第415話「この遠征がどうなるか」 ニコラヴェル
タルメシャ作戦における戦力配分が決まる前のこと、カサチシ市にてゼオルギ王と初めて個別会談を行う機会を得た。通訳を介さないで行いたかったが、若いゼオルギ王はフラル語をまだ勉強中で障りがあるらしい。
手探りに何から話そうかと頭の中に貯めてある雑談から何種類か引っ張り出そうと思ったが、噂の瞳術に口が滑った。
「四国協商成立の場合における同盟内同盟という発想に関していかなるお考えをお持ちでしょうか?」
言ってしまった。あちらがわざわざ、話しやすいようにサガン王子を連れてきたのにも拘わらず、互いに親として息子がどうのこうのという話題を切り出すこともなく、時ごろに天気、先のエルバティア征討ではお互い苦労しましたね、などという言葉すらかけずにである。優雅ではない。
いきなりそのような派閥形勢の話をしてもゼオルギ王は動揺することもなかった。
「独自の交流や協力は主権国家の権利であり何者にも害されません」
と述べた。怖ろしい帝国連邦と革命ランマルカ、彼等と同盟を組んだとしても属国に成り下がるわけにはいかないという共通認識を短時間で得られた。
同盟を形成するにあたって証を立てるのは古来のしきたり。一番分かりやすい儀式としては婚姻が用いられる。親善大使であり有効な人質にもなり、場合によれば官僚団を送り込んで内部工作を堂々行うなんてことも出来る。昨今、現代の風潮から人質要素は大分薄れているが。
そんな婚姻外交のことなどほぼ初対面にて、いきなり不穏な向きもある共通認識を一言、二言で確認し合った段階でまた口が滑った。
「私には、そちらのサガン王子と同じ年頃の娘がおりますが、その心算で?」
「そうなのですか」
普通はそんなことこの段階で口にしない。しかしその感覚は舌を掴んで引きずり出されたに近かった。顔が若干痺れる程に赤面してきたことが分かる。そしてゼオルギ王はそのような相手の失言には慣れているのか顔に全く出さない。きっと真剣に”お前を殺してやる”などと容易く言われてきたのではないか?
「オルフのような辺境に……」
と思わず。口に手を突っ込まないと失言が漏れ出て来る。何なんだこれは? 顔を合わせた時点で完全敗北が決定するのか?
「マインベルトより厳しい自然環境下にあることは間違いありません。政情も不安定で、一度混乱に傾くと中々収拾がつかず血腥いことになりがちです。単純に識字率も低く、迷信深い人々が多いこともあります。あえて反論するようなことはありません」
生まれてこの方これ以上に自分が見っともないと思ったことは無かった。せめてこの現場の目撃者がサガン王子と、通訳に困るこちらの通訳官と、訓練されたように全く遠慮しないで通訳するあちらの通訳官だけというところか。
「貴重なご意見を伺えました。マインベルト王国の未来に幸運がありますように」
その言葉への返事もどうしようか、歯を食いしばっているところだがゼオルギ王はやはり慣れて察している。
「私のサガンは正直で良い息子ですよ」
そしてこちらが不細工な顔で堪えているのに対して笑顔で返してきた。無言で一礼をし、自分は敗北を認めた。
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四か国遠征軍がタルメシャ作戦を実行する戦力の配分が決まり、各隊が乗る列車とその発車順が決まる。困窮するタスーブ藩王率いるジャーヴァル軍を助ける。
我が隊はトルボジャ峠から攻めるトルボジャ軍へ編入されることになった。軍指揮はラシージ副司令。ベルリク総統が”彼の言葉は自分の言葉”と言う程に信頼されている。
陣容は我等ニコラヴェル隊二千七百、ラシージ隊六千、ナルクス隊六千弱、ピルック隊九百強、グラスト第二旅団二千の約一万七千。四か国遠征軍の過半数を占める規模となる。主要な火砲、特に重砲類は全て保有する重装備で現地タルメシャ亜大陸の中核地方であるプラブリー、その西部を半ばまで打通する。
先のエルバティア征討で死傷病者と出て、また士気が挫けた者もいて残念ながら消耗している。治療呪具にて身体欠損するような重傷でなければ即座に復帰可能であることから思いの他脱落者は少ない。補充兵の要請を本国に出しておいてあるが、このタルメシャ作戦初頭には間に合わないだろう。
ハイロウ線終点のハンナヘルより南は鉄道が開通していないので機動力の高い騎兵主体のベルリク総統率いる他隊は全てアルジャーデュル側に回る。兵力不足があれば”現地で間に合わせる”とのこと。
出発前に各隊指揮官を集めて指揮系統を確認。
改めて全隊指揮はラシージ副司令で次席はナルクス将軍。そしてマトラ系妖精将校の名前がその次、その次となる。これは遠征から作戦まで全体を帝国連邦が司っているので文句も何も無い。そして基本的に我が隊とピルック隊は指揮官級尽く戦闘不能――士気喪失を含めて――とはならない限り指揮権を剥奪されることはなく、帝国連邦で言うところの”尖兵”とされない保証も再確認された。尚グラスト第二旅団は常に全隊指揮を執る者に追従するとのこと。
ラシージ副司令。帝国連邦発足前からのベルリク総統の右腕、副官相当。目の前にいる妖精全てが彼を尊敬し忠誠を誓っているということが感覚で直ぐに分かる。これは人間でも獣人でも少なかれそのような気分にさせられてしまう。古代エーラン帝国には妖精の将軍に議員までもがいたとされるがこのような雰囲気だったかもしれない。
ナルクス将軍。こう、老いても若い兵卒如きに筋肉で負けることはない! という暑苦しい雰囲気と身体の持ち主。通訳官が上手く表現出来なかったからかもしれないが、身体が吹っ飛んでも術と気合で復活するし、させられるらしい。まるで”奇跡”であってきっと聞き間違いである。負傷治療の魔術が大層得意なのだろう。
グラスト第二旅団のユーレ団長。隠者のような服装で、外套付きの帽子を捲って顔を良く見せることもなく、基本的に何も喋らないので正体不明。凄い魔術使いと言われれば全くその通りの、物語に出て来そうな見た目と雰囲気そのままではある。騎兵で銃兵、魔術兵で工兵というとんでもなく貴重で万能な彼等は基本的に消耗戦には運用しないことが基本である。ラシージ副司令は明言した。
「グラスト兵の価値は計り知れず、多くの将兵を犠牲にしても守る価値があります。その十名を守るために我々、彼方達の千名を犠牲にすることがあります。事前に承諾して下さい」
西方人である我々にとって一番分かりやすいグラスト兵の戦果と言えばシトレの破壊である。一番の戦果は氷結したルラクル湖上にて天政兵を十数、数十万? と一撃で殺したことであるらしい。その事実を思い出せばただの兵卒一人の命など綿毛のようであろう。彼等は兵というより兵器の扱いが相応しい。大砲一つの価値が兵卒一人とは比べられないように。
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鉄道、補給計画が整って車列がカサチシ市を出発。
ユルケレク川から外れて砂漠を縦断。今まで見えていた大河川が見えない道は不安を覚えた。
そして山を背にし、崖にへばりついているような様相のチェブン市に入る。
市内には川が流れ、それが市街へ管理されながら出て近郊の畑へ灌漑を通じて配分される構造。水資源の独占から発達した街だった。
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シードラ市に到着。ここもチェブンのように山を背にして崖にへばりつくような構造で、川を抑えて畑へ水を配分するという構造。
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分岐点であるキャラギクに到着。列車の行き先が変わるという関係上、手を振ってさようならという挨拶をすることもなく、車列毎、隊毎に隔絶されたまま送られて行く。その代わり、電信にて”タルメシャの地でまた会おう”という言葉だけが伝わってくる。
我々トルボジャ軍はヤカグル線に乗り換えて東へ向かった。
西からタルメシャを攻撃するジュムガラ軍とアルジャーデュル保安軍はそのままハイロウ線に乗ったまま南へ行き、終点ハンナヘルで降車。そこからそこからアルジャーデュルの一角、デュルガン王国の都シャタデルパットへ向かう。その徒歩移動距離は長いので時間が掛かり、どう急いでも冬は越すことになる。
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分岐してからタレトツ市に入る。ここもチェブン、シードラに似た構造。
この界隈で流行の構造というか、この構造でなければ生き残れなかったという証明にも思える。
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山を背にしないコムアンガ市に到着。川は無く、オアシスの上に築かれていた。
この辺りは険しい山々に挟まれた巨大でいてしかし狭苦しい感じがする谷間。砂漠の地平線に西日が沈む姿は見られるが、それ以外の時間は真昼でもない限り山に太陽が遮られて暗い。
ここで登山用の機関車を追加で接続して登り始める。
峠の標高は相当に高く、ガエンヌルとは比べ物にならないということで呼吸を深く、動悸がするような運動は厳禁などなど注意喚起がされた。
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人口過疎地にも拘わらず鉄道施設だけは何処とも遜色の無いトルボジャ峠駅に到達。
列車に揺られるだけで高地順応したはずが高山病に罹る者が出た。暦上では夏半ばというところだが、もうこの山では夏の終わりが始まっていた。それ程高い。天に近いと言えば何か良い感じもするが、死に近く生から遠いのである。
あまり長く休憩もしていられないということで鉄道の終わったこの地から南へ徒歩で抜ける。
山下りの道には多数の外ヘラコムの現地人や兵士が協力してくれた。峠から始まる補給線の維持も彼等がやってくれる。
辺境の中の辺境とも言えそうなこの地であったが、街道は思いのほか整備されていた。崖に張り付くような、壁に鎖や杭だけが打ってあるような道は一度も通らない。これは以前に起きた大戦時にジャーヴァル軍の一部がここから脱出した時の名残で、重荷になるからと砲弾薬を盛大に使って隘路を爆破開平、車を解体して橋にし、不要な布で土嚢を作って道の穴を埋めてとかなり手が込んでいた。道から外れた場所には今でも白骨かその砕けた残骸が見える。
大砲のような重量物を坂下りで運ぶのは楽なようでいて危険である。グラストの魔術使いや術工兵が道路を整備しながら大砲が滑り落ちないように綱で引きながら進ませている。特に重たい物、分解可能とは言え巨大な鋼鉄塊である重砲は並べた丸太を入れ替えながら転がして運ばれた。怪力の自動人形が各所で活躍した。
高地順応が苦手な者は力が必要な作業に加えないようにした。得意な者にだけやらせる。不公平だが兵数の維持に努めた。
人間はこの不公平さに不満が募ったり、無力感に焦ったりするものだが妖精達は特に全くその感じが無かった。負の感情に囚われないというのは強い。
薄い空気が段々と濃くなり、一度は過ぎ去ったと思えた夏がまた戻って来る頃には森林地帯へ入っていく。
見晴らしの良いところがあり、長大で先が見えないようなプントワクの大河が森林を蛇行しながら切り開いた光景が見えた。ここまでついてきた画家達がこの光景を描き始めた。従軍の画家、記者、脱落者が少し目立ってきたか。
更に山を下り、高地特有の滝のような激流の川が落ち着いてきて、平野部で良く見られる広くてゆっくりとした流れのプントワク川本流の畔に到着。一度ここで野営地を築いて拠点化。そこから先行する偵察隊を派遣する他、造船作業を行う。
造船である。一から建造するのではなく、複数の部品に分けられた船をここで組み立てる程度だが出来上がりは立派。鋼鉄船体に帆と櫂と蒸気機関という三種の推進装置を組み込んだ物。石炭補給が現地ではほぼ望めないので風力、人力推進が基本となる。蒸気機関の発動は緊急時だけだろう。
自動人形の手動操作も用いて船が組み立てられていく。分割船体の穴を合わせてから鋲を真っ赤に――術工兵が――熱して通し、反対側から金槌で打って潰して固定という作業で永久結合される。そして進水作業、水漏れ点検と補修の後に機関銃や旋回砲が取り付けられ、河川砲艦となって川に浮かんだ。喫水は川が浚渫もされず未整備という前提で浅い。
河川砲艦、簡素な短艇、現地調達の小舟が集まり中々の規模となる。これらは独立した艦隊として運用せず、基本的には陸上部隊に随伴する支援部隊として活動する。
操船はピルック隊が行う。彼等は海兵隊であり、自前で船を動かして上陸作戦を実行する専門家達である。
「ランマルカの実力をズル剥けにお見せしよう」
とはピルック大佐の言葉。
「船の上から皆をお助け!」
と砲艦の上でくるりと踊るのは生きた船首の守護像、ではなくロスリン少佐。ずっと見ていたくなる華やかさで、兵が「督戦されたい」などと馬鹿を言う。
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プントワク川沿いを、陸上部隊と、艦隊は地形を見ながら相互支援が出来る形で下りながら進んだ。
道は夏季増水で岸部はあちこちで崩れ、本流に流れ込む小さな支流に橋が無い箇所も多数。幸い木材は豊富で、優れに優れる帝国連邦の術工兵の技術もあって思いのほか行軍に苦労はしなかった。地面の操作、伐採から加工、小川や泥濘の凍結、藪の焼き払い、高熱の霧による害虫駆除まで様々。グラスト兵の活躍が目覚ましく、十人を守るために千人犠牲という言葉は嘘ではない。
教会に奇跡才能者を取られてこのような異能部隊を編制することも出来ない祖国を思い返してしまう。教えの軛から解き放たれた今なら一から募兵出来るようになっているが、このような運用段階に至るのは何時になるか……術の軍事顧問を招聘してあるはずだが、付け焼刃でこの練度にはなるまい。十年掛かってどこまでいけるか。
ひたすら未開か、半分は未開部族の土地といった森林が続く。
伝え聞くタルメシャの熱帯森林の光景もここでは遠いもの。兵達の間でも熱帯病の類も目立って発症していない。少々蒸し暑いが、フラル半島の北から中部程度といったところだろうか? 冬季に入れば山でもなければ雪も降らず、それから川の水量も一気に減ってかなり動きやすくなるらしい。
川を下る度に人口が増えて村の規模も大きくなる。まだ夏であるが、道行く村々の田畑を見ればあとは金色に熟すのを待つだけという様子。秋の収穫時期になれば買い上げ、略奪の見込みがある。
この界隈で現地人の抵抗というものはほぼ無かった。こちらの姿を見て逃げるか、商売をしに来るかという程度。たまに抵抗があっても火力、練度の差で戦いは直ぐに終わって生き残りは目玉を抉られて下流の村々へ追い立てられる。死体や家屋の残骸の一部は筏に乗せて流される。略奪品は個人の懐に一切入ることなく中央が管理して軍資金とする。
村から街と呼べる規模の居住地が現れるようになれば、長引く戦乱で発生した戦災難民が現地人を圧迫して作ったような脆弱な政権が村単位で乱立していた。大軍相手には、相手が弱っていない限り手を出さないという雰囲気。ただコソ泥注意ということで荷物の見張りは厳重にしなければならなかった。コソ泥避けに、旗のように現地の人間や猿頭から剥いだ皮を吊るしたのは妖精達の仕事である。
このタルメシャ亜大陸の中のプラブリー地方では、基本的に支配層は白猿のタルメシャ人である。直接支配するか、偶像のように奉られるだけかは勢力毎に分かれる。もう一つ特徴があるとすれば、この地方における政治言語で上流階級共通語あるタルメシャ語を自在に操り、数学や哲学の知識を持つのは基本的に彼等だけなのでただ無用に威張っているというわけでもないことだ。生まれついての貴種で、人間と見ればなめくさるのが習慣化しているので腹が立つ存在である。
次いで赤猿のプラブリー人が支配的。白猿に比べて体格も大きくて戦士風であり、知能は割りと低いらしい。武家政権である場合は赤猿が権力を持ち、白猿が象徴君主のように置かれている場合が多い。こちらも人間は弱い存在であるとなめくさるのが習慣化していて腹が立つ存在である。
他に人間や獣人も見かける。大抵は地位が低いものの、白猿を保護するという形で赤猿のように権力を握っている場合もある。その極端な例では白猿に大量の食べ物と酒と麻薬を毒になる程与えて幸福な内に早死にさせるという行為もされていて過剰に”お偉い”立場というのも考えさせられる。
川沿いのほとんどの勢力はラシージ副司令が「補給線の障害は排除」として深い追撃を不要とする虐殺と焼き討ちによる排除の対象となった。支配層に虐げられる奴隷階級の者達は解放か、また奴隷として転売される。
一部、トルボジャ軍の補給を助けるということで金で契約出来た人間系商業勢力は生かされ、土地や奴隷が与えられた。必要があれば先行投資もされる。
エルバティアではこのような蛮行を奴隷達に行うのは辛かった。
このプラブリーの地ではこう、猿共なら別にいいか、と思ってしまった。種族が違ってあのなめくさった態度があれば慈悲の心は微動しかしない。
タルメシャ作戦を遂行する上での要衝、ナームモン市はまだ下流にある。
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秋になり涼しくなって、雨はまだ降っているが夏の豪雨は去った。道行く田畑で収穫作業が始まっている。物怖じしない現地人なら作業を手伝ってくれと言ってくる程忙しい。
現在、現地で買い上げた米が主な食事になっている……パンが食べたい。下痢、腹痛防止に良く煮た鍋料理ばかりなのだが久し振りに生っぽい物が食べたくなる。
ナームモン政権影響下にある都市キャドンに砲弾を撃ち込んで降伏させ、拠点として利用中。都市包囲前の前哨戦も余り特筆するような戦場ではなかった。ラシージ副司令直下の偵察隊員が、隊列を整理中のキャドン軍を指揮しながら鼓舞する敵将を狙撃一発で戦死させて士気崩壊、壊走という流れである。
タルメシャ系都市は自治権が強力である、というよりほぼ都市国家の体裁を取る。貢納と兵役の代わりに保護されるという契約関係で成り立っており、中央政府直轄都市となればその近隣都市に未だに限られている。
契約は一代限りで現君主が崩御すると途端に解除か契約継続――ほぼ武力を伴う――交渉となり、しかも王家という概念が薄くて一代ならともかく二代下ると先祖の栄光も忘れられて霞むか消える。そもそも家名という概念が無くて早くて三代、四代下れば親戚とすら考えなくなるらしい。
そのような中央統制され辛い統治伝統の結果、宗主国に保護されなければ、敵に攻撃された時に守ってくれなければ契約破棄と同義となり、貢納と兵役の義務は無くなる。そうなれば目前の敵と新たな契約関係を結ぼうとするのだ。弱い都市の生存戦略はそれに限られる。
この伝統のせいでタルメシャでは急激且つ連鎖的に帝国が拡大し、逆に崩壊したりと流動性が高い。この亜大陸内では比較的少数民族ながら、時の勢いを借りて一気に名無しの亜大陸に統一概念を与え、名称を冠し、大帝国を築き上げたタルメシャ人による奇跡の覇業の秘訣がそこにある。
このキャドンを利用するに当たり契約関係がラシージ副司令の独断にて結ばれたわけで、そうなると保護義務が気になってしまうが、軍を移動させて一定距離を離れ、もう戻って来る気配が無いと分かればあちらも勝手に離反するのであまり責任感を働かせる必要は無いとのこと。
契約は死んでも守る――ある程度、建て前上――がしかし契約以上のことはしないというエグセン貴族の伝統感を持つ自分にとっては何ともいい加減で足元から腹まで据わらない感じである。
今回のキャドン征服で得た情報は、ナームモンが保護都市に軍を回す余裕を持っていないという事実である。こちらの攻撃が準備時間もほとんど取らない電撃的なものだったせいもあるが、新市長――先代は籠城を継続しようとして殺害された――の証言によれば派兵は暗に拒否されたとのこと。現に偵察隊が確認したところその宗主の軍が救援に駆けつける姿は確認されなかった。
未だに慣れない米の臭さと香りづけの香草の臭さに鼻を苦しめられながら次の展開を待つ。周辺情勢の把握と長期間行動の為の保存食糧――主に米と塩――確保に時間を掛けることになった。
我々は現地人より新興したキャドン政権と見做されてしまい、貢納品が集まる。金銭に物資、季節労働者と永年汎用の奴隷。ラシージ副司令はそれらを受け取るに際しては”作戦協力に感謝する”とだけ言って契約締結に関する発言は一切しなかった。
朝と昼に行われるロスリン少佐の体操号令だけが楽しみになっている。腕を振り上げる動作などでその動きが小さいと”こらこらちゃんとやらないと駄目だぞぉ”と注意されるのでついやってしまう馬鹿が出て来る。恥ずかしいから止めろと言っても中々難しい。
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ラシージ副司令直属の妖精とエルバティア人で編制された偵察隊が重要な情報を持って帰って来た。
東側から獣人主体の軍が接近中で目的地はこちらと同じナームモンと見られる。先遣集団か単独の遠征軍かは不明だがその兵数は一万弱と見られた。戦闘は避けたのでまだ敵対関係に入ったわけではない。
陣容は人間やプラブリーの赤猿、バッサムーの象頭、シンルウの牛頭が目立ち、龍人兵も含むことから単純にこちらの一万七千と比べて大きく見劣りするとも言い難いそうだ。巨体の象と牛、怪力の龍人は施条銃射撃を跳ね返す重装甲兵らしい。白兵戦では勿論、怪物のように暴れて人間の細腕では対抗しようがない、かもしれない。
龍朝の敷く強権的な冊封体制下では属国軍でも指揮系統は一元化され、部隊間連携は取れていると推測されるらしい。行軍と野営中の動きから規律は高いとのこと。
装備する武器は前装式施条銃、施条砲が中心。こちらの後装式火器より連射力に劣るが力関係が圧倒的になるほどではない。
駄獣としての象や水牛も軍規模に遜色ない規模で揃っていて物資も揃い、疲弊した姿ではない。また霊獣の龍馬、蛇龍、虹雀、馴虎、鉄亀等も少数確認されている。戦術に利用する頭数ではなく、司令部が細かい作業に利用する程度と見られるが十分に脅威。
秋の収穫後から商業活動が活発化し、キャドン市にて遠来の商人から周辺情報がもたらされた。話によれば、最近プラブリー東部より龍朝天政軍が侵攻を始め、タルメシャ伝統の急激且つ連鎖的な拡大の様相を呈しているという。今まで国境地帯か、冊封体制下に置いた沿岸部でしか活動していなかったので余程の”とんま”でなければ派手に噂になっていて分かると言う。
”中原”を堅守しながら外側へ冊封国の拡大を重視するのが天政の理念だが、臣従を申し込まれたら断るという概念が無いか、非常に困難な論理を有していると我々の会議にて東方政治事情に詳しいハイロウ人学者により解説された。タルメシャの貢納と兵役義務の対価に保護される契約伝統がそれと調和した時、急激で連鎖的な拡大が起こり、保護義務を果たさなければならないという面子に引き摺られて西進を余儀なくされた可能性が、指揮官の独断専行ということも踏まえて浮かび上がる。可能性という論に留まるが、この点を考慮すべきと判断された。
ラシージ副司令から龍朝に対する”ある”説明が、上級指揮官に限って行われることになった。ラシージ副司令、ナルクス将軍、自分にピルック大佐、ユーレ団長が聞く。
「これからお話しすることには政治的な機密情報が含まれます。ニコラヴェル殿下、ピルック大佐はこの事項に関しては今後口外無用ということでお願いします」
「勿論だとも同志!」
「分かりました」
ユーレ団長は沈黙。この人のことはあまり気にしてもしょうがないだろう。
しかし政治機密とは気になる。
ラシージ副司令が見つめてくる
「大丈夫です、口外致しません」
魔神代理領の情報、それから導き出される戦略は今後のマインベルトに影響することは間違い……ラシージ副司令が見つめてくる
「あの、何か? 約束しますが」
人間は信用ならないということか? いや、ああ、自分が国に帰ったらこれを報告する心算になっていたか。いやしかし、それはそれではないのか?
ラシージ副司令が見つめてくる
「お疑いならば席を外しましょうか」
返事をしない。自分は椅子から腰を浮かそうとした体勢で止まってしまった。
え、何で返事もしないの? 表情すら変化しないんだが。
見透かされている? 深層心理まで? そんなことが可能? まさかゼオルギ王に似た何かがあるのか?
視線が外れない。まばたきは平常にしている。
ピルック大佐は身体を左右に軽く振ってふんふんと鼻歌。待つ、らしい
どうすれば……まず本当に漏らさないと口だけではなく誓うしかないのだろうと思う。
「少し席を外します」
部屋の外で待機する執事のカルケスに「聖典を持ってくるように」と指示、一走りさせて受け取る。
再度席に着き、聖典に手を置き、神と家と己に再度問う。この情報を本国に伝えることより信頼の獲得が重要。そのために今日ここにいる。
仮にその機密を扱うとしたら、口外せずにそれを参考にした指針を王と外交部に告げること。何も信頼を害せずとも利用は出来るのだ。
「では話を進めます」
今、口外しないと宣誓の言葉を発しようと思ったら先んじられた。
「このタルメシャ亜大陸におけるプラブリー地方は武装する紛争中立地帯であると、魔神代理領と龍朝天政間で密約にて、明文化されずに取り決められています。互いに現地勢力を敵と見做し、互いに敵を共有して武闘派も穏健派も一応満足させて実質の停戦状態を維持するというものです。これには勿論測量したような境界線があるわけではありません。そして密約である以上は上層部と末端で意識の違いがあり、力の均衡が崩れれば局地戦に発展するものです。発見した軍が上層部の意向を受けて中立を破ろうとしているのか、快進撃の次いでに現場判断で戦果と領域を野心的に拡張しようとしているかは使者を派遣して意思を確認するまで不明です」
確かに表沙汰にしたくない密約である。誰が誰とどのような状況で交わしたかという話は聞けなかったが、この情報が漏れると魔神代理領かジャーヴァル帝国か、そちらの方で醜聞扱いになり面倒事になると想像が出来る。引退した政治家ならまだしも現役だと辛いはずだ。
「あちらとは戦闘する前提でナームモン攻略を始めます。攻勢を維持して主導権を渡しません」
後は我々指揮官級が秘密の不安要素を飲み込んだ上で自信を持って指揮統率する。そういうことだ。
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夏の雨季が明確に終わり、冬の乾季を肌と鼻や喉で感じられる時期になってきた。
水上艦隊、陸上部隊、先行する偵察隊、竜跨隊が連携してナームモンへ迫った。
良く偵察して敵の動きを把握するからこその迅速な行軍を実現できる。妖精達は小さいせいか妙に持久力があって健脚で、彼等に遅れまいと歩けば疲労が強い。マインベルト出国前に体力で選別していなかったらみっともない程に脱落者が出ていただろう。
ナームモン包囲作戦はプントワク川の水上から始まった。降伏勧告の使者として派遣された現地人奴隷は死体になって帰って来た。
川の正面、敵大型艦主体の主力相手には、河川砲艦艦載の旋回砲による遠距離狙撃で船首に破孔を開けて簡単に撃沈。敵艦は艦載砲に火を入れる間も無く、傾く甲板から滑るように水中へ船員が飛び込んで行った。
川の側面、草むらに隠れつつ、小舟による接舷攻撃を試みた一団は甲板に積まれた土嚢に隠れる機関銃、小銃兵の射撃により血と水飛沫の木片上げて殺戮、撃沈。
ナームモン市の中心はプントワク川が二股になる分岐点にあり、北と東西が川になっていて南面だけが陸続きになっている。まるで半島に位置するような位置取りで、攻略するには川を制することが出来るかが重要。
陸上では我が隊も参加した軽歩兵が敵陸上主力軍と対峙し、物陰に隠れながら牽制射撃。敵は基本的に密集隊形しか取らず、戦列を督戦する槍持ちの下士官が多い。
射撃支援も無く突撃もしてこない戦列歩兵など良い的なので撃てば撃つ程に敵兵は倒れ、脱走兵が槍で刺される。士気は低めで、漫然と撃たずに敵戦列から一部部隊を抽出し、特に下士官狙いで集中射撃を加えるようにして各個撃破方針に変えると脱走兵が増え、敵軍後方で脱走兵を殺したり前線へ追い返す動きが活発になってくる。
死んだ敵兵の遺棄武器から判明したが、ロシエやエデルト製の小銃にそれの劣化複製品が紛れていて、射程だけは一部に施条銃が混じって匹敵。ただ命中率は悪いし、嫌々戦っている者は目を閉じて空を撃っているのであまり当たらないが、たまに死傷者が出るので兵達からは自動人形が欲しいと文句が聞こえて来る。
敵が砲兵を繰り出して来て、位置を固定して射撃準備に入ったことを竜跨隊が確認。そうしてから気球隊も合わせ、観測支援を受けた砲兵が榴散弾による対砲兵射撃で制圧を開始。こちらの歩兵主力が、軽歩兵が敷いた散兵線へ到達するまで敵歩兵にも散弾を浴びせて平らに潰す。
重武装の妖精突撃兵が突撃ラッパに合わせて前進を始め、密集状態で死屍累々、呻く負傷者が何とか這い回る上でまだ立って士気を辛うじて維持していた敵兵が『ホーハー!』の喚声を聞いて逃げ出す。逃げる背中へ突撃兵が、それより早い脚で迫って連発銃で殺戮。
その逃げる敵へ川から艦隊が蒸気機関を焚いて高速接近し、騎兵のように側面を取って艦上射撃を浴びせながら海兵隊らしく上陸攻撃を敢行し、戦列自動人形と共に前進攻撃を盾しながら戦果拡張。温存されていた騎兵隊も上陸攻撃に合わせて追撃開始。
川から離れて山林へ逃げた敵は深追いしない程度に追撃し、市内へ川を渡って逃げようとした者達は艦隊が水上から、都市の要塞砲の射程外で狩る。
この前哨戦が終わってから都市包囲陣形を取った。本命の龍朝天政軍は東から迫っており、その点が考慮される。
全般的に、陣地構築にあたって邪魔な現地人居住地は焼討処分。エルバティア征討の時と同じで敵が攻撃に利用したり、そこに居住する現地人が問題を持ち込んだりしないようにするため。死傷者の処分は川に流せば良いだけなので……楽だった。慣れてはいけないと思いつつも彼等が、これらが仲間達の死に直結する存在と分かれば容赦はしていられない。
西岸部に重砲陣地が築かれた。気球隊も重点設置。まずはナームモン市北側砲台を全て破壊。中心部市街地と東岸の龍朝軍誘引予測地点に観測射撃だけ済ませて諸元を割り出しておいて弾薬は状況に変化があるまで温存。
東岸部にも砲兵陣地に防御陣地も構築されるが、ナームモン包囲よりも東側から攻撃されることを想定する。こちらの砲兵も龍朝軍誘引予測地点に観測射撃を行って諸元を出しておき、予兆無しに精確な一斉防御射撃を打ち込めるように射撃地図を作る。作った後は弾痕を掃除して消す。代わりに岩を置いたり植樹をして目印を作る。
先の戦闘と陣地構築に当たって大量に発生した難民や捕虜の処置では、陣地より東側に強制収容所ですら生温い”人置き場”が設置された。あまり人間――猿頭も多数――に使う言葉ではないのは承知しているが、そう表現するのが適当。
人置き場は地面に杭が打たれて縄一本で周囲を囲む仕切りがされている。更に枝や低木を乱雑に叩き切って逆茂木にした物を積んで囲う。その中に膝を砕かれた者達が全裸で放り込まれていて、もし逃げるとしたら膝の激痛を堪えながら這った後に、逆茂木に全身を傷つけられながら掻き分けていかねばならない。少数の監視だけで脱走成功者は無く、枝の中で絶望したまま動きが止まった死傷者は見られた。それでも元気が良い者だけが数名抽出され、ナームモン市へ送られて惨状を告げに行かされる。
この人置き場は龍朝軍進撃予測路、東からナームモン市の東岸港へ繋がる街道の真ん中に存在する。これは隊列を乱す障害物であり、彼等が人道を優先して兵力や物資を割り当て自ら弱体化する可能性に賭けたものである。
そして人置き場をぐるりと一周、現地人部隊に見学させた。凄まじい殺戮と破壊の後にこういうものを見せられて洗脳が行われる。ナームモン市内への突撃が行われる時の被害担当部隊、尖兵としての仕上げがされていく。帝国連邦流の兵力の現地調達とはこれだ。
帝国連邦軍、貪欲に何でもして勝利を得ようとする姿勢は尊敬する……べきか。
ナームモン政権の王はこれでも降伏を再度拒否した。妙な自信の強さの理由は龍朝軍と連携しているからかもしれないと推測された。絶望的な籠城戦でも諦めず、内部抗争で瓦解する風でもないということは後詰の救援が見込めるという証である。ただ意地になっている可能性は勿論ある。
この遠征がどうなるか自分には読めない。戦術的な面ならばともかく政情、現にすら疎ければ戦略面では全くの暗闇である。
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”我は天政地より、天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝に並び、宇宙を司りし龍帝の名において特務巡撫に任ぜられた金蓮郡主である。
天下に封じられし上プントワク王とその領は我らが保護下にあり、猖獗極まる悪逆侵攻を許容するは外道なり。外道滅するに慈悲は要らず、正道行くならば慈悲を得よう。日出より日没までの地にて静謐願う者は徳を得たり”という返書を、龍朝軍へ派遣した使者が生きたまま手に持って帰還。
南覇巡撫ルオ・シランの名を出した上での、龍朝軍の西進の理由を問う書状への返事がこれであった。包囲を解いて退かなければ戦うが、引き下がればそうはしないという意味である。
ナームモン市へ出した矢文の返答も”天政冊封体制に入った””くたばれ糞ボケ”という内容である。加えて、内輪揉めの結果で城壁に吊るされた白猿の死体は包囲当初から確認されていたが、その中に――鳥につつかれて欠損激しかったが――王が混ざっていると現地商人から話が伝わる。攻略目標が保護下に置かれたという事実は間違いないものとされた。
キャドンにて収集した情報ではナームモンが龍朝と封臣関係を結んだという事実は確認されていない。我々が出陣して包囲を組むわずかな間にその特務巡撫の現場裁量で、こちらの常識ならば中央政府の裁可を必要とする契約をしてしまったのだ。
あの”我は天政地により……”という文言は勅旨等に用いられるのであちらの国家意志を反映したものと解釈される。
我々のこの地における最終目的はタルメシャに残っているジャーヴァル軍と非戦闘員達、そして長期戦の間に呼び込まれたその家族達の安全な全面撤退である。今までの外道な行いの中に光った大義が見える。見つけなければ気持ちが保てないかもしれない。
このナームモン攻撃は陽動の一部であり、ジャーヴァル軍の逃げる尻へ一矢報いようとするタルメシャ諸勢力の力や意志を捻じ曲げるためのものである。攻撃可能範囲内にいる全勢力に対して混乱をもたらし、一度固まった現地人勢力の均衡を崩して政権争いへ誘導する。
予定ではこの目前にあるナームモン市を破壊し、プントワク川上流諸勢力間闘争を助長する。そこから去った後は、にわかに出来上がった親帝国連邦諸政権にその闘争へ丸投げに参加させ、低費用で混乱を加速させる。
更に南へ向かってベルリク総統が率いるジュムガラ軍と合流し、このタルメシャ亜大陸の中核であるプラブリー地方の筆頭都市、帝都チャラケーを破壊。現在第何次になるか不明なタルメシャ帝国を自称する最大勢力の衰退、崩壊を狙う。タルメシャ伝統により都市喪失、権力の象徴の喪失は帝国の急速崩壊を招くものである。
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龍朝軍という第三勢力の介入に際し、ラシージ副司令は交渉の余地を残しつつ全般的に方針を変えないことを決定した。第一に敗北したわけではないことが挙げられる。ビビって引き下がった、ではいけないのだ。
ナームモン包囲と東側からの攻撃に備える部隊を残し、怯えず交渉の余地を残すというという前提で行動を起こすとなれば我々ニコラヴェル隊の出番となった。包囲陣系に組み込まなくても余り影響がない戦力と言えば我々である。不満があるというより、高度に技術的な能力があると見なされていないことが悔しい。腐ったところで見下されるだけなのでむしろ、喜んで! という勢いで動く。そんなことも出来ませんか? とラシージ副司令に言われるかも、と思えばかなり辛い。そう思わせる迫力がある。
ニコラヴェル隊展開。基本方針は敵が戦闘距離に接近するまで発砲厳禁。もし接近したならば初めに威嚇射撃を行うこと。尚、使者と見られる者に対しては威嚇も厳禁である。
敵の圧迫が強い時は無理せず撤退するようにと指導した士官達に任せた散兵線を障害となる”人置き場”の東前方に敷いた。散兵には現地で造らせた撒き菱を持たせた。またピルック隊の工兵を少し混ぜ、対人地雷を敷設可能にした。頼らせて貰った。
”人置き場”の積枝には板を渡して散兵が中に入って逃走経路に出来るようにした。
そして”人置き場”後方では塹壕を掘り、歩兵砲と機関銃陣地を設置して防御陣地を即製。迎撃待機。
自分は散兵線の方で前線指揮を執る。これは同時に相手方が高位の使者を出した時に対応するためでもある。天政の伝統だと妖精は小人と呼ばれ、喋る動物くらいの扱いをされてきたので話し合いの際に不都合が生じる可能性が示唆される。自分ならば王族で人間なので格は十分。言語の扱いは通訳で十分で、政治意図の整合性も帝国連邦軍の高級将校を横に置くことで十分である。顔役に徹し、口と頭はお任せである。
緒戦と言おうか、射撃はしないがまず相手の赤猿銃兵が姿を現した。あちらの散兵、偵察兵であろう。嗤ったり牙を剥いて奇声を上げ、尻を叩いたり、後宙や前宙などと体操曲芸も披露して挑発めいたことをするだけで終わる。
砲声が後方から止めどなく響き始める。ナームモンから煙が上がり、突撃前の攻撃準備射撃が始まっている。我々が牽制している間に落としてしまうのだ。破壊し、市民を川へ放逐した後に龍朝軍に都市を明け渡すという選択肢がある。相手の納得はさておき、力でさせてしまうのだ。
砲声が大人しくなってからも地面が揺れ続けた。まさか龍朝軍が砲撃を開始したと思ったが、代わりに肉と鉄の壁が出現するようであった。
象頭の重装甲戦列が、旋回砲のような小銃を持って横一列になって現れた。斧を持つ先陣が木々を一撃で両断して戦列進路を開平する力技は圧巻。人の喉では絶対に出せない、空気が破裂するような壊れた金管楽器のような喚声を上げる。巨体が吹くラッパは砲声の方が耳に優しいぐらいである。
後ろに逃げる場所があると確信していなかったらこれで壊走していたかもしれない。散兵は勇敢な者を集めた精鋭で編制しているが、それでも何人か逃げ出そうとして下士官に殴打された。その程度で済んだ。
望遠鏡で重装甲兵を観察する。
隙の無い鱗甲冑は脇下、股下が布地だけに思えるが、帷子が入っているのか? 手は手袋一枚に見える。
兜の面甲、目の隙間を狙撃する以外に動きを止められそうな弱点は……象型の鼻の穴と裏筋か。
全裸でも小銃弾で重傷も難しそうな背の高さ、胴手足の太さである。そして草食動物全般の力強さを連想すればデカいから足が遅いなど考えてはいけない。
散兵で”極太”の戦列と対峙し、互いに発砲距離に近寄らず睨み合い。重装甲兵は威嚇の足踏みをして、地面がほじくり返されてしまって中止の号令が出て止む。少し間抜けだが、積んだ枝や土嚢くらいは砂山みたいに蹴飛ばして来ることは確認できた。
「命令有るまで射撃を禁じる!」
定期的に、恐怖で誰かが撃ってしまわないように声を掛け続けた。
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しばらくして相手側から、凶暴な蜥蜴、竜に似た馬、龍馬に乗る使者が単騎で、白旗を掲げてやって来た。騎手もまたそのような雰囲気で異形の竜の人型である。翼は無いが尻尾があって角があって、肉食のように前へ出る長い顎だ。
「金髪混じりでその軍服はエグセン人傭兵であるか!? 久々のフラル語なので通じているだろうか!? 話し合いを望む! ラシージ”親分”との面会を求める!」
副司令を”親分”呼びとは帝国連邦の妖精を知る者ということ。元身内か?
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