第428話「決戦前の機動」 ベルリク
極東事変解決後、ジャン暴走集団の流刑を見送ることもなくジャーヴァル決戦へ急行。雑事は全て現地関係者に託した。ドルホン大臣辺りは口出し無用なくらいに働くことだろうが、懸念としてはそれで燃え尽きてしまうことだ。他にも子女はいるが、パッと見栄えするという点では全員がジャンに劣る。ある意味あれに敵うのもそうそういないわけだが。
決戦のため、自分が直接率いる兵力。
親衛隊と親衛偵察隊など総統直轄二千。
アリファマのグラスト第一旅団二千。
新式実験装備の国外軍予備一万。ただし専用弾薬は少数。
南メデルロマ防衛隊五千。
ハイバルの猟虎軍三千。
ザモイラ術士連隊一千。正面戦力としては使わない。
これら合計二万三千を鉄道で各地から集め、引き連れてまた南ハイロウのハンナヘルから陸路南下。今回の遠征を受けて始まった鉄道工事現場を脇目にするのが憎い。列車に慣れてきたか。
そして春を迎えてデュルガン国首都シャタデルパットに再び到着。アルジャーデュルの保安を担当させていたシレンサルと話し合い。
「アルジャーデュル内にて革命思想伝播による国内不安はありますが、未だ中央政府に対する暴発には至りません。元々の、孤立気味の各地の地方政府、村落において鼻っ柱の強い若者が伝統を重んじる年寄りへ反発するときに使う言葉に”革命”が混じるようになった程度です。良くも悪くも地方分権で、やり玉に上がるのがまず地方政府、それから縁遠い中央という順番になる模様です。
この危機の前触れに対してここの三国政府関係者は危機感を、ぼんやりと覚えている程度です。実感が沸かぬものの、アッジャール朝オルフの内戦を思い返せば血統も連なり他人事には思えないぐらいなものです。対策はしたいのに具体策が中々、火が見えていないのにどこに砂をかけてやればいいか分からぬというところでしょうか。
”防災意識”としては、革命派を内包どころか政府主軸にすらしている帝国連邦の政治体制を学びたいという意欲がある者達が見受けられます。ただの部族連合体ではないその先が知りたいと。学生受け入れは良いのですが、学ばせるところがバシィールの新興大学等で良いのかどうか」
「お前の下で雇え。政治以外にも軍事演習、工場とか鉄道の運行を見せて工業の重要性を強調するみたいな見学旅行でも挟んでやれば分かるか? これからシレンサル宰相には仮称だが……いや、正式名称にするか、中央総監に任命する。外ユドルム、ヘラコム領行政区からアルジャーデュルまでの地域における総統代理職だ。まだ具体的に何をさせるか決まってないがその心算で何が出来て、したいかまとめておいてくれ。その学生共に何を見せつけたいとか考えながらやれば助けになりそうだな、丁度良い。弟子に取るつもりでいけ。どうすればその肩書に見合うか意識するだけでも違うだろ。ルサレヤ先生の次席で連邦第三位になる。極東より上位なのはあちらを監視するため。先生より低いのは中央政府が上であるからってところだ。分かったか?」
シレンサルの動きが止まった。呼吸も止まった? 次に涙を流し、ついでに臭い立つ。
「ああすいません我が王よ! ああ!? ああ我が王……」
初めて見るわけではないが、これは”嬉しょん”。腕が一本足りないかたわのおっさんが濡れた股座あたりを掴みながら内股になって赤面し「ああ」とか「うー」とか「我が王」とか騒ぎ出した。裾から床に落ちて濡れる。穴の緩い爺さんならともかく老い切ってもいないのにこの反応、ハイバルくんと別口のヤバさだなこいつ。
シレンサルの小便くらいは特に何とも思わないが、あちらが動揺して話が続かないのでアクファルが部屋の外へ行って世襲宰相閣下にして帝国連邦第三位の権威のションベンズボン取り換えの手配を済ませて戻って来た。彼のお付きの使用人達が早足でやってきて後始末を始める。
部屋の隅にシレンサルが立って、チンポコぶら下げて掃除の行く末を見守る。外から見ると自分に精神崩壊直前まで詰められた後みたいじゃないか。
「お兄様はうんうん大丈夫ですか?」
「お兄様は朝起きて飯食ったらすぐにうんうんしちゃうお腹だから大丈夫だぞ」
「うんお兄様。でも足のたりないかたわのおっさんはお尻も緩いかもしれませんのでうんうんしたいなら言って下さいね。ちゃんと拭いてあげます」
「お、頼んだぞ」
いっぺん漏らしてみようかなぁ。漏らしは癖になるって話も聞くけど。
掃除が終わり、残ったものがないか出しに行かせ、戻ってきてから話の続き。
「失礼しました……三国から傭兵派遣の提案があります。先程の学生の件と平行して軍事面でも学びたいという欲求と金欲しさから言い出しております。まだ完全に全てこちらから費用は出すから勉強させてくれというような姿勢となるほどにはやはり、危機感が至っておりません」
「半端者は邪魔で何をしでかすか分からないなぁ……傭兵としての実績あるか? 聞いたことはないが」
「ありません。旧ビジャン藩鎮のジャーヴァル遠征の時からでも記録にありません」
イディル=アッジャール朝撤退後から無いならあてになる傭兵伝統すら無いな。
「軍人奴隷として買い上げて、役目が終わったら故郷に戻す親衛軍方式に近いやつがやれないか? 忠誠の向きがここ三国にあると信用ならないが、こっちに向くならまだ出来る。十年二十年も老いるまでお勤めする必要はない、短期だ」
「そちらも聞いてみたのですが、中央兵力を長期に留守にすると地方反乱に対応出来ないと考えているようで、確実に短期で一戦役限定、あわよくば金もという考えから抜ける余裕がありません」
「弱いと何も出来んな……その軍人奴隷、こちらの装備と訓練をしながら三国に戦役後そのまま配備という線で進めてくれ。主を取っ替え引っ替えは可哀想だからシレンサル、お前の奴隷にしてアルジャーデュル進出の足掛かりにしておけ。安全保障をこっちに委ねる気にならんのなら情報局と連携して革命を煽ってもいい。奴隷短期契約の話を適当に伸ばすことも考えていい。人を殺したことも無い新兵が増えてるからな、一つくらい実戦演習場を抱えても悪くない。あと仮に裏切り行為があったら直ぐに北から派兵して潰していいぞ。これくらいは中央総監裁量でやれ。そのくらいの大権は持たせてやる。ああ、そうそう、その中央総監人事はまだ通してないから総統仮承認というところだから、やる時は俺の名前出せよ」
「畏まりました。奴隷の方針だと早期動員は難しいですがよろしいですね」
「その時はその時だ。半端な数をこれから連れて行っても道の邪魔だからある程度まとまったと目途がついたら主として率いて参陣しろ。遅れるなとは言わんが後半になって予備として到着ぐらいの心づもりでもいい。竜跨兵で伝令は出す、自分で調整しろ」
「分かりました。現地では藩王と見えた直後に開戦となりそうでしょうか?」
「そっちの訓練時間は取ってやりたいが、艦隊の到着もあってだな。分からん。戦いも何日やるかも分からん。戦闘開始後でも余裕があるなら短期訓練してもいい。とりあえず早めに到着するに越したことはないな」
「善処します」
あれこれ強権を与えてしまってまた漏らさないだろうなと警戒してしまうが、流石に出し切った後なので問題無さそうだ。
「決戦に関しましてマハクーナ藩王イブラシェールについて、その思考を読む手伝いになるかは分かりませんが経歴を調査しました。
元はキサール高原出身、美少年で頭が回るということでジャラマガン国に奴隷として高値で売られました。軍人と官僚を同時に務め、当時の王の愛人でもありつつ、一時は地方の知事も務めた実力者です。そしてイディルのアッジャール朝の侵攻時には降伏の証として差し出され、将軍の一人にまた愛人も兼ねて仕えながらジャーヴァル北東部に到達し成立した地方政権で職務を務め、イディル死後の混乱の中で頭角を発揮して宰相に上り詰め、旧ビジャン藩鎮のジャーヴァル侵攻後のアッジャール残党政権の弱体化時に主君を暗殺。そして北東部の政権空白地帯をジャーヴァル皇帝に臣従を誓うとしながら統一して現マハクーナ領域を傘下に収めました」
野心が強い。文武に経験と実力が伴い、おそらく顔も良く弁舌も立って人を引き付ける魅力がある。ケツを差し出す程に雌伏しながら首を取る機会を狙い続ける忍耐力、演技力もあるか。手強い。
「本人は有能か。他は?」
「正室ディテルヴィ王妃はハラッハ女神の化身とも言われた女将軍としても有名です。ナズ=ハラッハ流域にあって消滅した旧小藩王の王妃でしたが、国が滅びてもアッジャール政権に対して子連れで非正規戦を続けて残党政権崩壊まで持久しました。この王妃と結婚することによって出所怪しいイブラシェールでも藩王の格を得られました。
バーゾレオ王子は王妃の連れ子。征服後の非正規戦から、領域統一時の正規戦に参加。幼少時から実戦経験があり、先の大戦でもタルメシャ遠征に参加しております。それらの気性を継いだ王子、王女たちも一角の将として教育を受けているとのことです。王族率先の士気の高い指揮が行われるでしょう。
また逃げ遅れのアッジャール系将校等も一部召し抱えております。こちらの騎兵戦術に対応してくる可能性は十分あります。
当時彼等と戦っていたゲチク将軍に手紙で窺って返事を貰いました。全般的な評価として、粘り強く狂信的に士気が高く、少数でも多数に掛かり、厭戦気分が強くなってからは相手するのも面倒になるぐらいで逃げていた、と。それから可能な限りの戦争記録、現地とここの物と合わせて整理中でして、乏しいですが後でお渡しします。それと多少は読み込んだ者がいますので同道させます」
「血の繋がらない王子に分断の隙はあるか?」
「結婚当初よりそちらに継がせるという条件付きです。どうも女性に然程興味がないようで、産ませた我が子を後継ぎにしたいという意欲が薄いか無いようです。優秀な後輩に継がせるというような、高級奴隷の思考のままかもしれません。記録が欠如しているだけで宦官だった可能性もあります。美少年そして美青年が藩王以前の売りでしたので」
「欠点になりそうなところが今回は利点になったか。大体分かった。ご苦労……」
王位継承権から付け入るのは常道。手垢が付いた手法ながら廃れないのは人間の本質的に弱いところを突いているからだ。それが利かない様子で、他に探るとなれば時間がいる。間に合わないな。
それから最新情報を告げる。中央総監の意義についてもう少し。
「今、マインベルト西側国境でベーア軍が四国協商成立に対抗して軍事演習か小競り合いか、協商団結の度合いでも確かめるような動きがある。ジャーヴァルが終わったら直ぐ西に戻る。後片づけから何から全部任せるぞ。中央総監という肩書をやったのはそういうことだ。決戦の後もやることが山積だからその前提で頼むぞ」
「はい我が王! あの、そこでついで言うわけではありませんがっ!」
何だか急に声がデカい。
「ウルンダル王国の頭に、”親衛”とつけるのはいかがでしょうか!? 名前から入るのは軽薄かもしれませんが、看板がそうであればこそ更にその方向へと傾くと考えております!」
「まずは国内での美称か、そういう程度にとどめて連邦内で普及し始めて違和感が無くなってからにするといい。いきなりやると、お漏らしみた……うん、そういうことだ」
「はい我が王」
■■■
アルジャーデュルを南下しながらジャーヴァル北東部の地図を眺めて理想を描く。
現地先行兵力の骸騎兵隊は五千。
本隊は一万四千。
ユーレのグラスト第二旅団で二千。
ナウザにてプラヌール族騎兵三百と三女神親衛隊という民兵組織。
二万一千とその補助で出来ることは限られる。こちらの二万三千と、遅れてやってくるかどうかもあやふやなシレンサルの奴隷隊。やれることはやらなければならない。
このままでは決戦場がマハクーナの藩都バラガルナルとリアンヤフ藩都ザラカールの中間地点になりそうな気配がする。そこは真っ平らな荒野で、井戸かオアシスがあるかどうかのほぼ無人地帯。民間人に害が及ばぬ真に正義の決戦を行うとしたら理想の場所である。
馬鹿正直にただの平地でぶつかる気は無い。川沿いに誘導したい。ナズ=ヤッシャー川沿いが望ましい。作りたい雰囲気は”遠路遥々我々は疲れてそこへ着陣した。ここからまた動けとは決戦前に消耗を強いるような不正義の行いである。文句があるだろうが、それはそちらの軍が鈍重過ぎたせいだ”と言い張る速さで川の東岸を確保したい。
決戦前戦闘の回避は苦痛だがここは諦めるしかない。駄々をこねられて泥沼に嵌るのは世界戦略に支障を来す。
最低でもマハクーナ藩王が想定する決戦場を使わせないことを目標にする。そして東岸に女神党軍が野営していても構わず塗りつぶすように配置したい。会戦と同時に掴みかかりの殺し合いになるくらいでもいい。そうなれば化学戦で、数で圧倒されてもいけるだろう。相手も現代戦対応の装備を進めているだろうが徴集したような信者民兵では限界がある。
川沿いの確保はほぼ絶対。セリン艦隊をナズ=ヤッシャー川河口部に突入させ、戦場に艦隊を入れて要塞を戦場に出現させたい。艦隊からは、電信によれば艦隊運行に支障を来さない規模で五千上陸可能と来ている。こちらの部隊と連携出来れば十分か? 敵砲兵の装備練度集中次第か。敵軍の偵察情報を密に届ける必要があるな。
ナズ=ヤッシャー川河口への艦隊突入をまず成功させるためには蓋になり得るメリプラの藩都ヴァリタガルの、水上へ向ける抑止力を無力化しなければならない。残留しているパシャンダ軍が暴れて完全ではないかもしれないが、そうではないかもしれない。女神党の一員であるメリプラが手加減してくれると期待するのは間違っている。これにはナウザにいるファガーラ姉妹の三女神親衛隊とやらが使えそうだ。ただの陽動兵力程度で終わるかと思っていたがここで勝敗を決する鍵に見えて来る。
ナレザギーより電信が入っている。正義の決戦の純粋性を損なわない程度に決戦前工作が行われている。主にナズ=イガーサリ川流域から出発する超藩義勇兵集団の足止めだ。まずは流言飛語による宗教的分断、食糧や家畜の買い占めによる旅費高騰、船舶事業者の他事業への引き入れによる河川準封鎖、この決戦に関わりそうな借り入れ金の審査引き延ばし、これで脱落者を促す。これに加えて聖戦士調教師を三女神親衛隊へ送って戦力を補強。
流石メルカプールのお狐様、黄金の糞の塊、ジャーヴァル第二の嫌われ者、皇帝のあふれ出す金玉。
ジャーヴァル皇帝との電信でのやり取りでは我々の行動を全面的に、体面が傷つかないように支援してくれる約束になっている。表立って何かしてくれるわけでもなし、体面がという前提がつくと不安であまりにも頼りなく、助けてやる気が失せて来る。とりあえず道中の費用など、手持ちの現金には限りがあるので支払いに困ったら全部皇帝につける。皇帝の金庫番であるメルカプールに言えば全く問題無い。狐印の白紙手形は箱詰めで持っているし各将に配って使用制限を設けていない。
後思いつくのは……骸騎兵隊によるマハクーナ藩都パラガルナルへの”ご挨拶”か? アッジャール侵攻時の首都直撃の恐怖を思い出させ、女神党軍の編制と配置に混乱を起こせれば良し……いまいちか?
こちらが考えることに、あちらは事前事後問わず対策を打ってくるはずだが……。
コバシットに駐留している国外軍本隊、ラシージへ伝令を出す。この理想に沿った形の状況を実現して貰いたいが、それ以上があれば勿論良い。それ以下しか無理ならそれはそれでやるしかない。現場から見えているものが見えていない以上は理想を伝えるしかなかった。
■■■
我が軍二万三千はリアンヤフ藩王国の要衝コバシットを通過する。ダーラウードラ川を渡るために船が往復を続ける。春の雪解け水で増水気味。
船の運航は順調である。これより前に国外軍本隊が大規模渡河した後で、船頭達も要領は弁えたと疲労は見えるが手馴れた様子。費用は全てメルカプール経由で皇帝持ち。
仮にここで船が使えないなどという妨害行動があれば武力行使を躊躇しない。妨害を理由に決戦日時に条件まで文句をつけて優位を獲得する心算でもあった。それを分かってか藩都ではないここにわざわざあちらから藩王が出向いて「この度の決戦に我が藩は参加しない」とわざわざ釈明まで貰った。加えて「中央にも与しない」とも。
リアンヤフ藩が反抗的ならばここで一撃を加え、兵士を強制徴募して尖兵に仕立てることも考えたがそれは未然に防がれた。ジャーヴァル伝統の正義に則るなら、ここでそう言われては戦えない。正義の筋は通してこそ泥沼のジャーヴァル介入から足が抜ける。
「貴国は当国を侮っておられるか? 返事や如何」
「いえ、そのようなことは」
藩王へ試しにキツい言葉を当ててみたところ、心底嫌がっていて既に厭戦の気配すら見えて騒乱は望んでいないと見た。パシャンダ兵の乱暴狼藉の後であり、アッジャールの大侵攻以来の遊牧軍の侵攻を思い出させる光景を見せてやっていて、山を越えた先だがタルメシャで殺戮破壊をやって見せている。過去の悪夢が蘇るのも無理もない。
「ではそのように。ご同情申し上げます」
藩王の安心した顔が見られた。ハイロウ方面からの侵攻あればまず盾になるのがこのリアンヤフ。内紛の盾にまでなる気はないようだ。
■■■
首都略奪を疑い、警戒しながら同道するリアンヤフ藩王の神経擦り減る顔を楽しみつつその藩都ザラカールを通過。ラシージの置き土産である、敢えて片付けを半端にしてある本隊野営地跡を確認して追いかけ、準備も手早に休みながら進んでいく。
ナズ=ヤッシャー川東岸を目指すラシージから伝令。新規情報。
骸騎兵隊を先行させて東岸部に橋頭堡を確保。現地には既に女神党軍が野営していたが構わず混ざるように配置。道中購入した奴隷を拷問するように料理しつつ目前で食べることによる非戦闘行動で排斥に掛かる。加えて藩都パラガルナルにも派遣し、決戦前の機動にて女神党軍の布陣を乱す工夫を開始。
竜を伴う測量隊をナズ=ヤッシャー川へ派遣。水深を測って艦隊突入を支援する。また妨害行動を起こしそうな水軍基地、河岸砲台の位置を確認する。決戦開始まで長くは掛からないので測量点は少なくする。竜による上空からの目視で水深が浅く着底しやすい位置を推定して作業短縮を図る。この春の増水時期、夏の渇水時期で差が出るのでその点割引く。
既に電信線のご加護から外れた中、西のジャーヴァル帝国中枢側から伝令がやって来た。新鮮味が無いということだ。
内容は、ザシンダル王国の国王がジャーヴァル帝国の皇帝へ打診があり”共同体の兄弟、北の友人へこの争乱の終結へ向けた協力をする用意がある”という甘やかなようで皇帝には辛辣な誘い言葉である。受け入れれば状況は良くなるが独立容認となる。魔神代理領共同体を尊重すれば赤帽軍を動員出来ないので弾圧しようにも火力が足りない。直臣というより各藩を代表する地方主義者が中央権威を尊重するようでいて軽んじる諫言を始めているだろうから政治力すら足りない。意地を通して統一性を固持すれば最後の団結が綻びる段階に達したと見える。見えてしまえば崩れる屋根の下から家畜が逃げ出して野生化する。
帝国崩壊が近いか? 元大宰相の新宰相ベリュデインが起死回生の親衛軍を編制する時間など残っているのだろうか? 人は余っているし金もメルカプールが出せばいいから、中核を失ったわけではないが……ジャーヴァル介入、シレンサル中央総監にもっと兵か金をつける必要がありそうだが、さてはて、規模の想像がつかない。女神党軍を敗北させ、勝者の言うことを聞けと仕向けられれば? ナシュカに相談すれば無理筋ではなさそうだが。
■■■
更にナズ=ヤッシャー川東岸を目指す行軍を続ける中、再びラシージから伝令。
まずはナズ=ヤッシャー川東岸の確保に成功。そのうえで女神党軍が設営した野営地との入り乱れが発生して混在状態が続く。
食人恐喝や人取り合戦の推奨、相手の家畜小屋の近くで朝の号砲を鳴らすなどの嫌がらせによる追い出しには一部成功。相手側も糞尿処理の怠慢や、宗教儀式の祈祷、演奏、香焚きを派手に行って対抗。いくら火薬に慣れさせた馬でも耐えがたいところがあって騎兵と歩兵を分離せざるを得なくなる。
女神党軍の野営地を無視しての野戦陣地の構築を開始。妨害行動には武力ではなく警察行動の範囲で犯人を逮捕し、責任者に引き渡しを行って正義を遵守。
そして開戦直後に毒瓦斯を撒いて白兵戦に掛かる用意も完了。このまま相手が移動しなければ、現状で開始直後に三万は無力化出来る見込み。
混在地域を騎兵による包囲も完了。それと同時に周辺地形の把握を密に行っている。
また骸騎兵による藩都挨拶の影響だが、これは一時女神党軍の布陣を麻痺させることに成功。配置の決まらない部隊を発生させ、一部放浪化させて統率を弱めたとのこと。
高次元か低次元か分からないこの争いに負けては不利になるので辛抱強く工夫を重ねるように激励しておく。しかし”俺の”ラシージに糞の投げ合いのようなことをさせるとは、どうしてくれようかケツ穴野郎め。
そしてマハクーナ藩王イブラシェールから、決戦場所と開始日時を問う手紙が同時に送られて来た。内容だが、魔神代理領共通語ではあるもののジャーヴァル文脈というものがあるのでナシュカにも読み込んで貰う。とりあえず裏表無いがしかし”吉日、良場とは何であるか?”というような、哲学問答みたいな内容であった。知るか、殺すぞ。
「これどういう心算だ?」
「神官共に占い、神託させ続けている……女神党を代表するのはマハクーナ藩王だがやはり諸勢力の寄せ集めだ。これは帝国軍も変わらない、あのパシャンダの乱の時に軍事顧問でやって来た時と同じ、権限の足りん頭と好き勝手の手足ばかりの状態だ。好き勝手に各自が思う吉日、良場を喚き立てている可能性が高い。女神も数いれば、一柱だからと言って解釈も物語も方々で違って占術、神託が一致することはそうそうない……というのは、思惑に負担も全員が違う。仲の良し悪しもある。良い同士をくっつけ、悪い同士を離すような陣立てをするには数が多い。交通整理だけで死人が出ているはずだ。だからこちらの反応を見て、それで意見を収束させて最終決定に近づけたいと考えている。敵がはっきり見えれば団結が出来る。お前の言葉で決めていきたいんだ。問いかけはそういうことだ」
「なーる、なるほど、おー、そうだな」
ナシュカを信じるとして、東岸から動かす気はもう無い。
セリンに遡上する川はナズ=ヤッシャー川と通達する竜の伝令を出す。三女神親衛隊にはヴァリタガル工作の命令を出す。他に候補は出さず、決め打ちとする。
イブラシェール王への返信はせず黙殺を続ける。もっと揉めろ。疲れて喧嘩して諦めろ。疲弊したところで決闘しようじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます