第421話「配分、行き先、目的」 ベルリク

 極東とジャーヴァルにて事変である。国家間戦争とはっきり言うにはまだ少し足りないかもしれない。そうあって欲しいし、その程度にとどめたいとも軍務省から言われている。個人的には……やはり最終目標は聖都とイェルヴィークの焼き討ち。ここは我慢。略奪で収支が上向きになる時代が終わった以上は仕方がない。

 極東事変について、発端は南鎮総督リュ・ジャンによる”南伐”を称する突発的なサイシン半島への侵攻から始まる。南鎮府の将官達は南伐案を否定して自重するように提言しており、今回はその直後であったそうだ。少なくとも南鎮軍は表立って関わっていない。

 サイシン半島の付け根の位置、南鎮府が置かれるコチュウ市より南へ歩いて一日未満の距離には龍朝天政との間の休戦線を示す長城、ノリ関がある。最前線であるだけに兵力に装備も相当な物であったはずだが一日で陥落。この弱体振りは擁護しようもなく雑魚、間抜けと言わざるを得ない。

 攻略方法はまず単騎突撃にて陽動役となったリュ・ジャンが守備隊に注目されている――類稀なる奇跡系の極めて強力な術拳法家らしい――隙に、長城より南側から労農一揆兵残党による奇襲攻撃で守備隊は士気崩壊。後詰に黄陽拳門徒が北側から、砲台銃座が麻痺している間に城門を突破して制圧。手口が鮮やかだったので自慢げに話が広まって隠されていない。また、背後に伏兵を許すような状況を許したことも雑魚、間抜けと言わざるを得ない……実は龍朝が悪いんじゃないのかこれ?

 ノリ関短期陥落の報は強い影響を及ぼし、後レン朝内でその勢いに乗るべきと南伐支持を表明する者が続出。リュ・ドルホン大臣に北鎮府、そして南鎮府もそれを否定して各軍に自重を求めるよう声明を出しているが、隊を脱して参加する者が多数。特に黄陽拳門下生はリュ・ジャンを宇宙最高師範と、拳法の先生に留まらず教祖として崇めているので多少は無茶でも、家族を捨ててでも参加してしまっているそうだ。それら脱走者に対しては”反逆者”との声明が追加で出されて逮捕拘禁者続出。龍朝天政とは正面衝突しない配慮がされている。

 リュ・ジャンの南伐集団――賊軍認定は性急とされている様子――を大いに助けているのが労農一揆兵残党。既にサイシン半島各地に潜伏しているらしく、その侵攻に合わせて龍朝軍の後背にて騒乱を起こし、挟撃や奇襲攻撃を演出して寡兵で大軍、要塞を陥落させる”向き”があるという。向きというのは、ノリ関陥落とその守備隊降伏以上の大戦果を現状上げておらず、街や村を通っても焼討や略奪は一切せずに寄付を受け取るのみで、龍朝兵と交戦しても龍人以外はほぼ殺害せず、捕虜にしても武装解除だけで即座に解放するというお話に出て来るような正義の英雄をやっているとのこと。その勢いは本物で、サイシン半島にいる黄陽拳門徒――少し前までは光復党及び黄陽拳の本拠であったため根強い――を蜂起させ、何時の間にか増えていた共和革命派も焚き付け、更に彼こそ本物の天子――宇宙天力太上黄陽最高帝を号す、天政文化圏外者からも分かる頭の悪さ――として付き従い始めており、戦いに敗れたはずの龍朝兵なども加わって規模が雪だるま式に拡大する恐れがあるらしい。

 南伐集団の兵力に装備はそれでも農民反乱に毛が生えた規模に留まるらしいが、何分天政の広大さの中で起きる乱は容易に数百万人口を消し去る大動乱に発展しかねないため注意が必要。今回はサイシン半島という限られた地域、海に囲まれた回廊のように細い半島内ということだが油断は禁物。今は潔癖で庶民に優しい指導者でいるが、食糧が欠乏する事態に陥った途端に制御不能な飢える難民盗賊群衆に早変わりする。

 リュ・ジャンの独走ではあるが、労農一揆兵残党を率いる顔の見えない指導者が本件の共同首謀者か黒幕と見られている。極東担当の大陸宣教師アドワルからは”検討はつかず不明。目立つことを好む武家筋ではないと見られる”との報告止まり。アマナの島から北大陸に脱出し、新大陸に移住する者と移住拒否の者に分かれ、切腹抗議などするぐらいに追い込まれ、果ては南鎮府へ送られたという経緯を辿る内に著名な有力指導者を欠き、暗闘を続ける内に先鋭化し、何者かが影からの支配を実現したと見られる。

 対処方法は武力粉砕だろうか。南伐集団を直接攻撃して粉砕し、リュ・ジャンを生け捕りか首だけにしてリュ・ドルホン大臣に渡し、大臣から龍朝へ詫びを入れにいくか……面子上不可能ならサイシン半島の現場にて示し合わせて”逃げられたり””遺棄する”しかない。ただし粉砕案は軍として龍朝領内に越境出来るかどうかの問題があるので調整が必要である。

 粉砕するかどうか検討する前段階に出来ることはその勢いを少しでも削ぐこと。現在南鎮府が応急的に行っているノリ関基点の南北交通封鎖は支持者の手により有名無実化していると思われ、我が軍が”栓”をしないと人と物の流れは止まるまい。これはドルホン大臣との協議が必要。

 極東方面軍司令のクトゥルナムからは国境線であるジン江線に軍を防衛配置中と報告。発砲を極力厳禁とし、交渉の使者などは歓待する程度に胸襟を開いておくとのこと。ノリ関の交通封鎖を極東軍にさせるのが手っ取り早いが、後レン朝から要請が無い限りは出来ない仕事だ。総統である自分がその話を切り出さない限り、ドルホン大臣も面子から要請などしないだろう。

 後レン朝のドルホン大臣からは”慎重な対応をしている”との旨で連絡が来ている。大分参っていると思うので早急に総統である自分が出向いてやらないとならないだろう。身内の不始末を自力でつけられないところにまで来ているのは間違いない。これが国内での蜂起ならばまだ良かったが、既に龍朝の庭の中でのことになっている。これでは鎮圧部隊を越境させて送ることも出来ない。もし越境となれば全面戦争である。橋が繋がっている対岸で身内が火事を起こすとは胸中穏やかになれるわけがない。

 龍朝からは音沙汰無し。これはあちらではまだ農民蜂起の一つとしか数えず、こちらとの問題にすることには慎重になっているためだろう。おそらくだがまだまだ、非はそちらにあるのだから頭下げてこっちに尋ねて来るなら話を聞いてやらんでもない、くらいの構えではなかろうか。頭は勿論下げないが、到着してから公式か非公式に送られてくる使者とやるべきことを詰めなければならない。彼等としては自力で蜂起を粉砕して”犯人の中に何故か南鎮総督リュ・ジャンがいるぞ、あれれおかしいなぁ?”と突きつけ、外交的に優位に立って何らかの譲歩を引き出すのが理に適っていそうだが。いや、普通に損害賠償を請求してくるのか? とりあえずこちらに良いことは無さそうだ。そういえばノリ関守備隊って弱いよなぁ。

 起こせる軍事行動は非常に限られるか、また先の大戦のやり直しか、という極端なところにある。おそらくあちらもこちらも馬鹿の馬鹿で大戦などやってられんというのが正直な話だろうが、何が起こるかは分からない。少なくとも不測の何かが起こらないように自分が真っ先に現地へ行くしかない。


■■■


 ジャーヴァルでは帰郷に失敗したパシャンダ軍と現地のメリプラ藩王国軍が衝突している。

 ジャーヴァル帝国は人口一億と”言われている”。単純に膨大だ。そしてその数値は全く正確ではないと言える。

 戸籍登録者、徴税対象として名簿に載って行政が把握していると表明している数が一億である。それも最新情報ではなく、何となく昔から言われてきた大体の数値というところ。

 素直な感想として、帝国を構成する藩王国がどれだけ自国民を名簿に登録して追跡出来ていて、それを帝国中央に申告し、その配分に見合った税を納めているかは当然疑問である。国民を過少申告し、実数の差額を懐に入れる汚職行為など罪悪感も無く当然のように行われているだろうと考えられる。身形の汚い奴が玄関先から便所の奥まで輝く程に磨いているわけはないぐらいの、情報ではなく感想だが、的を外した心算は無い。

 正確に計測した場合どの程度上方修正されるだろうか?

 昨今はロシエから始まった奴隷解放と賃金労働義務化の流れから”人口爆発”が観測されている。今まで”人”ではなかった奴隷に農奴や使用人が徴税対象者となり、戸籍に登録されて追跡されるようになったのだ。

 今まではロシエ人口二千万と”言われてきた”。これも昔から言われてきた戸籍登録者のみの数値。教会が結婚、出生、葬儀まで神の祝福ついでに管理しているので割と正確だが、革命以前までの聖俗二重行政、革命からの混乱による行政麻痺などがあってその数値は雰囲気に留まる。

 そして行政が復活し、徴兵と納税を中央集権的に行うためロシエ全土にて奴隷や農奴に限らず、労働場に連行されて消失しつつあるという放浪者や路上生活者、徴税対象になった旅芸人や辺境の牧人、地位も割と良い使用人まで含めて国勢調査が行われた結果は三千万超に及び、これにアレオンやクストラ難民など加味すると四千万台も遠い話ではないという官報が出ていて西方世界では驚きを持って迎えられる。ベーアの一億帝国へ対抗するために多少はハッタリを効かせていそうだが、それでもその数値を言い張れるぐらいに把握出来るようになった。

 革命闘争の死者とベルシア王国編入分で差し引き帳消しぐらいだと単純に考えたとしても激増の一言。元から神聖行政で大分追跡していたとはいえ単純に五割増し。隠れていた部分が見えて来たというだけで単純に国力五割増しとは言わないが、国家資源の徴収と再分配効率は五割”弱”増しという程度だろうか。

 そんなことだから革命前にあちこちで経済と身分の格差が深刻と言われ、貧乏で飢饉だから革命で乗り越えようと騒いでいたわけだ。中央から把握している人口分の食糧を援助しても足りないわけである。

 中間搾取層の封建領主に聖職者達が中央政府から隠して掠めて――当然の権利と悪意すら無い場合も多かろう――いれば人民と君主は不幸になるという図式が浮き彫りになった。我が帝国連邦も、特に極東の外トンフォ行政区では人口把握が不完全なので他人事ではない……ベーアの一億帝国が正確な国勢調査をしてどれだけ増えるか恐く、面白くなってくる。

 さてジャーヴァル帝国の構造だが、上から、

 皇帝と一家、その近従。

 中央政府。中央官僚はいるが、外戚や有力藩が入り込める余地があるので権力は弱い。

 各藩王国と同等権威の宗教団体。藩下に封建領主や部族を抱えてお世辞にも強くない。

 属藩や藩部つまり部族。族長級の個人経営に近くて権限が強いにしても家族経営程度で国家と表現し難い。

 民間信仰団体。金に限らず人も喜捨や殺さぬ生贄――徴税や賦役と呼ばないだけ――と貰い受け、神官や雑用の神人として抱えて行動出来る組織。超藩、時に超組織的で神に依るとして属人ですらない場合もあり実体把握困難。

 最下層民達。人間として存在していると見なされていない被差別階級で何事からも保護されない。喋る動物ぐらいに考えられている。最下層民という呼称すら外部的で、内部的には表現不能、分類無しというところ。彼等は彼等で独自の地下組織的なものを作って中には富豪もいる。単純に広いジャーヴァルの辺境奥地に住んでいて知られていないだけのこともある。そして保護されないから徴税対象ですらない。ただ暴力で奪われるかもしれないから地方官僚等に金を払って契約的に保護してもらうという抜け道があるとか。

 単純に中間搾取層がロシエの比ではなく、人ではないと呼ばれる者達が多数存在している。一億が二億、三億に増えてもおかしくないのだ。

 その数億ジャーヴァルで発生した大混乱は国外軍で始末が付けられる規模ではないことは確かである。そのとてつもないデカい塊が、ルサレヤ先生と毛むくじゃらナレザギーが送って来た情報により四つに分かれる見込みがあるという。五千万の”山”が四つと考えると意味が分からない。

 一つ目は皇帝派。中央軍の他、赤帽軍が魔神代理領中央からの裁可が降りれば比較的早く動員可能。西タルメシャ側の新参藩王国も一応含まれるがそちらは戦力として当てにならないと見られ、独立運動の気配が無いだけマシかというところ。また魔族化親衛軍の編制と、廃藩置州を実行しようと考えて既に準備に入っている。あのベリュデインを宰相級で迎える段取りがついているらしい。魔帝イレインと繋がりがあるわけだが……。

 二つ目は女神党。元から皇帝派に反感を抱いていたが、この度のメリプラ藩王国におけるパシャンダ軍との大規模武力衝突により先鋭化中。反パシャンダは当然として、そのパシャンダ軍を送り出して始末が付けられなかった皇帝派とその面倒を見た我が帝国連邦にも敵愾心を向けているらしい。また厄介なのは領土に限らず超藩的に散在しているため捕捉撃滅が明確に可能な集団は、国家的に女神党と標榜するリアンヤフ、マハクーナ、メリプラの東北三藩に限られることだろうか。帝国中央西側のナズ=イガーサリ川沿いにも超藩的にイガーサリ女神信仰の最大勢力が存在して脅威となっていて、これの撃滅は民族浄化に等しい。

 三つ目はパシャンダ軍閥、とでも言おうか。帰郷が船舶不足等で失敗した彼等は大規模武力衝突までは分裂状態にあったが、メリプラ藩王国を敵と認めた以上はタルメシャ遠征時の記憶を取り戻して一致団結しつつある模様。そして彼等の帰郷先からは何故か帰還の船ではなく戦うための支援物資が送られたり、皇帝派藩王国に圧力を加えるように国境へ正規軍を配置する動きを見せているという。

 四つ目はザシンダル立憲革命党。パシャンダ軍に多数のロシエ人士官がいたように、パシャンダ各藩にはロシエ人技術者や文官がお雇い外国人として多数入っていて、それを切っ掛けにロシエ式の立憲君主制は良く知られているのが現状。革命的な要素としてはジャーヴァル皇帝から独立すること。馬鹿ではないところは魔神代理領共同体内に留まるというもので、これだと赤帽軍も我が軍も出兵の口実は非常に作り難い。これの代表が故タスーブ藩王の息子、即位したての現藩王である。

 ベリュデイン前大宰相についてはルサレヤ先生とナレザギーから得た情報、二系統がある。然るべき情報機関が取ってきたようなものも含まれ、紳士協定が絡んでいるからか出所不明なところがある。それは仕方ない。

 無職魔族ベリュデインの動向であるが、まず一時南大陸、氷土大陸側へ帰郷してグラスト人や獣人奴隷を確保する様子。持ち出し資金、契約船舶数からそれしかない。

 ナレザギーは南大陸会社からベリュデイン名義での獣人奴隷買い付け相談を受けたとのこと。熱帯に強い蜥蜴頭のコロナダ人などが特に入り用で、会社と繋がりが深い北部同盟ならば強制連行型の士気の低い者ばかりではなく志願型の上昇志向が強い者を多数紹介出来るという。そして代金の請求先はジャーヴァル帝国というのだからもうジャーヴァル宰相級の役職への再就職はこれで確定と言える。

 ジャーヴァル皇帝ザハールーンとしては中央軍事力強化の他、かつてのジャーヴァル征服者、魔帝イレインの力を継いだ者、一任期とはいえ更に元大宰相を横に並べれば権威の補強も出来る利点がある。ジャーヴァルとパシャンダ人は”物語”に影響を受けやすいので効果的。魔族の種取引でケチが一つついているが、魔神代理領中央程には衝撃的に受け取られていない様子。

 そこから導き出されるのはジャーヴァル帝国に奴隷軍人で構成される親衛軍の設立である。ベリュデイン派若手量産魔族――この呼び方は流石にまずいが――を充当することで解決しそうだ。そして魔族化親衛軍を設立し、ジャーヴァルの支離滅裂ぐっちゃぐちゃ藩国連合軍体制を粉砕して中央集権化を目指すと見られる。

 帝国と州という形にする廃藩置州構想自体は古くから学者の間で持ち上がっていて、各藩王には適当に年金でも渡して飼い殺しにし、時間経過とともにただの金持ちか没落貧乏人に落とすというもの。

 こうするためにはジャーヴァル親衛軍の初仕事は藩王国全ての武力粉砕となるだろう。かなり血祭りに上げないと各藩王は納得しない気風がある。

 そして各州を設置するとして、総督は誰がやるの? とくれば、魔神代理領を範にするなら魔族。魔族ってどこから引っ張って来るの? となればその親衛軍所属の、ベリュデイン派、急進改革派の若手達。そして急進改革派の中で根強い支持を受けているのが魔族共和制議会の寡頭政治。

 過去の魔族至上主義化による人間弾圧の反省から改善点として言われているのが、人間もそのまま議会に入れること。魔族が固定席を持って、人間が多くの席を持って、などなど工夫するというものだが、百年選手の老議員がいたとしてその発言力の強さは議会を名目上の存在に落としかねない。まだやってもいないことで危惧するのも良くないのだが。

 そして決定的なのはベリュデイン本人からの自分宛ての手紙で”大変な作戦期間中に申し訳ないが、グラスト魔術戦団の半数を折の良いところで返して欲しい”とのこと。装備は返却するし、長年肩を並べて来たアリファマはそちらに置いたままと、心苦しさは正直に伝えてきている。

 装備も我々の戦術も仕込んだそっくりそのまま返す心算である。どの程度まで取り入れるかは分からないが、帝国連邦式魔族化親衛軍みたいな感じになる可能性がある。そこまでしないと有象無象とはいえ無限のような人的資源を誇る諸藩王軍の粉砕は難しいだろうと感じる。

 軍事改革を今から行う者の特権であるが、ジャーヴァル親衛軍はきっちりと編制されれば現代世界指折りの軍になれる。”時期”に間に合うかどうかが一番の問題。

 ジャーヴァル皇帝軍単独で今日の大騒乱を解決することは余りに困難。この遅さをどう補うかはお手並み拝見となるが、その手並みの一つが我が軍への協力要請――電信で魔都経由で大回り――になる。”お前等の責任だ”とは言わないが、リアンヤフ、マハクーナ、メリプラの東北三藩の治安維持を依頼されている。現地藩王に了解を取らない治安維持とは鎮圧を意味するが、失敗したり都合が悪くなった時に”そこまで頼んでいない!”と責任なすり付けの寝言を吐く可能性はある。

 電信線が繋がっていないので間隔を空けて到着する骸騎兵隊からの伝令――これが当たり前だった――が古い情報を伝えてくる。

 リアンヤフ藩は骸騎兵隊が要衝コバシットを抑えているので現状では牽制出来ているが騎兵戦力のみだと長期の行動抑止は不安が強い。

 マハクーナ藩は動員中。月の三女神由来の聖戦と位置付けられているせいか士気は高い模様。ほぼ国内行動となるので動員量は膨大。

 メリプラ藩は全主要都市が燃えるような大事態で収拾の見通しは困難。絶対数の少なさから苦戦するパシャンダ軍だが都市区画を要塞として利用し頑強に戦闘中。

 メリプラ藩西側主要都市ナウザにて、プラヌール兵が一部宗教勢力を抑えて民兵組織を構築し、東西挟撃が可能な状況を作っている。

 皇帝派藩王国の動きは極めて鈍いようで、国境警備の強化以上は見られない。

 一先ずやるべきことはジャーヴァル方面では見えた。更にだが、ナレザギーからジャーヴァル事情をくみ取る上で二冊の新聖典が紹介されている。

 前提知識として、ジャーヴァル民衆は法律と神話という二種の戒めを受けている。

 法律は人から与えられる、無味乾燥で苦痛ばかりの鉄の鎖、という認識が強い。義務なのは分かっているが嫌いなので何とか抜け出したいと思うもの。為政者には都合が良く、人と税を効率よく管理出来れば難題も解決出来る優れもの。

 神話は神から与えられる、喜怒哀楽を刺激されつつ、この地上でどう生きるべきかを学ぶ物語。各自、己が受け入れるべき物語と正義を見つけて行動規範にする。民衆には心地良い。人間の命令なんぞは腹が立つが、神々や英雄が示した行いは憧れるに相応しく、それに沿って生きられるのならば、時に死すら快感。

 古代ジャーヴァルとパシャンダではこの神話は今ほどに多様ではなかったそうだ。法律よりも神話で人々を動かせるのだから、為政者側が法律とは別に神話を作り出していくのである。

 読めば鉄の発明すらされていない古代神話かと思えば書かれたのがほんの五十年前、などということは”ざら”だと言う。

 人々に受け入れられるためには正統性がありそうな、いかにも神々を語っているような古典風であること。お話として面白く、聞かされる側の道徳に著しく反しないこと。このような技術を持っているのは知識層で民衆の心を掴む術を知っている神官達である。

 神話で民衆を管理するというのは下々の自発性に頼り切るということで為政者には管理が難しくて都合が悪い。ジャーヴァル中央政府が法典派を重視する理由はここにある。その成文法精神が浸透していない理由も同様で、その押し付けが嫌われて中央集権化が出来ていないのも同様。

 理想の神の如きようなケテラレイト魔神代理がいなくなって女神党が反発するのも神話由来と言われれば納得か。かと言って長命な魔族が強力な永世皇帝になると頭が上がらなくて嫌だという者達もいるから面倒臭い。先の臨時皇帝時代は魔族反対派が強かった。

 前置きはこのくらいで、まず一冊目は”雷神ワギン神話”。著者ルサレヤ、協力スカップという顔ぶれで神話という概念が粉砕されそうである。

 まずワギンというのはジャーヴァル北部共通語にあたる神官と貴族言語のナシャタン語にて、ランマルカ的な”科学”に相当する単語となる。科学的雷神ということだが、ジャーヴァル民衆には理解困難ということでワギンを固有名詞としているそうだ。

 こんな神話はジャーヴァル人にしか需要が無いのでナシャタン語で書かれ、多少は勉強したが古典風に書かれているとなれば全く読めないのでナシュカに朗読して貰う。

 内容は究極にまとめると”電信線に手をつけるな愚民”である。展張した電信線に悪戯したり、銅線盗んで売却したりするなということで、そのようなことをしない道徳概念を人々に心地良く浸透させる物語が、壮大な神々や英雄の交流、時に戦い、恋愛し、涙の別れを通じて描かれる。あと表現がジャーヴァル風というか、銅線に通電していることを表現するために性的快楽を比喩に使う場面があって、ちょっとしたすけべ小説の側面も見せる。ナシュカの口からそんな発言が出て大層満足。

 ジャーヴァルにも電信線敷設が始まっているのでこのようなものが必要ということなのだ。法律で制限を掛けるより神話で教える方が効率的というのがこのジャーヴァル。大変面倒臭い。

 ただこれは彼等独自のものとは言えない。法治主義が当たり前になる前は聖典や口伝による、神や祖先の教えが人々の理性を決めて来たのだ。かの地ではまだまだ神の下なのである。神が多様性を受け入れ過ぎて身近なあまり、外の人間からは極端に見えてしまうこともあろう。

 そして二冊目、重要なのはこれで名を”大火神オーネート神話”。パシャンダ共通語にあたる南部神官と貴族言語のセクタス語で書かれている。オーネートとはどこかで聞いた語感と思えば、何とロシエ宰相ポーリ・ネーネトである。

 オーネートはザシンダルの主審アバブが外神との間に作った息子で、生まれた時から既に大きく鉄と火を操る軍神でもあるという。またその軍神と人間の女の間に生まれた者達はおしなべて優れた勇者であるとも。ザシンダルがロシエから軍人や火器、技術者に学者を受け入れたことが神話風に表現されるとこうなるらしい。

 神話においては立憲革命を正当化するようなお話が、壮大な神々や英雄の交流、時に戦い、恋愛し、涙の別れを通じて描かれる。パシャンダではなくザシンダル民族主義へ、非常に注意深く絞って構成されているのが特徴。汎パシャンダという大きな枠組みは意図して否定される。

 神話が民衆に浸透し、道徳、常識とされるには受け入れられなければならない。多少の嘘や誇張を混ぜるにしても自分達の生活や世界観、これまで築き上げられてきた数多神話に実話とも繋がって納得出来るものでなければならない。そしてこのオーネート神話、大流行だそうだ。

 パシャンダ帝国失敗の後悔が風化していない中、新しい成功の道筋をこの新神は照らした。既に像が建立され、神であると固定化されて不滅と化している。

 朗読でオーネート神話を聞いたところ分かりやすくて滅茶苦茶面白かった。後でもう一回朗読して貰おうと思っている。そのぐらいなのでザシンダルの方針は精神段階で固まっている。もう後戻りは出来ないはず。

 ザシンダル藩王国が今でもロシエから啓蒙され強化され続けているが、これはジャーヴァル皇帝が認めたことではない、と言えば反抗的だが法律的に皇帝に禁止される言われもないので予防も出来ず違法ではない。やや不道徳かもしれないがそれは中央政府の視点。

 パシャンダ随一とは言えザシンダル藩王国が独立を掲げて行動を開始する理由は、またしてもロシエの影響力に自信を持って、ということになる。歴史は繰り返すにしても間隔が短すぎはしないか?

 ロシエの軍事技術力はあの帝国独立戦争の時とはまるで違う。また今回は魔神代理領共同体からは外れないという賢い主張も含まれている。

 末期の老人だった時はともかくとして、父帝の破滅的な大失敗を成功に転じた若きタスーブは偉大であろう。その息子はどうだろうか? 自らの権威はそのままとして権力を放棄する立憲君主を受け入れるあたりは……タスーブのように前線を駆け回って老いくたびれることを避けるためだろうか? 古めかしい伝統を背負ったままだと君主先頭は義務で常識である。それを防ぐためには何か捨てる必要がある。それかロシエの立憲君主を真似てみただけという単純な話かもしれない。同じ政治体制だとロシエ人からのウケも良いだろう。そして憲法草案はどうもロシエ憲法を参考にするらしい。魔なる教えの法典派ではない。嫌いな北の糞白人に何が何でも逆らってやるという意志を感じる。

 神話が浸透するとジャーヴァルとパシャンダ人は強く結束する。そして山一つにつき五千万と見積もり、兵力の投入や行動は限定的にしなければ泥沼に浸かってしまう。第二のタルメシャはお断りだ。もっと楽しい戦争が他にある。

 東北三藩、武力解決。具体的にはリアンヤフ藩を抑えながら、マハクーナ藩軍の南下を阻止。メリプラ藩内は……囲って飽きるまで殺し合いでもさせておくか?

 パシャンダ各藩が海上から残留兵を支援する件だが、ジャーヴァル海軍は無きものと同じだから魔神代理領海軍の出番だ。セリンを通じて出動する事態になるかもとは言っておいたが、即応するだろうか? 艦隊がラーラ湾の港湾封鎖を行ってパシャンダ兵を干上がらせれば陸海包囲からの磨り潰しになる。各藩を直接、一つずつ叩いていくのは現実的ではないだろう。

 こちらから魔神代理領海軍に向けてラーラ湾封鎖による鎮圧支援の要請について、概要でもいいから作戦計画草案を書いて送ろう。電信だと最低限になるが、まず電信から。混乱でジャーヴァル帝国に不手際があって連絡が遅れ、海軍も出遅れとならないように。今回はベリュデインがジャーヴァル入りの可能性という話もあって、保守急進間の面子の問題からこじれる可能性が有り得る。だから帝国連邦軍が明確に海軍へ要請を出した、という事実を突きつけておかないとやって来ない可能性がある。二代目の時代より恥知らずになっている可能性は高いのだ。

 ザシンダルは当面、直接手を付けることもない。そもそも遠すぎる。

 ザシンダル立憲革命党が、パシャンダ立憲革命党などというような巨大勢力に拡大するか? と問われれば実は難しい。ナレザギーも”賢い”と言っていたが、普通のジャーヴァルとパシャンダの藩王は自分の権力を手放すなんてことは死んでもしない。強欲と言えばそうなるが、己の権力は子々孫々に受け繋いでいくべきものなので個人の趣味で手放すわけにはいかないのだ。帝国から独立する革命はともかく、その立憲君主制がすこぶる障壁となり、ザシンダルは足手纏いを捨てて身軽に独自路線へ突き進める。このパシャンダ軍の武力衝突など知らぬ存ぜぬで通せば邪魔が入らない。大分狡賢いことにザシンダル兵は総員、故タスーブの棺を送るためという暗黙の了解と名分で真っ先に他藩兵を置き去りに海路で帰郷済み。既に対岸の火事と化しているのだ。頭良いなぁ。

 火が点いた女神党とパシャンダ各藩だが……流石にここまでは手に負えない。正規軍を大々的に投入すれば出来るかもしれないが、使いたいのはそこじゃない。もう一度アッジャールの大侵攻を思い出させた時の反応は……面倒臭い。そもそもジャーヴァル帝国は我が帝国連邦の外付け資源基地なのであって、掻き回すところではない。我が”黄金の羊”が泣き喚いて暴れているからといって脚を圧し折ることはないのだ。

 国外軍将官級以上が集まり、これらのことを頭に入れて行動を開始した。機密情報が含まれるのでゼオルギ王、ニコラヴェル親王、ピルック大佐にはその点差し引いて通達。


■■■


 直ぐに決められるところから決めた。極東は自分ベルリク、ジャーヴァルはラシージが最高司令官で決定。

 戦力配分は国外軍だけで考える。

 極東方面へは、まず自分と親衛偵察隊だけ先行して向かい、兵力をどうこう駆使する前にまず外交活動から。

 その後から親衛隊、竜跨隊は少数、アリファマのグラスト第一旅団、先行量産型の実験兵器を一部配備した国外軍予備一万、後方で術工兵仕事程度はやれる練度に達したザモイラ術士連隊を送る。新編する極東派遣軍は最小限とした。大規模衝突があるとすれば極東方面の正規軍で対応する。多少の兵力増強で十分と見ればハイバルくんの猟虎軍、ルーキーヤ姉さんの海軍を回す程度か。

 実験兵器とはエデルト軍との戦いで鹵獲した無煙火薬対応、金属薬莢式の小銃と連発銃、駐退機付き火砲を参考に製造した火器類。性能は良好、耐久性は課題が残り、弾薬数は一会戦で使い切りといった程度。

 他には波打ち刃の銃剣の導入。昨今では治療呪具の普及で多少の負傷なら復帰してしまえるようになったが、その復帰を阻害する物として考案された。この手の白兵武器は中世の代からあるので発明と言う程ではない。複雑な形状は複雑な傷を負わせることが可能で、その分復帰可能性が断たれる。また銃剣死傷者自体は全体の割り合いとして少ないわけだが、その効力の最大は衝撃力、殺されるという恐怖からの敵前逃亡。禍々しい見た目の銃剣をチラつかせれば更に恐怖させられるのではないかという目算。欠点は日用品としては少々使い勝手が悪い程度か。

 ジャーヴァル方面へは残る戦力を派遣する。ラシージ、ナルクス、ニリシュの隊と竜跨隊主力、ジャーヴァル中央にベリュデインがやってきた時に戦後直後にでも返還することを見据えてユーレのグラスト第二旅団。

 キジズくんの骸騎兵隊との合流を急がせる。タルメシャに火砲を多数残置してきたせいで火力不足だが、大砲は外ヘラコム軍が保有する物を早急に送らせ、外ヘラコム軍が失った分は砲兵工廠から優先配備する手続きを取って解決。しばらくは重装備無しでの行動になるので野戦は多少工夫がつくとしても攻城戦は厳しい。大砲配備前は敵野戦兵力の牽制、配備後は拠点制圧からの作戦能力の喪失、か? ラシージにお任せ。

 アルジャーデュルでの保安活動は引き続きシレンサルに一任。兵力が必要なら軍務省と協議して正規軍を引き抜くように手続きしておく。

 そしてオルフ、マインベルト将兵達には一旦予定通り帰国して貰うことにした。観戦武官だけは残しても良いとする。

 このシャタデルパットでの休暇は将兵への応急手当のようなもの。心底から本当に休めてはいない。この状態でどちらか――何れも両者に取って混沌と衝撃の坩堝――に行ったとしても発狂するだけで足手纏いになると見ている。参戦する場合は第二次派遣隊として、新鮮に再編した状態でやってきて欲しい。極東、ジャーヴァル方面では必要以上も以下の戦力も大変な足枷、混乱の元になるので数は下方に見て後から再通知する。


■■■


 ゼオルギ王本人に帰国するかどうか尋ねに行く。軍は返しても高級将校などは残っても迷惑ではない。

「極東、同道いたしましょうか。言語は通じとも術は通じるので相手の本音を引き出したい時に同席するだけでも一工夫つきますが」

 先にこう切り出したのはゼオルギ王から。その構想はあって、何を考えているか分からないソルヒン帝、腹に蛇や狐を飼ってそうなドルホン大臣、脳みその代わりに別な物が入ってそうなジャン総督が何を考えているか把握出来たら問題解決に直結するのではと考えた……が、

「私の舌も滑り出しますよね。それはまずいことになります」

「代理人立てるのは難しいでしょうか」

「陛下、ウチの外務長官やります? ちょおっとオルフを帝国連邦に組み込むだけで簡単ですよ。役職兼任くらいわけありません」

「我が国としてはちょっとではありませんので」

「あ、そうでした。でも書類一枚でいいんですよ?」

「議会の同意が得られなければなりません」

「お手伝いしましょうかっと、お、そういう話ではありませんな。まずはお国にお帰り下さい。出来ればそこで協商案通してくれればこの遠征も続きも、込み入った情報もお話出来ます。情報と言いますとまず……おっと、滑りそうになりましたね」

 どうも、舌が滑る瞳術は説明が面倒くさい情報にはあまり有効ではないようだ。喋る側があれこれ順序を立てないといけない、などと思う程度だと止まるか。

「またお会いできる日を楽しみにしております」

 お別れの握手。今日までゼオルギくんが何を考えているかだとか、今の感情がどうだとか全く読めなかった。

「ゼオルギくんって全然顔に出ないよな」

「鈍いかもしれません」

 あ、喋っちゃった。


■■■


 ニコラヴェル親王本人にも帰国するか尋ねに行く。

「殿下はどうなさいますか? ゼオルギ王は帰国されます」

「ピルック大佐と協議しまして、あちらの海兵隊と共にマインベルトへ帰国し、協商に参加したならばこのような装備が手に入ると宣伝して参ります!」

「おお!」

 気合の入ったニコラヴェル親王の言葉にこちらも力が入ってしまった。

「これまでのような尋常とも言える従来戦術では次に戦争があった時、ただ蹂躙されると確信しております。国王陛下並びに議会議員達に働きかけたいと思います」

「それは素晴らしい、応援したいと思います。そちらの軍ならばランマルカ式の兵器に重点を置いた人員消耗を抑制する戦い方が合っていると思いますよ」

 こちらの遊牧騎兵中心のやり方は教えても無駄になりそうである。術工兵も厳しいか。

「可能ならその装備で駆けつけたいと思います」

「期待しますよ」

 マインベルトで説得……ランマルカ装備の受領は電信でやり取りして北から荷揚げ、鉄道で送って……。

「これは折が合って、作戦の都合にも合えばという話になりますが、ランマルカ式の装備を受領した後に魔神代理領海軍の船にマリオル港で乗ってジャーヴァル帝国の反乱軍へ強襲上陸を仕掛けるなんて計画も有り得ると頭に入れておいてください。極端な話ですが、西方教会諸国より一気に振り切って魔神代理領側へ寄って行くと宣伝になります。悪いことも良いことも多い急進なことなので一応、もしかしたら、という程度の話ですが」

「議会も作戦調整も大分困難に思えますが……ハンナヘルより鉄道が通じていない以上は、ジャーヴァル方面に行くとなればそれが良いかもしれませんね。しかし極東はよろしいので、いえ、そちらの極東方面軍か、レン朝軍がどうにかすることでしたね」

「そうですね……あ、極東に一度行ってみたかったですか?」

「天政の品が入ってくる度にあの異国はどのようなものかとは、空想にとどまっていまして。絵だけでは少々、あちらは写実ではありませんし」

「軍靴で行かず、ご旅行で行かれた方がよろしいですよ」

「それはそうでした」

 お別れの握手。

 自分は軍靴で踏みつけて行きたいけどな!


■■■


 配分、行き先、目的は決まった。迷うことは行った先にある。ここに無い。

 皆に先行してシャタデルパットを出発し、馬を取り変えながらハンナヘルへ急行する。

 道中、雪が降った。川が凍り始めていた。風は完全に北から吹いていて砂嵐で足止めされることが一度あった。

 来た時より短時間で戻り、電信で待機調整がされていた列車へ待つことなく乗車し発車、急行で極東へ向かう。到着した頃にはドルホン大臣が解決していた、ぐらいの小事ならまだ良いのだが。

 予定では前回の訪問のように北鎮府があるジューヤン市には寄らず、鉄道に乗ったままウレンベレへ直行し、クトゥルナムと現状を把握してから南鎮府のあるコチュウ市へ行き、そこでジャン総督の不在を制御するために来訪しているドルホン大臣と具体策を、というところ。何をしているか良く分からないソルヒン帝を”あやす”のは無し。

 しかしレン・ソルヒン、無視して良い存在か? あの女こそジャン総督が見本に――意識したか無意識かは分からないが――した存在ではなかろうか。龍朝の下で”纏軍”という裁兵軍団のお飾り大将にさせられ、何の権力も無かったはずが突発的な扇動で反乱軍に引っ繰り返し”天軍”を名乗ってリュ・ドルホンの光復党を半ば乗っ取るという大技を成功させた。理屈詰めの計算ずくで行ったならばまだしも、一時の激情でやってしまえたという爆発力は侮れるものではない。

 ソルヒンが何かやらかしたと考えずにはいられない。そこが分かれば解決策が浮かぶかもしれない。ソルヒンとジャンの間で婚約破断という一件があって、本件に何の影響も無いとは言い難い。お世話係のジュレンカに話を聞くしかない。

 車中では寝る前にナシュカに本を読んでもらうのが日課になっている。

 この前からの続きだから……、

「引き摺る鉄柱、花散らす石の絨毯、鉄火の大男根はこの女陰に至り……」

 ロシエ人がナギダハラに入港して新型砲をお披露目したところを、結婚式と初夜にたとえてという場面みたいだ。

 因みにジャーヴァル亜大陸は半島になっていて、これを男根、子宮と見做して言い表すことがある。陰陽表裏一体、同一存在なので文脈を聞き逃すと理解が難しくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る