第443話「こうばしい」 ベルリク

「失礼します」

 開いた扉の外、冬の寒い廊下。昼間から夕方当番への、妖精衛兵が監視方向が一瞬でも見えなくならないよう儀式舞踏めいた動きで交代する中、湯上りの彗星ちゃんが全裸で走る。ちいさいちんちんぷるぷる。

「こら待ちなさーい! 風邪ひくでしょー!」

 肌着のミクちゃんがちいさいおっぱいぷるぷるさせて手拭いと服を持って追いかける。

 我が息子ながらなんて羨ましい奴だ。男の夢二十選があったら入ってるぞ。

「いかがでしょうか?」

「何がだうるさい。閉めろ」

 次期正統聖王親衛隊隊長ヨラン・リルツォグトがこちらの総統執務室へ入り扉を閉める。こいつはもう見た目も少年と呼びたくない年齢になった。

「それで」

 アソリウス島嶼伯ヤヌシュフについて報告を受ける。

「ベーアの宮廷も議会も困惑しているようです。アソリウス卿による”いわゆる暴走”の件に関しては、議会ではなくヴィルキレク帝個人から半公式の質問状を出すということで決も記録も取らぬ議決がされました。事故が無ければ今は洋上でしょうか。半公式の立場を取ったのは事を荒立てない意図があります。議会からの、完全公式の、という形式を取った時に反発されれば反逆罪が適用されかねません。彼の性格を考えると徹底抗戦でしょう。島相手に手こずれば出来立てベーアの名誉失墜が中央統制を揺るがします。ましてやベラスコイ家のセレード人領主となれば突きたくないところまで刺激されます。どこぞの軍事大国が怪しい中で隙を見せたくはないでしょう」

「これを機に粛清に繋げるような素振りはあるか?」

「怪物の方の人狼を乗せて出港したという報告は現在ありませんが、可能性はあります。首を切らずに権限を削るような謀略は、閉じたあの島では難しいように思えます。公職員のように馘首とはいきませんからね」

「反応を見るか? いや直接本人に聞くのが早いな。馬鹿正直にあらましを喋ってくれそうだ」

「閣下とあちらの関係を考えればそれが早いかと。加えて妹君のエレヴィカ様にも個人的にお尋ねになれば真実が明らかになるかもしれません。噂によればエレヴィカ様、ヤヌシュフ様に”轡”を嵌めて御しているなどというようなお噂を聞きます。有ること無いこと吹き込んで、どこぞのお手本の背中を追いかけるような作戦を立てている可能性が指摘されます」

「あいつ女に甘かったのか?」

「閣下のご威光の賜物でしょう」

「ほう」

 アソリウス島嶼伯国とイスタメル州の防衛協力体制もアッジャール侵攻時には良く目的を達した。我々が西方の便利な傭兵から最大脅威に転じた時からそれも陳腐化したはずだった。

 ”西方危機”時には主君と敵対してでもイスタメル州を勝手に守ろうとした。これは反逆行為で迷惑行為。愚直ですらなく馬鹿の独断専行にも見える。

 目的を持って”馬鹿をした”ならば本当の”西方危機”が訪れるか? ベーア帝国を挑発し、魔神代理領に媚を売る。島ごと寝返るだけでも大事であるが、それだけで騒動は終わらないだろう。

「もう一件、よもやま話です。ゼオルギ王との婚姻は無効とされたウラリカ殿下がこの度修道院にて処女が証明されたので、半ば再婚ではない形で結婚相手探しが始まっております。瑕無しですが二十二歳新古品といったところで面白い話になるかは分かりません。一応ご報告を」

 ウラリカ親王。この前産まれたと聞いたばかりのような気がするのはジジイになってきた証拠だ。

「ちょっとこっち来い」

「はい」

 ヨランの両頬を抓って伸ばす。可愛くなるかと思ったがニヤつきやがって糞生意気なままだった。


■■■


 長官級を集めて閣僚会議を開く。今後の大規模作戦実行の可能性について、という題目。

 魔法長官ルサレヤ、軍務長官ゼクラグ、内務長官ジルマリア。新参の法務長官ジュゼクは正直この話し合いで何かしたり決めたりする領分がほぼ無いので話を聞くだけである。仲間外れにはしないが、法律編纂や憲法準備が仕事の人に戦略を語らせる口は無い。参考意見があったら聞くが、法学者は法学者である。

 そして財務長官ナレザギー。ジャーヴァル帝都からの帰還を待ったのでこの冬にずれ込んだ。

 ナレザギーからの報告が重要である。ジャーヴァル、帝国連邦の裏庭が安定していれば強力な策源地として我々を肥えさせてくれる。不安定では柔らかい腹になって弱点と化す。

「財務長官から」

「ジャーヴァル帝国の中央集権化は軌道に乗り始めています。問題となるのは予算と南部パシャンダの動向です。

 予算の前に、即時に諸藩を牽制するためにマハクーナ藩王の宗教軍が活動しますが、国内が先の決戦で疲弊していて身動きが取り辛い。シレンサル中央総監が支えますが、ここには即金を入れたいので予備費を直接投入しました。しばらくは使いたいと言われても少額でなければ困ります。

 初動としては帝国連邦としてジャーヴァル国債を買い入れることにより当面の資金と信用を与えます。こちらが買うことで後支えがあると財界に示します。話題性も加味してイサ帝国印の金地金で支払います。これで鉱脈まで想像させるような備蓄を見せびらかして将来性を示し、投資家達に手を引かせない雰囲気を作ります。

 中期的には皇帝直轄地域における戸籍の把握、いわゆる最下層民の市民化、賃金労働の義務化で安定財源を確保する流れを作ります。この改革で躓くようであれば中々厳しいことになりますね。

 長期的には親衛隊と宗教軍の兵力、財界からの金融圧力で北部諸藩の反抗を抑えながら権益剥がしを始めて廃藩置州を行い細分化されていた領土を一元化します。短期で成果を出そうとするとかなり急進的ですが、徐々に地歩を固めるようにする計画です。南部パシャンダ諸藩に対しても北部に続いて行われます。

 パシャンダ諸藩の希望、独立運動の中核であるザシンダル立憲革命党への対応については大幅な譲歩と言う形で決着する可能性があります。名目だけジャーヴァル帝権に伏して完全自治を獲得し、御前会議への出席権も得て、しかし衝突回避のためには皇帝でも藩王ではなく大王程度の称号で留めるという案があります。マハクーナ藩王が聖地守護者号を得て特別な存在になって中央へ協力するようになった前例から、類似の称号と権限で強力な味方へと転じて諸藩糾合へと徐々に進む計画です。このあたりはまだ内々に、水面下で交渉中というところです。

 どこまで本気でザシンダルが独立を唱えているかが探り切れていませんね。あの曲者タスーブの息子となれば腹が読めません。そういう評価です」

 柔らかい腹が固まるのはこれから。固まった後に”力余り”があれば協力や善意を”お願い”したい。

 イサ金の備蓄開放は面白い話だ。金相場が乱下するという懸念から隠し玉扱いだったやつだ。出しどころは今なんだな。

「内務長官から」

「国内生産だけでも長期孤立に耐えられる状況です。ランマルカから技術導入した化学肥料が特に目覚ましく、食糧生産については穀物価格の国際統制すら可能と見込まれます。

 海洋貿易は、依然として我々だけで十分に行うだけの海軍力と商船がありません。目下協商国や魔神代理領頼みになっています。平時か優勢戦時は頼りになりますが、落ち目の劣勢戦時に不安が残ります。

 極東方面軍司令クトゥルナム主催でバルハギン没日を記念して王族級縁者を集める計画が発表される見込みです。準備状況から古式の最高意思決定会合を模して都市内ではなく郊外の大天幕で行うものと見られます。国事ではなく全て個人の出資で、場所は東西中間地点が良いという名目でラグト王都アスパルイ近郊。特別協賛がラグト王ユディグで、その娘とクトゥルナム司令との婚約発表か結婚式も同時に行われる可能性があります。国内最大派閥の結成式典になる見込みです。反戦、反中央政府的な言説は確認されておりません」

 国内経済は順調で穀物生産が想像を越える可能性。海洋貿易は現状どうしようもないから他人頼りの方針で突き進むべきか。

 国家内国家のような振舞いをしそうな集団が、自分が提案した通りに出来始めている。勝手に出来上がる前に口出しをしておいたことで牽制になるかどうかは未知数。”なってしまう”時はなってしまうものだ。

「軍務長官から」

「正規軍八十万、新式装備への転換という要素が無ければ準備万端だ。兵器生産体制の拡充、装備転換訓練、並行的に兵器能力向上に応じた新操典、戦術を研究しなければならない。これは仮想敵国も同条件だ。

 ランマルカで新型化学戦用薬剤の開発の目途が立っている。従来より強力な分、専用防毒装備やそれに見合った戦術、投射兵器の研究がされなければならない。

 新大陸情勢について。クストラ南北戦争終結の見込みがつき、あちらが戦時体制で回している生産能力をこちらに回す計画が立っている。失職した傭兵の斡旋も出来ると聞いている。

 新旧大陸連携作戦が可能な見通しがついた。ペセトトによる遷都を伴ったエスナル侵攻が始まっている。ロシエによるエスナル支援が見込まれ、その間はベーアとフラルに助勢する余裕が無くなる。

 エスナルとロシエの負担が新大陸に向かえばイバイヤース魔王軍の攻勢を助けられる。北大陸上陸が可能な段階に至れば更にベーアとフラルに助勢する余裕が無くなる。現在、我が国の兵器が北部同盟、イサ帝国経由で魔王軍に輸出されている。ハザーサイール内戦の経緯で直接国交が無かったが、改めて結び旧式装備と生産設備の直接輸出に技師の派遣を提案する」

 技術は日進月歩、全部揃ったと思った時にはもう旧式化。いつでも準備万端とはいかないのが辛いところだ。

 新、南大陸との西方世界同時攻撃の可能性が示されている。これは”こうばしい”。ちょっと、嘘を吐かれてるんじゃないかと思うぐらいだ。

「魔法長官から」

「アソリウス島嶼伯ヤヌシュフ・ベラスコイからウラグマ州総督へ魔族化が可能かという打診があった。義母のシルヴ大頭領の前例に倣いたいと考えているらしい。あの島ではそうなることが――前総長の代からとも言っていい――正統性を担保する手段の一つとなっている。

 今の魔導評議会における方針ならば、エデルト臣下から離れて共同体傘下に入れば力を継ぐことを許可される。私の見立てでは”魔剣”ネヴィザ殿が適当。島嶼伯の無邪気さを考えれば議会を無視してでも離反を企てる可能性がある。独断、暴走されるぐらいなら先に義兄が制御した方が良い。

 アソリウス島が傘下に入るとするならば、憧れの総統を慕って帝国連邦に加盟したいと申し出る可能性がある。エデルト、セレードそしてベーア帝国全体に動揺と混乱が起きた時にどう制御、介入するかで初動が決まる」

 ヨランの情報と合わせる……大暴れがしたいかヤヌシュフのガキんちょめ。気持ちは分からんでもない。やりたいことも出来ない島に閉じ込められながら、自分みたいにあちこち走り回ってぶち殺してぶち壊しまくっているとお話を聞いていれば燻る。しかし、制御か。どうする? 後で訪問するか。

 次に”法務長官から”とは言わない。そんな意地悪ではない。

「皆さん大変参考になりました。まずは魔王領に外交特使を派遣して国交を繋ぎましょう……ところで先生、”騎士道死せり、皇道捨てり、魔法自在、故に罪無し”への返しってどんなのがいいと思います?」

「それはイバイヤース殿下か。義務から解放されて嬉しかったようだな」

「分かります? たぶん、無記名でしたが」

「四行までは正直。隠しの五行目は、やれるものならやってみろという意味だな。少年みたいだ。ふふふ、頑張って友情を築いてみろ」

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