第438話「決戦終了」 ニコラヴェル

 まるで神代の戦争だった。そう感じるのは宗教的で、何より経験不足だったからかもしれない。勿論初陣ではないが、ここまで熱狂的なものは初めてである。

 最終段階でも双方の主力には余力があったが、女神党軍は状況の好転が見出せず降伏する。正義の決戦ならば無闇に戦いを長引かせず、兵棋盤で言うところの”詰み”が見えたところで終了したのである。詰んだ要因は主に三点。

 一つ。国外軍本隊は武器損耗、弾薬が尽きる寸前で次は玉砕覚悟の白兵戦しか出来ない状態。しかし機動力は損なわれておらず、無傷の最新式装備の予備隊もおり、ナズ=ヤッシャー川のセリン艦隊支援範囲まで後退すれば無敵となって補給も継続的に受けられる。これを撃破し難いと判断。

 二つ。陥落した藩都パラガルナルは、守備にグラスト魔術使いがいることで都市破壊の脅迫が可能となりこれも無敵に迫った。流通拠点の喪失は女神党軍の継戦能力の喪失と同等。

 三つ。小藩とはいえ多大な影響を持つブワンデル王国の女王と両藩正統後継者たる王太子の虜囚は、捕虜に危害を加えないという条件がある決戦だからこそ降伏すべき理由として尊重された。

 これが制限された正義の決戦ではなく、文明の存続を賭けた無制限戦争ならばまだ諦める段階ではなかった。そこまで総力を出し尽くさないための儀式戦争である。

 決戦終了の儀式には数多い参列者の一人として……語るまい。口に出さぬ情けもあるのだ。しかしあの偶像には見覚えが……。

 双方、全兵員は負傷者を除いてマハクーナ藩からはまだ撤収しない。

 戦場掃除の仕事が残っている。行方不明者や遺棄装備の捜索回収もある。装備品の略奪は厳禁で、壊れていようとも元の持ち主へ帰すのが正義となる。

 正義と云われる終戦後だが、民兵もとい民間人殺戮の跡はあって住民の目は恐怖、憎悪、唖然、諸々である。そうと思えば笑って、楽しそうにして”今日から友達”という態度の者もいるので中々、色々である。

 戦死者達の葬儀は大きく二回に分けて行われる。主戦場が二つだったということもある。

 第一回会場は決戦開始の儀式を行った名も無き中洲。これには自分も参加。

 第二回会場は藩都パラガルナルで、こちらにはセリン艦隊と共に参戦した部隊、陸路の鉄道で帰還する国外軍――ほぼ全軍――は参加しない。大軍を前進させるような行為は負担が酷いので避けられる。

 そうしてベルリク総統等の一部に限った関係者のみが藩都での葬儀の後に、最終的な決戦処理をジャーヴァル帝都にて行うそうだ。決戦に負けた側は相手の言う事を何でも聞くということから、このジャーヴァル動乱を決着させる道筋を立てると思われる。

 葬儀は神官達が香を焚いて祝詞を上げる中で遺体を焼いて川に流し続ける形式。ジャーヴァルの葬儀としては燃料代が掛かる分丁重な行い。石油火葬は少々、具合が悪くなりそうだった。

 多様性の塊のようなこの地方では遺体を焼かずに魚や鳥獣に食べさせ転生の”輪”へ率直に加わることこそ望ましいという論理もあって一部宗派がそれを望むが疫病の脅威を前には禁止された。”輪”に加わり難い状況を打破するために行われた宗教儀式が創造原理の化身とされる、ノミトス派の修道女に見えなくもない女性が行う巨大な金属球を掲げての足踏み行為。何が間違いで正解かと論じる宗教知識を自分は持たない。

 帝国連邦と我々のような派遣隊の死者も合同で焼いて流すことになった。こちらも聖なる神を奉じる教義的には永遠となるために土葬が望まれ、よろしくないところがあったが全て繋がる海に還るのならば、という強引な理由で妥協させることになった。せめて我がニコラヴェル隊の者だけでもアルツに死化粧させたが。

 マインベルトに帰国せず、第一次派遣から国外軍に従軍して学者が葬儀を見ながら研究成果を述べ始めた。

 元のジャーヴァルは農耕文化で女神信仰が中心。熱帯的ながら気候は安定して、時間感覚が一方向ではなく循環的。キサール高原から山岳を男根に見立てる男神信仰の戦上手の騎馬民族が南下して征服王朝を立てながらも圧倒的な人口を持つ現地人に飲み込まれて同化するということが繰り返されて来た。現ジャーヴァル帝国イレイン朝が正にその流れ。イブラシェール藩王もその流れの小さな一つ、等々それから他にも何か述べていたが疲れた頭に早口は入らない。適当に頷いておいた。

 長い航海の後の爆発的な戦いで一番疲れたのは鼻かもしれない。奥の方に煤と硝煙と腐った何かがこびり付いて氷柱になっている気がずっとしている。

 蝿がいない時でも蝿がうるさい気になっている。


■■■


 中洲での葬儀も終わればかつての敵味方、東西、南下の三つに分かれる。

 我々ニコラヴェル隊で一時預かった子供達は三女神親衛隊の構成員であるのでお別れである。人命軽んじる骸騎兵隊のファガーラ姉妹とやらに預けるべきではないと感情が訴えるが、連れ帰る筋も準備も何も無いので、せめて幸多かれと祈るしかない。

 小さな、言葉も通じない戦友達と泣いて抱き合って別れが惜しまれる。特に仲良くなった者達が養子に連れて帰る、稀に結婚するなどと言い出したが全て禁止。セリン提督から「船にそいつらを乗せない方針は変わらない」「密航したら釣り餌にする」と駄目押しをして貰う。自分なら多少の我がままは聞いてくれそう、と見られているのでそうではない人物に言って貰うのが早い。

 そのセリン提督は別れ際に人目憚らずベルリク総統にくっついて口付けまくっていた。頬の傷跡がお気に入りで「ふやける止めろ」と言われても止めず、仲良くしていて人間らしいところもあると感じた。

 そのベルリク総統は息子のダーリク少年から「機関銃でぶち殺しまくった」武勇伝を聞いて、裂けた頬がまた開きそうになっていた。

 ジャーヴァルに来るまでの長い航海の中で、姉のザラが”初陣でロシエ重騎兵を殺したって自慢しまくってて嫌”だったと話していた記憶がある。セリン提督が”ここらで一発やっとかないと男が廃るねぇ”と言っていたはずだが、実際にやってしまったのか。少年兵の戦果自慢は……素直に賛美することが出来ない。

 ナズ=ヤッシャー川の岸辺にて出港準備が進む中で、何と大胆、白昼堂々とベルリク総統とセリン提督の息子であるダーリク少年を追い掛け回す中年女がいた。杖を突いて足が悪い状態でも諦めない執念深さに呪術的おぞましさを感じずにはいられない。

「一緒にご飯食べて、お風呂入って、お昼寝するだけだからっ!」

「えぐっ」

 少年に”えぐい”と言わせるとは何たる有様。

「思い出だけだから!」

 聞くだに呪わしい。この世の悪とはこれだろう。

「くまさんばりあー」

 自分の背中にダーリク少年が避難。目前に中年女、噂のファガーラ姉妹のどっちかか?

「何だてめぇこの自己中デカマラ糞野郎が!」

 何故このような罵倒を受けねばならないのか。

「名誉にかけてお前のような悪人から守る」

 これは殴ってもいいよな。一応女性だが、もう別の何かだろう。

「やってみやが……」

 教育的指導として平手打ちをしたことはあるが、女性にしたことはない。ましてや拳骨など、子供の時に喧嘩した時以来か。殴り倒した後に打つ前の鼻が若干曲がっていたことに気付いた。

 ファガーラ姉妹の片割れと思しき人物が駆け付けて「てめぇ糞が誰に手出してやがる!」と悪人へ、怪我人相手とは思えない蹴りが叩き込まれ、それから近くの木へ逆さ吊りにされた。

「……ダーリク君、戦争の熱気がまだ残っているのだから一人になってはいけません」

「大将閣下がおります」

「いつも見ているわけではありません」

 提督のところまで行こう。彼と手を繋いで引いて、もう片方にも? ピルック大佐である。

 大佐は腕を振ってぶらぶら前後。ダーリク少年も真似する。

「おっ手手、つーないで! おっ手手、つーないで!」

「おっ手手、つーないで。おっ手手、つーないで」

 と歌い出す。人目を引いてかなり恥ずかしい。

「殿下、仲良いですね!」

「うむ、まあな」

 部下に冷やかされた。


■■■


 ナズ=ヤッシャー川の停泊地を離れる予定日の、その前日。

 決戦には直接参加していないが交戦したメリプラ藩の役人と、セリン提督が通訳とメルカプール商人を連れて書類手続きを地道に行っていた。戦時故の強行突破と違い、正式な手続きを踏んでの通行となる。補給の手続きもあるのだが、直前まで戦火を交えていれば面倒な契約があるのだろう。

 パシャンダ兵の残党は騒動からの大規模鎮圧で数と勢いを減じたそうだがまだまだ混乱が続いていて、通行時に発砲など”事件”があった場合でも艦隊は応戦しないようにという要請がされている件が一番揉めている。また艦砲射撃、火箭で焼き討ちなどされたくないのはメリプラ藩としては当然のこと。最低限の自衛の範囲を認めろと提督は主張し、その辺りで交渉が停滞中。もしかしたら出港は延長するかもしれないと噂が立ったところで来客。

 タルメシャの白猿獣人が家族連れで、付き人のプラブリーの赤猿、人間を引き連れて多数やってきたのだ。タルメシャからジャーヴァルに逃げて来た一部が、マインベルト亡命の話を聞いて集まり始めたのである。姿は強行軍後のように汚れ、くたびれて疲れている。負傷者も多く、疲労で足腰が壊れているようなものから銃創に刀創まで見える。蝿が集る血汚れた服は洗濯の暇も無かったか。

 騒動の最中に目立つ猿頭の獣人が動けば人々の標的になろうか。平時なら石や糞程度でも戦時ならば鉛弾。

 通訳が見つかるまでタルメシャの言葉で捲し立てられ、額突いての懇願。態度と見た目と前例で何を言っているかは分かったがどうしようもない。

 執事のカルケスと相談して無理筋でもと方便を一応考えさせてみたが、亡命者を助けるための遠征ではないので難民受け入れの準備すらどう工夫しても存在しない。国の許可があれば借金でもして手立てを探そうかとなるが、ここからどうやって取って、実現することが出来るだろうか。

 通訳が到着してから亡命した者の噂、前例を盾にされたが出来ぬは出来ぬ。子供達を拒否した後で認めることは絶対に出来ない。

 老人が自刃をしようとして「待て」と言ってしまうが次の言葉が無い。瀬戸際に追い込んで交渉という手に唸ってしまう。ここで放置すると頭に上った血が下がり切らない一部のマハクーナの民に殺されると予想が出来る。

 提督に受け入れるかどうかはさて置き、技術的に可能かと尋ねた。結局は艦隊を司る彼女に聞いてみるしかないのだ。客人が言って良い我がままは限られる。

「ガキんちょ共を乗せて来た船はメリプラへ正義の通りに返却します。そして艦隊に猿共は乗せられません。荷物と一緒でいいからとか、聞きません。そういう問題ではないので。シレンサル宰相が中央総監とかいう中央、南方担当の肩書を貰ったそうですから紹介してみては? アルジャーデュル問題担当なら猿頭共の知恵があっても困らないかもしれません。宰相はもうパラガルナルの葬儀か、早くに出立してるなら帝都の道中ですかね。奴等に紹介状でも書いて持たせるのが精々でしょう」

「分かりました」

「しかし、お人好しに付け込む奴等に良くそんなに同情できますね。糞猿とそれ以外ってのは唾吐くか吐かれるかの関係ですよ。私は南洋の出なんで子供の頃から知ってます。大提督の命令で乗せろって言われても拒否しますね。ゴリ押しされても洋上で捨てます」

 お人好しと嗤われ、糞猿と言う顔は眉が傾いていた。顔と腹の芸をしない人なので分かりやすいが。

「責任の範囲内で出来ることをしたいのです。おかしいでしょうか?」

「いーえまったく。出港は待ちませんから早く書いた方がいいですよ。先程メリプラと合意しましたので明日の夜明けには出発します。今日は河口側に全艦回頭させるだけですね」

「急ぎます」

 係留索を離した軍艦が錨を揚げ、岸からの綱引きや小回りの利く蒸気船の力を借りて舳先を北のキサール高原から、南のラーラ湾へ向け始めた。

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