第448話「肩書を寄越せ」 ベルリク

 セレード帰国前に、喪主であるイューフェ=シェルコツェークヴァル男爵サリシュフ・グルツァラザツクからお家の印が押された手紙を受け取る。父ソルノクの死亡通知に次いで埋葬の通知。埋葬場所は実家敷地内の裏庭へ火葬してからということと、これまでの弔問客名簿の写しである。名簿筆頭はシルヴ・ベラスコイ大頭領。

 そう言えば故郷の葬儀ってどんな感じだったかと思い返す。三日程度安置、死者に近づいて触れていいのは呪術師とその手伝いで、弔問は安置部屋と別の部屋で行う。伝統的な風葬は呪術師や遊牧系だけが今は行っていて通常は火葬。

 広範な神聖教信者は死者に触れることが出来て同室可能。風葬はせず疫病の可能性が無ければ土葬が原則。セレード人改宗者なら好きな組み合わせで、というところ。

 ”高級”貴族や高僧に名将といった人物の場合は一時的な防腐処理がされる。弔問客は立場に応じて多く、遠路からやってくる国外要人にもその最期の姿を見せなければいけないので特例が必要。父ソルノクは防腐されるような位階も実績も無い。

 主家ベラスコイに始まる一族、グルツァラザツク家の墓参りはばらばらに行われている。セレード在住者はほぼ弔問を終えていて、自分とヤヌシュフの一族が最後だ。

 ザラには手紙を出したがまだ届いてもいない。魔都は遠過ぎるので何か仕事があるなら弔文で済ませておけとは書いておいた。

 ダーリクに保護者セリンからは、ダーリクだけを送ると電信で通知。セリンは海軍の仕事が忙しくて断念。提督級の人物が共同体の外へ出るのは難しいものだ。

 リュハンナは聖都と遠方ではあるが忙しい立場ではないので弔問に来ると思う。イューフェとバシィールのどちらに連絡が届くかは不明。

 しかし”男爵サリシュフ”か。国外居住者への継承権無効の法に沿った形で順序に則っている。逆に謙遜して空位にしたり代行を名乗ったり、当主を自分の名前にしていたら困惑していた。


■■■


 川の縁が氷の棚になっている。冬後半で春も近いが、北国の季節と南で作られた暦は合わない。

 ワゾレからポウラド川を下り、水路でセレード王国のハーシュ公領ヴィデフト市へ入る。

 思い出の、先の聖戦最後の戦場で復興はとうの昔に終わっている。運河が築かれて船のまま入れるようになったあたりは顕著に開発が進んでいる。あの時はここが川から近いということも分かっていなかった。それを何かに活かせるだけの知識も装備も兵隊もいなかった。

 市に入る際、黒旗――弔旗に見える――掲げる完全武装の親衛隊一千騎について当局者から足止めを食らいそうだなと思っていたが、本人確認と騎兵隊の随行理由を聞かれて”護衛”と答えただけで通行は阻害されなかった。

 ヴィデフトから道中一度屋外で野営した後にイューフェ=シェルコツェークヴァル領内へ入る。

 日差しによって雪が融けたり、固まったり。放牧中の馬と、この辺りでは珍しい馴鹿が雪を掘って草を探して食べる姿が見られた。牧人はハリキ人の男女で、放牧だけをするなら邪魔な小銃を担いでおり、こちらを確認するなり男の方が馬でやってきた。顔がこう、緊張してようが何しようが可愛い。なんだあれ、ほっぺたつねりたい。

「ベルリク=カラバザル様ですね」

 声は震えていない。ちんちんつねったらどうかな?

「そうだ。エーミ=ハリカイのか? ここらじゃ珍しいな」

「私はミイカ、当主サリシュフ様の妻の兄です。救済同盟でも共に活動しています」

「妻? 結婚の報せは受け取ってないぞ」

 え、お兄ちゃん何時の間にか嫌われちゃった?

「略奪婚なので正式ではなくて、最近のことで報告の頃合いが」

「おマジで!? あの野郎やりやがるな! ちょっとその可愛い義妹の顔も見せろよ」

「はい。エイミ!」

 ミイカが口笛を吹けば妹のエイミも馬でやってくる。内気の相か、いや、後ろに連れている一千の不気味な黒旗掲げた武装騎兵が怖いだけか。そりゃ怖いな。

 やって来る間は何もすることが無いのでミイカくんの頬をつねってみる。

「あの」

 アクファルもつねる。

「えお」

 エイミがミイカの隣まで来た。兄妹揃って可愛い。なんだこれ。サリシュフ、もしかしたら両方”頂いて”しまってるのか? そんなわけないか。

「サリシュフ様の妻、エイミです。初めましてベルリク義兄上」

「ベルベルお兄様はこの前の戦いでマハクーナ藩王の肛門をお棒で粉砕しました。生命に拘わる大量出血です!」

 アクファル、お前はいきなり一体何の心算なんだ。脅してるのか馬鹿にしてるのか何なんだ? 分からん。二人とも言葉に困っている。

「それはそうとしてエイミちゃん、サリシュフは良い男か」

「勿論です」

 即答。

「良し。馴鹿は地元から連れてきたのか」

「放牧中だったのでそのまま来ました」

「親兄弟は追って来たか?」

「追い返しました」

「えらい」

「ではベルリク様、ご案内を……」

「ここは俺の家だ」

 ミイカは息を呑んだ。おっと怖かったかな。

「エレヴィカとガキンちょ共は後列の馬車の方だ。妹を紹介してやれ」

「はい!」

 故郷は遠くなったか?


■■■


「どうかお願いします、サリシュフを殺さないでください」

 実家の門を潜るなり、亡父の後妻、義母リュクリルヴが跪いて命乞い。靴に口づけする勢いなので肩を手で止める。降雪の中、しかも喪服でされると尚更何とも言えない。

「そんなことはしませんよお義母様」

 エレヴィカがリュクリルヴを抱き起す。

「ほらお母様立って。妙な邪魔さえしなければサリシュフは元気です」

「エレヴィカ、本当ですね?」

「本当ですよ」

 お前、見て分かるくらい弱った実母になんてことを言うんだ。

「そんなことはしませんよ本当に。ほら孫が見てます」

 エレヴィカが「お婆様にご挨拶なさい」と養子と実子を混ぜて紹介を始める。ヤヌシュフの馬鹿はこれの母親はああいう奴で何がどうだと説明し始め、敬虔で貞淑な義母を困惑させる。

 親衛隊の野営はアクファルに任せ、ジルマリアとマハーリールに世話係のミクシリアも連れて墓参りに裏庭へ。

 墓石には聖なる種が刻まれている。そう言えば改宗済みか。

「マハーリール、お爺様に挨拶しなさい」

「どこ?」

「お墓だ」

「石にするの?」

「石の下だ」

「うーん、こんにちは?」

「うん、まあ何でもいいぞ。そうだな、最近何があったか報告してあげなさい」

「はい」

 ソルノク・グルツァラザツクの最期。気まぐれで乗馬に出掛け、少し家から遠いところで落馬した上に馬を逃がす。足を引きずりながら歩いて戻ってきて、風呂に入った時に骨折に気付く。そのまま風邪をひいて骨折と合わせて高熱を出し、拗らせて肺炎と下痢を併発。危篤の報を出すかどうか迷っている内に死去とのこと。何と言うか、普通の老人の死に方だな。

 無念だったか? 戦士として死にたい性分ではなかった。家の寝台で息絶えた。安らかではなかっただろうが。

「そういえばマハーリール、お爺様の顔見たことあったか?」

「あります」

「いつ?」

「ううん?」

「去年です。カラバザル様は遠征中でして」

 お世話係のミクシリアが教えてくれた。

「そうか」

 バシィールを離れていれば知らない内に親戚の交流はあるし、イューフェを離れていれば知らない者が住み着いている。遠くなったかなぁ。

 ジルマリアの方は父ソルノクの墓石に目もくれず、両親とヴェージル・アプスロルヴェがおまけで入っているフェンベル家の墓前で目を閉じて手を合わせ、少ししてからもう踵を返した。

「帰るのか」

「帰ります」

 マハーリールはもう帰るの? と見上げてきたので抱き上げる。

「お前はシルヴと会って貰うぞ」

「シルヴ?」

「父様の妹の夫の母親。ヤヌシュフおじ様のお母様だ」

「ううん?」

「シルヴおば様だな」

 ハゲはこの新しい言葉や概念に触れてそれは何だと考えこんでいる可愛い彗星ちゃんをチラりとも見ることなく去りやがった。デカいケツしてやがるくせにあいつなんでこんなに糞女なんだ。

「ミクちゃん君のおかげで助かるよ」

「ありがとうございます」

 返事はしたが何で褒められたの? という顔をしている。本当に助かる。三十歳若かったらケツ触ってた。


■■■


 関税同盟戦争と帝国連邦への勧誘が重なってイューフェからは古参の顔が減っている。屋敷にあいついただろ、と思った奴がいない。世代交代もあり、古い者達を管理職に置いて各所に配置ということが三重になって我が故郷を、自分から遠いものにしている。一番の要であった父が亡くなって更に遠い。

 家では子供達が騒いでいてマハーリールとミクシリアがそれに混ざる。人生の底に到達したような顔をした義母も喪服を脱いで騒がしさに気が紛れている様子。

 ヤヌシュフ一家の教育方針では具体的には家族間で競争させないようにしているそうだ。まずは産みの親からは完全に離して親同士の醜い”きったない”喧嘩を持ち込ませないことから始まる。実子長男シャルカードくんを特に優遇したりもしない。喧嘩したり泣いたりしているが概ね通常の家族同士の衝突の範囲内。陰湿さはこの時点では見えない。

 家主となったサリシュフは家の中で出迎えてくれた。外ではなく中、書斎で構えているわけではなかった。ビビっているかどうか分からないが「二人で話そう」と言ったら息を震わせて「はい」と言った。これは怖かったかな。

 父ソルノクの、今はサリシュフの書斎を指差して部屋をこちらから指定。何から話そうか。

「フェンベルの墓に来る奴はいるのか?」

「聖王親衛隊の方と、お忍びの方がたまに」

「名前は」

「お忍びですから尋ねません」

「誠実は美徳だな。遺骨の要求は?」

「尋ねられたことはありません」

 何だか心が苦しい顔をしているな。どうやったらこう、気分を安らかにしてくれるか。

「サリシュフ、お前のチビはいつなんだよ。女だけ奪って満足してんじゃねぇぞ」

「あちらの家が諦めてからと」

 略奪はしておいて、結婚が成立するような条件を諸々揃えるのはあちらの返事待ち?

「お前それは誠実じゃなくて糞馬鹿って言うんだよ。追い返したんだろ」

「まだあちらの家が決めた婚約者がいるそうで」

「その婚約者は来たのか?」

「こっちの東のハリカイではなく西のハリキで。エイミを連れて来たのはこの前で、西からは直ぐに発ってもまだかかるので」

 要らないところにまで中途半端に配慮してるのか。とりあえず手元に”現物”を確保して優位を保っているからどうにでもなると思っているのか?

「それはお兄ちゃん頑張らないとな」

「……何をなさる心算で?」

「サリシュフ、男爵位寄越せ。で、家令やれ。ここの運営も稼ぎもそのまま好きにしろ。肩書だけ寄越せ」

 サリシュフ、目を閉じて眉間に皺寄せる。

「国内居住者でなければ資格が得られませんが」

「それはエデルト人のヴィルキレクが決めた法律だ。守る必要があるか」

「議会が通しました」

「これで議会に俺が行けば敵と味方が割れて分かるな。で、この企みを聞いた時点で分かったことはあるか」

「黙っていろということですね」

「内通しても怒らないがな」

「分かりません。そもそも議席を持っていないのはどうしますか? この肩書には発言権がありません。ハーシュ公に代弁して貰うのは難しいですよ」

 一応のイューフェ男爵が定住的に主君とする東セレードの大貴族がハーシュ公。セレード継承戦争後の戦後処理で”ベラスコイ大公”が解体されて組まれた関係なので互いに恩も奉公も無いようなもの。遊牧的には特に関係が無い。

「分からんことをやるのは難しいな。さて、俺一人でそんなことをするには大変な力技になる」

 息を吸って室内で「ヤヌシュフ!」と大声を出せばズダダダと走って扉を開けてやって来る。わんこ。

「はい、義兄上!」

「俺のことどう思う?」

「セレードの男の鑑です! とっても偉くて尊敬してます!」

「おおこの野郎! なあ、セレード議会に出るときに席足りなかったら、お前ならどうする?」

「私が義兄上の分も運びます! お母様の隣ですね!」

「おおこの野郎!」

 ヤヌシュフが献身的で可愛いので頭を撫でる。喜ぶ。首も撫でる。喜ぶ。

「しかしどうやって議会を? 年次のは夏ですが、まだ先です」

「今からシルヴのところにいく。召集令出させる」

「今って」

「子供は置いて今からだ。一緒に来るか? あ、ウガンラツにいるよな?」

「そのはずです。それと私は一緒には行けません。政治活動しながら救済同盟を運営出来るほど器用じゃないので」

 慎重。日和見というより割り切りか? 争いの外にいたいのか。救済同盟の弱者救済の視点ならばそれが適当か。

「分かった。しかしハリキの兄も妹も随分と可愛い子ちゃんだったな。ちゃんと守ってやれよ」

 はいとも言わず、サリシュフが噛み締めたような口になる。

 あれ、これも怖いか? サリシュフがよそよそしくならないようにするにはどうしたらいいんだ?

「誤解があるようだがサリシュフ、俺はな、お前と仲良くなりたいんだぞ。こんな感じ!」

 ヤヌシュフを転がして腹を撫でる。喜ぶ。

「ベルベルお兄様はこの前の戦いでマハクーナ藩王の肛門をお棒で粉砕しました。生命に拘わる大量出血です!」

 扉がバーンと開け放たれ、帽子と服に雪を乗せたままアクファルが屋敷内に響くように言った。お前はいきなり一体何の心算なんだ。

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