第2部:第12章『怨恨』
第445話「訃報」 第12章開始
手紙の往復ではどうにもならない案件というものがある。相互の距離と常識が離れている程に意思疎通が難しい。近くても圧力を掛けなければ本音を出さないこともある。
ベーア皇帝ヴィルキレクより勅命大使としてアソリウス島へ自分は派遣された。手紙の内容に順じたことを聞き直すだけでなく、巧言で本音を引きずり出し、顔色声色から言えないことを探る。遠路航海の郵便配達人如きにどこまで期待してくれているのか。
「新施行された行政法を伝えに来た官僚が逮捕された件についてお聞きしたい。また何の罪を犯しましたか?」
「逮捕はしていない。税率変えるとかイスタメル州との条項破棄しろってうるさいから帰れって言ったら帰らないから出禁にした。まだ帰っていない?」
「ヤヌシュフ様。彼はその後に不法侵入罪で逮捕しまして、エデルトに強制送還する手続きの最中です」
「そうだったのか! だそうだ」
領主ヤヌシュフ・ベラスコイは本気で言っている。その隣に座る夫人エレヴィカは……蛇か狐か。実権を握っていると公言せず隠さず。
「フラル船籍のみならず、本国船への検疫基準が大幅に厳しくなった件について理由をうかがいたい」
「真の人狼ってきったない化物いるだろ! あんなの送り込んで来たらぶっ殺すだろ! 中佐もそう思うだろ」
「個人の感想を述べる立場にありませんので」
「ああそうか! そうだよな」
「私が知る限りでは送り込んでいません」
「ああ!? 言っていいのそれ」
「知る限りではー、です。隠れていたら知りません」
これに反論は無い。散々にエグセンで猛威を振るった後で、自分もあの化物は嫌いだ。臭くて人食いで根性が暴力を握った人間のままという醜さ。宗教道徳もそれに準じて最悪。帰路につくまえに船倉を調べて抹殺して貰いたいぐらいだ。
「アソリウス島嶼伯の書類ですが、ベーア帝国ではなくセレード王国臣下と書類に記載している件について。エデルト王国法の下に、その臣下としてアソリウス島嶼伯領が設置されていますのでお間違えの無いようにお願いします」
アソリウスの狐がヤヌシュフ卿の手に手を重ねる。
「ヤヌシュフ様はセレードの男です。セレード大頭領であるシルヴ様の後継であります。エデルトの臣下のはずがないではありませんか」
「そうだ。アソリウスはベーアではない。誇り高きセレードである!」
「いえ、ベーア帝国下位のエデルト王国下位ですよ」
「いやいやいやいやいや」
「いえいえいえいえいえ」
女が君主を惑わして国を傾けるというのは伝説か、尾鰭の付いた噂、後の王朝が前王朝を貶めるために作った話と思ってきたが、こんなあからさまな!
「お話の最中失礼します。訃報でございます」
「わたくしが」
エレヴィカ夫人が、謁見室に入って来た額と服に汗を見せる伝令から手紙を受け取って読む。表情は変わらないが、
「父上が亡くなられました」
と言った。ソルノク・グルツァラザツクのことである。イューフェ=シェルコツェークヴァル男爵で、個人とその領地は全く取るに足らないが、その血縁が大事を引き寄せる。
「義父上が!?」
なんという時にそんな訃報がやって来るのだろう。
今度は伝令ではなく下男。客人到来の雰囲気だが、謁見中に割り込みをさせるだけの人物など早々この島を訪れるのかと疑問。
「ご領主様、ベルリク=カラバザル様がお越しです。お通ししましょうか?」
「何!? お待たせしてはいかん、お通ししろ」
ベルリク=カラバザルが登場。何故、ここに、今、どんな嗅覚だ!?
「ヤヌシュフ会いに来たぞ! 早馬の尻が見えていたが何かあったか?」
「義父上が亡くなられました! エレヴィカ、そうだよな?」
「兄上、これを」
ベルリクが手紙を読む。読み終わったところでこちらの顔を見て、同情っぽく一瞬笑う。ここから情報将校として色々読まないといけないが、こいつならどんなトンデモをしでかしてもおかしくないとしか感じ取れない。”何が起きてもおかしくないので注意してください”と報告したら怒られるか?
「直ぐ出るぞ支度しろ!」
ベーア帝国臣下に対し、帝国連邦総統が当たり前のように号令。父の訃報を悲しむ素振りも、妹と感情を分かち合う抱擁も無く、その死体を薪にして一発燃やしてやろうという熱気しか見えない。見えた、これを報告しなければいけない!
「はい!」
ヤヌシュフは直ぐに駆け出し、家令に手振りと「ナシュレオン!」と一言だけで指示。今日一日、義兄を歓待してという雰囲気は全く無い。海軍に船を出す指令が出された。奇襲の機会を見つけたと声色が言っている。
エレヴィカ夫人も部屋から廊下へ顔を出し、控えていた召使い達に声を掛ける。
「子供達に出港の支度を、家族でセレードまで行きます! 出かけ前に食事を!」
自分も急がねばと、エレヴィカ夫人に一礼をしてと背を向けると襟首を掴まれた。こちらも海軍に船を早く出して貰わないと大変なことになると思っていた。
「中佐もお食事していってくださいな」
「用事が立て込んでおりまして」
「まあまあまあまあまあ」
「いえいえいえいえいえ」
鞘入りの剣を両手に持って杖のように突き、出口に胸甲歩兵が立った。旧騎士団の伝統が合わさり巧言に耳を貸さずと、傷の顔と太い首が言っていた。
仕事に出る前、母親に”あんたまだ結婚できないのかい?”のと言われた。こんな海外飛び回って、こんな場所に出入りしていて結婚など出来るか。
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