第429話「西方危機」 ゼオルギ
御前会議を開いた。昨今は情勢の変化が激しく各公、地元に帰らずベランゲリから離れない。離れられない。
西方危機と呼べる報せが舞い込んだ。ベーア軍がマインベルト国境付近で軍事演習の準備と称してエグセン諸侯軍を集結中である。
演習と称して兵を集め、馬鹿が相手の場合は油断することがあって、その隙を突いて侵攻を仕掛けるのは珍しい手ではない。
侵攻しようかどうか迷い、結局時勢が悪くて引き下がった時に格好悪くならないように出来るというのもある。
対象国の軍備、緊急対応能力を試して推し量り、今後の戦略に役立てるという手段でもある。
次に起こるべき戦争に備えて、出来るだけ実戦の空気が薫るよう緊張感を持たせる意味があるだろう。地理も敵国境に近ければ未来の戦いと同じ状況が再現出来て有意義。
細かいことを言い出せば色々あるが、無視出来ないのは間違いない。
ベーア帝国の内部統一には時間が掛かると思われたが、実態としてエグセン宰相であるグランデン大公が中央集権化にあたる政策を次々と採択しているのが実情。あのカラドス=ファイルヴァインを猖獗の死体汚濁に沈める程に抵抗したことから死なば諸共の根性を見せ、帝国中央からは恐れられ容易に手出しがされないという前評判だったが覆されている。
ベーア帝国の中央集権を進めているのは人狼による暗殺と恐怖の戦略と考えられる。既に多くの諸侯が抗えないところまで来ているのだろう。おそらく現状、それにも逆らえるような下位国はアソリウス島嶼伯国のような特異例限定だ。我がオルフも一歩間違えればこうなっていたかもしれない。
もう一件、ベーア軍程に派手ではないがフラル軍もイスタメル国境より西の手前側に兵力を若干集中させている。トミスタル・ワスラヴ亡命の件で騒乱の可能性があるので通常の対応ではあるが、エグセン軍の演習と合わされば看過出来ない。イスタメル州も予備兵力や督戦隊としての性格が強いカイウルク軍を国境より東の手前側に配置という措置で対抗している。激しくはないが穏やかでもない。
我々四国協商の防衛条項がどの程度かと、確かめられていると見ている。協商発効直後で防衛協力体制が弱体であれば協商脱退工作を強く掛けられると見なせる。発砲せずとも国境を侵犯するだけで、他三国が守るような挙動が無ければ協商体制に疑問が生まれて綻びが早速生まれる。それが今直ぐに使えなくても、将来的に崩壊の切っ掛けとなる一穴にも成り得る。
以前と変わらず、マフダール大宰相が権力、ゼオルギ=イスハシル王である自分が権威となって話が進められる。
「ベーア帝国軍がマインベルト王国西方国境付近において大規模軍事演習を行う準備があると判明した。これは四国協商における防衛条項に抵触し、当事国を軍事的脅威から防衛する義務を果たすに十分と考えた。そのため遠征隊を派遣したいと思う。遠征隊の先遣隊は、国王陛下並びにテルケ姫殿下、その護衛たる近衛、王后騎兵隊の両隊とし、王都リューンベルにて宮幕で野営しその住居並びに玉体を見せ、決して我々オルフはマインベルトを見捨てることはしないとの姿勢を見せる。以前のニコラヴェル親王ご一家訪問に対するお返しとしての、婚約発表を両人揃って行う親善訪問を兼ねて表明するものである。尚、先遣隊に続くのはペトリュク軍とし、まずは帝国連邦へ入国して待機。そしてマインベルトの受け入れ態勢が整い次第入国する。各公、意見を」
以前までは西と東で派閥が分かれていた。最近では、わだかまりが完全に払拭されたわけではないが面倒事が減っている。メデルロマも返還されれば変なところでかの公が突っかかって来ることもない。王と大宰相対各公という状況にはなっている。
「……意見は? 無ければ我が国の危機対応についての話を進めるが?」
それしか無いだろうという案を出せば無言になってしまうので、話の通りは良いのだが臣下の意見もまともに聞かない雰囲気を醸す独裁者になってしまった気分になる。いっそなってしまいたくなる案件の場合はこんなことも思いつかない。
時間を置いてから母が手を挙げた。
「可能であれば同時に、婚約を発表する二人の幸せな空気を不埒なベーア帝国が壊したという物語を作り、両国民並びに協商の団結を強める世論を形成したいということで間違いありませんか?」
「その通りです太后陛下。金より血は重く、今は量より速度が際立ち、国王陛下並びにテルケ姫殿下が合わされば初期対応は完成します。不測の事態に備え、お二人以外は宮殿に残って頂きます。特に王后陛下はおめでたくも身重であられますので」
世の中は不測の事態ばかり。何処にいても何があるか分からない。サガンは爆弾でという身近な例もあれば、魔都のように信じられない距離を越えて天政軍が魔神代理の首狩りを成功させたというとんでもない極端な例すらある。これらへの対策は、護衛の強化は当然として分散である。どちらか一方で悲劇が起こる可能性より、両方で起こる可能性が遥かに低い。
「話を中座させてしまいました。続きをお願いします」
母は一件より表情を隠すことが減り、今日も顔に”憂慮””心配”と書いてある。書かずとも読めるが。
「他に?」
マフダール大宰相が各公の顔を見て意義無しと認める。
「陛下」
「私自らテルケを連れて宮幕を持ち込み、近衛と王后騎兵隊を連れて第一次派遣隊とし、マインベルト王国へ防衛義務を果たしつつ親善訪問を行うこととします。そこで正式な婚約発表を行い、両国の平和と発展を祈願します。またペトリュク軍は第二次派遣隊として準備し、帝国連邦並びにマインベルト王国と連絡を密に取り合って衝突することが無いよう確実に行動してください」
聖断下る。
「……では次に、可能性は小であるもののセレード方面からのベーア帝国軍並びにセレード軍の侵攻に備えて各軍を配置する。陸軍は、ベランゲリ中央軍は大宰相である私が直轄し、オルフ防衛の総指揮を執る。そして……」
配置図が示される。ざっと王国式軍は西のセレード国境沿いの第一線配置とし、共和式軍は国境より東の第二線としたもの。ベーア帝国と距離を置いているセレードを刺激する形になるが、全く安全を保障してくれる存在ではないので穏当な配置は存在しない。
「海軍はノスカ、ザロネジ艦隊をニズロムのアレハンガンへ移動し三艦隊を集中させる。ベーア海軍より距離を取って対応をしやすくするものだ。我等の旧式艦隊ではあちらの鋼鉄艦隊相手には正面切って勝つことは不可能である。よってランマルカ北海艦隊と連携出来る配置を取る。ノスカ、ザロネジ港は、アレハンガン港に比べてはるかに泊地攻撃を仕掛けられる可能性が高いので除外する。各公、意見を……」
今回ばかりは意見無しと言わず、各公が好き勝手にケチをつけ始め、大宰相がこの配置にはこれこういう事情と理由が合理的に存在すると説明を始める。各地方に各軍、情報共有が曖昧で過小であり、優秀な頭脳で把握している大宰相と当事者間でしか通じないようなやり取りで話が進む。
これには愚かしさを覚える。軍が大まかにでも二種類だ。指揮系統も別。内戦終結から各公軍、出来るだけ連携出来るように号令や信号、書類書式の統合は進めているが完了していない。人事交流を強引に行ったことはあるが、大抵は派遣先からいじめられて悪感情を持って帰るか、決闘を挑んで事態を悪化させた。
図に示される各軍配置は、各公軍の自領防衛計画からの延長線上から考えられたもので、補給計画も国内ながら国外遠征のような計算が求められている。
各公軍の士官将官級は皆貴族で、専門の軍人貴族もいれば軍人か文民か定かではない者も多くいる。軍人としての教養が全く無くても血統縁故で欠員があるからと高級将校となり、肩書だけ貰ったまま平時は本業に励み、いざ動員となって何もわからないまま軍服を着ている事例は珍しくない。本人も周囲も困惑している場合が多い。
指揮系統は中央から軍ではなく、中央から地方そして軍という鈍重さである。無論非効率だ。
”皆さん、言うまでもないでしょうがこのような統一性の無い陣容、現代国家として恥じるところが無いと言えるでしょうか。即座に行うことは出来ませんが、軍の統一化を提案します。反対する場合は明確な理由を添え、そして対案を提示するか、現状維持が好ましい場合はその理由を述べてください。あなた達の権益と虚栄心を満たすためだけと言うのなら殺すぞ”と言いたいが、今言ったらこの危機に対応出来なくなる。歪んで古くても動くのなら、全く動かず壊れているよりはマシなのだ。
行政の中央集権化、軍事の中央集権化、どちら――関連するので切り離せない箇所ばかりである――を優先するかは考えていた。今、軍事的な不安から軍事の中央集権化に舵を切る口実が見えているが、そこまで切り込めるか?
奴隷解放、賃金労働、戸籍登録だけではなく、貴族特権制限、累進課税強化、私兵禁止、武器所持制限まで持っていきたいが、これを更に切り出すと混乱が酷いだろう。
軍人と文民を兼ねるような貴族の形態は今のような統一軍を妨げる。大宰相は例外と言ってみたいが、現在はマフダールの才能に寄りかかったもので、次代が仮に凡夫であるならば辛い現実が待っている。軍権廃止が妥当。
軍権を廃止した以上は巨大な財産を維持する必要もない。平等性の名の下に徴税強化。
勿論、軍権を廃止したのだから私兵や、その名を持たずとも武装することは許されない。生活と獣害、防犯から狩猟道具程度までは流石に規制するわけにはいかないが。
最終的には公国行政を中央政府下の地方行政に統一し、議会も公の議会から国民議会へ移行。国民議会は大衆の教育程度が気になるが……。
しかし統一軍という目標は輝かしいが、実現は難しい。現在の構想では各軍から統一に意欲的な将兵を選抜して集め、第一の新式教導連隊を編制。次にまた各軍から多少やる気のある者を多く集め、第一の新式教導連隊に訓練させ、第二の教導連隊を複数作り、それを繰り返して最終的には各公国軍を廃止。予備役管理と広域警察は中央主導で、地方で管理するのは地方警察と予備役未満の民兵隊までというところか? 民兵が公軍化するとまずいな。
統一軍は駐留場所を選ばず、どの地方出身の指揮官がついても兵士達から文句が出ないようにするほど出身地を混ぜ合わせ、均質化を図る。地方主義で編制すると人事交流に不都合がある。これはある隊の指揮官が戦死し、あとを引き継ぐ者が他所の地方出身だからと命令を堂々と拒否するような事態を防ぐ、はずだ。そして方言が部隊標準語にならぬよう、ベランゲリ標準語で皆が意思疎通出来るようにしなければいけない。最終的には標準語が真に全国共通となるようにすればオルフ自体の団結力も向上する見込み。
顔には出さず、悩ましい将来を考えてしまっていたら大宰相が各公の配置への文句を全て叩きのめしていた。大体、補給線の話を持ち出せば敵わないのである。統一軍に向けてそこだけは中央集権化が真っ先に進んでいる。流通は交通の最大要衝たるベランゲリが掌握しているのだ。
「陛下?」
「各公は指定された配置にて我らがオルフの国防義務を全うしてください。マインベルト王国を救うために敵を同一とすれば火の粉が降りかかりますが、それを厭うては名誉に悖ります。内なる友を頼んで守り、外なる敵に備えてください」
聖断下る。
■■■
婚約者であるアッジャール宗家の女子テルケとサバベルフ家の男子オーランツの初顔合わせ、訪問の名目の一つ。これも狂犬のようなベーアに汚されるいたいけな少年少女という絵面を確保するため……何とも、歴史に事実を残したくないような。
テルケを連れ立つ。狩りに良く出かけるためか旅支度が素早くて危なげない。
この遠征かそれ未満か、道中の安全は護衛だけではどうにもならないかもしれない。また全く不要かもしれない。想定外はその通りに想定の外、分からない。
別れを告げる時のシトゲネは気丈に見えたし、次男は走り回る三男を捕まえながら「母上は俺が守ります!」と言った。性質は違うがサガンを思い出す。まるで素晴らしい、教育に成功した良い子だ。だがこれは本当に良いものか? もしあの時、サガンが利己的だったら誰も死ななかったかもしれない。
それから最近になってようやく分かったのだが母は苦労している。実務以外に気苦労が大変に、である。見かねたマフダールから”男というのはそういうものですが……”と、そう説教されて気付かされた。しかし、だから何が出来るというのか? 王族こそ見世物のように掲げるためにある。
ベランゲリ駅から列車に乗り出発する。
まだまだエデルト式鉄道。あちらとの関係悪化から整備性が悪化すると懸念されている。貿易は止まっていない、部品在庫はある。鉄道と電信局に関連施設まで含めてエデルトからの派遣職員が依然として務めている状態。彼等に危害が加えられないように警備を増やしているのが大きな変化。表向きは平和だ。
■■■
シストフシェ駅に到着。自分なりにここまでの鉄道運行の様子を観察したが、エデルトからの派遣職員の下へ、何故か”いやに見た目の良い女性”が足繁く通っている様子が見られた。お雇い外国人には高給を出しているのでその辺の労働者よりは格上ではあるが……特殊工作の細部まで国王に報告が上がってこないのは確かである。下女が好きそうな破廉恥話の山盛りでは特にそうだろう。
それから建設中のランマルカ式鉄道を横目にしながら騎馬にて、宮幕は解体した状態で車に乗せて南下してテストリャチ湿地を進んだ。
湿地半ばで日が暮れて来たので野営する。野営と言っても整備された街道の脇、干拓事業で拡大した農家の井戸や牧草地を借りている。
テルケが小銃を担いで馬に乗り、犬を連れて出かけた。そして鴨を一羽、鞍に吊り下げて帰って来た。農家の家鴨じゃないだろうなとちょっと見てしまったが、明らかに野生の痩せた姿。
その鴨の内臓を取って、銃弾抜いて羽根を毟り、鍋に水を入れて火を熾して掛けて煮てという工程を、隣で焼き飯を作りながら眺めていると気付いた。
「嫁いだ先でいきなり狩って料理などやったら駄目だ。あちらの貴婦人はそうしない」
「え? はい」
「いや、すまん、分からん」
「はい。あ、おこげ」
自分はふっくらの柔らかい方が好きだが、今回は焦げを作ろうか。
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南部国境の関門へ到着。帝国連邦呼称は北関門。
こちらで鉄道に乗って中洲要塞まで進み、バシィール線から大陸横断線に切り替えて西、外の風景を絶対に見せない封印列車に乗る。
このマトラの山を登り、降りる感覚は身体が傾く違和感か、置いた杯に満たした水でしか分からない。
テルケが何とか外が見られないかと窓というか、通風板の隙間を覗く。
この起伏が今後、オルフ南部を守る盾になる。物々しさから、百万将兵と一万火砲を犠牲にしても突破出来ないのではないかと思わされるが。
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マトラの山を下る勾配が終わり、通常の列車に乗り換えして北上。モルル川を渡る鉄橋を騒音と共に越え、マインベルト王国へ入国。
入国時に一時停車し、接待役の外交官が乗車。こちらの秘書官と今後の行程を確認。
そして行程通り、王都リューンベルより手前の駅で降りて、あえて騎馬と車での移動に移る。ここからは後続の列車が近衛隊に王后騎兵隊を送り終わるまで、緩やかに進みながら待つ。
ここで外交官より注意を受けたのは、バルリー残党や西方のベルリク関連被害者――加えて一部神聖教会系武闘派が混じるとされる――で構成される聖シュテッフ報復騎士団の活動情報。バルリー人の絶滅運動により主要構成員は発足時より激変しているものの、名の通りの報復理念は人種血統を越えて思想と化しているので何者であろうと警戒すべきとのこと。
また爆弾でも転がって来るだろうか? リューンベルに直接列車で乗り付けなかったのも防犯上の理由。しかしここでこの状況で死んで見せれば団結も上がる。だが自分には中央集権化の仕事が残っている。
「お父様、そっち乗っていいですか?」
「来なさい」
馬を寄せて来たテルケが腹の前へ乗り移ってくる。一人で乗れるようになってからこうしたことはなかった……お前、サガンに続いてみるか?
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リューンベル郊外にて宮幕を含め、護衛の両隊幕舎も展開する野営地を築いてから騎馬にて隊列を作って市内へ入った。
マインベルトの近衛隊が途中で隊列に合流。軍楽隊も演奏行進をしながら追随。小さなオルフ国旗を持って振る市民が歓迎に並んでいる。外交官曰く”持ち物検査済み”らしい。
宮殿ではヨフ=ドロス王筆頭に王族に関係閣僚も揃って出迎えてくれた。広場に集まる観衆の前で、両国王が握手する姿を見せるという分かりやすい姿、国家間の姿勢も見せることが出来た。この国の西側国境付近でベーア帝国のエグセン軍が演習中という最中にである。何を見せたいかは事情を知る多くの者が理解しよう。
親善交流、社交舞踏や歌劇鑑賞などは全て母が気配りで随行させたオルフ系貴族に任せる。アッジャールの風習ではない。
テルケには婚約者であるオーランツ王子との顔合わせや、贈った犬を連れているニコラヴェル親王の娘等と宮殿の庭先でお茶会、散策など小さい者同士での交流をさせておく。
こちらはヨフ=ドロス王と、まず一般公開の会見を行う。まずは儀礼的な会話を進めてから、両国で一致する意見を改めて確認し合う姿を報道記者に披露して報じて貰う。こちらの失言を引き出す瞳術のことは事前通知しておいたが、ヨフ=ドロス王は問題無いとして、全く問題無かった。記者が、マインベルト感覚では相当に無礼な質問を喋ってしまって退室という件は何度かあった。第一次遠征での、戦友と呼べるような記者は若干小慣れた様子だった。
そして非公開の会見にて本件対処に移る。
「四国協商における防衛義務を果たすための先遣隊としてやって参りました。三千余りの兵で出来ることは少ないですが、オルフ全軍の影をお見せします」
「非常に有難く、心強い限りです。もしかしたらこの世界で孤立しているのかもしれない、そういう思いが我々にありました。それが今日、皆に分かる形で払拭されました」
「オルフ軍、セレード国境配置についております。即応可能な一個軍、こちらに追加派兵可能です。これ以上は、セレードがおりますので帝国連邦に依頼して貰うしかありません」
「十二分です。こちらと貴国の協同関係を示し、帝国連邦とランマルカを背負えばベーア一億と号する帝国に全く引けを取りません」
「同意見です。そこでですが早速、演習中のエグセンが見える場所まで案内して頂きたい。娘のテルケ、そちらのオーランツ王子を相手の砲弾が落ちる先にまで連れて行き、あちらの粗暴さを知らしめます」
「確かにオーランツは次期王太子でもなんでもありません。生贄として手頃ですが、しかしゼオルギ=イスハシル殿、そのような使い捨てとお考えか? 冷徹よりもむしろ残酷を感じます」
言い終わってからヨフ=ドロス王は、口が滑ったと目を開いたが、すぐに平静を取り戻して訂正もしなかった。
「古式にて指揮官先頭、王こそ最たる勇者という方式は粗野で美しい。無学で素朴な人民にも良く分かります。危機を乗り越えましょう」
「国境には王太子がおりますので、そちらで具体的に。オーランツをお連れください」
「ご理解、感謝します」
「我が国家人民のためです。しかし私の孫をもう戦地に……いえ、結構」
サバベルフ家、子供達を大層可愛がって、慈愛溢れる育て方をしていると分かる顔ばかりである。冷厳な指導者ではなく、国民に愛される愛を知る者達としている。見た目も仕草も喋り方まで全て柔らかくて親しみ易い。ニコラヴェル親王も軍人一本槍で来た者らしいが厳しさが薄く、こう、デカい熊のぬいぐるみめいている。油断すれば”ニコちん”と口が滑りそうな人だ。
■■■
ベーア帝国のエグセン軍が実弾火力演習をしている姿が見える国境位置へ、近衛と王后騎兵を連れて行って尚且つそこで宮幕を見せびらかすように設置して野営した。ヨフ王太子にその息子オーランツも招待し、乗馬ついでに揃いの軍服を着ているエグセン兵を眺める。
まず、帝国統一の軍服が既に揃っている時点で脅威的。我がオルフなどまだまだだ。情けない、恥ずかしい。他所様に見せたくない。
砲弾が空を切って着弾、炸裂する音が聞こえる。一斉射撃からの歩兵横隊が突撃して『フラー!』と喚声を上げる様も見られた。
流れ弾の具合はどうだろうかと、兵士と兵器、無煙呼称はやや誇大表現の薄い発射煙、着弾を目で追う。テルケの乗る、いたいけな少女が跨る馬が砲弾の破片で倒れた、ぐらいが母の気苦労と宣伝効果の間を取り持つぐらいになるかと考えたが、勿論ベーア兵の撃つ砲弾は国境に向かわず、自領側である。
「ヨフ殿下、こちらに向かって来そうな砲弾は見えますか?」
「ははは、ゼオルギ王、御冗談を……ですよね?」
やはりサバベルフ家の者、会話の感触が柔らかい。
こちらの姿を認めたエデルト騎兵、偵察よりも問題解決のためにいる将校が近寄って来たのでこちらから声を掛けた。
「君、エグセン兵の具合はどうですか?」
「マジでオルフ王? うっそだろあんたマジかっ!」
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