第436話「おおかねたま」 ファガーラ姉妹(姉)

 トントコ。

「よいしょ!」

『ヨイショ!』

 トントコ。

「よいしょ!」

『ヨイショ!』

 奇策否神策否、使命の”大金玉”の行進!

 巨大煌めき錆びず褪せずの隕金真球、エブルタリジズなど屑石、アウルの極大秘宝たる”おおかねたま”を手と頭の三点で担いで歩くサニャーキ姐さんが「よいしょ!」と裸足で足形付けて、護衛の我等骸騎兵はプラヌール隊が『ヨイショ!』と掛け声合わせで楽しく行進中。

 自分は姉さんの脇、少し前で抜刀先導。”サニャーキの専門家”とかいうマトラ妖精は後ろから小太鼓で調子を取る。妹は後続集団の騎兵に三女神親衛隊の雑兵共の統率――硬貨の表裏で担当決めた――ざまあみろ糞運無しの使命無し。こっちが絶対楽しい。

 ジャーヴァルの至宝と、担ぐ姿に神通力が宿ると幼子にも分かる怪力化身。信じる者のみならず、分からぬ者でさえ分からされて口を開き、頭を垂れ、合掌し、跪く。敬虔者は「願わくば!」と死を賜るべく五体投地に身を投げ出す。

「わっ!? 危ないよ!」

「姐さん、そのまま踏み潰してやってください! それが彼等の幸せなんです!」

「え、何で!? ふしぎ過ぎ!」

「そういう教えなんです! その重さで死んだら次の人生が良くなるって信じてるんです! やっちゃってください!」

「えぇえ?」

「サニャーキ、宗教指導員に従って踏み殺して! そうすれば作戦成功に繋がるよ!」

「そう? なんだ!」

「思い切り踏みつけないで、道路が崩れるかもしれないから普通に乗っかるだけで十分! 疲れないように行こう!」

「はーい! えい」

 姐さんはお利口に、投げ出した信者の背に足を乗せ、てらわぬ歩みで踏み込み脊椎肋骨、肺心臓を潰し、口と鼻から血とゲロを押し出した。即死する直後、背に足裏を確信した者の顔は解放され救われた。歩み去った後、その敬虔な死体を掲げて見せる。その絶頂の顔で観衆がワっと沸く。

 ご利益確実、徳が高まり業が失せ、来世での名門出、栄達、巨根、多産が見込まれる!

 お布施と食べ物、家畜が集まる。これらは休憩、野営時に消費する。

「その調子!」

 トントコ。

「よいしょ!」

 足上げ、敬虔者の背に足裏。絶頂顔。

『ヨイショ!』

 踏み潰してご利益、ワっと歓声!

 トントコ。

「よいしょ!」

 足上げ、敬虔者の背に足裏。絶頂顔。

『ヨイショ!』

 踏み潰してご利益、ワっと歓声!

「お祭りみたい!」

「祭事だからお祭りですよ!」

「やった! お祭りだ!」

 姐さんが笑顔で今日も幸せ!

 トントコ。

「よいしょ!」

『ヨイショ!』

 老神官が尋ねて来た。

「何故大の大たる大男神の至宝を女が担いでいるのだ?」

 そう言われると思って既に解釈は帝都の学者を揃えて済ませてある。

「不心得者! ”おおかねたま”はリンナーの土台、大キサール! そして担ぐのは金剛力の巫女、無垢なるサニツァ・ブットイマルス! 男女同体の姿にて、剛直で地面を踏み均す姿を何と心得る!」

「あ……あぁぁあ!」

 気付いた老神官は、萎びた腕では本来出せぬ力で法衣を叫んで引き裂き、全裸となって跪いた。

「無の地に生殖される分かたれずの創造原理!」

「然様であらせられる」

 行者となった老人は「原初神の道でやり直します」と反省する。

「一の苦行はこの教えを広めることにないか?」

「はい、使命と存じます。未熟を改めに参ります」

 原初神は創造原理が初めてお生みになった、生きておらず死んでおらず、男でもなく女でもない、次に生まれる弟妹が負い切れない極めて悪いものを引き受けた代わり身の存在。苦行するにはまず拝するべき第一柱である。

 姐さんは今、その身が裂かれて大男神と大女神として生まれる前の男女同体たる創造原理の化身となっている。雌雄が二つで生命を作る前の、子宮自体が子種を抱える古い姿。

 すごい金玉担いだすごい女こそ化身、正しく間違いなし! これ以上の表現は少なくとも現代には存在しない。

 行進は忙しいといえば忙しいが、同じことの繰り返しなので暇と言えば暇。

「あ、姐さんジーくんどうしてんの?」

「新大陸から手紙来た! おケツの素敵な女の子見つけたって! あとあっちの妖精さん達もすっごくやっばいでっかいお祭りしてるんだって!」

 ジーくんの童貞を奪うことが目標だった日が懐かしい。もう彼も二十五過ぎて賞味期限切れか。いや、童顔だし思い出補正をつければいける!

 あーいきたい。

 トントコ。

「よいしょ!」

『ヨイショ!』

 トントコ……。


■■■


 ”大金玉”の行進は街道を堂々と通ってパラガルナルを目前にする。

 終着が見えてくれば信者が競って身を投げ出す。これは良し。

 投げ出すでもなく興味本位で道を塞ぐ者は切り捨てる。邪魔!

「不心得者に呪いあれ! 化身を阻む者は悪徳により来世は飢え、病に苛まれ、糞を食い泥を啜るだろう!」

 脅し文句も声が意識に通じる範囲まで。何度も繰り返してきた。

 街道がナズ=ハラッハ川を渡る長い石造の南大橋に続く。”おおかねたま”とて象より重くないので底抜けを心配する必要はない。道が狭くなるので欄干から殺到する観衆が落ち始める。橋下を通る船の水夫が文句を言いながら溺者救助。

 対岸に渡り正門が見える。入城までもう少し。行進は勿論だが真の目的を隠す偽装である。女神党軍の義勇兵に大っぴらになりすます。マハクーナの警邏兵からはこの決戦を応援するための一団と見られて歓迎されている。

 別の道、東大橋から揃いの服装の一団、正規軍、美しい隊列……孔雀羽飾りの白頭巾、愛戦士団。

 藩王の奴隷騎兵は厄介である。総統閣下と戦っている最中に前線から離れるとはどうした? 察知された雰囲気は無いが。

「おい、死体漁りのフンコロガシ」

「御用でしょうか」

「聖戦士団突撃準備。目標、愛戦士団」

「毎度ありがとうございます」

 メルカプール狐に仕掛けさせる。妙ちきりんな笛の音が鳴って狂化兵への仕上げが始まる。

「専門家、速度上げて」

 トトトト……。

 姐さんの歩調が早まり、合わせて小走り。

「姐さん、今はこのままです。敵が気付くのを待って、それからあの騎兵が入らないよう正門を封鎖して下さい」

「うん分かった!」

 いよいよ祭りも佳境かと観衆が沸いて囃し立てる。

 足早になれば踏み付けも雑になり、確実に踏み殺していた中からただの重傷者が出て、死なず高徳を得たと喜びの悲鳴。

 轡牽いている骸騎兵へ妹が騎乗命令、突入準備。

 機会をうかがう。

 正門の衛兵が化身様、畏れ多いと恭しく受け入れに道を開いて槍立てる敬礼。門上の兵はラッパ吹奏で国賓扱い。そして出迎えに神官が並んで香を焚いて待っていた。あの老いた新米行者もいる。

「創造原理の化身、お通り!」

 声掛けして踏み潰し志望者以外を切り捨て蹴飛ばして道を作る。

 姐さんが正門に差し掛かる。神官達の一部がその姿に感動し、たまらず身を投げ出して踏まれ死ぬ中、遂に入城の証として花びらで敷いた絨毯を踏む。その絨毯は藩都の大寺院まで繋がるだろう。入城成功。

 骸騎兵、声を上げず突入開始。行きがけに愛戦士団へ騎乗射撃で先頭列を潰して足止め。専門家は祭事が続いたままという体で太鼓は止めない。

「がっちょれー!」

「おっきゃんばれごっちょー!」

「おたまたま」

 聖戦士団は兜に胸甲に棘戦棍、骨から固定した鉄入れ歯と爪で揃えた乱戦使い捨ての姿。足止めされた愛戦士団へ奇声を上げ、変な姿勢と歩調で突撃。

 魅惑の面相としての”最高大睾丸”。

「サニャーキ、戦闘形態だ!」

「はーい!」

 ”おおかねたま”に一点ある窪みに指を引っ掛け剥がせば鎖となって伸びる。これは破壊の面相としての、

「やっちゃえ姐さん!」

「”暴れ大睾丸”だ!」

 一玉で二玉。

 ボッ! と風薙ぐ振り回し、衛兵に神官を挽潰しの弾き飛ばし。鎖が人玉間を薙ぎ倒し、鎖に服が絡まった者が振り回る。

「正門確保!」

 ――初代アウル藩王は怪力無双、男根壮大、踊るそれ自身、で知られる。

 内と外から銃声、喚声。

 聖戦士の突撃を掻い潜った愛戦士が拳銃を捨てながら走って正門に現れ、”暴れ大睾丸”を前に人馬驚き脚が乱れて急制動、棹立ち、薙ぎ潰し。門脇の崩れ石に肉が埋まる。

 ――”暴れ大睾丸”の姿を見たイレイン帝は”アウル”と叫び驚愕したと言われる。かの妖精達にその名がついた瞬間でもあった。

 自分は市内側、姐さんの背後、”暴れ大睾丸”の祝福範囲外から小銃を構え、大睾丸の粉砕から巧みに抜ける愛戦士を狙って射撃、射殺落馬。

 いつもは姐さんの背中にくっつく専門家も今回ばかりは制御に難有り、暴れるに任せる大睾丸から離れて同じく小銃射撃。

 姐さんと一緒に帝都からやって来たマトラ共和国情報局の連中から最新式無煙火薬の金属薬莢式連発銃を受け取っている。

 遊底引いて戻して撃つ。弾込めしないで八連射。多少騎兵が固まって抜けても、馬撃って人が下りて向かって来ても二人で撃てば漏らしが無い。

 前まで使っていた底碪式は伏せて撃つ時に姿勢を工夫しないといけなかったがそれも無い。

 片方が弾切れで薬室に銃弾を込めている間、もう片方が撃ち尽くさないで待っていれば隙も少ない。いざとなれば拳銃を使う。精度低くて姐さんの背中に当たることもあるが、大体大丈夫。

 突入した骸騎兵は二班に分かれる。

 東城壁から北側、宮殿と一体になっている方向へ行き砲台を無力化する第一中隊。妹が行く。

 爆発、地面の揺れが伝わる。砲台の火薬に点火したのだ。跳んだ石片がボトボト落ちて市民が悲鳴を上げている。やっと緊急事態を告げる警鐘が塔の上から鳴る。

 市内をめぐって敵を殺し回りながら放火する第二中隊。

 正門裏側を簡単に掃除して回って来た連中がこちらに来て、馬を寝かせて馬城構築。同時に上から我々を狙撃出来ないように建物や城壁上部に対抗の狙撃兵配置。

 東城壁、第一中隊から伝令。

「増援の姿見えない!」

「サニャーキ、門潰して!」

「はーい!」

 専門家が門潰しを指示。暴れ大睾丸が門自体を打ち崩し、穴を埋める。無理に突っ込んできた愛戦士が潰れた。馬の頭だけ瓦礫から出て、少し苦しんでから止まる。

 増援に来るはずの友軍を入れるために開けておく予定だったが、竜の伝令すら来る気配がまだ無い上に、愛戦士団と正門へほぼ同着となれば塞ぐしかない。理想上の予定ではあの奴隷騎兵達と顔を合わせることは無かった。

 市内、第二中隊から伝令。

「東門確保!」

「サニャーキ、東門を粉砕だ!」

「いっくぞ!」

 城壁砲台の爆裂を聞きながら東門へ移動。前後左右、分担して警戒。死んでは撃つ弾も無駄、敵と認めれば即射撃。

 火災が広がりつつあるが、消火が間に合ってしまうぐらいだろうか。三百騎の半分で、石組み、泥煉瓦建築中心では思うように焼けない。

 守備兵の死体を横目に、新手に射撃、大睾丸が粉砕。

 曲がり角で鉢合わせ、兵士か認める前に投げて短刀で首刺して抉る。一般人だが斧を持っていた。民兵、そろそろ事態に対応し始めたか。

 第一中隊が大砲を一部奪取。城壁上の防御塔へ砲撃を開始し、増援に備えて防御力を削ぐ。騎兵機動力で要所を速攻で確保しているので敵の挙動も制御出来ている。

 東門へ到着するがこちらにも愛戦士団が入り込み始めており、確保していた部隊は死傷者多数で近場の建物内へ後退していた。三百騎で都市攻略は流石に限界がある。

 射撃で支援しつつ姐さんが突撃して門の上縁を崩してから打撃粉砕で潰す。正門より小さいので即座に完了。

 入ってしまった敵騎兵を掃討する。流石は精鋭奴隷騎兵、刀も銃も馬も巧みで更に死傷者多数。撃てば銃口を見て避けることもある。刀撃ち込んで弾かれ、巻き上げられた時は死ぬかと思ったが、味方が脇から撃って命拾い。

 先に建物へ後退していた負傷者達による窓からの飛び降り自爆攻撃が始まって優勢に傾き、姐さんが戦闘を主導するようになって勝利。

 城壁外から爆音が聞こえる。壁の上から、敵の物ならばと遠慮なく火薬樽が投げ込まれて愛戦士団を吹っ飛ばしている様子。

 火災が広まって来たが、まだ大火の勢いではない。歩いて煙に困るまでに至らない。

 第二中隊から伝令。

「西門確保出来ない、民兵が武器を取って集結始めてる!」

「第二中隊集結!」

 合図の鏑矢、空に向かって二射。

「姐さん先頭で西門前進!」

「サニャーキ狙撃兵警戒、道沿いの建物は出来るだけ崩して!」

「はーい」

 都市は集結命令を出したので火災で混乱させる策は不発になりそうだ。民兵は戦闘以外にも消火に使える。

 街路を進む。姐さんが大睾丸を振り回し、民兵を神威で圧倒しながら、人も建物も粉砕。

 前後左右、警戒して敵と思しき者は全て射撃し、崩し残しの建物に狙撃兵がいれば擲弾矢を射込み、突入班を入れて掃除。

 武器庫から武器を受け取る民兵の集団が広場に集まっている。他の広場でも似たような集結が行われているようで、第一中隊が城壁上から大砲で砲撃開始。正規兵と民兵では砲弾食らった時の悲鳴が違うので何処を撃ったか音で分かる。

「サニャーキ、突撃サニャーキ!」

「突撃サニャーキ!」

 姐さんが”暴れ大睾丸”を遠心力で振り回しながら集団に突っ込む。

 薙ぎ潰して地面に擦って土肉混ざって飛んで、粉砕混ぜ捏ね、正門側へ直進投擲、建物貫通、正門守備兵に打撃到達。

 西門到達。東門と同じくあまり大きくない。

 射撃支援する中、姐さんが走って”暴れ大睾丸”回収、振り回して西門粉砕、閉塞。こちらからの愛戦士団の突入は無かった。

 第一中隊が北門、宮殿側への攻撃に移った。東城壁は一通り爆破され潰れているのが見た目で分かる。藩都防衛戦に備えて敵が準備良く火薬を揃えていた結果、破壊の手伝いになった。両面性がある。

 増援の友軍と時機が合わなかった以上は宮殿に突入して籠城するのが作戦。大寺院の方は市内の中でも外れにあって生き辛い。プラヌール人としても戦火に巻き込むのは少し気が引ける。

 宮殿の内城壁正門へ前進。姐さんが先頭、周囲警戒、射撃続行。

 ”暴れ大睾丸”が打撃した内城壁の鉄格子門がガラングワンと鳴って跳ね回り守備兵を潰して道も開く。突入。

 戦闘しながら玄関確保。最新式小銃の制圧力で思ったより白兵戦にならない。

 姐さんは宮殿玄関口に”暴れ大睾丸”を置いて、扉の両側に拳で穴を開けて鎖を通して外からの敵の大量突入を――物心両面で――阻害。そして折れたブットイマルスの柄を持って「ちっちゃいマルス」と唱え、床石を術で取り込んで石棍棒を練り上げる。棍棒を作っている内に、専門家はその背中に背負子のような座席を用意して座り背中を守る配置。

 宮殿内の敵は守備兵に官僚、居残りの老近衛兵、神官に貴族、召使いの皆が武装。番犬は厄介。放たれた愛玩動物の獅子、虎、豹は銃声、爆音に怯えて逃げる。

 撃ち殺して切り殺す。負傷して後が無いと思った仲間は時限信管起動、突っ込んで敵中で暴れ切ってから自爆。死んだ仲間からは腹巻爆弾を取って投擲発破。銃殺より爆殺、制圧する方が屋内戦で消耗を防ぐ。

 扉はこちらから手で開けない。擲弾矢、爆弾で発破して開けるか、姐さん先頭で突撃「ちっちゃいマルス!」で粉砕突破。

 城壁沿いから宮殿東口を攻める第一中隊の発砲音、大砲火薬を使った大規模発破、声が聞こえて来る。窓や吹き抜け、中庭から大声を出して互いに位置確認を続けて同士討ちを避ける。

 第一、二中隊が各所で合流を始める。制圧区画増加。

 優勢を確認、宮殿上層へ向かう。

 外に出れば都市が一望出来る。煙は多少広まって混乱を演出しているが火の手はあまり広がっていない。

 崩した外城壁正門では発破行為が繰り返されているようで、直に開通してしまいそうだ。城壁上から縄が外へ吊るされ、そこからよじ登っている姿も見られる。

 宮殿屋上、柱に翻るマハクーナの旗を、綱を切って降ろして回る。そして屋上中央、一番目立つ柱の綱は切らず、手繰って旗を降ろしてから帝国連邦旗を掲揚し直す。敬礼。少々早いが占拠を宣言。

 階下では姐さんが扉、壁をぶち抜いて掃討する震動が伝わる。この圧力を前に抵抗するのは難しい。

 宮殿前へ集結し始める敵に向かって屋上から射撃。

 宮殿内の制圧が進んで、屋内から屋外の敵への戦闘に移行。

 新式銃の銃弾が少なくなってきたという声が聞こえ始める。宮殿で確保した世代が少し前の小銃――先込め式の椎の実型弾、威力射程は十分――と弾薬を使って射撃。

 温存していた機関銃も設置し、敵の集結が際立つ時に掃射。

 姐さんに何時までも無敵に頑張って貰いたいが、専門家が疲労を考慮し、北門を潰した後に厨房へ向かわせて飯を食わせ始めた。我々の分のご飯も用意してくれるらしい。

 やった! でも温かくて美味しい肉団子鍋じゃなかった。残り物の食事に綺麗な残飯、火の通りやすい食材を入れて煮た雑炊だった。


■■■


 日が沈むまで宮殿に殺到する敵を撃ち殺し続けた。内城壁が死体で埋まっていくと言いたいところだが、敵は数も頼りになるくらいいるので問題無く回収している。

 姐さんは食事をして一息吐いてから宮殿の階段や天井、廊下を崩して回り、敵が勝手知ったる抜け道を使って奇襲しないよう屋内を整理。

 武器弾薬は、宮殿の武器庫にそこそこ残っていたので当面は問題無い。

 放した馬は敵が接収しただろう。戦後にでも返却を求めればいい。

 外城壁正門の開通工事は簡単に終わっていた。瓦礫の撤去は完全ではないが、人と馬が通る分には問題無し。大砲を入れるまでにはいかない。

 外から持ち込まずとも、城壁の砲台から外して運ぶ姿が見られる。直に砲兵が内城壁前に並んで宮殿を破壊する、かもしれない。脅しに屈して降伏する心算は無い。

 夜になって奇襲攻撃があるかと思ったが、無い。敵は冷静に大砲と言葉で降伏を促す心算だ。砲撃して崩れるのは己の宮殿である。戦闘で観賞する暇は無かったが、綺麗で整った内装に調度品は崩すに勿体無い造りである。

「私はマハクーナの王太子バーゾレオである! 諸君等の勇敢な戦いぶりに敬意を表す。また創造原理の化身たるお方に祝福を! 降伏を勧告する。捕虜として正しく扱い、決戦終了後までの身柄の安全を保障する。返事や如何!?」

 我々はともかく、姐さんの身柄は守らなければならない。

 王の寝台に転がって敷き布に人型の血と泥と煤をつけて遊んでいる馬鹿、妹を掴んで引き摺って専門家と相談。姐さんは王后の寝台で「むにゃむにゃ、ミーちゃんもう食べられないよー」と寝言。頑張って貰うので優先してお休み中。

「最悪の状況でもサニャーキは事前に逃がして次の戦いに別動隊が投入出来るようにしなくてはならない」

「賛成」

「姉に同じ」

「増援はギリギリまで待つ。潰した門だけじゃなく壁も開通出来るから勝算、退路もある」

「同じ」

「うん同じ」

「王太子バーゾレオを生け捕りに出来れば籠城を延長出来る」

 そうと聞いたら足が動いていた。寝ている姐さんの腹の上に「どーん!」と腹から跳び込む。

「仕事です!」

「労働!?」

 姐さんが跳ね起きて吹っ飛ばされて姿見にぶつかって鏡を粉砕、ディテルヴィの壁掛け肖像画が頭に落ちて痛い。起き上がる。

「おねえちゃんどうしたの?」

「屋上へ!」

「屋上!」

 屋上へ走って出る。旗柱から国旗を降ろし、地面につけないよう畳んで……あまり良くないが手摺りに掛ける。そして綱を回収。ついてきた妹と専門家に、昼に切った他の柱の綱を「延長するから」と集めて持ってこさせて縛って長い一本に結んだ。

「あそこの綺麗な恰好した王子様見える?」

「ううん?」

「返事や如何、降伏か!?」

 国旗を降ろしたことで反応が見られた。こうすると降伏しそうに見えるわけである。

「あの人!?」

「あの人」

 長い一本を「腰に結んで」と妹にやらせる。

 専門家は異論も言わず、一本の反対側を柱に結んでから一度下に降りて、火をつけた松明を一本持って、我々からは離れた位置に移動した。

「よし。お返事代わりに私を彼に当てないよう、でも直前まで投げてください。捕まえてきます」

「怪我しちゃうよ?」

「してもいいですよ」

「分かった!」

「……私は帝国連邦軍、情報将校である! 偉大なる総統閣下の御意志に従い……!」

 専門家が目立つように松明を振り、要領を得ない弁舌を振るって王太子達の意識を耳に集中させる。何を言っているか分からなくても、交渉となれば聞いて理解する努力をしなければいけないのだ。

 姐さんに担がれ、股と胸に手が添えられてからの投げ飛ばし!

 早い。眼下に血塗れの石畳、応急の柵、兵士。

 脚だけで着地、手は温存、姿勢崩れる、膝立ち? で”バッゾくん”の腰を掴んで寄せて抱く。

 流石姐さん、労働ぢからが半端ではない。こんな正確に当てず近くに着地。

 見上げる、顔、目が合う。

「バア」

「ギャィャー!?」

 股座のにおいを嗅ぐと、これは下賤に出せないかおり。

 宮殿方向へ腰帯引っ張る引き摺り始まる。

 悲鳴上げるバッゾくんの服噛んで、膝は動かないっぽいが太腿、股だけで脚を捕らえて、拳銃片手に我々二人の愛の脱出劇に伸びる悪徳の手に発砲。

 姐さんの引き手繰りは強くて水に流されるようなどうしようもなさ。バッゾくんがあちこち手を引っ掛け、兵士の手を掴んでも何の抵抗にもならない。

 滑る、柵に引っかかり背中痛打、抉った感触。背骨じゃなけりゃ何とでもなる。

 悪徳の手を射撃、射撃……弾切れ。

 兵士が追い縋り脚にしがみ付かれた……脚ってそんな方向に曲がったかな? そいつは妹が撃ち殺した。お、うまっ。

 身体が上がって屋上へ、勢い余って屋根より高く、姐さんが受け止める。

 一本釣り完了。

「バッゾくん覚えてるぅ?」

「ヤァヤー!」

 バッゾくん、首振り足掻いてとても可愛い。

 若かりしあの頃、アッジャール侵攻の最中、ディテルヴィに背負われて足手まといになっているのではと子供心に思い、早く大人になりたいと泣いていたチンポコくんがこんなに育って!

「ヤァ鬼糞ババァ死ね死ね!」

 狂乱したバッゾくんがようやく短剣を思い出して使って必死に刺そうとしてくるのがメチャかわ。捌いて掴んで抑える。姐さんが「危ないよ!」と短剣を取り上げた。

「おちんちんにもうお毛毛生えたのぉ?」

「死ねぇ……! えー……」

 バッゾくんは泣き始めた。大人は通常範囲外だが、思い出補正と綺麗な顔と涙があれば十分。

「帽子被ったピンチョコちゃんがどう育ったかお姉ちゃんが具合見てあげまちょーねー」

 ズボンに手を掛けると妹に蹴られる。あれ、自分は頑張って来たんじゃなかったか?

「アホクソボケ、捕虜に馬鹿やってんじゃねぇよ」

「じゃあさあ見るだけ!」

「見たらデッカくなったの見たいとか言い出すだろうがてめぇは堪え性のねぇ馬鹿なんだからよぉ、あぁ!?」

 妹の糞馬鹿呆けが功労者たる自分に踵蹴りを連打。

「いもうとちゃん、怪我してるからだめだよ!」

『あ』

 姐さんの指摘通り、脛の骨がズボンを突き破っていた。よっぽどである。


■■■


 バーゾレオ王太子確保により強行的な奪還作戦が実行されず、籠城の延長に成功。国旗は掲揚し直したと聞いた。

 自分の脚は治療呪具で治療。姐さんの素早い接骨のおかげで歩ける見込みがたった。自爆方法はどんなものにすれば格好良いか考えていたが不要となる。流石は最高の英雄、野戦治療もお手の物。

 そしてバッゾくん生け捕りの夜が明けた朝になり竜の伝令が宮殿に到着し増援到来を告げる。

 昼になって骸騎兵本隊、グラスト第二旅団、ザモイラ術士連隊、竜跨隊の七割が藩都郊外に出現。またシレンサルのアルジャーデュル奴隷騎兵数千も数日置いて到着見込みとのこと。

 グラストとザモイラ術士による川の凍結渡河が素早く行われた。

 骸騎兵本隊の渡河妨害を愛戦士団が試みるも、毒瓦斯火箭、機関銃の射撃の前に粉砕される。

 姐さんが一度潰した北城門を開通させ、骸騎兵隊が警戒する中で両術士隊が入城。守りを確実にして、改めて都市制圧作戦を計画。

 まずはグラスト術士による集団秘術、炎の竜巻で宮殿包囲部隊ごと焼き尽くすことに決定。専門家がバッゾくんにどんな威力があるかを説明。更には何回出来るかも説明。更には焼いた後に周辺の川の水を引き込んでからの大規模爆破術の可能性も説明。ザモイラ術士も若いが心得は十分とも。

 マハクーナ藩王国は帝国連邦軍を良く研究していたらしい。炎の竜巻については第一次西方遠征時にロシエ軍を焼いた事例どころか、天政南朝に仕掛けたものも情報を収集して知っていた。

 専門家の説明を受けたバーゾレオ王太子の「降伏する」との言葉によりパラガルナル陥落となる。

 後に落ち込んだバッゾくんの隙を突いて更に陥落させようと這い寄ったら顔を蹴飛ばされて鼻が折れた。

 思い出作りに失敗。次に狙うべきは宮殿の肖像画に見えた彼の息子だろう。宮殿にはいなかったから、北の避暑地の離宮にいるはず。


*24と5/6話(実際の437話)は規約に引っかかる可能性があるので近況ノートにリンク張ります

https://kakuyomu.jp/users/sat_marunaka/news/16817139558348258357

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