第442話【たぁーいぃーよぉーおぉー!!!!!!!!!!!!!!!】 ツキメ
新大陸西海岸の気候は良好ながら、入植流刑者を扶養するための都市田畑開発が足りない。山野海川でいかほどの糊口を満足させられるだろうか。狩猟、漁猟では安定せず、またいずれ食い尽くす。
龍朝統治時代に築かれた旧新境道の街並み、灌漑、田畑はランマルカが破壊した後。当事のわずかな生き残りは現地人に溶け込む。溶け込める程度にしか残らず、当事幼子であったのならば記憶すら無い。
鉱石の露天掘り場はそのまま使えて貴重な外貨獲得手段になるが流通経路が限られる。商人には足元を見られているそうだ。
流刑されて夏に到着した時、先行入植していたアマナ人が作った稲田の風景には熱いものが込み上げる気分であっても現実が冷ます。彼等でさえ食うや食わずの中、厄介な流刑者など受け入れては飢え死ぬ。同じアマナ人でさえも歓迎されない中、ましてや天政の黄陽門徒となれば外敵と同視。
少ない食べ物と居住地を巡りこの異郷、新たな故郷にまで来て殺し合いはしない。しないと宇宙最高師範が仰ったのだ。
おいたわしやリュ・ジャン老師。天命失い宇宙天力太上黄陽最高帝号も返上し、下々に頭まで垂れて闘争を防いだのだ。
億千万歳とまで号された方がそのような、と引き留めようとしたが”人は痛い目を見ねば学べず、知らねば学び方も知らぬ”と仰った。顔と右腕を失い、若くして老人のように杖を突く。ここに来て天力まで失ってしまうのか。
流刑者である我々は、女房子供を置いてランマルカ小人の斡旋で傭兵稼業に出る。クストラ南北戦争に参加し、その金で龍朝とアマナから米を買うのだ。
買い続けるためには戦い続け、新たな故郷に負担を掛けぬよう外に居続ける。開発が進み、大勢で住めるようになるまで。消え失せ、魂魄が金銭に代わるまで。
秋には準備も整い、旧新境道改め、新境自治州から我々は船で南下。北の寒気から逃れ、夜が肌寒い程度のペセトトという小人の帝国領に西岸の入江から入国した。
その帝都モカチティカという汽水湖に浮かぶ古代遺跡のような、小さな石造寺院らしき何かで閑散としていた。宗教儀式専用の霊場に見えた。
ここからは帝国連邦の工作員が案内役を務めた。愛想の良い西方遊牧青年のジールトと黒い犬頭、呪術師の三人組。
帝都周辺の人影はまばらであったが、ややしばらく東に進めば横倒しの丸太が回る道を巨石の列が進んでいた。仮装する現地小人が祭囃子の勢いで手押し綱引きで行進。
行列は幾本も合流して大河の流れと化す。見渡しの良い場所から眺めれば数十万人では済まないだろう。動けなくなった老人、怪我人などが食肉にされていくので減っていっているようだが次々と小人が参加し衰える様子が無い。
巨石は建材用に整形済みである。また彫刻師が行進の最中にも装飾を入れ続けている。
「おにいさん! これがカエルさんです」
「ケローン、ケロヨーン!」
毒々しい赤と青の色彩をした蛙の仮装した小人をジールトが老師に紹介してきた。意味は分からないが跳ねている。
「うむ」
「次はサカナさんです」
「パクパクン、パコーン!」
熱帯の魚もまた極彩色と聞く。観賞用の魚のような仮装の小人は身をくねらせている。
「うむ」
「次はトカゲさんです」
「バックー、バクッポー!」
南方の蜥蜴はまるで鳥のように鳴く。このペセトトの地に来て実際に耳にしている。
「うむ。して?」
「うん!」
ただ紹介しただけらしい。
食いはぐれは無かった。老師が「背が高いだけの小人ではあるまいな」と疑った案内人のジールトは小人共とも言葉が通じる以上に非言語会話が器用で、傭兵団一つ分を難なく確保してくるのだ。
どのような兵站で可能とするか眺めれば、街道沿いに畑と牧場と食糧庫が並んでいる。今日この日のために準備がされていた。
■■■
山脈に大穴が開いた大奇岩を抜けて東へと巨石行列と共に進み、山を潜り、峠を越え、川沿いに下って流石に熱帯でも夜が寒くなる冬になった頃、ようやく海が見えた。港町があり、ランマルカの蒸気船も見える。
海上には三角柱に近い形の石造島が点在しており、摩訶不思議の海上都市が見られた。帝都が閑散としていたのはここへの大移住の結果だろう。それにしても非合理に見えるが。
ここに来て仮装の小人ばかりではなく、歩く木偶人形、寝転がればほぼ球形の大山猫型石人形に、何とも形容しがたい幾つもの獣を混ぜ込んだような怪物も姿を見せる。
「はい天力傭兵団の皆さん、ここがチラテナ港です! ここから北に向かうとクストラ南軍の南面に出ますが、歩きだとメチャ遠いので船に乗って貰います。でもでもまだまだお迎えの船団が到着していないのでここでしばらく待機して貰います!」
自ら手を挙げる。
「質問があります」
「はいそこの目が細くておケツの素敵なおねえさん!」
呪術師がジールトに蹴りを入れて「ぐわっ!?」と鳴かせる。
「出港するまでの間、引き続きあなた方が食糧の手配をしてくれるのでしょうか?」
「大丈夫だよん! ケロヨーン!」
意味は分からないがジールトが跳ねる。それを見た蛙仮装の小人も跳ねだす。こんなところにしばらく待機するのか。
「もう一つ。この祭り騒ぎに巻き込まれて我々が被害を受ける可能性は?」
「元気な人は食べないよ! これはペセトト長期暦終焉の祭りなのです」
「土人の祭りと言えば生贄を捧げそうですが、人間は格好の標的では?」
「生贄は亜神転生のお祭りの時だね! ティトルワピリの祭壇組んでないからやらないんじゃない?」
いまいちわかり辛いが、処刑台を組んでないから刑罰執行はしない、程度か?
「終焉の祭りとは?」
「第一の都、タラシワマンは海の底。第二の都、ティティクンユは高ぁい山の上。第三の都、クテルテルトは大陸からさようならー! 第四の都、モカチティカは湖の上。これは君達が海から入ったとこだね。そして第五の都は大アラナ島に移るよ! これからは海の時代だよ!」
とりあえずこの情報で仲間達の不安を取り除かねばならないのか。
ジールトの言葉を噛み砕いて皆に説明したが不安な顔ばかりが見えた。
ここまで飢えずに来たが、戦争に負け、極東から流され、流刑地から追い出され、変な共食いの小人と熱帯を共にし、小人みたいな変なジールトに命を預けて来たのだ。今日まで脱走者が出なかったのは脱走する先が無かったからだろう。
目に見えて皆の低い士気が更に落ちていく。歩いている内はまだ誤魔化せたかもしれないが、疲れた足腰で留まっていては全てが労苦とともに折れかねない。
老師が再び輝いてくれれば……。
■■■
待機中は黄陽拳の鍛錬にて仲間達は身体を鈍らせないようにしておく。せめて動かなければ鬱屈して自裁すらしかねない。
食糧確保はジールトに任せる。補給担当がついてやり口を学ぶようにしているが、何とも野生動物相手の機微が必要、と言わしめるが如き様子で目下依存せざるを得ない。個人の裁量に総員の命が掛かるのは恐ろしい事態だ。
自分は情報を集める。港にいるランマルカ将校から状況を聞いて動向を探る。
クストラ南北戦争は南軍劣勢だがまだ終わらない。ロシエ人は諦めることを知っているが、エスナル人はエスナルの情熱で戦っているそうだ。
塹壕と鉄条網と機関銃と大砲、この組み合わせを情熱が支えると頑強とのこと。更にロシエとエスナルの、国家承認を得ない影ながらの支援が続いていて干し殺しとはいかないらしい。
北正面は塹壕戦で固まって膠着状態。南背面は構築が甘く、浸透突破の余地があるらしい。突然出現したのが極東の見知らぬ兵となれば、ただの増援ではなく戦争参加国の増加という戦略的にまずい状況が発生したと思わせることが可能。動揺し、失敗を敵が犯せば勝利が近づく……という算段でランマルカ軍は考えているようだ。
これで我々は稼げるのか? ランマルカの防御戦術を目にした身としては、あれと同等の陣地に突っ込まされるのではと考えると戦場到着初日で皆殺しもあると考える。未来を考えなければいけない。
決闘敗北以来、老師はあまり言葉を発しない。黄陽拳の鍛錬を見て、時折指導しているだけである。隻腕であれば技も限られ、昔日の姿が褪せようとする。
そしてある日、鍛錬すら誰もやろうとしない日が来た。船団はまだ来ない。周囲は馬鹿騒ぎの小人と怪物だらけで、中には発狂したように小人に紛れて戻らない者さえいた。
一応はこの天力傭兵団でも、蜂起以来副長として務めて来たが女の乱波とくれば人を惹き付ける弁舌も振るえない。誠実に喋っても心打たれる者がいない。色仕掛けを一々して回れるような人数ではなく、更にそれは諸刃の剣。依存先の無い者に優しくて離れ難い雰囲気を作って繋ぎ止めているが、しかしその程度。
「老師、このままではいけません。集団脱走計画こそまだこの目に留まっておりませんが、個々の内心までは掴みかねております」
「逃げようとも決して殺してはいけない」
「は。しかし、このままでは」
「私に何が出来る?」
「老師は老師にしか出来ないことがあります」
「例えば」
「光と声」
「父にうつけと言われるわ。不孝を重ねる気はない」
「それは武装蜂起したことに対してです。ここで皆を発奮させれば、未だ折れぬ男と口に出さずともお喜びになられます。まずの不孝は、何も成せず無駄死にすることでございましょう」
「であるか? しかしな……」
忍びの技、いくつもある。発想を柔軟にして固定概念に囚われぬとなれば無限に技がある。その中でも定番があり、定番応用が良い。
老師の左手を取り、指を開かせこの胸に当てる。
「私の鼓動をお聞きなさいませ。少なくともここに、貴方に胸躍らせる者が一人おります。この心臓一つ分、どうか今一度奮起して頂きたい。叶わねば誠実を示すため抉り取ってみせましょう」
高潔童貞のこの方に低俗な色仕掛けは効かない。ならばこれしか思いつかない。
「明日を待て」
「は」
「……早く隠せ」
「は」
■■■
翌日。人数確認のための朝礼に仲間達が集まる。数える前に今日も人が欠けたと分かる。
老師が杖を地面に突き立てその上へ宙返りの直立、微動もせぬ姿は達人の妙技。昨日までの心が折れていた様子が見えなかった。
【かぁっ……つ!】
一喝発光が我々の正気をにわかに取り戻す。
「皆の者、案じて何とする! ただ私に続け!」
その短い言葉の一つ、皆が欲しかったのはそれだ。
「最高帝億万歳!」
「その号は捨てた」
「それでも我々の最高帝陛下です!」
「もはや我等に大地無く天上無し!」
「この身の宇宙に天力あるのみ!」
「魂魄に頂きとうございます!」
『最高帝億万歳!』
『最高帝億万歳!』
『宇宙天力太上黄陽最高帝憶千万歳!』
老師、否、我等の最高帝陛下億千万歳。
天力傭兵団、結束と希望を取り戻す。
光に小人が歓声を上げて集まる。蛙、魚、蜥蜴に限らず仮装の群れ。その中に脱走者が紛れ込んでいるが、手招きして戻れと誘う。手の者に、強引に腕を引っ張って戻らせる。
「我が民よ、戻るならば戻れ! ここに軍法など無い、家族が戻って来るだけで鞭打つ者がいるか!」
脱走者が戻り始める。中には「連れて来る!」とここより離れたところへ行った者を戻しに走る者もいた。
そんな中、赤い鳥みたいな化物が集団を越え、先頭に躍り出て人型に変化。まるで粘液塊の本物の化物。何やら言葉を発し、ジールトが通訳する。
「”君、良い輝きをしているね”って言ってるよ!」
「であるが」
人面太陽模した黄金仮面を化物が体内から取り出し、ジールト経由で陛下に手渡される。
「”クストラじゃなくてこっち来ない?”って言ってるよ」
「うむ……」
陛下、一度唸り、一つ心に決めて眉間に力を入れ眼光、字義に輝く。
「聞けぇい皆の者、これよりこの身は宇宙を照らす黄陽である! 太上の頂きは無にこそ見つけたり! これより地を捨て、天を投げ、人を辞めるぞぉお!」
太陽仮面の装着、顕現せしは光腕右挙、天上遍満天力発信!
【たぁーいぃーよぉーおぉー!!!!!!!!!!!!!!!】
凄い! 絶対に凄い!
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