第446話「黒軍」 ベルリク

 アソリウス島の生活は伝統的で宗教的で変化に乏しいらしい。ヤヌシュフのガキんちょ軍団が――教育方針で船に慣らされているので酔い無く元気――マリオルに上陸してからはしゃいでいるのを見ていると分かる。昔を思い出せば、シェレヴィンツァにシルヴが連れて来た旧騎士団の連中は田舎もん丸出しだった。

「なにあれ」

「あれなに」

「これどうなってんの!?」

「どうなってんのこれ!」

 教育方針は自由放任。人前ではしたない態度を取るな、などと厳しく躾していない。エレヴィカはそれを見て「遠くに行ってはいけませんよ」と言って、使用人達には距離をつけて見守らせる程度。自分が生んだ子供だけは我が身から離れないようにしているがこれは年齢が理由。

 初子のシャルカードくんは五歳になったばかりの、伝説的な初代セレード西王にして東大頭領の名を持つ男の子。その弟に妹達は母離れには遠い歳。

「デッケぇ! あれデッカい!」

「火ぃ噴いてるのデッケぇ!

「車が馬無しで動いてる! 煙吹いてるスッゲぇ!」

「生き物、生き物いっぱい!」

 ヤヌシュフの私兵達の中で、大人になっても頭は子供のままっぽいのが騒ぐ。港から見える鋼鉄艦対応の乾船渠と重量物吊り上げの蒸気起重機、海軍兵器工廠、蒸気機関車が牽く貨物列車、島ではあまり見ない獣人や役畜。

「義兄上! ナシュレオンにああいうのが欲しいです! デッカくて鉄鉄してゴーンでボーンの!」

「良い子にしていたら神様が導いてくれるかもしれないなぁ」

「ホント!?」

「ホントホント」

 ナシュレオン港で、別便で別れてしまったカルタリゲン中佐にこの話を聞かせたら面白い顔が見れただろうに。

「エレヴィカ聞いた!?」

「まあヤヌシュフ様、楽しみが増えましたね」

「うん!」

 エレヴィカは会わない内にこう”転がす”のが上手くなったように見える。文通の印象と顔を合わせた記憶を探れば何か違うが。少女と母の違いは大きいというところか。

 時間に余裕があればマリオル軍港の見学でもさせてやりたいが、今はとにかく早く動く。そうしろと蒼天の神が囁いている。稀なる好機を掴む時だと耳に届いている。

 入港早々に出した伝令が戻って来た。

「総統閣下、奥様とご子息は修理が終わった船の試験航海に出られていて、お戻りは明日とのことです」

「分かった。手紙残しとくか、ちょっと待て、今書くから」

 アクファルから紙と筆記用具を受け取り、どこで書こうかとちょっと迷ったら「義兄上どうぞ!」とヤヌシュフが背中を向けたので借りた。父の訃報、一家でイューフェに行くこと、長期滞在の可能性、”政治行動”をする可能性を書いて伝令に配達させる。

「何だこの便利な背中は!」

「わっ、義兄上っ、きゃー!」

 背後からヤヌシュフに抱き着いて金玉掴んで揉む。

 それから鉄道駅へ移動。急な帰国だったので臨時列車の用意は無い。通常の旅客列車の予約を取る。それから通信局に行って”ラシージと全長官集合”と電報送る。

 宿を借りて休憩する程には待たないので発車前の車内で早めに席へつく。食堂車の用意が出来ていないので、駅長に適当な店から出前を取ってくれと言って皆で食事。突然のお偉方の団体注文に目を回しただろう店の主人が額に汗して「ご利用下さりありがとうございます」と挨拶しに来たのが気の毒。自分の名前を使わないで買いに行かせろと言っておくべきだった。

「労働のよろこびー!」

『規定労務量の達成!』

「労働のよろこびー!」

『成果目標の達成!』

「労働のよろこびー!」

『革命的物流闘争への勝利!』

「勝利の秘訣は健やかな身体と革命精神から! マトラ軍体操用意! 三、二、一、はい!」

 休憩明けの妖精の鉄道員が整列して、車長の号令で気合を入れてから体操を始める光景が車窓から見える。ヤヌシュフの子供達が体操を真似る。

 何時か誰かが死ぬ。然程に壮健でもない父が死んでも不思議が無く、悲しいも無い。むしろそれがもたらした機会に、幸運かもしれない兆候を捉えて掴めるのではないかと気が高ぶっている。

 気力体力衰えぬ全盛期である内に、朽ち果ててしまう前にやらなければならないことがある。

 自分が死ねば帝国連邦の勢いは確実に失する。再度盛り返すことがあっても一度は下る。

 人口大国を破壊しなければならない。我々遊牧民の斜陽は遠ざかったが、まだ彼方で見えている。消えることは無さそうだがまだ近い。

 個人的には、この手の垢がついて引き裂かれていない大国など許せない。アッジャール、ジャーヴァル、天政、エグセン、オルフ、ロシエ、ハザーサイール、タルメシャにて大きな破壊と殺戮をもたらした。

 エスナルと新大陸は遠く、そうしたいと思う怨恨を持つ者は別にいる。

 フラル北部は一度横断したが決定的ではない。中部聖都が手つかず!

 エデルトは完全に手付かず!

 魔神代理領中央は……散々に搾り取っているが。

「兄上兄上」

「うん?」

 エレヴィカが声を掛けてきて、ただ笑う。どうも、考えていることが同じという念波が飛んで来た気がする。

「お兄様お兄様」

「うん?」

 アクファルが声を掛けてきて、何も言わない。おっこいつ、嫉妬しやがった!


■■■


 列車はバシィールに到着。ヤヌシュフ一行は一旦宿に預けてこちらは総統の仕事。

 ルサレヤ魔法長官、ゼクラグ軍務長官、ジルマリア内務長官、ナレザギー財務長官、ジュゼク法務長官、国外軍副司令ラシージを会議室に召集。アクファルはお付きで。

「アクファル、親衛隊召集。直ぐに葬儀へ連れて行く」

「はい」

「ラシージ、国外軍を正式にベルリク=カラバザル個人所有の私兵として再編して即応待機。量より速度重視、正規軍に戻せる分は戻せ。それから大陸宣教師スカップとの面談調整、セレード内がまずいなら一旦国境まで戻る。例の新型化学剤と専用防護装備と使用訓練を即応待機組の騎兵に、骸騎兵隊からさせろ。私兵だから国旗は掲げさせない。追従する義勇兵が真似しやすい単純ですぐに用意出来る意匠がいい。生地の良い物を直ぐに調達出来た方がいいから国旗流用だな、装飾文字入れる前の一色黒染めのものを使えれば早いと思う。調整してくれ。で、周辺地域で黒一色の旗を使っている集団はいるか? 俺の記憶にはないが」

 ジルマリアが発言。

「ヤガロ人が弔旗に使うことがあります」

 ルサレヤ先生が発言。

「戦旗としてなら”魔帝”イレインが一時期使っていた。倣って真似る集団は細々いるが公式ではいないと思っていい」

「じゃあ問題無いな。”国外軍”呼称を改めて”黒軍”とする。”黒旗”と同じように分かりやすくして、呼称も固有ではない普遍的で弔意的にすれば共感が得やすいと考える。国家民族色は消し、祖先に遡る復讐軍団としての属性で行けば作戦先でエグセン人すら迎え入れる素地になる。我々も恨みを買っているがエデルトも歴代積み上げて中々だ。直近でも関税同盟と人狼でやらかしているな。”黒軍”も使って義弟のヤヌシュフをセレード王位につける工作をしにいく。同時にアソリウス島嶼伯をエデルト臣下から引き剥がす。あくまでセレード国内問題として動くようにするから、総統としてではなくイューフェ=シェルコツェークヴァル男爵として当面行動、その心算でいてくれ。まずは弟のサリシュフに男爵位を寄越せと言いにいくところから始めるから、経過は随時報告する。ヤヌシュフにはまだ王位につけるとは言っていない。あれは馬鹿だから顔と態度と口に出るから駄目だ。そして総力戦用意」

 この用意は今までのような演習とは違うことは皆がもう分かっている。今更驚くような顔は……ジュゼク法務長官が、俺って場違いじゃないの? と緊張しているぐらいか。

「ナレザギー」

「金備蓄を開放すれば緒戦は安全運転でいける。以降はいつもの国債漬け。占領地に経済負担乗せる計画は出来てる」

 価値がある内に金を売りまくり、ベーアの金庫をくず籠にする。

「ジルマリア」

「戦時生産、配給体制への移行は問題ありません」

 マトラ共和国のある種延長線上にある帝国連邦は、平時からそういった体制にあるので齟齬が少ない。発足から戦時じゃなかった期間の方が短いか?

「ヤヌシュフ王を認めまいと即応出来るエデルト軍が介入してくることは間違いない。その時、行けると思ったらベーア帝国に宣戦布告すること。セレード貴族がどれだけ協力するか、第一に大頭領シルヴがどれだけ動くかは未知数だ。王位どころではないかもしれない。やるかやらないかは任せる。確認だが、龍朝天政とベーアは協力関係だが同盟関係ではないな?」

「公然の同盟関係は無い。秘密条約の情報は無い。先のリュ・ジャンの乱での行動と、その後の国内の動きからも積極介入の姿勢は見えない」

 外交担当、秘書局長としてルサレヤ先生が発言。

「予定する戦争は、セレード対エデルト、帝国連邦対ベーアとその同盟国の構造にする。四国協商と魔神代理領へ攻撃参戦は基本的に求めない、する義理に大義名分も無いし、それを作っている時間も無い。参戦してくれるとすればこちらが圧倒的優勢になって敗北は無いだろうと確信される段階になってだな。それよりも東方より龍朝天政が背後を突きに来た時、防衛側として動いて貰うことに期待する。そうなれば攻撃が難しい。仮に履行しなくてもするのではないかとあちらに疑心を抱かせ続けるように関係を深める努力を。ゼクラグ、開戦前提に協商各国、イスタメル州と軍事演習は可能か」

「相手の都合さえつけば、小規模なら即時可能だ。ランマルカとは、極東艦隊以外は時間が掛かる」

「全部開戦前にやってくれ。広報重視、実態より大きく見せてもいいぐらいだな」

「了解だ」

 におわせ、疑心暗鬼にさせ、慎重にさせる。

「オルフとマインベルトにイスタメル州はベーア帝国の反撃経路を限定する盾になって貰う。現状、あちらと国境を接するのはマトラ低地と山脈要塞線だけ。低地住民は消滅前提でいい。あちらが戦火の拡大を望まなければほぼ一方的にこちらから攻撃し続けられる。要塞外にあるここバシィールの疎開は準備しておくように。ベーア内部の分断は共和革命派の支援と、ヤガロ人や反エデルト勢力は融和的に、独立支援工作も混ぜて硬軟合わせる。最善例の一つはヤゴールのラガ王にブリェヘム王国筆頭のヤガロ文化圏の王を兼任させて窓口を絞ることだがそれは”出来れば”でいい。婚姻政策を取ることになるだろうからあちらの姫でも王子でも取れるように親族へ席を空けておくよう通達。単婚文化だからそれに合わせるように言っておいてくれ。それからバルハギン統の祭りがそろそろあるな……日時は何時か連絡あったか?」

「蒼天歴の六百八十三年から新年四年を迎える、鷹座の主星が不動の極星と縦軸で交差する夏の夜です」

 アクファルから。

「おっ、お前知っていたのか」

「何でも知ってます」

 何でも? 笑えて来る。

 集会と開戦が被るかなぁ。決起集会にさせるよう情報をやるのはセレードでの進捗次第だな。クトゥルナムの結婚もあるなら、機会にヤゴールも集団結婚しそうだな。早めに連絡、いや、もう大体婚約するならしているか。離婚命令は人情が無いな。事情をラガ王だけに通達……一人だけ秘密を持たせるのは団結を弱めるな。うん?

「そもそもヤゴールってバルハギン統だったか?」

「娘は貰っていますが男系ではありません」

「そっちか。招待されてるか?」

「されています」

「ラグト王、クトゥルナム、ラガ王にヤゴール・ヤガロ人王族、貴族との単婚による婚姻政策の可能性ありと通達。総力戦用意と一緒に。祭りはたとえ開戦直前、直後でも中止する必要は無し。東方の軍はどうせ三番、四番手だ」

 後は、あまり細かく言うことは無いか? 今までこの時のために準備を続けて来た。やれることをやり尽くす以外に何がある?

「義勇兵と武装移民の受け入れ用意は順次、戦果次第でエグセン地方に入れる。龍朝から募集かけられるならかけてもいい……」

 十分な準備がされて、しかし急な思い付きといえばその通り。後出しで言葉が出てくる。

「とにかく、まずは俺が男爵位を取らんと始まらない。速度が必要だ。もう出発する。細かいところは全部任せるぞ。ジルマリア、お前の両親の墓参りくらいしに来い。直ぐ帰っていいから」

「……それぐらいなら」

 ジルマリアの両親の墓は自分の実家にある。前ブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェ入りで。墓参りは故郷から離れているせいかやろうと思うことが無かったな。

「それで、宣戦事由は何にする?」

 自分が不在の時、総統代理であるルサレヤ先生が布告を出すのだ。これも忘れていた。

「ベーア帝国の破壊」

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