第440話「どっちだ?」 ゼオルギ

 秋終盤。ニコラヴェル親王が鉄道で帰還すると聞き、マインベルト王都リューンベルで出迎えようという計画が立った。しかし危機が去ったとはいえ問題だらけのオルフ軍の守備配置で国内が不穏になっており、能力はマフダール大宰相で足りるが、重石となる権威が足りていないとも考えられて帰国することにした。国王の長期不在はやはり良くない。いっそ空位でも安定するくらいにしたいものだ。

 中洲要塞からシストフシェまで鉄道が延線、途中下車不要にてベランゲリへ帰郷。遅々とすることもなく、旅程はあっさりしたもので政変がないかと気を揉む時間が短縮。

 出迎えに来たマフダールを連れ、そのまま国王執務室へ。母が途中でシトゲネがいる方へ誘導しようと手招きし損ねたのは確認したが、テルケの背中を押して渡して身代わり。後回し。

「留守の間はどうでしたか」

「全軍の配置と最低限の演習そして撤退作業で、具体的に王国式と共和国式軍の違いが浮き彫りになって修正点が判明しました。再編再訓練計画を立てると更に遊牧式軍まで修正が必要です」

 今まで父祖に敬意を払い、その実績から遊牧式軍に手を付けるなどとおこがましいという雰囲気もあった。完全に独立分離して戦わせるのならば悪戯に修正することも無いかもしれないが、別方式軍との連携を考えれば致し方ないだろう。

「四国協商という防壁が機能している内に全軍の一時的な弱体化も甘受しての再編再訓練計画を承認する準備を進めて下さい。会議で改めて勅を出します」

「はい。つきまして統括するための担当大臣の席を新設したいのですが、有力軍人はどの派閥から出しても角が立って上手くいかないと思えまして、私が兼任すればいいのですが、単純には過重労働になって手落ちになるかと」

「先々を考えるとそれはいけませんね。良く言ってくれました。補佐役の拡充をして、まず名目上の兼任でも問題無いようにすべきでしょう」

「は。それで肩書を魔神代理領と対抗して”大”の宰相としてきたわけですが、この度は倣って”小”の宰相を複数登用すべきと考えました」

「権力闘争の温床になりかねませんか」

「確かに……」

 大宰相の首がやや傾ぐ。既に過労の気とは、倒れては困る。いよいよ大臣兼任となると危ういな。

 各軍指揮官である各公の相手は大層な気苦労の連続だっただろう。些末な案件なら文句の二つ三つだろうが、彼等の最大懸念事項たる軍権に触れるとなれば言葉だけで済まない。

「各公をその”小”宰相にして公国から引き剥がしてベランゲリに実質隔離。実態はその下につけた官僚の操り人形とする。余計なことをさせず、領主不在による地方権力の弱体化を促し、中央職務に専念させ分権体制の悪を啓蒙し、暫時中央集権化を進めるのはどうでしょう……いや、そこまで半端に馬鹿ではないか」

 マインベルトで野営していた時にこれは良案だと思ったが、いざ口に出すと理想に走り過ぎている。

「……ベーア帝国では人狼というものを使って強圧的に中央集権化を進め、成功していると聞きました」

「陛下、それは確かに、ですが、貴方のやることではありません。安易に殺さぬからこその陛下と」

「そう言われますか。ではやはり急進的な改革は止めましょう。幸いに、協商の防衛条約は機能しています。疲れ過ぎないよう、作業の分担を確実に急がず進めて下さい。短命は不忠です」

「は。して陛下」

「うん?」

「シトゲネ様を」

「あぁ」

 執務室を出ると母が待っていた。何も言わない?

 無言でシトゲネがいる部屋まで案内され、久し振りに顔と、マインベルトに行く前より大きくなった腹を見る。何度も見たがえらく動き辛そうだ。馬なら四つ脚でぶら下げてる程度で、そこまで不便に見えないものだ。

「そろそろか?」

「そろそろですね」

 不便な上に何時出て来るか分からないとはどこまで不便なのだ。


■■■


 冬になり、電信にてベルリク総統の帰還、マリオル入港の報。ニズロム海兵隊の帰還である。魔都までは別便だったが、ダスアッルバールで合流したとのこと。

 鉄道にてベランゲリへ帰って来た海兵隊を凱旋式典で迎えた。公衆の面前で隊長と、隊長が指名する者達に勲章を授け、遺族には感謝の言葉と年金の約束。そして第一次派遣後に建造された慰霊碑に戦死者の名を判明しているだけ刻む作業が始まる。

 隊長からベルリク総統の手紙を直接渡された。何か特別な”含み”でもあったかと聞いてみたら「帰るついでに渡しておいてくれ、という風でしたが」と言われる。何かにつけても策謀を感じるのは悪い癖か?

 便箋一つに手紙が二通。宮殿に戻ってから執務室で読む。

 ”イスタメル危機における詳細を聞きました。素晴らしい機動力、ご手腕です。戦わずして機動で相手の意志を挫くのが戦の究極です。御父君も似た動きをしたと聞き覚えがあります。留守を任せて良かった。貴方の勝利です”とお褒めの手紙。その後半はベルリク総統なりの父がオルフ王に至る内戦を簡単な図付きで解説して、どうも自分に比較材料を提供してくれたらしい。

 あれは勝利に導いたということで良かったか。平和に導いたとは思ったが、余計な”しこり”を残したかもと迷っていた。悪い塊が一つ氷解する心地である。

 次、なぜわざわざ二つにしたかが分かる。

 ”外務長官にならないか。いっそ二代目総統はどうだ? 帝国連邦の力を使ってオルフを制御、改革だって出来るぞ。バルハギン統も正統を取り戻したと喜ぶ。色んな問題が解決するぞ”と悪い冗談、別人の手によるようで筆跡は同じ。酒でも飲みながら書いたのだろう。

 マインベルトと同盟内同盟を成した今のまま、緩やかに改革していけばいいのか?

 帝国連邦へ加盟して強圧的に改革を進め、父祖の帝国を取り戻す機会を得ればいいのか?

 どっちだ?

「陛下!」

 女中が廊下を鳴らして走って来て扉を叩く。随分と勢いがある。

「入れ」

「失礼します、お生まれになりました!」

「どっちだ?」

「ご自分でご確認下さい!」

 怒鳴るその顔を見てしまう。怒られたのだ。

「それもそうだ」

 名前……全く考えていないぞ。

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