第409話「作戦概要」 ベルリク
四か国遠征軍は本格的な作戦発起点となるウルンダルに到着……あの特大肖像画は無いだろ。真似したらどうするんだ!
軍は隊を分けて行動するので、ここの会議を以て作戦終了まで再集結しない。
ウルンダル王国においては現在多数のエルバティア人を拘束中。この目的は情報封鎖である。また抗議してくるのは本人だけという外国人は扱いが簡単で良い。エルバティア元老院は領外の旅人に気を配るような機能を持っていない。元老院という名前もちょっと大袈裟か?
大事な会議なので情報は多い方が良い。そこで一つ、開始前にちょっとした技が披露される。アフワシャン委員が椅子に縛り付けたエルバティア人を相手に尋問するのだが、そこで斜め前方にゼオルギくんを座らせ、眼を付けさせる。ゼオルギ式尋問とでも言おうか。
ゼオルギくんが相手の目を見つめると嘘が吐けなくなるらしい。直接の話し相手になる必要は無く、言語を理解する必要もなく、尋問官が喋る形で問題無い。
”嘘が吐けない”とはどういうものであるかと考えると中々複雑で哲学的である。嘘を嘘と思わない場合、断片的な真実しか知らないから本音で喋っても嘘になる場合、そもそも重軽度の知的障害がある場合。今回のエルバティア人の場合だと種族文化的に精神構造が異なるであろう場合があるので絶対的ではない。
イスハシルは魅了したらしい。ゼオルギくんは嘘を吐かせぬらしい。言葉ではそう表現されるが実際の効力がどうであるか、傾向は掴めても不明。本人もどこまでの力があるか把握しているかも怪しい。その”ふれ幅”も秘密、神秘にしている節もある。
神秘の瞳術が用いられた尋問の結果は早期に出た。まとめると、
こちらの作戦については分からない。
山の様子は何時もと変わらない。
領外への人狩り遠征が出来なくなって息苦しさと不満がある。
ダカス山への移住組が人狩り相手に苦労していないから移る気だった。
などという現状が知れる。それ以上は些末な情報しか引き出せなかった。十分とも言える。攻撃するに十分という事前情報を手にした。
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各軍、高地管理委員会、ウルンダル軍そして大内海連合州軍の代表と指揮官級を集めてエルバティア征討作戦会議を開いた。
会議ではエルバティア系獣人解放奴隷にして高地管理委員会のアフワシャン委員が作戦概要を説明する。
全体の流れ。基本は山岳包囲作戦となる。山麓から山腹、山頂へと締め上げるように追い込んで最期の一点でとどめの一撃を加えて粉砕する。
高地管理委員会が調べ上げたガエンヌル山脈の地図があり、そこへ各隊が相互に側面支援をしながら攻め上げて各要衝を確保し、確保した要衝からまた新たな包囲網を形成するよう計算された進路が描かれている。
分進合撃は古くからの戦場妙技。この規模と難度、専門家の中の専門家しか出来ない幾何学芸術になっている。
第一段階。ゼオルギ、ニリシュ、シレンサル各隊で構成する東部軍は俗称”犬の墓場”より陽動攻撃を仕掛けてエルバティアの戦力を誘引する。犬の墓場は伝統的なエルバティアの狩場で、彼等の視線が一番に熱く、過敏な反応が期待される。シレンサル隊が後方予備を務める。司令官はニリシュ。
第二段階。ニコラヴェル、ピルック、キジズ、ラシージ各隊で構成される北部軍はウルンダルより南下して北より攻め上げて戦力を更に誘引。西部、南部の無防備さを助長。ラシージ隊が後方予備を務めつつ北と東を跨ぐ上位司令。司令官はニコラヴェル。
第三段階。ベルリク、ナルクス隊と大内海連合州軍で構成する南部軍は南方沿岸部から攻め上げ、最後の陽動攻撃を仕掛けて西部を極力手薄にする。ベルリク、ナルクス隊は山への侵攻を優先。大内海連合州軍は沿岸部の制圧を優先。司令官はベルリク。
第四段階。一から三段階により三方からガエンヌル山脈へ攻め上がり、比較的標高の低い、重度高山病の危険が低く、同時に農奴による生産量が高い拠点、地域を占領して点線状の囲いを作る。戦力不足が憂慮された場合は後方予備隊に応援を要請。後方予備隊は攻撃部隊の孤立を防ぎ、後方連絡線の確保に努める。
拠点における隊内治安の確保、食糧の確保、衛生の保全を優先するため農奴や捕虜は全て低地の後方予備隊へ送るか、処刑するか、人間の盾――死体は彼等の食糧となるので汚損的な処分必須――として適宜利用する。尚、点の囲いは完全な封じ込めを目指さない。エルバティア族の長期戦を封じるための策源地奪取を目的にする。
第五段階。点線包囲を支援しながら機を見て低地へ、後方予備隊が実線の囲いを作る。各進出点の補助、浸透突破戦力の撃破、農奴や捕虜の収容、兵站線確保、敵逃亡者の殺害また捕縛に努める。
第六段階。敵戦力が中央地域、首都チェトカルへ集結したところで高高地訓練を重ねて来た高地管理委員会の西部軍が西側から止めの一撃を加えに進む。点囲いによる主要策源地喪失によりエルバティア族は短期兵力集中型の作戦を立てると見込まれ、そのために一旦中央へ全軍を集結させて意思統一を図ると見られている。意思統一を図らなければそれはそのまま中央の占領を容易にする。
第七段階。チェトカルを抑えた後、新たな支配者の誕生を宣言して新体制を確立。帝国連邦新構成国であるエルバティア族自治管区を設置。勝利宣言、降伏勧告などへ重心を移す。
第八段階。残敵掃討作戦は西部軍が行い、四か国遠征軍は撤兵を逐次開始。当面の治安維持には大内海連合州が協力する。
「これはあくまで理想図です。突破されることも逃がすこともあり、もっと右往左往させられます。調査しきれなかった抜け道を使われることは確実です。目標は支配する男達の大幅な殺戮と、彼等が生活するための”規範”の破壊と”基盤”の麻痺です。”規範”は元老院の、”基盤”はチェトカルと農村の制圧により実現へ近づきます。
エルバティア人は確かに優れた狩人ですが、冬の蓄えも無く山中で生き残ることは困難ですので首都と村の制圧が勝利の鍵になります。快適な夏の今に作戦を実施して優位を取り、秋までに畑と穀物に牧草、農奴に家畜のような”働く食べ物”を抑えて冬を迎える恐怖を与えます。仮に今年中の征討が失敗したとしても、確保した拠点から全ての食糧を喪失させた状態で来年を迎えれば餓死者だらけになって今回より楽にやれます。
徹底抗戦に持ち込まれる可能性も、皆さんが考えるより薄いと考えます。これは彼等から見れば何時もの支配層の入れ替え、伝統行事と受け取る可能性が高いです。支配層の打破が確定次第降伏に移るでしょう。元老の禿げ頭達に敗北宣言をさせられれば更に降伏が進みます。どれも上手く行かずに徹底抗戦となればチェトカルを始め、食糧を奪って飢え殺しにすれば良いのです。初年は持ち堪えられたとして、二年、三年とやって堪えるほどの根性は無いと考えます。エルバティアは国土防衛のために死ぬまで戦うというような精神を基本的に持ちません。
このように一旦エルバティアを掌握してから伝統の改革、我々なりの現代化へを図っていきます。今までそのような外部から新たな哲学の持ち込みというのはありませんでしたが、親衛偵察隊員の同胞を見る限り、これもまた理想通りに行かずとも進化への一歩は確実に踏み出せると確信しております」
アフワシャン委員の言葉が終わる。将官達から作戦細部、己の役割への疑問が質問として投げかけられ始めた。
変なデルムは抜け目が無い奴とは思っていたが、何時の間にかウラグマ総督のところから人材を拾っていたとは驚きだ。山羊頭の国王なんてつまらないことをやっていて良い人物ではなかったとここで確信する。
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各隊時計の時間合わせを行ってウルンダルを出た。竜跨隊や信号弾を使うがやはり手元に同時行動を可能にする道具があるのは良い。玄天の占い師に太陽か星を見させての時間合わせは可能だが、曇り空だと星読みは通じない。
ニリシュ率いる北部軍はウルンダルから徒歩でガエンヌル山脈を目指し、残る隊は大陸横断線から大内海連合州のヘロセン市へ向かうカクリマ線に乗り換えて南下。
ウルンダルにて会議と各軍編制を行っている内に西側から届け物が来た。
一つ目はザラの作った絵本で、版画で印刷された”ダフィド先生の決まり事のお話”という絵本である。ザラが原本作って、版画職人に依頼して三十部刷ったそうだ。何と意欲的。
内容は黒刷りのダフィド先生が草の国を舞台にあちこち回って法律を優しく教える内容である。弟子には質問をぶつけまくる白刷りの子兎の双子と、そして社会主義的にちゃちゃを入れて来る黄刷りのお姉さん兎が登場。真面目一辺倒ではなく、常に絵のどこかで四人が悪戯したり遊んだり食べたりと忙しない。そして帝国連邦共通語版、魔神代理領共通語版、フラル語と揃う。
ダーリクとマハーリールの”学んで半分教えて半分”、ダフィド埋葬の時の”語り継がれる限り永遠”、それから連邦議会の時の法務長官の徒労感、きっとこれらが融合したと思われる。
議会時の各国代表の反応の悪さについては、まだまだ魔神代理領共通語の浸透が足りず通訳も下手糞で、遊牧諸語に無い概念も含まれたせいだということが判明している。
小賢しいケリュン族の代表格、東トシュバルのバルダンからは”玄天の大学ならぬ塾程度ならもう全国で開講可能ですのでお墨付きをお願いします。総統閣下認定と謳えば、次の議会で聞いても分からんなどとは言わせません。またあえて愚かなままとするならばそれはそれで”と来たものだ。それへの返事は”教育省に尋ねろ、と言っていたと言ってもいい”とした。総統お墨付きの教育省が認可したらいいよ、ということである。独裁は面倒なのだ。
それからザラはルサレヤ先生の御前会議行きの便に同行して魔都の下宿先へ戻るとのこと。船はセリンが出してダーリクも乗ってとなれば、マハーリールは一気に静かになって寂しがってないか? やかましいフルースくんに世話焼きミクちゃんいるから大丈夫か。
二つ目はナヴァレド新城主、第二師団長に元イスタメル傭兵隊長ドルバダン・ワスラブ就任の電報。祝電を送った。
尚、イスタメル傭兵隊の席次は単純に繰り上がり。ユルグスくんは隊司令付きの伝令隊長に収まった。経験と立場、カイウルクの影、遊牧系という属性、機密情報を取り扱う重要な位置に就いて内情掌握するという点からも妥当。
ラハーリの長男の様子は、とりあえず癇癪は起こしていないらしい。それで早速その件で働いているリルツォグトのヨランからは、人事異動の隙を突いて糸口は掴んだ、とのこと。早速活躍して手柄を上げて見せたいという気持ちがあるかもしれないが、必要以上のことはせず、性急になるなと釘を刺す返信をしておく。失敗も過剰な成功も咎めないが、権力闘争は認めないと断言しておく。
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東部軍はヘロセン市に到着する途中で下車して”犬の墓場”へ向かう。北部軍と同様、現地まで鉄道は繋がっていない。
作戦は国外軍だけで行う予定だったがウルンダル軍の一部を動員してしまった。正規軍への負担を最小限にしながら軍事行動を起こしていくのが今の方針で、シレンサルとその近衛隊だけとはいえ計画が少々狂った。良く訓練され、整った装備を持つべき正規軍を消耗させる気は無い。彼等の死に時は今ではない。
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南部軍はヘロセン市に到着。船に重量物を託して陸海路併用でガエンヌル山脈の南方沿岸へ向かう。かの地は、海岸線は大内海連合州に七割五分属、内陸側は半属、山麓まで行くとエルバティア属という面倒な感じになっていてこればかりは現地軍の協力必須。沿岸線は長いので人数が必須。服属状態の解除宣言は大内海の者がしないと説得力が無い。
軍のことは各将校に任せ、自分はシャミール連合州総督と会談する。作戦協力のことは軍部で調整がついている。あちらから話があるというのだ。
「御前会議直前ですが作戦へのご協力、改めてお願いします」
「はい、こちらこそ」
相変わらずの白い魚か変な虫か分からぬ異形の”大”総督。何かこう、不意に頭を噛まれそう。
「ベリュデイン大宰相のことですが、評判芳しくありません」
「新基準の魔族達と徒党組んで、とかですか?」
「その通りです。緩い基準で選ばれた者達はそれを自覚しており、従来の基準の者達より劣等感かそれに近いものを抱いて何が何でも見返してやろうという過激な風潮に流されています。二代目がお隠れになられた手掛かりである、直接行けない赤い空の荒野の世界、天政で言うところの霊山、龍道へのこちら側の第一到達者であるラコニオンのイスパルタスという者がおりまして、その重要な手掛かりを持っている者も過激の、ベリュデイン大宰相の側についております。大宰相閣下は御存じの通り精神に不安を抱えており、その一党達を支持しつつも、正確には分かりませんが制御不能な様子に苦しんでおられる様子です。そして彼の心の支えの大きな一本がベルリク総統、あなたです」
可愛い男の子か女の子ならともかく!
「遠征の帰路に敢えて海路を使って寄ってみることも検討しておきます」
「いえ、御前会議に来られませんか。ルサレヤ殿で不足とは言いたくありませんが、大宰相の不安定を抑えられそうな方ではありませんのでこればかりは」
あの青肌野郎、一期でもうこれかよ。
「こちらの事情を押し付けるようですがガエンヌルは任せて共にこれから魔都へ来ていただけませんか。水路で直通ですので、蒸気船もおかげさまで運行しています。行き帰りもお時間取りません」
ルサレヤ先生を正式に総統代理として派遣してある。こちらの立場としてはこれに重ねて直接出席というのは道理に合わない……ような感じ?
この四か国遠征、各代表が揃って成し遂げることに意義がある。苦楽を共にしたという事実が重要。あの時、あのガエンヌルの苦境にあいつはいなかった。事情があって非難することはお門違いだがなにかこう、しこりが残るようで気持ち悪いではいけない。ここにもし成人済みのダーリクか……いや、ザラ? マハーリール? これでは世襲制じゃないか。
ザラはルサレヤ先生の派遣と共に魔都留学に戻る。あの子になだめすかしをさせてみる? 賢い女の子に陥落するような性質かあの青野郎? 流石に”総統の小娘”を差し向けるのは猛獣使いの風があからさまで、馬鹿にし過ぎだ。
「ルサレヤ先生に手紙を書こうと思います。出来ればお渡し願いたい。解決になるかは分からないのですが、私自身は行けませんので、今この場の意志を託したいと思います」
「よろしくお願いします」
さて、何て内容で手紙を書けばいいかさっぱり分からないぞ。誰か教えてくれ。
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