第412話「後は西から」 ベルリク

 ガエンヌル山脈より南方、大内海に面する地域は幾つもの谷とその開口部で形勢され、水域も豊かで定期的に雪解け水が氾濫を起こす――粗放で紛争が絶えない――穀倉地帯である。今の季節、夏ならもう春の大洪水は終わった後。

 ただ豊かであれば人口も多く、従って動員力も多く、エルバティアに対して完全服従で奴隷状態にある部族等勢力は思ったよりも少ない。どの程度”お山”に貢納品を送っているかはまばらだが、大雑把に半属系ばかり。収奪制度が残酷な割りにお粗末なせいだろう。

 中には小賢しくもエルバティア族の武力に恃み、彼等を現人神と――タルメシャの猿頭と似る――祀り、完全服従しているという立場を使って他部族に圧制を強いているような者達もいる。エルバティアからしてみれば手下が勝手に税を集めて来てくれるようなもので歓迎すれど否定はしない。

 良くも悪くも大雑把で、中央集権体制だとかそういう概念も理解していないというか必要としてこなかった。”お山”最強の立場は政府改革圧力など全く受けずに文字記録が存在しない時代から不動であった。

 ガエンヌル山脈南部沿岸地域事情は大内海連合州が将来の併合を視野に入れて把握している。山脈本体より南に開ける谷がおよそ十。その一つ一つに東西へ開ける谷が更に十かそれ以上あって百以上の谷があり、それぞれに固有の部族やその派生氏族、盗賊上がりの集団がいて、河川部にもまた独立系、派生系が点々とし、アッジャール残党から自称イディルの子孫まで色々、という状況。

 現地を良く把握しているだけあって大内海連合州もそれなりに影響力を擁している。もっと狭義の沿岸部、直接海に面しているような勢力はほぼ連合州の影響下にあり、その隣接勢力もエルバティアとその信奉勢力の影響から遠くなっている。こう、山と海の間には影響力がぼかし入りで濃淡があった。一言で法則に当て嵌められないとだけは言える。

 このような複雑で広大な地域を短期間で丁寧に制圧することは現有兵力では困難である。

 我々四か国遠征軍は斬首作戦のように”お山”のエルバティア政府自体を挿げ替えるまでを担当する。後の細かな百か谷地域の統制は大内海連合州政府に任せる。このことから南方軍と大内海連合州海軍と共同で行ったのはまず沿岸の打通。

 まずは海軍が海上を先行し、親大内海連合州勢力に臨戦態勢を取らせ、域内河口部を確保していく。良く連携が取れる勢力ならば隣接領へ攻撃を開始させる。この時には必ず連合州の海軍歩兵隊が随伴し、旗を掲げてこちらとの意志疎通に支障が出ないようにする。当たり前だが制服も着ない民兵が敵か味方かは把握しかねる。

 次に陸上を我が南部軍が侵攻。半分は詐欺のようにエルバティア人高地管理委員を使って降伏、服従勧告を出させた。従わないならば勿論攻撃。

 騎兵隊だけで落とせるなら落とす。少々手こずるようなら歩兵、グラスト術使いを当て、時に砲兵装備などの重量物を海から、川から蒸気船運送で受け取って砲弾を撃ち込んで解決していった。

 沿岸部側では状況を把握出来ずに抵抗した勢力と、エルバティア信者勢力を主に撃破していった。信じる彼等を説き伏せたりなんなりする手間が惜しかったので、先導役以外の目玉を抉って”神様に復讐して貰え”と上流側へと向かわせた。

 現在、北部軍と東部軍が最終目的地の大半を確保した現時点で沿岸の東半分にまで到達。

 我々南部軍は沿岸部の速やかな確保の後、海軍の河川突入艦隊の支援を受けて川沿いに山目掛けて遡上していって山腹の最終目的地にまで至る。

 初動はほぼ一直線上、そこから派生して”櫛”状にしか行動しない。面の制圧はやはり大内海連合州軍にお任せである。およそ、西部軍が斬首作戦を行ったあたりであちらの陸軍が準備万端に動員完了、具体的に支配を固める段取り。

 エルバティア征討は大内海連合州の悲願でもある。先の聖戦、アッジャール侵攻、分裂後継勢力の残存、対天政戦、連戦による疲弊。金にも糞にもならないが事件だけは起こす鷹頭のド蛮族に手を出す暇など今日まで無かった。


■■■


 これがババアの香り。御前会議の行方が心配過ぎて――ルサレヤ先生には両者合意があればザラを利用しても良いと手紙に書いて送った。あの頭脳相手に子供だからと遠慮は止めた――鼻が求めるようになった。

 スライフィール珈琲の原産地流の淹れ方は豆を煮詰め、香辛料で強めに香りづけ。かなり濃いので水分補給目的に飲むには辛い。豆で酔っぱらうので小さめの杯で一杯。嗜好品というか薬に近いかもしれない。

 スライフィールあたりの気候を考えれば砂漠とは縁が切れない。そんなところで酒なんか飲んでいたら脱水症状で死ぬ。代わりに酔っぱらう飲み物がこれだ。それから不眠不休で抜けないと死ぬような難所や暴風に遭った時の気付けにも使える。

 それからナシュカに”酒飲んでんじゃねぇ糞、呆け”そして愛してるチュっ、とたぶん言われているのでお茶系に嗜好を移している。馬乳酒だとか、酒というより食い物の一種みたいなものは別だ。

「あ」

 ここで重大なことに気付く。これをゼオルギくんやニコラヴェル親王とチンポ野郎にも同じ配合の物を配ってやれば良かった。これを暇な時に飲む度に総統閣下大しゅきぃ、とすることも可能だったのではないか!?

 そのような香りを振り撒きながら、こう、蛮族の集まりを眺める。蔑称は良くないか。尊称するような相手ではないが。

「これで沿岸東部側は全員ですかね」

「記録、記憶共に相違ありません」

「ありがとうございます」

 大内海連合州の第二種諸邦管理事務局の官僚がそう答えた。第二種諸邦というのは州政府が直轄出来ていない、しかし”縄張り内”の勢力総称。その各勢力の首長達に声を掛ける。

「わざわざ集まって頂き、ご苦労様です。エルバティア支配終焉の時が来ました。まず意志を確認したい。大内海連合州の下に入る意志の有る者は立って、あちらの窓口で登録手続きを済ませて下さい」

 あちら、と手を向け誘導した先には第二種諸邦管理事務局が臨時開設した第一種諸邦認定管理事務所である。横幕を払った大型天幕で、官僚が書類に筆記用具を揃えて待機中。

 各勢力の首長を集めて意思統一を図る。彼等は協力、降伏、抵抗、信者の四種勢に大分される。

 協力者は自領と隣接領の治安維持をして貰うことになるので、一旦集めて重複しないように調整。その隣接領で乱暴狼藉を働くこともあるだろうが、それは大内海連合州軍が統制を、出来れば行う。住民抵抗が激しいなら弾圧することになるだろう。

 他の三分類は第二種諸邦から第一種諸邦へとなるか否かを問われる。ここから降伏勢ならば協力勢へと転換出来る。武装して治安維持任務につく。

 抵抗と信者勢ならば武装解除して治安維持される側に回る。また西部側の諸勢力を説得するため、個々の反抗的な態度を吟味した上で目玉を抉り、その姿を晒すために連れ回す。

 複数の通訳官がその内容を各言語で喋り、各首長に判断させるが少し問題。言葉が通じない者が出て来る。通訳官が通じそうな言葉、方言を試す。田舎程古い言葉が残っているとも言われるが、古典文学に出て来るような言葉を扱う者もいたらしい。

 この時点で彼等には察して貰いたかったが登録しないという選択は死あるのみ。登録窓口に足を運ばない首長が見られる。主に信者である。理屈を越えて信じるからこそそうなのだから妥当な反応。

 少し促してやる。こちらから一方的に強要するだけでは可哀想だ。

 まずクセルヤータの隊が空からやってきて登録前の彼等の近くに着陸した。これだけで腰を抜かす者が多数。

 偵察、伝令業務を珈琲豆と水だけでこなして来た彼等は現在、大変疲れて空腹なので、ちょっと演技を頼んだが、山で捕まえてきた生きている野山羊に野驢馬を踊り食いさせた。頭を噛んで、首を振って折って千切って、骨をガラゴロと砕いてと、派手にやらせた。

 本来の食べ方だと首を折って殺して動かないようにしてから、毛が長い種なら毟り取り、腹を押して糞や胃の中身を抜いて、首を千切って血を飲み、脚や脇腹をもいで手に取ってまず肉や、扱いて更に綺麗にした内臓だけを堪能し、物足りなければ骨を噛み砕いて脳みそ、骨髄を吸って破片は吐き出すなど、もっと丁寧に食べる。

 更にもう一工夫。クセルヤータから彼等に見えるようにその背中から降りたアクファルが、生かして取って置いた野山羊の両角を掴んで、ちょっと押し合い圧し合いした後に圧し折る。

「祈ります」

 今日は占いじゃなくて祈祷か。どんな風にするのかな?

 たぶんアクファル目線で一番反抗的か強情に見えた信者系の首長を掴まえて、暴れるので何度か地面に叩きつけて大人しくさせ、ズボンを掴んで剥ぎ千切って肛門に山羊の角を押し込んだ。そして曲がった先端が出たところはなんとおへそ。母との繋がりを感じるど真ん中。

「じゃーん」

 その首長は即死など出来ず、呻いて倒れ、暴れ回ることも出来ない。静かに息を荒らげて汗を掻く。アクファルはその腹から突き出た角を握って持ち上げ、登録前の首長の一人一人に「お願いします」と告げていく。

 登録者数増加。


■■■


 ナルクスにお任せのチューをして沿岸西部の打通を任せ、自分は東部に複数ある登山口の一つを選ぶ。先にハイバルくんを行かせてある。

 川に蒸気船が侵入出来るギリギリまで海軍に手伝って貰い、大砲弾薬の運搬を手伝って貰った。後の輸送は馬と毛象頼み。

 その登山口には農奴の村があり、周辺から離散住民を巻き狩り式で。しかし集めず皆殺しにしながら輪を狭めて到着しつつある我が親衛隊の一部も見える。虐殺中ということはここは抵抗したらしい。隊員の一人が報告に来る。

「親父様! ここには沿岸から逃げて来た残党とか集まり始めてましたよ。団結される前にぶっ殺しておきました。武器持ってる奴が多いんで目ん玉の前にやりました」

「ご苦労、それでいい。ハイバル王はどうだ」

「あー、あの王様は読経しながら首切ってましたよ。目ん玉抉ると思ったんですが、白衣派の坊さんが稽古? 修行か、つけてましたよ」

「修行?」

 何のこっちゃ。

 村に到着。悲鳴と命乞いとお経と、それから説教? が重なって聞こえる。

「これぞ法罰覿面。今彼等が殺されるのは彼等がその身に耐えかねる罪を数々背負ったからです。殺して解放して洗い、次の清い生を受けさせてあげるのです! あなたが救うのですよハイバル王」

 まず目につくのは読経しながら汗と涙と鼻水に涎を垂らしながら斧を振るハイバルくんと、切り株台に抵抗住民を強引に乗せるその手下達。斧研ぎ係、胴体処理係、首投げ係、そして三角柱型に落とした首を積む係と分かれている。積み首の数は大体……三百くらい? 頑張ったな。

「無限に人は生きられず、無限に人は増えない。人に罪の限界があるなら大地には人の限界があります。貧しい土地ほど狭量です。厳しい環境程狭量です。実際的に双方の要素を兼ね備える戦場なら同様です! 手を休めないで!」

 説教なのか指導なのか――同じようなものか――をしているのは若い天道僧である。一応は従軍聖職者で、タプリンチョパ博士の直弟子とはウルンダル到着までの車中で聞いた。

 ハイバルくんが振り下ろした斧が次の処刑対象者の首ではなく後頭部に当たり、カチ割りもせずに頭皮と髪だけ削いで声を上げさせる。失敗、お経も止まり、斧を杖にして喘ぐ姿は疲労で震えている。

「兄弟子、力が……」

「ハイバル王、それは自分の考えであって法ではありません。美しく殺そうとする拘りがその雑念を育てているのです。死の運命に抗わず、己を軽く、他人を重く扱う必要などありません! 経を無心、一心不乱に唱えて無心となって断罪するのです」

 それからハイバルくんは悲鳴かお経か分からない言葉を発しながら、弱弱しく斧を振って滅多打ちで対象者を撲殺することを始める。

 処刑のおかわりはまだたくさんいる。異様な処刑の有り様を見て逃げ出そうとして足に矢を射られて転がり、片目を抉られてから見学席へ座り直させられる者もいる。

 迅速な制圧を目指して戦力よりも、拠点に重点を置いて侵攻したせいで反抗的な者が野に放たれたままという印象。結構な人数を取り逃していたことが断片的に分かる。組織行動も出来ないぐらいに散らせたなら良いのだが。

「唱える経は調子を一定にするのです。また感情を乗せてはいけません。ただ只管心の平穏を求めるのです。その手が血に染まろうと、叫びだしたくなろうとも平穏に、波打たぬ鏡のような湖面を求めるのです。物を感じる感覚を消せば何が起ころうと何事でも無いのです。それが真に寛容な器を作り出すのです。錬成しなさい。カラバザル総統の器を思い浮かべて下さい。この程度で揺らぎませんよ」

 ハイバルくんは鼻で窒息しそうになりながら息を吸って吐いてからお経の唱え方を改めて、斧はもう重過ぎると短刀で首を切っての失血死での処刑を始めて返り血で赤黒くなり始める……自分だって疲れたら他の奴に任せるぞ。

 ハイバルくんは作戦を無視して己を高めている……だけでなく首切りの様子を農奴と逃げ遅れの手足圧し折られた後のエルバティア人に見せる形にもなっているので、その中間くらいか。闘病、修行のために遠征に来たはずだが更に病んでないかこれ?

 後にハイバルくんが過労で倒れた後、見学していた連中は片目と両手の人差し、小指だけ全て落して山へ追いやった。何があったか説明させるには――理解不能だろうが――これくらいでいいだろう。戦略的にはとりあえず怯えてくれればいい。


■■■


 山道を登っての、山頂までは目指さず山腹あたりの主要拠点を最終目的地とした”縦”の侵攻を開始する。自分以外の指揮官が先導する分遣隊も谷に分け入る。

 道を先導していくのは親衛偵察隊。現地慣れしたエルバティア兵と、それと高地演習にて勘所を掴んだ妖精兵の組み合わせ。時折銃声が一発鳴る。繰り返すような、散発的なものでもなく狙い澄ました一発と分かる。

 上空には竜跨隊とこちらのエルバティア兵にグラスト術士がいる。術で音量を増幅して山に響き渡る現地語による降伏勧告。命が惜しければ非武装で、財産を持たずに下山する旨を繰り返し伝える。北部軍と東部軍の頑張りと、こちらの沿岸制圧の情報が敵中央にも届いている今頃ならば戯言ではなくなっているだろう。

 敵を前にするより先に障害となるのは自然。

 この界隈、大体にして然程川幅が広くなくても橋が架かっていない。第一には春の増水で流されるから。第二に流れが早くて建築困難だから。第三に川に入って渡る度に人や家畜に物資が流されること自体が当たり前と割り切っているから。

 川の流れが早過ぎる場合は工兵魔術や爆薬を使い流れ自体を、基本的には分散するように変えた。涸れ川もしくはそれと見做せる地形に流し、崖を崩して応急の堰堤にして流速を抑える、合わせて低水域の水を川原全体に広げるなど工夫する。馬も嫌がるような、死を予感させる冷たく深い川に首まで浸かって泳ぎ、無駄に損耗する必要は無い。

 川が浅くなれば魔術で凍らせることも簡単になる。あまり流れが強すぎると表面を直ぐに流れが覆うので事前工事が必須。流れを弱めるために凍らせて氷の堰提を築いても良し。

 工事より架橋が良い場合なら身体が大きく冷たさに強い毛象に機材を載せて先に渡す場合もある。馬も同じだが、頑張った分だけえらいと褒めると懐いて来る。可愛い。

 何にしても技師、術士、家畜、爆薬、機材、地形の応用、組み合わせが道を拓く……ダルプロ川の山中で木を伐っていたことを思い出して来た。懐かしいな。


■■■


 アフワシャン委員は”極端な表現をすればエルバティア人は残虐なのであって勇敢ではありません。優勢とあらば只管に攻撃的だが劣勢となれば逃げ出します。山という絶対安全の聖地に籠れば何事も解決するという古い事実がその伝統を作ってしまいました”と言う。それでも支配層は守るべき女と子供に財産があるが、使役と放浪、弱体の者は己以外に失うものは無い。

 下山するエルバティア人を多数見かけるようになった。

 降伏勧告通りに非武装で堂々と山道を降りる者は身の安全を保障して後送する。義勇兵として再編するには敵味方識別の眼力が怪しいので当分は採用しない。

 猜疑心を持って、武装して下山するか現地人でも足を運ばないような秘境へ逃げる者も見られた。敵と区別がつかないので攻撃対象。

 気が利いているのかどうか知らないが、農奴や牧奴、家畜を引き連れ財産類を見せて、我こそは何処何処の統治者で抵抗しないから支配権を認めろなどと、にわかの独立勢力を演じる者すら出て来る。嘘かどうかは出産可能な女を連れているかどうか、そしてその女がその男に帰属意識があるかどうかを確認すれば分かる。こう言った胡散臭い連中を好くのは難しいが、新体制に服従すると確認出来たなら武装解除して後送。難色を示せば殺した。

 大体、賢しい言葉を弄して来るのは頭頂部のみ剃った将来の議員候補達。賢しいかどうか程度では殺さず、今この場で服従するふりも出来ない反抗的な者を殺していく。

 北部軍と東部軍は良くも悪くも奇襲の衝撃で支配層以外とも戦ったはずだ。こちらの優勢があちらの内部で響いてくれば似た状況が再現されて負担も軽減されるだろう。

 道中で農奴や牧奴を確保した場合は基本的に後送するが、防御や待ち伏せがしやすい要所が近い場合は逆に前進させる。農具など持たせてちょっとした反乱軍に見せれば敵は遠慮無く殺し始める。

 エルバティアの奴隷達は基本的に反抗する気力も喪失するような飢餓状態にさせられているが、過去全く反乱が起こらなかったわけではない。今日もその時のようにあっさりと殺し、親衛偵察隊が敵を発見して狙撃する。妖精達も自身で山での偽装を演習で体験しただけあって隠れる崖の上や中腹に潜む敵の看破が上手い。同じ戦法が使えるエルバティア兵も共にいれば尚更。

 諸戦闘で発生する人間の死体は打ち捨てるか川へ流して、下流に済む住人に我々が何をやっているかを宣伝し続ける。

 エルバティア人の死体はもう少し使いどころがある。内臓を抜いて後送し、各勢力に見せて回るように手配。支配者、所により現人神のモツ抜き死体で時代の移り変わりを表現する。文字と言葉だけでは伝わらないものが確かにあるのだ。経験上分かる。

 竜跨隊には軽めの、切断した手足を持たせて敵拠点に降らせ、我々と戦えば屠殺業者の廃棄物みたいになるということを前線にいない連中へ教えに行かせている。

 時間が経過する度に士気喪失したエルバティア人の姿が顕著になっていった。

 彼等は確かに強敵だが、準備と経験、戦力の差が優勢を決定付けた。まだ決着はついていないし、後半戦はこれからというところだが、明らかに彼等が想定していない、経験しても来なかった衝撃を与えることに成功している。


■■■


「面白い連中が来てますよ」

 司令部付きの竜跨隊、崖を蹴りつつ羽ばたいてやや強引に着陸したクセルヤータの背中からアフワシャン委員が降りて来る。

「面白い?」

「騎兵で纏まって正面突破を狙っている様子ですね。前進撤退の雰囲気に見えます」

「反撃ではない?」

「流石に山の連中でも支援射撃で崩してからという頭はありますよ。あいつら面白いんで生け捕りに出来ればして欲しいですね」

「砲兵!」

 随伴する砲兵隊指揮官の妖精士官を呼ぶ。

「はい総統閣下!」

「毒瓦斯弾、鎮圧規模で撃ち込めるか……ああ、ちょっと待った。中途半端にやって効果無いと間抜けなので通常通り行きます」

「勿体ない気分は確かにしますが」

「そうですね。訂正、通常通り。化学戦開始」

「はい総統閣下、化学戦用意!」

『化学戦用意!』

 人も馬も、毛象も防毒覆面を被る。即席の防御陣地を荷物を積んで応急的に確保し、魔術工兵が地面と氷を弄って塹壕、胸壁を凍土で頑丈に形成して下馬騎兵を配置。高所に親衛偵察隊を配置。

 アフワシャン委員の言う通りに騎兵の一団が山道を降りて来る。支配層らしい着衣の立派な支配の男、飾りの派手な出産の女、派手さは一段落ちるが今まで遭遇した者よりは清潔そうな使役の者。子供はいない? 彼等の厳しさを考えると足手纏いは捨てて来たという感覚か。

 毒瓦斯砲弾の射撃が始まる。まず一団の進路上に着弾させて行き脚を止めた。爆発と毒瓦斯で人も馬もたまらず止まり苦しみ、引き返すかどうかというところでその後方にも着弾して逃げ道を塞ぎ、そして直接照準にて人馬、直撃ならば粉砕しつつ小規模爆発、瓦斯が舞う。麻痺を確認。

 刀を振り上げて塹壕から出る。

「突撃にぃ、進めぇ!」

『ウォーホゥファー!』

 先頭に立って下馬した親衛隊と走る。義足になってから初めての、規模は小さいが突撃だ。

 足は良く動くが、踏み応えがちょっと怖いか?

 拳銃を構え、咳き込み目を無駄に拭いながらも立ち上がって戦おうとする者を撃つ、倒れる。暴走して突っ込んで来る馬も撃ち殺し、勢いのまま坂道を転がって……飛び越える。安定、転ばない、良し。

 後続も射撃、瓦斯霧の中にいる敵が倒れる、転がる。

 撃ち殺したと思った敵が寝た姿勢から突き上げの蹴り、刀の刃で受けて捻って勢い殺す。蹴りはそれでも凄い威力で、相手の骨が割けて膝で止まるぐらいにめり込んだ。二つに割れた足で腹を蹴られたが、ベルベルは賢いので服の下に仕込んだ鉄板入りの革胸甲で防いだ。

 心臓危うく、足まで吹っ飛ばされてからこれを着ろと言われている。こんなもん着ていたら面白くないだろ、と言うところだが、ラシージから”総統閣下、これをご着用ください。閣下の戦い方に在った動きやすさと防御力を実現しております”と言われれば否とは言えなかった。

 出陣前となればナシュカに”おい着せてやるから上着脱げ”と言われ、ズボンも脱いだ。冗談のつもりだったが股袋を取り出しやがったのでそれは拒否。

 死に損ないに見えるのは射殺しつつ、降伏の兆しが見えるまで切って刺し、撃って殴るを繰り返した。

 女と、使役者の半分は生け捕りに成功する。女は割り切っているのか全く抵抗しなかった。支配権争いで負ければ別の男の妻になるだけという感覚らしい。これはつまり、全体かは不明だがエルバティア人の中では何時もの支配権闘争の一種という認識が広まっている証拠である。全てではないが生け捕りにして朗報を手にした。

 アフワシャン委員は「低地はともかく山の戦後は面倒が少ないかもしれません」と言っていた。


■■■


 エルバティアは、一部では従来の闘争という感覚がありながらも今までに無い侵略行為を受けている自覚に至っている。先の前進突破の、稚拙ながらの試みはその一例だろう。支配層が女連れで騎兵突撃、普通ではない。”何時も通り”なら女の避難は不要。

 敵は大後退、”お山”の中央チェトカルに家畜と奴隷連れで集結中との竜跨隊からの偵察情報も上がり始めた。兵力と食糧を集中させ、お得意の低地人が高山病でばたばたと倒れる標高で耐え凌ごうという作戦が見えている。

 足元から空まで覆う雲が流れて霧になり、避雷針が立てられ雨が降って落雷。空を飛んでいた竜の姿が見えなくなった。

 悪天候を凌ぎ、落雷が引き起こす崖崩れにも遭遇しながら快晴を待って前進。曲がりくねった道を進み、大きく迂回するようなところを登って名も無き、道標付きの峠に到達。見えて来るのは、谷を挟んで向かい側、狭い土地特有の斜面に鱗を並べたような段畑、段上の灌漑。エルバティア人と農奴達が、山中にしては数の多い家畜と穀物を運び出している姿が見られた。

 そんな石と砂だらけの山中に緑に輝く段畑の頂上側には石造の塔の背中側が見える。造りはとにかく背の高さを重視したもので、正面は高く切り立った崖の端に位置し、そこから南の沿岸部を広く見渡せるようになっている。

 あの塔を低地住民は”鷹の巣”と呼ぶ。低地で何かあれば山の上から察知して必要があれば介入、というものらしい。目の前のあれは三本ある内の一本。四本目以降は財政難か技師の死去で計画中止、らしい。

 我々は迂回して”鷲の巣”の後背を取った。あれは中々、エルバティア人にとって誇りの建物とアフワシャン委員から聞いている。

 谷の対面から攻略準備を整える。工兵と砲兵は忙しく、親衛偵察隊は作業防衛のために攻撃と防御に出て駆け回る。総統は椅子に座って休憩。流石に義足をつけている部分が足裏とは違う疲労を見せている。

 馬乳酒を飲みながら日陰で狙撃対象にならないようにしつつ涼んでいると後続部隊が到着し始める。あの塔以降、また左右に分かれて各最終目的地へ分散して向かうのだ。

 後続部隊に紛れて、疲労から回復して遅れてやってきたハイバルくんが面会にやってきた。なめし終わってもいない生臭な雪豹の毛皮を首に巻いて泣いていた。この世に多様な文化はあるものの、これはどこからもおかしいと言われる格好だ。

「総統閣下、この生きるのに必死な獣を殺してしまいました……」

 それの皮を剥いで持ち歩くのは何か、懺悔成分でも含まれているのだろうか?

「飼ってる犬猫ならともかく、喉笛狙ってくる野性だぞ。気になるのか?」

「僕は今、菜食です。それなのに」

 菜食だから肉食獣を殺してはいけない? うん、人間は――我々の盟友達の嗜好は一先ず置いて――食べ物じゃないから良かったのかな。

「肉食わないのか?」

「はい」

「もしかして酒もか?」

「はい」

「乳酒くらいは飲め。死ぬぞ。命令してやってもいいんだぞ」

「いえ……」

 やつれていると思ったら痩せてきているな。

「飲め」

 アクファルが、自分が飲んでいる馬乳酒入りの革袋を取ってハイバルに手渡さず、その顎を掴んで強引に口を開かせて直接流し込み始めた。

「吐いたらケツから飲ませるからな」

 ハイバルくんは口の端からこぼしながらも飲み切った。こいつ、大分喉が乾いている勢いだった。たぶん、肉を食わない、肉を煮た鍋には手を付けないでパンばかり食べていたとか、そういった感じか。茶も飲んでいない? そう言えばランテャンの連中は乳脂入りの茶を飲むが、脂だから肉の一部とか思って? それならこいつ馬鹿だな。

「呪殺祈祷、いかがですか」

 ハイバルが兄弟子と呼ぶ坊さんが丁度声を掛けて来たので胸倉掴んで浮かす。

「ハイバルに何食わせてんだ」

「良く食べるよう言っているのですが、食欲不振で」

 動揺無し、手を放す。戦って死ぬのは兵士の仕事だが餓死は絶対に許さん。断食でもさせてたら殴るところだ。こう、歯が無くなる感じで。

「で、何でしょう」

「呪殺祈祷、いかがでしょうか」

 草原砂漠に蒼と玄の天教があって、”大”高原帯に天道教があって、南に下れば祖猿に万物の教えがあって、天政中原に幽地と龍教があって、海を渡って龍道教がある。何となくそれぞれ繋がっているような雰囲気はある。で、それぞれ呪殺は……得意にしているのか?

「雷でも敵に降るなら考えましょう」

 山の天気を考えると呪う以前に当たるかもしれない。

「では……」

「雨乞いのように降るまで待って成功とする、は無しでお願いします。ん、魔術か方術を使えるということで?」

「いえ違います」

「これから砲撃しますが、それを雷で形容しますか」

「待っている間が長く、皆やきもきすると思われますので」

「……軍楽隊、合わせて演奏」

「打楽器でゆっくり調子を合わせるようにお願いします」

 坊さんが乾燥した牛糞を集めて火を点けて焚く。

「呪殺法を執り行いますので、唱和される方々は呪殺言をお願いします」

 ハイバルくん達、信者等が座って読経の用意。

「これより唱えますは、ランテャンの言葉にて”天道に従い祈ります。天よ障りを無きものとしたまえ。法罰により敵を撃ち滅ぼしたまえ。正道へと導きたまえ。ただ教えに従います”という意味になります。在家の方も教戒を受けていない方々も唱和されると救いが訪れるかもしれません。では……」

 彼等は首切りの時とは違う言葉を繰り返し始めた。そこそこ短く、ひたすら連続。軍楽隊は太鼓をゆっくりと合わせた。

 唱えながらそれぞれ紙にも唱えた言葉を書き記し、坊さんに手渡して焚いて貰う。

 呪詛を吐いて、呪いの言葉を念じて書き、それを昇華して更に呪うといった様子。

 意味から考える。成功すれば教えの勝利、失敗すれば今日はそうなる運命ではなかったので仕方が無い、で済むような感じだ。

 祈祷が続く中、重砲による観測射から効力射の一発目で”鷲の巣”の根本に命中、段畑側に倒壊。逃げ支度中のエルバティア人に農奴、家畜を瓦礫の波で一部圧し潰した。

 お膳立てはほぼ完了に近い。後は西からの一撃だ。

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