第406話「議会」 ベルリク

 既に中洲要塞には各国遠征軍代表が集まっている。ニリシュを接待役に置いて、ラシージに短期合同軍事演習を任せてはあるが、招待主不在は恰好が付かない。早くあちらに顔を出したい。しかし出発前に片付けなければいけない案件がある。

 第一に帝国連邦議会。今回の内に話したいことがあるので外せない。

 第二に義父ラハーリの葬儀へ出発する前のカイウルクと個人的に話すことだ。

「ルサレヤ先生とウラグマ総督とも相談したが、ユルグスくんをナヴァレド城主に据えるのは無理だ。城主は世襲職じゃないが、服属土侯の自治容認の延長線上にある。慣例ではないが、空位になった第三師団長も城主兼任で決めなければならない。流石に無理だ。

 ラハーリの息子に不安があるだろう。聞いた分には軍人としての評価はし難い。若過ぎるわけでもないが経験が無い。アッジャール侵攻の時は若過ぎて初陣も済ませていない。貴族としての教養はあるそうだが特別軍人であるわけでもないらしい。少なくとも城主としてイスタメル州第三師団長として万の軍を差配する能力は無い。

 現ラシュティボル県知事が任期終えたら彼を次の知事に任命するのが、その自治容認の延長線と考えられている。現知事は今辞職させられるような失態を何も犯していないので任期切れ前に解任することは不適当。現任期が切れた後、現地事情に鑑みて任期継続させないことに本人が同意であるなら適当という感じだが。地方行政官としての能力が証明されたわけではないから悩みどころだな。

 こうなると血筋と軍歴からイスタメル傭兵のドルバダン・ワスラブ隊長が城主そして第三師団長の有力候補だ。最新の実戦経験があり、外国で数千の部隊を運用した実績があって経験が一番新鮮。ウラグマ総督に任命権があるから最終決定はあの人次第だな。どちらにしろ。

 隊付き士官程度の若い、地縁もあるにはあるが薄いユルグスでは流石に土侯名代も兼ねる城主は無理だ。そして第三師団長は流石に経験不足で無理だ。無理だぞカイウルク。無理だからな。無理無理絶対無理無理の無理」

「むー」

「それで、折衷ってわけじゃないが先生と総督も納得の案がある。イスタメル州がバシィール城主に始まる我々に求めることはイスタメル諸侯への圧力源なのは今更だが、ここが重要だ。それは金と人と時間を掛けても欲しい存在だ。だが昨今の帝国連邦は作戦に忙しくて圧力どころではない。仮に内戦鎮圧の協力を要請されても即応出来るとは限らない。今までイスタメルは基本的に従順だったから気にならなかっただけだ。ベーア帝国が大イスタメル復活を視野に入れた時から不穏の度合いは増して来る。

 結論から言えばバシィール=カイウルク準州の設置。それから独立軍事集団としてカイウルク氏族軍の設立だ。スラーギィ準州作った時の応用だな。懐かしいな。

 レスリャジン部からカイウルク氏を分ける。カイウルク氏とは銘打つが血族集団という意味では使わないぞ。初代頭領をカイウルクとする、部族呼称には及ばない規模の集団という程度だな。それとも部族がいいか?」

「”黄金”のレスリャジンの名誉は捨てても損しかないから。それに親父様との縁が遠くなってもやっぱり損だね」

 アルルガン族滅以降、そういうことになってしまうか?

「まあ、そういうことだな。カイウルクの側近と家族。これは適当に選んで連れて行け。後はマトラ以南の初期亡命組のレスリャジン族、亡命セレード兵と移って来れたその家族でまずは何とかしろ。土地は従来のバシィール領。ここの特別市中核と周辺関連施設以外は全部お前にやる。これが準州になる。イスタメル人から土地は取り上げないから思ったより狭いぞ。

 イスタメル州と帝国連邦に両属することになるが、責任の配分だな。人の国籍は帝国連邦。遊牧ならこれで、何か問題があって引き上げることになっても面倒がない。領土資産はイスタメル州にこちらから無償無期限で貸与。異論無ければ一年毎に自動更新。それを準州領として扱う。カイウルク氏族軍はイスタメル州に傭兵として雇われる。こちらも異論なければ一年毎に自動更新のほぼ永年雇用。指揮系統はウラグマ総督だな。

 これでユルグスくんを、育った時にどうなっているかはさて置いてだが、実力申し分無ければ文句無しの血統付きで次期頭領に据えればいい。

 帝国連邦の戦時だが、イスタメル州側で派兵に問題が無ければ傭兵契約一時解除、こっちの指揮下に従来通り入れ。演習や教導団から教育も従来通りこっちで受けろ。時期が被らなかったらイスタメル州の軍事演習にも参加だが、こっちを優先してもいい。イスタメル諸侯に圧力掛けないとならなかったらそっち優先。毎回俺が指示しても良いが、ウラグマ総督と二人で決められるようにしておいた方がいいな」

「親父様」

「嫌なとこでもあったか?」

「手を加えるところ無いんだけど。もうそれ試案じゃなくて決定みたいじゃないか」

「そりゃお前、二十年前に先生からお前これやれって言われたことの応用だからな。お前も脇で聞いてただろ」

「むー」

「何だこの野郎、むーむー言いやがって。何でもかんでも自分の考えた通りにいくわけねぇだろが」

 カイウルクの左頬を軽くつねる。

「でもぉ」

 そう言うカイウルクの、右頬をアクファルが背後から軽くつねった。

「親父の言う通りにします」

 素直になった。


■■■


 セリンがイスタメル州に帰って来ている。天政との戦争以降、魔神代理領海軍は蒸気鋼鉄化への訓練、開発に掛かり切りだったが一段落ついたそうだ。そのついでにザラにダーリクもバシィールに帰して来た。会うなり自分を髪の触手で吊し上げて義足取り上げて”その足どうしたの!?”と振り回してギャーギャー騒いだ。そう言えば負傷の件は連絡してなかった気がする。

 マリオル県知事でイスタメル海域提督の彼女はラハーリの葬儀に合わせ、ナヴァレド城主に第三師団長の後継選考に関わるのでこれまた忙しい様子でバシィールに泊まっていったのは一晩だけ。カイウルクの独立軍事集団立ち上げと準州化の件は了解、何かあれば協力してくれることを約束してくれた。

 その一晩に、未だ事態の展開は不明と前置きしておいて、ジャーヴァルでのタスーブ藩王の窮地と女神党の不穏さから、北陸南海から挟み撃ちの必要があるかもしれないから海軍出動要請の可能性があると話しておいた。エルバティア攻めの後にアルジャーデュルとタルメシャに手を付けるから、こちらから連絡する時は大内海経由とも。それから今年の御前会議には出られないのでルサレヤ先生を代理に出すから送ってくれ、とも。先生の送迎の話をした途端に緊張して背筋が伸び出して返事が”うん”から”はい”に変わったのは笑った。

 それにしても暇が無いからなのか加減を知らない奴だった。チンポが痛い。

 連邦議会の準備をしている最中、陽に焼けて手が少し硬くなって、大きく重くなったダーリクがマハーリールを連れて部屋にやって来た。何をするのかな? と見ていたら、何と彗星ちゃんがダーリクの腕を使って縄で、もやい結びをしたのである。

「おお、良く出来たな」

「うん」

 マハーリールが照れている。

「ダーリク先生もご苦労だな」

「学んで半分、教えて半分って言ってた」

「お! そうだな」

 二人の肩を掴む。ああ、何だこれは、言葉にならんな。お、そうだ。

「貸してくれ」

「はい」

 縄の輪になった方を掴んで端側を引っ張る。輪が締まったりせず、そのまま実用に耐えそうだ。縄自体が千切れるまで引っ張らない限りは問題無いだろう。

「じゃあ、ほれ、引っ張って見ろ」

 綱引き。力比べとなれば張り切るのが男の子。ダーリク十歳、マハーリール六歳、まだまだちっちゃいが食らいつく。

「おっ、どうしたどうした。足のもげたおっさん一人も引っ張れないのか?」

 部屋の外、廊下から何時ものバタバタドッタンと走って来るのはフルースくんで「うぉわぁ!」と叫びながら状況確認も瞬間的に綱の端を噛んで体に巻くよう持って前のめりに走って引く。床に爪を立てて四つん這い、もとい四つん張り。

「おっと! 流石に手応えがあるな」

 次に部屋にやって来たのは子守りの子供、ミクシリアお姉ちゃん。「あ、失礼します」と入って、とりあえずその視線は床や周囲の椅子、扉の締まり具合。転んで怪我しないようにというもので物の位置をずらし始めた。随分出来た子である。

「私も!」

 ザラ十一歳が加わる。女の子は成長早い、一気に大きくなった。片手から両手に持ち変える。

「ミクちゃん手拍子!」

「え、はい」

 ダーリクの指示でミクシリアがペチ、ペチと手を叩き始める。

「音に合わせて皆一斉に力を入れて引け!」

 おお、そう来たか! 自分の役割を認識したミクシリアが手拍子を大きくし、調子を早くする。

「えい! えい! 声合わせて!』

『えい! えい! えい! えい!』

「お、強い強い! 凄いぞ班長ダーリク=バリド」

 ダーリクは船でこういうことを見て聞いて、やって覚えて来たんだろうなぁ……ここにリュハンナがいればな。

 四人が疲れたところでグイと引っ張り勝利。

「飯食ってデカくなってから出直せ!」

 来年とは言わないが、三年後にやったら勝負は分からないな。


■■■


 連邦議会開催まで少し。全員が集まっていない。その割には一番遠くから来ているにも拘わらず、到着しているのがハイバルくんであった。

 未開拓地に入植した者達の親父であるから、ある種しがらみが、責任がほぼ無い存在ではあるので事前準備無しでやって来られるというもの。関係各所からあれこれと言われなくて済んでいる。一方でしがらみが多いクトゥルナムは未だに到着していない。抱える物が大きくなると足腰が鈍くなる。

 ハイバル王国のハイバル王は悩んでいる様子である。まるで保護者同伴のようにヒチャト特別行政区長のタプリンチョパ博士も伴っての面会。

 ハイバルくんは白虎の毛皮を被っているが俯きがちで覇気が無く、虎に食われているような様子に見える。これは良くない。あちらでは虎被り、虎狩りの猟虎軍と――最近になり――名乗って虎より弱い人間など簡単にぶっ殺してやる、みたいな雰囲気で意気を上げていたというのにその親玉がこの様ではいけない。極東の番犬の去勢はどうにかすべきである。

 タプリンチョパ博士は天道教白衣派の最高学位者で、剃髪の大男。かつてバルハギンのトンフォ山脈以東を覇する権威を与えた青衣派より格落ちで、このような機会を窺っては権威向上に努めてようとしている気配は濃厚、むしろ見せつけていると言っても良い。バルハギン統を超えるとするなら白衣派を擁護して青衣派を追い落とすのも一つの手である。しないが。

 何でもハイバルくんは罪を覚えたそうだ。道中、列車内で博士と話して教戒を受けた――つまり入信――らしい。

「今まで苛烈に振舞っていたのは強がりでした。暗殺されそうで怖くて仕方がありません。もし何か失敗して、負けて見限られるのが怖いです」

 ハイバルくんのが身体が震えている。本音か。

「それから姉を独占したいと思っていました、いえいます。何なら邪に懸想もしています。それから、ウズバラクに恨みを持ったのは俺の勘違いだったと今になって思います」

 という三つの悩み、苦しみを抱えているそうだ。割とどうしようもない悩みで、解決方法はもう関連する者を、自分含めて排除して無かったことにするしか無いようなところ。

 ランダン王ウズバラクを殺す時にハイバルを利用した件は、こっちがその勘違いを利用した面が大いにあるかな。今更であるが。

「博士にお伺いした方がよろしいかな? 極端な解決方法しか見えない悩みですが、どうされるので?」

 白衣派に対する予備知識は、自分を飾らずありのまま受け入れること。白を汚し、汚れた自分を受け入れること、ぐらいだったか。大勢力ではないのでそこまで気にして来なかった。

「まず辛ければ泣いて良いのです。堪えては心が破裂して壊れてしまうのです。そして現実の苦しみ、彼の抱える悩みは解決が非常に困難で、そうであるならば受け入れ、処理せず保存します。己が生み出す穢れとして持ったままにします。そして受け入れて暴走せず、持ち応えるようにします。重荷も適切な力があれば投げ出したりせず、己の理想の状態で保持出来るのです。

 そこで読経を唱え、言葉と教えにて苦しみを忘れ、穢れを洗濯して白へと戻すのです。解決はせず、そのままでいて良いのです。この世は解決可能なことばかりではありません。こうなればまた穢れを受けます、染み出る、湧き出るでも良いでしょう。汚れや臭いに耐えられなくなり、汚れたままでは大層辛く、究極的には死か同等の重みに沈みます。そうなる前に着物のように洗濯することを繰り返せば良いのです。苦悩が絶えぬのならば、そこからの解放も絶えぬようにするのです。

 湯の煮立つ釜があるとしましょう。そこに手を入れれば焼けてしまいます。そこで単純に水を入れて温くしてから手を入れれば良いのです。釜の下では火が焚かれてまた煮え滾って参りますが、また水を入れれば良いだけです。心の釜もそうすれば良いのです。何も悩まぬ者より忙しないところですがそれは仕方がありません。

 我々のような出家身分ならば深く教えの境地を求め、戒を追求して可能な限り白いまま、俗の苦しみを捨て置いても良いのですが在家の方となればそうはいかぬもの。戒を度々破りつつ、俗の苦しみを膨らませていかなければなりません。そこで出家の我々が適切な洗濯方法を在家の方々に研究、伝授し、毎日の穢れを効率良く洗うお手伝いをさせて頂いております。

 ですから在家の方はまず読経。とにかく唱える。これの繰り返しから始めます」

「教えの理解が先では?」

 ここは敢えて面倒臭い問いをしてみる。

「理解は頭の中で巡らすことになり、これもまた苦しみを伴い心を疲れさせます。余裕の無い者がして良いことではありません。ただ口に唱える読経は、舌こそ疲れるやもしれませんがこれは心の休息となります。

 そも教えは出家が専門的に深く追求していれば良いことで、在家は大体のところを把握して、大体の理解で読経すればよいのです。重ねる内に自然と理解も深まることです。理解が浅いからと言って読経してはいけない理由にはなりません。勉強が出来なければ勉強してはいけないという矛盾にもなります。勿論理想は在家も深く理解するところですが俗事は真に煩雑、国事となれば息吐く暇もないでしょう。だから理解は出家に任せて俗に専念して問題ありません。出家が在家から喜捨を頂くのは、俗事から離れて勉強に集中し、理解という形でお返しすることにあります」

 それでは如何ですか、と読経本を差し出された。九十九折で、完全に開けば全面が見える作り。言葉はケリュン文字で書かれており、音に出して読めるが意味不明である。心の休息とやらになるならば意味を理解することすら邪道か?

「音写というやつですか」

「はい。元はバッサムー地方とツァンヤル高原の境界地点で生まれた物を、我が方のランテャンの言葉に訳し、それを遊牧の言葉に音写したものとなります。これは先程私が申し上げました、毎日の苦しみは毎日洗濯すれば良い、という教えを念頭に入れて唱えるだけで十分に効力があるものです。正確ではありませんが、唱える薬という解釈でも用法に間違いございません。重ねて言うなら教戒を受けずともお使いになられても良いと私は考えております。無論、心の底からそれを信じればこそ真価を発揮することは言うまでもありません」

「なるほど」

 何かの神様を題材にした小説を読み聞かせられるよりは説得力があるかな。

 音写版より意訳版の方が欲しいとか言ったら何だか面倒臭そうだから止めておく。それを狙って敢えてか? そもそも意訳版が無いような気もする。

 聖なる神の教典もフラル語以外は聖都で認めていない。中央を自認する言語は権威であるし、意訳直訳のせいで本来の教えから外れる可能性だってある。中々、ままならない。

「俺は教戒を受けました。この新しい自分として出発したい。その為に敢えて穢れ、戒を破ってそれを洗う修行をしたいのです。是非、自分を遠征軍に入れて下さい!」

「お前の軍はどうする」

「私は今一度、一人の男としてやり直したいんです。だから姉に預けます。それで間接的に義兄の物になります。今、極東は安定していないので思うように動く兵隊は欲しいでしょうし……」

 あの野郎とか役立たずチンポと呼ばず義兄と呼んだか。

「それはクトゥルナムと相談してから決める。少し待ちなさい」

「はい、お願いします……でも総統閣下、俺は貴方の”罪器”を学びたいのです」

「うう……ん? 何だそれは」

 ハイバルくんが合掌して、言葉に詰まる。”罪器”ってのはたぶん、これから意訳してくれるタプリンチョパ博士から聞いた、受け売りの言葉か何かだと思う。どうぞ、と手で発言を促す。専門用語は分からんのだぞ。

「人には罪を受け止める器がございます。罪は犯し殺し盗むだけではなく、食べ歩き寝るだけでも積み重なります。生き物を大地を誰かを奪わずに生きることは叶いません。だからその罪を受け止める器を越え、溢れてしまった者達は罰を受け死か同等の報いを受けるのです。これを我々は法罰と呼びます。何れ誰にでも訪れるものです。無限に人は生きられぬものです。たとえ悪事を一切したことの無い者がいたとしても寿命を迎える時は食べ歩き寝る行為に疲れてしまった後になります。

 己の器を椀、罪を水としましょう。揺れる器に罪は多く入りません。動じぬ器には縁の限界まで入ります。たとえ大いなる器があったとしても引っ繰り返るほど揺れれば何も入れることは叶わないのです。

 罪が溢れた時は心が壊れた時です。もう器に罪が入らなくなれば余裕を失って慈悲も慈愛も無く、他人を疑うばかりで敵味方の分別もつかずに攻撃するばかり。己を見失って自己の利益を追求するどころか自滅の道を辿り始めるような者がそれです。そうなれば周囲は本当に敵ばかりとなり、悪戯に友を殺し始めるような愚行を犯すでしょう。そうなれば自然と背中を刺され、毒を盛られます。幻の敵が本物の敵となり、このような罪が溢れた者は彼にも誰にも必要とされず、殺して解放されるべき存在となり、愛してくれる者からでさえ、であるからこそ慈悲にて刃を振り下ろすでしょう」

 ハイバルくんが席を離れて「怖いです!」と震えて抱き着いて来た。この論法に脅かされて虎から猫になったのか、猫になったことに気付かされたのか、というところ。

「そして総統閣下、貴方は一千万の血と億の怨恨を受けても揺らがぬ方です。全てご自身の手で下されたわけではなく、多くの兵士達からその罪を、命令されたからと悪く言えば無数に擦り付けられ、それを受け止めて平穏な方と存じます。その膨大な罪ですが、そもそもそれを初めより罪と思わず懺悔の必要も感じなければそもそも罪にすらなりません。人の復讐こそあれ自滅となる法罰に至りません。その大きな器か、罪を罪とすらせず太陽のように干してしまう力、これこそ今ハイバル王に必要なものでしょう」

「僕の太陽! そうか、小人達が第二の太陽と言っていたのはそういうことなんだ! 人民の太陽万歳!」

 言わんとすることは大体分かる。ハイバルくんが喜んで抱き着いたまま身体を押し付けて来るくらいだから、とりあえず信者にはウケる。

「総統閣下、質問よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「貴方は人の復讐を受ける身ですが、それは苦痛でしょうか」

「面白い。胸刺された時に足を吹っ飛ばされた時も楽しかった。あんな良いこと早々無いですね」

「……ならば、教戒を受けて頂けるならば修行完成者たる智覚号を贈れます」

「修行した覚えはありませんが」

「自覚無く至った者こそが相応しいとされます」

 来たな、どうあっても逃がさない無敵論法。

「その心算はありません」

「では、代陽大鑑帝の称号を贈らせて下さい」

 何が”では”かは知らない。

「どういう意味で?」

 復天治地明星糾合皇帝ぐらい説明されないと東方の称号は分からない。

「代は代わり、罪を人民の代わりに受けることから。陽は太陽、罪を干すことから。代陽にて天の太陽の代わり、第二の太陽、引いては蒼天の指導者。鑑は皆の手本、模範。模範中の模範として大鑑。鑑という大型の水受けがありまして、それの大型となり更に巨大な器とし、帝は皇帝とそのまま。名乗られておりませんが王では不足でしょう」

 総統は必要と思って自称した。ウルンダル王は成り行き上必要だった。悪魔大王はお気に入り。復天治地明星糾合皇帝は戦中戦場だったこともあって、まあ良しとして、これは何だか気持ちが悪い。あれだな……。

「博士のための称号なら無用です」

「これは……ご無礼を」

 宗教は否定しない。連邦議会で教育省の設立でも触れるだろうが高等教育から宗教を抜くことは出来ない。ランマルカ発の科学教育になると違ってくるようだが。

 ルサレヤ先生が神秘派に”変なことしようが儀式で不満を解消して日常に戻るならそれでいい”と言っていたがその通り。

「連邦議会で高等教育機関の設立、推進の議題が上がっていますので自信を持って良いと思います。ただ私から推薦は出来ませんし、しません。妖精達に布教するということは絶対に拒絶するとだけは言っておきましょうか。義務教育課程については共和革命思想から始まる全人民防衛思想実現のための教育になっていますのでこちらも口出し無用です」

 話題反らしっぽくはなったが、話はここまでということにする。白衣派を国教とは言わずとも優位にするために話に来たような気配は濃厚であった。

「分別は弁えております」

「それは結構」

 真意は不明ながらあちらもここで引き下がることにしたらしい。

 ハイバルくんはわけもわからずポカンとしている。

 この青年には猫から虎、泣き虎でもいいが、とにかく牙と爪を取り戻して貰わないと極東が安定しない。どうにかして、安定した精神で殺戮に目覚めて貰わないと。

「今日は一緒に飯食うか」

「いいのですか、そのお子様方と……」

「じゃあいいじゃねぇか」


■■■


 連邦議会の開催は明日になる。

 中洲要塞からの演習報告書を見て、三国とも中々の部隊を送って来たことに安心する。

 足手纏いは切り捨てる、なんてことをやって外交問題になったら面倒臭いことこの上無いのだ。良く働き良く死んでくれないと困る。エルバティアは弱く無い。

 それから軍務長官ゼクラグからの直訴。

「軍務官僚が足りない。現場を知り、重量物を遠方に運ぶ業務を心得ているストレムを異動させてくれ。新型砲開発と運用にも現場経験者が欲しい。士官も適宜引き抜きたい」

「むー」

 唸ってしまう。これから国外軍を遠征させようと言う時に主要な将官を一人、それから必要な分だけ将校も寄越してくれと言うのである。時期的にはまるで嫌がらせ。妖精の性質から考えるに今からそのような人材を引き抜かないと組織運営に支障を来す、というところか。

 エデルト軍の新型火薬、火砲装置の衝撃は帝国連邦軍再編計画の大転換を強要してまた年単位の延長を余儀なくされている。何時まで再編をすればいいのかとも思うが、そういった軍事革命が起こる度に必要なのである種永遠に、である。

 国外軍は馬鹿を削って中にいる玉石を正規軍に還元するためにある。作戦で消耗しても良い馬鹿が多く、正規軍を温存し無茶な作戦で消耗させず適切な訓練を重ねて練度を落さないようにする身代わり達。そこから玉のストレムを抜くことは間違っていない。

 新型砲の衝撃で攻め手を今、十年は失ったように思っている。天変地異でもあれば別だが、そんな規模のものがあればこちらも大分酷い目に遭っているだろうか。

 今はベーアには勝てない。国土縦深防御で負けることはないにしても攻め上げて勝利することは困難である。その弱い今を可能な限り短縮出来る存在が、今帝国連邦最良の砲兵ストレムであることは間違いなさそうだ。

「ゼっくん、そこは何とかならないの?」

 別の手段があるなら聞こう。

「その呼び方を拒否する」

「サニャーキにお願いさせちゃうぞ」

 実は隠し玉を用意していないよな?

「意味が無い」

「ゼっくんお願い音頭をさせちゃおうかな」

 本当の本当に代わりいないの?

「返事を聞く」

「むー」

 でもストレムに砲撃指揮して貰いたい場面が有りそうな気がするんだよなぁ。

「ベルリク=カラバザル、むーむー言うな意味が無い。帝国連邦軍の未来が掛かっている」

「分かった。許可を出す、細部はラシージに言ってくれ。全部許可だ。思った通りにしてくれ」

 国外軍遠征の死傷率はもう少し上方修正しておくか。

 ゼクラグが去ってから少し、今度はザラがやって来た。

「父様?」

 声音のこう、下から探る感じはゼクラグ待ちだった様子。

「ちょい待て、えー、三十数えろ」

 議題と、出席者から事前に出された議案や意見並べて読んで大体の流れを掴んでおく。これ等を全部自分で考えて決めるような独裁体制にしなくて良かったと安心してしまう。

 下らねぇ、自分で考えろボケと言いそうな案件もあるのだが、普通は無視してはいけない。バルハギン時代のような兵隊だけ出して集合期日に間に合えば良し、後は略奪品の分配だけ、みたいな粗放な統治の時代ではない。

「いいぞ、何だ?」

「リュハンナに会ったんだよね。もう神学論文送っても大丈夫そう?」

 リュハンナは今九歳か。神学勉強していると言っていたな。聖都で一番と言えるような教育を受けているだろうから馬鹿には出来ないだろうけど、九歳は流石にどうかな。

「分からなくても送って、送り返せるようになったらって待ってあげなさい。馬鹿にしたり侮ったりしたらいけないよ」

「うん!」

「で、ザラちゃんはそんな論文送れるようになったのか?」

「これ!」

 法典派ウライシュ学派の学士号証明書。ズィブラーン暦四千四年認定と何時のものか一番に示されている。法典派の学士号は認定年が古いと古い年代の法典しか分かっていないと見做されるので随時更新しないと意味が無いとされる。

「どうやって取ったこんなの?」

「暗記」

「暗記だけ?」

「運用例も暗記すれば後は論理が分かるからそんなに難しくありません」

 お、この生意気め。

「ウライシュ派は厳しいって聞いたぞ」

「厳格だからこそ変な応用が無いから楽なんです。知らなかったでしょ!」

「知らなかったぁ!」

「きゃあ!」

 生意気なので担ぎ上げて走る。


■■■


 第二回帝国連邦議会は前回より四年半程経って開催。第一回は魔神代理領御前会議開催後に行われ、今回は開催前である。春の内にエルバティア攻めを行いたかったので時期をずらした。もうちょっと外的要因に拘わらず行えるようになりたいと思う。

 当日、外では軍楽隊の伴奏付きで女性歌手が国家独唱。定例になってしまった。

 議会場へ入場する際には徒列した妖精達が『総統閣下万歳!』を連呼。これも定例だが、列の後ろではバシィール市民も共に号しているので様相は変わってきている。心底そう思っているかは知らないが、妖精のノリに合わせるのは結構面白いと思っている顔だ。

 議会出席者の顔ぶれは大きく変わっていない。総力戦でも無ければ早々に大量死もしない。

 ウラマトイ王国、アリラシャーン王。

 ユンハル王国、コルガル王。

 ユロン王国、バサルダイ王。

 ハイバル王国、ハイバル王。表情を取り繕うぐらいは出来るまでに戻っている。猫っぽくはなくなったかなぁ。

 ガムゲン自治管区、ウレンチャ隊長。

 ブラツァン自治管区、サンベルタイ。前任の占い婆さんが死に、区内の部、氏族統合も進んでようやく政権軍権が纏まったそうだ。

 ライリャン特別行政区、ジェバ族長。

 ウレンベレ特別市、クトゥルナム市長。老けたなこいつ、子供が出来たら寿命尽きるんじゃないか?

 ダシュニル共和国、テイセン・ファイユン大統領。

 カチャ共和国、チムライ大統領。

 チュリ=アリダス共和国、ボルダ大統領。話によれば青衣派の在家。気にしてみればタプリンチョパに眼を付けている。本山は天政側にあるので多少肩身は狭いのか?

 ハヤンガイ自治管区、アシャブ=ベルキン族長。

 ランダン自治管区、カンクル=オズム族長。

 アインバル自治管区、バオ・ジャンジ将軍。

 ヒチャト特別行政区、タプリンチョパ博士。情報局より、極東への人口流入と同時に発生した土着宗派弱体化の隙を突いて布教中らしい。護国となるか憂国となるか。

 ユドルム共和国、シャールズ大統領。

 ウルンダル王国、シレンサル宰相。こいつ老けないな。

 チャグル王国、メイメル王。

 ムンガル王国、イルタメシュ王。

 イラングリ王国、カブルディーン王。

 ラグト王国、ユディグ王。

 西トシュバル自治管区、ファイーズィー族長。

 東トシュバル自治管区、バルダン区長。

 マトラ共和国、エルバゾ大統領。何時死ぬのかと見る度思うが今のところ気配無し。余り長期に重鎮をしていると後継者は大丈夫かと思えてくるが、聞いたところ社会主義秩序が健全であれば何も問題無いそうだ。

 シャルキク共和国、ハリスト大統領。

 チェシュヴァン王国、イマーマラク王。

 フレク王国、小リョルト王。北大陸北西部探検事業は終わっていないが一時帰国中。開会前に子供達に高い高いして貰った。

 ヤゴール王国、ラガ王。そろそろとは思っていたが代替わりした。分捕ったオドカサルで服属させたのが懐かしい。

 ヤシュート王国、デルヴィ=カザム王。

 ダグシヴァル王国、”太い”イサグ王。

 上ラハカ自治管区、オルマード首長。

 中ラハカ自治管区、サラー首長。大人になった。

 下ラハカ自治管区、ヒルミシュ首長。

 スラーギィ特別行政区、カイウルク頭領代理。まだ在任中。後継者は軍部から出すが、出身部族に拘る必要はない。

 バシィール直轄市、マキサム市長。

 マトラ低地枢機卿管領、ルサンシェル枢機卿。目が黄色い……酒の飲み過ぎだな。寿命も近い。そろそろ聖女様に返品か。

 北極圏特別行政区、イヌクシュク首長。ようやくこちらの言葉が分かるようになったが、妖精以外とはまともに話すことも無いらしい。お腹をくすぐると喜ぶ。中途半端にちょちょいとやると不満がって袖掴んでせがんで来る。可愛い。

 水上騎兵軍集団、アズリアル=ベラムト司令。

 極東艦隊、ギーリスの娘ルーキーヤ司令。セリンはしばらくマリオルに留まるので久し振りに姉妹で会えるだろう。

 内務省、クロストナ・”ジルマリア”・フェンベル・グルツァラザツク長官。ようやく聖なる銀行問題を片づけて戻って来た。やっぱり外に出してやると顔色が良くなって戻って来る。

 軍務省、ゼクラグ長官。サニャーキが弱点。でもそれで揺さぶっても何も出てこないから面白くない。

 財務省、ナレザギー長官。ベーア統一戦争を利用して副収入を得たので国外軍遠征費用については心配無いと言っていた。こいつ悪人だよな。

 主都管理員会、マリムメラク委員長。

 高地管理委員会、”変な”デルム委員長。既にエルバティア攻めに必要な地理調査は済ませてあると聞いている。代理も寄越さず本人がここまで来ているというのだから後は仕上げという段階。仕上げのためにどれ程の犠牲が出るかはまた別の話。

 極地管理委員会、リョルト委員長。

 議会議長、ルサレヤ魔法長官。議会閉会後は総統代理として魔神代理領御前会議に出席して貰う。

 後レン朝に加えて、今回は第一回と違いマインベルト王国からも外交官が出席。

 そしてそれぞれに付き人、相談役、域内別組織代表や宗教人が何人かつく。

 ルサレヤ議長、開会の挨拶のために壇上に立つ。

 議会についての事前応答でこのような意見が複数あった。”何故、魔族が議長に?” と、字面はそれぞれ、言いたいことはそのような程度。

 返答は”自分ベルリク=カラバザルが俗の権力、蒼天の権威であるならば師は魔なる権威であり魔神代理領との太い繋がりであり私自信が最も尊敬する人物だからである”と。

 これに対する反論は現在無し。議会中に、複数で示し合わせて誰か別の人物を据えようと動く気配は今のところ無し。代わりに議長席に座れる人物がいるとすれば……思いつかないな。ラグト王はそこそこ有力だが、バルハギン統を優先する時流では無い。なったらまた考える必要はあるかもしれない。

 バルハギン統原理に則り、国家元首はその”黄金”の貴種から探して据え、実権は俗な実力者が握るというやり方は長く通用している。”魔帝”イレインもその一人。悪い手ではない。

「時勢、未だ安定ならず。帝国連邦発足以前からの劇的な変化の流れは止まっていない。従来の国家の分断や統合が進んでいる。過去例を見ない激しい戦争が続き、世界全体が気付いている。弱く孤独ではただ強国に踏み潰されるのみ。強者が弱者を食らう方法は有る。弱者が強者を食らう方法も凡そ奇策に頼るが、だがある。強者が油断せず奇策を用いることも勿論ある。皆、準備ままならぬ状態で渦中に引き込まれると思って常日頃から心がけるように。現在、帝国連邦は攻めの姿勢を崩していないと見える。攻めれば攻められ辛いという性質がある。この前進が止まる日が何時か、近い内に来るかもしれない。何れは訪れる。変化を受けなかった組織は古来より完全に存在しない。その時は良く変化したが、後にそれが弊害となり致命傷となることもある。逆も然り。今、目の前のことに専念するより他はないが、柔軟性を持たせることは出来る。第二回連邦議会ではその柔軟性に着目した内容が含まれる。より良い未来のことを考えて貰いたい」

 挨拶は以上。これまた前回と違い、ルサレヤ先生が魔神代理領定期御前会議の結果を改めて告げる挨拶は無し。四国協商が結成していればその点についてありがたいお説教のしようもあるが結成ならず。

「では初めに。総統選出に関して、真っ先に上げさせて貰います」

 自分から始める。帝国連邦の柔軟性に関する中で、今おそらく一番の問題。一番偉い人が死んだら誰がやるの? である。

「今まで自分でははっきりと言って来た心算でしたが、改めて考えると説明不足だったので訂正させて頂きます。私はアレオンでは胸を一突きされ、心臓が右寄りの奇形でなければ心臓を削られておりました。エグセンでは間一髪、最高英雄サニツァ・ブットイマルスの救援が無ければ第十六聖女ヴァルキリカ・アルギヴェンに片脚のみならず頭部も削り飛ばされていました。若い頃は己のことを不死身なのではないかと思っていましたが、それは馬鹿が罹る麻疹のようなものだとは勢いのある戦士であった経験のある方ならば多少は理解して頂けると思います。戦わずとも病や寿命で死ぬことは確実です。魔法の才は全く無いようで魔族になることも叶わないでしょう。まずこの命は国家を単位としてみれば終わりかけの蝋燭のようなものです。

 条件。一つ。総統とは共同体防衛の責任を負える者。自国防衛しか考えられない狭量な者は不適。現在における共同体とは魔神代理領共同体であり、将来的に結成されれば四国協商を含む。更に将来的に同様の枠組みがあればそれが該当します。我々のような事あらば容赦せず敵を打ち倒すとし、苛烈な振る舞いを敢えて抑えず完全勝利を目指すことを信条とするならば、だからこそ友邦が大事であります。目指すのは勝利者であって孤立でもなければ只唯一の頂点でも無く、世界征服でもありません。これを総統と列席の皆様の立場と入れ替えて論じても結構。この座を巡って内紛などしようとする者は不適。言うならば、消去法にて最終的に残った誰かが適当です。

 二つ。総統になる為には軍務省の推薦を要します。世襲ではありませんが、仮に私の子供達の誰かが適格であれば否定をしません。求められるのは軍事外交に関して前線にて即断即決を下せる判断能力。能力を担保するためには軍務省を筆頭としますが全省庁と意志疎通が出来ていなければならない。これが出来ない者は不適。銃剣の先に乗った国家元首であるべきです。

 三つ。軍務省が推薦者不在を判断した場合は連邦議会から総統ではない連邦大統領を選出して頂きます。これは臨時国家代表であり権限を持たず儀礼の象徴です。

 四つ。総統選出競争により内戦危機を誘発すると判断された場合は空席とします。判断は秘書局が行います。

 五つ。総統不在時の国家方針の決定は軍務省が責任を負います。方針の決定に対して連邦議会は平時には拒否権を持ち過半数票を要します。戦時には内部の混乱を避けるためにありません。全人民防衛思想に基づいて軍務省が判断します。これに対しての助言や質問は勿論可能です。

 六つ。一番重要で、柔らかいところと言えるでしょう。今まで述べた条件、全てその時の情勢にそぐわなければ訂正して結構。ただし、訂正するだけの道理に適った理由は必要です」

 これでもたぶん、色々足りない。ルサレヤ先生に相談したところによれば”君主制としなかったツケは払わなければならない。内紛を抑えつつ実力主義による選出制を選択したならこう、面倒臭くもなる”と言われた。それから”余りにも緻密に水漏れを防ぐようにすると硬直化し、隙間だらけに柔らかくすれば破裂もする”とも言われた。もうこれは実際にベルリクくんが死んでみるしかないぐらいの事案である。

 最善は馬鹿で臆病者が総統になっても国家運営に問題が無いというところだが、正統性の証明となれば……もう賢いザラちゃんに任せてお父さんとっととくたばっちゃおうかな? 総統と言う名の立憲君主も別に悪くないとは思ったりもする。まあ、それは自分が死んだ後のことだ。

「総統選出の条件を聞き、各省庁の官僚に疑問があったり、能力に不足があると判断した場合どうしたら良いかと思ったかもしれません。軍務省の能力にそれ程までに絶大の信頼を置いて良いのか? と。軍務省に拘わらず、別件にて内務省、財務省にも疑問が沸くことも、今は無くても将来、五十年後となれば誰も分かりません。ですから制度が整えば連邦議会にて監査委員会を設置することにします。官僚の暴走あれば流血なく解決するために降格や免職などの懲戒処分を下す委員会です。この委員会をまた監視するのは総統または総統代理です。大統領は議会で選出するのでその資格はありません。誹謗中傷で懲戒処分を下してはいけませんので、その点に関しては監査委員会設置を是とした場合、新設する法務省が法整備をします。法務省もまたのその官僚ですが、作製した懲戒に関する法律は議会で是非を問います。これは第三回目になってしまうでしょう。その法に限らず、これから作成される法案は法務省が必ず議会にて草案を公表しますので意見あれば述べて下さい。矛盾や不備があれば指摘して下さい……」

 ……と法務省関連のことを色々喋ったのだが、何だか同じことを何度も繰り返し喋っているような気になって目が回りそうになって来た。

 失敗したのだが、法務省による――お兄様憲法参考―――憲法草案の編纂開始、妖精的な革命法の研究、各地の慣習法の編纂、現在平等に執行可能な法の発見と確定と検討のことも同時にそこで喋ってしまった。ハザーサイール帝国から来たムピア人の法典派ウライシュ学派の法学者であるダンマリマのジュゼク新法務長官に再度、噛み砕いたと思うが、分かりやすく説明して貰ったはずだがどうにも、分かった顔をした構成国代表は少なめ。

 法務長官が喋り終わってから質問が飛んで、また同じことを繰り返す感じになってしまい、水のお替りを要求した辺りで議会進行役の妖精が手鐘を振って「休憩時刻になりました! 休憩時刻になりました!」と連呼。


■■■


 議会一時解散となる。第一回目は便所の争奪戦になったが、今回は増設されたので競争にならなかった。

 休憩時間中には軍楽隊が演奏する中、休憩室という名の広間でお茶やお菓子が出されて立食会。個別の雑談、談合の時間である。話題は次期総統、法律って何それ? などなど。

 そして時間が経ってバシィール大聖堂の鐘楼の鐘が休憩時間終了を報せる。議場の外で空気を吸って散歩をしている者もいるという想定で派手に鳴らしている。


■■■


 次は教育省の話題。既に施行されていたり、実質中身が伴っている制度が複数あるが追認という形になる。今までのものは全て公認で非公式、みたいなものか。

 教育省が認定する帝国連邦”標準語”の設定。文字は魔神代理領の共通文字とする。基本は、スラーギィ準州の軍事集団時代から基幹的に軍部で使っていた上で西側の語彙を含んだセレード語へ魔神代理領共通語から語彙をかなり借用したもの。これは軍隊共通語であり共通の書き言葉である。話し言葉としては軍隊と教育中以外で強く強制するものではない。公的な広報が為される場合はこの言葉が使われる。

 妖精の言葉に関しては別枠で設定。マトラ語と連邦標準語の融合は不可能で、どちらかの消滅は性急。並立でまず進める。何れ統合した方が良いだろうが、後世へ任せるぐらいに気長に見ている。

 子供への義務教育制度の施行。大人には兵役、民兵訓練中に似たような教育を実施する。連邦標準語による国語教育と四則演算、地理と歴史、薬学中心の植物学など割と楽しいものから最新化学まで色々と揃っている。大人にも行うことで子供の義務教育への理解を深めさせる目的があるらしい。尚、これは義務であって拒否権は無く、拒否することは将来の帝国連邦軍将兵の質を貶めようとする行為にあたり国家反逆行為であると脅すし罰する。

 バシィール市が上流階級、官僚政治家の街になって学問需要高騰している件について大学設立を推進。土地の賃貸と運営費を補する。紛争があったり国外との交流で不都合があれば国の方で対応する。省としての機能に明記されていない案件があれば要望を出して、可能であれば実現を検討することとしている。

 これには各方面から名乗りが上がっている。

 既にルサレヤ先生が魔神代理領中央から教授を呼び込んでいる。新法務長官のジュゼクは筆頭と言えるだろう。本流派に法典派に開悟派まで来ている。魔神代理領都との関係を維持する上ではこれらの考えが分かる人物が必須だ。最重要の味方であるからこそ宿敵のように研究しなくてはならない。そのためには現地から本職を召致するのが早い。

 神聖教会もアタナクト派よりママラ哲学専攻の実践派がやってきている。聖典とそれ以外の学問の整合性を取るという哲学で、我々から見ると回りくどいが原理主義思考からは脱している。神学を起点に西方哲学を教える。俗っぽい哲学だとしても向こうのものは全て聖典かその派生の話が絡み、西方の思考が無ければ理解が難しい。これも宿敵こそ良く研究しなければならない。あちらもその心算だろう。

 アタナクトに負けじとノミトス派も名乗りを上げている。一応、バシィール一番乗りの彼等は既に教会で神学を教えているが、こちらは原理主義的な神学世界のままなので、うーん、趣味の領域と言ったら失礼か。

 ランマルカ系の大学も設立される。社会科学に軍事科学、数学や化学に機械や海洋も学べる。現代に必要とされる非神秘主義的なものは全て網羅しているそうなので迷ったらここ、という充実振りになるようだ。その規模から敷地も一番広い上に別館も複数予定。

 ケリュン族の玄天教も大学を開く……レーナカンド大学焼いたの誰だったかな? 彼等は遊牧商業に強く、天候予測、天測や暦計算に数学から、草原砂漠における慣習的な商法に契約や銀行法などを教える。もう今日の時点で「慣習法と現行法の衝突研究をして貢献しましょう」と意気込んでいる。やはりこいつらは小賢しい。

 ハイロウからも大学が進出する。天政の神秘主義的な幽地思想や、中原文明を中心とする宇宙史観を脇に置いた上での実践的な古代からの東方、南方の哲学を提供する用意があるという。

 そして白衣派も大学を出す。ハイバルくんのような者の、個人の精神安定以外に、大衆の精神安定みたいなことも出来るらしい。

 その次は妖精からの半自動社会実現への構想について。

 ランマルカが推し進めている全自動社会主義思想に基づき、その第一歩として諸労務圧縮器具の発明推進というものである。

 具体例として蒸気機関を利用した大型洗濯機、軽便鉄道より更に手軽な自動車両という線路不要で馬も使わず稼働時にのみ燃料が必要な物が紹介される。これは休憩時間に広場でお披露目がされた。

 尚、自動車両は低速で自走した上で馬で引くと驚くような重量物でも運べるという点が長所となっている。まだまだ単独運用は先の話らしい。

 こうした製品はまだまだ発明、実用研究段階だが、これが広まればあらゆる家事労働軍務への人的投入が軽減され、筋肉の悪戯な酷使から解放されて余剰労働力が生まれ、それを人材不足の産業へ投入し、未開拓地への入植を推進し、職業軍人や学者の増加に繋がるという理論。

 広い帝国連邦内にはまだまだ未開拓地があって有効利用されていない。小規模集落以上に発展のしようが無い土地ばかりか、それの維持も困難である。そんな困難な土地でも諸労務圧縮器具があれば生活に余裕が出来る。主幹たる大規模鉄道から始まる、枝の軽便鉄道、更に葉先まで届く従来の牛馬とそれを助ける自動車両の組み合わせて開拓初期の飢餓を安定した食糧輸送で支えられる。そうすれば地に人が満ち、労働力と兵力が確保されて益々強国となるという。

 機械の保有と維持管理は個人所有では限界があるのでこういったものは国から村落単位で貸与が望ましいとも。

 既に妖精共同体や、都市部工業地帯向けの洗濯委託事業では個人所有困難な大型洗濯機の集中運用により労働者の負担を軽減出来ているという。特に単身労働者には大好評らしい。

 良い話ばかりではなく、鉄道網の話で草原商人が鉄道によって衰退しているという意見が出て……。

 家畜と列車との衝突事故から、放牧に支障が出ているという話題に。線路向こう、その際の草を諦められないし、水場へ移動する度に家畜の群れが衝突しないよう移動させるのは困難であるとか、線路際の柵が邪魔だとかいう問題。これは牧地管理委員会と軍務省下部の鉄道庁の案件になる。

 鉄道の停止はまずありえないとし、鉄道を跨がない放牧地と水場の再設定が決定される。再設定後に己の牧地が削られることになる場合もあるがそれは軍としての命令で強制。一部を取り上げ別の者の所有としたり、当事者の移住が行われることが決まる。牧地は騎兵管理に繋がって軍務省預かりとなるので命令一発でやれてしまうところは話が早いか。

 議題が消化されていく。これ一日で終わらせようとしているの間違いだよな、と思える。疲れる。

 第一回は勝手が分からなかった。第二回は遠征軍を待たせているとかで早めに切り上げることにしてしまった。第三回からは何日か、一旦頭を冷やす日を幾つか置かないといけないんじゃないか?

 帰りたくなってきた。若干眠たいのはおっさんだから? 出席している年寄りを見ると居眠りしている者もいる。若くても椅子にケツを痛めつけられて何度も座り直している者もいる。これはキツいな。

 ルサレヤ先生にもう一回休憩挟むようにとアクファルに伝え、手鐘を鳴らさせて休憩。

「皆さんご苦労様です。あともう少し。私は昼寝してきます」

 と総統が寝るならばと本格的休んで良いようにと仕向ける。笑いは多少取れたが、野心が高い者とそれを警戒する者が休まずお話を続けると思われるので、どれだけ意味があるのか? 逆に、とことん疲れさせて反論を封じて共謀もさせないという手もあるかもしれない。


■■■


 二回目の休憩が終わってまた再開。

 日が暮れ、瓦斯灯が点く。夜でも昼とは言わないが、暗闇に沈まず安定して文書作業が行える。健康に悪そう。

 明日の早朝にはバシィールから列車に乗って中洲要塞へ早朝にも着く予定でいるので今日中に終わらせる。あんまり議会として良くは無いが、問題が出たら次回に活かそうと思う。そういうことにした。疲れると投げやりになってくる。

 お次は各構成国からの意見具申や制度是正への訴え、事業提案や抗議だとかが入れ替わりに行われた。大体、大して記憶していないが、書記が書き取ったことを後で各省庁が検討してこれ良し、これ駄目と振り分けてくれることだろう。

 最後に、閉会間際には国外軍の動向について報告して終えた。

 高地管理委員会主導で立案、計画、動員となっているエルバティア征討。こんなことはどこの構成国も為しえていない。”変な”デルム委員長の先見性は人間共を凌駕、というところ。征討なればエルバティアが構成国に加わる予定。

 タルメシャ作戦についても、作戦地域を攻略後構成国として加える可能性があるとした。どうも現地の猿頭は人間をなめくさっているので大人しく従うことも無いと思われ、現地獣人を抹殺して人間を頭領にして何らかの政権を立てる必要があるかもしれないことも付け加える。

 タルメシャ作戦に付随して情勢不穏なアルジャーデュルへの干渉があるかもしれないとも言っておいた。一応かの地域はジャーヴァル帝国の預かりなので新規にこれまた構成国になるという可能性は極めて低いが、あそこの三政権の各王とは宰相シレンサルにラグト王ユディグにオルフ王ゼオルギ=イスハシルが親等の近い親戚であるので無視出来ない間柄。いっそ名前も伏せずにバルハギン統委員会でも設立した方が良いかもしれない……かなりデカい派閥が出来上がるのでやらないけど。

 ウレンベレ事件後の極東について。後レン朝へ亡命アマナ人を引き渡すことに成功とクトゥルナムから改めて報告。ただし、引き受けたのがリュ・ドルホン大臣の息子、南鎮府のリュ・ジャンという男で、突っ走る傾向があるから要注意と。

 それに引きずられて戦争勃発は嫌なものだ。他人の主導権で今後の主導権も捨てるような戦争は全く完全にご免である。

「極東における軍事問題に関しては、まずその地の最高司令官クトゥルナムを尊重して事の一切従うように。独走は厳に禁じる」と強めに発言。ついでに”こう言うことを言える者を次期総統にするように”とも、一例を示しておいた。

 極地管理委員会主導で新大陸に軍事顧問を派遣する。現地調査、文化交流など、本格介入は遠隔地過ぎて当面は不可能という前提で小規模にする。

 バルハギン統委員会みたいな構想は表だって出なかったが、委員会方式で目的を絞って派閥に囚われず人を集めて――それもまた派閥だが――何かをしようじゃないかと機運が以前より高まって来ているように、疲れ目だが議会では段々と見られるようになった。大体美味しい所は”見做し””獣人党”が取った後。へんてこな委員会の設立申請が複数あって、ほぼ却下予定。大学共同の研究委員会の設立は採択されたが、正に正真正銘の神学論争を始めた時に分裂しそうである。

 議会は閉会。開会と違って大仰な挨拶も無く、ルサレヤ先生が「次回開催に向けての準備は今日から始まることを忘れないように」と説教して――もっと何か言っていたと思うが声は脳を素通り――終わった。

 皆、疲れている。果てている者もいる。失神するぐらい疲れさせるくらいに時間を使い、あの時文句を言わなかった、反対意見を押し通せなかったお前が悪いと強引に納得させるが如きの長丁場であった。

 酒飲んで寝たい、と思ったがハイバルくんの案件があった。クトゥルナムを掴まえて虎被り連中の管理について……。


■■■


 早朝、夜明けの直後。朝日を見れば気持ちが良いが、昨日というかちょっと前の議会の疲れは抜けない。議場の方、市内側ではまだ談合がお盛んらしく、そこで思い付いたことを是非総統閣下に! という者が何人かいたらしい。全て衛兵が追い払って、後からその内容を書いた手紙を受け取る予定になっている。その場で書いた物はアクファルが預かっている。

 怪文書が何枚送られて来るだろうか? 行軍中は暇も多いので楽しみである。徹夜と飲酒と過労のノリで書いた文章だろうからきっと笑える。

 バシィールでの最後の用事を済ませる。

 城の庭の隅へダーリクが円匙で穴を掘った。マハーリールはおねむで寝台の中。

 ザラがルドゥから注文した石板を受け取る。

「こんな益体も無い物を」

 石板は大人の顔程度の大きさ。そこにはザラが描いた下絵、兎のダフィドを元に絵と生没年、故人ならぬ故兎の経歴が彫られている。手が込んでいて即日で仕上がったものではない。

 ダフィドがやって来たのはバルリーの都旧ファザラド陥落時だった。西マトラ奪還記念の略奪品だった。それからザラの手元にいて、九年弱くらいか? 犬の寿命ぐらい。元の年齢が分からないので生年は推測となる。天寿全うと見て良いだろう。

「ルドゥ好き」

 文句を言いながら、職人芸と言える精緻さで彫ってくれたルドゥくんにザラが抱き着いて見上げる。このあざといやり口は自分も再会時にやられた。”これはあざとくても良しとする人向けのやり方です”とのこと。この小悪魔王女め。

 それにしても成長したザラ、身長の低い妖精、身長が伯仲し始めて来ているので顔が近い。近い。近い? まあルドゥくんならいいかな。

「鬱陶しい」

 ルドゥは離れろと手で押す。

「んもう」

 おお? 娘に”んもう”とか言わせやがったな。

 魔都で客死し火葬、灰になったダフィドが入った箱が埋葬される。葬式の説教は自分が担当する。アクファルは香を焚いて墓前に沿える。

「大地は母、山は父、風は祖先、天は見ている。肉体は滅びたが忘れられない限り記憶に在る。そして伝えられる限り不滅だ」

「ダフィドは風になったんだね」

 ザラが土を手で被せていって箱を隠していく。ブリェヘム王のヴェージルを結婚式の時に埋めたことを思い出して来た。あんな感じに愉快ではないが、あれから産まれた第一子がこの子だ。おっさんにもなるな。

「名前が忘れられ、行いが忘れられても業績、痕跡が残ればやはり不滅だ。もし更に何か残したいなら……」

「良いこと思い付いた!」

 ザラは城の中へ走って行ってしまった。何をするんだろうね?

 ダーリクは何も文句を言わないで後片付けを始めた。こう、海軍で下働きを始めて少し年季が立った感じがして嬉しい。セリンが変な甘やかしをしていないことも再度分かった。

 ザラの答えを確認したいところだが、もう中洲要塞に向かわなければならない。列車はもう発車準備が整っている。暖機運転中の蒸気機関が市内の方から響いている。そんなに広大な都市ではない。

 議会を、御前会議より前にずらして行ったという言い訳を立てるにしろお客人をお待たせするのはいけない。

 城門の前では元気一杯のハイバルくんと虎皮を被った連中が待っている。彼の軍はクトゥルナムの妻、ハイバルの姉キアルマイが預かり、ごく近しい護衛が十名だけ追随する。

 さて、これからの遠征で墓穴は一万で足りるかな? まとめて落とすから五百くらいか。

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