第431話「史上初めて遊牧皇帝を犯す男になる!」 イブラシェール
伝書鳩――敵遊牧騎兵による鷹狩りで多数やられていることを確認済み――にてメリプラ藩の窮状が知れる。
かの藩都ヴァリタガルが最新装備の鋼鉄海賊に焼き討ちされ、守備隊は市外で会戦を行い壊滅的打撃を被る。そしてパシャンダ兵の騒乱が一時鎮静の方向に向かっていたが再発して都政単位で見れば麻痺状態。中央統制が乱れて地方行政にも甚大な悪影響が及ぶ見込み。
この一件にて我々、大男神を捕らえる中央政府の不遜不敬なる王家に神罰執行し正統なジャーヴァルを取り戻さんとする諸女神の御意志を実現せんとする聖なる正義神兵軍が、メリプラ軍からの増援を得るのは厳しい状況となった。
決戦開始前に指を一本折られた。折角リアンヤフの腰抜けと違って派兵確約と書面で交わすまでに至っていたが、これでは反故にされても文句は言えないどころか、正義に則れば支援してやらねばならない。
開戦前に東北三藩を分断するとはまるで大男神の御業の模倣のごとし。ベルリク=カラバザルめ、強敵間違い無し。それでこそ克服する山として価値がある。
決戦開始前から勝利のための行動は両軍で展開している。戦争準備の努力は古典時代から奨励されるもの。
ナズ=ヤッシャー川東岸においては戦い無き闘争が続いている。互いの野営地が入り組む中、出来るだけ嫌がらせを繰り返して追い出し合い、精神を疲労させて開戦時の優位を得ようとしている。
そんな中、最近になり帝国連邦兵が”ねこ”と呼ばれる、正視に耐えがたい無残な人間ではなくなった何かを殺さず生かして晒しものにする呪術を行うようになった。勿論正義の伝統にこれを、神兵の肉体に傷つけるのではない限り禁止する言葉は無いが、しかし士気が落ちているのは否めない。その呪いの術中に掛かると精神を病むらしい。
準備努力でやり込められているだけではない。その東岸地域からリアンヤフにまで至る広大な領域には数多の伏兵を用意してある。我が后ディテルヴィがかつて旧アッジャール軍に対して行った非正規戦、抵抗運動を効率化したものを展開させる。彼女には実際に東部地域で陣頭指揮を執らせている。
旗、狼煙、伝書鳩小屋の配置を整理して大規模作戦を可能とし、欺瞞用の偽信号も用意してこちらの行動予測を防ぐ。民間居住地、廃屋、藪や雑木林などに偽装した隠れ家を多数確保。対人、対馬の罠在庫も確保。四方八方全正面から後方連絡線まで昼夜問わず襲撃、陽動を仕掛け続ける。そして最終的には帝国連邦軍総統ベルリク=カラバザル、不当な中央政府を支持する男の首を……いや殺してはいけない、決着後の儀式のために生け捕りにしなければならない。ただ腕の一本無くても良い。
西方からの同志神兵の到着が遅れている。メルカプールの狐、悪逆畜生ゴドルによる妨害数多。陸路、水路にて行軍は遅延し、食糧と運賃価格の暴騰で多くの同志神兵が物乞いや徒歩を強いられている。これは正義に悖るがしかし、糾弾するには証拠も時間も、調査手段すら足りないのが現状。商業上の理由を盾にされては不正義を決定付けるのは極めて困難なのだ。決闘相手が中央政府ならばともかく相手は帝国連邦である。筋が違ってしまっている。
遅れながらもこちらへ到着し続ける同志神兵達は藩都パラガルナルへ呼び込み続ける。決戦開始後も召集を続けて再編する段取りは義息バーゾレオに任せる。
あれは良い君主になるだろう。産ませて育て、どう仕上がるかも分からない己の子供より良い。既に完成していることは尚良い。
軍資金確保のための特別税、正義決闘税の徴収を布告しているが芳しくない。
決戦準備が始まる前に北部遊牧地帯で徴税官一家強盗殺人事件があった。また帝国連邦騎兵がその時不当な徴税を受けたとして徴税局を襲撃し殺傷する事件も起きている。これは決戦申し込みの前の案件なので不正義と訴えることも出来ない。別件で扱う問題である。
この影響から各地の徴税官が一般住民に侮られるようになり、しり込みして各地で徴収が遅れている。一部住民は今までになく大っぴらに反抗し、暴行と暴動事件を起こしている。逆らって打ち倒せば”チャラ”になると思われてしまっている。決戦に向けて最大限兵力を集中して国内が手隙になっている時にこの始末で、徴収免除の代わりに民兵になるよう呼び掛けて鎮静化を図っている。
こうなると借金だが、借りる先と言えばジャーヴァルでは大体メルカプール藩かその関連企業になる。奴等は現在、借金をする時の審査を今までに無い程厳正にしており、しかも回答がやれ手紙の配送をしくじっただの”本店”で投資詐欺がどうこうのとこちらでは早期に調べようが無い理由を捲し立てて話を通しはしない。明らかな妨害で、かといってあの糞狐以外から借りるにしてもパシャンダ諸国は帝国中央とは臨戦態勢で余裕が無く、他の国となれば中央寄りか日和見か貧乏か金利が高すぎるか信用がそもそも無い。
金策が難しい。中央との対決姿勢を明確にし、メリプラが混乱して以来物価高が続いている。法外存在の最下層民から収奪を行ったとしてもたかが知れている。個々を見れば裕福な場合もあるが、地方財政程度ならともかく国家大事業となる大戦争を支えるには芥子粒。彼等の暴動の方が高くつく。
決戦を優位に運ぶためには開戦の良場、吉日の設定が重要。
重要であるから正義神兵軍の同志達は、勝利のために、また決戦後の利益誘導のためにか好き勝手言い合っており、その舌戦に自分は加わらずに放置している。
今から疲れてもしょうがない。彼等の口だけ疲れさせておいて、後からこちらが主導権を握る。話し相手に我が外交官の一人を置いてあるがあれは置物だ。
決戦間際になっても設定も出来ずにいたら流石に困るので、ベルリク=カラバザルへ意見一致のために反応を見る手紙を出したが流石の歴戦、黙殺。こちらの団結を促す行動はしなかった。
ザハールーンの”小わっぱ”から”ベルリク=カラバザル帝国連邦総統との正義の決戦は帝国法務省が正式に認める”という筋違いの手紙が送られてきている。あのような者如きにわざわざ認められる筋合いはない! それも法務省などと、この地上の大男神と大女神を崇め奉るわけでもない魔神教の法典派が居丈高に”認める”!?
この決戦、元は帝国連邦兵のファガーラ姉妹という者の提案に過ぎなかったものをこちらが受け入れ、帝国連邦総統が後から承認したもの。迂遠ながら一つ仲介を挟むにしてもその隙間にザハールーンの如き”小わっぱ”の”粗品”が入る余地などない。正義神兵たる我々と、遊牧帝国の彼等による紛争解決なのである。
どうしても中央政府の不敬者共は自ら大男神と大女神を蔑ろにしておきながら、神々の大地に生まれた子供達である我々を配下と見下したいらしい。三代目魔神代理となってしまったケテラレイト廃帝を本尊とするならまだ話し合いのしようもあるが、今のあの黒アッショ混じりのナシャタン人に服属する道理は無い。
イレイン朝の威光、今や陰りが見えて神助も無い。パシャンダ黒人共も制御出来ずに威張られても子犬の虚勢。決戦にてこちらを従わせようというのであれば心意気も認めようが、外国傭兵へ完全に任せる姿勢が”男”じゃない。政治家であろうがしかし戦士ではなく認めるに足る王ではない。信仰を取らず、征服者の立場も捨てたならば既に皇帝権威も無い。
ラーマーウィジャ教団という精々数百年の新参で胡散臭い新興団体が幅を利かせて魔神の俗法典を国法としようとする宮廷には精神的にも価値が無い。古き偉大なる神々を奉ってこそジャーヴァルとパシャンダに権威者として君臨出来るがそれをしない。しないということは悪戯に文化伝統を蔑ろにする悪徳か、侵略者である。悪徳ならばせめて力さえあればと言いたいがそれが無い。もう一体何が奴等にあるのだ? 侵略ならば立ち向かうのみ。
一番に、何より信仰者達が気に入らない事実としてはその侵略教団如きが聖地である、大の大なる大男神が天を一本立ちにて支える世界男根面相たるリンナーの御山を管理していることだ!
粉砕しなけれなばらない。
■■■
ベルリク=カラバザルから開催日時の通告。
”貴殿等は何時でも戦える心構えが出来た戦士であると信じ、下記の日時に開戦式典を執り行う。場所はそちらが堂々たる良場を、大男神と大女神の理に通じる、いと敬虔なるマハクーナ藩王イブラシェール殿が定められたし。外なる我等に正義の決闘への導きを願う”
先手を取られた。”待ち”の側に回っていたわけだからその可能性は重々にあったわけだが、しかしやられた。西からの神兵同志の集結が遅れた時点でこの可能性が高まっていたが、実現するとこうなるか。
この通告により日時はあちら、場所がこちらが指定ということで卑劣の度合いの差し引きが無くなっている。”堂々たる良場”という文言にてこちらが有利に仕掛ける隙を埋めている。
古き良き決戦は単純なぶつかり合いではない。この決闘までのやり取りで大勢決することすらあり、時に戦わずして終了することもあった。血を流さず決することこそ至上とする場合もある。今回は絶対に違い、諸女神が”侵略者の血と生贄を捧げよ”と叫んでおられるわけだが。
神兵同志、外部が”女神党”などといい加減に呼称する我等の、各軍代表を集めた。メルカプールの妨害工作により不揃いではあるが、日時指定とあっては揃うまで待っていられない。藩財政も大量動員により待つことを許さない。
「我等、大男神を捕らえる中央政府の不遜不敬なる王家に神罰執行し正統なジャーヴァルを取り戻さんとする諸女神の御意志を実現せんとする聖なる正義神兵軍は各々方が統べる中核部隊を除き制御不能、神の御手の上にのみあることを諸将等も認めるところだろう」
近衛に親衛と頭につく部隊以外に統制が行き渡っていないとは通常、恥ずべきことである。だが今度ばかりは召集兵数が多過ぎる。指導限界を優に超える。
「全神兵に神官等は各々の言葉で簡潔に告げよ。戦いの法は神の言葉を聞くのみである! ムンリヴァの化身とされたかの古王アイラシャータの戦い様をとくと戦士達に語るがよい。軍の統率無くとも神の導きがあるのだと。もし指揮官が死んでも神の声に従えばそれで聖戦となる。命あり、御許に行かぬ限りは声に従い戦い続けよ。神の御意志のみあり、与えられた戦う使命を全うせよと教授せよ。それこそが大軍を一つにする。己が身を捧げて敵までの道となるのが使命。遥々やってきた苦行には鉄火の終わりこそ望ましい。女神達に弾ける己の血と肉と骨と心臓をさらけ出し、捧げる! と叫び、その胸と膝元へ行かせる喜びを与えるのだ。そして死で作った道を越えた者が敵に剣を突き立て勝利に繋げる」
言語文化に奉る神はそれぞれ違う。自分の言葉ではどうしようも伝わらぬこともあり、神官等に託す。
「ハッ! ラハ、ラー。子等を捧げよ。
ヤッ! シャー、ラー。血肉にして捧げよ。
エー! ベレ、ラー。再生のために捧げよ。
三女神が使命の殺戮の後に回して戻されるぞ! 妻達が夫たるリンナーを助ける我等神兵を助く!」
『捧げよ! 捧げよ! 捧げよ! 捧げよ! 捧げよ!』
マハクーナ軍約二十万、現着西方義勇兵約十二万。そして住民反乱にて”涸れる”まで絞り出す民兵計測不能の数百万一千万超!
聞きしに怖ろしく凄まじい遊牧皇帝軍の壮大なる鉄火雷雨、信仰の子等が飲み干してみせよう。尽きても何れ再生されるのだから恐れることは何も無い。
■■■
ベルリク=カラバザルと手紙を幾度か交わし、こちらが決めた良場へ、先に決められた吉日に合わせて集合する。
場所はナズ=ヤッシャー川に数ある島の一つで、名も無く、鬱陶しい林も無い砂と石が体積したところ、ただ草花が生えたような何も無いところ。水運にて運ぶべき神像があったので水際とした。
決戦の象徴として、大男神と大女神の相対合体裸身神像を置く。世紀の大決戦となれば鋳造所を置いて巨大なる御姿に建立するのだが、今回は我が藩都パラガルナルの寺院に設置されている神像を持ってきた。尚この相対合体の由来は、先に力尽きた方を敗者とし、勝者が生まれた神を我がものとする神話に由来する。夫婦であろうと別の大神、争いはあるもの。
会戦前に両人、諸将、儀式用の力士や楽団に随行員が多数並んで会見する。これぞジャーヴァル伝統、しばらく途絶えていた習わし。久し振りで珍しいということで決戦には直接関わらない見届け人も多数参列。中央政府からも人が来ていて気に入らないが、見届け人まで拒否することはない。
帝国連邦側には位があまりに低そうな、しかし目つきが尋常ではない妖精と鳥頭系獣人が数多く並んでいた。こちら側の参列者の人相描きをしており、横に回って横顔も観察している。従来の作法ではないが間違いとも言えない。将軍と雑兵を間違わないように記録していると言われれば拒否する理由も無い。
「お前は藩王の奴隷か?」
「何を!? 我こそ……」
と挑発してこちら側の将軍の名前を引き出しては、お前こそ名乗れと言われて「名前は無い」と返されている。
自分が正面から相対するのはベルリク=カラバザル。四十代半ば、足の一本が無く白髪がやや見える程度。老いて劣化している気配は一つも無い見た目。目が伝えるだけならこの通りである。
「決闘は伝統に従い、開始前と後の儀式もそれに則ることで相違ないか」
「無し」
「勝敗は一方の降伏、代表の戦死もしくは捕縛で決する。明らかに勝敗決した後も死すまで抵抗するは正義に非ず。よろしいか」
「問題無し」
こちらの問いかけへの答えに迷いが無い。これが、そうは名乗っていないが実質のバルハギンを継ぐ者、遊牧皇帝! ほとばしる霊力の違いは直に見ればありありと感じられる。
燃え滾っている。炎ではない、魂が空間を歪めて立ち上っているのだ。どれ程の霊力を、史上に現れてより飲み込み続けて肥え太って来たのだろうか? 百万と一千万と人々の命を平らげて来たとされる怪物はただの人間ではない。立ち昇る”逸物”が見える。
以前に見たザハールーンの如き”小わっぱ”の霊力など比べて明らかにカスである。凡人どころか青少年にまさしく毛が生えた程度で実態が本体と寸分違わない。あれから霊力を吸い上げようとも偉大なる神々を奉るジャーヴァルの正しき姿を取り戻すことは叶わない。
自分には若き日、リンナー山巡礼時に授かった”モノ”がある。五体投地を繰り返し、そして精根果てて野垂れ死ぬ間際に宿りを感じて再生を得た。奴隷になって下剋上を幾度と成し遂げてからは確信に変わる程の”モノ”になった。
自分は男根にて霊力を吸い取ることが出来る! 屈服させた雄を雌としその上に上がることが出来る力を間違いなく持っている。
勝者による屈服の儀式こそが真の狙いである。血塗れになり財政が破綻しようとも”史上の大雄”を取り込むことが出来れば後で幾らでも、買うことの出来ない霊力にて取り返すことが出来るのだが一地方の痛みなど世界を見上げれば些末も些末。
正しき神の教えを守るジャーヴァル皇帝へとなるため、ベルリク=カラバザル、お前が必要なのだ。お前が欲しい。
「覚悟を決めた、そちらも決めろ……!」
俺は、史上初めて遊牧皇帝を犯す男になる!
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