第413話「衝撃が必要だが」 アフワシャン

 南部方面より、ベルリク総統のところからスライフィールの竜に乗って中央、チェトカルを目指す。スライフィールのウラグマ総督の下で長年仕えてきたがこの背中、いや首に跨るのは初めて。飛べない鳥もどきが飛べた。

 竜が尾先まで着る防寒の毛皮が風になびく。頭と首と肩に翼、背に腰から尾、尾先のうねり、くねりがそれぞれ別生物のようで……思った以上に気持ち悪い。吐きそう、いや吐く。袋に吐いて投げ捨てる。ただ吐いては竜や跨兵に掛かって大変失礼。

 列車といい馬車といい、馬以外の乗り物は苦手である。

 ガエンヌルは各山々の頂上から眺めて把握していた心算だったが、空の上からだと全く違って見える。もうここは我々の土地ではないということか?

 見上げる同族が下に見える。チェトカルの城壁に囲まれた街と宮殿が見える。あれは敵。文明化の代償に死ね。

 直接チェトカル近郊の西部軍作戦拠点へ降りる。ガチガチに固めた命綱を解くのに時間が掛る。

 チェトカル包囲の部隊は、エルバティア兵が二割、妖精兵も二割、残る六割はダグシヴァル兵。そしてなぜか神聖教会の修道服を着た人間の女が一人混じっている。やけにニコニコしているが、何だ? どこかで見た記憶があるような……。

 拠点には一体どれだけの苦労を重ね、敵を騙して運んで来たのかという程の大砲、機関銃で陣地が築かれている。この絶好の位置より敵が攻めて来る方向を眺めて、手前側ではなく遠くへ視線を伸ばす。岩に弾痕と石片、死体に肉片へ集る猛禽。点々と見える。

 司令部天幕内には委員会の軍事部門の部長であるボレスという肥満体の妖精と、現地協力者で羽毛剃りの禿げ頭、背反の元老議員ミヒルラが未完成の地図の作成に当たっていた。

 ミヒルラは自分と母を同じくする。種違いの場合、兄弟とは我が地方では呼ばない。

「同母、準備はいいか?」

 竜跨隊から託された、上空から偵察して作った地図の一部を机に上げる。

「今、ボレス部長と話をしていたところだが、さてそれで……」

 ボレス部長が新しい地図情報を使って、空白、予測の多い地図の一部を「今描いている最中ですよ」と埋め始めた。口調から人に急かされて仕事を急ぐ性質には思えなかったので空いている席に座る。

「そう言えば同母、何でお前外に出たんだっけ?」

「年寄り共に”お前等馬鹿だから引退しろ”って言って一人殺したところで追手が掛った」

「そんなのだったか?」

「しょっちゅう死んでるから覚えてないんだろ」

「そうだな」

 軽く昔話をしていたらボレス部長の手が止まった。

「具体的な包囲網の構築に掛かって良いだけの情報は集まりました。アフワシャン委員はここから右手回り、南側から図に指定した要所を取って回って下さい。北側の情報は追って伝令に持たせます。順調ならば今日中に精確な情報がやって来るでしょうな」

 継ぎ接ぎ情報を寄せ集めて整理した地図に描かれた作戦計画を確認。ここの出身でもこんな地形があったかと思うような情報に溢れている。やはりただの”庭”と攻めるべき”要塞”とではここまで求める解像度に違いがあるのかと思わされる。

「素晴らしい地図です。同母、兵を集めてくれ」

 自分が指揮する高地管理委員会の一隊と、それから同母ミヒルラの現地人部隊を拠点広場に集めた。皆に、エルバティアの者達に大義を改めて説くのだ。

「説明はしてあるか?」

「権力闘争とは認識している」

 ミヒルラに確認を取り、その現地人、同族の若者達を見れば怪しい雰囲気がする。

「諸君、現在帝国連邦高地管理委員会においてエルバティア問題を担当しているアフワシャンだ。かつてはこの山にて元老議員候補となり、議員を一名殺害した後にこの地を追われてから獣人奴隷として武術と教養を身に付けて戻って来た者である。改めて、我々がチェトカルまで攻め上がって今あそこ……」

 チェトカル宮殿を杖で差す。

「……の連中を廃して乗っ取るのは掟を変えて現代化するためだ。新しい考え、新しい技術を手にし、諸君等が知らずに瀕していた滅亡の危機を脱する」

 若者連中は首を傾げる、口を開く、瞬きする。その中でも代表らしい男が手を上げる。「爺様、あの、良くわかんねえです」

「勝って種族のやり方を変える」

「変わるとどうなります?」

「エルバティアが滅びずに済む。山に居れば安全だ、と思うならここにいる軍隊を見れば分かるだろう」

 若者達が委員会軍を見る。その実力はもう知っているところなので挑発的ではないが。

「やっぱ、良くわかんねえです」

 同母が笑い、分かりやすく言う。

「宮殿にいる奴等が敵、こっちが味方。勝ったら女を分ける」

「分かった! 分かった?」

『分かった分かった!』

 若者連中が手を叩いて納得した。

 山を離れて長かったが、こんなにも長かったのか。自分が世代下の連中を分かっていないようだ。


■■■


 ミヒルラと部隊を率いてチェトカル最終包囲網を構築しに行く。現地人部隊はミヒルラの直接指揮下において使う。高度な連携が必要な作戦には邪魔で、この一方的になる攻撃作戦なら有効利用出来るかという算段。

 まずチェトカル市の陥落も目的だが、敵を逃がさないようにするのが第一である。この山での戦いでは足場より生命が重要だ。

 都市や農村の維持をエルバティアはそれ程に重視していない。最低限の攻撃を城壁で守る気はあるが、その対応能力を越えたら逃げて山中に潜む。そして尾根を確保して高所から一方的に射撃しつつ、逃げて隠れて撃ってと消耗させ続けるか、ただ逃げる。そして占領部隊が疲れ切るか、警戒を解いたら奪回に戻る。侵略者には延々と痩せた山中を行ったり来たりさせて消耗させる。これで守ってきた。

 従来なら家畜に畑を奪われても何処かに逃げ道があり、違う谷で食えた。不足すれば奴隷や敵を食えば足りたが、今は家畜から畑から奴隷までガエンヌル山脈の主要拠点を攻めて奪い、山の下へ降ろしている。これで次の冬には途轍もない大飢饉が訪れるわけだが、種族全体の保全を考えるような思考も無い連中なのでいまいち危機に感じていないと思われる。

 各地にちらばる農村の数を中央政府として把握していないような連中である。地方の末端では自分の縄張りまでしか把握しておらず、情報共有などしない。どこかにうろつけば食い物が生えてうろついていると気楽に考えている。奴隷も家畜も放牧しているような気になっている。その心算で逃げられると追撃が面倒臭い。冬越しの兵糧攻めはやりたくない。

 逃げる敵の数は少ない程良い。組織抵抗出来ない程だと尚良い。

 包囲網を構築するためにはチェトカル周囲の偵察からの索敵即撃滅を実行する。撃退ではなく撃滅が望ましい。同じく逃げる数は少ない程良い。

 今の段階で、竜跨兵に乗った同族が重ねて山を下りて降伏しろと宣伝した後でもチェトカルに集まるような連中は説得の余地も無い。権益を守ろうとする者だろうが思慮足らずに中央に従う者だろうが余地は無い。圧倒的な力で叩きのめした後に生き残りがいて、そいつらが降伏すると言ったら救えば良い。

 包囲網を構築するために尾根、独立峰、峠、川の屈曲部等の要所を抑えに行く。

 敵を発見した場合は直ぐに仕掛けない。先に、その敵の移動を制限するためまず撤退路を封鎖する。撤退方向はチェトカル側なら容認。外への逃亡は可能な限り防ぐ。都市側中枢に戦力を集めさせた後にまとめて潰す算段があるのだ。

 そして道を封鎖してから襲撃するが、まず先制攻撃として随伴させた観測員と竜跨兵が共同して継ぎ接ぎ情報の地図を元に位置を確認する。信号員が位置情報を砲兵に送る。

 チェトカル周辺の地図は作戦前に調査出来た断片的なものを、チェトカル出身者などの記憶で補完し、憶測で更に補完し、竜跨隊が地上射撃を警戒しながら遠目に修正した物である。応急的であるが、この瞬間を見れば十分と認識出来る。

 観測射の榴弾が敵位置より遠くへ届く。観測員が誤差を砲隊鏡など機器で確認し、信号員が誤差情報を再度送り、修正からの敵が逃走する暇を与えぬ二射目からの榴散弾一斉効力射。上空で砲弾が炸裂して雲を作って鉛弾の雨を降らせ、弾、岩、敵が火花に血を散らす。

「雷を呼び出せるのか!?」

 ミヒルラに若者達が驚く。我が隊の同族兵は見慣れたもので、加えて自慢げである。

「おい、田舎者って呼ばれるぞ」

「だってそうじゃないか!」

 衝撃が消えない内に突撃。喚声不要。

 岩場を”曲がり又杖”を使って駆け、崖から飛び降りて弓曲がりの弾性で跳ねて衝撃吸収。これは最近発明した。銃が弓に対して圧倒的な地位に昇るまで需要が無かった。

 杖の又に施条銃を据えて立射。隠れる場所が幾らでもあるこの地形で、逃げに入った敵を追い殺す時に座る、寝るなどしていられない。そのような足場も早々望めない。

 敵の速度、調子に合わせ、未来位置で岩に足が掛かった姿を想定して、弾の到達時間を感覚に入れて未来位置射撃、当たる。練習した甲斐がある。

 敵も逃げるだけではなく弓を構える。姿勢は”大きく”、引き絞り動作が”余計に”あって発射前かどうか分かる。

 小銃は姿勢が”小さく”、引き金を絞るだけ。エルバティアの射法、手順が分かれば放つ限界まで照準合わせに時間を取って当てられる。

 委員会兵はこれらが出来るように訓練してある。若い連中は曲射に矢を放つようにして敵を抑えるか炙り出させる。

 優勢のまま要所を取り、包囲網の一歩を築いてここから更に敵を見つけて潰す。

 襲撃の第二段階。撃退よりは撃滅重視で行きたい。短期でも敵に何があったか学習させたくないが、全て殺す。逃がさないのは難しいがせめて最小限の人数に抑えて、逃げた者が説明不能な馬鹿だけである確率を上げる。

 高所狙撃支援を混ぜた追撃部隊を出して残敵を追い込み、退路を防いだ部隊の待ち伏せ。そしてチェトカルへの撤退誘導は失敗の中の最善。

 改めて、制圧した要所に後続部隊を配置して軽山砲、機関銃を上げて陣地構築。これを繰り返す。毎度同じ状況にはならないが、火力の優勢が勝利へ導いていった。

 砲撃は派手だが要所の確保作業は地道。時間も掛かり、日を幾つも跨ぐ。

 低地側から目玉を抉られ、手を潰された人間に同族も上がって来ることがある。そういった一団では人間の頭数は少ない。まともな食事も与えられず、食われている。そういった者達は足手纏いになるのでチェトカルへ通す。誤認から射殺も良くあるが仕方が無い。

 雲が通り過ぎて悪天候、風雨に見舞われることもある。暗くて寒くて動きづらく、竜跨隊の空からの目と口が使用不能になる。

 確保していった要所間にて手旗信号で連絡を繋ぎ、伝令に手紙を託す回数が増える中でも要所を取り続けて包囲網を作る。ボレス部長からの新しい地図も届いている。

 次の攻撃先の要所に敵兵の配置が無い。悪天候で見つけ辛いか、雨風を嫌がって違うところに隠れたか?

 襲撃前の偵察に、空からの目があればと思いつつ時間を掛ける。だが分からない。しかし待ち伏せの予感がした。要所を一旦わざと取らせてから包囲攻撃は山で古くからある戦法の一つ。

 解決方法は潜伏予測地点に砲撃要請。爆風と破片効果に堪らず逃げ出す敵の待ち伏せ部隊を炙り出す。

 先んじて、敵待ち伏せ部隊の予測配置から更に予測した撤退路上に配置したこちらの待ち伏せ部隊が逃がさず攻撃を仕掛けて殺すか、晴天時と同じように失敗だけれどもチェトカル側へ誘導する。

 悪天候の中でも作戦は続けた。夜は濡れた岩肌が凍り、朝になって土の地面が泥になる。夏の風物詩である氷河の崩壊で、地響き鳴らす氷塊土砂混じりの洪水も起きた。その流域破壊の最中にも砲兵に砲撃要請を出して要所奪取に攻撃を仕掛ける。騒音に紛れれば良く成功する。

 そして遂に機関銃と山砲による鉛の逆茂木でチェトカル包囲網が出来上がる。範囲に対して兵は足りないが、それは射撃力で補う。伸ばした腕は短くても飛ぶ弾丸は長い。

 不利を今更悟ってチェトカルから逃げる集団が出て来る。武装していれば当然、非武装にて降伏を宣言しても声を掛けることも無く、要所に配置された陣地から交差射撃で粉砕した。

 軽山砲に採用された新型散弾は矢型の子弾を、狙った方向へ比較的直線状にばら撒いた。通常の散弾より精密に集団を殺戮。また矢子弾は弾丸より大きく、宙で目に止まり、着弾地点に刺さって見える。人も家畜も音とその見た目で足が止まる。

 足が止まればそこへ機関銃連射。弾丸は穴を穿つで済まさず、正に引き裂く。

 最終包囲まで降伏しないような強情な連中の降伏は信用ならないということもある。チェトカルに逃げるという行為をする連中が中央政府寄りで生かしても不安材料になるだけということもある。一番は低地へ下ろす後送部隊がいないことである。捕虜を管理する余裕も無い。例外は女だけで降伏してきたらこれは捕虜とする。山の女は男の殺し合いには関与しないのだ。


■■■


 チェトカル撃滅のための包囲網構築終了。

 外へは逃がさない。決して逃がしてはいけない。はっきりと中央政府が、世界が変わったことを頭の鈍い同族達へ認識させるためには大量のそれと分かる死体が必要だ。優先して食糧を得て毛艶も良く背も高い立派な服装が似合う体形の死体を山中に干して回らないといけない。何か、粘り強く抵抗すればまた引っ繰り返るとか勘違いさせないだけの衝撃が必要だ。隣の村で騒動があったらしい程度のぬるい認識で終わらせてはいけない。全同族の魂に雷を落すような、それくらいの衝撃が要る。

 巻き添えで女が死ぬだろう。次世代は少し数が少なくなるが一時の問題に過ぎない。山とは比較にならない食糧確保が今後約束される。

 市街地への砲撃が始まる。非常な危機を覚えるとどこか頑丈そうな場所に籠るのはエルバティアも例外では無い。

 高い石城壁など意味は無く、榴散弾の弾幕が壁内を舐めて殺しながら生き残りを建物内に避難させる。

 続いて榴弾が建物を倒壊させ、屋根も使って避難した者達をまとめて潰す。

 砲撃で頭を抑え、退路遮断の部隊を後方支援役とし、突撃部隊を比較的安全に城壁外へ配置。

 建物を崩して外の方がかえって安全かと思わせ、突撃隊への誤射防止を兼ねて一旦砲撃を全停止し、鉄の嵐は過ぎ去ったかと勘違いして穴倉から減った生存者が出て来たところで砲兵による榴散弾一斉同時発射で第二波の気配もわずかにもう一掃射。そしてその衝撃と同時に防毒覆面を着用した突撃部隊が毒瓦斯火箭を壁内へ発射、着弾、通気性が良くなった市街地を重ねて抑える。

 現装備にて考えられる限り城壁外から敵兵力の麻痺を図った後、軽山砲にて鉄板打ちの頑丈な城門扉の蝶番を狙って直接照準射撃にて破壊。鴉覆面姿になったあの人間が「あらブットイ!」と身の丈以上の岩石棍棒で扉を突き倒して道を綺麗に開いた。

 市街突入開始。一応、山の元老議員達と交渉することがあるかもしれないと、自分も後方から同行。

 突撃部隊が制圧を開始。砲撃と毒瓦斯で苦しんだり、死後の痙攣を見せたり、五体四散していない死体か失神者いずれも構わず死んだふり、最期の抵抗を警戒して銃弾を撃ち込みながら街路を駆け上がる。

 暴れ馬に暴れ牛が走り回り、それも即刻射殺。人間の奴隷も敵と想定し生かさない。敵はさておき、味方の人命重視の行動である。銃弾は貴重などというケチな根性は見えない。

 基本的にチェトカル如きに確保したり保存したりする生命文物は存在しない。燃える燃料を吹き付ける火炎放射器が全ての――倒壊した建物でも掩蔽壕のようになるので対象――建物を焼き、黒煙を噴き上げる。この煙もまたある種の毒瓦斯で、制圧した目印にもなる。残虐で効率的。

 鴉覆面は砲撃で穴だらけになりながら、まだ形状を保つ宮殿へ単騎――否、背中に拳銃を持った妖精を背負って二名――突入しようとした。手に厚い盾を持って宮殿からの矢を防いではいるが――ただの怪力ではないな――流石に危険である。エルバティアの戦法は待ち伏せを得意にする。廊下や部屋の角毎に射手がいる状況が想像できる。危険だ。

「待て、入る必要は無い」

 鴉覆面と背中合わせに背負われた妖精が答える。

「理由を聞きます」

「白兵戦までして犠牲を出して抑える必要は無い。焼き殺して問題無い。窓から飛び降りてきた連中を狙う。エルバティアなら焼かれる前に、このくらいの屋根からでも平気で降りて来る」

 宮殿は十階建て。歴史もあって増改築も重なってエルバティアのものにしては巨大。単純突入は無数の迎撃に曝されて危険。方針は人命重視であろう。

「それが効率的ですか?」

「退路遮断の部隊を回して……」

 八階の窓の一つから一人が飛び降りて、壁に杖の一突きを入れて減速を一度、そして壁に爪と長弓一本を擦らせながら着地。着地際の衝撃吸収姿勢、その硬直状態を狙って撃った。倒れた。

「この要領だ。中は木造でかなり暗い。照明の蝋燭と油が多くて燃えやすいのは彼等も分かっている。突入制圧には大勢必要だが、追い詰めれば自分で火を点けて諸共焼き殺しに来るかもしれないし、今の通り逃げる。だから外から炙り出すのが安全だ」

「分かりました。アフワシャン委員に百点!」

 背負われた妖精に指差された。

「やったねファファファンさん! 百点満点だよ!」

 足腰を捩じって振り返った鴉覆面にも指差された。どうやら賞賛らしい。


■■■


 炎上するチェトカルの街と宮殿。離れて長いせいか馬鹿の溜まり場が消えてさっぱりした程度の感慨しかない。

 宮殿への突入は取り止めとなり、壁に開いた穴への焼夷火箭射撃にてあっさりと焼け落ちた。昔を思い出すと、内部は融けた蝋燭や燃え残りの油かすが床から天井まで塗りたくったようにこびりついていた。富の象徴のように油の貯蔵量は多く、食事に提供する乳脂も同様。空気も乾燥していればこんなものだろう。

 宮殿から飛び降りた者達は、流石はエルバティアで足を折った間抜けなど子供と禿げ頭の老人、元老達くらいだった。そして待ち伏せで武器を持つ者は射殺、降伏した生き残りを並べて女と女児は助命。その他は殺すことになるのだが、ここであの背負われた妖精が「ここでサニャーキが一工夫!」と言った。

「私が一工夫?」

「そうだよ!」

「そうなんだ! えーと、じゃあ、あっ! お空を自由に飛びたい感じだよね!」

 鴉仮面を脱いだニコニコの人間は楽しそうである。

 一工夫。始めた行為は、これは何と言うのだろうか? 整骨という生半可さではない。整形手術、生剥製術? とにかく処刑対象の同族は身体を手酷くいじられた。

 腹と胸の皮を剥いで右腕、背中の皮を剥いで左腕に縫って接着。羽毛の不足は死体から取ってつける。指の骨は三本残し、寸詰めするなどしてほぼ鳥の翼へ整形。

 足の肉と骨も寸詰めして短くし、指を一本切除。前に三、踵から一本伸びるようにする。鳥の足である。

 嘴は死体から剥ぎとったものを細工組みにして延長。鳥らしい嘴、だろうか。

 肋骨を上から抜いて肩を下げて繋ぎ直し、頸椎を見かけ上伸ばして首長に。頭身と言おうか、それが鳥の獣人から怪鳥相当になった。

 性器、尿道、肛門を一つの穴に統合。鳥は排泄する穴が一つである。

 こんな無茶な手術をして生きているわけはないが、これは見本だった。妖精達がこの「ぱたぱた鳥さんの出来上がり!」を見本に、医療呪具を使って生きたままに整形手術を始めたのだった。それは手馴れて、活かすことを知り、その他種族を常に見下してきた口から「頼むから殺してくれ」との哀願の言葉を吐かせた。

 エルバティアは人間も同族も食って残酷、野蛮と言われても仕方がない行為ばかりしてきた。しかしこれは、これは冒涜の一言。普通、常識的に許してはいけない一線を易々と越えている。生きたままこの姿になった彼等を山中で見せて回れば……いや、我々が見たら? 見せられた今……。

 遅れて市内に来た同母のミヒルラを見る。顔の表情、正直同族の顔など他種と違って表情筋も乏しく見て分かるものではないが、見て分かった。

 意識改革には衝撃が必要だが、これは、ここまで必要か?

「やったね、サニャーキに百点!」

「百点も!?」

「そして三倍サニャーキ」

「三倍サニャーキ」

「つまり花丸三百点満点サニャーキ!」

「は、はなまる三百点満点サニャーキ!? すごすぎる」

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