第451話「歴史的偉業」 イレキシ

 アリル一党、マフルーン殿の仲買いで入手したサダン・レア号で練習航海中。一党の者達が一部、買い足した奴隷船員達に教育される。操船しない者も船酔いに慣れるところから始まり、アリル卿の薫陶宜しく古参といえど新参から指導を素直に受けて初々しい。これで残虐非道の侵略戦争を行うというのだから何とも言えない。もう少しこう、同情したくなくなる悪を見せては……見せない方がいいのだが。

 仲買い手数料など安かった。手続き、値段交渉、支払いを一括明瞭にして時間を短縮して機会喪失を防ぎ、あの帝国連邦南大陸会社と良縁を結んだ。何ほどまでに安いだろうか。表情の分からないアリル卿は請求書を見て掴んでは数字が落ちないかと振っていたし、会計は”資産全部売っても足りん”と言っていたが。

 奴隷船員を十二名確保する中、航海長は高級奴隷の中から買い、サダン・レア号の乗員は二人まで買い戻して船長と掌帆長に任命。ランマルカ人の少年は無理だった。黒人の奥様は既に個人的に執着されて愛が金に勝った。買えないものがあることは知っている。せめて幸せになってくれ。

 アリル一党は当初、他所の船に金を払って乗り込み、エスナルに橋頭堡が築かれてから二番手、三番手として乗り込む予定だったらしい。だがこのサダン・レア号があればエスナル上陸後も船を持っていない後続部隊の輸送で稼ぐことも出来る。何ならマフルーン殿の商売の手伝いまで出来る。

 海賊稼業は人も荷物も船さえも一攫千金に得られる大仕事。手っ取り早く荒稼ぎがしたいと逸る一党の者達には”焦るな、出来ることと出来ないことと難しいことがある”と説いている。

 サダン・レア号は胴長で、排水量に対して高速が出る長距離遠洋航海型の輸送船。弱点は小回りが利かず、装甲も薄く、艦載砲が少ない。水上打撃戦に全く向かない。

 拿捕は小回りが重要。他の船と競争となればかなり不利。船員の練度が低い状態でやると事故どころか返り討ち。アリル卿の虫人の弓があれば強引に矢と綱で繋いで引き寄せるのも出来そうな気はするが、それは戦闘機動が出来るようになってから。

 簡単そうな拿捕方法に、ペセトトの海上都市が石猫で皆殺しにした船を拾う方法がある。それで簡単に捕まえられるというのなら皆が競う。魔王の正規艦隊が首無し天使の旗を掲げて随行していれば競争も難しい。それ以上に石猫に敵と認識されない仕組みが全然分からない。

 船の分捕りを除けば水陸分業に可能性が見えてきている。陸戦部隊はエスナルで戦い権益を確保して奴隷や略奪品を確保、船舶部隊は海運業で儲けられる。アリル卿など”これで君達は早期に自分を買い戻せるかもしれない”と言った。

 奴隷解放は魔神代理領では徳のある行いで、主人が積極的に促すのも同じ。脱走よりも自分の買い戻しが現実的か……。

 航路が熟してくれば小口の海運業など採算が合わなくなってくるかもしれないが、その時はまた船を売ってその金で陸への事業への踏み台にも出来る。

 今後の一党の行動を決める会議では出来ることの限界を見極めてから、出来る範囲で何をするかということを話し合う。

 サダン・レア号の速さは水上都市の強襲上陸作戦に合わせやすい。ペセトト軍は既にエスナル領の各地を襲撃しているらしいが、どこをどの程度まで攻め込んでいるかは魔王軍でも把握していない。分かっているのはアルヘスタ海峡に面する王都ペラセンタ、ヘレニャス市はまだ手付かずということ。

 どちらかの都市への上陸作戦に乗じるのが良い。特に少数の我々はペセトトの勢いを借りつつ、一番乗りに近い形で出来ることをして生き残って何らかの権利を得るのが理想。

 サダン・レア号と南大陸会社への縁があるならば港湾利権の獲得が最大利益の源泉。全ては不可能だろうが、一部でも魔王に認められれば次に繋がる。そのための一番乗り。またその時に無理をして人員を消耗すると今後何も出来ない。

 新州総督、市長の座はどう頑張っても無理だろう。大型船対応の岸壁がある都市”本港”も魔王直轄にされるべきで与えられることはない。それ以外の港湾部の区長なら一番乗りの栄光で足りるかもしれない。博打はもう既に魔王の威光を借りて後に引けないところまで来ているのだから、可能性のある一点に打つべき。

 ヘレニャスにするかペラセンタにするか。ペセトトが先に手を出すなら、単純に西寄りで近いペラセンタ。これも競争が激しい上に最重要拠点となれば魔王が召し上げる土地は多くなる。しかし利点がある。

 ペセトトと同時に上陸作戦を行うことにはエーランの総員、大手から歴戦の猛者までが慣れていない。同じく下手糞な状態で競争に入る。ヘレニャスだと慣れた後だろう。

 ヘレニャスよりもペラセンタ入港経験者が一党の船員では多いこと、自分はどこの港を取ればアリル一党の状況に照らし合わせて良いか分かる。知っている。本港は防御も固い激戦地な上に取っても召し上げ対象。一時金は貰えても一時金どまりで、特許で借金が出来る状態で取っても意味が薄い。今、帳簿上で良い数値を出したところで実りは毛程も無い。現物こそが今貴い。

 本港の西脇、壁外住民が利用する――本港と比べて下賤――魚市場がある港が狙い目。こちらはロシエのベルシア併合の時から始まり、アレオン作戦のためにロシエ資本で応急的に拡張工事がされ、今は持て余している。漁民や港湾労働者の住宅もあって、ここを貰えれば領民さえ得られる。そこにアリル一党の旗を立て、八丁も買った機関銃で防御陣地を――見取り図を描いて陣地案を提供――築いて、エスナル兵の逆襲を耐えきれば何も無いということはないはず。

 そうしてからも出来るだけ魔王にここは我等の陣地と主張しなければならない。アリル卿には手の戦いの後も口の戦いをして頂く。

「……いかがでしょう?」

『おお』

 一党にペラセンタ上陸と岸壁の一部でも利権化することを勧めた。ゆっくりだが感心の拍手。会計は渋い顔をしているが、まあそれが彼の仕事だ。

「あんた何で中佐どまりだったんだ?」

「大佐以上になると政治色が強すぎて公式な使者以外がやり辛い。猫に餌やるならいいけど虎は嫌だろ」

『おお』


■■■


 サダン・レア号でアルヘスタ海峡洋上に出た。首無し天使とナジラ四文字”魔神と共同体のためのエーラン海軍”の旗を掲げればあの石猫砲弾も飛んでこない、らしい。不安だ。

 ペセトトの動向を探りつつ訓練を繰り返した。中々水上都市は数を増やしてもペラセンタには突入してくれない。現状では都市ではなく狙っているのはエスナル、ロシエの艦隊で、制海権の確保をまず目指しているようだ。

 この船には海戦能力が無いので、訓練以外に仕事としてやることと言えば海難救助。

 初回はひき殺した。船首側ゴンっと鳴って、ゴロゴロ船腹の下で鳴って、血は波に消える。

 二回目は周囲をぐるぐる回っていたら沈んだ。海流の影響はあるのだろうが。

 三回目からは正規海軍所属の尻鰭、水掻き付きの虫人――亜種とか海老と言ったら失礼か?――が引っ張ってきた者の救助を行った。

 海老の虫人は水泳が達者であり、こちらの船には飲み水を求めて爪だけで簡単によじ登って来る。アリル卿に敬意を払い感謝を述べる者と、意識半ばで犬猫のような愛嬌すら無い者に分かれた。

 操船訓練の時間が確保される中、拿捕船が増加しエーラン海軍の排水量だけは増加していった。石猫砲弾と、あの海老虫人による夜間接舷攻撃が木造、鋼鉄の船を血染めにするだけでほぼ無傷で奪っている。奪われるくらいなら自沈という選択肢も取られたようだが、思ったより事例が少ないのは奇襲攻撃であるからか? ”華”の水上打撃戦もせず、船体が無傷の状態で自沈するのは矜持が許さなかったのかもしれない。

 船の対人要塞化を図らねば今後の海戦は火力だけではいかんともし難い。本国に伝えたいが、機会は……。


■■■


 洋上待機が続き、体調不良者の扱いをどうしようかと考え始めた時に様子窺いが終わる。

 西側から超巨大水上都市がやって来て、笛と太鼓と歌と奇声のどんちゃん騒ぎをしながらペラセンタ港へ突入を開始。搭載されているランマルカ製の大砲を撃ち鳴らして沿岸要塞を射撃しつつ、その反撃の砲弾など豆鉄砲扱い。体当たりで防波堤を崩して土台ごと磨り潰して減速せず、津波で港湾一帯に船舶、壊れた桟橋、樽に木箱に索具、海底のゴミに泥に生物を陸へ押し出しながら岸壁に食い込んで容易に止まらず、建物ごと地面を捲りあげる。地震が市中の脆い建物を潰して竈から出火。鳥獣が逃げる。返る衝撃が波になって沖まで震える。

 ペラセンタ本港が一瞬で壊滅。水上都市からの撃ち降ろしの砲撃が市街地を無差別に破壊し、表現し難い動物を混ぜたような怪物と、蛙や蜥蜴に魚などの冷血動物仮装のペセトト兵が数万と上陸を開始。小さいが異形の軍勢が『ギャア! キィア! ギャア! キィア!』と叫び続ける、恐れを知らぬ笑顔の悪霊の群れが、えらく楽し気にエスナルへ降り立った。

 ペセトト兵の使う武器は黒曜石刃の棍棒剣と短剣と槍、投槍器、投石器、弓矢、雷迸る呪術杖。全て――雷の杖は別格か――現代兵器から遠いが、エスナル兵の一部が持っていると聞くロシエ製の磁気結界装置を無視するものばかりだ。

 昨今の激しい海戦から強襲上陸戦闘に備えていたエスナル兵も津波の影響で初期対応に遅れる。待機所から飛び出て横列隊形を取るのもまばらに、一部で小銃一斉射撃、ほとんどが個人での乱射、大砲からの散弾射撃は小数。密集突撃を行うペセトト兵は時代遅れの雑兵のように血や四肢を散らせて倒れるが怯む様子は一切なく、武器さえ無ければ子供が駆け寄ってくるような見た目で死体を乗り越えた。

 悲壮でも真面目でもなく笑う妖精達、火力をふんだんに浴びてから矢を射り、槍を投げ、雷の杖で焼き、棍棒剣で突っ込んで銃剣の壁に体当たり、もつれ込んでから滅多切り。仲間の肩を踏んで乗り越え、エスナル兵の隊列の中に跳んで潜って小さい身体で短剣片手に暴れる。

 市街地各所で乱戦。弾道曲げて標的へ百発百中させる投石兵が後方から、建物の窓、屋根にいる狙撃兵、高台に陣取る砲兵を冷静に狩る。

 両手に花を持って歌って踊り、敵を前にしても足腰使って楽しませようとする役割? の者までいるのだから妖精は分からない。

 水上都市のペセトト砲兵が沿岸要塞を沈黙させるまではまだ掛かる様子。大型の砲火は都市対要塞に集中しており、サダン・レア号のような小物が付け入る隙間が見える。

 エーラン軍としての一番槍は誰が取るか? とにわかに他船が帆を操作しているように見える。本港が壊滅するとは思っていなかった者が多く、どこから上陸するかと思案しているようにも見えた。

 都市郊外からの上陸は安易だが、都市へ乗り込むまでに時間が掛かるうえ、現状では無傷の陸側の要塞と戦わなければならないので攻城砲を持っている大部隊でも二の足を踏むだろう。そのような陸攻めには小勢一党などお呼びではない。

「本港壊滅となれば壁外魚市場側の港ですら下賜してくれることは難しいかもしれませんが、一番槍として要地を確保することが名誉なのは変わりません。砲火もペセトトに集中。今、行くべきです」

 アリル卿に進言。古参より先に意見具申するようになってしまったが、もうそれに抗議の目線が送られる気配は無い。高級奴隷となれば招致した軍事顧問ぐらいの立場はあろう。

「行け」

「了解! 帆を上げろ……!」

 船長が操船を指示し、いよいよ火中へ進む。

 我々の能力には限界がある。橋頭堡の確保と防御に専念して、市街制圧は他へ任せる。特にペセトト軍、あれに混ざるのは危険すぎる。

 水上都市を右手に見ながらサダン・レア号は沿岸要塞からも遠ざかって回り、ペラセンタ市壁外側の漁港へ向かう。南海上正面から見れば岩礁が半島状に突き出て、その北裏面。砂浜と岩の隙間にあるのがその目標の港で、護岸工事が半端にされている。喫水が深い大型船は入れないだろうがサダン・レア号ぐらいの船なら入れる。

 岩礁裏の水路から見える魚市場がある街並みはいかにも下町という様子で、壁外らしく裕福ではない。狭い土地しか持てずにボロ屋の複数階建てが並ぶ。街路の間に綱が渡って洗濯物が旗のようになびく。先の衝突地震で倒壊、出火している姿が散見。

 慎重な操船で漁港岸壁につけるため、エスナル兵が十分に気を落ち着けて待ち構えるところに飛び込む形になる。

 帆を畳んで行き足任せに進む。船首側の大砲二門と機関銃で制圧射撃を加えつつ、檣楼に立つアリル卿が捻じれの合成弓で砲兵を狙撃。敵砲弾狭差、一発命中、船首砲一門大破。

 減速しながら漁港の、中型船がつけられる”持て余しの”、漁具倉庫と化している拡張岸壁へ進む。岸壁にいるエスナル兵へ両弦艦載砲が散弾発射、狙いが悪く、相手は港の遮蔽物に隠れて撃っているので効果が薄い。

 サダン・レア号、右弦に防弦物と縄梯子を垂らして岸壁に擦って減速、仮接岸。上陸部隊が右弦から下船。機関銃と艦載砲が放つ榴弾の支援を受けながら小銃隊が岸壁確保、位置が安定しない船と係留柱をもやいで繋ぐ。

 機関銃射撃を受け付けない、石弓と長槍を持った一隊が登場して一度我々は慌てた。エスナル兵を圧倒してきた銃弾の雨が反れて全く当たらない。その敵からの矢による射撃は衝撃的ではないが無視できず、長槍で突っ込まれると銃剣では中々勝てない。ロシエ式の磁気結界装置を持つ非金属兵である。

 ロシエ製兵器がある戦場は、単純ではないが三すくみになっている。金属攻撃は磁気結界に負け、磁気結界は非金属攻撃に負け、非金属攻撃は金属攻撃に負ける。通常の火器に混じって、時代を間違えたような石鏃の石弓に、射石砲から礫詰めの手榴弾が効果する。

 ここで一番に頼れるのがアリル卿のような訓練された虫人の弓手。石鏃の矢で非金属兵を射殺する。艦載砲を向け、礫を詰めて散弾射撃で潰す。アレオン戦争において証明された戦法はエーラン軍も学習済み。

 死人が持つ磁気結界装置が作動したまま。エスナル兵の増援が逆に鉛弾射撃を阻害されて苦慮している間に市街地の確保を進め、自分が以前に見て覚えた位置に機関銃隊を配置して守備体制を固めさせる。艦載砲を降ろし、砲兵隊も組む。

 灯台と魚市場の時計塔を筆頭にアリル一党の旗を立てて我々の功績を主張しながら後続の、喫水の浅い味方の中小船を出迎え、誘導して岸壁に接岸させてもやいを取る。これ以上の戦果拡張は我々には困難として、後続の彼等に市街地の奥まで飛び込んで貰うことにした。喫水の深い船が水深を測って諦め、砂浜や護岸に部隊を上陸させる姿もあった。

 この戦いにて脱走の機会は無かった。船上からエスナル兵に向けて小銃を撃ちながら、砲兵に指示を出しつつ上陸はしない。

 この魚市場の市街地より都市中央側、城壁より内側にアリル一党は突入しない。狂乱の渦中には飛び込まず、防御陣地を築いてただ待つ。

 城壁の門の向こう側ではペセトト兵が兵士に住民を追い回して叩いて突いて殺す。燃える家に押し入れる。建物と壁の隙間などに詰め込んでからその上で踊って踏み潰す。女子供にも容赦しないどころではなく、体重が軽い玩具や道具として扱って担いだり槍で突いて追って盾にしたり、転がしたり腕や首を曲げたり股を広げたり人形遊びをしている。「痛い!」「やめて!」の声を聞けば”反応した!”と喜ぶだけ。

 我々はペセトト兵のように住民を皆殺しにはせず武装解除させ、保護している。

「妖精に殺されて食われたくなかったらこっちに来い! 奴隷にはなるが死にはしないぞ!」

 市街地制圧が落ち着いて安全が確保されてから下船し、エスナル語で声をかければ人間ならばまだマシとやってくる者達がいる。

 逃げ込もうと走ってきた者が転ぶ。ペセトト兵に足を掴まれ、引き摺られても逃げようと爪で地面掻く、爪が黒くなる、剥げる、血が出る。「助けて!」と伸ばしたその手を掴むことは出来ない。一党の仲間がしようとするが肩を掴んで止める。

「だって!」

「何を考えてるか分からん!」

 ペセトト兵は戦ってばかりではない。歌って踊って、料理する。掴まえた人間を解体して、桶に血を入れて井戸水を混ぜて、肉は切って刺身にして板に並べて仲間に振舞う。

 見ていると目が合った。笑顔で走ってきて、食べろと持ってきたのは睾丸二つ。邪念のかけらも見えない。善意だけ。食う?

 食う? 文明人のこの自分が?

 ペセトト妖精の感覚が全く分からない。西方世界妖精とも違うだろう。どこで”キレる”ともしれない。口にし、飲み込むフリをして笑顔でうなずけばキャッキャと喜んで去った。物陰で吐き出す。

 彼等は善意で出来たての人間肉を持ってくる。一応、一党の皆に確認したが食べたがる者はいない。だから礼を言ってから見えないところへ行って海に捨てれば魚が食う。

 ペラセンタの内城、宮殿から眩い光が発せられ、共和革命の一派らしき旗が立ったところで王都全体の制圧の目途がついてきた。


■■■


 ペラセンタ陥落から一夜明け、制圧はまだ進捗中。エスナル的情熱か、市街地に潜伏して抵抗を続ける敗残兵、武装民兵が数多い。ペセトト兵に虐殺されるくらいならせめて相討ちという覚悟が決まっている。

 人間として――奴隷にした方が儲かって自分を買い戻す時間が短縮――自分はエスナル語に堪能として各所で説得に回った。潰れて巨大な焚火になった家屋も多く、消火活動で喋るどころでなかった地区も多い。

 死ぬより奴隷、新領民になれて生活が保障されるならばと降伏する者は多少いた。多くはない。人の皮剥いで着て踊ったり、料理ついでに首の血管切って解放してどこまで走れるか競争させている連中を前にすれば疑い深くもなる。

 最期の楽しみと士気高揚とばかりに芸人が歌い踊って弦楽器掻き鳴らすところは特に聞く耳持たず、爆薬で扉を吹っ飛ばして度肝を抜いてやるぐらいでなければ生け捕りも不可能。

 返り討ちの危険を冒しての強引な救助作業も行われた。こちらがエスナル人を捕虜にしている姿を見ればペセトト兵は手を出してこないことを教えて回れば少しは降伏する者は増えた。

 それからペセトトは抵抗する意志を砕くためか、積年の怨恨を晴らすためか、儀式を執り行った。彼等にとってみれば歴史的偉業。

 太陽が南中高度に達した時間。ペラセンタ防衛のため最後まで陣頭指揮を取っていたエスナル王シリバルが新大陸の小さい駱駝のような駱馬へ全裸で乗せられ、青い染料を塗りたくられながら市中を引き回された。そんな姿でも”徹底抗戦””人間敵への抵抗”を唱えていた。

 その日の朝から作業が進められていた、積み木のように組み替えられていた巨石が階段付きの巨大祭壇となってペラセント港に突き刺さった水上都市最前面に姿を現し、そこへ赤い蝶のような異形が飛んでやってきて降り立ち、また人型に姿を変じた。あれがペセトト皇帝。地方で祭られる神が姿を成したかのような変幻の姿で、儀式の開始を注げているだろう語り方、抑揚、語っているだろう物語を表現する振る舞いは堂々たるもの。理解し難い程に遠い異文化の知性が感じられる。

 シリバル王が祭壇へ異形達の手により連行されていき、祭壇に乗せられる。抵抗する気力は、引き回しの時点ではあったようだが階段を登る時にはもう無かったようだ。薬でも飲まされたか?

 ペセトト皇帝が黒曜石の短剣を振り上げるとペセトト兵達は沸き上がり、大太鼓の連弾がこれからが見どころと告げる。そして短剣でシリバル王の胸が切り開かれ、傷口に手が入り、心臓が切り取られて掲げられた。鼓動はまだ止まらず、滴る血が日の光を反射。持つ手が伸びて、鞭のように振り回して心臓に残った血液を振り撒く。

 歓喜の絶叫、太鼓、巻き添えなど気にしない実弾祝砲。

 次に王の首が切り取られ、掲げられ、また叫び声。ペセトト兵の群れに向かって投げ込まれて争奪戦に……随分とペセトト皇帝は強肩……跳んだペセトト兵が空中でシリバル王を掴もうとして失敗。落ちて、自分の足元に転がって来た。

 交流が深かった人物ではないが謁見したことはあるし風聞で人となりも聞いている。エスナル的に豪胆な人物で細かいことを気にせず気風が良く、面倒くさいぐらいに眼力の強い方だったはずが、今では首だけになり、顔は青の染料染、髭が血に染め、目が何も捉えていない。

 こちらへ視線が注がれているわけではないが、狂気の圧力が風か嵐を感じた。振り向かないで走る。

「潰されるぞ!」

 見物に出掛けていた仲間にも声をかけ、王の首に殺到するペセトト兵の津波から逃れた。

 それからもペラセンタに残った王侯貴族が雑に殺される庶民とは別格に次々と晒し者にされ、青に赤や黄などの原色染料を塗られてから心臓を抉り取られ、首を撥ねられては土産物として投げられ、祭壇に繋がる階段へ胴体を落とされて食肉に加工されていく。

 あの睾丸をくれた妖精がこちらの顔を覚えたのかまたやってきた。たくさんの人肉を持ってきて”たくさん食べてね!”とでも言っている笑顔がキラキラ。断っても言葉が通じずに料理の仕方が分からない奴だと誤解され、しっかりとした鍋物に料理し直してわざわざ持って来られては受け取らざるを得ず、処分に困った。野菜、香草、香辛料の取り合わせから匂いも良くて、辛い。せめて悪意があれば後ろめたさは無かった。

 情報収集のためにも熱狂の渦からは距離を取りつつ、建物の屋根を伝うなどして儀式を観察する。引き回し中の者に「王太子殿下はご無事か!?」と確認を取って、やや呆けていたが頷いて、顎先を何とか上斜めに振ったことを確認。王太子殿下はもしもに備えて脱出されたということだろう。正統後継者がいれば王国は絶えない。


■■■


 ペラセンタにおける最終抵抗が終了するまでシリバル王への儀式殺人から数日を要した。尊敬される王の殺害で抵抗が苛烈化して無血の説得が不能になり、保護していたエスナル人も勇気を取り戻して抵抗を始め、鎮圧するために殴り倒して打ち殺してと、資産でもある奴隷が減って怪我を負って価値が下がり、こちらにも犠牲者が出てと、我々にとっては良いことは無かった。

 いつ連絡が取れるか分からないが本国へ情報を送るために、エーランのための情報収集という名目で――アリル一党の利益、功績にも繋がる――市中を回った。

 宮殿を陥落させた一派だが、皆の顔が東方人であった。太陽を模した仮面を被った男が頭領である様子。装備する火器類はランマルカ製で、刀剣は天政では見られなかった種類。ランマルカ語と天政官語が通じる者がいて、尋ねれば共和革命派の一つであるアマナ労農一揆勢と宗教拳法集団の黄陽拳門徒の連合で、今は傭兵として金を稼いでいるのだという。この東方傭兵達は宮殿を落とした時の大量の略奪品にて、新しい故郷、入植地にいる家族たちに白い飯をたらふく食わせられると大層上機嫌だった。

 新生エーランに魔戦軍が傭兵のように加勢し、ペセトト帝国にはランマルカ経由の東方傭兵が加勢するということは本国に伝えるべき情報だろう。ベーア帝国の敵が投入可能な兵力の推定が出来る。

 ペラセンタ市の管理が暫定的に、ペセトト軍を除く者達で分割され暫定占領統治が始まる中でエスナルは黙っていなかった。再奪還のための軍を編制して派遣してきた。

 アリル一党は占領した港と付属する街区、それと入出港船舶の管理でこの防衛戦闘にはアリル卿と矢持ちの従士が参加するだけとなる。自分は暇を見つけて城壁の上から観察した。

 ペラセンタ市の要塞を砲撃で無力化しようとエスナル軍が包囲陣地、砲兵を展開する中、その城壁外へとペセトト兵の群れが無謀と思える無防備さで展開して、恐れを知らずに前進を開始。これは血塗れの肉片だらけになるだけだろうと思わされた。

 ペセトトのとった戦法は、水上都市からその包囲陣地の背後とその中に大量の石猫を呪術式超遠投投石機で風切る異音鳴らして放り込むことから始まった。磁気結界も銃弾も通じず、自爆覚悟の爆弾攻撃しか通じない殺戮自動人形が数百。

 石猫への対策が未だに分からない。散開陣形を敷いて、全員が自爆用の爆弾を抱えて石猫と心中するのが一番効率が良いのでは? そんな馬鹿な。でもそれ以外にあるか?

 ペセトト兵の群れの中から東方傭兵の頭領、太陽仮面の男が一人、駿馬もかくやと言う速度、単騎で突っ走った。

【たぁーいぃーよぉーおぉー!!!!!!!!!!!!!!!】

 輝いた。まぶしっ!?

 敵味方問わずの目潰し。エスナル軍の陣地では石猫による殺戮が加速し、その混乱の最中へペセトト兵は前進。接敵するまで距離は大分あり、榴散弾を浴びて大量に死ぬがまるで意に返さない。ペラセンタ沖には水上都市がいくつも浮かんでいる。

「アリル卿、武具拾いの班を組んできてよろしいでしょうか。これは決するのにそう時間が掛かりません」

「戦場漁りか。今はお前のおかげで上手くいっている。無理をするな」

「は」

 とにかく情報を集めながら己を買い戻すことを優先する。

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