第418話「遠征の終わり」 ニコラヴェル
チャラケーの破壊成る。大規模都市の占領維持は困難な事業であり、民兵の発生源としないために実行される恐怖戦略は効率的であるかもしれない。信頼関係を醸成して味方につけてどうのこうの、などそんな手間を取るようなこのタルメシャ作戦ではないのだ。
突入部隊の入城後に制圧が確認された地区の見学が許可される。参加希望者のみ集まってその様子を見に行く。”大変に非常な状態なので無理はしなくて良い”ということだが、あの大規模破壊呪術によって何が起こったかは責任者として良く見て理解しなければいけない。隣国の行いは実際の五感で知るべきだ。伝え聞きだけではいけない。そのために親王殿下、将軍閣下などと呼ばれる自分がいる。
土と石と木と肉と骨が混ざった地面は歩きづらかった。沈む、滑る、崩れる、臭い。細かいそれらの吹き溜まりのようなところに足を突っ込んだら怪我と汚れが酷くなるので、杖を突いて雪下の地面を確かめるように進まなければいけないところもあった。鉄片で靴が擦れて傷が付く。
辛うじて形を保っていた建物には、妖精工兵が火炎放射器を持って”ご機嫌”に”笑い”ながら燃え盛る燃料を噴射、というより内部を焚き付けるように注入が行われる。扉や窓だったところ、屋根と壁の穴から黒煙と火炎が噴き上がって黒ずみを広げていた。横穴を程々に埋めつつ中を”蒸して燻して”わずかな生存者の生存率を下げるという手法。また建物自体を煙突に見立てて煙を吸い上げて視界を確保、という理由もあるらしい。
生存者は路上に無数にいた。死者数と同等にその数は膨大。
無傷の者もいて、埃を被って汚れている場合もあれば全く巻き込まれずに綺麗な者もいた。壮絶な破壊に呆けたり、負傷者を助けたり、死体を一か所に集めたり、彼等なりに祈ったりしている。主だった戦闘員は城壁と共に消滅、粉砕した様子だ。非武装ならば助かるかもと武器を捨てた様子も、街角に遺棄された武具を見れば察することが出来る。
破壊の術は火炎を伴ったものではなかったが、その影響で台所から延焼したか火災が各所で発生して消防作業も行われている。良く可燃物が攪拌されたせいか燃え広がる先に事欠かない様子。救済の雨は音沙汰が無い。
突入部隊は彼等に、作業の如何に拘わらず中央広場へ集まるようにと銃口、銃剣を向け、棍棒で殴り、抵抗の兆しが見えるか見えないか、言葉の違う命令に従う素振りが一瞬見えなかっただけでその場で殺害を始めた。この巨大な衝撃の後でも抵抗する気力が残っている者は勿論、即時排除。巻き込みも辞さない。
負傷者は様々。耳から血を流し、破片や塵を”軽く”受けて血塗れ、目が弾けたり顎や四肢が切断され、内臓をこぼして瀕死。想像しうる限りの傷の数が見られる。
重傷には至らないが瓦礫に挟まれて動けない者も多数。顔が見えることもあれば、わずかに呻き声が聞こえるだけのこともある。手を差し伸べたくなるが救助は厳禁。
歩ける負傷者も無傷の者と同様に中央広場へ追い立てられる。
死者は、落ち葉程度の破片から”もみくちゃにした袋”の状態から、汚れている以外は生前と変わらず目も開けたままの者がいる。爆発とその破片効果の範囲は広く、強弱があり、とにかく数え切れない状態が見られる。
目立つ点と言えば、これは昨今の鉄球から榴弾に移行した”流行り”だが、爆風の影響で衣服が吹き飛んで全裸になってしまっていること。布切れと肉体では強度が違うからそうなるのだが、尊厳を何重にも奪って見せる。
爆発が全く無差別なのは当たり前のことだが、牛や豚、馬に象、犬猫に鶏から野鳥から蜥蜴に蟹に魚から虫まで、無秩序に死骸や破片が散乱している。生きて蠢いていることも勿論ある。人間と獣人の区別が難しい例は多数。
その間に突入部隊の後から侵入した部隊が統制された略奪を開始。食料物資の補充、軍資金の調達が目的である。個人的略奪は行われない。都市制圧計画が厳密に定められているせいか忙しくその暇すら無いようにも見える。
最後に中央広場に集められた者達は、またもや銃殺かと思いきや機関銃隊を中心に包囲して一か所に固めるだけで一旦放置がされた。数えるのが面倒な程の人間と猿頭が集まっている。集団を代表して交渉したいと高貴と見られる白猿が先頭に出て射殺される。
この全員を射殺するとなれば弾薬が尽きてしまうだろう。どうするのか?
グラストの術使いがぐるりと囲い、射撃部隊が警戒する中でザシンダルの主神アバブ儀式用の石油――加えて略奪した食用油、香油など――が集団を囲むように置かれた薪や藁に燃えそうな残骸、燃焼物に撒かれて点火。黒煙を噴いて燃え上がり、術による風の操作で煙が全て内側で渦巻くように調整されて毒瓦斯攻めとなる。煙の柱が太く高く立つ。
炎と煙の壁は踏破可能だが、脱出を試みる者には銃弾が走る。逃げようと集団は蠢いて、転び倒れて踏みつけられ、逃げようと他者を殴りながら人海を掻き分ける。それも白と赤の猿頭と人間に他の獣人混じりであり、種族対立すら現れてくる。困難を皆で乗り越えようという状況ではない。
炎と煙の輪の中へ、包囲部隊が街中に転がっていた刃物や鈍器になる適当な物、石から刀までを放り投げて殺し合いを助長させる。
そして通訳官がこう、タルメシャ語で言ったそうだ。”生存者には金と食糧を持って外へ出ることを許す”と。
石油は早々に燃え尽き、破壊時の埃と黒煙の煤、地面の血泥に汚れきり、殺し合いと毒瓦斯効果で累々と倒れ、蠢き、立っていても疲労困憊の者ばかりになったところで咳以外の騒音が止む。
極端な言葉だが”最新科学と最古の野蛮”と記者が覚書に一言書いたのを見てしまった。
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破壊されたチャラケーを後にした。疲労し、肺を病んだ生き残りはタルメシャ人民解放戦線に託される。託された方も何をどうすれば良いかあまり分かっていないようだったが、我々が求めるのは混乱なので敢えてそうした面もあるのだろう。
膨大な瓦礫に混ぜ込まれた死骸が腐臭を放つ前にヤオへの帰路を行く。四か国遠征軍はアルジャーデュルでの保安任務に当たっている部隊以外全てが合流し、行軍の隊列を組んだ。
破壊の以前と以後では軍全体の雰囲気が違うと感じた。共和革命派に教化された現地人達も同様である。帝国連邦軍は流石に歴戦で慣れていたようだが、それ以外は破壊の魔性に病んだ。
気力が萎え始めた者がいる。早期帰国を泣きながら訴える案件が増えた。良く分かる。
気力が空回りする程に漲る者がいる。帝国連邦軍に入ってこの殺戮と破壊の世界に身を投じて浸かりたいと目をギラつかせる様子が見られる。理解はしよう。
疲労と刺激が強すぎたのだ。自分もその影響を間違いなく受けた。
行軍途中、野営地で朝を迎えて朝食の配食が始まる前に身嗜みを整えていた時である。
「お顔色優れませんね」
自分の髭を剃りながら理髪師のアルツが言った。
「疲れたか。食欲はあるが……」
騎兵になるには身長と体重があり過ぎると言われたことがある。バルマンの重騎兵ならなれるとも。それぐらいはいつも食べる。
「薄くお化粧致しましょうか」
「落ちないか?」
「朝の涼しい内の、朝礼までなら」
「では頼む」
このプラブリー地方では夏が近づき始め、気温が上がって雨季が到来しようとしている。雨量と頻度が増えてきており、川幅が広がって水が濁る。河岸段丘が削れて流れ、その上に崩れた土砂が被さる。街道の土砂流出、土石流による通行止めも増え、帝国連邦の術工兵が即時対処する。
何となく遊牧騎馬軍団はこのような水の多い地形では鈍足だと思っていたが、全くそんなことはなかった。馬の蹄が湿気で腐らないように油で手入れしたり、革の防水靴を履かせるなど対処されている。
重量物は連れて来た毛象――毛刈り済み――と現地調達の象が中心になり、牛馬も良く曳き、ランマルカの自動人形も良く補助をして運搬されている。因みに河川艦隊の船はタルメシャ人民解放戦線に託された。これの陸揚げ再運搬はされない。
遠征が始まって以来だが、水分補給時には生水は絶対に避けて濾過した水から煮出した茶を飲むよう指導されており、朝食時もナルクス将軍などは一々食卓の列を上から覗いて回って「生水を飲む反逆分子は疫病媒介者として焼却処分する! 茶と珈琲を飲むことも軍務である!」と触れて回っていた。焼き殺すなんて普通は冗談だが、あのチャラケーの後にその言葉は真に迫った。
昨晩の内に記者や画家、学者達が酒と月の勢いで書き上げた怪文書のような陳情書類を夜明け前から受け付けて整理していた執事のカルケスが、優先度の高いと思われるものから順に読み上げる。口に出す過程で表現が聞きやすいものにされているのだが、それでも耳から脳に変なものを詰められている気になってくる。
水が悪く無ければ飲酒を禁止したいぐらいだ。それでも薬をやる者がいるから変わらないか。
日が少しずつ高くなり、陽が当たり、昨晩の雨と気温差からか地面から湯気のように薄く霧が昇る。茶の湯と陽光に湿気、馬鹿を言うなという呆れで汗を掻いてきたような気がする。
「カルケス、化粧が落ちてないか?」
「額に汗がにじんでおられる程度です。日傘と扇を手配しましょう」
野営地広場にて四か国遠征軍が部隊毎に整列。整列までの間は傘持ちに陽を遮らせ、扇持ちに扇がせて化粧落ちを防ぐ。見栄を張るのが仕事だ。
隊員に欠けが無いか朝の点呼が行われる頃には傘持ち、扇持ちを下がらせてアルツに化粧直しをさせ、隊員達の前に立つ。当直士官が号令を出す。
「気を付けぇ! 頭ぁ中!」
直立体勢になった隊員達の顔が全てこちらに向く。敬礼で返す。
「直れ!」
「休ませるように」
「休め!」
隊員達が休めの姿勢を取る。
「おはよう!」
『おはようございます!』
「本日もヤオへ向けての行軍あるのみである。気温も湿度も上がり、虫が沸いて生物が腐りやすい季節になってきている。不用意に自分で持っている物や、現地人から受け取った物を食べないように。
道も泥濘が多い。靴に穴が開いている者は直ぐに交換、修理するように。人間の足も水から腐ることを忘れないように。
不慣れなこと、真新しい出来事ばかりに今回の遠征は満ちている。良いことも悪いことも幾らでもある。ただ今は目前のやるべきことだけに集中し、着実に日程を消化するように。今やるべきこととは西へ向かって歩き、この地を五体無事に脱することのみだ。以上」
少なくとも我がニコラヴェル隊の皆には、朝礼の度に言葉や表現を変えつつとにかく冷静になるよう呼び掛け続けている心算だ。
朝礼が終わり、野営を解いて西へ行軍。色の付いた汗が顔から出始めたので洗顔。
やはり機嫌の良くない顔が表に出ているのか、カルケスの喋り方が自分がそういう時のそれである。良く観察しないと分からないが、言葉の間隔が少し長くなる。
行軍中に事件が三つあった。細々したものは各隊で対処している。
帝国連邦軍に参加するから離隊すると騒ぎ出した集団がいて、こちらに許可を求めると迫ってきた。軍規違反であり、あちらも急に来ても困るからヤオで大休止を取るまでまず待ちなさいと宥めなければいけなかった。
学者先生の中で宗教研究に熱心だった者が密かに白猿のタルメシャ人である僧侶を連れていた件が今になって発覚したこと。その僧侶は亡命手続きをしたいらしいとのこと。承認が得られるかどうかはともかく、申請されては無視も出来ず書類だけは準備しなければならない。
記者の一人が行方不明ということで行軍を止めないで騎馬捜索隊を出したところ、拳銃自殺した姿で発見されたこと。自己責任と切り捨てたいが、遺族と会社にこちらからお悔やみの手紙を書かなければならない。それから生身で帰せないから焼いて骨にして郵送する手続きもしないといけない。
この疲れ、不機嫌な顔は他人にも分かってしまうぐらいで、昼食時に行軍を止めた時、いつものように前触れも無く何の用事も無くやってきたピルック大佐がいきなり「ニコちんお元気無いのか!?」と言ったものだ。
「遠征は疲れますから」
「元気に元気に元気に……」
遠慮も屈託も無いピルック大佐に手を握られるまま、
「なーれ!」
この手を股間に押し付けられた。
「な」
「元気出た? 勃起?」
何と返事すればいいのだこれは。貴種として社交界ではどうすればなどなど、言葉通り尻に鞭すら打たれ叩き込まれたものだが全く分からない。これが女性なら、ご婦人、お誘いは有難いですがなどなど言葉も出せるが……。
え、これ、どうするの? 家庭教師に無能の烙印を突き付けたい。
「俺じゃ駄目?」
見上げるピルック大佐、少年風が乙女風にも見えなくも……いやいや! 返答の正解は? 歌劇、小説、実体験、噂話、馬鹿話、友達の友達の話なんだけど……知らない!
「あっ同志少佐ならば!」
まさか貴種がたる自分が、あの彼女のそんな上か下か……なんて考えるのもおこがましい。
「元気出ましたよ」
空元気も元気の内と振り絞って笑う。しかし、まだ不安げな顔。では、これか?
「……勃起!」
右の握り拳を上げ、左前腕をその肘裏に当てる。
「やった! ニコちんがビンビン勃起!」
『ニコちんビンビンですよ勃起!』
今までまるでこちらに関心が無かったようなランマルカ――一部マトラ――妖精達が一斉にこちらへ注目して同調。良く響く。人間からも注目。
しまった、これは王族の言動ではない!
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大過無く――煩わしいことはあったが――ヤオに四か国遠征軍軍は到着。
大半のパシャンダ軍はこの都市を去ったが、未だに駐留している者達が多い。先発隊は既にジュムガラ峠を越えたが、後続はまだヤオを出発出来ていないのだ。大軍で徒歩が多く、軍属から民間人連れな上に大荷物で遅いということ。
タスーブ藩王は帰郷の途上にあってこの都市にいない。ベルリク総統はそのことを告げる手紙を受け取ったが「藩王とは筆跡が違い、さることを隠蔽している可能性があります。発覚次第混乱が予期されるので心構えをしておいて貰いたい」と最上級指揮官のみを集めて、既に亡い可能性を告げた。
パシャンダ軍は友軍である。ただし彼等は封建的に分権的で、士気は低くて統制は緩く、賊軍一歩手前は言い過ぎだがその兆候がある。その逝去がもし事実で知られたなら……同士討ちは無い? 食糧に道を取り合っての小競り合いは十分ありそうだ。それを第三者視点で調停出来るとしたらそれは我々四か国遠征軍か。不幸は想定し、起こらないように祈るだけだ。
大移動するパシャンダ軍には混じらないように四か国遠征軍はしばしヤオに駐留することになった。殿の役目を務めつつ、休息して適度に訓練も行って練度を維持する。
ヤオ政権側からは破壊と殺戮の権化と見られており、初めて訪れた時よりも恐れられている。誰も彼もが低姿勢であの猿頭ですら見下した姿勢を忘れていた。
タルメシャ亜大陸中とは範囲が広過ぎるが、その中核地方プラブリーで一番の都である憧れのチャラケーの破壊は驚愕と畏怖で受け取られている。これもまた魔性の魅力か邪に気分が良い。道徳に反するが異教の異民族を力でねじ伏せるのがここまでの快楽と知ってしまうのは怖いものがある。
四か国遠征軍はパシャンダ軍と違い、軍規を厳正に保ち続けた。基本的に不正はしないが、その代わり基準がおかしい。
遊戯として人取り合戦というものを行い、生きた人間を騎馬で追い詰めて素手掴んで千切り取り合って自組の籠に多くの肉を入れる。
ベルリク総統はこれに参加する。ゼオルギ王は試しに参加したようだが肌に合わなかったらしい。我が隊の中でも一番勇敢で残酷な騎兵の者でも「せめて刃物でも使わせてくれれば」と素手での骨肉千切りには嫌悪感を示していた。
コソ泥程度でも掴まえたら広場に生きたままの”にゃんにゃんねこさん”という、尊厳全てを奪った姿にして見せしめとする。エルバティアの”ぱたぱたとりさん”のようなものだ。本当の本当にああなりたくない。
これはランマルカ妖精が中心になっていることだが、堂々とタルメシャ人民解放戦線と共和革命派の広報活動を行っている。目立ったところでは標語の唱和。
『革命は一日にして成らず!』
『革命するには理由がある!』
『革命されなければならない国家がある!』
『支配者が革命を否定するならば、それは正しいからである!』
『支配者がかつて血をもって支配したならば、我等も血をもって独立しなければならない!』
『労働者の解放こそが全種族の救済であり、世界の革命である!』
『世界革命に向けて労働者よ団結せよ! 圧制解放、独立闘争、人民主権の革命政府!』
ヤオ政権側の者達は理解が及んでいないか恐怖があってかは知らないが、明確な反政府言動、活動に対して一切の妨害を行わない。将来的にどうなるかは知らないが、東から勢力圏を広げて来ている龍朝天政とは相容れぬように思える。きっとこの地の戦乱は十年、二十年では終わらない。
それから軍規に関わる、我がニコラヴェル隊を抜けて帝国連邦軍に入りたいという破壊の魔性に憑かれた者達だが、馬鹿な話題であるがベルリク総統に一度相談したところ明確な答えを貰い、彼等に「作戦途中に離隊を考えるような斑気のある者は過酷な我が軍に必要無く信頼しない、との言葉をベルリク総統からうかがった。仮にそのようにしたいのなら遠征終了後、個人的に帝国連邦へ渡るように」と告げた。
自分では説得出来なかったが、魔性の首魁が言うならばと彼等は大人しくなった。仕方ないことだが情けなくもある。まるで寝取られたようだ。”私じゃ駄目なのか”と言いたい気持ちになったが、便所でつぶやくだけで収めた。
亡命を申請してきた白猿の僧侶の扱いもここで決着をつけたかったが、思想の違いがあってこのヤオに預けることは断固と自害を前提に拒否された。”じゃあ死ね”とは文明人が吐く言葉ではなく、心の中でも唱えるべきではないと心がける。
チャラケー政権での白猿は政治家や軍将校、学者に宗教家などの頭脳労働を担当する分かりやすい上流階級であった。外部的な呼称だが祖猿教の主権派に当たる。
一方ヤオ政権では保護動物として囲って飯だけ食わせて日常生活も困難な程に太らせ、病死に至る程に酒を飲ませ麻薬を吸わせて”我が祖を幸福漬けに”にする思想で揺り籠派に当たる。狂気だろう。
そんな狂ったことは当の僧侶も「ニコラヴェル殿下、私は絶対にあのような怠惰で破滅的な生活は嫌です。後生でございます」と、土下座しながら流暢なエグセン語で喋る程。もうチャラケーからの戻る道で覚えたのだ。恐ろしく頭が良い。
学者先生方からも懇願される。異教異国のタルメシャ学問への好奇心に染まった彼等の考えを修正することは不可能と判断して受け入れることにした。ただし、有象無象の亡命者を大量に引き連れるような事態は絶対に拒否するとして納得もさせた。
……させたはずだったが、何時の間にか数が増えてその家族に従者にと一集団が出来上がっていた。せめて手が届く範囲だけでも破壊の代わりに救済すべきかと思い、これ以上の例外は認めないとした。
甘い。甘い判断でまた付け入られる気がしてきた。しかし、自分の役割は鉄の鞭を振るって叩いて縛るものだろうか? と考えれば、多少甘いくらいで丁度良い気がしてくる。
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本格的な夏、雨季到来の中でようやくこのタルメシャの地を去ることになった。本格的な熱帯雨林地帯ではないが、湿潤が過ぎて嫌になってくる。
四か国遠征軍の最後尾がヤオ市側から激しい銃声が遠く聞こえて来たと証言。後にタルメシャ解放戦線が武装蜂起したと連絡が入る。
革命軍である彼等には、我々の殿を務めるように直接指示は出されていないが、そう行動するように仕向けられている。撤退時に不要な銃砲は全て引き渡しがされた。特に重砲のような運搬が難しい物は優先的だ。あのチャラケーを破壊した装備の数々を手にし、熱狂すらしていた。ピルック大佐が”デッカいチンポはデッカい勇気!”と言っていたように。
革命は行軍の後から、我々の足跡から芽生えてくるような形になった。確かに種を撒いて歩いているわけではある。
話し合いにて穏当に龍朝とは衝突を回避したわけだが、革命軍を置き土産にしたと理解したらどう反応するだろうか?
元レスリャジン部族軍のシゲヒロという異形はその手の騒動というか、事件には慣れて達観しているように見えた。
金蓮郡主という異形は教条主義者風だったので……約束に無いからすんなり受け入れるのか、裏切りと激怒するのか、想像がつかない。ナームモンで少し会った程度ではやはり人となりは知りようがない。
進む先に革命は無く牧歌的である。笠を被った農民達が非常時であろうとも田畑で仕事に集中している。その場面だけ切り取ると平時に見えてしまうが、村など居住地域に差し掛かると露骨に住民には怯えられて逃げられる。陰から恨みの視線もある。
帰りの道中、パシャンダ兵が組織的ではないが個人規模で暴行、略奪を働いて取り締まりがされていなかったらしい。戦場の常だが、どうにかならなかったのか?
ヤオから西へ、ジュムガラ峠経由でシャタデルパットに向かう道は巨大な谷底にあるような迂回路の無い回廊部である。雨季となれば広大な山々に降った雨がその底に集まり、河川に湖沼地帯を肥大させ、更に乾季に見られなかった川を浮かび上がらせる。そんな中の突破。雨が辛く、泥濘化も辛く、道が崩れることも辛い。パシャンダ軍が大量に通過したあとなのだから嫌味な程に踏み荒らされている。これは後続集団があまり実感しないことで、先頭集団の術工兵達が絶え間なく作業して道を直している。
今回の遠征で一番に働いているのが工兵達だ。直接戦闘に加わる奴等なんか一発喰らえば死ぬだけで気楽、と言われても反論する気が起きないだろうと感じるくらいに働いている。
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辛い谷底の行軍も山へ登り始めると、道は楽になって来た。熱帯病や馬の蹄割れなど、病気の影響で人馬に損害が現れ始めて間もないところで乾燥地域に入ることが出来た。もし大砲を引き渡せないで意地でも引っ張って鈍足に動いていたらどれ程の死者が出ていただろうかと考える。
山岳部ではパシャンダ軍の行軍が鈍化し、街道が渋滞して停止を余儀なくされることが度々あった。落石、洪水で足が止まったというのならば仕方が無いと諦めるが、山の現地人首長がパシャンダ将校に手配した美少年を巡る争いから発展して藩同士の小競り合いに至るという馬鹿なことも起こる。
アルジャーデュルでは少年男娼風習があって、北ジャーヴァルでもそこそこあって、パシャンダの彼等は長い駐留でその趣味を覚えたらしい。ベルリク総統はそこで、我々では考えられない一計を講じた。
怪我や病気で峠越えも怪しい兵士達に駄獣、本日の食事になる予定の家畜がいるのだが、それらを争っている彼等の近くで射撃訓練と称して的にし、銃弾に倒れても撃ち続けて粉々になるまで集中射撃を加えたのだった。
傷病での帰郷は情けない、家族に負担を強いることとの厳しい考えの彼等なりの合理的な方法であったとも言える。自分の中にはそれを評する言葉は浮かんでこない。
その後、横隊形にて射撃用意を万全にしてパシャンダ軍を威嚇し、前進を促して紛争を調停した。その日と次の朝、食事時となれば砕けた人と獣の肉をわざと分かりやすくパシャンダ兵の近くで料理し、混じった砂や銃弾を吐き出しながら食うという行為も行われた。
敗軍の撤退支援など他所の男の糞が付いた下着を洗うようなものだ。
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デュルガン国シャタデルパットに四か国遠征軍は到着。パシャンダ軍の大半はすでにジャーヴァル入りを果たしたことも確認された。タルメシャ作戦の完了である。
まさかここが安息の地に思えるとは思わなかった。今ならば乾燥と湿潤、どちらが快適かと問われれば間違いなく乾燥と答える。泥はもう嫌だ。
我々は疲れていた。駄獣達も同様で秋になるまでここで休暇を取る。兵士達は直ぐに休みに入り、将校はまだまだそれなりに管理の仕事が残る。階級の高さに仕事量は比例する。
タスーブ藩王の容態だが、ここに来てようやく判明する。公開されたと言っても良いだろう。ヤオを出立する前に崩御し、塩漬けにされて搬送されたとのこと。今頃はジャーヴァル北西部の港から船で運ばれ洋上にいるだろうとのこと。
撤退が完了したことで秘密が明かされたわけである。藩王の死が露見することでの混乱を考えればその策は成功であった。何はともあれ、あまり関わり合いになったとは言えない人物であるが弔文を書いて送ることにしよう。
聞くにタスーブ藩王の人生は間違いなく激動。ジャーヴァルを南北に分ける大反乱時には皇子であり有能な将軍として活躍。その最中で父王――僭称帝――を暗殺してから降伏して被害と混乱を抑え、帝国の藩王へ復帰。妹を皇帝の妻として送り出して外戚となり、実質の副帝となってパシャンダ地方で主導権を握って帝国に貢献した。龍朝との大戦でも活躍し、遠征先のタルメシャにて客死。栄光にだけ包まれたとは言い難く影も濃いものの、偉大な男ということには違いない。相応の書面となると……国にいれば保管書類から参考になるものを閲覧することも出来るんだが。とりあえずカルケスに何回も校正させるか。
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ハンナヘルからシャタデルパット間の電信局が開通したという報せがあり、アルジャーデュル保安作戦に従事していた者達が帰還し、合流してから少し経つ。本国へ電信にて要約した現状を報告。詳しいことは実際の手紙で伝えることになる。
手紙の配送は竜跨隊がハンナヘルまで航空郵送し、そこからは鉄道便で送られる。公文書――報道記者達の記事もこれに含めた――が勿論最優先で、各兵の私信は一人一通までで厚さと重量に制限があり、尚且つ複数人分を一つにまとめる努力――兄弟なら別々にではなく一通、可能なら村単位で一通――をすることになっている。またどうしても出したい場合だけ出すこと、必要性が薄いなら出さないこと、と注意がされた。
公文書をカルケスに託して集配所へ行かせた後、手元にある家族への手紙を見てしまう。一応書いたが、これは必要性が薄いのではないかと思ってしまった。遠慮せず出せば、親王殿下の物ならば断われない、という感じで配慮されるだろう。それがこう、呪いのように足枷になって重たい。
手紙を手にする。便箋如きがやけに重たい。手ではなく足腰に通じる。
竜達が集まる広場を覗きに行く。隊商の驢馬のように身体へ鞄を複数括りつけた彼等の姿を見ればこの紙一枚に浅ましさを覚える。
電信による死傷者報告にて最高指揮官である自分は病気も怪我もなく無事、と伝えてある。それで十分じゃないか。
「殿下、遠慮なさらずどうぞ」
「うお!?」
「これは上から失礼」
頭の上から関節が屈するような圧力を感じたかと思えば、フラル語を話す竜の頭が頭上に、そして”失礼”と首が下がって横へ。顎の大きさは人一人、三度噛めば飲めるぐらいだろうか。
竜は鱗紋様に個性があり、体格で年齢が凡そ分かるので一応個体識別は可能である。この人物は……言語の巧みさもあって、クセルヤータ隊長だ。ベルリク総統の妹アクファルが好んで跨るような、特別な地位にいる。
「公文書とは別に私信を出す程度は構いませんよ」
「あの荷物を見せられるとどうにも」
「担当が文句を言い出すまであと少しですね。ささ」
クセルヤータ隊長が目を細めて……笑った? 愛想笑い? 冗談を言ったのか。
若い頃、先の聖戦で魔神代理領軍にマインベルトで破壊的な、タルメシャよりは小規模だが手酷い攻撃を受けていた時に竜を見た記憶がある。甲冑を着て無敵のようだった。咆えれば人も馬も何もかもが委縮して怖じ気づき、逃げる足が動くだけで勇者だった。怪力の巨体で家屋を薙ぎ倒し、殺意の眼光で人を見つけては巨大な拳で叩き潰して、集めて肉団子にしてそ礫のように他の標的に散弾のように投げつけ殺戮していたことを思い出す。
あの時は隠れていることしか出来なかった。持っていたはずの刀は気が付いたら掌中に無かった。
「さあどうぞ」
「では……つかぬことを」
「どうぞ」
「先の、先の聖戦ではどちらに」
「当時はルサレヤ将軍旗下にて。マインベルトでも行動しておりました」
「甲冑を着た竜はご存じですか」
「それは亡き父タルマーヒラです。目をやられて以来精神の均衡を崩しておりまして……中々、狂暴化しておりました。終戦間際の戦いで、まだ青年将校だったベルリク総統の手で戦死しました。中々の巡り合わせを感じます」
「それは確かに、左様でしたか」
世界は恐ろしく広いが、戦場は思いのほか狭いのかもしれない。特定の専門家が遠路はるばる良く集まる場所だ。
「手紙、どうぞ」
「はい」
竜跨隊の長に推されたのだから、その気はあまり無かったけど仕方なく……と内なる己に言い訳をしながら集配所に趣き、兵士達の列に混ざって並び、譲られても断って梱包係に手紙を渡す。
配送係の中でも体格の小さい、若い竜が何か文句を言ったように口を動かして尻尾も振って待機所の地面から土埃を立てた。そしてクセルヤータ隊長がその竜を尾で殴る。小突いた程度らしいが、人間から見ると若木程度なら引き千切る勢いでドスンと響いた。
配送の包みは縄で厳重に縛られ、弾けそうに膨らんでいる。紙などは一枚一枚は軽いが、重なった途端にそれこそ木塊となる。マインベルト初の蒸気機関を使った機械化製紙工場で”これだけ重ねれば馬車だって通れますよ”と、背丈より分厚い加工前の丸太のような巻き紙を見せて貰った記憶が蘇った。
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休暇が続く。シャタデルパットでの生活には慣れて来たが、逆に油断から生水か煮沸の甘いものを飲んで下痢が止まらないと騒ぐ者が出て来る。その程度。
先に竜跨隊に託した手紙が届く前に、こちらへ送られて来た手紙や書類が陸路、車に揺られて到着している。私信的な物は家族友人の無事や、急病に悲報を知らせる物が多い。借金の督促状が届いたという者もいた。
画家達が今回の遠征で描いて来た粗画に筆を入れ始めている。記憶が薄れない内に完成まではいかなくても、色や雰囲気が見て分かる程度にまで進めている。美しい物も怖ろしい物もあり、名場面的な光景を空想的に圧縮していたりもする。完全に仕上げるとなれば相応の設備に道具に助手まで必要なのだ。あまりその点に拘らないで仕上げてしまう者も勿論いて、今ある完成品を並べて小さな絵画展を余興に開き、デュルガン王を招いてみたりもしていた。
小うるさい案件としては亡命希望の白猿が何時マインベルトに行けるのか、アルジャーデュルで放り出されはしないだろうかと気にしているところ。今のところは学者先生方との問答で新しい本が幾つも掛けそうな知識と情報が引き出されているところだが、用が済んだら捨てられないかと思っているらしい。わざと難解に、遠回しに喋っている可能性があるとも指摘されているところ。
タルメシャ人は故地から外に行けば世間知らずの珍獣扱いされ、先の大戦で争った者の中には――例のなめくさった態度――悪感情一色の者もいるので針山に立っている心地と思われる。頼ったところも疑わしくなるのか。
列車と行軍と戦いで余り進めることが出来なかった各国代表との交流も深まる。大体、それぞれの家庭事情が簡単に分かるくらいは会話が進んだ。
ゼオルギ王とは四国協商成立を前提にした上で、同盟内で下位に置かれることも多かろうということで成立の場合は協力し合おうということで合意。
公的な交流はそれとして、私的な面だと最近出版されたとしてオルフから郵送されてきたロシエの哲学本をゼオルギ王が部下に翻訳朗読させていたことが印象にある。”西方”王族たる自分の意見も聞きたいとその朗読会には可能な限り参加した。
ロシエ語は理解出来るので自分が読んだり、朗読する者と言葉が正しいか検討し合ったこともある。また勿論のことだがあらゆる”西方”哲学、旧ランマルカ王国の思想家の言論を理解していないと難しい話題が中心だったので従軍させた学者先生方も呼び、本場ランマルカの共和革命主義者も呼んでと大勉強会になる。尚、ベルリク主義という”西方”独自の言葉が幾度も文中に出てきており、それに対してベルリク総統は爆笑。その妹アクファル秘書官は「悪魔の如きお兄様主義者」と言いながら総統の肩を掴んでガクガク揺らしていた。
本の内容は絶対君主的なロシエの王道と、共和革命的な急進民主主義と、ネーネト宰相が打ち出している完全実力主義の調和方法を、文書中に用いる言葉からいちいち”原論”のように厳密に定義しながら進めるという中々難読な代物で複数刊構成であった。恐ろしく端的にまとめると”最強が至高”という当たり前の結論である。本ではその結論に至るための方法、手段こそが要点となったので結論だけ分かれば良いというものではなかったことを忘れてはいけない。
四国協商成立を前提に、成立せずとも協調可能な点を”所感”として複数まとめて報告書に出来る程度には交流が進んだ。最終決定権は勿論のこと国王陛下と助言する議会重臣に議員達にあるので自分が出せるのは”所感”までである。
「ニコちん、協商に入ろうよ!」
「私が判断するころではないので」
ピルック大佐からは、以前から四国協商への誘いを受けていた。決定権が無いことを告げても誘ってくるのだが、今日は話が一つ進んだ。
「入ったら駐在武官に軍事顧問団も送れる。比較して人的資源に乏しいマインベルトでも国防が出来るように自動人形に運用方法も教えられる。電信で直ぐに」
「直ぐに?」
「主権者が了承したら直ちに。そうしたら我がチンポコ隊がそのまま行けるんだよ! まだまだ一緒がいいなぁ、だめ? チンポが直入だよ!」
手を握って見上げて来るピルック大佐からキラキラ光線が射出されている。あれ買ってこれ買ってのおねだりなら”うん”と言ってしまいそうだ。アルジャーデュルで少年が争奪対象になるのも……いやいやいやいや。
我がマインベルトはベーア帝国と帝国連邦に挟まれて内陸国となり、事あらば最前線となり超大国の軍事力が最大に衝突する位置にある。それも旧バルリーのような山岳地帯ではなく、国土中央に障害になる山地と川こそあるものの大半は平原。極端な重武装をしてし過ぎることはないくらいに危機的状況にある。あの一体あれば一人の歩兵を十倍とは言わずとも五倍程度には強化出来る自動兵器があると心強いことは確かである。
独自に列強に比肩する軍を作る自信は無い。もし可能だとしても教えを乞わず、武器も同盟国にしか送れないような機密性の高い高度製品を輸入せずに高水準に引き上げるとしたら時間が掛り過ぎて達成した頃には陳腐化しているか滅亡している。
軍事顧問団はマインベルトに絶対必須。報告書でも国にその点、しつこく伝えてある。議会と軍向けには当然ながら、国王親書にも表裏無く純粋に必須と念押しを重ねてあるぐらい。
「私も一緒がいいな、だめ?」
今度はロスリン少佐にも握られる。この無邪気なようで大人びて美しい顔と声に迫られると傾国の魔性というか何かもう意思決定の全権を握られた気分になって力が抜けて”だめじゃない”と言いそうになる。
二人に片手ずつ両手で握られて振られる、引っ張られる。マインベルトにこの二人がやってくる? ニコラヴェル隊の皆に言ったらロスリン信仰団がしつこく上申して来るだろう。
「仲良しチンチン!」
「仲良しマンマン!」
『仲良し仲良し!』
「私に決定権はありません。この遠征で起こったことを事実そのまま国王陛下並びに重鎮方にご報告あるのみです」
「そうなんだ!」
「でもでも!」
『仲良し仲良し!』
誰か助けてくれ。
■■■
残暑が去る気配が感じられる秋。冬を前にシャタデルパットでの休暇を終え、ハンナヘルに戻って積雪が深刻にならない内に帰国する時が目前に迫る。遠征の終わりだ。
この休暇は、アルジャーデュルを抑えつつパシャンダ軍を確実に送り出し、タルメシャの争乱を、ジュムガラ峠を越えて持ち込ませないためでもあった。尚、ヤオに打ち立ったタルメシャ解放戦線は革命闘争のために全タルメシャ封建領主達へ宣戦布告して熱狂の下にあるもよう。龍朝とも戦闘が始まったと聞く。大砲に勇気が刺激されたのは間違い無さそうだ。
龍朝としては我々が残した難題に対して怒り心頭かと思う。直接の抗議は来ていないらしいが、報復のように一つの醜聞が広まった。それはケテラレイト第三代魔神代理がジャーヴァル皇帝だった時にタルメシャを紛争中立地帯として設定した密約の暴露である。これは直接の暴露ではなく出所不明な噂の伝播で、あちらに抗議しようもない。こちらが革命政権を残して龍朝を牽制したように、あちらはジャーヴァル帝国に植え付けられていた紛争の種を芽吹かせることによって牽制を成したのである。
紛争中立地帯の設定は、道徳的に褒められるかどうかはともかくとして現場感覚では合理的に思える。何を不徳とするかと言えば、当時は帝国連邦軍が激しい戦いを繰り広げていた時期で、勝手に休戦して魔神代理領共同体同胞を助けるという義務を放棄したことにある。たとえ己の戦線が負け戦であろうとも敵に負担を強い続け、勝ち戦の戦線を助けることが出来る。それを途中で放り投げた。当の帝国連邦軍はさして気にしていないようだが、問題提起は可能か。
その問題提起から拡大解釈や意図的曲解、不徳に対する懲罰などと言って一騒動起こすことは強引に可能。着火待ちの火種は暴発する機会を常にうかがっているものだ。
自分には理解出来ない程にジャーヴァル諸藩国はまとまりが無いらしい。ジャーヴァル帝国地図には表記される”大”藩、されない”小藩””属藩”に宗教と民族勢力図が重なっている。街一つ取っても街区毎に対立構造があるという。
女神党という宗教派閥はとにかく帝国に反発したくてたまらないらしい。現皇帝が神々の夫に相応しくないとか無茶な抗議をしていたそうで、一時は落ち着いたが再燃中とのこと。
パシャンダをまとめていた実質副帝であるタスーブ藩王の客死は間違いなく一騒動をもたらす火種になっている。ザシンダル藩王国の宮廷がどうなっているか、国葬が執り行われたという程度の情報しかこの遠隔地に届いていない。継承争い、派閥争いになったら争乱の種である。
不安要素が、こちらが知っているだけで二つある。しかしここから先は彼等が決着するしかない。遠征はもう終わるのだ。
遠征というべき期間は掛かったが、我がニコラヴェル隊はほぼ帝国連邦軍とランマルカ軍を後ろから眺めていただけだった。四国協商交渉に向けた判断材料を多数母国に送ることが出来て、壊滅的な被害を受けたわけでもないので成功とは言えるが……それ以上は不幸である。しかし不幸で己を売り出す軍隊としては少し、足りないか?
「お代わりいかがですか?」
帝国連邦軍からは定期的に、非常に美味しいお菓子が四か国遠征軍の全員に配られる。これもまた今日までの毎日の楽しみだった。帰還の日取りも決まり、食糧の余剰分も計算がついて最近では冬に備えてと言わんばかりに食事やおやつの量が増えている。
「では貰おうか」
太って帰国したら何と言われるだろう?
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