは困難極まる。その方面で業績を積むことは、まずは忘れる。

 加えて内陸部への侵攻は苦戦必至だ。ここの上陸戦が簡単に見えたのはエスナル軍がペセトト軍に慣れていないことに尽きる。売官を嫌い、王ですら士官候補生から始まるエスナル軍の実力主義伝統はなめてかかってはいけない。危機は既にロシエと共有され、軍事支援は全力と見ていい。エスナルの全工場が停止しても武器は提供され続ける。処刑前のシリバル王も言っていたが、彼等は徹底抗戦する。成人人口が尽きるまで戦い、時間が経って新しい戦法を学んで発見するだろう。侮らずその心算でいるべきだ。

 ペラセンタに近いところでは最も豊かな穀倉地帯であるエッジョ川流域へ進出する選択肢がある。既に侯国が発足済みであるから、我々の頭数で参加すると臣下へ下る方針になるだろう。アリル卿にうかがって、君達もそうだと思うが、魔王陛下以外の下にはつかない。この度、返済代理特許の無制限という恩賜を頂いた。これの悪用、濫用を防ぐためにも我々の意思決定はアリル卿にのみ決定されるべきだ。”たかられる”可能性は避けなければ不徳。魔王陛下からの信頼にお応えする。

 魔王陛下の正規軍は内陸経路で東へ向かう。海から遠くこれから幾つもの山岳要塞、敵主力に当たるお心算だ。敢えて被害が大きく、征服しても経済的には価値が低い貧しい土地を行かれる。端的に言うと被害担当。こちらに帯同するのは大変な名誉かもしれないが、我々のような小勢が戦力として参加しても何か出来るとは思わない。方針としても経済基盤を我々のような私兵一党に、自由な発想で積極的に確保して貰いたいと考えてらっしゃる。そうでなければ切り取り次第とはされないだろう。

 反対の西側は沿岸部の大半が虐殺済みで占領は容易と思ってしまうかもしれないが、決してそうではない。ロシエ海軍、上陸部隊が襲撃しやすい地形である。エスナル半島部に北から大きく食い込んだエスナル湾が背後を脅かす。何度も言うが、万全を期して言うが小勢ではどうにもならない。徹底抗戦の話の続きだが、敗残兵混じりの民間人の抵抗に遭う。疑問や意見があると思う」

 腕自慢が攻撃的な顔を見せている。匹夫の勇という表現について云々と言って納得する手合いではない。

「我々の腕や勇気を疑っていると聞こえる」

「疑ってはいないが、戦力は分かっている。攻め入って成果を得るには被害を厭わず、大量の死傷者を出さなければならない。まだその時じゃない。何れ攻め入るのならば資金と人員を確保し、交友の輪を広げて”たかられない”上にへりくだる必要が無い同盟相手を見つけ出す必要がある。最前線に躍り出て敵軍を打ち倒し、城と街を分捕って被害に見合う功績と認められるのは並大抵じゃない。これからエーラン帝国旧領を再征服するのだからエスナルからロシエからフラルまで行く先がある。途轍もなく広く長く、困難が待っている。困難に耐える組織が必要だ。

 人手の確保は、組織的に面倒を見る能力に応じた規模でなくてはならないのは言うまでもない。我々が獲得した奴隷は選抜して手元に残す者と売る者に分ける。無能と反抗的な者を指導、制御しておく余裕は当面無い。売れ残ったら自由民に解放。衣食住の提供義務は負担が重い。

 自衛のために武器を買い集めるのは当然だが、周辺に散り始めた他一党に提供し、略奪品や奴隷を受け取るような商売を始める。これで組織基盤を成長させつつ、離れ難い存在になって彼等に守って貰う。大量の物資を運んで入れば敵はエスナルだけではなくなり、困窮した味方もやってくるだろう。その時、仲間が多い方が有利だ。

 聞こえは悪いかもしれないが軍閥の形成が優先事項だ。閥と呼べるほどの組織が無ければ敵に対しても味方に対しても抵抗が出来なくなる。小勢で始まったのだから相応の対応をしなければいけない。

 それからこれは卑劣と言われても仕方が無いが、他一党が戦いで損耗して組織を維持出来なくなったらこちらで生存者を引き取って拡大する。味方のはずの襲撃者から集めてもいい。降伏したエスナル兵でも、独立を目論む少数民族でもいい。

 我々は商業の専門家じゃない。南大陸会社との提携は必須。取引の場面では彼等を師とし、大いに利益を提供する。まるで出先機関のような働きをしなくてはならないが、これも成長のため。特許で船と船員を集めるためには彼等との協力は必須だ。

 拠点はこの港と街と市場から始める。今は船で者を集め、最前線に送る人と金と縁を集める最良の方法だと信じる。だから状況が悪くならない限りこの港から離れない。確保したこの建物と立地は遠征で留守にすれば失うことになる。市内の不動産権利関係は、今はまだ流動的だ。権利を主張するだけして留守を続けることなどこの戦時に認められはしない。

 いずれ家族を招いて定住してもいい。戦火から遠のけば戦えない人々の力も必要になる。我々こそここの先住民であると、他のエーランの者達に示して権利を確固たるものにしていこう」

 自分も家族を招いて良いとアリル卿から言われている。もし招くならザーン連邦経由か? 今の国際情勢、どこが敵対で中立か分からない。そしてこの件にかこつけて手紙をまた送る。検閲はされるがまた暗号で。どれだけ本国に貢献出来ているか反応が無くて不安だが辞職した心算は無い。

「それから……」


■■■


 妖精部隊を手探りで指導しながら、時々組織に口を出す仕事に務めている。方針を決めるために理屈をつけることは出来るが、実務と指導となれば頭でっかちになること間違いなし。何と言うか、今まで口と筆だけで仕事をしてきたので弁える。

 はぐれペセトト妖精が増えている。水上都市によるエッジョ川河口襲撃時にまた置き去りが発生し、引き取り先があると話が広まれば連れて来られた。

 ”妖精使い”イレキシが責任を負った。まずは彼等を号令で集めて、仕事を始めて、止めるような作業員として仕上げたい。戦闘員としては、むやみに自殺同然の狂った突撃をせず、やたらに殺しまくる虐殺狂戦士ではない従順で節度を持った兵士にしなければエーラン軍として相応しくないだろう。

 ペセトト妖精に今出来る仕事は、自分が指導した上でアリル一党の縄張りの中で奴隷と自由民達を監視させることだけ、怖ろしい姿で威圧するのみ。こちらとあちらの間には生存した修道士を挟んで緩衝とし、「とにかく今は生き残ることを考えて下さい」と訴えかける程度にとどまる。それ以上言う言葉は見つからない。

 奴隷を手元に残す者と売る者、自由民にする者に振り分けた。

 残した奴隷は、特別な技能が無ければ労働に従事させる。主に港で船から荷下ろしをして、車両に詰め込むところまで。補給を約束した他一党へ送り届ける一連の作業の中、ペラセンタからは出ないところまでを担当。脱走や反乱の危険性を考慮。

 奴隷達に鞭を打つようなことは法学者の見解が必要である。奴隷は法的に保護されており、虐待をしてはならない。他には親子を引き離してはならないというのが代表的なところ。主人の財産ということもあり、主人以外が傷つけることは違法で、主人が傷つけるとしても法学者の判断が必要。アリル卿などは法学者資格を持つが、公正な判断は適格な第三者が下すことが通例。緊急性があれば裁量も利くが、もっぱら戦場や反乱発生現場などの鉄火場である。そのような場合は事後、為政者などに届け出る必要がある。

 反抗著しい者に対して傷をつけることは可能。矯正可能であれば障害を負わない範囲で許される。矯正不能であれば拷問は出来ず処刑は出来るものの、広場などで正統な理由を主張して公衆の面前で主人か代理人が手を下さなければならない。

 自由民は自由であるが故に自分で仕事を見つけ、働いて食い扶持を稼がなければならない。都市復興作業員を有償で募集している他、漁労が推奨されている。働き口はいくらでもあるのだが、労働が難しい老人や、手も足も弱い女などは困り果てている。救貧院の開設は後回しにされ、物乞いをしなくてはならず、中には奴隷を志願してくる者も出てくる程。アリル一党が不要と自由にした者達が戻ってくることさえあった。

 新生エーランでは信教の自由が保障されている。宗教税も取らず、代わりに宗教組織だからといって特例保護もしない。個人が特別に保護することは許される。

 アリル卿に、現地修道士に任せて救貧院を開設させてはと提案して了承される。修道士に説明すれば「誠意、努力させて頂きます」と了承される。「信教は自由ですが、反乱を扇動して見逃されることはありません」と注意を促してから運営が開始される。運営は寄付金で行われ、当面の間はアリル一党の特許から出され、礼拝時にはアリル卿の名前が読み上げられることになった。このような行為は立場ある者の美徳だ。美徳は求心に繋がり、現地人採用への道に繋がる。

 このような銃後の仕事が軌道に乗り始める。だが問題は当然ある。取り返せる失敗はいい。

 従順な奴隷もいれば、アリル卿が首を撥ねなければならなくなった奴隷もいた。そんな中、脱走奴隷を捕まえるためにペセトト妖精を走らせたら殺して解体して、食いながら持ってきたことがあった。妖精の責任者たる自分が、アリル卿と法学者の前で経緯を説明しなければいけなくなった。

 刑罰を軽く出来るよう言い訳をしまくるのか、馬鹿正直に証言すればいいかが分からなかったので、アリル卿の雰囲気から察して正直に証言。

 魔なる法の裁きなど受けたことが無かったので、命運尽きたかと不安に埋め尽くされた。法学者が告げた。

「魔神こそ全てである。魔神代理は唯一である。我々はその御心にかなうべく諸々をなさねばならない。魔神代理より魔なる法の執行を託されしウライシュ学派の法学者として告げる。

 犬でもなければ奴隷でも自由民でもない責任あらざる者達の、責任を持つがしかし奴隷である者が、己の主人の財産である奴隷を過剰に殺害した行いについては、その主人の判断を支持するものである。

 以上の事を魔神代理より魔なる法の執行を託されしウライシュ学派の法学者が告げた。我等が同胞に魔の御力がありますように」

 という宣告が下され、アリル卿から「今は一つのことに専念しなさい」とペセトト妖精達の指導に専念するように言い渡された。反省。

 失敗を活かして次に繋げるのが責務となった。ペセトト妖精達の意識を変えなければいけないと思った。

 まずは妖精達に隔離生活をさせて衝突を回避しつつ、理術研究も一時中断とし、仮装から平服を着させるところから始めた。住民も我々もあの間抜けな感じが故に異常な残虐性を助長する姿が嫌だった。暴動抑制になればと考えてもいたが、改める機会となる。あの服装が過剰な残虐性を促しているのではとも考えた。怪物になりきって怪物のような行いをするという心理が働いている可能性がある。

 どうやって人間の服を着せようか考えた結果「これが君に似合うよ」「とても可愛い」「これで素敵な紳士だ」「美しいお嬢さんに変身だ」などと褒めて、これが流行りという雰囲気を作って自ら着るように仕向けたが上手くいかない。

 彼等の文化伝統や精神構造を一番先に懐いた妖精、名付けてイノラから何とか聞き取る……思わずハリキの女性名をつけてしまった。

 イノラと拙い会話をするに、ペセトトでは大まかに社会が四階層からなるらしい。働く者、戦う者、考える者、花咲く者。花咲く者とは怪物のことらしい。また絶対的に階層身分が固定されているのではなく、役割によって流動するような感じらしい。

 仮装する彼等だが戦う者ではなく、蛙や蜥蜴に魚のような冷血動物になって死んでしまうはずが、ネカシツァポル神のいびき? で起きてしまった者達だそうだ。死にぞこないと言うと違う気がする。復活した者? 特別な、高いわけでもない階層身分に当たる様子。

 聞き取り内容が難しくなるたびにイノラは首を捻って考え出すので、どうも考える者や花咲く者とやらに尋ねなければ分からない学問的なことと思われる。水上都市が引き上げる前にランマルカ語が話せる者と接触出来れば良かったのだが。

 役割が階層で区切られていると仮定すれば、階層をずらしてやればいいのではと考えた。

 彼等は花をどうやら好むようなので、そこから何か変化しないかと考えた。今日は妖精達を連れ立って砂浜へ遊びに出かける。砂と草の境目に目立って生えているのでそこを目指した。皆が着たがらない平服を荷車に積んで運び、成功を期待する。

 ペセトト妖精達は花が好きな様子で、嬉しそうに花一面の中を走り出す。街中にいる時より笑顔が多い。魚仮装が海に飛び込んで溺死しかけたり、蜥蜴仮装が砂浜に潜っていて踏んでしまったり、蛙仮装が「ケロヨーン」と飛び跳ねては虫を食う。

 どうするべきか考え、一つ試してみる。今まで来ていたエデルト海軍の軍服を脱いで平服に着替える。

「イノラ、どうだ、似合うかな?」

 己を洗脳するよう……これが格好良いみたいな感じで見せびらかしつつ、花を手折って適当にズボンや襟、髪に差してみる。

「ほわ! イレキシ、何それ!?」

「何だろうなぁ、真似してみたら分かるんじゃないかなぁ」

 両手に花を持って砂浜を跳んではねる。頭を少年少女に戻して踊る。

『キャッフーン!』

 今まで着替えを嫌がっていた彼等が奇声を上げ、荷車に積んだ平服を競って着替えた。ズボンを被って上着を履くぐらいはまあ、いいだろう。

 皆が花で飾り初めて踊りに参加。くるりくるりと回り始め、ペセトトの歌を歌い始める。

 そうこれは花の舞、妖精さんなのだ。

「イノラ!」

「イレキシ!」

 手を繋いで回転。くるくるくるり!

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