第433話「チンポを寄越せ!」 ディテルヴィ

 使命を全うする徳と、そうではない悪徳。何を使命と自覚するかはそれぞれだが己の心の声に逆らうことだけは間違いである。

 日和見で信仰心が足りないリアンヤフ藩の都ザラカール方面からやってくる帝国連邦の車両隊は、最新の武器弾薬を積んでは開戦前から断続的にやってきている。我がブワンデル王領の国土を踏む人夫に駄獣の多くはジャーヴァルのもの。拝する神の違い、そもそもの信仰の違いもあって金さえあれば確かに調達可能。おぞましくも排除出来ない程に食い込んだメルカプール狐の通商網を間借りすれば小切手、紙切れだけで数を揃えられよう。

 ジャーヴァルより北東の――昨今ではアルジャーデュルなどと――アッジャール残党政権共から雇ったと見られる傭兵が護衛につく姿が見られるようになったのは開戦後間も無く。

 アッジャールの侵攻以来、常日頃から監視して動向を探ってきていたが、シレンサルという帝国連邦の五か十指に入る高官があちらで工作して兵力を増強しており、傭兵の姿はその一端。

 目を付けた敵の車両隊は、開戦後に襲撃を受け廃村とさせられた街道沿いの村を利用して野営準備中である。火を熾して夕餉を炊き、一日の疲れで腰が重くなったところで日没前に伏せておいた民兵が、その匂いと煙を合図に這い寄る。

 敵はこの伏撃を警戒していた。信仰はあれど訓練は無い民兵は稚拙な動きをし、一部は早々に見つかって銃撃を受けて立ち上がれず釘付け。一部は神の名を唱えて走り出し、持った銃の有効射程まで近づく努力をしている間に圏外から狙撃され倒れる。一塊になって剣に盾を持って、前衛が肉の盾になり後衛を送り出そうと果敢に挑んでも車載機関銃が薙ぎ倒した。

 火器の性能が違い過ぎる。信じる彼等、軍民問わず総力を持って戦う使命を帯びても装備と、練度でも劣れば的になるのが精々である。

 しかし、これでいい。我がブワンデルの民の使命である。

 その街道沿いを見下ろせる高台――地形のわずかな盛り上がりの丘未満――へ、巡回中の骸騎兵なる、仮面を被るおかしな恰好の者達が小数、銃声を聞き付け、車両隊が焚火に薬品を入れて上げた狼煙を目印に現れた。

 狐のように考え、兎のように潜り、狼のように襲う。

 敵車両隊を襲う民兵は囮で足止めである。

 こちら自分と古参の女王親衛隊、喚声は上げず高台に仕掛けた鼠穴にも見える落とし穴で馬の脚を痛めて悪態を吐く骸騎兵目掛け、掘って隠れていた穴から立ち上がり、貴重な最新鋭小銃を持って一斉射撃を加える。二重伏撃。

 骸騎兵は、あっと言う間に走って距離を取った。そうしながら咄嗟のはずの騎射が部下達の多くの頭に胸を的確に撃つ。

 こちらに撃たれ、馬が傷つき、負傷して後が無いと見た者は即座に下馬して馬を盾にして応戦。反応が早い。

 撃ち合いは完全に不利であり、自ら先頭に立って抜刀し「突撃前へ!」と号令。

「ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!」

『ラララララ!』

 自分を庇うように前へ出た部下が敵の矢を受けて爆発四散。あちらは、こちらの突撃号令を受けて小銃から爆弾の矢に切り替えた。爆裂する速射に服と肉が剥げる。

 使命を全うすれば徳が積めると理解していなければ皆、臆したかもしれない。部下達が骨と内臓を晒し、地面で炸裂する爆弾片、砂利の礫に裂かれながら前進。

 迫っては槍に刺され、至近距離から拳銃連射で雑兵のように転がされ、馬を乗り越え刀で競り合い、相撲で組み伏されて喉を切られる。

 白兵戦ではまず一対一で勝てていない。数人掛かりで囲んでようやく倒せる。

 そして勝ったように思ったら「総統万歳!」と腹に抱えた爆弾の安全金具を引き抜いて諸共自爆。爆発していない死んだ者がいたら、他の者が爆弾矢を射て誘爆させ我が部下を吹き飛ばす。

 こちらは装備と技量差を見込んで多人数で仕掛けている。一人で敵わないなら二人、三人、もっと必要ならもっと。

 爆殺されながら追い詰め、部下を盾にようやく一人の敵兵相手に剣撃挑んで防御を叩き伏せ、刀で腕の左右を打って戦えなくした。

「降伏しろ!」

 こちらは数で押し、距離を取った他の骸騎兵へは馬の死体を盾に銃撃を加えて追い払う段階に至る。

 車両隊への民兵による攻撃も、連携は取れていないが銃弾より多い数が騒ぎを見て駆け付けつつあり、何れは数で潰せる。

 そんな状況が見えるような高台だが、腕が使えないその者は仮面を地面に擦ってずらし、踏んづけ外して口を開けて掛かって来た。この期に及んで噛みつき! その口に刀を突き刺し、歯に当たって剣先鈍った? と思ったら股間に蹴りを入れられた。生憎潰れるモノなど下げていないが、戦時でなければ蹲りそうな、強烈。

 踏み込んで刀を奥へ入れ捻って傷を広げて蹴り倒した。死亡を確認。しかし何と、神ではなく個人を崇拝する割には使命を理解している天晴れな者か。

 敵車両隊も荷を焼き捨て機関銃を爆破し、馬で走れる者は距離を取って、狙撃を繰り返して部下達の頭を吹き飛ばし続ける骸騎兵に合流して逃走を始める。

 残敵は正義に則り捕縛。車両隊の人夫に奴隷は観念をしたが、帝国連邦兵は死ぬまで抵抗を止めず、自爆もし、瀕死の重傷などを負わせたり頭部を殴打されて失神した者だけが生き残る。

 誇張なく敵と比較し十倍以上の犠牲を出して今回の二重伏撃は成功を収めた。この遺棄された車両に積んだ、焼き壊れ損ないの物資を吟味して奪いたいところだが、逃げた敵が応援を呼んで襲撃してくるまでそう時間は無いという前提で動く。物は手に取れるものだけ奪わせ、後は野営に熾していた燃える薪を放り込んで完全に焼いて少しも回収させないようにして撤収する。

 マハクーナ及びブワンデルの連合人口はおよそ一千万。戦える者を特に限って仮に百万と少なく見積もったとして、これだけで敵を十万も撃破出来る。敵兵力は十万も存在しない。十分に勝算がある。

「む」

 しかし股間が痛い。しばらく血の小便か。


■■■


 ナズ=ヤッシャー川での戦況が膠着する中、民兵動員による民間人への被害、拡大を見せる。

 アッジャール以来のオググ共の常套でもあるが男老人、女子供に赤子まで殺して街道沿いに積み上げて脅迫している。正しい葬儀を経ず、正しく神の下へ行けぬのだと揺さぶってきている。

 気の弱く、悪徳の民兵は使命を知りながら戦いを拒否し、私は違うし何もしないと言い訳して逃げる。骸騎兵隊による襲撃が苛烈さを得て恐怖を与え、こちらの指示を聞かない者が増えてきている。これは織り込み済みだ。そしてそうではなく使命を知る者は戦いを挑む。

 一番に知る者の多くは既にナズ=ヤッシャー川西岸に渡り、突撃する”弾受け”の荷駄となって帝国連邦軍を川に釘づけにしている。猛射撃を受け火器弾薬を消耗させている。

 遅れて知った者は決戦の中心には行かずとも戦いを続ける。常識的な戦いで勝つことは不可能。常軌を逸しなければならない。

 自分は出来るだけ足を止めず、国内を放浪するように駆けては定期的に集会を開き、激励の言葉を人々へ伝える。聞いた者は更に各地に散って伝え広める。

「ディテルヴィ様! ブワンデルの守護者!」

「女王陛下!」

「ハラッハ女神の化身!」

『万歳! 万歳! 神は偉大なり!』

 組んだ演台に上り、集まった使命を知る者達に声を掛ける。これは目立つので敵に襲撃されたことは何度もあるが、何度だってやる。むしろ囮になって迎撃出来る分都合が良い。攻めれば十死で一殺のところ、守れば七死で一殺ぐらいに効率化出来るのだ。何と素晴らしい。

「女王様、おおなんとまだあの時の御姿のままだ!」

 老人が自分を見て歓喜に泣いた。昔のアッジャールの侵攻時にあちこち転戦して回った時に有名になったのでこのような者は多い。

「はっは! 私は元気だからな! お前はダーラウードラ川の初めの戦いにいた者だな、草刈りの鎌を持って、鍋を兜に被っていたな! 覚えているぞ!」

「何と二十年以上前なのに!」

「覚えるのは得意だからな!」

 それから集まった者、顔を知る者を指差して過去を語って気を盛り上げる。流石に名前までは聞き覚えが無ければ知らないが、顔と場所と年月に事件は分かっている。特技だ。

「聞けい! この決戦は神が望まれた。お声を聞いたわけではないがこの状況に至った運命が御意志を伝えるに十分である! 虫のオググと戦った大の大たる大女神の分かれ身、その化身、その子供達、信者と英雄達の戦いとはこうである。アイラシャータは巡る中で偏在する。それぞれ人には使命があり、寿命の訪れは使命に左右され、その終焉は老いと若きで区別しない。使命を全うし徳を積んで死ぬならば、前世の悪徳が相殺され、次に今より良い生まれに至る。百億万遍祈るより使命の一死が貴きぞ! 皆の者、死ねい! 敢えて聞こう、お前達の使命は何だ!?」

「戦って死ぬことだ!」

「犠牲を厭わない!」

『死だ!』

 歓声が返って来る。よし、意気は挫けていない。

 集会は定期的に行い、上からの声を下に届けた決戦が終わっておらず、手を止めてはいけない、知らしめ続けなければならない。

 声掛けの途中で伝令が来た。

「堤防工事現場へ一千余りの敵騎兵隊が急行する姿を確認したとの情報が」

 夫には皇帝になって貰わねば神々がお泣きになる。不埒な外神の世界侵略を止めなければならないのだから、その使命を帯びて自覚し動こうとする者を支えるのは信者、神兵同志としても当然。

「皆の者、私は目的のためにここを離れる。街道襲撃を任せた! 何れ全て還るのだから何も惜しむな!

 ハッ! ラハ、ラー。子等を捧げよ!

 ヤッ! シャー、ラー。血肉にして捧げよ!

 エー! ベレ、ラー。再生のために捧げよ!

 三女神が使命の殺戮の後に回して戻されるぞ! 妻達が夫たるリンナーを助ける我等神兵を助く!」

『捧げよ! 捧げよ! 捧げよ! 捧げよ! 捧げよ!』

「ではさらば……!」

 急な立ち去りに人々は名残惜しそうな顔をする。こういう時には良いやり方がある。

「これを使え!」

 人相有望そうな若者の足元目掛けて刀を抜いて投げ突き立て、取らせる。ただの鉄剣だが、しかしこれには気合が宿る。

『女王陛下万歳!』

 馬に乗り急行する。


■■■


 ナズ=ヤッシャー川の上流側、山岳部に差しかかる程の北方ではない地点には川の旧流との分岐点があり、一番に人と費用が掛かったと伝えられる大堤防がある。ここを敢えて決壊させる。それで川の水位が下がれば利点、欠点双方ある。

 利点のみに絞ればメリプラ藩都ヴァリタガルを突破してきた敵艦隊の遡上阻止。そして一番は大氾濫を起こして東岸にいる帝国連邦軍を薙ぎ払うことが出来るという可能性……それともう一つ。相手を誘導し伏撃すること。

 利点とも欠点ともなりそうなのは渡河が容易くなりこちらもあちらも攻撃がし易くなること。戦上手は敵であるから、欠点が強いのか。

 明らかな欠点は勿論、川沿いの農村が破壊されて経済が大後退すること。

 大堤防の構築は並々ならぬ努力あってのことで、決壊はそれよりも容易いが、それをこの緊急時に間に合わせるためには多大な努力が必要。作業は決戦開始後から昼夜問わず行われている。

 大堤防の一部は既に崩しており、本流より涸れた急流へ水が流れている。長い間涸れていた間に溝を埋めた土砂を乗り越え、泥水になって平野部に広がり、一部が離れた涸れ川に入り、地面を削って流れを作って新しい川になる。

 工事現場周辺には対騎兵用の落とし穴が多数掘られる。蹄が突っ込み、足首か脛が引っかかる程度の浅さと狭さで十分。余程に凝ったものを作る必要はない。まずは数、とにかく数。街道沿いの二重伏撃でも中々の効果を上げている。直ぐ作れるのが良い。

 堤防の決壊工事現場は複数ある。下流側の現場は、水位を下げるためには必要だが敵襲撃を報せる警報装置代わりで囮、足止めと考えている。どちらかと言うと防御陣地として機能させている。

 最大の工事現場である旧流分岐点に自分が馬を潰しながら到着した時には既に一番下流側の工事現場は襲撃で壊滅し、その一つ上流側には威力偵察部隊が食い込んでおり、旧流分岐点上空には既に偵察する竜が、点に見える高さで翼を広げて見せていた。

 この最大の現場に敵が来ることを予測し、女王親衛隊とまた兎のように穴を掘って潜り待機する。土木作業に従事する民兵達、男に老人に女子供と家に残しておけぬと連れて来た赤子の中に紛れる。

 正直、水位低下による艦隊阻止に加えて氾濫の一撃で帝国連邦軍を薙ぎ倒すことが出来るかなど分かるわけがない。全く不明で試したこともなく、この大堤防自体も毎年補修を続けてきたが設計に建設は何百年も前のことで、流れの切り替わりが起きた時代にもたらされた大被害がどの程度かも不明。勿論、決壊を試みたこともない。だが可能性は”無くはない”。

 ”無くはない”というだけで無視できない。そういうことは帝国連邦がその名を名乗る前からやってきたこと。敵を研究している。

 ベルリク=カラバザル総統は緊急事態となり、少数精鋭で片付けられる案件と分かれば親衛の騎兵隊を率いてやってくる。頼れるラシージ将軍に大規模な中核作戦を一任し、手ずから解決せんとやってくる。そう過去の事例で行動が読めている。


■■■


 潜んで待ち、夜になった。爆発と悪臭で襲撃されたと知れた。下流側に複数の現場を、一つ目だけを潰してから一気に迂回してここの本命までやって来たのだ。上下から挟んで潰す気かもしれない。

 篝火で照らされる夜間作業現場に火箭が音を立てて落ちて、爆発、転がって民兵を薙ぎ倒してから爆発。炸薬量が少なく一瞬装薬不良かと思ってしまうが、噂の天政が使った薬品兵器を模倣した硫黄の毒気が撒き散らさせる。風が吹いて流れればそう恐れるものではないが、目鼻と喉に染みて一度混乱して無力を覚えれば死人と同じようになってしまう。

 敵の姿が夜陰で良く見えず、篝火の範囲の外、銃火も見えるか小さすぎるかという距離からの狙撃で、明らかに平服民兵の中でも指導的立場の者、現場を防衛する砲兵から頭や胸から血を噴いて倒れる。民兵達は混乱し、一部は塹壕に張り付いて迎撃配置に付くが頭を少し出しただけで吹っ飛ぶ。

 続いて機関銃による掃射が加えられ、塹壕に張り付いて小銃を構えようとする者の頭が、通過と着弾の音と埃で抑えられる。その中に連発銃の射撃が加わって更に強圧的になり、少し経ってから爆弾の矢が曲射で降り注いで土壁に隠れる者達が粉砕される。

 民兵の胆力ではどうにもならないところまで来て、突撃速度の地揺らしが強まる。そして馬狙いの落とし穴で何騎も転ぶが、動揺しないで下馬して歩兵として前進を始めた。馬の替えなど何頭もいるせいか未練がましさがない。

 まともな抵抗も出来ずに現場へ敵騎兵が乗り込み、続いて下馬兵が来る。射撃の正確さ、刀槍と相撲の巧みさで瞬く間に殺戮。世界を巡って殺しを続けて来た専門家の動きはある種、歯車のような”そうなるべき”動きで無駄が無かった。演劇のやられ役のように倒れる。

 我々は民兵を犠牲にして待つ。良く堪える。助けを求められても無視するか、口封じに刺し殺す。それぞれ役目が違う。

 そして自分の合図を女王親衛隊が待つ中、待っている間に敵に見つかり死んでいく中、じっくりと観察してその中に遊牧皇帝の気配を漂わせる、特徴である三角帽を被ってやたらに拳銃をぶら下げ、連射して殺しまくる突撃兵めいた男を見つける。馬を捌く足腰はしっかりしているが、足が一本”生もの”ではない不自然さ。あれだ。

 標的まで距離がある。近づくために穴から這い出し、水を満たした涸れ川へ入って泳いで進み、本流へ渡って葦の中で待つ。

 民兵がほぼ皆殺しになる。銃声と喚声が無くなって来て、穴に部下達が隠れていることがバレて捜索が始まっている。

 距離を詰めて、川岸に上がり、近くにいた隠れる部下から拳銃を――自分のは濡れたので信頼しない――借り受ける。穴から引きずり出された部下が起こす、ベルリク=カラバザルの注意がこちらと反対に向いてしまうような出来事が起きるまで待つ。待っている間に十、二十と死んでいく。二十年来の旧友と呼べる者も死んでいく。

 神が与えたもうた機会。神助あれかし。

 ベルリク=カラバザルの馬の脚を撃って落馬……ならず、飛び降りられた。近くの穴にいた部下から始まり、残る潜伏していた親衛隊が一斉に飛び出して襲い掛かる。

「チンポを寄越せ!」

 ベルリク=カラバザルの胸へ刀の諸手突き。だが、刃を両手掴み、残る勢いも切っ先噛まれて止まり、股関節を踏まれ更なる押し込みも止められた。

 崩れた言葉で男根と叫んで注意を下半身に向けたつもりが良く見られていた。夫がそちらに注意を向けるような発言をしていたはずだが利かない。刃も肋骨に当たらぬようにと横に寝かせたのが噛み易かったか。銃撃では確実に殺せないと思ったのが駄目だったのか。

 一瞬遅れて地面にベルリク=カラバザルの刀と拳銃が落ちて跳ねる。咄嗟に得物を手放すとは達人の域。

 衝撃、横倒し、視界が揺らぎ、立てそうにない。横、死角から護衛に頭を殴られたか。

 刀から伝わった小さい感触。ベルリク=カラバザルの頬を掻っ捌いていたが意図したものではない。この程度は未だに前線へ立つ戦士には軽傷未満だろう。

「おい、痛ぇぞ」

「男前、お兄様」

「このうっかりさんめ」

 左が裂けた口でベルリク=カラバザルが余裕を持って笑う。肉に奥歯が見えた。

 一斉にかかった部下達だが、不安定な視界の中で瞬く間に倒れて行った。一矢報いられたか? 十人で一人殺せたか?

「貴女がええ……ブワンデル女王にしてマハクーナ王后ディテルヴィ様ですね。立ち位置で称号が変わるようで、これで間違いないでしょうか? 王妃殿下と呼ぶのは侮蔑的で間違いであるとは聞きましたが、こう、帝国と藩などの主従関係がまだ勉強中でして」

 敵に我々は学ぶ。刀で迫った理由にはもう一つある。確実性を重視し、腹に巻いて仕込んだ骸騎兵が使った爆弾の金具に手を伸ばし、雷管が衣服ごとまじない女に掴まれ、胸を蹴られて引き千切られた。「うっ」と息が出尽くす。

「男が死にたくなるような良い顔と声です。お答えは難しいようですが間違いないですね。これは噂以上に人気者と見受けました」

 死ぬほど痛いと思うのは、まだ死ねないから。次の手、短剣、胸が痛くて腕も転がる姿勢が悪くて柄に伸ばせない。

 何をしくじった? もう少し、話の分かる者として振舞って邪魔が無いと周囲を確認すれば使命を果たせただろうか?

 何にしても運命は遊牧皇帝ベルリク=カラバザルに今味方している。次に敵となるようお祈りせねば。

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