第419話「赤昇黄輝の計」 ジャン
サイシン半島、賊軍との休戦線に近いコチュウ市。元は単なる農村であったが、軍事的要衝故に都市規模まで拡大。住人のほとんどは兵士とその家族である。家族も兵士の補佐役、軍属として数えて訓練し、緊急対応能力の向上に努めている。
コチュウ市に置かれる南鎮府、会議の間へと最奥から自分が登場する。
提督の上座へ着く前に、着席すれば背負う、壁に掲げた光明八星天龍大旗に抱拳礼。
席に座る。右手側に諸官、左手側に諸将が序列順に列席する。時来りと諸官諸将を集めた。事態を打開し光明をもたらすのが我が使命である。
「天子万歳!」
『天子万歳!』
「光復大臣九千歳!」
『南鎮提督八千歳!』
「天下光復!」
『興人滅蛇!』
「南伐再開!」
『絶対駄目です!』
「何故だぁ!?」
左の席筆頭、南軍参将が立って抱拳礼。
「畏れながら閣下、天子様と光復大臣の承認を得ない大規模軍事作戦は許可されません。そも南鎮府は賊軍の奇襲に対応する組織でございます。タメルシャにおいて遊牧蛮族軍と賊軍が衝突したとのことですが全面戦争に発展し賊蛮合い討つとは限りません。そのような続報ありません。隙がありません」
右の席筆頭、南民参事長が立って抱拳礼。
「畏れながら閣下、同意見でございます。天地人、揃わぬ今に始めることではございません。天子様の承認無く、冬の時頃、人民心構え無くば戦うことすら出来ません。食糧弾薬、天下人民を救済しつつ攻め入るならば完全に不足です」
他の諸官諸将も立ち上がり、そして床に膝を付き列席者全てが頭を下げて『お考え直し下さい!』と合唱。
かの小娘天子に侮られて以来の怒りが頂天に達して天力満ちる。
「降光付体、鉄火不入、超力招来! ちぇりゃあ!」
輝く蹴り足にて机を天井に当て、大義理解せずとも代わりの無い彼等に危害を及ぼさずに済ませる。
「滅蛇興正、これは揺るがぬ!」
諸官諸将、ただ床に頭を付けるのみ。
甚だ不愉快、退室する。
■■■
自室に戻り南伐の理解を得る方法は無いかと思案する。公職である南鎮総督という肩書の下にいる者達は皆、父であるドルホン光復大臣に忠実であの通りにテコでも動かぬ有り様。忠義天晴れと言いたいところだが時勢が見えぬ頑固者ばかりだ。天下は今、怖ろしい悪霊共によって尊厳を踏みにじられており、巧妙にもほとんどの者は気付いていない。
天、地、人。
”天”たる末期愚鈍の小娘レン・ソルヒンは当てにならない。あろうことか”明星”蛮”王”に懸想しているなどという噂もある程の文明人にあるまじき恥知らず。絹の産室からこぼれ出た残り滓。掻き捨てられる前に世に憚るという悪運命が回っている。
小娘は、龍教は蛇共に繋がるとして天道教青衣派の導入を進め、犬のように遠慮を知らぬ青坊主共から覚導者号まで貰って図々しくも生まれつきの馬鹿を認めず有頂天になっているとも聞く。智覚者号を送らぬあたりは生臭共も頼る柱が虫食いだと分かっているようだが。
元よりレン氏は始祖代より青衣派を擁護しており、信心を強めることだけは無理筋ではないが、これではまるで中核中原を捨て寒漠北部へ完全に根付こうという消極の気が見えて来る。認知の病に尻が青い内から罹っているようだ。
興人滅蛇の言を曲げて広め、龍教弾圧の策すら進めようとしている。罪無き人々の尊厳を残虐に踏み付け王道反れる外道に落ちて見目は人のまま性根を蛇にしてしまっている。
光復大臣が皇族は祭祀を司るものとして安易に小娘へ宗教政策に関与させたせいだ。政府内の龍教関係者は尽く別件逮捕の後、濡れ衣から蛇のように皮を剥がれ一族門徒ごと死罪となっている。これが見逃されているとは我が政府は悪霊に憑かれている。悪霊とはレン氏であり霊山の蛇である。あの雌犬を玉座に置かねばならぬと思い込み、不正を見逃したのだ。
滅するべき蛇は龍人なる化生どもであるのに、古い教えを守る人を害しようとは真に愚か。人民を害すれば天下を取り戻すことなど出来なくなる。同志を謀殺するには長けるのに敵謀ることには無能の、棒で叩かれることだけが世に貢献出来る腹の寄生虫を放置してはおけない。
あの世迷い頭の小娘がこれ以上に天政に背いて正統性を損なう前にリュ氏天政を正統とせねばならない。蛇と犬により天下覆ったならば誰かが元に戻さなければならない。
次なるは我が黄陽拳門下にも毒牙を向けて来るだろう。一切万民律動し、長幼を重んじ心身を鍛えて団結し、圧制者に対抗する武力を身に着け、鉄の組織となって社会主義志向の下に繁栄へ向かい、万代不滅の太陽を崇めるという完璧な教えを害して人民を謀略と搾取の災いの下に置くだろう。蛮族に尻を振って喜ぶ悪病付きの酩酊発情犬女はまったく邪悪で取り返しのしようがなく、便所土に鋤き込んで肥やしにする以外に使い道が無い。
そのためにはまず南伐。サイシン半島を掌中に治め、賊軍とアマナを分断して後背を確保してから中核中原へ入る。この”地”を得れば父も止む無しと覚悟を決めるだろう。殺戮と破壊を好む明星蛮王も鴉や蝿のように死臭を嗅ぎつけてやって来て、そして賊蛮合い討たせる。
”人”こそが最大重大事である。
戦うには人がいる。戦うと人が不幸になる。蛮を当てるのは良いが、当てるためにはまず傷を負わなければならない。それだけの覚悟をさせるためには何か必要なのだが、そのような手があれば……。
「何奴」
天上板が外れ、怪しい影が床へ音も無く着地。黒装束……逆に目立つ。
「リュ・ジャン閣下、私はアマナの下賤な乱波にございます」
近頃ウレンベレから追放されてきた寄る辺無き、労農一揆のアマナ人共か。
「馬鹿者、人に下賤も上流も無いわ。あるならば行いだけだ」
「それでこそ御大将」
「何用であるか」
「天下をその手に治めるは今の状況からは奇跡のような業。ならば奇跡を起こす者にならねばなりますまい」
「して」
「御大将自ら、単騎にノリ関へ挑んで下さい。これを一日で陥落せしめれば黄陽の信徒、その光を受けることでしょう」
「信用するに足らぬな」
「こちらも全てを賭けねばなりません。そちらの御覚悟も見せて頂きたい」
「言いおる、アマナ人めが」
「お覚悟見せて頂ければ赤昇黄輝の計、ご覧に入れます」
帝国連邦から追い出された食い詰めの半端者達が全てを賭けると言った。奴等が賭けられるものとは身一つ以上のものは何も無い。
誠意を見せろ、証拠を見せろ、成功確率は何割何分何厘? そんなことに拘る者には良心が無い。やるべき大義があればやるのだ。そこに挟むものはわずかな手間から生じる時間のみである。
「やってみせよ」
「はは」
やってみせねばな。
■■■
コチュウ市より南、ノリ関は非常に近いところにある。多少急げば一日で砲兵を展開し、砲弾を撃ち込める距離にある。
即応性を求めるが故に南鎮府の本部はこの最前線に置かれる。
行く道の脇にある畑は作物を刈り取った跡だ。土も乾いている。家畜も凍えぬようにとあまり長く外には出されていない。仕事とは別に、訓練にて早朝から人が外に出て集まっている。
「降光付体!」
『ハッ!』
「鉄火不入!」
『ハッ!』
「超力招来!」
『ハッ!』
「滅蛇興正!」
『ハッハ!』
我が黄陽拳の門下生たちは”降光付体 鉄火不入 超力招来 滅蛇興正”と黒く刺繍された白い鉢巻を、腰に黄帯を巻く。
地と海の果てから昇る太陽を背に師範が、相対するその多くの孫弟子達と共に、掛け声と同時に拳や蹴りを繰り出した。冬の空気に汗から湯気を出し、鍛錬して団結を強めている。
昨今では武器も充実。徒手空拳の次は銃剣格闘の訓練を行う為か、屋外稽古場の脇には模擬銃剣付き小銃が並ぶ。
声を掛ければあの者達もついてこよう。前線と近いが故に即時に銃兵と成り代わるが、しかし奇跡とするにはそれでは足りぬと思う。あのアマナ人の言う通りであろう。
「リュ老師! 宇宙最高師範!」
気付いた者がこちらに声を掛け、抱拳礼。こちらも返し、そして打拳の手本を一つ見せる。
「だっりゃ!」
震脚、地を揺らして拳は波を放つ。門下生達が沸き立つ。これを目指したいと、特に男の子供達が大地を必死に蹴る。
門下の者達は自分を信頼する。正規軍の連中は子供の使いのように侮り、告げ口が仕事になっている。
やはり奇跡は必要。目が覚めるような奇跡。
「老師、どちらへ?」
「太陽の方へ」
南を指差す。
■■■
夜討ちは奇跡ではない。南中高度に太陽が達しようとする、全てが良く見える時間を選ぶ。
道中、哨戒部隊にどこへ向かうか幾度も尋ねられ「太陽にお見せする」と答えた。幾人か自分の後をついて来て何をしでかすのかと怪しんでいる。
ノリ関には賊兵が常駐している。銃兵、砲兵、火箭兵は長城上。壁外、休戦時に定めた賊領域の境界線間際を騎兵が巡回。そして煮炊きの湯気が壁内から上がっている。
長城の塔にいる見張りがこちらを望遠鏡で認め、警鐘を鳴らして警戒態勢を取る。ついて来た哨戒兵は「危険です、お下がりを!」と言う。丁度、足を止めろと矢が自分の進行方向に立つ。
「何奴!? ここより先は天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝に並び、宇宙を司りし龍帝の名において東護巡撫に任ぜられたオン・グジンが守護する地である! 使者であるか!? 故無くば立ち去れ、さもなくば斬る!」
馬から降りず、矛槍を振るう賊騎兵は己に課せられた偽りの義務を声高に叫ぶ。力強さは良し、しかし倫理を司る頭脳は悪し。
賊徒が天を騙ることにより怒りが頂点に達する。奇跡を起こせと使命が燃えれば天元突破。
天力を込め輝く激声を打つ。
【きけぇい!】
賊騎兵にその乗馬、そしてその一隊は耳より血を流し昏倒する。
【我が名はリュ・ジャンッ! 黄陽拳宇宙最高師範、南鎮提督であぁる! ノリ関の賊兵共、決闘を申しこぉむ! 良心あらば降伏せい、無くば討つ! では行くぞぉ!】
降光付体。天力満ちて身体が光り、超人の力が宿れば歩みは縮地。
長城壁面に足形付けて垂直登攀。
跳躍の後に天を蹴りて壁上粉砕。
内壁に貫手を円に穿ち中央噴砕。
壁内に集う賊兵共に地動の震脚。
【はいぃやっ!】
賊兵、賊人、賊獣が引っ繰り返って地に伏し、下がる吊るし物が揺れ、陶器が落ちて割れて鳴る。掘っ立て小屋が潰れる。
「ジャンが出たぞぉ!」
「ジャン来々!」
「ジャン来! ジャン来!」
賊兵、この事態に小銃担いで奥より出でて、隊列組んで一斉射撃。訓練は積んでいるようだが。
鉄火不入。天力満ちれば雑兵の放つ矢弾など肌を通さず、天に唾吐く如く。
【ほうぅりゃ!】
輝きの受け流し舞にて銃弾流して円に巻き、礫に返して賊の銃兵を薙ぎ倒す。
賊兵が集り出し、口の端に飯粒つけながら小銃を持って愚かにも味方が転がる中で乱射を始める。
【賊め涙も失せたか!?】
回転光流、全弾纏めて掴んで天へ弾く。
【教育!】
腕を上げ肋骨を広げ、限界まで空気を入れてから一喝。
【ッ!】
賊兵尽く倒れ伏す。その中、耳から血を流して白眼朱に染めても力強い足取りで向かってくるのは異形の龍人なる邪の蛇人共の隊。人間不殺なれど蛇人など例外。
超力招来。縮地、前へ、勢い殺さぬ輝きの打拳を当て甲冑肉骨爆砕、蛇人はあるべき姿となる。
集る蛇人、邪悪兵。打拳粉砕、蹴足両断、輝弾発破、一喝脳砕。
「臆するな! あの馬鹿は息切れが早いぞ!」
蛇の賊将確認。賊兵はまだまだ出て来る。あちらもこちらと同様に休戦から今日まで何事かあらば即応との気構えでいた。決闘の相手とあらばそのくらいでなければ拳が鈍る。
賊兵が再び一斉射撃。回転光流……輝きが落ちたか!? 銃弾不入とはいえ衣服を切り裂く。
「後一押し! 龍騎兵前へ!」
蛇馬に跨る蛇騎兵が剛矢を放って突撃する。雑兵の矢にあらず、体操で避け、不可ならば弾く。
矛槍を振りかぶる蛇騎兵が正面左右。震脚で止め……拳銃!? 前面の蛇騎兵の脇より後ろの同騎兵が銃口を見せた。
「お掴みなされ!」
何奴!? と反射で目前に伸びた縄分銅を掴めばそれが空へと、爆風と共に上がる。我が身、空を飛ぶ。
上を見れば何と大凧! その中央にはあのアマナの乱波がいて縄分銅を手にしていた。足の下には突撃を外した蛇騎兵と、粉塵を上げる爆破痕。
「火急にてご免、発破飛翔の術でございます」
「大義。しかし」
「ご覧下さい」
南の方角に赤旗が幾十本も一斉に翻る。
「良いよ塵だし、王制廃止! 労農一揆が大蜂起! それ一揆!」
『一揆! 一揆! 一揆! 一揆!』
喚声上げる伏兵、アマナ人部隊が蜂起。賊軍後背に突撃を開始した。
「あちらもご覧ください」
北の方角に光明旗が幾百本も見える。
『降光付体!』
「呼んだのか!?」
『鉄火不入!』
「僭越ながら」
『超力招来!』
「降りるぞ!」
「門を崩されよ!」
「心得た!」
分銅より手を放し、再び満ちた天力により宙を蹴って目標を失った蛇騎兵を落蹴撃で甲冑肉骨爆砕、蛇人はあるべき姿となる。
【『滅蛇興正!』】
縮地に門の裏へ迫り、蝶番八点の上を踏み砕き最後に閂を砕き、九撃開門。その向こうに門下生達が見える。
【我に続け!】
背を向け、蛇騎兵共へ迫って輝剣両断。
「宇宙最高師範に続け、吶喊吶喊!」
『吶喊吶喊!』
背に門下生達の声を受けることによって更に天力満ち、蛇人を踏み潰し蛇将に迫り足刀首狩り。賊旗手より金風飛龍東護軍旗を奪い、旗を千切り捨て、その竿先に賊将首を突き刺して掲げる。
賊兵共の視線が集まったところでその首を使い輝爆。汚い肉片も光の塵に変える。
赤黄挟撃により賊軍壊走。
【天下光復興人滅蛇!】
『天下光復興人滅蛇!』
勝利。正規軍の手を借りず、短時間でノリ関陥落。”小”奇跡程度にはなったか。
空より乱波が降りて来て目前にて跪く。
「赤昇黄輝の計、これはここに留まりません。我等赤旗の労農一揆勢が火打石の如く火を点け、これを日昇とし、そして何れは南中に輝く黄金の太陽へと至り輝かせるのです。我等の力は自在なれど微小。お父上の天政軍の力は強大なれど未だ不具。焚き付け炉に火を入れねばなりますまい。サイシン半島に火を点け、天下燃え、その後に御大将が天子となって輝くのです」
「ほう」
「更に南へ、止まらず参りましょう。次々と潜伏している同志達が呼応します。御大将が先々より南伐を会議で提案していた頃より準備していました」
「お前等、食うが精一杯ではなかったか?」
「お恥ずかしながら密輸から、海賊片手間に誘拐から身代金取りを南側へ仕掛けておりました。それのお陰で背後に回り赤旗を用意するまでにはなりました。現地にて革命同志、そして黄陽門徒に決起の時を告げております」
「賊事など二度とするな!」
「は」
「立場弱く卑しくば行いもそうなる。今日からは清く正しく生きるのだ。恥じず赤旗を掲げよ」
「は」
「太陽の下で揚げることを許す」
「はは」
「お前等アマナ人は何を望むのか」
「白い米の飯が食いとうございます。麦飯は飽きました」
「そうか! それは大事なことだ」
まずは食うこと、そして美味しく頂くこと。これが最も大事であり、何事よりも欠かせぬことだ。
「しかし饅頭のことは嫌いになるな。罪はない」
「はは!」
素直でよろしい。私は饅頭が好きだ。
「名を名乗れ」
「ただ、ツキメ、と」
「今日より旭日労農大将軍を名乗れぃ!」
「拝命致します」
■■■
ノリ関陥落後、降伏した賊兵を集めて我が軍に下るか否かを選ばせた。下れば良し、下らねばそのまま故郷へ帰るを良しとした。この戦いは正統天政を取り戻し天下万民を安んじることにあるからだ。
解散を前に全兵、旧賊兵を集めて力を見せて正統性を納得させる。
賊将首を刺した棹を地に立て、その頂点に立つ。南中高度に達した太陽を背負う。
「我こそ宇宙天力太上黄陽最高帝! 天下人となり万民救済する者だ!」
そして頭上で合掌し太陽を現し、天力により黄光を発す。
【たぁーいぃーよぉーおぉー!!!!!!!!!!!!!!!】
「最高帝億万歳!」
『最高帝億万歳!』
『最高帝億万歳!』
『宇宙天力太上黄陽最高帝憶千万歳!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます