第430話「河口突破」 ニコラヴェル

 アサーシャルーにおける実弾射撃演習は死傷者が出る激しさであった。そのくらいでなければというのも分かるがやるせなさがある。

 遺族への手紙を素早く書いて遺骨の配送手続きは現地の赤帽軍に任せて余韻もわずかに出港。その後は南大洋へ出てから熱帯雨を浴び続け、最低限の寄港による急ぐ船旅で休暇も少なく神経がささくれ立つ。セリン提督の漁労が無ければカビが生え、虫湧きの食事ばかりだった。虫付き乾パンはピルック大佐の好物で、思ったより悪くは無かったが腹の中でまだ動いている気がする……尻から、いや腹から”生まれて”こないよな?

 春も過ぎて夏になり、遂に泥で濁ったラーラ湾北縁海上、ナズ=ハラッハ、ナズ=ヤッシャー、ダーラウードラの三大河が形成する大三角州へ到着。ここはビナウ川河口のダスアッルバールも及ばず複雑広大。暗礁岩礁に留まらず群島が入り組む。

 どの河口に突入するのかは、国外軍本隊が派遣する竜跨隊伝令――に限らないがその予定――の手紙で決まる。最後に石炭補給をしたカラスーラ港では決戦場に関する続報は無し。

 セリン提督はベルリク総統の性格から推測し、ダーラウードラ川を排除。ナズ=ハラッハ川の場合はマハクーナの藩都パラガルナル直撃経路となるため有り得た。ナズ=ヤッシャー川の場合は決戦場の中央に当たると推測されて有り得た。

 提督の直感ではナズ=ヤッシャー川。次に、ナズ=ハラッハ川の場合は決戦後半に到着しても十分効果があるとも考えた。そして空飛ぶ伝令が真っ先にやってくるのはナズ=ヤッシャー川と考え、その河口沖まで進出。三大河の中央に位置することもあり、ここが間違いであっても挽回可能と見込んだ。

 わざと煙突から質の悪い石炭の黒煙を吐かせて狼煙とし、スライフィール式の竜用広甲板を持つ船へ、待望の若く素早い竜が汽笛に導かれて着艦する。ここで読みが的中と喜ぶのは早かったが、合流に手間取らなかったのは長旅に燻る将兵に歓声を上げさせるに十分。

 ベルリク総統からの指令は”ナズ=ヤッシャー川を遡上せよ”である。セリン提督が「ふっふっふんっ!」と鼻息を荒くした。

 指令の補足として、河口の蓋である藩都ヴァリタガルは艦隊侵入を阻止する可能性大。対策としてナズ=ハラッハ川のナウザ市にて結成された現地民兵組織である三女神親衛隊へ出動要請済みで、市内から支援出来る見込みとのこと。また三女神親衛隊の目印は、帝国連邦旗及びその簡易型として現地で粗製された白の横線一本の黒旗である。

 そしてナズ=ヤッシャー川の難所となりうる浅瀬の最新情報をまとめた地図も付く。川の下流は他河川も合流、夏の雨季になれば水も豊富で浅瀬も少ない。しかし中流以北は合流河川も少なければ乾燥気味で、春の雪解け水が流れた後では浅瀬が目立つとのこと。

 そして竜が再び飛び立ち、我々がヴァリタガルを目指してしばらく経ってから戻ってくると一人の水先案内人を連れて来た。メルカプール人、狐頭の商人で、ナズ=ヤッシャー川の状況に精通しているとのこと。またその商人曰く、メリプラ藩内で独立軍閥化しつつあるパシャンダ軍残党等に、当てにはならないという前提付きだが、作戦は秘密にした上で何かあったら協力するようにと金を配ったそうだ。

 パシャンダ兵の誠実さには期待しないが、騒動に紛れて”やらかす”ことには期待出来るということ。やらかす体力を充足させるための金である。

 お膳立ては完璧に近く、「これで失敗したら海軍の名折れ」とセリン提督が言う。その通りだろう。


■■■


 艦隊列の基準は、喫水が深い――浅瀬によって途中脱落の可能性がある――大型艦を被害担当艦として先行させる。その前提で機帆式、帆走式と混じっており、川を遡上する前提で曳船の役割分担に応じて隊列が組み直された。

 機帆式は外輪付きでその分火砲搭載量が少ない。従来の帆走式は舷側一杯に火砲が並ぶ。外輪を海中に没する? 暗車というものがあるそうだが本作戦に投入されていない。

 海の泥水を切って進む頃合いは潮位の上がり始めだ。沖から岸へ押す海流に乗り、小島に岩礁、商船に小舟の間を進む。

 セリン艦隊は相手に譲るとか全く気にせず、敵国民間船など知ったことかと波濤を浴びせて時に転覆させる。メリプラ船籍の軍艦が見えれば警告も躊躇も無しに艦砲射撃を開始。木造船など榴弾が破砕、炎上、弾薬庫に引火して爆沈。構成する木材部位が多少形を保って飛ぶ。まるで細工物。

 強引で容赦が無い。溺者救助などする気配も無い。悠長に行動していてはメリプラ軍に対応されてしまうし、河口部突入時に手間取った際には陸上砲台と海上戦力から挟み撃ちにされたら厄介ということは分かる。メリプラ藩は女神党であり、今回の決戦への参加を拒否しないとは明言していないわけでもある。だが、しかし。

 河口部を固める藩都ヴァリタガルの都市遠景が見えて来る。雑然としている港と岸壁の上に、積層化した市街地が載り、その中に寺院が乱立。都の象徴である宮殿の金色屋根は来航者に見せびらかす位置にあって南からの日差しが反射して嫌味に眩しい。

 市街地の街路樹、渡した縄に掛かる洗濯物、住人が動きが見える程に近づいてから被害担当艦が前面に出て囮になる形で、河口部にて十字砲火を意識した砲台を狙って艦砲射撃を開始した。照準を合わせるように慎重に撃ってから弾着観測、修正して定まってからは釣瓶撃ち。弾着位置から埃が絶え間なく上がって膨れ上がる。住民に異常を報せる警鐘が鳴り出す。

 大砲の性能に差はあるものの、高台に設置された砲台は高低差を利用した射撃を試みた。被害担当艦は鋼鉄装甲に守られながら位置取りを調整し、徐々に砲台射程圏外に逃れながら射撃を続行。相手方も照準を調整して砲弾で追いかける。

 大砲の照準調整は早々に出来ないもので、被害担当艦が砲台の目を引きつけている内に別の軍艦が前進、距離を縮めてから命中精度を高めて射撃を開始。

 船は動くが、砲台は動かない。しかし砲台は幾らでも土でも石でも積めて簡単に壊れない。砲弾が直撃し何度か土と石を吐き出し、台の下へ崖崩れのようにこぼして住宅地を潰しても砲火が途絶えない。

「火事場泥棒って知ってます?」

「分かりますが……」

 セリン提督はこの状況、ここまでの経過がありながら半笑いで冗談口調。戦いを好む性格なのは何となく洋上生活で察してはいたが、砲声に紛れて住民の悲鳴が混じり始めてから一層上機嫌になるとは想像していなかった。

 ダーリク少年に向ける優しい女性の顔が偽物だとか仮面とは思わない。ただ人を守る人ではなく、敵を攻める人なのだろう。

「全艦、焼夷弾頭火箭用意。照準、市街全域!」

「了解、全艦、焼夷弾頭火箭用意。照準、市街全域!」

 旗艦からの信号により、艦砲射撃中の軍艦も向きを調整し始めた。

「まさか無差別ですか!?」

「パシャンダ兵となんとか隊、三女神の、彼等に合図ですね。人間の目も耳も頭も案外馬鹿ですから、派手に越したことはないですよ」

「焼夷弾頭火箭用意良し!」

「撃ち方始め」

「了解、撃ち方始め!」

 砲台砲撃の巻き添えで住民が傷つくことは、直接狙わないだけ仕方がないと思えなくもないが……。

 各軍艦に搭載された多連装発射装置から噴煙が続々上がって甲板の上に広がる。弧を描いて飛んでいく火箭が市街地に飛び込み始め、炸裂から白煙、赤い火の手が上がって黒煙も混じるようになってヴァリタガルの市街地が瞬く間に煙に覆われる。これは煙幕も兼ねるのだろう。

「ナズ=ヤッシャー川突入開始」

「了解、ナズ=ヤッシャー川突入開始!」

 火箭の発射煙で視界が悪い中、旗艦の汽笛が三回鳴って艦隊は隊列を整えた。機帆船から帆船へ向けて錘付き紐が投じられ、甲板で水兵が受け取って引き込み、紐の先に結ばれた太い綱が渡され巻かれて連結、曳航作業が始まり河口を目指して走り始めた。蒸気機関へ更に石炭がくべられて煙突の排煙が勢いを増し、外輪が水を強く掻く。河口突破する。

 走行しながら艦砲は照準を調整して変わらずに砲台を狙って発射を続ける。機関銃も準備がされた。その最中にも川を渡っている小舟を軍艦が煽って揺らし、転覆させ、時に踏み潰した。これもまた細工のようだ。

 水路から敵の軍艦が出港しようとしたので先制して砲撃、外壁が破壊、中が露出、大砲、荷物、布や箱が転げ飛んで火災炎上。倒れた帆柱が川に傾き落ちかけ、繋がり絡まった綱が中途半端に吊る。水兵が川に落ちて飛沫が上がり、甲板や岸壁に落ちては動かなくなる。

 岸壁に現れた、大砲を手押ししてくる敵兵を逃さず射撃粉砕。兵士だけではなく住民へも銃弾、破片が飛び散って穿って裂いて血塗れにして薙ぎ倒す。狙撃など出来ようもないから住宅の壁にも穴を開け、扉を内から飛ばし、窓からも埃に残骸が吐き出される。街路樹が千切れて倒れ、木片がやはり住民を血塗れにして転がす。

 近い。艦と岸壁が、港に市街地が近い。人や家畜、魚や糞、飯炊きの湯気や香辛料のにおいまで混じってきて一層に男と女と子供の声が混じって砲声に一瞬消されてまた響く。メリプラかパシャンダか市民か分からない者がこちらに向かって銃を構えて撃ち、その銃煙目掛けて機関銃掃射が加えられた。帆柱上の狙撃手が射撃される前にと先制射撃する。街路に人影が見えるというだけで旋回砲から散弾が撃ち込まれて平らにする。

 ここまでしなければこちらが撃たれる。既に水兵からも、甲板に立って小銃射撃を行う海兵隊、自分の部下達からも犠牲者が出て、滑り止めの砂を血で濡らしている。要塞のように土嚢を積んで火砲、機関銃に防盾が付いても弾丸、砲弾は隙間を縫って来る。

 耳元を何かが鳴ってかすめることは珍しくない。セリン提督が太くて長い髪の毛を怪物のように動かし、ダーリク少年が用意する鉛玉を機関銃のように連投して敵を殺害している傍にいてそうなのだから他所は一層だろう。鋼鉄装甲、木製甲板、艤装へ激しく鉛が当たって火花と屑が散って味方を切る。

 そして川の流れに逆らい始める頃、徐々に沈黙する砲台も増えて遂には白線一本の黒旗が上がり始めた。三女神親衛隊が砲台を裏から襲撃し、制圧し始めたのだ。

 黒旗が見えるところへは砲撃が控えられた。この乱射する中では、多少は友軍を撃ち殺したのではと思う。あまり大事ではない民兵らしいが、それでも味方だ。

 砲台の屋根の上で旗を掲げ、敵味方の的になる覚悟を決めた勇者はどんな面構えかと望遠鏡で覗いてみる……ん?。

「子供が戦っています!」

 信じられない、少年兵! それも十歳になったかも怪しい幼い顔があって、旗竿にしがみついてしゃがみ、砲声に目を瞑っていた。本人を称賛しよう、しかし指揮官は糞野郎だ。

「陽動してくれてますね、えらいえらい」

「子供ですよ!?」

「将軍殿下は善良ですね。パシャンダ兵が動いている音が聞こえてますよ」

 確かに銃声に大人の男の、タルメシャで聞いた覚えがある言葉が弾ける火薬に混じってはいる。だがそれ以上に、聞き覚えの無いそれより大勢の声が混じっている。このメリプラ藩の兵士が本格的に数を揃えてこの戦場へ集まってきている。少年兵だろうが容赦する気はしない。セリン艦隊がこのような振る舞いであるし、タルメシャで見たパシャンダ兵と同質かと思えばするわけがない。

「助けなければ虐殺です! 彼等に退路がありますか!?」

「銃も持ってる、連携もそこそこ、侮り過ぎです」

 少年兵、子供達は背の小ささを活かすように走り回って銃を構えて撃っている。子供でも確かに大人と殺し合えるだろうが、そういうことではない。あの、骸騎兵というおかしな格好をした大人も見えるので指導者を欠くわけではないだろうが、ほとんど子供。何故子供なんだ。

 市街戦にパシャンダ兵が混じり始めているように見えた。メリプラ兵と戦い、区別は無いのだろうが少年兵と戦っている。

 あいつらまだこんなところで、何をしているんだ? 我々のタルメシャでの苦労は何だった? 今日のためか?

「それでもです!」

「それでも!? 近年聞かない言葉ですね。ダーリク聞いたことある?」

「さあ」

「ねー」

「止めないなら飛び込みますよ」

「一飲みでゲロと下痢塗れになる汚い川に飛び込んで、火薬を濡らして、川と船の水流に巻かれて、何か出来るんですか?」

 このナズ=ヤッシャー川には泡が浮き、ゴミが浮き、流れる筏に葬儀を済ませた装飾の死体が乗り、腐って穴が開いた何かの死骸には鳥と虫が集る。川沿いの民家からは手摺りが付く、床に穴が開いた張り出しも見える。騒動など知らないと色々と混ざった桶の中身を川へぶち撒ける住民もいる。

「それでも、と言いました」

 セリン提督、声を出さずに肩を震わせて笑う。

「ニコラヴェル隊の上陸だけは許可しましょうか、こんな大陸の糞のついたケツの穴みたいなところで死にたいなら。でもですが、突破中に停止は出来ません。この流れを止めるように操艦をするとどうなります?」

「……衝突」

「に座礁、減速、被弾、誤射、火力減衰、隊列調整、そこから起きる不測の事態が洪水と、まあ大体その通りです。都市外壁を越えて、敵砲兵の機動的な射程圏外に抜けたら降ろせます。動きが悪いようなら城壁砲台の圏外ですね。流れが緩くて隊列ごと回頭出来る幅がある方がいいですね。不測の事態に備えて」

「それでは間に合わない!」

「それはだから侮り過ぎです。我々がヴァリタガルを通過したら三女神親衛隊はここに留まる理由がなくなります。決戦に遅れながらでも参加出来るよう市外に脱出するでしょう。その支援をするのが適当です。私の口が信用ならないなら、ちんちん大佐に聞いてみては?」

「はいちんちん!」

 ピルック大佐が手を上げる。彼の言葉は、聞きたいようで今だけは聞きたくない。

「……大佐のご意見を伺いたい」

「セリン提督の言う通り! ニコちんは王族として大衆に愛されるようにしているけど、ここはそういうところじゃないよね」

「はい、仰る通りです」

 聞きたくなかった。

 砲台は河口部に集中しており、進めば進む程にヴァリタガル守備隊の、こちら側への攻撃は鎮静化していた。

 焼夷弾による火災は延焼を続ける。その最中でもメリプラとパシャンダ兵が繰り広げる争いは続いているようだった。住民が行う火事場泥棒、略奪も激化しているように見えた。


■■■


 ヴァリタガル都内水路をセリン艦隊は突破した。排泄物にたとえられるような臭気が過ぎて風が、空気が新鮮で淀みない。

 艦隊火力の壮大さと殺戮破壊目標の多さ、多様さに目が眩んだ。実弾射撃演習でもその火力を目にし音に聞いたが相手がいると全く違った。

 冷静に考えると敵首都内での戦闘にしては抵抗が弱かった。その弱い証拠になるだろうか? 去ろうとする艦隊が背にした城壁砲台からの射撃は無かった。無かった理由はそこに白線黒旗が立っていて、戦う銃声と喚声があったからである。この目に見える範囲外でも様々な工作がされ、事件が起きていたのだろう。

 城壁を一部制圧する三女神親衛隊の者達の姿を確認すれば子供よりも大人、男女混じるが武装する平服は正にそうあるべき民兵。少年兵達はおそらく都内に潜伏しやすいだろうと先行して突入していたと思われる。役割分担と言えばいいのか? 胸糞が悪い。

 城壁上の骸騎兵が艦隊に向けて手旗信号を送る。信号の要請に従い、城壁の指定箇所へ艦砲射撃が加えられて石壁が崩壊、瓦礫とメリプラ兵が砕けて零れ落ちた。

 艦隊は頃合いを見計らい、セリン提督の指示で前進を最後尾側から順次停止して白線国旗が立たない箇所への砲撃を行い、壁と屋根を崩して城壁内にいるメリプラ兵を爆殺。城壁に突破口を築くわけでもない撫でるような射撃になる。

「ニコラヴェル隊上陸用意!」

「了解、ニコラヴェル隊上陸用意!」

 停止した旗艦から指示が下る。部下達は甲板で整列して人員装備の確認をする点呼を始め、水兵が短艇を下す準備を始める。

「さて将軍殿下、出番です。脱出しているのが見えますね」

「はい」

 艦尾側、城門側から市内で奮戦していた子供達が脱出するために走り出して来ている。その姿は一生懸命、必死で息が切れている顔。その中に紛れた骸騎兵が背面騎射にて追撃するメリプラ兵に断続して銃撃。まるで無数、不断に落とし穴でも掘っていたかのように敵騎兵隊を転がして均した。銃弾が切れたなら弓に持ち替えて、変わらず騎兵殺しの勢いが止まらない。腕の良さだけは尊敬を越して畏敬に値する。

 子供達の中でも銃に槍を持った子達が、自分達より小さな子の壁に、殿になって足を止めて抵抗をしている。気が焦って来る。

「反対側、野営地があります。壁外住宅地と違うのは旗が立って、簡単な塹壕に逆茂木も用意してある野戦陣地のやつです」

「はい」

「あそこまで引いたら成功です。艦砲射撃は敵後方の増援阻止ぐらいしか無理ですよ。砲弾の浪費は出来ません。本番でどれだけ撃つのか分かりませんから」

「はい」

「ニコラヴェル隊上陸開始!」

「了解、ニコラヴェル隊上陸開始!」

 提督の指示を受けた艦長が号令を掛ければもう我慢しなくて良い。

「マインベルト第二次遠征隊、フッラーイ!」

『フラーイ! フラーイ! フラーイ!』

 ピルック大佐等、妖精兵に声援を送られる中で自分が率先して短艇へ乗った。流れの緩いナズ=ヤッシャー川の水上へ進み、苦も無く着岸。一千四百名上陸。

「全隊、戦場入場隊形整列!」

 遠征隊を整列させ、行軍と戦闘の隊形の中間となる隊列を組む。

「担え銃! 前へ……進め!」

 逃げる子供達とそれを追いかけ始めた城壁から脱出する大人の民兵に向かって前進。軍旗を立て、笛と太鼓の先導に合わせて前進。軽歩兵隊が散兵陣にて先行。

 子供達、民兵より先に骸騎兵が二百騎以上――並の恰好ではないので目算付き辛い、もっと多い――後退したり野営地側から出てきて集結。先ほどまで銃撃していた者達は弾薬を受け取り、隊列を整える。伝令がこちらに駆けて来る。

「こちらは左から一撃入れる! そのまま前進、敵を食い止められたい!」

「了解!」

 やり取りもやり方も簡潔。

「全隊、戦闘隊形!」

 笛と太鼓の転調、歩行を止めずに戦場入場隊形から戦闘のための、火力を発揮する横隊形に整列。

 前進続行。骸騎兵隊が子供に民兵を見捨てたように離れているのが気に障るが、しかしメリプラ兵と戦うとしたらそうするしかない。

 メリプラ兵は復讐を誓ったように数が多く見える。城門から雪崩打って出て来ており、数は……高所にいないので見渡せないが一万に届く勢いにも見える。平時ならば首都でも万も兵士が駐留することは無いと思うのだが、パシャンダ兵が騒乱を起こし続ける有事ならばその数に至ってもおかしくはない。それ程にいて何故騒乱が潰せないのかは、現地を知らぬ自分には分からない。普段はヤクザ者のように市井に紛れているからか?

「全たーい……止まれ!」

 停止。

「三……もとい二列横たーい!」

 全隊が二列横隊に整列し直し、待つ。今や小銃は後装式、装填は早い。三列順繰りなど効率が悪かろう。

 子供達に民兵が逃げてきた。年齢別に顔を少年は黄、青年は白、成年は黒に塗っている。中に入って指揮をする骸騎兵の、仮面を被る中年女で――迫力は若者が出せるものではない――現地語で指示を飛ばして整理をつけた。

 整理をつけた。小銃を持った子供と、大人に見えたがまだあどけない青年女子達――少年兵に分類されると思う――は我々の隊列の前方で胡坐を掻いて座って射撃体勢を取った。更に剣や短剣に槍を持った者達は地面に這い蹲る。一千四百が倍以上、三倍か? 頭数だけならそれだけ揃う。

 加えて背後から、野営地側からまた民兵が骸騎兵の指揮官に従ってやってきた。顔を色塗りわけした子供達が槍や剣に斧ならまだしも、棍棒に農具に包丁程度の武器というより凶器を持って集まる。何だ、それで突撃するのか? 仮に射撃で壊走させたならばそれでも十分かもしれないが。

 彼等は逃げない。子供は純粋、単純と思い込むような馬鹿ではないが、あの逃げの足の状態からこれに持ってこれたのか。

「デカいの! あんたが指揮官か!?」

「そうです! 民兵の指揮官はあなたか!?」

「そうだ! こいつらには頭上げないように言ってあるから好きに撃ちな!」

「了解!」

 怒りを込めて了解とする。その中年女だけはしゃがみもせず、立って肩に刀を担いでいる。

 何もかもが分からないが、子供を守ることだけは何も間違ってはいない。

 騎兵殺しからただ走るだけの追撃姿勢を止めたメリプラ軍は複数の、攻撃縦隊に相当する縦横に厚みがある戦闘隊形を取って前進して来る。砲兵こそ伴わないのは艦砲射撃にて、城門付近で大砲が集中砲撃を受けて粉砕されているから。増援阻止の砲撃は約束通り。

「子供を守るのは大人の男の責務だ! それだけは間違えるな!」

 中年女が笑う。青臭いとでも言うつもりか。

 メリプラ軍の前進は綺麗に、箱のように、とはいかないが凡そ整い、その突撃を受けるのは厳しい。銃兵の中でも帯刀している戦士階級と見られる体格が良い者がおり、白兵戦には特に自信があると主張している。はったりでぶら下げる物ではないだろう。

 軽歩兵が射撃を加えながら後退を繰り返す。半数が待ち構えて狙って撃ち、もう半数がその間に一つ後退して岩や地面の起伏を利用して防衛線を構築し、敵密集歩兵の脅威を感じる前に後退して防衛線に逃げ込み、そこから半数がまた後退と繰り返す。交互に繰り返して身軽に動くなりに防御を固めるという理想。後退する内に逃げ腰に染まって恐怖で逃走になってしまいかねないのが恐ろしいところである。

 対砲兵射撃に集中しながら、時折敵へ――節約している――砲弾を送って一角でも吹き飛ばして我々を勇気付けてくれる軍艦がいなければ”恐ろしい”ことが起こったかもしれない。自分が個人的感想として子供を守れなどと言っているだけで、それで部下達が奮い立ってくれていると思い込むのは浅慮甚だしい。

 敵の軽歩兵、というよりその役を買って出た者が隊列中から駆け出すのが目立つ。恰好の標的と軽歩兵が狙撃。こちらの組織的に動いて常に迎撃姿勢を維持する射撃の腕がすこぶる良好と選抜された者と、あちらの勇敢ながらしかし息を切らせて前面に走り踊り出る者では歴然とした差が生まれる。

 後退を続けた軽歩兵が遂に我々の二列横隊位置まで到達、しゃがんで少年兵に混じって射撃続行。釣られて少年兵の一部が、彼等の腕と旧式銃では届かない距離で発砲。下士官役のように混じる下馬骸騎兵に指導されて発砲をやや混乱しながら止める。本当に大丈夫か?

「全隊構え!」

 一斉射撃の用意をさせた。軽歩兵の射撃命中率の具合から、射撃の腕が平均的な者でも良く当たる距離を推定する。風が強ければ良く引き寄せ、弱くてもやはり引き寄せる。臆病風に負けて有効射程圏外で撃ったら笑いもので済まない。

 敵攻撃縦隊の一つが一旦停止、一斉射撃の構えを見せる。あれでは遠くなかろうか?

 敵の発砲一斉射撃、地面や頭上を行く弾丸が多い中で銃弾を受けた部下に少年兵が倒れ、また減衰した弾丸に「痛ぇクソ!」と軽傷で済む者もいる。

「ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!」

 大仰に敵士官が刀を掲げ振り回して気勢を上げた。

『ラララララ!』

 奇声のような喚声を上げて敵攻撃縦隊の一つが突撃を開始。少し間隔をずらして別の隊も、遠めの一斉射撃からの奇声喚声の突撃。

「狙え!」

 走り突撃してくる敵の先頭集団の後方には、歩いて前進して距離を詰めてくる後方集団を確認。更にいる、波状攻撃を仕掛ける様子。

「撃て!」

 敵先頭集団、剥がれ落ちるように前列が転がり、中列がその身体を踏んで躓いて渋滞しながら前へ半端に出る。

「自由に撃ちまくれ!」

 少年兵達の不安で賑やかし程度の射撃が骸騎兵に許可されて開始。こちらも一斉射撃の後の、各兵個別判断の乱れ撃ちを開始。

 中列が軒並み倒れ、一足遅れた後列が一端停止し、至近距離からの一斉射撃の構え。統制が利いているか。

 そしてあの中年女が先頭に立って――正気か!?――銃を持たぬ少年兵を率い、まるで長槍小銃混合隊形時代の剣兵のように味方の銃弾、射線の下を潜るように突撃。

「ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!」

『ラララララ!』

 敵と同じ奇声のような喚声を上げた。

 屈まねばならぬのに、油断か指示を理解していなかったか、味方の銃弾で上げた頭を砕かれる子供が現れた。

 頭が砕けてしまえばいいはずの中年女は拳銃片手に連射し、後列で射撃号令を出そうとする士官を狙い撃って倒す。そのまま女の絶叫を上げ、刀を振り上げて一番に切り込んだ。射撃用意が済んで銃剣が装着されて並ぶ刺々しい隊列などに怯む様子は無い。

 指揮官に倣い、少年兵が低い背、屈む姿勢で大人の敵に槍を繰り出し、剣や斧に凶器を持って群がり、張り付くようにして滅多打ちで殺しに掛かった。銃剣銃撃の手痛い反撃で多くが死傷するが勢い止まらず。自慢の刀を抜こうか、小銃でどうにかしようかと号令も無い中で迷っている様子が窺える。

 我々エグセン兵は比較してジャーヴァル人より背が高い。大人と子供なら尚更で少年兵の頭を砕かず、頭上を通して撃つことは比較的容易。

 敵は号令する指揮官を失い、突撃する足を止めたところで進む突撃を受け、変わらず至近距離からの有効銃撃を食らう形になった。

 そして間も無く先頭集団は壊走し、後方集団を相手することになった。その敵は先頭集団が行ったよりも至近距離から統制した一斉射撃を行う用意がある。

 突撃した子供達は後方集団の一斉射撃と突撃を受ける可能性。救うためには敵の一斉射撃を恐れず前進して狙いをこちらに引き付け、受けながら距離を更に詰めてこちらの一斉射撃を食らわしてから銃剣突撃を敢行するのが理想か? 今のまま、距離を開けたまま射撃続行ではただ盾にするだけだ。きっとあの中年女はただの盾にするつもりでこの場にいるのだろうが。

 だが我々には先行して側面に陣取った骸騎兵がいる。彼等を抑止しようと動いたメリプラ騎兵などは既に、目立った活躍も無く騎射を受けて皆殺しにされている。

 壊走した先頭集団の生き残りが後方集団へ飛び込み、逃げ腰を”感染”させたところを狙い澄まして骸騎兵集団が火箭をほぼ水平角で撃ち込んだ。

 派手な噴煙、直撃した敵兵を殴り倒してから地面でのたうち回って薙ぎ倒す弾頭。それが爆発すると思ったより小さいが、重なる咳とうめき声、隊列の乱れ、混乱による右往左往に身の屈み、小銃の号令外発砲、一部同士討ちまであり、こちらに遅れて届くのは悪臭。間違いなく毒瓦斯弾頭! こちらに鼻につく程度には流れて来ているが、そんな程度は平気だろ? という声が聞こえてきそうだ。

 十倍以上の密集する歩兵集団に向かい、防毒覆面を付けた、人間の皮革を加工した不気味な装束の人馬が前進。遠目からでも嫌な圧迫感が感じられる。

 こちらの選抜した軽歩兵に対して”下手糞”と言われても反論出来ない遠距離から、進んで揺れる馬上から狙撃を開始した。当たっている。

 次に一足早く車両を牽きながら駆け出し、反転して機関銃搭載の車体を敵に向けて掃射を開始する機関銃騎兵。混乱の中でも騎兵への側面攻撃に対応しようと横隊を組もうとした敵から薙ぎ倒す。

 距離が詰まり、先行するのは連発銃を連射する騎兵。後列の騎兵は味方の背を撃たぬように弓にて曲射、その鏃は小さな榴弾で炸裂する。

 駆歩に増速してからは弓から槍に持ち替えた騎兵が先頭に踊り出て、連発銃を持つ騎兵は刀と拳銃へ持ち替えた。そして機関銃掃射が停止したところで襲歩に加速。

『ホゥファーギィイギャァラー!』

 悪魔のような喚声の後に槍騎兵が激突、出来る限りの準備射撃で抵抗力も失せ、混乱して隊列崩壊した固まりへ着剣小銃より長い槍を突き刺し、馬で踏んで突破口を開く。槍が折れれば、折れた槍で更に”ド突く”きつつ、刀や拳銃持ち換えて馬上の接近戦。

 その槍騎兵に続いて刀を振って拳銃を撃ちまくる騎兵が加わって圧倒。散々に殺し回ってから逃げる敵を追い回し、弓に持ち換えたら兎でも相手するように狩り始めた。良く嘲笑い、傷つけることを楽しんでいる様子が良く見て、聞いて分かる。


■■■


 メリプラ兵の死体が二千も三千も転がるヴァリタガルの門の外を去る。

 本来はここで、メリプラ軍の追撃を足止めする盾として皆殺しにされるはずだった者達を我がニコラヴェル隊が救ってしまった。

 救った子供達を軍艦に乗せる余裕は無く”躾のなっていない汚いクソガキ”を清潔第一の船内に入れたくないと、言わずとも士官に水兵達が思っていることも分かっている。

 共闘し懐かれて屈託の無い笑顔を向けて来るこいつらは絶対に通路脇で糞小便をすると確信している。水兵の私物だって盗むだろうし、その辺に唾を吐いて手で拭った鼻水に糞まで壁や手摺りで拭うだろう。

 子供達を容赦なくこき使う骸騎兵のプラヌール人部隊は決戦への参加に遅れたくはないと、子供達を置いて騎馬にてさっさと北へと去ってしまった。

 子供達、青年に成人こそ混じるが自己意志決定力の無い”子供同然の者達”が残された。セリン提督が慈悲深く世話をする気が無いことは聞かなくても分かる。

 だから、不正義この上無いが、ヴァリタガル壁外にある船の数々を強奪し、それに子供達を載せて機帆船に曳航して貰うことにした。慈善活動家ではない艦隊に危険を冒してまで曳航させる条件は、決戦にて兵力として投入すること。それで提督に納得して貰った。

 そうしてナズ=ヤッシャー川を遡上して決戦場へと向かう。

 川の途中、浅瀬で着底した船が置かれるという妨害が目立った。発破、牽引による除去で動きが鈍ることは一度や二度ではなかった。

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