第410話「押し進む」 ゼオルギ

 犬の墓場は負け犬が行きつく先。列車から降り、馬に乗り、やって来たここには不思議な吸引力がある。風もここへ吹き込んでいるように思える。

 そこは川の流れを追わないと分からないくらい緩やかな窪地になっており、小川が集まって水が豊富でいてしかし不浄な湿地帯を形成する程ではない。そしてただの荒野ではなく、農園跡地から野生化して広がった麦や果樹が散在。加えて風雨で彫りが浅くなった石人像が立っており、ただ大きな石が転がっているかと思って観察すれば装飾的な溝の跡も見える。かつて人々が住んだ遺跡。

 ウルンダル、ヘロセン間の降車地点からここに向かい、背に風を浴びるようになってから不機嫌に笑い始めていたゲチク公が、馬で周囲を走りながら酒を振り撒いた。あれは昔、彼が作った集団への復讐の儀式。

 ここから東部軍は三つに分かれる。その後、更に計画に沿って分かれる。

 ニリシュ隊は別経路から侵攻するために分かれる。ニリシュ前王は噂の国外軍の将軍とは思えない程の好人物で、こう、無礼だがチャグルのど田舎出身とは思えない清潔感と爽やかさであった。

 ウルンダル宰相シレンサルの隊はこの犬の墓場を起点に、我がゼオルギ隊とニリシュ隊後方支援のための野営地から連絡線の形成を行う。彼は父のイスハシルを直接見知っている人で「父君に似ていらっしゃる」とか「私の方が総統閣下に貢献している!」などとあまり中身の無いことを言っていた。臣下同士ならともかく競うところなど無いはずだが。

 出陣前の準備期間中に遅れてザロネジ公国の情報局長タザイールがヘロセン行きの別便でやってきた。彼もゲチク公と同様に復讐する者である。

「ゲチク閣下、間に合って良かった! 何便も出てるから助かりましたよ」

「遅い」

「引継ぎで時間が掛ってしまいまして、興味深い情報に成長しそうだったので外せませんでした」

「ゼオルギ陛下にも話せ」

「はい陛下、相変わらずその、可愛いですね、あ!?」

 オルフは元より神聖教から救世教では男色は禁忌。

「タザイール、頭出せ」

「えっ、閣下、えっ?」

 タザイール局長の頭にゲチク公の拳骨が落ちる。

「ウチの馬鹿が申し訳ない」

「すみません陛下、その、あばたにおけつのえくぼとか考えてました!」

 もう一発落ちた。シトゲネはくすくす笑って自分の尻を「えい」と触って来た。

 痛みが引くのを待ってから立ち直ったタザイールの話を聞く。

「エデルトがザロガダン=ドゥシャヌイから直接穀物輸入契約を交わした情報を得ました。物は国内から御用商人が集めて、十年契約で不作時は輸入量を下げ、豊作時は値段を下げという弾性があります。ザロガダン法でこれを監視制限するのは商人全体に向ける公の布告か、個人狙いの特許の制限停止ぐらいなもので中央政府は感知しづらい案件ですね。

 オルフとベーアの間で既に穀物の輸出入契約はもう済んでいるのに、更にこの遠征参加で先行き不透明になった今になっての新規長期契約ですが、これはベーア帝国とエデルト王国とエグセン領邦の財政統合が進んでいない証拠に見えます。

 一つはエデルトがエグセンから資金の吸い上げを狙って財政統合の足掛かりにするためとも考えられます。オルフの穀物を鉄道や蒸気船で一気に輸送して、先の戦争で疲弊気味のエグセンに売る流れを作れば市場席巻も可能かもしれません。

 二つはエデルト本土では無傷で不作の兆候はありませんが、新大陸植民地のズィーヴァレントで不安があるのかもしれません。セレードで蒼天党の乱があった遠因とも言われているぐらいには食糧輸出で影響力がある土地ですが、今新大陸で行われているクストラ戦争かその煽りで流通が麻痺する可能性も視野に入れているかもしれません。

 それからベーア帝国の宰相会議でエデルト、エグセンの宰相、ナスランデンの議長、そしてセレードの大頭領へ帝都イェルヴィークへ召集が掛けられたのですが、ベラスコイ大頭領が”そちらの臣下になった心算は無い。来るならこっちへ来い”と公に発言して出席を拒否しました。新皇帝の繊細な権威に配慮しない発言が出来る程度の関係ということですが、思った以上にあちらは統率が取れていないと見えます」

 ベラスコイ大頭領の話を聞いてゲチク公が嬉しそうにする。タザイール局長も口にしながら半笑い。オルフの内戦で共に戦った間柄だったか。

 臣下の臣下は臣下ではない。タザイール情報局長はゲチク公の部下、ザロネジの者でオルフの者ではない。こういうことを探って来られる者が自分の命令系統下に無い。お願いは出来るが、そこまで。

 有能な人材が全て地方で確保され、中央に上がって来られず、横の連携は伝統的な宿敵感で隔てられているのは昔からのことであるが悩ましい。

 ベーア帝国の不完全な現状を知り、そこからどう動けば良いのだろうか。マフダールにも伝えて相談……一人で考え、決断を下して適格に適切な臣下へ指示を飛ばす……夢にも見られない程、何をどうしていいか分からない。幻すら見えない。何も書かれていない紙すら思い浮かばない。要不要とも知れない情報が乱雑に混じる。

 ゲチク公同様にタザイール局長も復讐の儀式を始めた。太鼓を鳴らして声を上げる。彼はケリュンの呪い師だったか。

「ウカル、お前の爪の形は美しかった……!」

 ん?

「ブルチェン、お前の脚はエーラン彫刻だった……!」

 え?

「スルバダイ、皆お前の歯抜け顔は間抜け顔と言っていたが、そんなことは無かった……!」

 お?

「トゥラウン、トゥラウン! あぁお前は、お前は若い頃の閣下に似ていたぁ!」

 そして膝から崩れ落ちて慟哭、直後にゲチク公から拳骨の一撃。


■■■


 救世教徒達は整列。従軍聖職者が聖人画を掲げ、手鐘を鳴らし、彼等に聖水を掛けながら祝詞。


  互いに各々を、並びに我等の命を神に託さん

  憐れめよ。救世の神よ、その恩寵を持って我等を助け、救え。憐れみ、守れ

  憐れめよ。聖なる人よ、その記憶を持って我等は倣い、行う。憐れみ、守れ

  救世神来る時、鐘が鳴る

  鐘が鳴り、死が滅ぶ

  死が滅び、墓にある者へ命を与えん

  命を与える者、救世神


 これは勇気の儀式であり、死を覚悟させるものである。死んでも世の終わりに再生されるから恐れず死ねということ。やはり共感は難しい……その信徒を守る義務が王にあると確信はするが。

 山の麓へ至るまで西の高地から流れて来る川に沿い、遡上するように進む。

 ニリシュ隊は別経路から少し遅れて侵攻する。我々ゼオルギ隊が囮になっている隙にあちらの警戒が薄くなった道を進んでこちらより先行。先行したならば今度はニリシュ隊が新しい囮となって進んでいる間に我々は補充兵力の足りないところを突破、という飽和攻撃構想。これが全正面から。

 見渡しの良い広い道では騎兵が先行、散らばって索敵しながら”的”になる。敵に敢えて撃たせることも索敵の一つ。

 エルバティア人の視力は驚異的で遊牧民の倍とは言わずとも、相手の方が必ず先に見つける程度は確証される。こちらが見つけるのではなく、相手に見つけて貰って先制攻撃をあえて受けて凡その攻撃地点を特定したら逃げず、前進して強行偵察を敢行。そうなった後は後方に控える密集した騎兵を投入し、本格的な強襲へと移る。

 兵力五千余り。エルバティア人の戦力規模から見ればかなりの大軍。一地方の部隊というか、集団で対応するのは一苦労に思えるが相手は最初から有理な位置に布陣済み。これからタルメシャ、極東があるなどと思わず果敢に進まなければただ座すように死ぬだけ。的は動かない方が当たる。

 犬の墓場地域をそのまま通過し、先行した騎兵が既に安全を確認済みの農奴村へと入る。第一奪取目標で、名前は無く高地管理委員会が独自に番号を振っている。

 村の住居は半地下で屋根には泥を被せて敢えて草を茂らせている形態。見た目は汚らしいが寒さには強いと見られる。

 人々の姿は貧しさが浮き彫りになる。服装はどれだけ使っているか分からないほどくたびれた毛皮か全裸。木綿や羊毛を使った加工品は見られない。

 畑の面積の割りには人口は少なく身体は痩せていて、そして家畜の数が比較して異様に多い。農奴を飢えさせてでも食肉をエルバティア人へ供給するという仕組みである。そして村には屠殺場に皮革加工場と見られる場は一つも無い。燃料用の糞ですらほぼ手付かずに保管されていた。

 村の中央には石の祭壇がある。老人に見えるほどやつれた中年の男、新生児を抱きながら大量失血により意識朦朧としている女が捧げられ、その脇には柵があって家畜が入っている。これが彼等が収めるべき”肉税”である。その名称、性質を隠す気配も見られない。

 シトゲネが女の元へ走って様子を見て侍医を呼び処置させる。あれは女と医者の仕事だ。

 見渡してもエルバティア人の姿は無い。地面に鋭い爪を伴う足跡や、濡れたり地面に踏まれて浅く沈んでいる羽毛が残っていることから我々の侵攻を確認して逃走した後と分かる。

 高地管理委員会の案内人兼通訳のエルバティア人が姿を現せば農奴達は訓練されたように集結して一塊になって集結。案内人が農奴達へ、シレンサル隊がいる方向へ全員で家畜を連れて退去しろと命令すれば、生気も無く自意識も危うい様子で動き出した。祭壇に捧げられた三人も連れて行けと言えば、理解が出来ないようで思考が硬直するばかりであった。

 案内人曰く「もうあの二人は死人みたいなものなので、他所の感覚で言えば墓掘り出して連れて行けというようなものになります。赤子の方は働ける程に育っていないのでまだ生きていない、みたいなところですね」とのことだが「放置はいけません」と言い、車に乗せて運ばせた。農奴達は荷車すら持っておらずこちらから出した。

 そして彼等が退去してから青い畑、夏直前の若い苗を騎兵隊で踏みつけて収穫不能にした。農民出のオルフ兵が「素人が作ったような畑だな」と言っていた。

 この時点で皆、山のエルバティアの悪行に義憤を抱いていることが見て分かった。


■■■


 低地から高地へと入っていく。道は険しく細くなり、分岐路なのか岩塊が中央を占拠しているだけなのか良くわからない。川が地形を刻んで作った谷間が坂を上る程に深くなる。

 ここでは騎兵を下げ、散兵を先行させて進む。索敵しつつ的になるのは以前と同様。

 程なくして散兵が「敵襲!」と声を上げ、銃声を鳴らし始める。

 遂に戦闘開始。ゲチク公が馬を降りて陣頭指揮へと走っていった。

 散兵はエルバティア兵との戦闘距離を調整しながら、出来れば有利な位置まで前進する。敵の数は減らせればいいがそれは優先せず、敵の位置やその数を炙り出す。そうしながら撃ったり隠れたり、前進後進繰り返して散兵線が膠着するまで持ち応える。

 早速負傷者が後送されてくる。矢傷であるはずだが腕は千切れていた。死者の様子が伝えられる。太腿から脚が千切れ、即死はしないがその場で介錯。または重くて長い矢が胸骨から背骨まで砕いた上に勢い余って抜けて明後日の方向へ飛んでいったとも。

 散兵線が膠着したら密集隊形の戦列兵に砲兵を投入。鐘を鳴らし読経する従軍聖職者と抜刀する指揮官に率いられて戦闘地点へ前進、密集火力を叩き込みに行く。

 戦列歩兵が到着し、集団射撃で敵の頭を抑えている内に散兵は前進して有利な位置を確保。また遅れて到着した砲兵が臼砲を使って敵が隠れている位置へ榴散弾で射撃。ここでようやくエルバティア兵の「ブギェエギェ!」という悲鳴が聞こえて来て胸がすく。

 大砲の種類様々にあるが、山の戦いは何十枚も城壁がある要塞の攻略と見做した。軽くて曲射が得意な臼砲を前線部隊へ多く配備している。

 先行した散兵が、隠れる敵の位置までの経路を確認した後、戦列歩兵を誘導して銃剣突撃を敢行させる。強い相手でも多人数で掛かれば殺せる原理を再現する。

「人の敵をぶち殺せ!」

『ウラー!』

 しかしエルバティアの逃げ足はアフワシャン委員の講義通り。死傷者を放置し、白兵戦などすることもなく、道にはとても見えない崖を登り、下ってあっという間に逃げ散ってしまった。空こそ飛びはしないが鳥の群れを脅かしたような消え去り方である。

 道は一時開けたので騎兵を投入。勿論偽装撤退からの待ち伏せはあろうが、そこは甘受しつつ追撃に出て、先導する散兵を追い越し、散兵は後方支援役となって追走。

 流石に馬よりは脚が遅い敵兵の、一部の背中を捉えたら小銃で騎乗射撃。

 敵が物陰に隠れて矢を放つようであれば、一瞬顔を覗かせる時を狙撃するか、弓矢の曲射で対応。場合により下馬して岩に隠れ、岩も無ければ馬を犠牲にすると割り切って盾にする。

 騎兵が戦っている内に散兵が到着、側面攻撃を狙ってまた逃げられる。

 騎兵と散兵、相互に連携しながら敵を追って進路を開く。開いた道を残る部隊が進む。

 敵と味方の死傷者数、流石にこちらが多い。相手を押し込む勢いから優勢に見えても敵五十に対してこちら二百に迫る。

 損害覚悟、そして別方面からの友軍部隊の包囲攻撃があるからこその強気の前進と分かっていなければ苦しいところだ。

 押し進む。


■■■


 道はより悪くなってくる。まだ余裕はあるが空気は薄め。先行する散兵、馬を失ってその隊に加えられた騎兵達が疲労から休憩を訴え始める。出来るだけ先行しておらず、疲労の少ない予備部隊を交代に出すが足の鈍りは隠せない。

 息子のサガンは過保護以前に体力が持ちそうになくなったので早くに後方へ下げてしまった。

 道中、村の農奴と家畜の後送、畑の蹂躙を幾度か行った。

 標高が上がる程に村は貧しく、小さくなっていった。山は岩の塊に土が少し乗ったようなもので半地下住居も無くなっていく。

 人々も汚らわしさが増した。一度も身体を洗ったことがないように元は白い肌が黒くなっている。歯の汚さはおぞましさを覚える。

 出来の悪い畑は更に土と共に悪くなり、石が土中に幾つも転がっているが撤去もしない。一体収穫量は粒一つにつき何倍なのかと思えて来る程に悪い。農民出のオルフ兵が「こんなもん手つけなくても糞にもならねぇよ」と言っていた。

 それから捕捉困難な人間の牧民も増えて来る。多少は後送出来たが、侵攻路とは別方向に逃げられると対処は難しい。

 牧民の彼等は歯が抜かれていた。エルバティア人はこの”牧奴”に抜歯処置をすることで肉を食わなくなると考えているらしい。村と違って管理が難しいから、なのだろう。

 牧奴の中にかつてゲチク公の配下だった者がいたようで、口に出す言葉は忘れても聞く耳は覚えていたようで再会を果たしてから少し語り合っていた。涙で顔の黒い汚れが落ちていた。犬の墓場で山へ誘拐され、十年近く。当時は少年で、今は三十を前に老人のようにくたびれている。

 地形も更に厳しい。植生限界を迎えて水場でも草しか生えず視界が開けたものの、それ以上に崖が目立つ。切り立った地形ならば川の勢いも凄まじく滝のように速い上に冬のように冷たく、氷――夏の陽気で氷河が崩れたものらしい――も混じって生身で入ることは不可能。渡るには土木工事で流れを緩くした上で魔術使いに凍らせ、架橋機材も使ってと手間が多くなる。

 案内人によればこの地帯を抜けて目指す高原へ行けば小さい丘陵が広がってなだらかだと言う。湖がある辺りまで行けば平原のようだと。本当か? と思ってしまう。

 見上げれば、油断していれば声を上げてしまいそうな竜が空からやってきて通信筒を落す。内容は、ニリシュ隊は予定された最終進撃地点の一つにまで到着したとのこと。また陽動を務めたゼオルギ隊に感謝、とも。

 それにしても早い。抵抗無く、騎兵隊で一気に駆け上がったなら出来るのだろうが。


■■■


 陽動の任を良く務めている証拠であるが、我々は足止めを食らう。

 高地丘陵、平原を前にする難所とも言える地点に差し掛かる。そこは谷が交差した川の三差路は峻厳な地形だ。山陰になって暗く、谷の強い風で寒い。

 そこでは奇襲の衝撃から立ち直ったエルバティア軍が高所を取って防御体勢を整えていた。

 銃撃困難な位置から矢を飛ばして来る。風に乗って飛来する重たい矢は威力を十分に保ったまま上から下、谷に吹く風も利用して我が兵を射殺す。威力は凄まじく、一本で二人を殺す、馬を一撃、大砲の防盾に突き刺さるなど、本当に講義の通り施条銃が優位なのか? と疑問が沸く。死傷者は計五百越え。まだ増えようか。

 良く待ち伏せされたところには散兵を送り込んでも直ぐに殺されてしまう。即死しなければ誘拐されて、吊るされて生きながら腹を食われて嬲り殺される。挑発か脅迫か。

 相手が余裕を見せて隊列を組んでいるところへ大砲で直射を食らわせてやったこともあったが、それ以降は絶対にそのようなことはしなくなった。

 物陰に隠れたところへ臼砲射撃で殺してやっても、学習すれば最小限の見張りだけ置いて崖向こうへ逃げてしまう。

 騎兵で一気に突っ込んで、多少の犠牲は厭わずとも相手の有利な位置を取ってしまいたいが道が狭すぎてどうにもならない。

 夜まで足止めされれば崖伝いに側面、背面から嫌がらせに矢から石まで射ってくる。壁面に立って撃たれると夜闇と物陰が重なって目前まで来ても見分けづらいし『ギェキャキャキャ!』との奴等の嘲笑いがイラつく。

 ある時は、敵襲かと思ったら鳴き兎で皆が笑いが隠せなかった。

 小手先ではどうにもならないと判断し、作戦を決行する。

 まず選んだ時間は払暁。その夜も夜襲があったがそれを押して休まずに行く。そして敵がいようがいまいが関係なく、砲弾を惜しまずに隠れていそうな場所全てに射撃を開始。迎撃態勢を取れないように砲撃で空間を抑え込む。

 そして騎兵突撃を敢行。ここまで温存されてきて元気な王后騎兵連隊を出す。

「ミンゲス将軍、活路を開いて下さい」

「はい陛下!」

「頼みました」

「ヤー! 両陛下!」

 多少の流れ弾は甘受して一気に王后シトゲネのタラン騎兵が山道を駆け上がる。

 声はまだ出してはいけない。砲撃に突撃を合わせていると察知されてはいけない。歩兵も後に続く。

 逃げ足の良さは評判と観察通り、敵は異常を察知して逃げ始めており、追撃戦へ間も無く移行した。火薬兵器の集中運用に慣れていないのかもしれない。

 王后騎兵隊が「ヤー!」『ゥラッ!』と溜め込んだ怒りを発して銃声を響かせた。

 すぐ後に伝令が来て「頂上登り口確保、まるで平原です」と告げられる。

 残る部隊を坂道の先へ上げれば、うねるが上下差は緩い丘が連なる開けた場所に出る。まず明るい。山陰から脱した。

 そこは遥か遠くに高い山嶺の壁に囲まれていた。山頂が白く山腹が黒く、他の世界から切り離されたような場所である。

 小さな丘に上がれば遠くまで良く見通せて朝日に光る湖、側に村も見えた。そこから流れる川が先程まで足止めをされていた川の三差路に繋がる。ここからみれば平らで穏やかなのに。

 良く見渡せる。馬に乗って逃げるエルバティア兵の背中へ矢弾を撃ちかけるタラン騎兵の姿。徒歩の敵にも槍先が打ち込まれた。戦いに驚き逃げる家畜の群れも見える。

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