第427話「海路の遠征」 ニコラヴェル
川と湖の路は良く渡るが、海は昔に巡礼した聖都以来になる。
記憶より臭い。潮臭い。塩の臭いなんてあったかと調味料を嗅いでも分からない。あえて言うなら”潮”である。生活し仕事をする船員と、海の動植物が生きて死んだ臭いが巻き上がり、船にも染みついている。南へ下る度に暖かくなり、その熱風が海岸と海面から新鮮と呼び難い”生”の空気を巻き上げて運んでくる。
軍艦は大部分が鋼鉄製となって、かつての旧式完全木造のように、腐れず染み込まず、となったそうだがそれでも臭い。
「殿下、我慢しても糞にも……失礼、ならないですよ。吐いた方がいいです。食って吐くを繰り返してその内、慣れる人は慣れます。慣れん人は、まあ降りるのがいいですかね」
「お構いなく……」
船の揺れに加えて悪臭が合わされば効果覿面。王族たる者、嘔吐などしてなるかと堪えれば顔が冷める。
今は士官室係を――ギーリス海賊式に甲板磨きから――務める提督の養子にしてベルリク総統の長男、ダーリク=バリドがお茶とにおいのしないパン、空桶に海水入りの桶に掃布と雑巾を待って待機しているが負ける気は無い。口に入れた物とは然るべき道を通るのが道理。
セリン提督が嘔吐を繰り返せと言うことは海の者として正しいのだろう。だが自分はマインベルト王国の親王ニコラヴェル・サバベルフなのだ!
「ニコちん、ゲーしないの?」
「しません」
「なんでー?」
「それは、そういうものなのです」
「うーん?」
ピルック大佐は不思議そうにお茶を啜る。彼は海兵隊、陸海半ばにあるがやはり海の者である。
「あらあら」
セリン提督に笑われながら「外に一度出ます」と席を立つと、扉が開いて外の空気、それも特別生臭いのが水兵の顔と共に現れた。
「提督、鯨です!」
「よっしゃ! 刺身食わせてやりますよ」
セリン提督が席から跳ね上がり、ダーリク少年が自分の顎下に桶を出した。
”ゲー”に非ず”オペロベロバゴ”。
「ギャッハハハ! 出た出た、出せ出せ殿下!」
その日の夕食には、海中で解体した上に血抜きまでしたという鯨の生肉が出た。それを食べ、また吐いた。
あの特別生臭い空気は鯨の潮吹きらしい。思い出してまた吐いた。執事のカルケスが桶を取り換え、水を持ってくることを繰り返す。
……陸に帰してください神様……あ、礼拝忘れてた。
■■■
忘れていた分、多く長く礼拝をしていると奇跡が起きて陸地が見えて来た、と最初は勘違いした。勿論奇跡ではなく時間経過と船員達の操船結果である。
うねる海面を見てタルメシャ哲学を開眼しそうになっていると、帆柱の上から降りて来た、時間に合わせてあちこち動いているダーリク少年が「殿下、間もなく上陸ですよ」と伝えて来た。いつまでも”オペロベロバゴ”してないで仕事しろというわけだ。全くその通り。その心算でアルツには整髪させ、化粧もさせて元気な風に見せさせている。
彼は子供ながら何でもやっているように見える。一般水兵のように手作業をしていることもあれば、士官候補生に混じって机上で航法を勉強し、艦長から出された問題を解いて提出して採点される。兵卒と士官の間には明確な隔たりがあるものだが、彼に限っては大海賊ギーリスの教育法を受けている。
その教育法はセリン提督曰く”甲板磨きから旗振りから号笛吹きに飯炊きに帆縫い、医者の助手、掌砲、掌帆、航海に操舵も何もかも全部やって艦長になると船が自分の身体のように分かります。それから船団長になって、しばらく続けると敵のしたいこととしなければならないことも見えてきます”そして”蒸気機関と鋼鉄板が出てきやがった。わけわかんない”とも。
近づくビナウ川河口、中大洋から魔都への入り口であるダスアッルバール市。世界最大の海港とは中世には既に云われていたらしい。開発が進んだ現代では分からないが、横への広がりが海を知らぬ者から見ても壮大。単純に河口の三角地帯が広いわけだが、とにかく大きい。
セリン提督より入港用意、ではなく上陸演習用意の号令が出され、旗艦から他艦へも信号で発令。
我々はジャーヴァル北東部、おそらくはマハクーナ藩王国内で行われるそのただ一度の決戦のために遠路遥々向かっている。決戦場は内陸部にあり、現地にある複数の大河川の何れかを遡上しなければならない。想定される戦場は大きく四種類ある。
一つ目。複数大河川、その河口より前での海上戦闘。敵海軍による上陸阻止作戦。これは海軍の仕事で、もし我々上陸部隊が参加するとしたら砲撃を食らっても慌てず船員の仕事を妨害しないことと、接近戦になれば銃撃を加えることである。
二つ目。河口部の占領。河口は全て女神党であるメリプラ藩王国の管理下にあり、妨害行為は当然想定される。またそれら河口部の都市にてパシャンダ兵が騒乱を起こしているが、敵となるか味方となるかは不明。双方を敵に回す覚悟がいる。情報工作で上手いこと流れを作ってくれればと祈ってもいいが、それが必ず届くと思わない方が良い。
河口部の都市を攻略する場合は、艦砲射撃を加えながら上陸作戦を仕掛け、陸上砲台を制圧し、艦隊の安全を確保してから再乗艦して川を遡上するという流れ。都市全域の制圧が出来る人数はいないので行動範囲は限定される。これは河口突入後、遡上中に行われる川岸からの妨害行動への対処にも当てはまる。
三つ目。決戦場最寄りの地点に到着してから上陸し、現地まで行軍してから戦闘に参加すること。行軍中の偶発戦闘、行軍先での決戦参加。従来の陸上戦闘となるも、敵中の少数行動は不安が大きい。補給拠点は、作戦中は出来るだけ川に留まってくれる艦隊で、これは要塞都市とほぼ変わらない能力を発揮してくれるはず。
四つ目。決戦場が川沿いである場合。これは二つ目と似ているが、艦隊が敵軍に艦砲射撃を加えながらの敵前上陸作戦となる。艦隊火力が発揮される中、奇襲的に上陸部隊が敵の側面か後方でも突ければ決勝点にも成り得る、とこの状況が甘やかに期待されている。この状況に持ち込めるかはベルリク総統か、間に合わなければラシージ副司令の手腕に掛かる。
三つ目の想定が実現すると我々は芥子粒のような力しか発揮出来そうにない。四つ目の想定が実現した時、これは敵の背後から内臓に突き立てる致命の短剣になり得る。致命の一撃を入れるためにはその理想位置にまで誘導して貰わないといけない。
総合すると、攻撃目標があれば機会を窺い、成功する方法を見つけてその手順に従い、臆せず砲火の下で敵前上陸してから力尽きるまで戦う覚悟を決めて、仲間を信じること。何時どこでもそうであるが、難題だ。
ダスアッルバール市当局から出された船が接近。使者が旗艦に乗艦して作戦内容の確認を取る。時間が掛かった。
確認時間が長くなったのは、上陸演習はダスアッルバール市をメリプラの河口都市に見立てて攻撃する想定で上陸するからだ。市内での発砲は勿論厳禁で大小火器全てから弾薬を抜き取り、銃剣の着剣も指揮刀の抜刀も厳禁。
上陸演習用意が発令されてから、焦らされるように陸地を眺めて待機する。待っているのは住民の退避、そして干潮。
干潮時、陸の高い位置から低い海へ川が”落ちる”。それは激流になる。本番ではそのような悪い時期は避けるのが最善であるものの、悠長に待っていられない状況も有り得る。ならばせめて火力を伴わない演習時だけはこの困難に立ち向かう。
音が比較的小さい弱装空砲による、上陸支援の艦砲射撃が想定上の目標を破壊し、上陸地点を掃射し、上陸地点に我々がやって来て無防備を晒すことを期待し待ち構える敵を想定しての制圧射撃が行われる中でピルック隊が先陣を切って短艇に乗り込んで上陸行動開始。
「ぼっくらは最強海兵たーい!」
『お手本見せるよニコちんちん!』
……ランマルカの櫂を漕ぐ自動人形の腕力が凄まじく疲れ知らずで、今は流れが強いはずのメルナ川の押し出しも少し針路が振れる程度で収める。
そして口で「ダダダダーン!」と舳先から上陸地点へ機関銃兵が射撃を加えるフリをする中、港へ強襲上陸を仕掛けた。位置によってはそこで自走爆雷を組み立てて、勿論使用しないがしたということで一部において火力発揮、突破口を開いて上陸地点を守る前進拠点を確保するために建物へ突入、これまたフリをする。どうしても守り辛いところ、開けた場所は自動人形を置き盾として設置。
続いてランマルカ式訓練を受け、重装備で固めたニズロム海兵隊が上陸を開始しようとするも、自動人形の腕では勝ったメルナ川の押し出しを受けて一部が流され、上陸地点の変更を余儀なくされた。こうなると先行上陸したピルック隊の一部が孤立するので、上陸地点では戦線の縮小再整理が行われる。艦砲射撃支援や自動人形の盾があってもゾっとする一場面であった。
そしてニズロムの歩兵が先、砲兵が後から続いて船から起重機を使って大砲、弾薬を荷揚げ。
今回は敵の抵抗苛烈という想定で前半は全て人力で行われ、後半は余裕がある想定で自動人形の手伝い付きで行われた。大砲が持ち込まれて防御力が増し、人力も増えれば、この演習では禁止されているが土嚢を作って積み、市街地の雑品を集めて防護壁を築く時間も稼げる。
マインベルトの志願遠征隊へ出撃前の訓示を垂れる。
「諸君、戦いは戦う前から始まっていて、この演習も実戦の一部だ! 決戦の時まで機会は少ない。一命を賭して訓練せよ! ここで死んでも名誉の戦死と扱う!」
この程度の言葉でどれだけ奮起し、集中してくれるか分からないが、マインベルト志願遠征隊が先んじた二つの海兵隊の後から、出来るだけ安全に上陸を心掛ける。
志願遠征隊では装備が第一回より変わった。部隊識別のための目立つ高い帽子を脱ぎ、潰れた野戦帽を導入。噂の無煙火薬式ではないものの、ランマルカの後装式施条銃、擲弾銃、機関銃を揃えた。規範にしたとはいえランマルカ兵の出で立ちに近く、まだ見慣れない。
マインベルトの上陸部隊が短艇を――練習したがまだまだ下手糞――漕ぎ、弱装ではありながら心身震わせる砲声砲煙の中で海を進む。
もう直ぐ陸地。岩礁が点在、流木に抜けた海藻が浮き、暗い影のような暗礁が怖ろしい罠に見えて来る。遠くで小舟に乗る漁師が見物している。
先に出て人も荷も降ろして軽くなったニズロム海兵隊の短艇から、メルナ川の流れの強いところを教えて貰いつつ上陸。海の素人には補助付きが相応しい。曳船してやろうかと言われなくてホっとしたが、岸壁から係留用の縄を投げて来る距離が嫌に長かったので、鈍臭い我々をさっさと引っ張りたくてうずうずしていたことが分かる。
艦隊へ射程を延長するように信号を送り、より遠くへ砲弾を飛ばす想定が始まる。そして大砲を構えたニズロム砲兵が射撃するフリの中、先程まで敵を阻止し、制圧する艦砲射撃が行われていた地域へ自動人形を盾にピルック隊が前進し、その後ろを我々マインベルト隊が続いて完全な制圧を試みて、残敵掃討を行う。射撃するフリで「バーンバン」と言う度、屋内に避難している住民、特に子供から真似されてからかわれるのが屈辱。これが変だってのは分かっているんだ。
我々とピルック隊が制圧地域を一段階拡張し、ニズロム海兵隊が上陸地点を確保しつつ砲弾の残りを荷揚げしている中で次に艦隊から編制された陸戦隊が上陸……セリン提督が先頭にいるが、参加する気らしい。ダーリク少年も従卒のようにいるが、本気か?
今回はこれで約五千名を、火薬抜きで武装状態で、抵抗が無い状態で上陸させることに成功。
次は市役員に誘導され、解除した武装を置ける広場に到着。兵士達は食べて休んで、士官達は集まって上陸組の反省会を開始。後に艦隊が入港してからは艦に残った組も参加。
提督や艦長級の者達は更に、一時的に中大洋連合艦隊から離脱し、独立軍事集団”セリン艦隊”となる手続きを海軍省庁舎に赴いて行った。
各艦から海軍旗が降ろされ、その厳つい外見には少々見合わない一般船籍を示す商船旗に変わる。これにより魔神代理領海軍として女神党軍と戦うのではなく、ベルリク総統の妻セリンの私兵として駆け付けられるという。
そんな無茶な論法あるか? と思うが、義勇兵を否定されるような戦いではないので問題無いとのこと。普通はそんなことはしない。だから禁則事項に取り上げられることもなく、破らぬ掟破りが発生する。
ここでは目的地に到着するための、最後の本格的な艦の整備が行われる。マリオルからダスアッルバールまでそこそこ長い航海中に発生した問題個所をここで、初動の段階で修理しておけば大事故が発生する確率は非常に低くなる、ということらしい。
一応は短い休暇ということになる。兵士は良く休み、しかし脱走しないように見張られる。
現地警察全面協力。ここまでの航海の間に二度と海に出たくないと心を病む者もいるので、脱落はしても脱走はしないようにしなければいけない。かなり選りすぐった心算だが心の弱さは出発地点ではなく長い旅中に見えて来るものだ。
士官達はこのメルナ川を上って魔都についた後にはいるビナウ川のそのまた下った先、妖精系組織である赤帽軍が軍事施設を集中させているアサーシャルーにて予定している実弾を使った火力演習の事前調整会議を、今回の第一回演習反省会を参考に行う。
「ねえねえニコちんニコちん、次は中距離の行軍準備するとこまでやろうよ。荷物はチンポみたいに何度も出し入れして積み直して出しやすいようにしとかないと本番で直ぐ出ないんだよ」
ピルック大佐が皆の前で、その呼び名と喋り方で袖を引っ張って来るので大変恥ずかしい。特に「ニッコっちん!」と大笑いしているセリン提督の前では尚更。ご婦人の前で恥ずかしいではないか。
■■■
大河沿いに延々と栄える農地と市街地と港の繰り返しに飽きる頃になって魔都入港。先の東方大戦時に中心部が熔解する程の大規模術攻撃を受けた痕跡は、新築が並ぶ姿でしか今は確認出来ない。
ここでは一旦係留して艦隊の簡易整備が行われる。これはダスアッルバールで重点整備した後の様子見。整備とは機械の状態を良くするためにあるが、時に手を加えなくて良いところを弄って壊すことがある。それを発見するためである。急ぐ旅路、しかし抜かりの無さは頼もしい。
入港時、ダスアッルバールでは事前に演習が組まれていて物々しく歓迎という雰囲気ではなかったが、こちらでは歓迎行事が執り行われた。魔都民がランマルカ、帝国連邦、オルフ、マインベルト、魔神代理領海軍と、不明のおそらくギーリス海賊の旗を振って、軍楽隊が演奏で迎えてくれた。該当区の長、警察署長からも簡単に挨拶。これ以上のお偉いさんの登場は大事になってしまうのでここまで。
ジャーヴァル帝国の複雑な内情が絡んでいるので誰も彼もが歓迎という風ではないだろうが、帝国連邦の活躍を期待して、というところでそちらの支持者が目立っている感じがする。一部で、非公式にベルリク総統は”共同体防衛者”と呼ばれていて人気を博す。我が国、西方で言うところの”ベルリク主義者”とはまた違う潮流がある。
歓迎の一団の中でセレード衣装の女の子と目が合った。そしておそらくあちらに目線を送ってしまった者全員が”あの子、絶対に俺のこと好きだ”と幻惑される。絶対間違っているがそうと思わされた。態度が”どうしよう?””しょうがねぇなぁ”に明らかに変わった男共が甲板に散見される。
確かめなくても分かる。あれがベルリク総統の娘だ。
ダーリク少年が彼女を見て「あん……」と不機嫌そうにしたので明らか。
軍艦が入港して係留、舷梯が設置されて作業が早速始まる。艦内にいれば邪魔になるだけの上陸部隊員は追い出されるように降りて、一日ではない半日休暇で何をするか悩む。とりあえず近くの酒場で食って飲むのが順当。観光へ走り回るには時間が中途半端。
愛想良く手を振って「ご苦労様です」と、人の顔を見て各国言語を使い分ける只者ではない女の子は、隊員が降り切ったところで乗艦。
「ダーリクー! お姉ちゃんとチュー!」
とダーリク少年に抱き着きに行って両手で拒否された。
「あっち行け」
「恥ずかしくない恥ずかしくない!」
「きったない」
身長は劣るも船仕事で身体が出来上がり始めている弟ダーリクは、姉の再会の抱擁も口づけも握手も何もかも捌いて回避しながら肩を掴んでセリン提督に押し付けた。自立が始まるような年頃ならば身内の女がしてくる猫可愛がりなど心底――人前なら尚更――嫌なものである。正に血縁の反応。
拒否されて落ち込むことなく女の子は「セリン母様!」と飛びついて抱き着く。
「また美人になったねザラちゃん! 勉強順調?」
「はい! 今は学生組合作って苦学生助けるくらいの余裕が出てきました!」
世の中にはやけに行動力がある人間がいて、それの一人らしい。あのぐらい年頃の自分は……幼年学校で目的もあやふやなまま教官の言う通りにしていた。ただ、父には”上からも下からも他人と自分を比べるな”と言われた。
「ニコちんもチューする?」
「いえ結構」
ピルック大佐のご好意はお断りしておく。これがマインベルトに残ったロスリン少佐なら断るも受け入れるも出来なかっただろう。ああおそろしい!
改めまして、という風にザラ学生がこちらへ胸に手を当て挨拶。
「初めまして、ベルリク=カラバザルの娘ザラ=ソルトミシュと申します。この度は海路遠征、誠にご苦労様です」
「こちらこそ、マインベルト王国陸軍大将ニコラヴェル・サバベルフです。苦学生を救うとはご立派です」
そう言うと「んふ」と笑われた。
「学生救済同盟と名付けました。叔父サリシュフがセレードで作った救済同盟を参考にしております。まだ小規模。学医衣食住環境の効率化、向上のための交流会で、積み立ての会費での突発的な困窮者救済を主眼にしています。貧しい学生同士で金を出し合っても仕方無いので寄付金に頼るところが大でして、何れは資産運用で回していけたらとも思いますが、先が遠いところです。優秀な学生を紹介する窓口にもなるので下心前提での寄付金も歓迎しています」
やや早口、そして手を握られて引かれた。腕だけではなく金が引かれそうだ……だがしかし、そんなものは無い。あったら部隊に出している。サバベルフ家には大きな収入があろうとも公務と血統に伴う支出が大きい。会計士の新人を迎える度に”え!?”と言われる。
「私自身、帝国連邦への官僚斡旋のつもりで始めたんですよ。マインベルトからも学生を送ることを検討されているのであればお助け出来ます。資金面ではまだまだですが、人と学校、文書から下宿先に今風で言うならベーア人共同体もありますからご案内出来ます」
国から人も金も引かれそうである。これもおそろしい。
「それは頼もしい限りです。その内、そういうことも検討されるでしょう。そうそう、同盟では学術交流もお盛んなのですか?」
「いいえそれはあえて厳禁としています。学術論争は個人間、学校間、学閥間でやるべきです。我が同盟が特定思想派閥で固まると全学生の救済に支障をきたします。あくまで万人の学生に開かれた泉なのです。その上で学の救済を謳っているのは読み終わった本を貰い受けて貸し本をしたり、学費難の救済を行うためです。学校や教授への紹介も、相手方を尊重した上で慎重に行っています。別件に利用されては困りますからね。徳の無い探偵業者ではありませんので」
「それを聞いただけで信頼出来ると思えます」
「規則を守らない悪い子にはお仕置きします」
しっかりしていらっしゃる……? ふと岸壁側が”お仕置き”の一言で気になってしまった。彼女の取り巻き風の者達が急に視界に入ったのだ。歓迎集団の一部ではあるのだが、全く同じように頭部へ包帯を巻いている負傷者、それも暴力沙汰とは遠そうな”なまっちろ”が一か所に複数人固まっている。目立つ。
「だって、うふふ、セレード女で小さくても一つの頭領ですもの」
「えらい!」
セリン提督がザラ小頭領の首を抱えて振り回した。
「ニコちんニコちん!」
とりあえずピルック大佐を抱き抱えて振り回した。
■■■
半日休暇となった魔都を出港してビナウ川を下る。後に竜が着艦出来るような広甲板を備えた船と合流する予定も聞く。航空偵察、伝令の重要性は第一次派遣で十分に心得ている。
おっさん共に”チューしてやろうか?”とダーリク少年が良く言われるようになって”母さんに出来たらどこにしてもいいよ”と返すようになっていた……我が小ニコラヴェルがこのくらい頼もしくなるにはまだまだ掛かるだろうなぁ。”ロスりん”に骨を抜かれてはいないだろうか。褒めて動かすのが上手だから育ててくれそうな気も……。
このまま進んで河口を出て、湾の内側西岸沿いに行けばアサーシャルーがあって、そこで実戦的な火力演習を行ってから南大洋に出て、ジャーヴァル亜大陸南端を回ってラーラ湾沿いのメリプラ藩王国が見えてきて、三つある大河のどれかを遡上して深く内陸へ……これでも蒸気機関を併用して艦隊が進んでいるので足は早いのだが、海路の遠征はまだまだ先が長い。
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