第417話「チャラケーの破壊」 ゼオルギ
ナームモン包囲作戦を行っていたトルボジャ軍から竜跨隊、航空伝令が到着。ラシージ副司令はベルリク総統、タスーブ藩王の承認を得て無力化後のナームモンを龍朝天政へ正式譲渡。それと同時に通行権を得て後方連絡線を、他国に依存する形ではありながら確保した。
通行権が保証されるかどうか? 信頼の度合いだが、天政威信に懸けることになるので”大事”なければ多少不都合でも堅守してくれるらしい。
ナームモン勢力圏からの退去の必要が生じたトルボジャ軍は広義解釈により南方へ”後退”して当初の作戦通りに自称タルメシャ帝国帝都チャラケーへ進軍開始。距離は長いものの、平時から頻繁に利用される川沿い街道なので比較的快速とされる。
こちらジュムガラ軍も順調に森林や藪を焼き、焦げた大地としながら進軍中。
かつて父がマトラ山中へ攻め入った時も焼き討ちしながら側面からの攻撃を防ごうとしたらしいが、中々に惨憺たる状況であったと聞いている。
現在の我々もそう惨憺たる状況に置かれるか? まず地形が違う。マトラ山は当時の基準では極めて強固な防御陣地と化していた。プラブリー平野は精々、道行く村や都市が防御拠点化されている程度。
側面からの敵非正規兵の攻撃は止まらず、被害も止まらないが最小限に留まっているだろうか。森林や藪が灰になっていなければもっと悲惨だったことは間違いない。それでも身体に灰を塗りたくって猿の顔が伏兵として襲って来るのは中々恐怖を掻き立てられる。
敵は罠を張る。単純に落とし穴から仕掛け弓。落とし穴は簡単に、膝下まで落ちるような浅いものばかりで木の杭がふくらはぎに刺さるようになっていて糞が塗ってある。水の精製呪術と治療呪具が無ければ脱落者続出だっただろう。
敵は最低でも三人組で行動している。穴や倒木、岩の下にも隠れていて攻撃後は明らかに退路を意識して逃げる。
中には熱狂的に爆弾を抱えて特攻してくる者もいる。赤猿のプラブリー人は多少頭が悪い代わりにそういった自殺的な攻撃に抵抗が無いらしい。この自爆戦法は被害者が良く出た。実際、自分の目前にも現れて――長期に屈んだ姿勢を取っていたようで歩きがよろめいていた――近衛が庇ったおかげで死なずに済んだ場面もあった。このような場面にシトゲネ、サガンも連れて来て良かったのかと少し悩んだ。
「サガン、彼が近衛の鑑だ」
近衛兵達に聞こえるように言って、散った英雄の遺体を自分も参加して集めて棺に納め、遺族への感謝状を書き、年金の増額や勲章の授与を指示しておく。サガンにもそういうやり方を教えておく。後はそう、動揺しない。
被害は出る。対策もされる。敵との戦いは長く続く。
目の良いエルバティア兵の偵察支援の中、軽歩兵と防盾付きの機関銃を車載する車両隊が防御を担当。機関銃車両は足の軽い”要塞”で馬で曳けば早い、象で曳けば斜面も難なく、駄獣を危険に晒したくないなら手押しで問題無い。
グラスト術使いが地面を唸らせる波、焼ける蒸気の霧で道を掃除する。怪しい地点には騎馬砲兵が砲撃。敵のいるいないは後回しで吹き飛ばす。
これに加えて遊牧騎兵が高い馬上から狙撃仕様小銃で対処していることもあるが、弾避けや敵捜索用に人間尖兵を使って本隊への被害を未然に防ぐ。
タルメシャ帝国における人間は兵士になることすら出来ない程に下賤で過酷な労働に専従する驢馬みたいな存在とされる。種族意識の差が決定的にある。その中でこちらが人間を尖兵として最前面に立てれば孤立化し、寝返ることもなく背中に機関銃を意識しながら働く。酒付きの食事と給金は残酷であるのと対照に十分手当され、現地人娼婦も充てられ、死傷者率が高い程一時金が配当されて逃亡率を下げ、何度か生き残れば尖兵を督戦する立場に昇級すら出来る。接待の基本は”飲ませ食わせ抱かせ”であるが、出世争いまで付け加わるとただの抑圧された一階層ではなくなる。皆、それぞれに自分が良くなるようにと考えて個性が現れるのだ。意識の共有が崩される。
死傷や逃亡で減る人員は道中で拾い集められて充足していく。わずかな期間で新人と古参で差がついていく。歩く肉の城壁は日が経つに連れて階層化されて強固になっていった。
兵力の現地調達とは荒っぽいやり口であることは変わらないと思うが、そこからの運用が組織的。侵略すればする程兵力が増加していく。
更に、最近になって実験が始まる。現地の人間に今まで上位だった白と赤の猿達をとことん虐待させた後に”お前達はやれば出来る”と認識させた上で共和革命派の思想を伝授して”タルメシャ人民解放戦線”を組織させて現地に革命政権を樹立させようというもの。思想が根付く程に成育するかどうかは全く不明だが、一度これをやられた我が国は大変な目に遭って、今もその最中とも言える。個人的には成功の見込みがありそうな感じだ。
かつて父が戦った時の”マトラ軍”は国力を絞り切るような戦い方だった。未来を狭めるような国土防衛志向。
それが拡張した帝国連邦軍は敵領と人民を喰って太り、その贅肉部分を使って芯の筋肉を温存しながら帝国的に拡張する攻撃志向。
我がオルフは現在、国土防衛志向であろう。戦争すればする程国が疲弊して問題が発生していくような展開しか見えない。攻撃型へ転換するとなれば……四国協商か、それ以上の帝国連邦加盟しかないだろうか。そもそもその必要も見当……正解を教えてくれる賢者はいないのか?
拡張攻撃志向で動いていると何やら足元が危うい気もする。そんな不安を自分は感じてしまうが、現状では勝つべくして勝つ動きである。
冷静に状況を整理しながら一方的に侵略する優位を持っているのが我々四か国遠征軍。
内憂外患を抱えたまま長く疲弊して来た上にそうされる劣位に立たされているのがタルメシャ帝国。
後は間違いを犯さないように慎重、確実に隙を逃さないこと。これが出来れば誰も苦労しないとも言える。そうなることが勝利への方程式か。
全ては帝国連邦軍務省による事前準備の賜物。我が国もあらゆることを想定する……専門の戦略研究室のような部署を立ち上げるべきだろうが、全て宰相府に丸投げである。付け加えるなら、各公を集めた会議の時に何やら、思い付きか哲学論議じみた提案が、良いか悪いかの検討はおよそ差し置かれて合議を得る上で足されていくだけか。それを否定して見せるのが王の役目の気がするが、今のところそのような見識も権威も有りはしない。
特に権威が足りない。協商に参加せずとも、連邦に参加せずとも、もし彼が総統であったならば、と言われるようにしたい。全くその道へ進む方法すら思いつきはしないが。
帝国連邦がいつか崩壊することがあれば残党を糾合する時にも役に立つ。後継を僭称するにしても手がかりは多い方が良い。そう考えもするが、相手の壮大さに対してこちらのなんと矮小なことか。
難題を考えているとゲチク公が話し掛けて来た。
「陛下、ああ、余り言葉がまとまっているわけじゃないんだが、イディル王の征服が始まるまでは、そんな北の遊牧民だからってそんなに戦争ばかりしていたわけじゃないんだ。小競り合いに盗賊はしょっちゅうあったが、派手に殺し合うぐらいなら話し合いとか当事者同士だけ吊し上げて解決とかもっと穏当なもんだったはずだ。俺の親父や爺様の代になるが、そんな感じなんだ。今日みたいなこれはやっぱり普通じゃない。こんな時に大成功する奴がおかしいんだ」
「ありがとうございます」
「いや、そう、うーん、失礼」
■■■
まだまだ雨季の到来が遠い春の始めにジュムガラ軍は帝都チャラケー郊外に到達する。その帝都近郊にてタルメシャ皇帝率いる皇帝軍がジュムガラ軍を迎撃しようと大軍を整理し、巨大戦闘陣形を築こうとしていると偵察隊から連絡。構えは街道沿いにやってくる敵主力を正面から大軍で受け止めようという正々堂々たるもので、あちらの属領軍が集まり切っていないが五万以上の兵力を観測初期に確認した。
その陣形を築く兆候を知ったベルリク総統は親衛隊を率いて、敵の斥候や情報員を混乱させるために前兆も無く夜間に出陣、一日走り通しで急速接近し、夜明けを狙っての毒瓦斯火箭と遠距離騎乗射撃を一方的に浴びせて一撃を与えた。そうして注意を引いてから南側へ移動し、街道正面を向いていた陣形整理中の皇帝軍に更なる陣形転換を強要して本来の能力を奪う。移動後は騎兵機動力で有利な位置を確保し、機関銃を装備し、グラスト術使いが防御陣地を速成することにより従来の騎兵では考えられない防御力を発揮して敵の攻撃を全て粉砕する。敵が砲兵隊を向けてくればその騎兵機動力で逃げて次の位置を確保と追い駆けっこのようになり、まとまりを失った敵陣形を南側へ更に引っ張り崩す。
総統と親衛隊に遅れながらジュムガラ軍本隊は帝都近郊に到着。騎馬砲兵隊を先に展開して榴散弾で砲撃。主な砲撃目標はこの時までに空と地上から観測した敵砲兵、ついで敵指揮官級の居所である。皇帝のチャラケー本軍と属領軍という構成上、派手な軍装――一つか二つは世代が前の、背の高い帽子と色彩豊かな服。隊の見分けがしやすくて指揮が執りやすい利点がある――から旗から別物で、指揮官のところには目立つ主旗が掲げてあるので目標選択に苦労が無かった。この騎馬砲兵隊も同じく機関銃隊を擁して高い防御力を発揮して敵の突撃を撃退、砲撃の邪魔をさせなかった。
更に遅れて我がゼオルギ隊や現地兵など、全てが騎馬兵力ではない者達が到着する頃に皇帝軍はチャラケーへと撤退を開始していた。竜跨隊の伝令により、プントワク川上流側からピルック隊が率いる河川艦隊がトルボジャ軍の先遣隊として到着したというのである。
竜跨隊という尋常ではない伝達手段を持つとはいえ、この壮大な機動作戦を実行する計画力と敵に行動を強いる強制力は次元を超える。目前の事態に集中せざるを得ない状況で別方面から一撃……自分の頭と軍で似たようなことを再現出来るか? 空想上でも部隊が動いてくれない。
「また難しい顔」
シトゲネに頬をつねられて横に広げられた。
「表情に出してない」
「でも分かるー」
無能が無駄に考えて将兵に不安を与えてはいけないか。
■■■
本隊の消耗は限りなく抑制され、賊軍の如きのタルメシャ革命兵は増え、また革命因子を周囲に根付かせるために速成教育された者達が散っていった。単純な理解として支配層である猿頭を殺し尽くして田畑を人民で分配しようというものなので明快だ。伝播は素早いのではないだろうか。
共和革命派宣教師達の話術は不思議と説得力があって、幾つも反論があっても見事に納得させて取り込んで行ったものだ。詐欺師とは話を始めた時点で負けであろう。
チャラケーは川沿いにそびえる巨大な、人口数十万に至る大都市。祖猿の宗教的権威もあって富の集中度合もこの亜大陸では最大級で、寺院の一部である黄金塔が林立する姿が壁外からでも見える。城壁も防御的実用性を越えて彫刻彩色にて華美。このような栄華の大都市を何も知らない田舎者が見たら平伏すだろうという構え。これを破壊する。
本格的な包囲はトルボジャ軍の主力砲兵隊の到着を待って、このチャラケーに集中しつつある敵属領軍兵力の逓減が行われた。
騎馬砲兵、車両隊を中心にする正面部隊を定めてチャラケー正門側を管制する。市内から人と軍を出させず、入れずと牽制。高度な機動戦術に組み込めない我がゼオルギ隊がここに配置される。情けない話だが我が隊は足を止めて防御、防御反応の一部として騎兵突撃を敢行する、ぐらいしか帝国連邦軍を邪魔しないで行動を取る事が出来ない。運用方式の違いと言えばそれまでだが……。
都市の外からは続々と帝国属領軍が集結中である。これは騎兵戦力で機動的に各個撃破を行いつつ、捕虜や通行人や周辺村民などなど、革命烈士となる意志の無い者達は全て処置がされる。属領兵なら目玉を抉られてから本隊へ送り返され、行く当ての無さそうな者達は”生面”を縄に通されて木々や村の建物の間に吊り下げられ、残る部分は属領軍が使う道の真ん中に生に腐れていく障害物として設置される。チャラケーに集合してはならないと見た目で教育し、昨日までの保護と貢納の関係が終焉を迎えつつあると気付かせていく。撤退する属領軍も時間を経る毎に目立つようになってくる。
小規模な属領系都市国家の宿命だが、遠征軍を出すと自国防衛すら危うくなってしまう。留守を誰かに狙われるのが恐ろしい。その誰かが別の属領軍ということも、この帝国崩壊の前兆を見れば有り得る。そう空想が及んだ時に”我が家族の為に”と逃げずにはいられなくなる。中央統制が効いていない勢力は遠征の失敗で崩壊する。
黄昏を迎えるチャラケーの都市そのものは今この場で存亡の危機に立たされていることを理解し、住民総出で防御工事を実行中である。我々の行いは残虐であり、トルボジャ軍もジュムガラ軍も同様で、その噂は皇帝側近のみならずチャラケー市民全てが知っているところ。
城壁の外も内側も強化されていくのは地上と空から観測される。建物間に障害物が設置され、新規の壁に胸壁、塹壕が築かれて迷路化がされる。屋根に穴を開けて板橋が渡されて立体的に強化され、姿を隠すように服や絨毯に布団から何から布類を縫い合わせて横断幕も複数見られる。窓も何らかの隙間も全て銃眼となるようにされているとのこと。塹壕連絡路の他に地下通路も応急ながら掘られている様子が出土量から推測されるそうだ。そして民兵達、女子供も含めて応急的ながら各所で軍事、消火訓練に集中。とにかくやれることは全部やっているという様子。単純に突入した時、相互の被害は凄まじいものになる。
帝国連邦軍の残虐な行いは、単純に住民量を削減することにより占領費用を軽減させ、後方の憂いを物理的に断ち、恐怖で抑圧出来る一方で前方の障害を同じく恐怖で増強させる可能性を孕んでいる。障害を増すことは侵略行為を困難に導く悪い行いだが、彼等の軍事思想においては”敵の最強を粉砕して再起不能とする”というものがある。戦力に”受け止める胸”と”振り回す腕”があるとすれば、胸そのものを破壊してしまえば良いというもの。圧倒的な脅威を胸に与えて小うるさい腕を使わせなくする。
かつてバルリー共和国は、帝国連邦軍による長期に渡る攻撃準備と挑発行動に対処するため、財政を傾かせてまで国境線へ戦力を集中させて準備を整えた。そして圧倒的に上回る戦力にて正面から完全粉砕されて以後、まともな作戦行動も取れず、ほぼ一瞬と言える期間で消滅へ至った。国境線突破の時点で最強の胸が破壊されたのだ。そうなればもうどうしようもない。
タルメシャ帝国はこのチャラケーへほぼこの決戦に間に合うように大軍を集結させて、野戦でまず機先を制されて敗北し、籠城戦を挑んで打開策が――激烈な市街戦をこちらに想像させて突入を諦めさせるというのは消極策でやはり展望が無い――見えていないように思える。解放してくれるはずの属領軍は今のところ、機先を制されて一時敗退したことが祟って合流が敵わず全て追い返され、留守を狙われる恐怖も時間とともに増加して離散すら始めている。
広範囲に散らばる敵戦力を各個撃破するのはやさしい部類かもしれないが、その全軍を撃滅させることは困難である。一か所にまとめて潰せればいいが、そうそう思惑通りに動いてはくれないものだ。今回はジュムガラ軍とトルボジャ軍が派手に虐殺破壊をしながら進軍してきたことと帝都チャラケーを目標とすることでその思惑が成功している。敵皇帝軍の立ち上がりを失敗させたことにより、あまつさえこのチャラケー近郊で各個撃破さえしてしまっている。
狙って実行したのか、偶然このような状況に至ったのか、ベルリク総統が描く戦争計画を聞いてみたい。
なので、聞いてみた。
「ベルリク総統、この状況は狙ったものですか?」
「降って来た幸運を逃がさないことですね。偶発的な成功は幾つもその辺に、瞬きの内に消えるが存在しています。今回はこれを掴みました」
「秘訣はありますか」
「戦争準備は確実丁寧に、出来ることを出来るだけやっていれば掴む手は自然に何本も生えて来るものです」
「にょきにょき」
総統の妹アクファルが何か、理解しやすいように付け加えてくれている。
「掴んで離さない”握力”は平時からの準備で培われます。幸運は鉛のように重たいのですよ」
「にぎにぎ」
「そしてやはり見逃さない軍事的な動体視力でしょうか。これだ、と思える閃きがあればこそそういうことが出来ます」
「しゃきんしゃきん」
「その閃きですが、私も若い頃は理解が難しかったものです。蒼天の神が告げたのか、などと気が狂ったかと思った時もあります。最近思うのは知識と経験の積み重ねから、この状況でこの行動を取ると事態が好転して、その好転から良い戦略、戦術的な循環が生まれる可能性が得られるだろうと直感が告げた時がそれです」
「ぐるぐる」
「次々とその直感がやってくるかもしれません。それを見て掴んで物にするためには行動力と強い軍隊が必要です。危うい綱渡りのような行動と感じるかもしれませんし、実際そうであろうと思います。勝ちが続く博打では上滑りしそうな恐怖がやってきます。その時に確信を持って動き、信頼を持って任せることが出来る軍を持っていればその勇気が自然と沸いて出て来るでしょう。実戦経験を積んで研究して出来れば実弾を使った大規模火力演習を繰り返すことが大切です。経済、工業力も大事。基礎軍事力があれば単純な行動でも相手を捻り潰せます。また単純は洗練とも言えますので、ここから先は終わりの見えない哲学論ですかね」
「流石お兄様」
「流石総統閣下」
■■■
トルボジャ軍が遂にチャラケーへ到着する。今までが通行を封鎖するだけの”軽”包囲ならば、都市中央から城壁まで破壊可能となる”重”包囲となろうか。各所に砲兵陣地が揃い、本格攻城戦という様相。敵属領軍はほぼ逃げ散るか、かつての宗主国の村や街を略奪している最中。
帝国連邦国外軍は面子が揃ったことにより元より高い士気を盛り返し、術工兵が中心になって元気良くチャラケーを囲むように水濠、運河を連結しつつ新規に水路も拡張中。その工事を邪魔されないように城壁の砲台や銃眼に塔など防御施設は砲撃で破壊されている。壁内へはほぼ砲弾を送り込んでいないところが一見すると不思議である。
かの有名なシトレ破壊の大規模破壊の集団魔術が実行される。規模は噂の通り、実行方法はまるで未知。膨大な水量を管制下に置くことが重要であると工事の風景で分かる。
この破壊魔術により城壁並びに市街地を吹き飛ばした後に都市中央へ向かって部隊が突入して残存守備兵力を撃破し、後に住民を見せしめに虐殺し、建造物を破壊し、自称とは言え一応はそう名乗れるだけの規模に一時は届いたタルメシャ帝国の中心都市を消してしまう。そうすれば都市間契約を頼りにするような伝統下にあればそれは帝国崩壊に直結する。その後に訪れるだろう混乱は現在、ゆっくりと後退中のパシャンダ軍の背中を守るだろう。龍朝軍も事態の急変に対処し忙殺されるだろう。全ては絶対ではないがやらなければその状況に落ちない。
折角ここまで遠出をして非正規兵を少し相手にした程度に留まっている我らがゼオルギ隊、全く働いていないと考える。
「突入の先陣は我々ゼオルギ隊が務めたい」
数か月振りに四か国遠征軍指揮官級が揃った会議にてそう発言した。発言してから恥ずかしくなり、間違ったことを言ったのだと気付いてしまった。若さを言い訳に使って良いだろうか?
「申し出は有難いですが、迅速で丁寧な市内制圧行動というのは専門的な訓練と装備によって実現されます。ただ勇敢な銃兵如きでは遅いのです。合同突入もいけません。狭くて曲がり角に何がいるか分からない場所では連携が取れていない友軍は敵と同じです」
ベルリク総統に否定される。妖精に人間の各将校もこれと言って変な視線は向けて来ないが。
「失礼しました」
このまま大したことも出来ずに帰国するのは悔しいのだ。大きな損害も無く無事に、というのも理想であるが。
■■■
月と星灯りの下、一日の内で一番気温が低いであろう時間が選ばれた。術工兵が、流水が遮断された水路網に湛えられた水を術にて氷結させ、水底まで凍結しているか掘削検査がされて合格となる。そして氷面に呪術刻印が施されていく。
大規模破壊呪術が発動される。魔術と思ったが、新大陸由来の呪術が正しいらしい。どう由来、応用かは秘密であった。グラストの術は”秘術”と呼ばれることもあって言葉通りとのこと。
想定される爆発危害範囲にある包囲第一線から部隊は引き上げ、予備とされた第二線にまで引き下がる。
塹壕に隠れ、様子見に市内から出て来た敵を夜目に優れた狙撃兵が射殺。それらしい兆候が認められた時は目視前に砲兵が砲弾で黙らせることもある。
水路から第二線まで細い、爪先も入らないような溝が掘られた長い木板が渡されてその端に術発動員が待機し、手には特別分厚い鋼鉄の小手が嵌められる。その側には治療術に優れた者が待機。従来は術使い一人を生贄に捧げるものだったが改良されたそうだ。
夜明けを待ち、ニコラヴェル親王が連れて来た記者や画家達に一番良い席が割り当てられる。遠征軍の”お客”である自分等、国外軍以外の高級将校以上の良く見学出来る席に着く。
チャラケーの破壊は必要に駆られてということもあるかもしれないが、一番は我々への宣伝だろう。圧倒的な力を見せつけ、同盟内で優位に立とうというのだ。
「手で耳を塞いで、口を開けてくださーい! 耳を傷める危険性がありまーす! 動物も注意! 暴れる可能性がありまーす!」
妖精兵が第二線各地で注意勧告をしつこくして回っている。通訳も同様。
皆が耳を塞ぎ、口を開ける。そうしない者が肘で突かれてそのようにする。サガンにシトゲネは大丈夫。変な顔と、笑う雰囲気はあったが、狙撃兵がまだ敵を少しずつ殺しているのでそうはならなかった。
グラスト術使いが一定間隔で第二線に立つ中、発動の合図を出す者が手旗を上げる。
術発動員の小手を嵌めた手が血を飛ばして跳ね、溝堀りの木板も弾け、一瞬遅れて水路網が都市全周をめくり上げて粉塵が膨れる。その姿が見えて、遅れて爆轟音が……巨大であるがしかし妙に小さい。一枚壁を通したように曇った。地面の揺れは見た目相応、地震のよう。
天に煙の柱が伸びて薄い雲を押し退ける中、見えぬような壁の内側では爆風が荒れ狂って反射し合っているように見えた。外の我々側では埃が目に入るような強風こそ吹いて、戻す風が吹いた程度。
チャラケーの城壁、壁外街は根こそぎ消えた。内側の市街地は瓦礫になり、中心部でまだ崩れていない建物の屋根は穴だらけ。黄金寺院群は金より黒、灰が目立つようになった。その大廃墟へ更に噴き上がった瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「退避! 退避!」
危害範囲の第一線内にも降る。第二線手前にも降る。観客を気取っていた我々も第二線の塹壕内へ隠れる。その後に散乱する物を見れば、着色した物も混じって石片、木片が見える。毛が生えた何かの肉片もあった。埃や砂がまだ降っていて、頭に被ってしまった。
「全たーい……前へ!」
そして刀を掲げるベルリク総統を先頭に、号令ラッパが吹奏されて帝国連邦国外軍の突入部隊が前進を開始した。砲兵隊が、粉砕された市街地へ重ねて砲撃を開始する。
このような大都市の廃墟を瞬時に作り出し、何者をも殺し尽くせばあらゆる者達を屈服出来るだろうという企み。
たとえこれから同盟者となるにしても対抗策は考えないといけない。全く分からない。
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