第414話「まだまだ終点ではない」 ゼオルギ

 エルバティア征討作戦は高地管理委員会と大内海連合州が引き継いだ。山の政府改革よりも南方沿岸部の混乱が長引きそうとのことだが、手を引く以上はこちらで考えても仕方が無い。あの山の中で延々と治安維持作戦をするのもごめんだ。

 ガエンヌル山脈東部より撤退の最中、勝利の証とばかりに”ぱたぱた鳥さん”というものが、生きたまま見本に回って来た。その姿はエルバティアへの恨み骨髄のゲチク将軍とタザイール局長ですら嘲笑えず、腕組みしながら唸るぐらいしかしなかった。

 かつて亡き父がマトラへ侵攻した時には将兵達が大変な目に遭ったとは聞いているが、あれはまだ生温かったように思える。仮に当時を記憶している者達に”二度目”と言ったらどれだけの反応があるか興味が多少ある。

 山を下り、ゼオルギ隊が最後に保護した解放奴隷達を後方にて兵站を維持、捕虜や奴隷を管理してきたシレンサル隊に引き渡す。

 自分がシレンサル宰相へ直接捕虜と奴隷の名簿を手渡す。こういったことはもうちょっと下の者の仕事だが、どうにも自分から各長への接触機会を設けないと顔と声も覚えない内に別れてしまいそうだ。そうでなければわざわざ非効率に遠征軍を組んだ意味が無いだろう。たぶん。

「彼等はどうなりますか? 所縁無い者達ですが、一度保護した以上は気になります」

 何か変なことを言い出すのは許容。昔から慣れている。

「基本的に自由農民、自由牧民となります。基本教育を課し、民兵教育を課し、志願兵を募り、予備役となり、全人民防衛思想の一端を担うことになるでしょう。高地出身者は高地管理委員会が欲しがっているのでそう悪い待遇ではないはずですよ」

 北部方面では防衛上の理由で住民鏖殺案件があったと聞いている。一応、一度その身柄を預かった者としてはその行く末には安堵する。

 上っ面な偽善のようだが、東部方面でそうなることが無くて良かった。そうせざるを得なかった者達には同情しよう。普通は気分の良いものではない。

「新たなエルバティア政府は奴隷を手放すことになりますが、帝国連邦もその方針でしょうか?」

 突っ込んだ話をすると変なことを言って来そうだが、踏み込んであちらの内情を一旦でも炙り出す必要はあるだろう。

「帝国連邦では現在、地方慣習を尊重しております。動員力に目立った影響が無ければ掣肘したり改革を強要しません。中央政府が地方に動員を強要出来る上に積極協力的なので揉め事を起こすまで必要ではないのです。慣習的に奴隷を所有している層は限定的です。内務省が奴隷を漸減する方向で衝突が無いよう調整しています。魔神代理領の伝統により高級問わず奴隷は尊重され、家畜のように扱うことは全般的に違法。そちらこそ地方貴族如きに農奴共を握らせていて恥ずかしくないのか?」

「難しい問題です」

 弱気にはっきりしない返事を返せば、あちらは隻腕の拳を握って上げる。

「傘下に入れば有象無象など総統閣下が代わって捻り潰す。力の無さを認める恥など一代だけだ!」

「なるほど」

 最後はさて置き説教されてしまった。痛いところを突かれた実感もある。

 最近の例では、ロシエは奴隷解放と賃金労働の義務化、それに合わせた徴税機構の再整備によって総力展開効率が向上したと聞いている。中間的で封建的な”中間手数料”の削減は中央集権化に必要なことであってオルフにも必須と考える。

 ただ成り立ちと伝統が違うと真似も難しい。

 カラドス家はロシエの創造者で共和革命派の思想を部分的に取り入れている。

 アッジャール家はオルフの征服者で共和革命の一派を内包してはいるが統率取れず。

 地方軍閥上がりの、ほぼ無の状態から全てを征服で獲得して来た帝国連邦は地方政権を圧倒する中央統制で抑えている。

 国内の混乱も許容出来る強さがとにかく必要だが……。


■■■


 カクリマ線の中間地点付近、駅の無いところからウルンダル行きの列車に乗る。

 当たり前のように列車が迎えに来ているが、これの計画を立てることは想像すら難い。一人の頭ではその通り。組織なら出来る。組織作成者は天才か?

 侍医からは体調が戻ったと聞いたが、車中で待っていたサガンは半泣きであった。シトゲネが背中をさすっている。子供が何だその顔は。

「申し訳ありません父上」

 シトゲネは弁えて黙っている。

「ガエンヌルでの戦いなどお前の死に場所ではなかった。祖父イディルは死に時を誤ってバルハギンの再来となるはずだった帝国を愚かにも捨てた。父イスハシルは一度砕けた帝国を拾えるはずが、出来ずベルリク総統に先んじられた。私もお前もそのような失敗を三度四度と繰り返す必要は無い」

 王族の責任を自覚するのは良いが、子供は大人になるまで死に時は来ないのだ。そう言おうか……サガンが俯いた。

「王子は下を向くな。何があろうと顎を上げろ」

「はい」

 顎が上がった。一先ずこれでいいか。

 サガンのご機嫌うかがいではないが、妖精達の手により乗客全員に苺饅頭が配られた。一先ず、もてなしが限られる中で気分を切り替えて貰おうという趣向が見えた。

 饅頭は、苺の甘味と酸味と歯応え、白い凝乳の強い甘さ、饅頭のしっかりした生地の味と弾力食感の組み合わせが冴え渡る。はっきり言ってこんな美味い物食べたことが無い。思わず臣下の忠誠心を試して奪ってしまおうかと思いたくなるほどだ。

 サガンも気落ちしていた顔から戻って喜んでいる。列車を運行する妖精達にも振舞われたのか奇声が上がっている。

 もう一つ欲しそうにするサガンだが自分は食べてしまった。シトゲネは我慢して食べ終わるのを待っていて、半分に割って――苺は割れないので丸ごと――あげた。そうしたらサガンがそれをもう半分に割って――苺を潰して割って――こちらに渡して来た。

 どうしようか。

 更に半分に割ってシトゲネに渡した。

「あれー、戻って来ちゃったね」

 あの時、若さに任せたが一歩踏み出して正解だった。

 あのエデルト女がこんな……こんな風になるわけがない。


■■■


 ウルンダルに戻ってきた。未開から文明の地へ戻ってきたと良く実感する。

 それにしても肖像画がデカい。それを見上げるベルリク総統は微妙な顔をしている。

 広い帝国の混乱を許容できる、そもそもさせない強さはこのデカさだろうか? 本人の意志を無視してさえも描かせる強さにこの手を届かせる空想も出来ない。

 祝勝会が開かれた。一人当たり二人分以上の料理と酒が並ぶ。余り物を召使いが食べる、というわけではなく、腹も心も一杯にという気遣い。

 食べて飲みながら観戦出来る形で、自由参加の人取り合戦が始まる。元は羊の一頭分の毛皮を取り合うような馬上競技だが、帝国連邦が処刑と見せしめの要素を加味した。こんな残酷なことを考えかつ連続的に実行出来るあたりがその恐怖戦略の程度を物語る。あれで脅しているのは我々だ。

 今回は敗北者、エルバティアの鷹頭取り合戦となった。爪や身体能力が凶悪ということで人馬共に死傷者が出るという前提。勿論、我こそ命知らずの勇士、と参加希望者が集まって抽選が必要になる。その中にはエルバティア人も混ざっているのだから、何か人間が文句を付けるところも無いだろう。

 ベルリク総統の妹アクファルが模範演技を行った。競技作法を別の者が大声解説する中、エルバティア人の肩骨を掴んで引き回し、馬が腹を蹴破られて転倒するも鞍から跳んで着地。そして相撲で抑えてから嘴を掴んで簡単に首を折り、素手で捩じって千切り取った。蹴り足は強烈、首は人間より折りやすい、ということか?

 そして”総統杯”が開催されて盛況、一般市民の観戦。今回から素手で首を千切ったらその場で加得点という決まりが追加されたらしい。

 王后騎兵連隊の長ミンゲスと出場志願者の一団がこちらの席の前に来て「両陛下、殿下に勝利を捧げます!」と出馬していった。

 取り物と参加者から死傷者を出しつつ、腕自慢が続々と参加。マインベルト側からの参加者は少ない。妖精達は競技に参加する素振りも無いが、何故か追いかけっこなど始めてきゃっきゃと子供のように騒がしい。

 勝負となれば賭け事だが、賭博行為は帝国連邦で違法となっている。理由は借金苦から破滅されると兵士を損ない、動員力が下がるという名目だ。オルフもマインベルトも遠征に同行中は禁止である。少なくとも身内以外とは厳禁。

 競技の喧騒の中、オルフの近況についてタザイール局長から報告。しかし、やはり臣下の部下頼りとはやはり情けない。能ある直接の部下というものは事実上存在しない。

「エデルトがこちらからの穀物輸入分の相殺のためか、安価に、型落ち新品の武器輸出量を増大させています。買い手はザロガダン筆頭の西派でそこから各地に薄利で転売中です。名目は周辺危機に対する軍備強化で違法性はありません。他派に売らないということは無く平等です。今のところそれに加えた密輸行為は、一般的な犯罪程度に留まります」

「局長の見解は?」

「仮に内戦のような状況に陥った場合、国外からの供給路を確立している方が有利です。エデルト式装備に我々は慣れ、国内工場も職人も準拠しています。仮に急遽帝国連邦式装備を輸入しても運用と整備面で障害が発生するでしょう。合法的に形勢が傾きつつあります。これを防ぐために武器輸入制限を今設けようとしても反動の方が危険かもしれません。手を入れるならば少なくとも一時帰国して頂いて、合意形成が必要です。不在で強権を振るいましてもマフダール大宰相の暴走などという大義名分を与えかねません」

「なるほど」

 四か国遠征軍の一角として共同作戦は実施された。ゲチク公の個人的恨みの解消は、国としては考慮せずとも晴らした。これで用事は済んで国内が不安だからと帰国する?

 表面上オルフに暗雲が立ち込めているわけでもないのに帰国? その不安の情報源が怪しい祈祷師みたいな一公国の情報局長? 神経症に罹った、洗脳されていると噂を立てられてもおかしくはない。

 何かが起きた場合、起こす場合の準備を進める。

 マフダールに人口と税収の再調査を命じる手紙を出す。名分は大宰相に任せるが、空前の規模となったベーア帝国の勃興や、帝国連邦の国力に驚嘆したので再度実情の把握が必要と実感したという正直な感想を伝える。それからその表調査に加え、非公式”抽出”調査を混ぜるようにと添える。各地方政権の隠し畑のみならず、実態把握がされていない、人口に数えられていないような奴隷層を可視化する。

 ロシエのような奴隷解放、賃金労働の義務化のような方向へ方針を固める時に情報は必要だろう。血の流れない改革が出来ればいいんだが。


■■■


 ウルンダルで気分転換、十分に休みを取って列車が出て、チャグル族の都であるノルガオアシスに到着。各駅の処理能力が飽和しないように隊は分けられ、時間差で入ることになっている。全くもって組織力に驚嘆する。とにかく先へ先へ行けという馬鹿な勢いが無い。

 目立った案件と言えば、我々の車両群より先行していた筈のベルリク総統直下の遠征首脳陣が行程から外れてここで途中下車していたことだ。食堂の片隅にて食事をしながら、手紙を幾つか卓上に並べていた。人目が集まっているのを察した親衛隊が身体で隠した。

 その中にはシレンサル宰相が混じっていた。どうもエルバティア征討作戦だけでお役ご免というわけではないようだ。

 これから向かうタルメシャ北西部に隣接するアルジャーデュル地方にある三政権は何れも祖父イディル政権からの分派系列である。有力者達との連絡調整役として活躍した”子たるウルンダル王”の役目をそのまま継いだシレンサル宰相はきっと橋渡し役に適任だろう。他にも祖父政権の分派と話を通せる人物はいるのだろうが、ベルリク総統の意向を強く、そして狂気的に伝えられるのは彼だけだろう。彼以外ではどこかに妥協点があるように思わせてしまったり、良好な関係を保とうとして優柔不断な交渉になってしまいかねない。

 こちらも食事をしながら、あちらの様子が気になってちらと視線を送ってしまう。そして自分と目が合ったシレンサル宰相は何故か対抗意識を燃やした目で返してくる。

 何があの目をさせるか分からない。競い合う中になった心算は無い。父と知り合いだったとは思うが世代を越えた恨みでもあるのか? そこまで殺気立っていないと思いたいが。

 余り視線が重ならないようにと気を付けていたのだが、ベルリク総統がその様子に気付いてシレンサル宰相に手招きした。見えぬ尻尾を振って寄る宰相だが、両耳を掴まれ頭突きを受けて蹲った。あのようなことをやっても不自然ではないのが”親父様”か。

 ベルリク総統がこちらにやってきた。

「ゼオルギ王、うちの馬鹿が失礼した」

「いえ」

「もう広まってきている情報なので隠すことではないんですが、魔神代理領の大宰相が一任期で降りてしまって、その連絡を受けたのでちょっと悩ましかったんですよ」

「ベリュデイン氏がですか」

 あまり下手に知ったかぶりで喋ると馬鹿と言われそうだ。

「ええ。代わりにバース=マザタール先生が」

 急進改革派から反動のように保守派へ転換、ということになるのか? ちょっと自分の知識だけでは足りないな。

「ご苦労様です」

「まあ、まあ……」

 言葉にならないことが多いようだ。


■■■


 ノルガオアシスの次に、イラングリ王国領内では初めに停車するカルマカ駅に到着。北の草原に突如現れたジャーヴァル風の極彩色的な南方風の街並みが急に現れる。

 中でも異形神の像が目立つ。一つの下半身と三つの上半身を持つ女神。一つは母の微笑みで子を取り上げ、一つは欠損した顔で胸に抱き、一つは顔無し――首が直接口になっている――で喰らう。彫像だけでも不気味だが、街を代表する巨大女神像ともなればその手に本物の赤子が置かれている。まさか生贄かと尋ねれば、食らう女神の手に置かれるのは死産か夭折の子だけらしい。他はその手に一時預けて健康祈願ということだった。

 元はイラングリ人が住んでいたはずだが、今やプラヌール族と彼等が連れてきたジャーヴァル系の移民が混じってかつての姿は無い。

 オルフ二千万、マインベルト一千万、帝国連邦三千万程度の人口比率だろうという概算あるが、移民を吸い上げる力が有る様子では近い内に三千万が四千万と膨れ上がっていくのではないだろうか? 東へ進む程に極東系と思われる民族の顔や服も増えている。


■■■


 続いてゴンガーン市からは川幅の広いスラン川に渡される、橋脚連なる大鉄橋を渡る。増水期の川幅に合わせてあってかなり長い。

 ここもまたジャーヴァル移民の街だった。水にまつわるような異形神像が目立った。


■■■


 鉄橋を渡ってしばらく、タルベリク駅に到着。ここもイラングリ王国領内で東端なのだが草原砂漠の民らしい都市になっていて住民の顔ぶれも違う。見るからにラグト系住民で、隣接するラグト王国領からわざわざ分断されているようにも見える。これは統治が面倒臭そうだが……わざとか?


■■■


 ラグト王国領内に入り、クルガバット市に入る。アッジャール風でもないラグト風で、天幕から服装、装飾まで色使いが褪せ気味。その代わり毛皮が充実し、西では貴重な種類でも庶民が使っている。


■■■


 ベグラト山脈が見えて来て、木々が濃くなってくる。そしてザプレ川の畔のダヴァサライに到着。

 ここはラグト王の冬営地で、都市が質素な代わりに絢爛な冬宮殿がある。

 王のユディグはこちらに不在。次の駅、王都アスパルイで一度休日になるのでそちらでお出迎えとなるようだ。


■■■


 ザプレ川を下る鉄道で北へ向かい、ニアラク川が合流するラグトの都アスパルイに到着した。

 ラグト王の夏営地で、夏宮殿は帝国連邦内の各宮殿級の建物と比べても絢爛。往時のレーナカンドも及ばなかったと話に聞く。

 輝く宮殿というのは相応の年月の積み重ねの中、下々の民に分配せず王の元に財産を集中させた結果でもあろう。戦乱で王の挿げ替え、王都攻防戦など幾度か経験しているはずだが黄金の屋根は引き剥がされずに健在、もしくは今日まで修復が為されてきた。それだけの物が投入されている。

 この考えが頭に過る時点で自分はもう共和革命派に影響されているだろうか。ただの善良な君主の範疇か?

 ベルリク総統に「面白い話があるから一緒に聞こう」と、夏宮殿へ引き連れられて入る。ノルガオアシス以来、降車する時期が同じになっている。

 その前に、

「私の目の術を利用したいということですか」

「お、先にそれを言うのを忘れていた。いやあ申し訳ない。一度共同戦線張っただけで身内扱いとは失礼した」

 とベルリク総統は笑う。

「内容を先にお聞かせください」

「バルハギン統に関して委員会を立ち上げたいと提案がありました。エルバティアの件で、今の帝国連邦では構成国などより政府内で直接働く委員会の方が強権を持っていることは大体理解したと思いますが、焦りがあるのでしょう」

「委員会の方が強い? 反発があったのでは」

「言わば奇襲性が強かったのです。私も発案されるまでその手があるのかと気付きませんでした。既得権益の上書きをしないようにするのが反発回避のコツでしょう。委員会設置後に事態に気付いた者が多かったようです。それから未踏分野の開拓に既得権益集団以外の者達を投入すれば相対的に中央集権化できます。その集団は運動能力に優れ、既得権益集団の利の外で巨大化出来ると理想だと思います。それが新たな反中央集団にならないように調整しなくてはいけませんが、帝国連邦の場合は獣人が担いました。人間、妖精の対立があったとするならその間に入り込んだ形でしょう」

 教えてくれる。四国協商実現のためという下心があるのだろうが……あまり感じられない。

「参考になります。しかしその重大な委員会案件に私が参加して差し支えないのですか?」

「ゼオルギ王も関係者ではないですか」

「国が違いますが」

「うーん、まあ何か減るわけでもないですよ」

 ということで、先人の知恵を借りた代償にこの目の術を利用させることになった。

 ベルリク総統にしてやられたのか? その意識があったか不明である。術は万能ではないだろう。

 宮殿にて、玄関先で出迎えに来たのはラグト王ユディグ。父イスハシル、祖父イディルとも直接の知り合いだろう。連れに自分がいることを見てきたので、あえて強めに視線を合わせて真意をいきなり暴露するか試す。

「ゼオルギ殿もお越しとは、流石に提案は胡散臭過ぎましたか」

 ここで今更気付いたが、手の内、こちらの術が広く知れ渡っている。秘密裏に相手に白状させるという手が使えないことを自覚する。

 父イスハシルの魅了を受け継いでいないかという噂は胎内の時からあったそうなので注目は今更。この力が発揮され始めた頃には母が政治利用していた。どうにもならないか。

「今までロクな反乱が無かったのでその見せしめでもやりたいとは思っていましたが、第一号の名乗りは上げないようですね」

「それはまさか!? 実力は弁えています」

 謝罪の礼をしながら「こうなるのか……」とユディグ王が言葉を漏らす。一応、バルハギン統一門を焚き付けて一揆というわけではないらしい。

 ベルリク総統も「やっぱり口が滑るなぁ」と言う。

 次に自分を見て「ちょっとチンチン触ってもいいか?」とも言った。何で言った?

 あー……手でひさしを作り、術の中断を試みる。

「ユディグ王のお話を聞きましょう」

「お、そうだったな!」

 床を、ベルリク総統の靴を見ながら歩いて宮殿の一室へ。そしてユディグ王が改めて話を切り出した。

「改めて、仮称ですがバルハギン統管理委員会の設置提案です。名称は必要があれば保守伝統派に配慮しますが、内容をお話しします。

 バルハギン統に対して放置もしくは拒絶のままでいるとまず良いことは起きづらいでしょう。管理下におけば反発はあるにしても対話の関係でいられます。陰謀だけの関係ではなくなり、何か事があっても話し合いから解決を図ろうと言う道筋が立ち、それこそが正統となってはかりごとが邪道となって騒動の抑止になります。

 総統閣下がバルハギン統の娘婿にならないという選択肢を取り、血族談合の場に立たないというのならばせめて代替の仕組みは用いるべきです。お子様の代からそうではなくなることがあったとしても仕組みは損になりません。

 バルハギンの血を絶やせば確かにそのような面倒事は消え去るのでしょうが、御存じの通り貴賤問わず古い血統は広がってどこぞの流民が名乗っても否定出来ない程に世代が経っております。是非統制を」

「具体的には」

「正当な血統を整理して系図を作ります。開かれた社交会を作って交流の場を設けます」

「そして圧力団体に、か。何の意見を通したい?」

「国家の後援団体にしたいと思い……」

 ユディグ王は喋っている内に理想と現実と悪い予想、良い予想が混ざってきて口が回らなくなってきたようだ。

 さて、そのバルハギン統に自分は国外にいるが含まれる。それも参加して良いのか? この様子だと良くない。野放図に組織されると入れそうだ。

「作ることは否定しないが、委員会じゃないな。社交会は社交会だ。俺の管轄外だが内務省の目に留まることは間違いない。あのハゲは人間が嫌いだから容赦しないぞ」

「良いと……思ったんです!」

「否定はしないと言ったぞ。上手く行くか舵取りをやってみても面白い。成功したら凄い。失敗したら凄いことになるんじゃないか」

「はい」

 この圧力を出せるようになればベランゲリでも思い通りに事が運ぶのだろうか? しかし思い通りとは、正解が見えていない状態で押し通せて一体何になる?

 正解を見つけるためには広く家臣から意見を集めるのが賢明だ。古来より様々な帝王学にて言われてきていることだ。

 矛盾しないだろうが、そうならないようにするにはどうしたらいいのか分からない。その判断もおぼつかない。若いせいだと言い訳出来るのもあと数年だろうか。


■■■


 アスパルイを出て、ニアラク川沿いに上りながらマザリに到着。ダヴァサライと似たような地形に位置するが都市としては格下だが、鉄道関連施設に関しては何処も不足無く充実していると見える。この広い国で何処も不足無く、だ。鉄道力による総力戦を経験した国は力の入れどころが違うということか。


■■■


 更にマザリより格下のアクヌスに到着。主要河川に接しない山の麓。従来はただの宿場町から鉄道の影響で発展してきた街だ。


■■■


 それから上ルア川の河口、グシドゥラ湖の畔のグシウランに到着する。久々に見た巨大な水平線は見た目が清々しい。

 遥かに降った北極洋の河口から夏季に遡上出来る蒸気船が荷物を運んで来ており、船籍はランマルカ。変なことではないが北海のその先からやってきてこのような内陸部にまで到達しているということが不思議である。

 また北極妖精が交易に姿を現している。遊牧帝国の歴史にはほぼ記述に無かった者達が姿を見せている。


■■■


 また大きな山が見えて来る。ヘラコム山脈の西側登り口の都市タバルムン。古くからの交通の要衝なのでそれなりに発展している。登山用に列車へ機関車を複数連結するため、鉄道設備が他より充実。車両基地は簡単に見て通常の倍は広い。連結作業にやや時間を要した。


■■■


 機関車を増やしてつづら折りになった鉄道路を、時に崖際のような危うく見える道を登ってアイザム峠に至り、登りから下りに変わる。

 峠にも車両基地があり、ここで点検を行う。登りは機関に負担を掛け、下りも車輪とその軸に負担が掛かるという。後部車両の重量が一部でも先頭に掛かるのだ。

 鉄道で進んでいるのでただの山道という感じに終わったが、天政との戦いではここで、あのシレンサル宰相が腕を落しながら防御陣地を血塗れで強行突破した難所である。そういうことを考えるとあの態度も……いや、見当違いではないか。

 道中は高地順応訓練の恩恵かそれ程に体調が変わることは無かった。疲れたら横になって寝れば良いのである。馬上より良いのは言うまでもない。全く贅沢。


■■■


 ヘラコム山脈を下り、谷間を進む途中の都市クンカンドに差し掛かる。左右から高い山の連峰が突き出て、途切れて門のようになった地点にある。

 ここでも再度車両点検。増やした機関車を外した。反対の、南側からやってくる列車に接続するためである。

 ここからまた下りの谷に入る。空気の味が低地になっていく。


■■■


 谷間を進んで岩肌だらけの山から乾いた平原の中に現れるのはウルンザライ市。

 坂道ではないというだけでこう、腹から頭にかけて落ち着く。人は斜面で快適に生きるように出来ていない。


■■■


 殺風景な山を越え、今では荒野から様変わりした穀倉地帯の中心であるダシュニル市に到着。道行く車窓から見える一面の畑には驚愕した。

 ここで一度休憩、全員下車して歓待を受ける。とにかく大量の食事と酒、出張で集まった売春屋、大道芸人などである。まるで楽しい旅行だ。

 知らない味付け、知らない香り、知らない女、知らない芸に動物。皆、楽しめる者は楽しんでいる。

 このようなお楽しみは特別に用意されたものであるが、戦時でもそれなりに用意が出来るだろう。遥か大陸の端からまた端まで遠征に行くこの帝国連邦の兵士達は楽しみながらやってくるというのか? 馬や駱駝、牛と歩いて戦う前に疲れ切ってようやく戦場に辿り着くのではなく、列車に乗って道中のお楽しみを待ちわびながら。

 ベルリク総統がピルック大佐を始め、ランマルカ妖精達へ順番に飴をあげている。何かの行事かは知らないが、場の雰囲気的に何の脈絡も無く始まった様子。

 あれが妖精との付き合い方だろうか。あれはあの人の特別な距離感に見えて、余人に真似が出来ないと思う。

 そう言えばと、ピルック大佐にニコラヴェル親王との交流はそれほど進んでいなかったと考える。しかし何か切っ掛けが? と思ったが言葉も通じないし、通訳をどう都合つけようかと思っている内に来客対応に追われて時間が消えた。

 四国協商の成立に拘わらずマインベルトはオルフと無関係ではない。有事ではなくても文通ぐらい出来る仲にしておかなければいけないと思うが、どうも取っ掛かりが出来ない。作るものだが……ピルック大佐はまるで子供が親戚のおじさんに構って欲しいと強請るように接触している。あれの真似は出来ないな。


■■■


 楽しいダシュニルから南下しブラバシ市に到着。ここから建物の雰囲気が古くからあるハイロウ風に変わる。建物の色使いが、こう変に見える。

 ここから大陸横断線を降り、北ハイロウ線に乗り換えてユルケレク川沿いに進む。

 川の周囲は緑が多いが、少し外れれば不毛な砂漠がどこまでも続くようだ。夏のせいもあろうが、この北のハイロウ盆地の中央はすさまじく昼が暑い。夜は勿論一転して寒い。


■■■


 川沿いを長く進み、砂漠の途中にあるイェルラ市に到着。改めて列車、そして屋根の素晴らしさを実感する。川も素晴らしい。ただの川だが真水があるというのは素晴らしいのだ。

 祖先の軍隊はここを遥々南下していってジャーヴァルに攻め入ったことがある。そこまでして戦争がしたいのか?


■■■


 鉄道のお陰で長旅なのに一季節も跨がず、しかし目まぐるしく変わる風景と気候と、やはり身体を痛める座席に苦しんでようやく、まだまだ終点ではないがハイロウ最大の鉄道拠点のカサチシ市に到着した。

 カサチシから、ザカルジン大王国へ繋がるザカルジン線、ハイロウのかつての中枢ながらまだ第二の都市であるダガンドゥに繋がるダガンドゥ線、南ハイロウ東山麓沿いに南下するヤカグル線へと分岐する。そのような鉄道需要から鉄道産業を重点に都市が新興的に発展し、軍の休養施設も大規模に維持されている。

 ここでまた四か国遠征軍を三軍に編制し直してタルメシャ遠征を実行するらしいのだが、ベルリク総統は指揮官級を集めてこう言った。

「前大戦よりタルメシャ作戦に従事しているザシンダル藩王タスーブ殿下並びに諸関連の最新情報が集まるまでここで一旦待機します。トルボジャ峠からの南進、ジュムガラ峠からの東進、不安定なアルジャーデュルの保安、これらに一軍ずつ割り当てたいと思いますが戦力配分に悩んでいるのです。出来る限り保安の方から戦力を抜きたいのですが、それには最新情報が必要です。待って貰いたい」

 何でも万能に豪腕でやってのけるというような面子など持ち出さず、ベルリク総統は懸案事項を素直に口にした。

 一歩止まりたい時はそのように正直に言うべきだろう。参考になる。

 ここがニコラヴェル親王と時間的余裕を持って接触する最後の機会になるかもしれない。

 車列は分かれて進む。人と馬の足ではない以上、下車して挨拶しに行くことは出来ない。駅で降りて休む時間も異なる。

 現地では何が起きるか分からない。猿頭という見たこともない獣人の領域に入って無事で済む保証も無いのだ。

「サガン、少し付き合ってくれないか」

「はい」

 これは卑怯かもしれない。息子を利用して知恵と勇気の無さを補う。

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