第425話「歴戦の兵法者」 アドワル

 大陸宣教師には大きな権限が与えられ、その行動も状況に適したものとし、裁量が利いてほぼ限りが無い。必要ならば何でもやって何処にでも行く。革命攻勢と防衛のために。

 サイシン半島、その東の洋上にて極東艦隊旗艦に乗艦中。南北統一呼称”ジャン暴走集団”の進撃を遅延ないし麻痺させるための海上作戦が始まる。

 兵隊は胃袋で動く。ジャン暴走集団は軍や公的施設からの略奪、現地住民からの寄付で食糧を賄いつつ、不足分は海上補給で補っている。

 海上補給を担うのは黄陽拳系漁民、労農一揆系海賊及び密輸業者、親ジャン後レン朝海軍関係者。彼等の船を拿捕、臨検、撃沈すれば暴走集団の行動を抑止出来ると考えられた。

 海上補給を断てば彼等の、民衆からは略奪をしない、という英雄的な進軍計画に亀裂が入る。どの程度の亀裂が入るかはやってみなくては分からないがやってみる価値はある。

 進軍計画が破綻を見せた時、英雄的であり続けるか、並の軍隊に堕落して略奪を始めようかと思い悩み始めるだろう。進退窮まり、開き直って容赦なく略奪を始めるとかえって進軍速度が上がるが、その思い悩みの段階にまで持っていく……いっそサイシン半島を荒廃させて龍朝を疲弊させるという手も無くはない。

 極東艦隊は海上行動で補給を阻止する。冬のこの時期、ましてや事変の最中、後レン朝の領域から龍朝の領域へ向かう輸送船団など大体、暴走集団の一派であり討伐すべき”見做し海賊”である。船影全てを追跡して強行的に確認するぐらいの強気で問題無い。龍朝との海賊共同討伐内容はそのくらい攻撃的にしてある。

 後レン朝に帝国連邦極東方面軍側でも沿岸部での入出港の取り締まりが始まっている。船主、船長に船員、港湾作業員、商業免許、取引先、積み荷、倉庫まで検査し、事変解決まで全て逐一検査。中、大型船の行動はこれでほぼ管制出来る。

 許可を取る取らないの段階ではない村単位で管理しているような粗雑な港や施設ですらない浜辺で入出港出来る小型船、漁船ともなれば取り締まりが容易ではない。

 小舟とはいえ牛馬が牽引する車両とは比べ物にならない輸送能力がある。喫水も浅ければ浜に磯、暗礁海域にだって容易に逃げ込んで隠れることが出来て馬鹿には出来ない。船体は小さいほどに荒天には弱いが、リュ・ジャンの狂気に当てられ自殺的に行動している可能性もある。

 昼夜問わず、あらゆる種類の船を暴走集団の補給船団と見て捜査する必要が発生している。

 極東艦隊は龍朝領域側の海上での行動が海賊共同討伐の名目で可能になっているが、海賊に上陸避難された後は、軍艦に同乗する龍朝側の武官の許可が無い限りは手が出せない。対象が明確に暴走集団、見做し海賊であれば許可の下で艦砲射撃を加えるくらいは可能だが陸戦部隊を編制しての上陸追撃は余程の特例が無い限り不可能。流石にそこまでの信頼関係は存在しない。基本的に上陸してしまった後の暴走集団への攻撃は龍朝軍の仕事になる。

 ジャン暴走集団の足が止まった時、自分が使者としての仕事を果たす時になる。同志ピエターと、彼が馴らしている虹雀、ベルリク総統から託された手紙の二通で事変早期解決へと導かなければならない。

 我がランマルカは後レン朝よりも帝国連邦を優先する。

 帝国連邦の不安定化は惑星横断戦略の破綻に繋がる。

 全ては世界環境を同胞達が住み良いものとし、革命を維持拡大するため。


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 極東艦隊は海賊、補給船団と思しき船影を発見し追跡し、乗艦している龍朝の海軍武官に”あれは撃沈しても問題無い船か?”と確認させてから攻撃に移る。

 船団は指揮官格と見られる母船一隻を除き小舟ばかりで、組織だって網でも引くか鯨でも追うかという隻数。縁より高く盛り上がった荷物に覆いを掛け、綱で落ちないように縛って物を運んでいる。大荷物であり、漁場に向かっている最中だとか、大漁の帰りだとか、そんな言い訳は出来ない。

 極東艦隊の軍艦は洋上迷彩塗装により遠目からだと見つけ辛い。思った以上に海賊はこちらの艦隊の接近に気付けていない。また単純なことだが大きい船の方が視線が高く、遠くまで見渡せるので先に発見したのはこちら側。

 ルーキーヤ提督は指揮官率先の気風がある。艦隊の先頭は常に旗艦であり、それは第一戦隊の最前衛。このような小物相手でも僚艦などに”行け手下共”などというような指示は下さない。

「旗艦で対応する。機関銃射程まで接近し停船警告は二度。従わなければ攻撃」

「了解。本艦は機関銃射程まで接近し停船警告は二度。従わなければ攻撃」

 提督の指示に従って艦長が各部へ指示を出し始める。旗艦は速度調整に畳んでいた帆を広げて増速し、海賊船が慌てる頃にはもう勢いに乗って波を掻き分けて余波で相手を揺らして操船困難にさせる。

 旗艦は沖側につく。船団を挟んで直ぐに陸地であり、逃げ込まれると中々追えない。暗礁に乗り上げれば巨艦が敗北する。

 拡声器で士官が「そこの船団停止しろ!」と天政官語で呼びかける。すると小舟に乗る者達が荷の縄を切って荷袋を捨てながら陸地目掛けて櫂走を始めた。この”見なし海賊”達は判断が早い。

 古い時代からの舷側に並ぶ艦砲なら小舟相手に命中させるには大物過ぎて難しい。小回りの利く兵器が望ましい。

 旗艦の防盾付き旋回銃座に据え付けられた機関銃が水兵の手により連射される。水柱を上げつつ射線が目標へ近づき、狙いが定まって血と木片を上げて強制停止。小舟程度ならこれで穴が開いて浸水、海賊は海に飛び込む。飛び込んだ後も掃射が加えられる。

 下甲板大型の主砲より小さく、砲架の上でやや鈍いがしかし旋回可能な副砲が中甲板より母船を狙って砲撃。外れ、帆を抜く、外れ、上甲板に浅く当たって跳ね返り、喫水線下へ命中、榴弾爆発。浸水発生か海賊達が慌て出し、海に飛び込むか判断している間に舷側、上甲板に直撃し突き破ってから榴弾炸裂。引火するような弾薬庫など無いようで船内からの発煙量はあまり多くない。生き残りが海へ飛び込む。

 小舟は小回りが利く。荷を捨てる判断が早かった一部が磯に船を入れて下船し、ふんどし巻きの尻をこちらに向けて叩いて挑発していた。龍朝領域の陸には容易く手が出せないと知っているらしい。

 龍朝武官が「周囲に民間人、設備は確認されません。目標周辺に限定し砲撃を許可します」と告げる。

 旗艦の帆が一部畳まれ、一部開いて減速から角度調整を行って揺れを抑える。そして副砲が狙う。この艦の中では一番に上手い砲手が付いた副砲から撃ち、それから順番に一発ずつ発射される。

「一発で殺したら一年分の給料をやる」

 ルーキーヤ提督がそう言い、発砲。磯の岩に当てて破片を散らした。ふんどし諸共、脚まで千切れ飛んで行った。

「帰ったら全員に一杯奢る!」

 名砲手へ歓声。

 海賊の死体へカモメさんが高く鳴いて騒ぎながら群がる。


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 極東艦隊、第一から第四戦隊まで合流分散を繰り返しながらサイシン半島沿岸を臨みつつ南下していった。

 艦隊基本方針は虱潰しに粉砕。停船に従い、臨検拿捕することもあったが捕虜に拿捕船相手に手間をかけていたら仕事が遅れると、大体は難癖をつけて拷問で手っ取り早く情報を吐かせてから殺して海に放り出し、船底には穴を開けていた。

 時に手出し困難な目標が現れる。ジャン暴走集団に占拠され、黄と赤の旗が双方立っている港町が確認された時が一番だろう。

 龍朝武官が「我が海軍の仕事です」と言えば約束の通りに手は出せない。武官が虹雀を使って航空伝令を飛ばしている間、極東艦隊は港町を遠巻きに港湾封鎖任務を行うのみである。勿論、戦隊は四つまであるので封鎖と索敵撃滅の任務を振り分けて分散し、攻撃の手は緩めない。

 洋上で待機し、時に夜間出港で封鎖を抜けようとする海賊船を見つけては砲撃で粉砕。そうして待っている内に雲行きが北から怪しくなり、風が吹いて波が煽られ始める。

 悪天候の到来。雪が降る。鋼鉄の軍艦なので多少の悪天候でも任務は継続出来るが、こうなれば海賊船も容易に船を出せなくなるのでどこかに一時避泊することも検討される。嵐に耐えることは英雄的だが船と船員を痛めるので可能ならば回避したい。

 本格的な冬の嵐を前に龍朝海軍の戦隊が到着し、港町へ向けて民間人の避難の確認だとか、砲撃前の警告だとかそういった手続きを一切せずに艦砲射撃を開始して市街地から煙を上げさせる。

 次に龍人兵が十名程度泳いで上陸して橋頭堡を確保。武器は海水に濡れても動作不良など起こらないように弓矢に刀槍。

 確保された橋頭堡へは、龍朝の軍艦が短艇を下ろし、そこへ陸戦隊を乗せて上陸させた。百名弱程度の隊が三波に分かれた。

 先陣を切った龍人兵が短時間にて、掲げられた黄と赤の旗を降ろして市街戦は優勢に進んでいると証明して間もなく陸からの手旗信号で制圧が知らされる。

 要塞砲も無く、中隊程度の大砲も持たない軽歩兵に制圧される程度の港町であった。

 嵐は強まる。今日はその港町に入港し、嵐の一番辛い時間を凌ぐことが龍朝武官合意の下で決定される。

 極東艦隊の水兵は上陸出来なかった。大陸宣教師である自分アドワルはランマルカ妖精なので尚更歓迎されず、しかしお豆様と呼ばれる同志ピエターならばむしろ”僕は偉い中央官僚である”と堂々と案内付きで船を降りて、砂糖菓子や酒類を確保して戻って来た。

 全く情報から遮断された停泊でもなかったが、リュ・ジャンの位置情報に関して、降服した捕虜に尋問しても曖昧な答えしか返って来なかったという。様々な方法で尋問がされた結果、複数回答をまとめるとジャン暴走集団の補給計画は末端部隊による独自判断で行われることになっていた。その送る先はとにかく南の最前線、それは一番騒がしいところ、というような方針である。主力は半島東岸沿いの街道を進んでいるらしいが、各地で起きる武装蜂起、情報伝達意識の薄い素人達による理解の浅い情報解釈が混じり合って混沌としている。

 暴走集団は南鎮軍という組織ではなく、彼に扇動された有志連合であるためその構造は単純で自由。頭を落とせば分解する程度だと知れた。


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 海賊船が多数停泊していると思われる湾へ、東方から、水平線に隠れながら様子を窺う方法を極東艦隊は多用する。商用船より大型の軍艦ならではの高い帆柱が有効活用される。”海の丘”の背に隠れながら柱の楼より覗き見ることが出来る。こちらからはあちらの船体までが海と陸地を背景に浮かび上がって見える。あちらからはこちらの突き出た柱と楼こそ見えるが、海と空を背景に細くぼやけて見辛い。その差は練度で埋め難く、そもそもの練度は索敵撃破の訓練を繰り返す海軍が高い。

 湾内に停泊する海賊船団を確認する。どの湾にいるか虱潰しに、天候潮流から外れの多い予測をしながら当たって渡り、五回目で当たりを引いた。

 元海賊のルーキーヤ提督は「まあ大体わかっちゃうのよねー」と自慢げ。

 今日は星明りの下であるが、いると分かって見れば存在が確認出来る天候。冬は空気が綺麗で見通しが良い。それに加えて湾の奥、物資の受け入れ側が浜辺で火を焚いているのでその灯りを背景に船影が浮かんでしまっている。冬は凍えて暖が欲しく、船団は目標となる印が欲しい。それに海賊達は寄せ集めで、この海域の海岸線から暗礁まで何もかも覚えているとは限らない。

 武力制圧でもしない限り龍朝の港を暴走集団が利用することは、既に事変勃発が知れ渡っている以上困難。少量の移送ならば隠れて行えるかもしれないがそれでは軍の胃袋は支えられない。どこかで大量に移送をしなければならず、その場合は先に襲撃したような占領済みの港町か、管理されていなくても乗り上げが出来る砂浜。西岸側程ではないにしろサイシン半島は東の海岸線が複雑なので敵が利用しそうな地点は多い。

 龍朝武官が望遠鏡で確認する。今回の船団は規模が大きく、外洋航行をするような商船も含まれていた。

「我らが天政の商船旗を掲げる船が見えますがあのような行動は不審です。仮に海賊ではないにしてあそこまで疑いをかけられる真似を行う者など不心得千万。攻撃を許可します」

 ルーキーヤ提督からは事前に、龍朝武官から何か”嫌がらせ”をされる可能性があるとして、自分を仲介にピエター同志にそれを止めさせることは出来ないかと相談されていた。だが今のところは笑顔で歓迎されていないだけで不都合は無い。これは今作戦中は歓迎されることだが、その後に仮想敵として相対する場合は歓迎出来ない。それだけ規律が整って精強である証明だ。

 視認度を下げる洋上迷彩、機関停止で音無し、帆を畳んで目立たず、潮流任せに水中傘でじわりと続けた静穏航行も終わりを告げる。東方、日の出を背負う時間が迫る。夜が西に去り、朝が東から現れるまでわずか。この大打撃を与える可能性を逃がすまいと、ルーキーヤ提督は奇襲の機会を最大限獲得出来るよう努力していた。

「戦隊各艦、機関部煙突清掃確認。上無煙炭用意」

「了解。戦隊各艦、機関部煙突清掃確認。上無煙炭用意」

 艦長が指示。当艦機関長へは伝声管で、当艦信号長は後続する僚艦へ信号員に発光信号、確認指示を出させる。そして時間を置いて返答が返ってくる。準備良し。

 無煙炭は我がランマルカ本島産。全く煙が出ないわけではないが、他国産のものより圧倒的に煤が出ず熱量も高くて優秀である。その中でも厳選して質の良い上物は貴重だが、こういう決定的な泊地攻撃等には遠慮せず使うものだ。

 提督が懐中時計と東の空を見ながら頃合いを計り始め、静かな時がやや過ぎる。乗員、全てが固唾を飲んで指示と太陽を待つ。

 黒の空が西へ、東から青がせり出してくる。

「うん……戦隊各艦、水中傘収め方始め。機関始動」

「了解。戦隊各艦、水中傘収め方始め。機関始動」

 命令が船体底部の機関部に届き、無煙炭が焚かれて蒸気が作られ機関圧力上昇。機械が回って動いて振動。当艦、僚艦より機関始動の返答が返ってくる。

「戦隊各艦戦闘用意、突入開始。我に続け」

「了解。戦隊各艦戦闘用意、突入開始。我に続け」

 旗艦である当艦を先頭に当第一戦隊、青白い煤もわずかな煙を煙突から吐き出す。前進を始めるだけの推力が得られるまでやや時間が掛かり、東が日出の赤になる。

 機関が機械を通じて船底後部の暗車を回して海水を掴んで押し出し舳先が波を切り出す。

 極東艦隊の戦闘艦群、喫水が浅い。艦の仕様はランマルカのもので良く分かるのだが、短期作戦向けに弾薬物資の搭載量を限界まで減らして軽くしている。その代わり、この戦隊より後方には補給隊が待機している。軍艦として火力が勝り、死力に弾薬を尽くして長期航海をしながら砲打撃戦を行う機会が無い時に出来る対弱者の戦法だ。

 戦隊増速。海面を滑って航跡を白く作る。妙に早い?

「提督。船足、随分と早いですね」

 読み上げられる船速が船体、機関音と比べていやに早い。

「ウチの鍛冶が調整した暗車です。ランマルカのを基準に少し肉厚に作って削って形状を変えてあります」

「なんと」

「他人に教えられるぐらいに確立したので次の技術交流でお披露目すると聞いてますよ」

「素晴らしい。海上権力が向上します」

 暗車の構造はいかに水に”噛む”かが争点。良く”噛んで”粘る程に抵抗が生まれて良く進む。抵抗があり摩擦が強い分は暗車と機関に繋がる機械や車軸に負担が掛かるので強度が必要とされる。大きさと回転数も船の癖に合わせる必要があって専門家のまさしく専門というべき分野である。

 向かい風が強くなり、鼻水が凍り出す。目標海賊船団へ接近、まだ動きが無い? 太陽を背負った目潰しが良く効いていると思う。

 艦長指示で当艦回頭、片舷側を向けて海賊船団の北端から主砲による艦砲射撃開始。船足を弱めつつも砲弾を送りながら南端へ向かって行って全面に浴びせる。敵艦砲の有効射程圏外からの遠距離射撃で、まずは一方的に、命中率は低いが攻撃して弱らせる。後続僚艦もそれに続く。

 上がるのは水柱ばかりで、徐々に着弾修正、命中爆発率が増える。木片に煙が上がって海賊船傾斜、竜骨が折れて徐々に変形して折れて割れる。時に爆炎、轟沈。小舟なら命中せずとも爆風と水流、被る波で横転。

 そして海賊船団南端から当艦再び回頭、船団中央へ向けて突入開始。両舷側の副砲、主砲を使い最大火力を近距離から投射。時に水平射すれば目を瞑って撃っても外さない距離まで接近する。機関銃と副砲が上部構造物を破壊して木片散らして海賊船員を弾いて千切る。主砲が船体に大穴を開け、船内で榴弾が炸裂して構造破壊。姿勢維持を許さず操船不能。喫水線下まで破壊すれば沈没へ至らせる。後続僚艦がとどめを刺していく。

 商船には防衛用の艦砲が積んであるもの。その反撃の砲弾が鋼鉄装甲に当たり、艦を響かせてそれだけ。散弾が発射され、防盾が砲手を守るが隙間から入り込んで数名死傷者が出る。

 海に浮かぶ破片に溺者が暗車が作る航跡、掻き回す水流に揉まれて浮いたり沈んで砕かれ、更に砕いて赤く広がり海中へ没する。

 船の人、荷が浮かんでゴミになって海面埋める。米粒、干し魚に野菜が見える。水を吸いやすいものは少し膨れて戻る。

 ルーキーヤ提督、何故か舷側から乗り出し気味に立って六角棒を持ち、その棒先で何か指し示そうと探している。

「女将さん! もう賊じゃないんだから切り込みませんよ!」

「あれぇ!?」

「分捕る船もありゃしませんぜ!」

 老いた水兵に指摘されたルーキーヤ提督は照れ笑いした。

「あらぁ、もう年寄りは頭が固くって仕方ないわねぇ」

 甲板上が笑いに包まれた。

 海賊の補給船団は撃破された。優勢火力が所詮は民間商船団程度の敵を、移乗攻撃の必要性すら無いほどに破壊して撃沈したのである。

 そして龍朝武官の許可を得て、突入前に浜辺へ揚げられた物資、車に駄獣に人間も砲弾で巻き上がる砂利と地に混ぜて粉砕。この奇襲攻撃の最中、陸に上がった海賊はあまり逃げようとしていなかった。

 やはり陸地には砲撃がされないという情報がジャン暴走集団の間では常識となるくらいに広まっているようだ。避難されるより棒立ちに余裕ぶられた方が撃破しやすく、補給を妨害し易いので歓迎してしまうが。

「武官殿、彼等は何故あのような勘違いをしていると思われますか」

「陸は専門外でして」

 含みの様からしてそういう情報操作が行われているらしい。武官も直接把握していないが、それぐらい当然という顔である。


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 龍朝海軍がジャン暴走集団により包囲されているヨンサリ市防衛のために支援砲撃を行って、黄色の光によって砲弾が流されたと虹雀により報告が来た。そこへ急行する。

 虹雀が武官へ運ぶ伝令文、伝言の数々で陸海通信が密に出来ており、あちらから頂く形にはなるが最新の情報が常に極東艦隊にもたらされている。間違いのない情報である。

 龍朝領金南道最大都市で道本庁が置かれているのは半島西岸部にあるワイジュン市であり、暴走集団の攻略目的地であると推測される。ジュンサン海峡に臨む海上交通の要衝でもある同市を落とさなければサイシン半島を掌握したことにはならない。ところが暴走集団は半島東岸部へ、東岸街道をまっすぐ南下してヨンサリ市へ攻撃を仕掛けた。現状の勢いを借りたままならばワイジュン市をも落とせる可能性もあったかもしれないのに、勢いを別目標に向けてしまった。西岸側へ出るには峠を一つ越えなければならないとはいえそれ程に過酷な山岳地帯は半島南部に存在しない。無視して良かったはずだ。

 ヨンサリ市も中々の規模ではあるが、サイシン半島を掌握する上では最重要ではない。同盟勢力が東方海上からやってくるので受け入れる用意をしなくてはいけないというのならば理解出来るが、そんな勢力は存在しない。

 考えられる理由は、我々の海上作戦による海上補給路遮断により補給計画が破綻、過酷ではないとはいえ冬の山越えは出来ないと判断。比較的落としやすい――にしても無防備ではないし要塞化済みで手強い――ヨンサリ市を攻めて略奪してこの冬を凌ぎ、ワイジュン市攻めは春の収穫に期待して行おうという計画に変更したと思われる。


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 ヨンサリ市は沿岸都市である。海上からならば素早く赴ける。

 まずは使者の証として白旗を掲げつつ、市の近郊に上陸。連れはピエター同志とその虹雀、それから護衛の同志海兵隊員若干名に限る。

 ジャン暴走集団は道中で鹵獲した龍朝軍の火砲を使い、防壁へ向かって砲撃中。ランマルカ、帝国連邦式の大火力攻城戦を意識して防御されているだけあり多少の砲撃では守備隊による修復速度が勝るような様相。ある程度崩してから個体戦闘能力に特化したリュ・ジャン本人が乗り込んで突破口を開き、内応した門徒や労農一揆民兵がかく乱するといった戦術だろう。

 包囲陣へと赴く。警備兵達には勿論発見されるが、この地域では目立つ姿、そしてランマルカ妖精ということで警戒されるどころかむしろ喜ばれた。紆余曲折あるものの彼等の革命支援者である。

 ランマルカ海軍がまた助けに来てくれるかもしれないと思ったかもしれない。先の極東大戦ではそのように、無邪気に振舞われてもおかしくはないぐらいは共に戦ったものだ。政治状況が違えばその期待に応えることもあった。

 そして然程の障害も無く、宇宙天力太上黄陽最高帝なる現地言語と文化に堪能な同志ピエターでも”凄い凄い凄い皇帝ぐらいの意味”と言わせた称を号するリュ・ジャンに面会する。

 光複党支援任務の際にはリュ親子とも何度も連絡を交わし、面会しており初顔合わせではない。その顔は以前会った時より精気に溢れていて、以前と明確に違って戦闘状態に入らずとも微発光すらしていて超人的である。暗殺除けの防護術の一種かと思ったが、そのように神経質になれる神経は持っていなかったはずだ。

「大陸宣教師アドワル、同同志ピエター、本日は使者としてリュ・ジャン殿の下に参りました」

「うむ大儀である! して要件は何かな? アマナ再奪還ならばこの半島を取り、地盤を固めてからとなるが」

「親書を預かっています」

「ほう、どれ」

 流石に文盲ではない。

 手紙の一通目。ソルヒン帝からの謝罪文――受け取り拒否されたらそう言う手筈だった――である。検閲などしていないので内容を知るのは本人とベルリク総統、そして今読みながら「おごぐぅわ……!」などと唸って身体を捩って曲芸舞踊の如きになったリュ・ジャンのみ。

 馬鹿で単純な男は単純な作為に動揺する。

 黒装束の人間女が諫言しようとしてかその手紙を見ようと手を伸ばし、引っ手繰りに掛かる。妖精だが人間の不作法くらいは知っている。

「親書です! リュ・ジャン殿への親書です。余人が見て良いものではありません」

 牽制の言葉。単純な男は「道理である控えい!」と手紙を見せなかった。

 推測だが己の恥に触れる部分があったと思われ、他人に見せる気は無かったと見える。だからこそ人間女は引っ手繰りを試みたわけだ。

 手紙の二通目。ベルリク総統からの果たし状。

 ”男の勝負で一対一。武器装備自由、負けた方が言うこと聞く。日時、場所は立会人である大陸宣教師アドワル殿に一任する”という内容。

 これを読んでリュ・ジャンは姿勢を正した。先程の苦悩が晴れ、何か遠くの希望が見えたような清々しさを取り戻す。調子の良いは変わらず。

「つまり、朕が勝てば帝国連邦軍、南伐に参加するということだな!」

「男の勝負受けられますね」

「当然である!」

 言質取りにどこまで意味があるかはところにより違うが、面子重視の天政ならば。

「総統が働きかけるのならば実現性は相当に高くなるでしょう。そちらがサイシン半島を獲得して地盤を固めている間にあちらが戦争計画を整備するとなれば即時というわけではないでしょうが」

「それは尤もである!」

 嬉しそうにするところ、青年より幼く少年のよう。微発光の中に火の粉のごときものが混じる。

 光の性質、知っているリュ・ジャンではない。ベルリク総統、この男は短期間で異常に強くなっているかもしれないですよ。

「畏れながら最高帝陛下、これは明らかな罠、陰謀でございます。明らかな勝算がなければそのような大博打に挑んでくるはずがなく、また勝ったとてどこまで”言うことを聞く”のか明確ではありません。総統という公職に拘わるものを一つとして聞かないと言い張る可能性もありますし、そもそも嘘の可能性が大きいかと」

 さてこの傍に侍る人間女、これがリュ・ジャンの舵取り役と見た。顔も立ち姿も声も全く覚えが無い。アマナ作戦中に会ったことは一度も無いだろう。どこから”沸いた”?

「そう言われればそうであるな! 諫言ご苦労」

「はは、全ては御身のため」

「ということだ、決闘は受けん! 直接ここへ参ったならば話くらいは聞いてやろう」

 我々はあの時確信したのだ。

「同志」

「はい伝言」

 虹雀が奏で始めた。

「……聞いて下さい、凄いジャン」


  ジャンジャンジャンジャンジャン凄いジャン

  とっても凄いジャン――自己保存

  絶対防衛凄いジャン

  我が身を守るよジャンジャンジャン

  戦う前から逃げの足

  人は弱いと逃げの口

  常に備えた逃げの腰

  天政無双の不戦勝

  君子未然の逃避行

  嫌疑回避の超弁舌


  引け腰はジャンの始まり―

  出来ないことは決してしなーい

  柔軟にも逃げ、ひるがえーす

  手のひら、信条、その決意

  ……決闘の相手はー、かたわのおっさん


  ジャンジャンジャンジャンジャン凄いジャン

  とっても凄いジャン――自称天子

  宇宙最高凄いジャン

  背中で語るよジャンジャンジャン

  生まれて間もなく親不孝

  親が不幸の天下人

  天に唾吐き舌が拾う

  反吐も飲み干す蛇の口

  口先だけは大攻勢

  攻めるその先部下と雌


  嘘吐きはジャンの始まりー

  馬鹿の臆病で救えなーい

  ドルホンの失敗、大の失ぱーい

  生まれ、育ち、生きる様

  ……逃げる相手はー、かたわのおっさん


  ジャカジャン


 秘書アクファルが歌っていた時のベルリク総統の息が詰まるような大笑いが思い起こされる。”かたわのおっさん”で椅子から転げ落ちていた。

「……もし息子が決闘を受けなかったなら、この歌を広めることを認めます」

 ドルホン大臣の苦渋極まったその顔も思い起こされる。人間の男は容易に泣いてはいけないらしいが白目を赤くしていた。

 虹雀の嘴が閉じた。

「父上ぇ!? うっ……があぁぁぁああ!」

 発光が強まった。衝撃波で同志ピエターが転んだので掴んで止める。

「このっ! 宇宙天力太上黄陽最高帝の手に掛かることを誇りに思うがよい、明星蛮王め」

「決闘のご準備を願います。こちらもベルリク総統を呼ばなければなりませんので少々日時を頂きます」

「良きに計らえ!」

 程なくヨンサリ市砲撃が止まった。


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 立会人を自分が務める。大陸宣教師としてこのような仕事をするのは初めてだが、国際戦略上必要である。人間や南方同胞は不思議な儀礼を重んじるため、それを尊重して交流を円滑にするためならば無用と思えることもしなくてはならない。

 秘書アクファル、ドルホン大臣、同志ピエター、シャンル親王、東護巡撫オン・グジンもこの場に立ち会って証人となる。決闘で国家意志の決定というのは古式然とし過ぎているわけだが、そうするならば成り行きを確認するそれなりの立場の者が必要だ。

 今回、暴走集団の南下を許したオン・グジンという老龍人には戦死の疑いが当初掛かっていた。あまりにもヨンサリ市まであっという間に押し込まれてしまったので、少ない情報から推測してしまうと開戦劈頭のノリ関事変にていきなりリュ・ジャンに討たれてしまったという説明がされると納得してしまいそうになるのだ。

 自分が持っている情報から推測すると、オン・グジンはアマナ列島を専門としており、サイシン半島については片手間程度にしか対処していなかった可能性がある。

 アマナ列島が革命同志達の解放下に置かれた時、龍朝天政はこの東方に浮かぶ巨大な海軍基地への対処に膨大過ぎる海軍予算を投入しなければならなくなる。

 一方サイシン半島はというと、後レン朝を挟んだ事実上の孤島である。本土から離れて守り辛い。特別経済的に発展して豊かでもない。敵の攻撃を受け止めて時間稼ぎをするだけの”空間”と割り切っている可能性がある。

 決闘者リュ・ジャンは徒手格闘である。甲冑なども装着せず、礼服じみた拳法着を着用。短剣の一本くらいあるかと見たが寸鉄帯びず。微発光する、当人曰く”太陽の力”が武器であり防具。

 一方の決闘者ベルリク総統は、登場間際に金属円筒缶を下手投げで転がし「ベルリク=カラバザルだ」と言って、顔見せは終わりと化学戦装備の防毒覆面を着用、左手に装飾拳銃、右手で差し物が入った喇叭銃を担ぐ。拳銃機構仕込みの刀に短剣、それに加えて更に六丁の拳銃を帯びるなど重装備。

「貴様、何だその武器は!」

 リュ・ジャンの遊戯なら妥当な言葉と指差しには返事せず、ベルリク総統は拳銃射撃、砲撃したような炸裂で地面もやや抉りながら転がした円筒缶を粉砕、毒瓦斯噴出。あり得ぬ威力と不要に見える装飾は呪術仕様。

 そしてリュ・ジャンが既に失った光を放とうとして、輝かない。顔から間が抜けた。

 ベルリク総統は喇叭銃で動揺するジャンを撃った。差し物は飛ばず破裂し、射線上から身を反らす回避行動も空しく散片が突き刺さる。

 リュ・ジャンは突き刺さった複数破片で右半身を中心に、顔から腹まで肌が剥げ、肉を見せて血を流して苦しんで転がり、悲鳴が毒瓦斯の咳とくしゃみで止まり窒息状態。

 その拳法着とその下の肌は散弾を単純に受けたに留まらない傷になっている。抉られて肉が弾けて明らかではないが。若干発煙するような化学火傷の痕らしきものが見えた。尋常の痛みではなかろう。窒息ともなれば混乱して頭も働かない。

 ベルリク総統は半死状態のリュ・ジャンに装飾拳銃を掴んで向けた。達人リュ・ジャンは銃撃も先読みで避けるようだが、半死半生となれば機敏な反射も無い。

 そしてあの人間女が決闘の作法を侵して両者の間に割り込んで土下座。

「命ばかりはお助けを! このお方を死なせてはなりません!」

 そう一息に言って毒瓦斯にむせ始めた。その場を去らず、頭を地に擦り、尻を上げて誇りを捨て動かない。まともに呼吸が出来ない中で命乞い。

 リュ・ジャンは、声も無く叫ぶように口から反吐を出し、立ち上がろうとして地面に立てた手は拳の形。やる気に見える。

「女のケツの後ろから次は何をする気だ?」

 ベルリク総統の一言を聞いてリュ・ジャンは止まり、人間女が、もう止めましょう、とその両肩に手を置いて崩れ落ちた。

「勝負あり!」


■■■


 リュ・ジャンは長時間に及ぶ傷口を更に抉って破片や水銀に火傷肉を除き、治療呪具を使った救命措置に救われた。常人なら何回か死亡する傷で回復の見込みはなかろうと当初は思われたが持ち前の体力で持ち堪えた。

 ”最高帝”の処刑は神格化を招く。信者達が後追いに自滅的で巻き込み型の凶行に及ぶ可能性があった。また彼の指導力を利用出来るとも考えられたので晒し首や腰切りの処置は一旦棚上げ。

 意識を取り戻したリュ・ジャンには集団総員拷問の上に親族皆殺しとするか、ただ流刑となるかを選択させた。当然のように一応は人民を愛する彼は流刑を選択した。そしてジャン暴走集団の中から黄陽拳中核構成員、労農一揆全員が新大陸西部への流刑と決定される。暴走の勢いに乗っただけの農民のような無邪気な愚か者は故郷に帰される。その後に何かあっても我々が関知するところではない、警察の名簿には載るだろう。

 龍朝と後レン朝の間では新たな国境線上での取り決めがされた。

 コチュウ市も非武装中立地帯の範疇に含まれ、南鎮府は更に北へ設置される。以上である。

 多大な被害を龍朝側が被ったわけだが、暴走集団のようなわけの分からない連中に瞬く間にヨンサリ市までの南下を許した弱兵振りを批判しようという気配をドルホン大臣が見せただけで損害賠償を口に出す雰囲気を消してしまった。厳しく責任を取らされるであろう東護巡撫オン・グジンの行く末は我々には関係の無いところ。

 因みにベルリク総統、人間の伝統的戦士階級等が評価するところの卑怯であった。

 隠れた遠隔位置にグラスト術使い達や護衛の偵察兵を配置しており、先の大戦で大いに龍朝軍の方術を封じた術妨害を掛けていたのだった。”露見しなければイカサマじゃない”というのが総統の言葉である。ただ全く博打ではなかったわけではない。術妨害が通用しなければ勝ちの目は限りなく少なかった。

 もう一つ、喇叭銃に装填したのは極東方面軍で考案された対龍人武器で化学複合弾頭弾と言う。王水瓶弾頭に水銀入りの薄い鉛筒が付く、という構造。筒を銃口に叩いて差し込んで装着。発砲すると鉛と水銀に王水と硝子片が弾けて散弾銃創に加えて化学火傷に金属毒を与える。即死せずとも耐えがたい苦痛を与え、予後も中毒症状を与えて復帰を困難にする。射程距離はあまり重視せず広範囲に散らばる設計になっていて、リュ・ジャンのような武術の達人でも先読み回避が困難とされ、実証された。

 化学複合弾頭弾はそこまで卑怯ではない。防毒覆面と毒瓦斯薬缶に秘術式拳銃もそうだが、武器装備自由の範疇である。

 更にもう一つ、決闘開始の合図を待たずに仕掛けたことはそれなりに卑怯である。開始の合図が有るとも無いとも規定していないので違反ではないが、確実に虚を突いた。

 ”勝負あり”と宣言する瞬間は、リュ・ジャンが最期の死力を尽くそうとする前にしようと注意を払っていたがその必要が無かった。あの言葉で屈服させたのも上手い。

 流石は歴戦の兵法者。最も同胞達の生存圏拡張に貢献してきた人間男である。

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