第450話「国内行脚」 ベルリク
暦上の春到来。雪は融け残るが、これがセレードの春。雪の隙間から花が見える。
帝国連邦総統の訪問など民衆からエデルト情報員にまで知られているので行動は隠さない。黒旗掲げた親衛隊を見せびらかすため遠回りに、鉄道沿いを意識して車窓から見えるようにして、市街地を幾つも通過するよう蛇行し、郊外野営でも街道沿いの辻を選んで王都ウガンラツに到着。挨拶代わりに拝天殿へ皆を置いて囲ませた。それから自分は石段の頂上へ登り、アクファルに太鼓を叩かせながら天に向かって酒を撒いた。
喝采は多め、静観が過半、批難もあった。そして面と向かって「てめぇ何しに来やがった!」と文句をつけに来た奴もいたので、その目の前で固めた拳を叩き合わせる。
「文句あるなら今掛かって来い! 一対一でも仲間連れて来てもいいぞ!」
「やんのかコラ!」
殴り倒して、腹を蹴って、胸倉掴んで起こしてもう一回殴りながら近くの建物の壁まで押して倒れないようにして膝から崩れるまで殴る。
そうしてから大頭領官邸へ出向いてシルヴに面会。顔が二十五年前のまま……早めに結婚してれば娘にいてもおかしくない。
「よっシルヴ婆さん! ヤヌシュフ連れて来たぞ」
「お母様お久し振りです!」
「元気そうですね。で?」
「ヤヌシュフをセレード王にするぞ」
「義兄上ぇ!」
初耳の案に感動したヤヌシュフが抱き着いてきたので受け止めて転がして持ち上げて椅子に座らせる。
「お座り」
「お座ってます!」
「静かに」
ヤヌシュフは口に両手を当てて鼻息で返事。シルヴは、指揮棍を手に取って肩に担ぐ。
「話を聞きましょ」
「セレードは何れ圧倒的な一億ベーアに敗北する、敗北とすら思わないままに無数の少数民族の一派に落ちる。連合から君臣関係に落ちて、併合される流れが見えている。エグセンで猛威振るってる人狼戦術はシルヴに怖くないだろうが、他はいくら”俺はセレードの男だ!”とか威勢張っていても怖い。
しかしこれは決定的じゃない。一億ベーアが中央集権化を為し、街道と鉄道と運河で国内からフラル半島まで網にかけ、工業地帯と農業地帯を整理して労働者を分配して行政効率も上げた時に発する真価がどれだけのものか想像もつかない。
セレード人が抵抗してもククラナ人にハリキ人がどこまでついてくるか? ベーアがフラルとも、まだ無いがウルロン山脈縦断鉄道を作った時にどれだけの乗算がされて、その力にロシエが敵を共にするとして協力したら武力で抗うどころじゃない。攻撃を仕掛ける隙も無いまま、何十年と経済の循環に巻かれて溶けるぞ」
シルヴが手首の振りだけで指揮棍を投げた、掴む。
「ヤヌシュフ王を議会で王に推戴する。俺はイューフェの男爵として推薦人になる。手土産はアソリウス島だ。これで親と反のエデルトで分かりやすく割れる。割れた方を崩して、エデルトの介入を迎撃する。国王として正統であるかの物語の作り方だが、継承戦争敗者の星ベラスコイ家の正統、大頭領の息子、噂のベルリクの妹が妻、侵攻してきたエデルトの撃退で一つ。島の方は、ヤヌシュフは既に正統領主だが更に上乗せするのなら魔族化だ」
ヤヌシュフが鼻どころか耳から空気を吐くように静粛を努力。
「ルサレヤ先生からヤヌシュフはあの魔剣ネヴィザが適当と言った。アソリウス島事件から続く物語の継続だ。魔族化すれば魔神代理領共同体との繋がりが出来る。共同体加盟への道も開けるぐらいだ。島を守るには海軍必須だが、そこまで届く海軍を持っているのは魔神代理領だけなのは分かるな」
「それは魔導評議会の意思なの?」
「説得するとしたらこれからだ。セレード王位にまだ手を掛けようとする前にそんなこと決定出来ないだろ」
「そう」
「相対的な力関係と国際情勢から仕掛けるとしたら最後の機会だ。今回は二軸だ」
「こっちが盾で、そっちが矛。勝つ前提でそうするならあっちが王位諦めた時点で足抜けするけど」
「それでいい、それが前提だ。対外的にはベーアではなくエデルトとセレードの身内争いにして介入し辛くする。ヤヌシュフがエデルト臣下のアソリウス島嶼伯ってのがまた身内の色になるな。こっちはマトラの山岳要塞と協商と共同体の政治防壁があって一方的に攻め続けられる。そっちの目標は独立として、こっちの目標はベーア人の荒廃と独立派の支援、破壊だ。一億だから怖い、だから減らす。何年もかけてな」
「理想はそれね」
「そっちの国内派閥はどうなってる?」
シルヴが手を出し、それに指揮棍返す。
「私が良くても他が良いかは別よ」
「それで」
「血統で絞るとアルギヴェン、ベラスコイ、グルツァラザツク、ポゼーナ各家支持で四分」
「ポゼーナってまだ生きてたのか。男系男子は皆殺しじゃなかったか」
アルギヴェンに排除された先の王家。大体、初代は偉大だったが代を下って弱くなったとか言われる家系。ベラスコイとは縁戚関係。
「出家してたお坊さん」
「歳」
「四十六」
「同い歳じゃねぇか。後継者どうすんの?」
「まだ大丈夫でしょ」
シルヴが首を傾げながら顎をしゃくる。
「てめぇ誰に向けて言ってやがる、試してみるか」
「あら、あんた女装したおっさんが好みじゃなかったの」
「ベルベルお兄様はこの前の戦いでマハクーナ藩王の肛門をお棒で粉砕しました。生命に拘わる大量出血です!」
戦後の仲直り、融和の儀式であるため公開されて情報も包み隠さず流布されているわけだが。
「まあ激しいお兄様ね」
「はいお姉様」
うるせえあほ。
「男装したおばさんが好みだな」
「女系で臣籍降下したのがいくらでもいるからそこから引っ張って、王朝奪回の暁には最功労者の家とくっつけてって話してるらしいけど」
「それは勝つ気あんのか」
「さあ」
「ベラスコイを俺が推すと言えば一つ消えるか」
「救済同盟支持がいるのよ」
「サリシュフは立派になってきてるが、今のセレードの頭は無理だろ。あいつは自分の限界が分かってる。ベラスコイ支持にさせる」
「自信満々」
「従順じゃないが、力関係が分かっている男になった」
「そう。救済同盟はセレード正教会と傷痍軍人協会に蒼天党もついてるから指導者が簡単に方針決められないかもね」
「日和見しそうな……蒼天党って潰れてないの? 一揆潰しただろ」
「潰れて潜って拡散した感じね。傷痍軍人協会が表看板」
「ポゼーナをベラスコイ支持に回すには?」
「一番穏当なのがその出家坊主に出来た子供とウチの孫を縁組。暗殺は事態収拾に時間が掛かるから勧めない」
「シルヴが説得」
「材料が揃えば」
「シルヴがニコっと笑ってお願い光線出せば一発だろ。俺は一発だぞ」
「はいはい」
「例えば」
「エデルトへの勝利」
「後でイューフェ軍を見せてやろう。国外軍丸ごとだ」
「へえ」
「そっちの身内はあてになるか? ベラスコイの中身がよ」
「二番目の兄はエデルト利権絡みで動けない。たぶんエデルト派につく。商船会社の資産凍結されるとお終いだし、子に孫がね。お金と人脈もかかってるの」
「まあ、そんなもんだな。ヤヌシュフ、実の親と戦って平気だな」
ヤヌシュフ、頷く。
「他の兄さん達は?」
「高貴な血が欲しい成金、木っ端貴族と結婚して、平凡なことやってる。財界にちょっと顔利くけど小物は小物」
「大頭領の縁故で立場引き上げなかったのか?」
「大頭領は公平なの」
「シルヴは?」
鼻で笑われた。
「爺様は?」
「父はまあ、私もあっちも嫌い。支持取り付けたいならあんた話に行ってよ。ベルリクのことは好きっぽいわよ」
「何だ、大頭領ともあろう者が爺一人操縦出来ねぇのか」
「あんただって奥さん操縦出来てんの?」
「それか」
「それ」
「春の定例議会があるな。それにヴィルキレク王は?」
「今年は参加する予定。ベルリクにビビって来なかったら風が吹くわね。ああ、これも材料」
「議員と軍にはシルヴから声掛けて回ってくれ。俺が頭越しに喋ったら嫌だろ」
「ウチの手下はウチでやる」
「こっちは継承戦争で負けた連中に声掛けに行く。まずはシャーパルヘイの爺様だ。仲良し敗残老人会みたいなのぐらいやってんだろ」
「そっちは大頭領として接触し辛いから、まあ手分け出来たわね」
反政府とは言わないが、反王朝的な存在と大っぴらに国家指導者がつるむのは余計な反発が生まれるか。
「よし決まりだ。ヤヌシュフ、お前は余計なこと言わないでシルヴ母さんの隣で黙って言うこと聞いてろ。信頼の大頭領シルヴの首輪付きで、余計なことをしないで象徴君主として振舞うってことが分かれば議員の支持も厚くなる」
ヤヌシュフ、頷こうかどうか迷っている。
「いいか、大頭領と議員で政治が出来ている国ではな、君主の大切な仕事は何もしないことだ。最近の見本はオルフのゼオルギくんだな。何もしないという苦痛に耐えて、堂々と平気な顔をしているという偉業を達成するんだ。どうせエデルトとの戦争はキツいもんになるから、国王が前線に出て兵士にお手本を見せる時が来る。それまで黙って頷いとけ」
ヤヌシュフ、激しく頷く。
ゼオルギくんは調整するのが上手いんだが、こいつへの説明はこれでいいだろ。
■■■
小さい頃に年始の挨拶へ行った時と、エデルトへ留学した時の道中、先の聖戦に出征した時の道中に立ち寄った以来の、ブリュタヴァ公国の都シャーパルヘイ近郊のベラスコイ邸へ親衛隊を連れて訪問。
古参失権派閥とでも言おうか、その筆頭がほぼ一人暮らしをしている。出迎えの姿は武装騎兵。
名誉剥奪されたことなど知ったことではない、古い勲章ぶら下げるセレード旧式驃騎兵服を着た老人ヤキーブ・ベラスコイ。前々ブリュタヴァ公――他称号省略――で陸軍元帥は剥奪されたシルヴの父。妻を早死にさせ、家族をほぼ離散させ、それでも四十年以上意地を張り続けた末期の頑固者。いわゆるゴミだが再利用出来ると確信している。
継承戦争前は御前様、継承後は狂人、シルヴ大頭領就任後は一応ご隠居に格上げ。それでも仕事は老人同士と昔は良かったと愚痴を垂れることと、土地の境目など知るかと狩猟に出掛けること。シルヴが雇った清掃業者が定期的に訪問しているそうだが、意外と自分の身の回りのことは自分でするらしい。
「ヤキーブの爺様、死ぬ前に働け!」
「ソルノクの小倅め、生意気な口を利くようになったな! 何だ!?」
八十過ぎの独居老人の癖に声がデカい。
「古いセレードの復活を望んでいる爺婆だけに声掛けてあんたの孫のヤヌシュフを王に推戴するように声を掛けて回ってくれ。肝心なのは”爺婆だけ”だ。若いのに調子乗って声掛けんなよ。あんたじゃ話が通じないからな!」
「ハー! 言いよるわ」
「蒼天の神は俺に憑いている」
老いて垂れた目蓋が全開。
「任せろ!」
ヤキーブの人脈を使い、まつろわぬ敗残老人共のお宅や宿営地を黒旗の親衛隊連れで訪問する予定。ヴィルキレクを除いてヤヌシュフを王にと触れて回ってセレードとエデルトの関係に緊張を強いていく。悪化へと繋げていきたい。
■■■
工作をしている内に暦上は勿論、気候も春になってきた。家畜達も雪を掘ってまで草を食べる必要が無い。
ブリュタヴァ公領内で反アルギヴェン活動をして回った結果、セレード軍とエデルト軍が国境にて互いに配備量を増やし合う事態に発展した。活動前までは国境警備隊などは名目上しか存在していなかった。緊張感が高まり、関係悪化が始まる。
定例議会に備えて、同君旧敵のセレード国内にヴィルキレク王が入国するというのは警備担当が脂汗を掻く難事。急進独立派の暗殺者がうろついていると常に想定され、その上で男らしくビビっていない素振りで、この国も我が家である、と堂々としなければならないのだ。同君連合も中々辛い。
この”舞台”を完成させるためには連合相手の長、シルヴ大頭領の”協力”が必須。去年までは仲良くする努力がされた。
さて今年はというと自分と親衛隊が法に反してイューフェ男爵を名乗って黒旗掲げて”我等は黒軍である”と煽動して回ることが黙認された形になった。これは勿論”非協力”。仲違いの努力。
西のブリュタヴァ公領ではこちらから顔を出して口を回した。
中央の王領では”こっちの集会に来てくれ”と誘われて顔を出して回った。
東のハーシュ公領では黒軍の野営地を街道近くに広げれば人が集まって軍駐屯地のような姿になった。
日和見でいようとした救済同盟代表のサリシュフが、所用のついでという形ながら自分のところまでやってきた。顔を合わすのが嫌そうなのに足を運んでくるとは突き上げがあったと見て良いか?
「敵対するのか味方するのか中立か、日和見かもう一度はっきりさせてくれ」
「負けて排外された方を救います。日和見で敗者につきます」
「お前……立派になったなぁ。で、エデルトが攻めてきたら?」
「セレードの弱者を守りますよ。強い奴等は兄上が何とか出来るんでしょ」
「お兄ちゃんがチューしてやろうか」
「え、なんでです?」
「はいお兄様」
アクファルがサリシュフを羽交い絞め。
「えっ、なんでです!?」
■■■
セレード国内では一番保守層が厚く、定住的な公領が設置されないレエコセレードの諸部族領を訪問していた時に大陸宣教師スカップとの面会の都合がついた。オルフ国境側から、堂々と赤い服に帽子で目立ち、付けた鈴首輪を鳴らした馴鹿車でやって来た時は笑った。挨拶代わりにお菓子も貰った。子供達に見せたら喜んだなこれ。
野営地で熱い茶を啜りながら向かい合って座り、貰ったお菓子を広げてつまみ、その揃えた小さい膝をこっちの膝で挟んでみる。やっぱり妖精を股で挟んだりするのは落ち着くな。
「どうもお久し振りです総統閣下。お呼びに預かり、遂にですね」
「うん。新型化学兵器についてですが」
「専門家と物資の配送手続きは始めましたが、少々お時間いただいております。電信ではないですからね。今は洋上です」
「ユバールへ大所帯で入国することは可能ですか」
「なるほどそこまでお考えで。ふむ、そう、流石に大陸革命防衛の孤塁となるのは辛いですね」
「革命共和国を増やすことが可能であれば増やしましょう。大陸にも友達いっぱいですよ」
「ほほう、ほー……時期が分かれば船団を用意しましょう」
「新大陸の情勢は? そちらもあちこち目を向けるのは大変でしょうが」
「クストラ戦争は主要拠点の陥落が終わりまして、野に散った残党掃討の段階です」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。掃討には帝国連邦式騎兵の指導を受けた革新人類連邦騎兵が動いております」
「お役に立てていれば幸いです」
「ええ、ええ。実は我々、それ以外にも新大陸でも目途がつきそうでして」
「と言うと」
「ペセトトの同胞がエスナル侵攻を開始しました」
「エスナルを?」
戦いは新大陸入植というか探険の大昔から始まっていたようなものだが、今更強調ということは?
「呪術で浮かぶ水上都市という不沈艦の運行が始まっていまして、今、南大陸の魔王イバイヤース殿と共同作戦を取っております。ロシエとの戦いを継続して、イサ帝国とも共同しています。間を取り持つこちらとしまして、新大陸の植民地国家には新しい独立の道を説きます」
「ううん?」
頭は悪くないつもりだが、一度にこうも言われると理解が出来ない。
「そろそろ閣下のところにも魔戦軍召集の布告が聞こえてくると思います。西大洋大戦とでも名付けましょうか」
「まず、まず、水上都市の能力は?」
「大小規模によりますが最大十万人を乗せて途洋可能。規模から重砲も多数艦載可能。呪術的な船員殺傷能力によって革命的拿捕能力を有します。通常船舶の接岸も勿論可能です。これはロシエの蒸気鋼鉄艦隊と十分に戦えます。我が海軍でも相当な犠牲覚悟でなければ、と評価します」
「そんなに……イバイヤース殿が魔王で確定?」
「アルヘスタ市で名乗り出る予定と聞いています。予定日はもう過ぎていますので、そろそろ情報が世間に広まってここまで届くでしょう。我がランマルカは、ペセトトと魔王の架け橋となって共同作戦を助けましたので、その時に極秘情報を受けております。帝国連邦とも間接的にでも共同出来ればと考えておりましたが、総統閣下が思いのほか、もう機会があれば行うと動いていて驚いております。後世、歴史を分析すれば皆を導く何かがあったと発見がされるかもしれませんね。非科学的ですが運命を感じます」
「エスナル侵攻の目的は?」
「ペセトトは、新大陸のアラナ諸島部を征服して更に遷都して海洋国家への転換を考えております。動員兵力は、数えられないですが約一億人口の過半で、全て死亡するまで止まりません。長期暦終焉時には古い世代は全て自殺し、遷都するのが習わしでした。自殺するぐらいなら今回は自殺する勢いで、ということになりました。伝統墨守と見られた彼等も新しい時代を考えているのだと感心しますね」
「荒唐無稽に聞こえますが、その水上都市でやってしまうんですね」
「こちらからも艦船提供、訓練に実戦運用が始まっています。留学生を迎え、現地での交流も進んで人材育成も何十年も前からやっておりますから、きっと閣下が想像するより基盤があります」
オルフ内戦の時にペセトト兵がいたが、あの時期より前から。ランマルカ革命が六十年は前だから、言う通り何十年も前からの交流か。海洋国家への転換も嘘じゃないな。
「新大陸南部に植民地国がありますが、こちらは我々から説得したいと考えています」
「説得とは?」
「クストラのような旧大陸と離別した国家にならないかと誘います。ペセトトはエスナル本土を占領ではなく皆殺しにするのが目的になりますので、本国が空になれば考えも改めるでしょうか。空の後は魔王軍が統治します。領民として囲ったエスナル人は保護される予定です。閣下の分断戦略とはまた一味違うことになりますね」
飴と鞭も極端だな。こっちはジルマリアの偏執狂が考えた多角的分断統率術があるのだが、それに比べてえらく大雑把。
「その魔王軍は?」
「自らを古代エーラン帝国の後継国家として領土の再征服を行うそうです。エスナル、アラック、ロシエ、フラル半島までが範疇。魔神代理領との敵対は意図せず、大イスタメルは数えていませんでした。その証拠が魔王号と魔戦軍の召集です」
「聖戦軍っぽい名前です」
「ほぼ同じです。魔神代理領共同体内から大量の義勇兵と資金物資を集めたいと考えていまして、エスナルへの侵攻宣言と同時期に日時合わせて魔神代理領共同体各地で布告をするそうです。国家とは無関係に暴れたい、信仰心が溢れて止まらない、征服地で権力者になりたい、この機会に大儲けがしたいという野望ある者達を集められます。閣下の方が空気感を掴んでおいででしょうが、魔なる神の敵に一矢報いたいと気が昂ったまま平和でいることが苦痛と感じる人々は小数でもいて、四方から掻き集めたら中々多いのでは」
魔都訪問時を思い出せば、まだやりきっていないと感じる者達が徒党を組んでいた。時間が少々経っただけで解散したとも思えない。
「南大陸でのアレオン戦争は一応終戦となって、主戦国を魔王軍に変えて戦場を西岸の黒人諸国へと移し、イサ帝国が参戦?」
「そうです。イサ帝国は従来、小規模で定期的な略奪へと黒人諸国に出向いていましたが、本格侵攻へこの機に転換しました。北部同盟の後援、帝国連邦製の最新火器導入、魔王軍に先んじて征服されてしまえば取り分を失って勿体無い、と感じたからでしょうか。あまり友好的な共戦関係ではないですね」
あちらもロシエもエスナルも大変だなぁ。
「この極秘情報、こちらで使っても構わないということですね」
「どうぞご自由に。そろそろただの公開情報になりますから」
■■■
セレード人とエデルト人の揉め事にはあまり関わりたくない雰囲気が強いククラナ大公国を訪問。民衆人気は在住セレード人からは強め――ククラナ領内では逆に少数派だからだろう――だったが、接触してきたククラナ人は大体が商業関係者である。帝国連邦とセレード王国間で同盟かそれに準じる関係が構築されればククラナ商人の出番。割り切った関係というのはそう悪いことではない。
魔都の大宰相バース=マザタールからヤヌシュフ魔族化の件について一報が来た。内容は”セレード正統国王と、国家方針を決める議会等がある場合、意見一致を持って協議する”である。百点満点の回答。その前にやってくれれば百二十点の満々点だがそれは望めない。
ザラからは手紙が到着。弔文と墓前に供える乾燥花、家族に見せるための己の直近の細密画をイューフェの実家へ別に送ったことから始まる。学生救済同盟の縁から帝国連邦官僚登用試験へ出向いた人物の話から、あちらの身の回りの人物の話が続く。それからハザーサイールの友人が急に増えたので、西で動きがあるんじゃないか、という話になる。情報収集のためにも魔都に留まり弔問は控えるとのこと。代わりに集まった家族の写真か細密画か、とにかく直近の顔が分かるものを送ってくれとのこと。生意気言ってくれちゃって。
イバイヤースの手の者がザラに接触中であろう。魔戦軍の召集と合わせると広報活動に協力して貰い、拡大予定の土地運営のための官僚を確保する狙いがありそうだ。人材の取り合いの渦中にいればソルノク爺さんの墓ごときを見にくる時間は無いな。
そして”エーランのバラーキ”にして”魔王”イバイヤースから詩文が届いた。以前に受け取ったのは、
騎士道死せり
皇道捨てり
魔法自在
故に罪無し
である。ルサレヤ先生はこれを、罰せるもんならやってみろ、と読んだ。
回天手繰り
蒼天肥ゆり
越冬終わりて
水鏡覗く
自分はイバイヤース宛てに、東から攻めるからお前も来いよ、と送った。
砂礫の南風
季節の北土
魔道熟して
西日正中
野郎は東という言葉をわざと抜いて、もう攻めると返して来やがった。東西の息が合ったのはこのせい、とは言い過ぎだな。
西日が天の中央とは何だと思ったが、ペセトトのことだ。スカップから話を聞いていなければ大分考え込まされたに違いない。
最後にルサレヤ先生から解説文。詩文に関してはもう大体分かっていて意見一致。バラーキと魔王号に関しては分からないので教えて貰う。
比較対象としては魔帝イレイン。彼がその魔神代理に次ぐ世俗最高称号を得る以前に一時期持っていた称号はギビル=ジャッヴァである。聞き覚えが無くてさっぱり。
ギビルは本来、キサール高原の一般的な将軍号で、イレインが高原を統一して唯一将軍となって無二の称号となる。民政には基本不干渉なので部族長や国王とは違い、諸部族や諸国の軍事統率者の意となる。皇帝ではなく大将軍と言える。
ジャッヴァはジャーヴァルのキサール訛りか、称号とするため呼び方を少し変えたもの――尊敬の念を表すために抑揚を大袈裟につけるとか諸説が挙げられる――と言われる。古代にかの地方を統一した古代君主が、保護領つまり”ジャーヴ”が並ぶ地、としたところから複数形”ジャーヴァル”となって転じて帝号化。その古代には統一地方名が無かったのでジャーヴァル呼称が定着。
ギビルとジャッヴァは質が異なり、同時に子孫へ継承させるには理屈がいると当時は考えられた。一子相続が常識ではなく、称号まで分割相続してしまえば国家の弱体化が懸念されるもの。そこでイレインが発明したのがバラーキ号である。
ギビルとしての副将軍、ジャッヴァとしての皇太子を兼ねるため、バラーキは”の後継者”という意味になる。”の”の前の言葉を敢えて空にし、説明しないことにより何でも継がせられると考えた。そしてあまり上手くいかなかった。
後にギビルはキサール諸族で一般的な長の称号へ落ちた。ジャッヴァは紙面や学者の口以外からは消えたらしい。
イバイヤースは古代エーラン帝国とバラーキ号という土地と時代と発祥が異なるものを抱き合わせ、かつ魔帝と関連がありそうな魔王号を用いた。一体どの範囲まで都合良く”の後継者”となる気なのかは分からない。
魔神代理領は今、言い方は悪いが指導者不足によりバース先生を大宰相に据えている。三代目魔神代理のケテラレイトも応急措置。ここでエスナル、ロシエに大逆襲を仕掛けて成功した、魔戦軍も手下としてしまった何か”の後継者”が立った時……面白いことになりそうだな。
■■■
セレード国内行脚を一先ず終わらせ、シルヴに西大洋大戦勃発の情報を伝えて”マジで”と言わせた。あの驚いた複雑な間抜け面なんか先の聖戦前に見たきりだったと思う。これだけでも侵攻作戦を練った価値があった。
ザラの要請に応じて自分とマハーリールに、行脚中にやって来たダーリクとリュハンナ、ザラの細密画に、マハーリールに描かせたジルマリアの似顔絵を合わせて四人と二枚で写真を撮った。光で絵を描くとかいうこの装置、もっと瞬間的に広範囲を収めることが出来れば偵察兵の能力も向上するはず。
シルヴの間抜け面に続いて感動したのは、ダーリクがミクちゃんに「弟が何時もお世話になっています」と言ったこと。若い頃から働いているとそういう言葉も出て来るんだろうが、泣けた。女の子を前に大人ぶって格好つけているのなら三倍泣ける。
ザラ以外とは初顔合わせ――産まれたてを含めるならば――のリュハンナに兄と弟はどう反応していいか困惑していた。そりゃあ分からん。対して、流石はヴァルキリカの傍にいてあちらの教育を受けているせいか物怖じしない。
見てるだけで動けないダーリクをリュハンナは触ったり軽く叩いたりして挑発。そう言えばこいつ女の扱いってどこまで分かってんだ? 気になるなぁ。もう下の方が反応する歳過ぎてるよな。
マハーリールはリュハンナから猫みたいに追い掛け回されると「うー」と唸ってミクちゃんに抱き着き「姉上様ですよ」としょうがない子ねと視線が注がれる。いいなあお前、俺もちっちゃいミクちゃんお母さんの息子になりてぇよ。
「なあダーリク、セリンのとこ真っすぐ帰るか、それとも父様と馬でちょっと遠くまで行ってみるか、どうする?」
「どこまで?」
「地果てるまで」
「行きます」
「私も行く」
リュハンナに髭を引っ張られる。旅の護衛にはあえて目立つ人狼騎士――ヤネスもいた――がついているのだが、この子はどうも服よりも毛を引っ張るのが癖になっているようだ。人間と関りを持って育っているのか怪しい気がしてきた。それとも人間相手でも傍若無人か?
「政治的に無理だな」
「私も行く」
「護衛の人がついてこれないんだなぁ」
リュハンナは、自分の膝に胸と両前腕だけ乗せて見上げて上目遣い、目がぱっちり開く。
「父様好き」
おお!? この娘、どんな教育受けてやがんだ。
「そうだ、リュハンナと彗星ちゃんはセリンのところ行ってみるか。ついでに母様の面も見に行け。ヴァルキリカ”婆さん”の話をしたら顔に出さなくても喜ぶぞ」
「知ってるよ」
「それなら安心だな」
「一緒に行く」
「父様はな、酷い奴なんだよ」
「知ってるよ」
知ってるのかよ。
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