第405話「広告」 ニコラヴェル
整髪後、一度は剃り落してまた育てた髭は鼻下を残して毛先整え、顎に頬は剃る。
「どうだアルツ」
使用人の一人、初老の理髪師に仕上がりを尋ねる。
「まだ白い物が混ざるお歳ではございませんよ」
「そう……じゃなくてだな」
笑う。
「虱の跡は消えてございます」
「そうか」
「一応またハッカ油は塗っておきましょう」
ベーア統一戦争で人流が激しくなった置き土産である。
ハッカ油が塗られて肌に染みる。涼しいを通り越して氷の刃でも当てられたかのようだ。夏なら良いが冬には冷や水を掛けられたかのようだ。
「ご苦労重なりますな」
「顔に出てたか」
「口から出ておりました」
気付かず唸っていたか。
金が足りない――この世に生ける者の中でそれが満ち足りている者など早々いないだろうが――組織的に動くことが難しい。たとえ組織人員皆が無給で良いと言っても毎日食事をさせるだけで金が掛かるというもの。
我がマインベルト王国は資金不足で悩んでいる。先のベーア統一戦争とその前哨戦である関税同盟戦争で国土が焦土と化したわけではないが資金に事欠いている。
カメルス伯領、南ククラナ諸邦の喪失による従来の安定税源の喪失。
ラズバイト公領、ルッハナウ市、ビェーレルバウ市、バンツェン大司教領領有による統治機構の統合刷新費用。
官僚を中心に不足する人材の確保。登用すると広告を打って窓口を作って、こちらから勧誘するなら旅費も払って雇ったならば給料を払う。勿論、雇用直後に採算は取れない。
四諸邦統合により土地整理の必要が主に境界線上で発生しているので買い上げの必要も出ている。国有化しても使い道が無い場合は安く払い下げか無償譲渡。土地転売で儲けることが目的ではない。秩序回復が目的。
制度刷新となれば在地貴族と衝突することも多く、武力解決など現状もってのほかであるため資金で解決を図っている……秘密警察の動員などマインベルトのやり方ではない。
その上で国内統合と刷新が終わるまで四地域からの税収は麻痺状態。麻痺回復後に遡及徴収すれば反発が大きいので現状見送りを予定。その分を担保に借金は難しい。
毎年のことながら予断を許さない冬を迎えており、その上で戦災にて流通が混乱し、緊急用の資金は確保しておかなければならない。
足りない分は借金すればということもあるが、ベーアと教会から離脱したも同然の我々に貸してくれるところは少ない。帝国連邦はおまけ付きで貸し出してくれるだろうが、後が不気味に怖い。魔神代理領は……縁が無い。これから作るとしても今が無い。
湯気のにおいがする。ハッカ油を塗ったところに冷水は嫌だ。
「お顔お拭きしますねぇ」
うん? 声が上からではなく下から。誰かと思えば娘のエリーン。大人の真似をしてみたい年頃か。
「それではお願いしようかな」
娘は濡らした布巾を「ふぬぬ」と絞り、腕力が足りず広げても湯が垂れる。
「エリーン様、一緒にやりましょう」
「うん」
『せーの』
アルツがエリーンの布巾絞りをちょっと手伝うふりで絞り切る。こう、あまり力を入れていないと見せかけるのが上手い。
それからエリーンが背伸びして腕を伸ばして顔を拭いてくれる。
部屋の椅子にはこの前買ってあげた熊の縫いぐるみがある、いや座っている。部屋に来ていることに気付かなかったとは、余程自分は集中して悩んでいるらしい。
「終わりました!」
「ああ、ありがとう」
そして食堂へ行き朝食。やはり朝はこの分厚い焼肉だ。手の平より大きくて厚いのが良い。
父母が生きていたらはしたないと怒られようが、時間が無いので新聞を読みながら食べている。
一面ではセレードに奪われたカメルス領からの難民代表が抗議のために宮殿前広場で焼身自殺とある。こんなことをするような者、前時代なら今より悲惨であっても絶対にいなかった。臣民というより全世界的に、人々の”たが”が外れてきているのではなかろうか。
それから……。
……バンツェン大司教の銀行からの資金引き上げ交渉が進んだという記事は無いか?
全て引き上げるとバンツェン銀行は間違いなく倒産するという。倒産すると連鎖して各聖なる銀行が大損害を受けるらしい。持ち堪えればまだ良いが、倒産が連鎖すると惨事となり、戦争の大義名分には十分な規模になるとも。そうなるとベーアか教会が資金充当して助けることになるが、内戦的な疲弊を折った直後には厳しい話である。
我らがマインベルト王国では教会行政や金融からの脱却を図っており、引き上げた資金で中央銀行を設立予定である。取引停止を交渉材料に脅されたり、有事に凍結や没収などされては堪らない。もはや外部勢力と化した教会に金融部門を依存出来ない。”入れ物”は出来ている。後は中身を満たして運用開始するだけ。
中央銀行を当てに新生独立マインベルト王国を運営していくので早期に資金を引き上げて貰いたいところ。中央政府に突っついて急かしたいところだが伯父である王、従兄弟の王太子の忙しさを目にした後では妙なことも言えない。官僚不足から王室すら官吏と化している。皆忙しい。
自分も軍部の仕事を進行させたい。金が欲しい。
教会からの提案では銀行からの資金は徐々に引き上げていって欲しいという要求である。急に引き上げず、ゆっくりとベーアと教会からの救済が間に合うように、という低衝撃案だ。我が国の財務と外務の長官がその徐々の度合いを出来るだけこちらに良いようにしているはずだが……。
……どうにも紙面の文字が目には通っているが頭に入らない。
風刺漫画で、顔をしかめる異形の天使、何かを待っている異形の獣人、斧を担ぐ海賊、にこやかだが短剣の柄に手を掛けている遊牧民に囲まれた我が王国が描かれている。実際の国際情勢と異なっているような気もするが、大体合っているのか?
それから……。
……ブランダマウズ大司教の銀行からの資金引き上げ交渉の記事は無いか? バンツェンより扱いが小さいだろうからこちらに直接連絡無しに新聞にまず載るという可能性もあるじゃないか。
ラズバイト公領分の資金も引き上げたい。バンツェン銀行も同じく、最早聖領に預けておくのは捨てるも同然。預けた金を返せと言えば嫌だと言うところに依存など出来ない。
基本はバンツェン銀行の扱いに準じるが、ラズバイト一領分の額は大きくない。しかしブランダマウズ圏は戦災で疲弊しており支払い困難であるという。特に大司教領自体が虐殺や焼討、略奪で荒廃していて別の理由で即時支払いは不可能。金庫でもある聖堂、修道院の扉は爆破で開けられた後とも聞いた。
荒廃の原因は帝国連邦国外軍であるが、それを傭兵として雇ったのはグランデン大公。大公は現在ベーアの臣下で、この問題解決はベーアの預かりとなってしまうか。そのベーアも戦後は内戦的な疲弊を受けており、こちらと同じく国家統合と刷新に忙しくて金を自由に扱えるわけではない。
新生マインベルト領内の聖領資産処分で相殺、いっそ強引に売り買いしての解決が早いが、取り上げても販売額が決まらない。今までの聖領基準での運営からマインベルト基準の運営に変わるのでどの程度価値が上がるか下がるか即断されないのだ。何しろ強引ならば反乱、暴動の可能性がある。農民一揆付きの農地を買ってくれる馬鹿がいるだろうか?
……考えながら読むと全く分からない。新聞広告には新商品発明、新興企業の株主募集、文通相手募集に探し人から賞金首に、バルリー人の身柄募集は帝国連邦のか。何でも有りだな。
切った肉を口にして……冷めてる。
「旦那様、作り直させましょうか?」
「いや、時間が勿体ない。カルケス、代わりに読んでおいてくれ」
「かしこまりました」
最初から執事のカルケスに任せておけば良かった。
■■■
屋敷より陸軍省本庁舎へ馬車で上る。
出発前、軍服に着替えている最中に自分と同じ名の息子より「騎兵士官になろうと思います。馬を買って頂けないでしょうか」と言われた。幼年陸軍学校に入れる十歳になるまでまだ三年はあるが、入学時から乗馬が出来ていれば同期生達に先んじるか並び、見下されることも少ないだろう。
「先生から数学の才がある聞いたが間違いないか」
「はい、そうです、たぶん」
「曖昧な返事は止しなさい」
「はい、間違いありません」
「良し」
家庭教師からは”おべっか”の様子も無くそうであると聞いている。それを殺すのは勿体ない。
「砲兵も考えてみなさい。これからの戦場は最新の機械、火薬兵器からの鉄投射量だ。花形は馬に乗る人から台に乗る大筒に変わっている。エデルト式の新型砲が戦場を変えるらしいとも聞いている。これからは砲兵だ」
「でも砲兵って庶民ですらなれるんですよね」
馬に乗れる、元から乗馬用の馬を持っている者となれば大抵が貴族、古来騎士より始まる特権階級の――遊牧民は全く違うが――特技。数学は商人出くらいの中産階級なら出来る者が多い。
「貴族がなってもいい。それとも貴族では不適か」
「いえ……」
「意地悪な言い方だったな。そっちも考えてみなさい。騎馬砲兵もありだな」
「考えてみます」
進路は自分で考えて決めてみなさいと、前に、少しいい加減に言ってしまったことが今日返ってきてしまった。悩みどころが多いと配慮に欠けてしまうな。
「落ち着いて集中できる人間は騎兵に向いていない。あれは何も考えずに突っ込める者の仕事だ。冷静で勉強が出来るなら砲兵、工兵でもいい。どれも大切だ。補給や経理、これが本当は一番大切だ。裏で紙と筆を持って戦う姿が地味で格好悪いと言う奴は戦争を知らないんだよ。上に行くほどそれのありがたみが分かる」
「はい」
「政治家でもいいんだぞ」
「それは、若い内には」
「それもそうだな」
昨今の凄惨な戦場を聞くに、いの一番に突撃して機関銃に引き裂かれるのは突撃指示に良く失敗される騎兵であると、喋り終わってから気付いた。
出発後の道中、カルケスに新聞の概要を聞かせて貰った。焼身自殺現場には人集りが今もありそうでそこは通りたくないな、という程度の感想しか今日は無かった。
「宮殿前は通らないように迂回させましょうか?」
カルケスもそう思ったらしい。献花程度ならともかく銃に爆弾で別の花を咲かそうとしている奴がいてもおかしくはない。
「そうしてくれ」
「聞こえたか!?」
「はい、かしこまりました!」
御者が宮殿を避けて陸軍本庁舎へ到着。門衛から敬礼されて登庁。陸軍大臣の秘書から、本人は昨日の大臣級会議が朝まで――つい先程まで――続いて就寝中と聞かされる。また会議で決定したことと留保中の案件の覚書きを受け取る。「君ももう休んではどうかね」と言えば「そうさせて頂きます」と去った。
我がマインベルト陸軍は帝国連邦国外軍の遠征に参加することに決定している。四国協商結成前に四国で共同作戦をやってみようというもの。結婚前に二人で庭でも散歩、森で狩りでもしてみようかというところか? オルフ王国が協商に参加するかは不明なままだが参戦決定とだけは覚書きに書いてある。
歴史的にも同盟を結んでみる前に共同出兵しましょう、なんてことは聞いたことが無いのでどうにも雰囲気は掴みかねるが、親善目的の狩猟大会でどちらが多くの鹿を獲れるか競ってみましょうというノリの延長線と考えれば不自然では無い、だろうか?
遠征地までの距離は相当に遠い。作戦会議室へ行き、壁一面に張られた去年更新したばかりの世界地図を眺めれば、騎馬遊牧軍団の異常な機動力でも何か月も本来は掛かるであろう距離感。これが鉄道による高速移動で、単純な個人旅客運送なら十日以内、重装備の軍隊ならば……一、二ヶ月? とにかく脚と馬と牽引車両での移動感覚は通じない。
鉄道、列車というのは場合によれば船よりも早い。陸上なのに川下りの船よりも早く、石炭と水が尽きない限りは疲れ知らずに夜通し走り続ける。マインベルト領内でも既に運行中だが、使う用事が無かったのでいまいち感覚が掴みかねる。
遠征の第一目的地、ガエンヌル山脈。
攻撃対象はいかようにしても国際問題にならない相手で、獣人の中でも蛮族中の蛮族と言われる鷹頭のエルバティア族。何年も前からダカス山にも住み着き、バルリ―西側低地――もうマトラ低地と呼称統一すべきだろう――でも秘密警察として雇われて人々を恐怖に陥れている。人間を殺して肝臓を啄むのが成人儀礼だとか。
現地は植生限界を迎えるような山々が連なるガエンヌル山脈。それ自体はウルロン山脈同等程度の広さで、標高は若干上回る。高山病に注意ということで現地入り前に高地適応訓練が予定されている。
エルバティア族は高地に特化した特徴を持ち、身軽ながら筋力強靭で人間なら登山器具を複数要するような勾配も杖一本で上がってしまうらしい。何よりも視力が凄まじく、視野の広い望遠鏡を常に使っているのと同等な上に、動体視力も良くて名射手揃い。マトラ低地ではエルバティアの見張り台が各所に設置され、更に望遠鏡まで使って高い位置からの広大な視野からその広く見える地平線までを監視しているという。
第二目的地はアルジャーデュルとタルメシャ西部に掛けた地域。
今のアッジャール朝オルフ王国の前身、アッジャール帝国――帝国には成り損なったらしいが違いが良く分からない――の残党政権が寄り集まった乾燥山岳部の情勢不安な地域と、今なお紛争真っただ中のタルメシャへの軍事介入作戦になるらしい。現地情勢は混沌していて誰が味方で敵かは難しいらしい。
作戦概要だけなら帝国連邦ハイロウ地方南東部からタルメシャを通過してアルジャーデュル地方の東部へ抜ける回廊の確保というものだが、文明と気候と分水嶺を何度も乗り越えるような作戦になっており混迷が予想される。先の戦争でも勢力派閥が絡み合って動いており、結果はともかく経過は把握出来ていない。そこではおそらくそれ以上に複雑なことが起こっている。一つ、安心して良いのか悪いのか、味方ではない者を殺してもしまっても大きな問題にはならないとか……不安だな。
第三目的地は極東、天政が南北に分かれている地域。
極東では暴動を起こす在留外国人集団を弾圧する可能性があるらしい。もしかしたら軍閥の一つとそれが結びついて龍朝天政の帝国と戦う可能性もあるらしい。これらの騒動に乗じて不平部族が動く可能性も捨てきれないという。
血を浴びる親善遠征ということは分かっているものの、内戦に付き合わされるというのはいまいち気乗りしない。嫌なら参加しなくても良い、というものだからここでやる気が無いから引き下がると言うのは心得違い甚だしい。ただ民間人の弾圧については一歩も二歩も下がらせて貰う心算である。状況が許し、その民間人が……民兵かそれ以上の存在なら戦うしかないか。頭から決めつけてはいけないことだけは確かである。
鉄道による高速大量移送が可能ではあるが、鉄道の平時運行に大きな障りが無いようにということで大軍は動員しないことになっている。国外軍からの通達では、機動力を考慮して参戦各国は一個旅団以下に纏めるようにとのこと。国外軍自体は先のエグセンでの戦いから人員装備を絞って二万名に削減。不足する場合に補充出来る分が一万程度らしい。
陸続きのオルフはその一個旅団程度で五千名を予定。
海を隔てたランマルカはどの程度か不明。あまり多くは無さそうだ。
我がマインベルトだがバンツェン、ブランダマウズ大司教領の銀行問題が解決されない限り出兵規模が決められない。責任者である自分が最終決定しなければならないが、決められない。金が欲しい。
出征の時は迫っている。ガエンヌル攻めは春後半から夏には実施される。冬の高地で戦うなんて無謀なことは誰もしたくない。
オルフとランマルカが何千と兵隊を繰り出している中で、マインベルトだけ数百なんてことは絶対に避けたい。
帝国連邦は総統と妖精の長が出て、国外軍には親衛隊が含まれる。オルフは王と王后が出て、近衛に王后騎兵隊が含まれる。つまり今回の遠征は儀礼要素が含まれる。こちらも相応の長と部隊が必要。
国王陛下に王太子殿下も国内問題の整理でお忙しい。
陛下はお歳で遠征は困難。旅中病没など冗談にもならない。
殿下は若さも十分であるが、苛烈になるだろう戦地、異教の地で死んで良い方ではない。国の未来を背負う方だ。
地図で見る限り長距離遠征の上に道無き道を、草原砂漠に山岳という厳しい気候を抜け、異形の獣人相手に物見遊山では済まない苛烈な戦いが待っているところに放り出すわけにはいかない。帝国連邦とオルフのように国家元首が大きな名誉が待っているわけでもない前線に出ることがおかしいのだ。
こちらはその妥協案というわけではないが、マインベルトの軍人王族筆頭である自分が出ることで威厳を保つ。国家伝統的にはこれでも無謀に近いがこれ以上の格落ちは不義理である。王の弟の息子である自分、ニコラヴェル・サバベルフ陸軍大将、殿下とも尊称される親王で足りぬとは言わせない……礼儀として言わないだろうが、そう思われないよう努力しなければならない。
誰を代表とするか軍部で会議中であったが、自分が名乗り出てその論議は早期解決させたのは秋の内。陛下も殿下もお忙しい中、自分が動かねば誰が動くものか。
帝国連邦も夏に戦争が終わって二季節過ぎた春にはもう遠征に出るという戦狂い振り。そんなことが出来るからこそ地方軍閥程度からこの二十年で帝国規模にまでのし上がったのだろうが。
陸軍大臣から受け取った覚書きから得られた重大な情報はオルフ軍の軍容である。これを参考に我が軍も派遣規模を決める。
■■■
執事のカルケスが使いを出して、宮殿へ入るには今は裏口が良いということでそちらから登殿。裏からも表の広場で民衆が騒いでいる声が聞こえた。閲兵用の広さがあるから万単位でも集まれる。
関税同盟戦争にもベーア統一戦争にも参加せず、惨状を目の当たりにしていないせいで我が臣民は戦争くらい平気だやってやる、という雰囲気になっているのかもしれない。お行儀が良く我慢強い近衛の衛兵相手なら子犬でも吠えられるというのに……この遠征で少し落ち着くか?
秘書に話を通し、伯父である国王陛下ヨフ=ドロス・サバベルフに面会する。
「お忙しいところ失礼します」
「ニコラヴェル……」
お疲れのご様子……大臣の会議にも出られていたか?
「今までバンツェンの僧達にどれだけ頼っていたか痛感した」
今まで行政を多くを聖なる官僚に頼っていたがこの度の決裂で大きく人員を損なっている。
「これを機に還俗した者、多いと聞きましたが」
「それは公民教導会派の坊主共だな。アタナクトの僧と違って筆働きが大したことがない。教育中だ」
坊主とは、僧という意味よりガキの意である。行く当ての無い貴族の次男以降が出家する先。
アタナクトの僧は聖都で聖務を学んで来た者ばかりで、敵でなければ大層頼りになる。してきた。もう出来ない。
「ここにあまり残りませんでしたか」
「ベーアの方で行政規模が拡大するらしいな。在地は地元で清く俗を避けて聖務に専念すると言うし、人の流れはあっちに行ってしまった」
軍部には流石に聖なる官僚がいなかったのでこの辺りの事情はよく分かっていなかった。
「ご負担おかけしますが……」
「構わん構わん。政務で過労死したとなれば同情して幾らか復帰してくれるだろう」
「ご冗談を」
「うん、さて。可愛い甥の話を聞こうか」
「はい。資金は最低でも二千名を動かせる程度が必要です。我が方の馬があちらの環境……作戦自体に適応出来るかは相当に怪しいところでして、騎兵は最小限、歩兵と砲兵に力を入れる予定ですので従来の編制よりも安上がりです。尚、比較対象となるオルフ王国は五千名の派兵を決定し、尚且つ王と王后が参加されます。まず私が出なければ格で圧倒的に見劣りしますのでこれは予定通りに。兵力は人口国力差から見て最低でも二千はいないと恥となるでしょう。また兵士には高い規律と熱い勇敢さが望まれます。精鋭でなければ他三国からマインベルト兵はその程度かと見下されます。その上で、死を恐れず、実際に死ねる兵士が必要。これは演習ではなく異郷の過酷な地における戦いです。命は捨てて貰わなければいけません。古いやり方なら傭兵を雇ってとなりますが、現代の情勢に鑑みるに正規兵でなければいけません。各国の即応正規部隊の程度を見せ合うことになるでしょう。多少の無茶でも通さねば、失礼ながら、セレードに無血で土地を明け渡した行為が戦略ではなく臆病からという結論に至ってしまいます」
「望みを言ってみなさい」
「近衛をお借りしたい」
「それは駄目だ。四邦併合の中で近衛はお見合いの場となっている。今、高貴な未亡人を量産するわけにはいかない。表に貴婦人が混ざってみなさい。困る」
「何のための近衛ですか」
近衛は陸軍ではない王室の管理下にある。だからお見合いなどという事情は分からなかった。
規模は歩兵二個連隊、騎兵一個連隊、騎馬砲兵一大隊、衛兵三個中隊。衛兵は除いて遠征も可能な三連隊と一大隊がいれば数は十分。練度も高く、軍や諸侯にお伺いを立てる必要もなく国王権限で即座に動かせるところが長所。反乱諸侯の中核をいち早く粉砕する目的で創設され、規範もそのままだったはずだ。
「国内問題の解決のために使ってしまった……今思うと悪手だったかもしれんな」
「しかし軍人です。それも近衛です」
「エグセン内で少し前のように、互いに言葉が通じてある種の規則を持って儀式的に戦うのとはわけが違う。異国の僻地中の僻地で情け容赦の無い相手に相対するようじゃないか。マインベルト史上に残る未亡人の列が見える。国内定まらない内に大事は困る」
「では資金ですが、やはり?」
「進捗未だならず……志願兵を無制限で募る許可は出そう。近衛から志願した者が出てもそれは自由意志として、だな。大体これが限度だろう。ただし、募集の時には騙すようなことは駄目だ。遠征に行けば酷い目に遭うことは確実と恐怖を煽るぐらいではないとならん。そのくらいの言い訳を立ててくれ。大衆までそう認知するように」
「良き案です。それから、それを利用した資金問題の解決も今思いつきました」
「それは結構」
■■■
冬の中、馬と鉄道と高い階級の代理人を使って直接各駐屯地、報道各社を訪ねて回って広告を打った。広告代理店なる新興企業も使った。軍はともかく民間企業に依頼する時は金が掛かるので、従軍取材を認めるから安くやれと交渉して出来るだけ大々的に打たせた。
本当に思い通りになるか不安しかなかった。全く打って響かず、自分の名前も肩書も経歴も何もかもが実は失墜していて通用しないという事実が突きつけられそうで怖かった。
自信を持って堂々と振舞うのが王族。しかしそんなことは、外面はともかく内面まで染め上げる程の哲学になるとは限らない。
娘のエリーンが”貸してあげます”と大きい愛玩犬、その名も”湯たんぽ”を貸してくれなかったら道中で寒さも合わせて泣いたかもしれない。
道を急ぐあまり使いの者達と野宿することになった時は寒さから必要以上に陰鬱になった。馬を背に当て、犬を抱えて寝た。
忙しさに忘れていたが、ようやく息子に馬を買い与えるよう馬丁に指示を出した。家族の顔を数日、全く思い浮かべることもしていないと気付いた。四邦再編と同時に軍再編も重なって人事異動が激しく、どうにも家の使用人以外に頼れる者が少なくなったことが原因かもしれない。昔はもう少し、どうにかなっていたと思う。
国内一律で出した広告内容は出来るだけ誠実にした。人によれば読むだけで嫌悪するだろうという文面にして、広大な北大陸からただの点としか表記出来ない小さなマインベルトから目的の三点へ長い矢印が伸びる絵を添える。
求む東方遠征志願兵
勇者以外は不適不要
異郷への過酷な遠征
半数以上の死亡確約
山岳沙漠の極寒灼熱
熱帯疫病と危険生物
残虐非道な敵の軍勢
敵か味方か現地部族
人肉食らう覚悟必須
報酬は記念勲章のみ
前線指揮官ニコラヴェル・サバベルフ親王
その上で募金を募った。
そして春初めまでには首都リューンベルまで集まるようにとし、宮殿前広場に出向けば一万人以上は確実に集まっていた。
冬の間は交通も停滞、春先ならば泥濘で困難。それでも靴から膝まで泥で汚した男達がそれ程までに集まっている。広告内容に見合った強脚であろうか。
資金も冬の間は少しずつしか集まっていなかったが、冬を越して春の収穫の目処がついたところで一気に集まり出している。
そのように広告したわけだが、悪い意味で恐れを知らなさそうな戦争知らずのリューンベル市民が見える。各軍にも広告を打った通り、国王陛下の志願許可も合わせて正規軍人が軍服姿で多数参加。そしてどうやら外国人もそこそこ混ざっている。国外にまで広告を打った記憶は無いが、噂話になり、その広告を報道する外国報道各社がいたということだ。
必要ないだろうと思って、でも一応用意しておいた選抜試験を行う。
身長と体重を測り、目に歯や指に欠損は無いか検査。病を患っていないかことは大前提。跳躍させ、砂袋を持ち上げさせ、旧式鉄球砲弾を投げさせ、長く走らせて体力測定。
それから試験を抜けた上級将校を自分が面接する。上級に匹敵する経歴の退役将校や外国人は書類審査を挟む。
採用した上級将校達が下級将校やそれに匹敵する者達を面接して採用を決めていく。それから下級将校が下士官に、下士官が兵卒にと連鎖。この段階でもう部隊編制は始まっている。採用し部下に入れるという縁をもう繋げる。自分で選んだ者を使いたいだろうし、自分を選んでくれた者に使われたいだろう。
選抜試験は数日に跨った。食事代は募金から出して配食したが寝泊まりは都市郊外にした。夜になればまだ寒い春の中での野営、過酷な旅の前でこれくらいで意気が挫けるようではいけないのだ。自分もそれに参加した。食べる物も同じ。同道する他国の遊牧兵士はこの環境すら生温い中で日常生活を送っているのだ。
この選抜試験の模様は早速従軍記者たちが記事にしている。きっと面白く、国内のみならず国外でも売れるだろう。
旅が過酷であればある程記者の名前も売れるだろう。文明的な魔神代理領内ならばともかく、帝国連邦内外の地域など冒険旅行にすら行けないある種の禁足地。はっきり言って、おそらくは彼等も自認するような化外の地が広がっている。あの毛象とかいう巨大生物がこの時代になっても隠れ住んでいたのだ。
冒険心ある者ならば金を払ってまで行きたい化外の地。怖ろしい遊牧蛮族、これまで何度も西方を脅かして数多の人々を殺戮してきた者達、その恐怖の発生源はいかなるところかと知りたい馬鹿が集まっていた。
一万名以上から二千名まで人数を選抜し抜いて、そして時間を置かずに全体演習を開始した。遠征まで時間は無く、猛訓練である。訓練相手には近衛を借りて仮想敵にした。未亡人は発生しない。
資金面から二千名に絞ったが、もう少しあればまだ拡大出来たので予備人員枠も確保した。演習中に怪我や病気、精神疲労で脱落した場合の補充とする。
銀行問題が解決すれば出兵枠を広げられる。予備人員の中から補充要員にも出来る。
強引に集めたわけではないので心が折れた者はわずかだった。皆、士気も高く目指すは名誉のみ。繰り返して団結しなければ異郷の敵にも勝てず、同道する他の遊牧、妖精、獣人の異人達からも馬鹿にされることを教育していった。
もしかしたらこの志願遠征隊が優秀過ぎてマインベルトが実態以上に強く見られてしまうのでは? と自惚れそうにもなってしまった。
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志願遠征隊が形になった頃、朗報である。バンツェン及びブランダマウズの銀行問題が解決!
まずはブランダマウズ銀行にラズバイト公が預けている分はバンツェン銀行に移管して手続きを一本化ということで決定。無い懐から捻り出すことは出来ないので教会が代行。
バンツェン銀行から徐々に資金を引き上げていくことに決定したが、残金を貸付金として金利を取ることに決定。
マインベルトが即時に資金を必要とすればバンツェン銀行に教会が同額程度を貸し付けることで引き上げ可能となる。ただし教会が資金を準備するまで待機することになる。待機時間に応じて貸付金と見做す残金へ更に金利を上乗せする。これについては長々と複雑な条件が付与されている。
金利については別途調整中で現在数値が決まっていない。ただし決定次第遡及して請求がされる。
そして有事により資金の引き上げが困難になり停止した場合は帝国連邦が保証する。借りを作って良いかどうか分からぬあの帝国連邦がである。
保証の元になるのは先の戦争での略奪分や、三百万民兵動員計画時に発生した取引仲介手数料、雑収入と見られる。雑収入はおそらく賄賂などか。
銀行問題解決により資金確保の見通しがつき、志願遠征隊の数を三千名にまで増やせた。騎兵を少なくして馬の維持分を浮かした結果ではある。
予備待機名簿に載せるのは正規兵に限定して五百名まで。いつ次の補充となるか分からないのにリューンベルにて浮浪者のように放置しておくことは出来ない。
■■■
春の暖かさを実感する今日、志願遠征隊三千名は鉄道で出発する。何本もの列車に分乗する中で出征式が行われた。
東方から”遠征された”ことは幾度とあっても、これから”遠征する”とあっては物珍しさも加わり内外から式を見に集まって来ている。フラル、ベーア、ロシエにエスナルの外交関係者までいる。お忙しい中、国王陛下に王太子殿下もいらっしゃり、妻と息子に娘のエリーンに湯たんぽ、乳母が抱く小さな次女ルイザマリーもいる。
今更ながら男児は残した。もう一人は欲しかったが聖なる神の選別には逆らえない。憂いは無いとする。
軍楽隊の演奏が遠くなっていく中、列車はリューンベルを発車して南下する。初めて乗る者達が「動いた!?」と騒ぎ出す。
二等、三等車の方からは楽器の演奏と歌が聞こえて来る。死ぬだろうと思われる旅だからこそ明るい。何も知らず、戦場で男になってくるんだという馬鹿なガキとは違うがやることは同じ。
しばし進み、見上げ巨大なるダカスの白い山頂が見えて来る。この一帯の最高峰、霊峰と呼ばれるだけはある。あそこに移住してきたエルバティア族がいる。彼等の故地で、彼等の親戚を殺しに行く。山の上から将来の仇を何と思って見下ろしているだろうか?
ダカス山が見えて来れば間も無くビェーレルバウ市を通過。列車で進めばあっと言う間に通り過ぎてしまう道。ここを失うまいと帝国連邦の協力、後ろ盾を得て四邦併合に至ったのである。ここ以外はおまけである。鉄道が王国中央に繋がっているからこそここは要地だった。
モルル川を渡す鉄橋の上を列車が過ぎる。橋が振動で揺れて鉄骨が鳴き、列車を知らぬ者が悲鳴を上げる。「落ちる!」「死ぬ!?」「母ちゃん……!」と大体聞こえて来る。
橋を渡り、マトラ低地枢機卿管領へと入る。聖領でありながら帝国連邦構成国の一つで、属領でもなければ自治も無く、車窓からは馬に乗って小銃を担いでいる鷹頭の獣人、エルバティア族が見えた。他にも見つけた者達が大騒ぎをしている。一等車の上級将校達に付き人はそんな騒ぎ方はしないが、あれが初めに戦う敵の同族の姿かと思えば窓に釘付けになってしまう。
怖い? 怖くない?
マトラ低地の首都ツァミゾールで列車の乗り換えをする。外から見ても、見慣れぬ列車であるにも拘わらず異様な列車であった。封印列車と言い、中からは外の景色が一切見えず、何なら便所の穴からの脱出も許さないという檻の構造となっている。マトラの山岳要塞群は軍事機密であり、我々には一切見せられないということである。
車内で警戒につく、何故か水兵服姿の妖精兵から警告が発せられる。
「この封印列車にご搭乗の際は外の景色を見ることが出来ません」
『見ることが出来ません!』
「軍事機密保持の観点から外の景色を見ることが出来ません」
『見ることが出来ません!』
「降車駅まで係員の指示が無い限りは降りることは出来ません」
『降りることが出来ません!』
「怪我や病気で死傷した場合は係員の指示に従って下さい」
『従って下さい!』
「指示に従わない場合は銃殺することがあります。悪質であれば各車両に分断して吊るすこともあります」
『吊るすことがあります!』
「以上、説明を終わります」
拳銃や散弾銃のみならず火炎放射器まで担いだ妖精兵まで見せられれば皆がどういうことかを理解した。選抜された、わざわざ報酬度外視にやってきた冒険者達ならば覚悟は決まっていた。
あまり覚悟の決まっていない従軍記者達にも事前に封印列車の件を言い含めておいた。上級将校達で彼等の前後を固めるようにして何か文句を言おうとしたり、抗議しようとしたり、便所の穴からどうにか取材出来ないかとする者達は紳士的に窘めた。
見張りは交代でつき、交代時は一瞬でも目を離さないようにとまるで特別な儀仗兵みたいな動きをしていた。何か質問しても「ダメです。ダメダメなのです」としか妖精兵は返さなかった。不便、不都合、機密保持に差し障りが無いだろうという案件でも同様。会話拒否である。
風は通るが光はほぼ通さないつづら折り構造の窓とも言えぬ隙間から外の気配を何とか感じ取りながら、山間を抜けて一度都市を経て、上り坂が終わって下り坂に入ったことだけが分かった。都市を抜けた時は生活音というか、都市で人々が動く音、においがあって分かったがそこまで。あの都市はおそらく旧ファザラド、現ダフィデスト。妖精しか住んでいない都市と推測されている。情報はほぼ無い。
■■■
封印列車は中洲要塞駅に到着。草原の真ん中、大きなダルプロ川の両岸と中洲に広がる軍事施設は東西南北に繋がる鉄道の交差点。列車が何本も控える操車場が壮観。一気に別世界にやってきた感覚になる。風もなにやら乾いている。
ニリシュという国外軍の将軍が出迎えに来た。総統と副司令の次、第三位にあって高慢でも無く物腰柔らかで安心するところ。元チャグル族の王で格上の相手であり、東方専制君主のように跪いて床に頭を打ち付けろと言われはしないかと不安になっていた。そんなはずは無いのだが異境のしきたりというのは分からないものばかりである。
要塞の両岸には大軍を収容出来る野営地と兵士達のための市場、商店街が広がっていて物産に溢れている。何も無い草原の真ん中に都市が浮いているような雰囲気。
統一の軍服姿の遊牧民達の天幕が見渡す限り広がり、大量の馬、羊に山羊に牛に駱駝に毛象! 大砲に車両に武器弾薬の箱が山積み。
人流も激しく、様々な服を着た人間、白も黄も茶も黒もいて、小さいのは子供じゃなくて妖精。犬、箆鹿、地栗鼠に山羊、鷹頭! の獣人もいる。異境は変わったにおいがするものだが、人々のにおいも全く全然違う。目を閉じても知らぬ無数の言葉とそのにおいで眩暈がしそうだ。
ニリシュ将軍の案内にて割り当てられた野営地へ到着。杭と縄で広く囲われていてその中には人一人も、家畜の一頭すら紛れ込んでいない。囲いの隣にはランマルカ軍の野営地に国外軍の一部部隊の野営地があるものの領域侵犯した気配すらない。設営を開始して分かったが、囲いの中に獣の糞の一つも落ちていないところを見ればこれから共同遠征に赴く者達の規律の高さが分かってしまう。
また不安に襲われる。我が志願兵達、雑兵と見くびられはしないか? 選抜して厳しい訓練に耐えた者達とはいえ即席編制である。
こちらの不安を他所に、東方については古い旅行記以上の情報を知らない従軍記者達が早速紙に筆、足を走らせている。異境の者達の中には怖ろしく喧嘩っ早い者がいたり、人食いの人間もいるとは事前に言ってある。また身の安全は保障出来ず、大義の前、外国法の下では庇い立ても難しいとしつこく言った。名誉の価値観、基準が違うことや、様々な部族が混じっているから西方で得た知識は当てにならないとも重ねて、個人毎に逐一言ってある。
お隣のランマルカ軍は海兵隊であった。人数は一千名程度だが大砲や機関銃から何から重量物が多くて重装備率が高い。それに明らかに生物ではない人形? 機械人形がいる、いやあった。従軍記者達が取材しようとして兵士に銃口突きつけられて追い払われていた……これは早めに挨拶しておいた方がいいな。
野営地設営の指揮は部下に任せてランマルカ軍の野営地を訪ね、指揮官に面会する。
「マインベルト陸軍大将ニコラヴェル・サバベルフ。国王の甥、遠征隊代表です」
海兵隊指揮官、ランマルカ妖精だが噂に聞く金髪ではない。身体はマトラ妖精に比べてかなり大きく、庶民の成人男子程度で耳もあまり尖っていなければ人間との見分けは童顔が過ぎる程度か。
「ニコちんか!」
「いやあの」
「俺はランマルカ海兵隊大佐、社会主義検定準一級のピルックだ。気軽に同志チンポと呼んでくれ。黒光り!」
ピルック大佐は広げた両手を股間に当てて何かを放射する仕草……途轍もない情報量を一瞬で叩きこまれた気がする。
「ピルック大佐、私は」
「同志チンポと呼んでくれ! もしくは俺のチンポと呼んでくれ、俺の”ニコ”チンポ」
あのランマルカ人を島から虐殺で追い出した妖精ってこんな感じなのか!?
「俺とお前、チンポが二本で”ニコ”チンポ!」
気に入られたのか、彼等の流儀だろう。まるで十年来の友人のように腕を組まれた。
「へい! へい! へい! へい!」
ピルック大佐が踊り出し、下手に歌い始めた。
「おっきいチンポ! ちっちゃいチンポ! 皆違って皆デカい!」
『デカい!』
そこで感じたのは恐怖。いつの間にか、今まで何の気も無かった周囲のランマルカ妖精達が急に笑顔になって集まって来た。囲まれた。
「おっきいチンポ! ちっちゃいチンポ! 皆違って皆デカい!」
『デカい!』
ピルック大佐に背中を押され、行進させられる。妖精達が、マトラ妖精も外からやってきて長い列になっていく。
「どんどん大きくなっていくよ!」
『すごくおっきいよ!』
行進が止まらない。何時終わるか分からない。拒絶するのは礼儀以前に無策無謀。
やはり恐怖。島から亡命してきたランマルカ人の”夕食を取るまで彼等は友人だった”という有名な証言を思い出した。直前まで笑っていたのに、直後には。
「おっきいチンポ! ちっちゃいチンポ! 皆違って皆デカい!」
『デカい!』
「ザガンラジャード!」
『わー!』
『すごくデカい!』
「おっきいよ! 僕等のおうちにずんずん入って来ちゃったよ!」
しまいには異教の男性器と乳房を模した神像まで持ち出された。何が何だか分からなかった。
陽が傾くまで歓迎され、汗まみれになって設営が終わった野営地に戻り、指揮官級で集まって行う夕食会に備えて身だしなみを整える。
ピルックとはどこか聞き覚えがあった。事前の遠征軍表で見覚えがあった気はせず、アルツに髪型を調整させている時に聞いてみた。
「ピルックとは聞き覚えあるか?」
「ランマルカ方言でしょう。ピロック剣はご存じですか? ちょっと古い短剣で……」
「あー」
俗語で男性器、チンポって名前かよ!
妖精にははっきりとした名前が少ないと聞く。名前有りは上位妖精などと呼ばれる存在で皆優秀であるらしい。しかし、名前が、えー?
■■■
後日、鉄道が直結していないせいか、我々より先発したが遅れてオルフ軍が北から到着した。大量の荷物は船曳き人夫と家畜が下流より船を曳いて運んで来た。帝国連邦の蒸気船も手伝っている。
オルフの歩兵、騎兵、砲兵にやはり姿恰好が違う遊牧騎馬兵。それに加えて聖人画を掲げた聖職者まで五千名程度。あれにオルフ王と王后がいる。
親王大将率いる志願兵三千名で何とか、集合時点で恥を掻かずに済んだ。国力人口差から妥当な域には持って来れたと思う。これが志願兵広告をしないで数百名で来ていたら恥ずかしくて逃げていたかもしれない。
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