第439話「未来」 ベルリク
パラガルナルでの葬儀を早々に終えてジャーヴァル帝都に到着。国賓待遇で迎えられ、出迎えの儀式とザハールーン帝との挨拶代わりの、閣僚に名士も居並ぶ中での公式公開の会談を行った。これは流す程度にとどめる。主な話題は”俗称”女神党軍への勝利への賛美、パシャンダへの懸念、撤退後のタルメシャの情勢説明、今後中央と南方で総統代行を務めるシレンサルの紹介。
儀式の一環で”魔帝”イレインに倣った新設親衛隊が儀仗兵として徒列。即席魔族に南大陸出身の蜥蜴に鰐、金と黒の獅子、黒犬と鬣犬の獣人と複数種集まっていて湿地、高地、乾燥気候にそれぞれ対応していた。教練と運用を間違わなければ宝石のように光ると見えた。
本命の会談がある。三段階に分けて横から余計な口が挟まらないようにする。中央権力が弱いジャーヴァル、いかなる”ねじ込み”があるか分からず工夫がいる。
第一段階は新宰相と自分だけの事前協議。ここで案をほとんど固める。頭の中ではもう大体正解ではないかと思う素案がある。
獣人奴隷が周囲を見張って盗聴を警戒する宰相の都内私邸にて、久し振りに会ったベリュデイン殿の顔はジャーヴァルの低い太陽に似合わず青暗い。”お前血色悪いな!”と言う程仲良くも、歳も近くない。
「昨今、お怪我が増えたと聞きましたが……」
胸の傷跡は服の下。義足は靴も履いて杖も突かなければ目立たない。見て分かる頬の傷跡、小指を口の端に引っ掛けて伸ばす。
「男前ならいいんですがね」
「歴戦の風貌です」
「どうも……さて、まずはジャーヴァル帝国自体が力を付けることが重要です。これが悪いことの原因で、改善が最大の解決策ですね。なめられないようにするわけですが、今はなめられております。泥の巨人といったところでしょうか。
完全な第三者とは言えませんが、こちらから見ても内部統制能力がかなり弱い。先の南北戦争も自力復活ではなく外的要因や協力的なタスーブ前王ありきの結果です。赤帽軍は帝国直轄ではなく、抱える大軍もタスーブ前王の努力やメルカプール軍の火力重視の編制への転換で対外的には強くはなりましたが、しかし内向きには使い辛くて相対的に弱い状況です。
ベリュデイン殿が奴隷兵で編制する親衛隊の増強を試みているのは正しいと思います。督戦出来るようになれば統制の難しい地方軍がまともに使えるようになっていきます。
親衛隊が親衛軍と呼べる規模になるまで、忠実な人間兵を組み込み、グラスト術士を母体に術工兵を拡張してとなれば十年掛かりになるでしょうか。それまで諸藩からの軍権剥奪も、全軍標準化も反発が強過ぎて出来ないでしょう。
軍権剥奪までに至れば今までのような武装蜂起も民衆暴動程度で終わるようになるでしょう。こうして帝国の圧力が増す度にパシャンダ諸藩も独立が危ういものと気付き、ザシンダルの真似をする気概が薄れます。
必要なのはそうして強くなるまでの時間稼ぎです。パシャンダ完全独立を決断させない方法もまず時間稼ぎ。目下、大幅に稼ぐ方法は俗称”女神党”を味方につけることにあります」
「この度勝者となった総統閣下の権利でマハクーナ藩王を帝権の下へ忠臣として戻すことですか? 貴方には忠実でも皇帝陛下にそうであるとは限りません。監督すべき対象が増えて統制が難しくなると考えますが」
「ただの臣下になど戻しません。奴隷や臣従契約ではなく結婚契約と考えて下さい。”仮称”ですが聖地守護者の称号をイブラシェール藩王に与えます。決戦に敗北した証としてこれを謹んで受け生涯誠実に職務を果たさせるように誓わせましょう。敗者をただ痛めつけるだけでは禍根が残ってこの一戦の決着がつきませんので、敢えて奪うのではなく与えます。
聖地守護者は、ジャーヴァル信仰と聖地の守護者とします。信者つまり臣民の守護は皇帝と権能が重複しますのでここは分離する必要があるでしょう。
魔神教法典派として帝国を法で統制する皇帝と、信仰と聖地を守護する役割は現状一つの頭で行えるものではありません。二頭にする必要があります。
まず手始めに聖地リンナー山を聖地守護者の監督下に置きましょう。正に象徴的であり、信者達からの信頼を獲得するためにはこれを第一にしなくてはいけません。これだけを抜かしては成立しません。
聖地守護者は名目的な状態で終わらせてはいけません。正義を重んじるならば誠実が信頼を勝ち取ります。
運営は聖地収入を使って祭儀や巡礼の警備や補助を行い、藩財政への転用は不可能とします。聖地を所持する諸藩からは領土割譲に等しい行動を取らなければならないでしょう。
聖地守護者により聖地奪還の行いを正義とするようにして、決戦にて、なるべく連合されないように各個撃破していくことが、状況を見ながら慎重に行うべきことと考えます。
まずリンナー山とするのは一番重要な聖地であることもありますが、現地を管理するラーマーウィジャ教団は帝国中央と敵対するならば実質孤立無援であり、異教徒から聖地奪還という正義の状態では横槍を防ぎやすい。これを正しい前例として確立したならば、後は正義の決戦を行っていき、同時に地方軍をそれとなく削っていきます。急激にやるのは控えた方が良いと思いますが、具体的なことは流石に現地に通じない私には分からないのでそちらで検討を。
弱い身内から打ち倒していきましょう。たとえ一切全く中央軍が動かせなくても、今も健在のマハクーナ軍が動けます。
イブラシェール藩王はこの素案に、非常に乗り気でいます。奪わず、与えたお陰と考えます」
ジャーヴァルの状況回復、聖俗両輪体制が現実的だと思うが、新宰相はお気に召すか? えらいしかめっ面だが。
「……皇帝陛下とは日が浅くどのような人物か把握しかねております。私を重用してくださっているのは間違いないでしょうが、回りの者が横から口を出した時に判断を迷う可能性があります。急進的とも言える策では閣僚の反発は確実。良い悪いではなく現状変更を嫌がる者の反発です。密談で決定されたということから不正義と言い張れます。中央軍は動かず、地方軍が殴り込んで皇帝の指名ということもありえます」
「ザハールーン帝は求心力も無く無気力ですか?」
「私のような者の招致が出来ました! そこまでではありません!」
「失敬」
配慮に欠けたな。
「内々で決定しなければ妨害必須で、そうしたなら不正義を説かれる、と。対策をしましょう。
行動を起こす前にザハールーン帝を支持するとマハクーナ軍を入城させましょう。可能ならリアンヤフとメリプラの軍も入れれば更に圧力が高まる。これで反乱を防止出来るでしょう。
リアンヤフ藩は無傷ですので帝国連邦側から圧力で動かしましょうか。メリプラ藩の協力は復興の助けが前提でしょうか。パシャンダ残党対策に協力しないといけません。
聖地守護者への任命が無ければ不可能な行動ですが、マハクーナ軍だけは私が藩王に言って動かせますので、任命の宣言前に行動可能です」
「資金の運用は決戦時から変わらずメルカプールに捻出させる方針でしょうか。利払いだけで既に膨大になっております。ここまで借りられたのも破産すればあちらも倒れるぐらいの状況に至っているからです」
「こちらの財務長官からは大体のところはうかがっております。これは民政の領分で口を挟むのは差し出がましいですが、戸籍の把握、賃金労働義務化、奴隷解放は難しいでしょうが奴隷税強化での解放促進。これにより下流で巡っていた資金の引き上げによる歳入増加は相当なものになると、先例があります。不可触民の市民権付与まで到達出来れば相当額になると見ていますが」
「それは考えました。まず現時点で手がつけられることではありません」
「担保に使えませんか。帝都だけでも一部実現すれば将来性が見込まれます」
「それは確かに」
「金銭的に余裕があれば邪魔な地方軍を南部遠征に出しても良いです。パシャンダ諸藩の独立気運を取り消す圧力に使えますが、弱い状態で行うと逆効果なので後々の話になるでしょう。戦わせる必要はありません。国境に置いておくだけで中央殴り込みまでの距離が生まれます。具体的な運用までは流石に私には分かりませんが」
「その方法もありますね」
「赤帽軍を恐れるならば足場固め以上のことをザシンダルは出来ないので性急なことは避けましょう」
手を突然、両手で握られた。その青いのがこっちに染み出て来る気がした。
「共同体防衛者よ……」
宮殿で尻を擦っているだけでは出せない解決案を持ってきたので感謝ぐらいはされていいわけだが……男の人呼んだ方がいい?
■■■
案が固まった。具体的な計画にまでは流石に噛まない。
第一段階の事前協議はあくまで私的な密会。第二段階の四者会談は宰相ベリュデインによる機密性の高い上奏である。上奏案件に拘わる人物を招待するということで自分とイブラシェール藩王が同席する。この時点で”何故閣僚を締め出して外人を招くのか?”といちゃもんがついているようだ。これでも宰相発案で皇帝が受けるという形式に落とし込んでいるが限界がある。
国外軍再派遣をチラつかせるか? 電信でベーア帝国との衝突はゼオルギくんの活躍で回避されたようだから余裕がある。骸騎兵隊だけならまた戻ってこいと言っても文句は言わないだろう。シレンサルのアルジャーデュル兵と三女神親衛隊だけでも手間は無い上に”影”を見せられるか。マハクーナから呼び込む用意をさせておこう。
四者、宮殿の皇帝私室に集まる。
ザハールーン帝、まだ二十歳にもならず髭も無く太ってもいない。成人だが子供。ゼオルギくんのような特別感も特殊能力も無く、代わりの兄弟もいる。何なら反パシャンダ機運があればザシンダル出のネフティ母后が弱点になって”降ろし”の風も吹く気配。かつての約束と違うが継承権剥奪された父を――候補に出来る親族も多い――傀儡に据えようという策謀もあるのではと感じてくる。死相が浮かんでいるとまでは言わないが……ベリュデインにお似合いだな! 冗談も出ない。
イブラシェール藩王は敗北の証にと装いを新たにしている。どうしようもない男の喉は首飾りで隠し、男装する女性を演じている。目配りに喋り方、腕肩に足腰の使い方が女は完全に捨ててはいないが武人として生きようと決心した者という雰囲気を作っている。決してあざとい商売女のような極端な仕草ではなく、成り上がりの軍人出身、女傑藩王イブラシェールがいたとしたらこうだろうという振る舞いで堂に入る。
イブラシェールへの認識が狂いそうになる。男が女らしい女を演じるのはまだ”そういうもの”と分かる。男が男らしさを兼ね備えた女を演じるとは、目と頭が異常を告げる。
「イブラシェール殿、ご本人で間違いありませんか」
ベリュデインが流石に言及した。魔都でも一応、キサール経由で女装男子の踊りと枕の芸は知られているが。
「我が夫であるベルリク様に」
「違います」
「我が夫」
「違います」
「総統閣下に”裂かれ”雌雄決して以来、わたくしはこの姿を貫くべきと考えました」
「分かりました」
元より細いベリュデイン殿の目つきが鋭くなる。
「皇帝陛下、献策させて頂きます」
「述べよ」
少年終わりの程高い声に従い、事前協議の内容をベリュデイン殿が微調整したものをザハールーン帝に告げた。
手始めに。聖地守護者をイブラシェールに内定、マハクーナ軍の帝都入城。リアンヤフに圧力、メリプラに助勢して東北三藩を中央に引き入れる。
数年内に、中央政府の統制を強化して反乱を防ぐ体制を固めてから。聖地守護者号の公表とリンナー山を始めとする聖地の没収開始。正義の決戦を主に用いる。
十年以上の長期計画。強化した親衛隊ないし親衛軍、聖地守護軍により徐々にパシャンダ諸藩を武力よりも圧力重視で帝権下に戻す。革命の中核たるザシンダルとの武力衝突は限界まで避ける。
世代を跨ぐ覚悟で。最終的には軍権取り上げから始まる廃藩置州。軍の標準化、経済の中央化の実現。
以上のことをベリュデイン殿が述べた。外から見ればイブラシェール藩王による傀儡化の懸念が強い。決戦敗北によりザハールーン帝に尽くす姿勢を示さなければならな……それがこの女仕草か。個人的に気に入らないとして盲目になっていたかもしれない。内定は内定として公表しなくても、姿形で状況を伝えられるわけだ。
ザハールーン帝、頭が鈍いように見えないが立場の弱さから見た目以上に肩幅が狭い。
「私はどうしたらいいのですか?」
機密性が高くても”お前が言ってしまうのか”と思ってしまう。自分が二十にもならない時に”億の臣民の命運を懸けろ”と言われたら面倒臭ぇ死ねとか、投げやりになるだろう。
イブラシェール藩王が応える。
「決まったことを堂々と自信を持って仰られれば良い。宰相の発言を正当化し、正義と化すのです。正義あらば多少の失敗不合理など消し飛びます。皇帝が正しいと言ったことでなければ臣下は動けません。失礼を承知で言いますが、ガキなのは誰しも分かっております……」
ガキと言われ、流石にザハールーン帝はむっとする。顔に出してしまうが、悔しいと思う気概はあるか。うーん、ゼオルギと比べたくなってしまう。
「……曖昧な態度を取れば独走を許します。独走を許して計画を成し遂げられましょうか。曖昧な態度は他に、命令さえも実行されません。独走ではないかと怯え、罰せられると考え動けません。動いたとしてもこの程度が当たり障りが無かろうと半端な動きしかしません。君主はまず態度で示して頂きたい。そうして頂かなければ、たとえ我が夫の厳命であろうと私は動くことが出来ません。さあ、明確なご采配を」
宰相よりも直臣にそう言われると説得力があるだろう。
「ではその案通りに事を進めるように」
「はは」
ベリュデイン殿が一礼にて裁可を受けた。
我が夫のところで言葉を挟めなかったぞイブラシェールめ。
■■■
四者会談以上のことは帝国連邦総統の仕事ではない。第三段階として皇帝が閣僚に下知して実行する場には参列出来ない。
皇帝と宰相に何かあれば帝都に置いて来たシレンサルが請け負う。これで駄目なら大体駄目だろう。ジャーヴァルの未来は任せた。
帰路につく途中、メルカプールの藩都シッカに寄り道。いつぞやのカツラが流行ったままで見た目がへんてこ。
街並みはジャーヴァルと思えぬ清潔さ。目立つ汚れは道路に落ちる家畜の糞程度。狐だらけなので毛玉でも転がっていると思ったが夏毛なので目立たない。
ここでは大仰な仕事は無いがナレザギーの毛むくじゃらがいる。宮殿に寄ると国賓お出迎えの行事となり、大事なので高級宿をあちらに借りさせて完全な私用に落とす。まず四者会談のことを説明してジャーヴァル帝国の動きを教える。本題はそれから。
「で、財務長官が思うにジャーヴァル財政は持ち応えられるのか?」
「帝国連邦で裁量良く不良覚悟で補填しないと、メルカプールの諸銀行は貸し剥がしと貸し渋りを始めて危うい感じかな。誰かが白紙小切手バラ撒いたせいだよ」
「その剥がしと渋りの相手にパシャンダは入ってるのか?」
「入ってる。それを利用して新宰相殿と連携してあちらが軍、こちらが金で締め上げて独立運動を止めさせるってことだね。ヤケクソの債務不履行からの武装蜂起と商人襲撃が一番困るからどこも慎重、やれと号令してやらない状態。シッカに来て詳しく調べて分かったけど余程の優勢でも確認出来ない限り大損覚悟で動く者はいないよ」
「中央の軍の方が揃うまで時間が掛かる。マハクーナ軍は動く、リアンヤフとメリプラは何れ動かす。西の女神党も聖地案件が動き出したら協力すると思う。メルカプール軍が動いたら確実じゃないか?」
「動けばね」
「藩王は?」
「父上は大分老いていらっしゃる。口の滑りも怪しいし、激務に体力が追いつくかも怪しい。密約結んでここぞという時に一気に動く、みたいな瞬発力を感じない」
「王太子は?」
「兄上は愚鈍でいらっしゃる。とりあえず腰の重さは相当なものだね」
「弟くんは?」
「どうしようかな。宮廷にあまり関与しないから自由に動ける」
「ガダンラシュの狐を重用するって動きを見せたら?」
「それは皇帝陛下か新宰相殿が言ったの?」
「今思いついた。話題にも出なかったから目下眼中に無いな」
「うーんうーん、どうどう、どう? そんなあからさまな嫌がらせは嫌に決まってるけど」
「あっちはメルカプールに嫌がらせ出来て利権広げられるのならって頑張りを見せるような気がしないか? 学も金も無い蛮族って馬鹿にするのはいいが、今再編中の親衛隊に大量のガダンラシュの、今どれだけ生き残ってるか知らんがアギンダのなんて入れると決定したら?」
「奴等の宮廷入りは全力阻止したいと皆が思うけど、本当に入れる価値は無い。何しでかすか……」
「それは同族嫌悪で割り増しが掛かったメルカプール的な先入観だよな」
「あー、そー、そう」
「その線で説得しておける?」
「あくまでもそういう噂を聞いたと言うだけ。君がここに来た直後に言うだけ」
「帝都にシレンサルを中央総監、中央南方の総統代理として残してあるから具体的なことはあっちとやれるよう調整しておいてくれ」
「分かった……」
ナレザギーは考え込む。お山の盗賊糞狐共で故郷を、中央と連携して脅すのは頭を捻る必要があるだろう。
「あ、そういえば親に孫見せたの?」
「あ? 見せる?」
「え?」
唇だけで”お前馬鹿”と言ってやった。
■■■
次の寄り道はアウルの藩都ムバサラサ。借りた”おおかねたま”の返却のために訪れた。
藩都パラガルナルの奇襲陥落はこの”おおかねたま”の借用と運用を実行したマトラ共和国情報局の大手柄。凄いが、あいつら一体何を普段から画策しているのか分からないという感想も出て来る。聞けば教えてくれるだろう、しかし何から聞けば? そのくらい分からない。
到着早々にアウル妖精達がワーキャー集って来る。最大英雄サニツァが御神体を担いでいるので熱狂に近い。そんな者達も遠慮無くナシュカが蹴飛ばし、棍棒でぶん殴って道を開く。
ここは相変わらず楽しい感じの街で、歌って踊って山車を引き回し、川に飛び込み、遊具のような家の屋根に上って藁に飛び込む。こちらについてきた最後の学者や画家が人間の知性に依らない都市計画に夢中。不合理な位置に道路、橋、壁、像、良く分からない柱? がある。
宮殿へ向かう。道がぐちゃぐちゃだがナシュカの案内で迷わない。
チェカミザル藩王が自ら出迎えに来て、両手に扇を持って扇いで踊って「こっちこっち!」と誘う。笛に太鼓、鉦鼓が鳴る祭囃子の方へ。
誘われた先は広く平面に磨かれた石畳の競技場のような場所。観客席が無いところが人間風ではない。壁際に飲み物と食べ物が山積み。
そして”おおかねたま”を競技場中央に設置するよう藩王が誘導し、サニツァが肩から降ろした。そしてザガンラジャード山車が何台も入場、突進。
山車に乗る御柱の先で『ドーン!』と激突! ”おおかねたま”が重々しく転がる。
最大英雄サニツァも加わって『ドーン!』する。
藩王が玉乗りしても『ドーン!』する。
適当な山車に自分もついて押し棒掴んで『ドーン!』する。
学者達も混ざって何度も『ドーン!』する。
狙いが外れて山車同士で激突、粉砕は良くある。死傷者はとっとと運び出される。
食って飲んで適当に交替。あれ、何しにここに来たんだっけ?
学者が尋ねて来た。
「これにはどういう宗教的意味が?」
「楽しい!」
「なるほど!」
何度も『ドーン!』した。当たりも助走も激しく、酒を飲んだら回りが早いやつで目が回る。
存分楽しんで、熱気溢れる競技場の外で涼む。ナシュカはお祭りには参加しておらず、その辺に雑多に設置されている寝椅子で仰向けに寝転がっている。上から覗き込むと寝ているわけではない。
「お前も歳だしここに戻ってもいいんだぞ」
耳を下から掴まれ、目が合って「ぬん!」と頭突きを食らった。
アクファル、額へ拳を当てて見せた。
■■■
ジャーヴァルでの用事は済んだ。電信にて、帝都では予定通りに計画を進めると報告を貰って一先ず安心。
川を下り、ナズ=ダカーク川河口のミランから出港。
南大洋航海の後にメルナ川を上り、魔都へ着く頃には暦では秋になった。
遠征開始から二年半は経った。ガエンヌル、タルメシャ、極東、ジャーヴァルと鉄道があるとはいえ前時代ならば半生分は移動している。過ぎれば時間は早いものだ。
メルカプールと同じく、私的にお忍びという名目で上陸。国家代表とは面倒なところがある。
魔都に寄る用事は船の乗り換え、航海疲労の休養。個人的にはザラの成長の確認。手紙のやり取りだけでは分からないところがある。主に骨肉量。
ザラとは電信で待ち合わせ日時を調整した。船旅は時間が前後してしまうが、メルナ川河口のベシュフェで通信をすれば大体正確な到着日時を伝えられる。商業通信でごった返す中に私信一つを混ぜれば取り違え、誤発信があるのではと不安。帝国連邦の通信網ならば総統の”御印”付きで確達と信頼してしまうが、一般枠で送るとなると怪しい。
魔都に到着。中央政府の外交官がお迎えで岸壁におり、帰国のために中継で寄った以外に用事は無い旨を伝え、気遣いで宿を直ぐに用意出来ると告げられ、護衛に連れた親衛隊などの疲労を考慮してここは遠慮無く甘えておく。
宿の陣取りは部下達に任せておいて、ルサレヤ先生の親族が大所帯で住む邸宅へアクファルだけ連れて早速訪問。ザラの部屋まで使用人の奴隷に案内して貰って訪ねれば、個室どころか新築別棟だった。前に聞いた話では相部屋だった気がするが、出世したと見て良いか。
別棟の窓、中段あたりにザラの顔があってパっと笑って「キャー!」と騒いで消えて、玄関からバタっと出て来て体当たり、抱きとめてぐるっと回す。
「また育ったな!」
骨と肉が伸びて増えている。腕の力だけで手軽に抱き上げ振り回せずちょっと踏ん張りがいる。
「父様! 叔母様!」
抱き上げたまま、肩越しにザラが手を伸ばしてアクファルと握手。”学生救済同盟事務所”との看板がある別棟へ入る。
「あ、土足厳禁!」
「はいはい」
靴を脱いで上がる。
「お茶出します!」
ザラを床に降ろすとちゃかちゃか動いて奥の台所へ。
別棟一階だが”まるで”と言わず事務所そのもの。書類と棚が一面並び、複数並ぶ机を埋める事務員達が席を立って一礼。仕事の邪魔をしてしまったと恐縮して「あ、どうも、お構いなく」と言ってしまう。
奥の台所から「父様、二階に!」と言われ、事務員の一人が「どうぞ」と案内、二階客間へ通される。
籠の中の鳥が侵入者を見て少し騒いで、すぐに止む。
「こんにちは……」
「お、こんにちは。勉強中かい」
「はい」
子供が一人、客間の隅で本を読みながら手帳に書き込み中。
座布団に座る。手近に寝ていた猫を一撫で。人慣れし過ぎて初対面でも動じず、そのまま背伸びして腹が見える。
何だろうこの空間は。
階段をザラが上がってきてお茶を頂く。うん、普通だな。
「見せたいのがあります!」
「お、なんだ」
「んっふふー」
鼻息荒く、客間奥の部屋にザラが消え、少しバタバタ鳴らして書類束を持ってきた。
「私が考えた帝国連邦憲法草案です!」
返事が思いつかず、勉強中だった子供が足音を殺して客間から繋がる別室へ移った。
「次期総統になろうとも思ったんですが、皆がうっすら望むように彗星ちゃんでいくならその繋ぎの臨時総統でもいいんじゃないかとも思ってます。元臨時総統が閣僚や議員となれば未来の憲法編纂を主導出来ますよね」
「う、ううん」
色々と要素を飛ばして話しているようだが、自分の死後か? それとも生前に総統を誰かに譲って隠居しながら交代劇を柔らかいものにしようという考えを見透かされているのか?
「それでですね!」
憲法草案を読もうとすれば、目で字を追えない勢いでザラが喋り始める……。
仲良し民主社会主義の思想を持って指導体制を構築する。多民族多種族社会実現のために、正直にそれぞれ個人と部族種族の権利を明確に制限する。ここで制限しないと生温いことを言い出せばいずれ憲法精神に反する、あれは嘘だったのかと紛糾するので、反対意見が出ない早期の内に正直に頸木を嵌める。ベルリク神話が通じる時代の内に公式会議の場で言い訳無用に、この厳しい内容で決が取られることが望ましい。
尚武の気質を残しつつ、いずれ発生するだろう部族種族間抗争は集団決闘法で解決する。理路整然として理屈で納得出来る程に現代人は感情を捨てられないので、内紛は中央で制御した上で生贄を差し出せるようにする。
決闘法は馬術、射撃術、格闘術など戦争に必要な競技を策定して、一発勝負で終わらないように、ある種の祝祭となるように仕向ける。それぞれの部族は己の勝利のために若者たちを鍛錬する気風が生まれ、弱兵忌む習慣を恒常化させる。流血は最低限、しかし軍事教練は最高に、ともっていく……という建前ながら、”血”の戦いではなく”土”の戦いに挿げ替える。
”土”の戦いにするため行政区画を整理し、利権は血縁から切り離して地縁に縛りつける。本人達は従来の部族決闘の心算でいて実質区画間決闘とし、部族主義を順次破壊。部族の名乗りではなく、土地の名乗りで決闘させるように誘導。急に変革すると反発を生むので徐々に、書類手続き上仕方がないからと薄切りで攻める。遊牧民の囲い込みを推進し最終的な未来人は集団決闘などしないように教化。
悪戯に決闘を連発できるようにしてはいけない。簡単な理由でもいけない。また決闘に勝ったからといって敗者の何もかもを奪えるようにしてはいけない。基本は勝利と優位だけを与えて羊の一頭も与えないのが理想。財産は社会主義精神により国家に帰属し、個人が左右するものではないという前提を崩してはならない。
総統の継承について。現状では皆が望まぬ候補ばかり。それぞれ一つではなく、二つ三つ要素が欠けている。ベルリク=カラバザルが一代で帝国を作ったが、それは次代を血統神話以外で継がせることを極めて困難にしている。その上で後継者は血統に拘らないと宣言している。
血統の基本的否定の効用として、男系男子に拘る論理を薄弱化させた。絶対強固の揺るがぬ男系男子限定よりは柔軟、しかしそれは弱体も招いている。弱体であればこそ男系女子のザラを総統に担ぎ上げるという論を否定し辛いところに押し上げた。
ザラに欠けるものは当然ながら経験と実績。そのため魔神代理領の官僚登用試験を受けて実績を積み、政治の先進地域で働いてきたという看板を背負う。まだまだ帝国連邦はこの”先生”の弟子であり、その看板は極めて有用。目途が立ったならば帰国して官僚か議員になる。国家代表としての地位が必要で相応しい状況ならウルンダル王位が望ましい。
マハーリールが育つまで時間が掛かる。それからどのような種類の人物になるにせよ、たとえベルリクの息子だろうともこいつを後継にはしたくないという風になる可能性は否定できない。今はまだ強い指導者が必要で、ただ座っていてくれればいい時代ではない。他国では象徴君主の方が望ましい状況が見られるがこの若い帝国連邦では、現状では違うと考えられる。
今から若きザラを後継者に指名すると問題が多い。他の者だともっと多い。ダーリクとマハーリールは実力主義傾向を考えれば若さ故に不安が多く様子見が必要。リュハンナは排除されたと言って良い。あえて指名しないままにすることが現在の正解。
マハーリールが後継者として相応しいならそれで結構。象徴君主でも良い時代に持ち込むまでの中継ぎの選択肢をルサレヤ摂政以外に増やしておくと次代が安定する。君主交代後も摂政のように良く支える存在としてザラは己を推薦した。実質皇帝権威が二倍の状況を作れれば、仲違いしなければ中央統制は強固なまま。ウルンダル王位は特に有用と思っており、シレンサル宰相も付属してついてくるので更に強権を確保可能。
未来は分からないが、少なくとも近未来の内は鉄の手袋と手綱が、一個人が性急に作ってしまった夢幻の如き大帝国を御するに必須と言う。
……手始めにそのような話をされた。女はお喋りというが、どうにも止まる気配が無く夕方になり、夜になっていく。
未来の話というのはこれから何が起きるかで無数に分岐していく。どうなるか分からない。
成人前の娘がそういった話を喜々として具体的に語っている姿を見て、父として総統として、男として年上として、もう分からない。
この小生意気の度を越した成長を、泣けばいいのか喜べばいいのか、嫉妬すればいいのか怒ればいいのか、全く完全に分からない。
父ソルノクが自分をどう見ているのかふと気になった。分からない。
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