第420話「三女神の祭日」 ファガーラ姉妹(妹)

 国外軍本隊は降雪が本格的になる前に北へ引き上げてしまう。その一方で我々骸騎兵隊はシャタデルパットで短い休暇を挟みつつ傷病者の後送手続きをして南へ進み、アルジャーデュル地方のアルワザン国を経由、リアンヤフ藩王国のコバシットに駐留。

 コバシットは、大の大たる大男神の世界防衛面相ダーラウードラの名を冠する川に跨る。帝国連邦が霊的磁場に価値を見出してこの都市を選んだわけはなく、アルジャーデュルとジャーヴァル地方双方に睨みを利かせられる要衝だからである。古代に遡って伝統的地方境界線とされてきただけに”機動性”が利く。そして何より、電信線がコバシットまで延線予定だからだ。これ以上は鉄道官僚が文句をつけやがったらしい。作戦責任者の発言力が全く足りない証明だ。

 ジャーヴァル事情や言語に明るいプラヌール族兵のみその境界線を越え、先行偵察に近い任務に就く。

 まず一時故郷へ戻ることを許可され、ダーラウードラ川を渡って月の三女神川流域をほぼ占めるマハクーナ藩王国へ入る。同国北部地域が我等の故郷で、アッジャール侵攻前まではプラヌールの独立藩部であった。

 アッジャール軍に故地を追い出され、ジャーヴァル北部を放浪し、愛しのカラバザル様の親戚であるカイウルくんに拾われたのが懐かしい。あの時はまだまだ亡夫に姉妹妻として嫁入りしたてで下の毛も今みたいに掴んで引っ張れなかった。

 年月が経ち過ぎた。大体、その故郷には既に全く別の者達が住み着いている。二十年近くも経てば、ましてや遊牧の乾燥、草原地帯ならば尚更。それでも戻るのは現地協力者、手数の確保が目的。血縁が無ければ――残った者や周辺部族に縁戚がわずかばかりいるが――地縁というわけである。全く見ず知らずで関わりも無い連中よりは扱いも信頼も違う。人はその土地の生活様式で似る。似た者の方が理解は早い。軍資金もそれなりに持たされた。

 骸騎兵でプラヌール族兵のみとなれば人数も限られ、数えて三百程度。局地的な任務ならともかく、地方に跨る広域任務には少なすぎる。手と足に目が欲しい。傷んだ装飾の刷新にも実際欲しいが。

 これはシレンサルのぼんすけ宰相の命令だ。アルジャーデュル、ジャーヴァル地域にてパシャンダ軍帰還の予後監視を行う。

 我々が任務を厭うことはないがぼんすけの命令ってのが気に入らない。カラバザル様から権限委任されてるから文句の隙は無いが、あのラシージ親分の二番目くらいについてやろうと意気込んでいるのが生意気。命令一つ飛ばす度に己の指も一本飛ばして欲しい。

 理屈はどうでもいい。納得出来る誠意が欲しい。

 さて、指導要領。

 骸騎兵隊に課されるのは、混沌を伴って帰郷するパシャンダ軍の動静の監視と報告。同軍の通過、駐留により発生する混乱の抑止。主に帝国連邦軍の姿を見せつけることによる。

 略奪、暴行、強姦などの乱暴狼藉を目視で確認し、危急案件と判断した時は住民救助のために鎮圧行動を即座に取る。行動後は同軍憲兵隊に報告する。危急でなければ同軍憲兵隊に事態を報告して解決を依頼する。

 可能であれば対話による解決を行う。武力を行使する場合は可能であれば不殺で行う。

 住民からの救助依頼が発生した場合は状況を確認してから慎重に行動を開始すること。当事者間の紛争行為等に利用される可能性を疑うように。

 住民からの同軍兵士への乱暴狼藉があった場合も同上。現地警察機構、憲兵隊と協力行動を取る。

 これらの権限はジャーヴァル皇帝ザハールーン陛下の承認を得ており、各員自信と誇りをもって任務に当たるように。

 何に置いても帝国連邦軍の威光を損なうことの無いように。

 あれこれそれほれと面倒で口うるさい指導要領である。ぼんぼん宰相の口みたいだ。あの髭毟りたい。

 字面だけだと大規模作戦を行うように見えるが、コバシットに駐留する本隊が動くとしたら同市内と近郊に限られ、わざわざそこから遠征してカチ込みに行くとしたら内戦規模の大事件が無ければ動かない。動くにも費用が嵩むし、アルジャーデュルも無視出来ない。その代わりが我々プラヌール族兵の派遣という妥協策だ。

 電信線の延長限界が首の縄になっている。縄を無視出来ないのは、この界隈に強力な権力が存在しないことが悪い。健康なタスーブ藩王がいなくなった穴を埋める存在がいない。いなくなった直後なら尚更。

 保安任務でアルジャーデュル地方を巡回して思ったのは、三王の権力が弱いこと。所詮は大アッジャールの侵略部隊から外された二線級治安維持部隊が敗残兵と化した上に二十年かけて腐って現地と混ざった存在。おまけに傘下の各首長の権限が強い割には不満が大きいこと。雑魚で貧乏であることと反比例して誇りが高いとは山岳民らしいが、それのせいで更に王は形骸化される。

 タルメシャ解放戦線の運動はジュムガラ峠より東に今のところ限定されているが、アルジャーデュルの首長達がその動きを利用しないとも限らない。小さな首長国でも勿論単純な構造で成り立っているわけではない。族、地、職などによる明らかな主従関係があって、同じく弱さに反比例して誇りが高い。どこで革命が起こるか分からない。

 極東地域の情勢は怪しいまま。以前に火種があると言われ、それが発火していないということはまだ燻っているということ。大体、一度騒乱が起きれば小国なら住民消滅するぐらいの出来事になる極東で何も無いというのが疑わしい。穏当に処分されることは無いと予測している。それに備えなくてはいけない。

 しかし思い出す度にあれこれ指図する指導だ。こんなの一番最後の”帝国連邦軍の威光を損なうことの無いように”という言葉だけで十分である。キジズのぼっちゃん将軍もこんなの素直に受け取るなんてまだまだチンチンが白い。黒く鍛え直してやろうか。

「チンポ欲しい! デカいのでキジズくんのケツ堀りたい!」

 姉も少しだけ同意見かもしれない。いや、こいつは馬鹿だった。世の美少年好き――歳がいっても見た目幼いなら構い無し――から糞と呼ばれるに相応しい。

「うるさっ、くぅそっ」

「だってあの子無理して強がってんの可愛いじゃん!」

「はいはい」

 故郷が近い。丘陵線で分かる。

 草木は変わる。この辺りは氾濫するから川も変わる。涸れ川の線を追うと昔を思い出す。冬の放牧地までそうそう変わらない。そこを目指した。

 羊の群れ、山羊が混じり、子供が番をしている。

 牧羊犬が吠えて警告しているが及び腰。図体の割りに意気地がない。骸騎兵飾りがお気に召さないかな? 干し目玉ぶら下げた馬の覆面を気に入る動物は見た事がないが。

 姉が全く遠慮せずに近づき、飛び掛かろうとする犬の足元に矢を放って突き立て、子供が抑えに掛かる。普通に挨拶すればいいのに、どれほどアホなのか。

「ねぇボク、どこの子ぉ?」

 姉が馬の脇に乗るような真横倒しの姿勢で尋ねた。怯えさせないよう子供の視線に合わせろ、という教えはあるがこれはアホだ。銀仮面で迫られて少年は怯えて動かない。

「あんた仮面外しなさいよ」

「あぁそっか」

 姉が仮面を外せば「めんたまのおばけ!」と少年は叫んで犬にしがみ付いてその尻に隠れた。犬も、ビビっているが手を出せば容赦しないというグルと唸る受け身の、消極的な最終警告を始める。

「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! めっだっまのおっばっけ!」

「うるせえ糞女!」

「おめぇぶっさいくなんだよ! めっだっまのおっばっけ!

「うるっせ、殺すぞブスこら!」

 姉が刀を抜いて切り掛かってくるので同じく刀を抜いて撃剣する。馬同士は首で相手の尻と背中撫でて仲良し。

 馬がもう止めろと勝手に距離を取ったので少年にはまともな自分が話しかける。

「井戸貸してくんない? どこ?」

 返事なし。目玉のお化けは怖いからなー。

「飯も買いたいんだけどさ。ちょっと人が集まってる宿営地無い? 隊商が寄って市場開くくらいがいいかなぁ」

 返事無し。さてどうするか? 馬の背に立って周囲を見る。家畜……野生動物……井戸見っけ。休憩小屋と……。

「最近さ、面白いとか、ひどぉーいとか、そういう話……あっ」

 馬から降りて、いつでも犬が突っ込んできても口に切っ先突っ込めるように刀を抜き身で持って子供の目線に合わせてしゃがむ。

「お父さんかお母さんか、あ、お兄ちゃんいる?」

 この子が育ったらどんな男の面になるか興味出て来ちゃった。

「おい馬鹿、マジ馬鹿、口慎め馬鹿。ケツの穴みたいに汚物吐き散らしてんじゃないの」

「ケツ穴緩いのはあんたでしょが!」

「死ね、あ、親来た」

 子供が犬に乗って逃げた。

「犬にぃ、乗って逃げられたぁ! くさくさマンコおっ下げた欲情女はこっわいよねぇ」

「めっだっまのおっばっけ!」

「死ね!」

「おめぇが死ね!」

 石を拾って姉に投げると、避けられた。土投げようと思ったが馬に当たるから止めた。

「下手糞、土器マンコ、ケツ毛長者!」

「くそったれ!」

 子供を追う必要は無かった。馬に乗った爺さんが小銃片手にやってきたので、妹がそれを狙撃小銃で撃って弾き落とす。その遠くで婆さんと、遅れてやってきた男と女達に…‥お、互助組一つに当たった。

 馬に乗り、笛を吹いて一緒にこの地域に来た仲間に合図を出す。槍を持って、黒の国旗を括りつけて身分を明かしつつ、先行してやってきた爺さんの両側を二人で挟む。こちらの蓬髪かつら、銀仮面、人皮装飾の騎兵姿を認めて爺さんが馬から降りて膝を突いた。

「悪霊様、どうかお助けを、子供がしたことでございます」

「悪霊!?」

「悪霊!」

『キィーヒャッヒャッヒャッ!』

 笑って、待って、仲間が集まりこの互助組を半包囲。”悪霊”騎兵に怯えて休憩小屋へ彼等が一塊になったところから穏当に包囲。遅れてやってきた仲間が口説き落とした牧民を連れて来て、その人物を挟んで穏当に交渉してこちらの目的を理解させ、出稼ぎに人を出せば金がかなり貰えると理解させたところで彼等の宿営地まで案内して貰う。

 道中、最近の噂話を聞いて現状把握に努めた。

 一番はパシャンダ軍が春に撤退し、長々と列を作ってやって来た。それが夏を過ぎて、秋になってこの冬になってもずっと”到着中”。そのせいで軍とその駄獣用に食糧価格が上昇していて、家畜を卸している側としては売れ行きが良くていいが、穀物が上がって徴税価格も上がって相殺かやや損をする程度。

 春先は一応街道上の連中は帰還を歓迎していたが、長い帰還は飽きるし不安で、兵士と住民間の事件が多発して関係悪化。決定的に諸事件で流血が目立つようになったのはタスーブ藩王の行列を住民が横切り、無礼打ちをしたという件が発端とも。

 二次被害としては街道辺りで放牧していた牧民が兵士に家畜を盗まれたからと北上して牧地争いに発展したとも。

 既にそんな状況が悪い中で前臨時皇帝ケテラレイトと龍朝天政との密約が暴露される。ジャーヴァル軍が手抜きした件はこの外れの宿営地までも酷い話と伝わっていた。帝国連邦に同情する声もあった。槍につけた国旗がそれだと言えば、初めて見た、という反応。そりゃあそうだ。

 それからパシャンダ兵がまだ帰還の最中にあって完了出来ないでいるのは、この界隈の主要河川全てが行きつくラーラ湾の港町で更に混乱状態にあって人流物流が麻痺しているかららしい。

 陸路より海路で帰還した方が早いわけだが、その船が足りないとか。内陸奥地のここまで伝わっている話はその程度だが、それだけでも緊急事態が迫っていると理解出来る。

 話を聞きながら、川を下ってラーラ湾方面で仕事があるから越冬中は飯食うぐらいしかやることが無い連中を集めてくれと依頼。

 そして人を集め、身体検査と馬術検査、それから喋りの応答、簡単でも暗算出来るか、複数言語操れるなど相応に面接して前金を渡す。わずかにいた我々プラヌール族の縁者は、ちょっと”足りなくても”優先した。能力優先といきたいが、大した仕事を任せるわけではないので信頼優先である。

 そのように人を集めていると徴税官が嗅ぎつけてやってきた。我々帝国連邦軍が任務中であるという証に国旗は日中、必ず掲揚していた。

「ジャーヴァル皇帝ザハールーン陛下承認の下、我らが偉大なるベルリク=カラバザル総統閣下の命により作戦中である。そのための人夫を集めているが?」

 と説明。

「五割だ」

 徴税官の目玉に指を入れて引き抜いた。

「あがぁ!?」

「帝国連邦なめてんのかてめぇ!」

 股間を蹴り、膝に蹴り、肩に蹴り、転がす。姉はもう脇に控えた護衛の頭を刀で割ってる。他の騎馬でやってきた護衛、付き人も仲間達が武器や相撲で転がした。

 互助組代表の男に尋ねる。

「こいつの家どこだ」

「案内します! この糞野郎、税金上げやがってたんだ」

 徴税官とその生き残りの一行を騎兵隊で囲み、雇ったばかりの連中の訓練も兼ねて鞭で叩いて追わせ、走らせて牧地に近い町の屋敷に到着。町の門番に助けを求めようとしやがったが先んじて足元に威嚇射撃。それでも武器に手を付けているなら射殺。首を切って槍先に掲げて進む。

 屋敷には押し入って、兄弟家族に妻達に子供、使用人から客人から全員を庭に追い出して、一番家内で偉い徴税官の第一夫人を引き倒して結った髪を引き千切る。

「おいてめぇの上司誰だよ、どこだ」

 即答しないから一番若い妻が抱いている赤子を取り上げて庭の彫像に叩きつける。死んだ。悲鳴を上げてうるさい女は姉が刀で腹を捌いた。怒りに任せて動いた男は仲間が銃殺。

「もっかい説明するか?」

「パラガルナルです……」

 都の方なら丁度良い。行き先の一つだ。

 この町を去る時、恨みを買いやすい徴税官宅は住民が集って襲撃、略奪を受けたようである。集めた税が一時保管されているので金庫破りが成功すれば倍還付も不可能ではない。

 ここで仲間を二つに分ける。大半は都の方へそのまま雇った連中を連れて迎い、残るは宿営地に戻って人集めの続きだ。徴税官に邪魔されて手際が少し悪くなってしまった。


■■■


 マハクーナ藩王国の首都パラガルナルに到着。鞭で追い立てた連中で脱落者が出て置き去り。徴税官だけは代表に使うので車に縛って載せて来た。

 パラガルナルの位置は変わっていないが、アッジャールの侵攻で住民が入れ替わって昔のように多人種で雑然としておらず、我々と部族は違うが同人種、類縁種ばかり。他人種は商人系ばかり。物乞いも少ない。多過ぎて安売りされている奴隷もおらず、手足を切り落とした子供で稼ぐ親は全く見ない。

 宗教施設は略奪、破壊の憂き目に遭ったようで新築のしょぼいのが多く、宗教人も少ない。昔は野犬か牛みたいにジジイの修行僧が全裸で――大に大たる大男神は男根に破壊と再生の大いなる力を見出した――転がっていたものだが、襲撃時に一時皆殺しにされ、今では若い兄ちゃんの皮の締まったチンポが数を減らしてぶら下がっている様子。大変良い。

 良いチンポに出会うと感動的である。均整が取れ、えっそんな先っちょして女神に攫われない? と思い近寄れば逃げられる。あれをもいで剥製にしたいが、街中だとチンポもぎは目立つし、事件になるので控え……どうしようかなぁ? 外套の胸の部分に付けているチンポ弾帯だがタルメシャの湿気と火薬の反応か何かで痛んでいるものが何本かあるから新品に替えておきたい。元々先っちょなんて薄皮なのだ。敏感なのはいいが劣化に敏感なのは頂けない。底抜け弾丸落ちて間抜けに戦死は流石に避けたい。

「うわぁ、チンポ狩りの化物だぁ、逃げろぉ」

「うるせっ糞ブス、めんたまおばけ」

 各地に散ったプラヌール族兵の仲間達が雇い人を連れて集合する地点がこの都。皆、帝国連邦の旗を掲げている。賊ではなく公務を帯びた正規軍という証。これを忘れてはいけない。我等の誇りで、貶す、立ち向かうならぶち殺す。

 頭数だけいればいいというわけではない。求める人材がいなかった奴は一人も連れて来ていない。また土地の血縁関係がほぼ喪失しているような奴もいるからそもそも信用されなかったこともあるだろう。そこは織り込み済みだ。

 徴税官の話をすると、払ったという馬鹿がいた。若い奴で、そういうもんかと払ったらしい。これはけじめをつけさせなければいけない。

 パラガルナルの徴税局に皆で進む。中央と地方で部が分かれているらしく、中央は旧庁舎、地方は新庁舎だと。

 新庁舎にて目玉を抉って鞭打ち、走らせて足の裏がぼろぼろになった隻眼徴税官を突き出し、キジズくんに署名だけ入れて貰った書類に本件、不当に帝国連邦から徴税しようという行為に対する抗議声明を書いて公式文書として提出。詳しいことは連れて来た隻眼徴税官に吐かせる。

 対応させた地方部長に書類を受け取らせた後は、次に税を払ってしまった若い奴の件を報告。取り戻しに行かせるから「顔の代わりにお前の腕を寄越せ」と、持ち主が分かりやすいよう目立つ宝石の指輪を付けた方を引っ張って伸ばさせ、姉が肘先より切断。それから返還させるための書類を作らせて、払った若い奴に真贋証明の腕と書類を渡して「皆殺しにしてでも取り戻して来い」と、その隊の連中にも付き添いで行かせる。不眠不休で行って戻って追い付いて来させるので馬は多めに使わせる。

 徴税局への用は済んだのでこれから川沿いに下って進む用意を済ませる。何か事件があり、強行軍になってもいいように食糧、蹄鉄に靴など歩きの消耗品を重点に買い揃えて出発。


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 東からダーラウードラ川、ナズ=ヤッシャー川、過去の大氾濫の影響で今は主河口が一つになっているナズ=ハラッハとナズ=エーベレ川が注ぐラーラ湾を抱えるメリプラ藩王国に入る。プラヌール族兵全員集結、雇い人も合わせて四百騎。まあ、そこそこである。

 経路はパラガルナル発、ハラッハ川をそのまま下ってエーベレ川合流地点のナウザまで。ここもコバシットのような要衝である。海には面していないが、川の船が集結する。ここは帝都を抜けるナズ=オルダガー川の合流地点でもあるのだ。帝国中央とも直結する地点。とにかく何でも集まる。

 リアンヤフ、マハクーナ、メリプラのジャーヴァル北東三藩は女神党である。マハクーナ藩王国の西南に隣接するバラマン藩王国はジャーヴァル中央政府とは協調的で反女神党である。ここナウザは双方の境界線であり、紛争多発地帯とも言える。情報が集まる場所だ。

 ここメリプラ藩王国の河口部付近の都市は何れも巨大で、その間にある村や町も間隔は狭く、腐って捨てる程に人を抱えている。東西南北より人の出入りが激しい。川だけ見ても商船、軍船、筏、どこから流れてきたのか分からないゴミや大分腐って時間が経った死体など幾らでも見える。泡が立って濁り、出所不明な油が浮く。現地人はこの水で腹を痛めない特技を持っている……ように見えるが、弱い奴は結果死んでいるだけで選抜されている。

 街を飛び交う言葉は半分以上聞いてもわからない。何をもってその苦行に辿り着いたか分からない修行僧を良く見る。それに何の価値を見出して金や食糧を寄進しているのか不明な住民がいる。現地人でも全て把握していないだろう。あの、マインベルト人の学者共が見たら喜ぶかもしれない。下痢でそれどころじゃないかもしれない。

 全裸でチンポ丸出しの大男神信徒と、それに金粉――純金は高すぎるので真鍮――化粧の筋骨隆々のオルダガー信徒がチンコ比べをしている儀式はとても楽しかった。平常時、戦闘時、薬物使用による高血圧時などなど、鼻血を噴いて失神――神降ろしの瞬間的成功――してギンギンのところから勢い良く失禁し、信徒が聖水として回収するなど見どころが多い。

 ここは海ではなく川の交通の要衝で、ここに集まるパシャンダ兵は海路帰還が船舶不足で叶わず川を、一度帝都側に船で遡上してから途中でパシャンダ側へ変針して、そこからまた別の川に移ってもう一度海路が使える港を目指すか、陸路で遠路――距離的には野垂れ死にしたり現地の盗賊、村人に殺される可能性が大――歩いて帰るかという予定を立てている者達で疲れ、展望を失いつつあり腐っている。

 はっきり言って海を使わない行程は長期に及び、統制を失って支援も覚束ない彼等には予定でもない予定と言える。

 行き当たりばったりの計画無しが抽出されて集まっていると推測。だから路銀も尽きて盗むし略奪もするし、現地行政官に配給を出せと通じない言葉で怒鳴り込み、全てにおいてはジャーヴァル皇帝の名の下にわけの分からないタルメシャとかいう変な土地で悲惨な目に遭ってきたという被害者の恨み節が乗る。これに加えて現地人は皆、広義の北部ジャーヴァル白人で、広義の南部パシャンダ黒人なんか死ねボケカスという態度である。パシャンダ帝国独立闘争もそこそこ昔の話になってはいるが、当時の子供が親の世代、当時の初老がようやく死ぬかどうかという程度。記憶に良く残っていて風化していない。

 一言で大混乱の渦中。現場に来るまでそれなりに混乱してはいるだろうとは思っていたがここまでじゃなかった。

 街中は朝から晩まで銃声と怒声と悲鳴が響き続けている。食糧を奪い合い、袋や箱を抱え、曳く荷車が子供や老人を轢き殺しながらあちらこちらに暴走。争いで地面に落ちた物を乞食や住民に野犬や野放しの家畜が食い漁りに集る。その隙に泥棒が動く。敬虔な信徒でもなかろうに裸で暴れている連中も多い。道端に転がる糞と小便溜まりも現地人が不満を示す程。

 まだ軍が動いてくれる前提ならば一過性の災害のようなものだが、パシャンダ兵の中には故郷よりこっちが豊かと定住を決め込む者達がいて、そういう者達が出来る仕事と言えば腕っぷし頼りのヤクザ稼業か盗賊。現地人がそういう兵士を用心棒に雇って殺し合わせたりと全く一筋縄ではなく、ジャーヴァル系対パシャンダ系という簡単な対立構造でもなくなっている。

 我々は騒乱の只中にいてはどうにもならないだろうと郊外に野営地を張って遠目に眺めるようにしているが、色んな者が集まっているだけにこちらの異様な姿を見て逃げることもあれば何か美味い話がありそうだと懐いた犬みたいに寄ってくる者がいるぐらいだ。何人か殺して吊るしておけばそういう者も減るが絶対ではない。自殺の名所として、殺してくれ、とまた逆に人が集まり、その死体から何か剥ぎ取ろうとしたり、死肉を漁りにきた獣目当て、また儀式用の内臓や骨を集めに来たりと対策に終わりが無い。あと新しい宗教団体と見られて参拝者が来て、宗教組合員を名乗る者や徴税官が金を寄越せときて殴って、殺して、川に捨てたりと本当に終わりが無い。

 タスーブ藩王が健在ならばまだ統一的に指示を下していたのだろうが、集めた情報によればパシャンダ軍は藩毎に独自判断で行動せざるを得ない状況で、王と呼ばれるような大藩はまだマシで、より小さな小藩、部族単位で行動している者は迷子状態で支離滅裂。こうなれば帝国側で物資を配給しようにもどこに配送し、誰が正統に受け取る者なのか横領者なのか詐欺師なのか盗賊なのか分かりはしない。川沿いは商人が強ければ騙し取りの達人も多く、どこから物が来て消えるか知れたものではない。正式に受け取るべき者が受け取ったとしても、部下や他部隊を置いて自分達だけ海路で帰還するための資金に充てたり、商社を新設したりと目が回る事態。

 そもそもパシャンダ軍の海路帰還が遅れた理由がある。現地の情報を一応はまとめて持っている帝国直属の役人経由で情報員と面会して確認した。

 まずかつてのジャーヴァル海軍の姿が無いこと。龍朝天政海軍との戦いで史上最大級の損害を出して再建が遅れている。

 魔神代理領がジャーヴァル海軍を補強すべきだが、まずは西方諸国海軍へ対抗するために中大洋艦隊の鋼鉄蒸気化による復活が優先された。結果、地方艦隊は尚更遅れる。対アルジャーデュル、対タルメシャにと戦後も軍を使い続けていれば尚更出費が嵩んで海軍に予算が回らない。悪循環。

 民間商船も不足している。先の大戦で多数の船乗りが水没した影響が出ていて乗り物があっても運行要員が足りないとのこと。加えて、船を荒らして壊して物を盗んでいきそうな上に運賃未払いの可能性が大きければ有志の商船も帰還事業から逃げ出す。春頃はその商船も協力していたが、今では港に接岸せずに荷下ろしを中継する船を出さないと中々商売をしないらしい。陸から船を盗もうと襲撃者が出てきて、商船側も銃砲で応戦するなど行政で把握出来ていない程の事件が発生しているせいだ。沖合にいても小船に筏、中には丸太一本、素泳ぎでも海賊行為に出る連中がいるとのこと。

 ジャーヴァル帝国はいつも騒がしいが、ここまでのものは中々なかったのではないか。アッジャール侵攻時の難民津波の時は敵が明確だったからまだ統制が取れていたように思える。

 メリプラ藩王の堪忍袋が何時までもつのか? もう切れた後なのかも分からなかった。そして切っ掛けになりそうな祭日が近かった。

 街の喧噪が喧嘩囃子より祭囃子が強くなる。神を称える衣装を着た信徒が行列を作って歌って踊って楽器を演奏する。見世物芸者に、何時もの修行僧が何時もより気合を入れて芸と奇行を披露する稼ぎ時。

『ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!』

『ラララララ!』


  ラァラァラァラァ

  愛し赤子を世に取り給う大エーベレ、彼女は満月

  憎し子供を世で守り給う大ハラッハ、彼女は欠月

  亡き者を世から奪い給う大ヤッシャー、彼女は新月

  黄色く顔が有り、白く顔が欠け、黒く顔が無く、腰を一つにする六臂の三女神

  私達は大に大たる大男神が去りし時、

  獣のゴドル、黒のアッショ、虫のオググより保護せし賞賛される月の三女神に我々は奉仕します


  三女神に帰依します、三女神に帰依します、三女神に帰依します……

  *繰り返し


  永遠に保護し、養育して下さる彼女達を賛美します

  生死を支配し、一神であった大に大たる大女神を賛美します

  三女神への賛美のため、生贄を捧げます

  三女神への賛美のため、生贄を捧げます

  三女神への賛美のため、生贄を捧げます


 我等がプラヌールも篤く信奉する月の三女神の祭日。女達は特に黄、白、黒の化粧と衣装で飾る。

 大の大たる大男神の世界防衛面相ダーラウードラがゴドル、アッショ、オググの三大悪鬼と戦うため、泣く泣く妻の大の大たる大女神を三つに裂いてこの三女神を生み出し、三方向より迫る大悪鬼と戦わせて時間を稼いでいる内に、遠くにいる他の男神に援軍を要請し、女神に戦うための神々を産ませ、連れて戻って勝利したという神話による。

 尚、これは東北三藩での神話で、別の地域だと話の流れが違ったりしてくる。賛歌とは別に聞かされる”お話”とは細々違うものだ。それぞれの地で影響力の強い神を主役に盛り立てるのが良くある話。

 この祭日は外敵を打ち倒すという機運が盛り上がる日でもある。その黒のアッショとは古代パシャンダ人のことであるとは昔から言われていて、たぶんその通りで、子供の頃から黒人は敵だし信用するなと教えられる。

 ナウザ各所にジャーヴァルの神々は無数に祀られ、その中には勿論三女神象が存在する。その派生の裂かれた分け身の女神像もそれぞれ存在する。

 祭りの日は生贄が特に求められる。

 穏当に今年生まれた赤子を一度供えて、女神の手に委ねて神の子としてから神官が神託を受けて命名して貰い、これから元気に育ちますようにという儀式がある。

 子供を育てられない親が神殿に預けて完全に神の子とする場合もある。優秀なら神官に、そうでないなら雑用の神人にする。神人からまた別の職へと移ることもあって社会保障の役割がある。

 未熟児や水子、病気の子供を女神の手に委ねて死者の世界へ送ってもらう日でもある。当日から日が経っているなら干したり、焼いて骨にされていて、供養がされる。具体的にはヤッシャー神像の口に入れて、裏の取り口から回収して川に流す。川から海へ、水の流れは真実死者の世界へ運ぶ道。

 そして本日、敬虔な神人達が「アッショを捧げる!」と殺したパシャンダ兵の目玉、首、心臓、肝臓、男根、睾丸、血と精液を受けた杯を持ってお供えを始めた。

 街では混乱の中で争い、時に殺し合ってきたが、しかし俗世の秩序の中のことで個人間闘争として話は終わっていた。今日は神様のお許しがある。個人ではなくなった。

 ナウザ市内での銃声に怒声の度合いが激しくなった。刀や槍の白刃が閃く様子も増えた。悲鳴がかなり減っているのは、女神信徒ならば彼女達を尊敬して倣って戦うからだ。絶叫を上げてパシャンダ黒人に飛び掛かって噛みつき、引っ掻き、指を目玉に突っ込む。包丁で腹に背中を刺して開く。

 今日は砲声が鳴った。今度は悲鳴も多く、建物間で良く反響、揺れて埃が舞う。街角でぶっ放したと経験から直ぐに分かる。我が軍も良くやる。

 市街戦勃発。まずこのような状態になったらプラヌール隊は即座に都市中心部から脱出して郊外野営地に集合する決まり。

 野営地に集合、点呼で人数確認してからまずは攻撃されたらぶっ殺すという基本方針を固める。こちらから挑発、積極攻撃するのは控えて無用に敵は増やさないと決める。そしてナウザ各所へ、深入りせず市街戦に巻き込まれない距離で経過観察と主だった事件を書き留めるように指示。

 推移を見守っているとまずメリプラ軍が軍旗を掲げている姿に見られ、明らかに正規兵がパシャンダ兵に攻撃を開始していることが確認された。

 パシャンダ兵は旗を掲げないものの、市街地、民間人を盾に利用して粘り強く戦う姿勢を見せたことも分かった。しばらくして市街の要所になるような神殿や邸宅、監視塔、城壁の一角を確保し、そこに集結すれば一先ず安全だと告げるようにパシャンダ系の軍旗が揚がっていく。こちらも鉄火場にて少しずつ統制が固まっていっている。早期に潰れはしまい。

 全くどちらに攻撃してやれば良いかは判断が難しい。ジャーヴァル皇帝の命令系統下にある正規軍からの支援を受けて行動するのが正しいが、今は音沙汰が無い。その上でその者達が現れたとしても信用が置けるかは不明。ジャーヴァルとはそういうところ。

 肝心の頂点が末端を捉えていないのだからこうなるのだ。皇帝は下が分からず、藩王も下が分からず、部族も分からなければ民衆は上が分からない。全ては神々のみがご存じである。

 ナウザでこうなった、ということは各所でもこうなっていると考えるのが自然。三女神の祭日は各地共通で、数日ずれるのは余程の田舎である。

 一応は初対面ではないパシャンダ兵から帝国連邦軍への支援要請があった。メリプラ兵からもあって、あいつら不当だからとも言われた。「どっちを殺せばいいかわからないからとりあえずどっちか死ね」と言って追い返した。

 紛争制御拠点を作る。我らが骸騎兵隊の本隊が集結出来るだけの規模が相応しいが、ここはコバシットからの最短距離ではない。

 考える。考えるに、現地人部隊を設立する。骸騎兵の拠点ではなく、その攻撃する正面に対し、背面から支援するような拠点。

 民兵隊程度を制御、情報収集して発信する基地を作ることに決定。ここで集めた情報をジャーヴァル皇帝軍に提供するのも良し。

 まずは市街地内でも騒動が薄い地域を選び、三女神神殿を訪問。そして神官に金を掴ませて捨て子達を頂く。下手にあれこれ思想に固まっている大人の審査をして、こういう大義があるからなどと説くより無垢な方が手懐けやすい。

 子供達を引き連れ、道端で衝突した出所が良く分からない者は殴り倒して、子供達に石やその辺の鍛冶屋や金物屋で買った、奪った武器に限らぬ金属器で滅多打ちにさせて殺させる。

「十人で一人を殺せ!」

 それから辻斬りにと、人目の無いところをうろついている者を訓練相手にする。石や糞を投げさせて目くらまししている内に、十人以上で寄って集って滅多打ちにさせて自信を付けさせる。

「それでよし! 腹いっぱい食べるぞ!」

 それから野営地に連れて行って殺した敵を食わせて人殺しと食人を覚えさせる。この混乱する中、市場で食糧を買うよりこちらが手っ取り早いし攻撃性を持たせられる。短期集中の少年兵育成。

 それから市街戦の観察を続けて推移を報告にまとめ、段階的にコバシットへ伝令を走らせながら資材を集め、柵を作って塹壕を堀って拠点を拡張。少年兵を増やし、投擲班、短剣班、小銃班など体格ごとに分けて殺しても問題ないような下層民を見つけて練習させる。染料も揃えば黄、白、黒の三色化粧をさせて俗界と決別させるようにして意識を変えさせる。

 子供を連れて来れば金になると三女神信仰者が訪れたのを切っ掛けに、三女神親衛隊と少年兵部隊に名付けて寄付を受け取って軍資金の足しにして武器も買い集める。これを中核に、集まって来た神人、神官、信者の民兵隊を組織して何時でもある程度の規模の戦いに対応出来るようにする。象徴になる三女神神殿も急造ながら建立。

 この急造民兵隊は絶対に糞雑魚のように弱い。少しでも格上と当たれば一発で崩壊、散り散りになる雰囲気である。だがそれも仕方の無いこと。こけおどしでも、敵対した部隊を一回牽制出来れば良いくらいで考えている。使い切り部隊と考える。ジャーヴァルではこう、何かあればあっという間に人が集まるものだが、あっという間に散ることもある。

 三女神親衛隊を集め、覚えたてちんちくりんの、ふわふわ不揃いに整列――姉がその姿を見て仮面の下から涎を垂らす。汚なっ!――させて柱に掲揚した帝国連邦国旗に敬礼させる。

「お前等の新しい父は帝国連邦総統ベルリク=カラバザル! 大の大たる大男神の世界征服面相、破壊と再生の真なる大男根である!」

 シレンサルの腕無しボケに負けてられない!

 自分を母とし、カラバザル様を父とする少年兵軍団をモノにして認めさせればもう……下の縁からきゅうっときてじょばっ。

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