第402話「問題だらけ」 ベルリク
秋までに国外軍はエグセン地方より撤収した。自分はバシィールにまで戻って戦後処理と今後の活動方針策定の指揮に移る。大体は各対応部署が処理するので忙しくはないが、それでもまだ総統が口を出したり、決定する案件は少なくない。情報局が編集して持って来た物を読み込んで情勢を掴んで、口を出す時に馬鹿を言わないようにしておくのは非常に大事。呆れられるならまだしも、誤った認識から発令されたものが”総統閣下が言うなら間違いない”と実行に移されるのが一番怖い。
聖都にてベーア皇帝の戴冠式典が行われた、という報せが今一番の情報。気になる点がある。
ロシエ皇太子が第三聖王として出席したこと。聖皇へ王国時代のように忠誠を誓い直した気配はないが、利害一致すれば協力体制を築くことはやぶさかではない、程度にまで関係が修復されている。ロシエとこちらで神聖教会を挟み撃ちにするようにして聖戦発動を防止する戦略は難しくなってきている。
獣人ではない獣人もどきである”真の人狼”が堂々と出席したこと。先の公会議にて認定されていない存在であるが、それが隠すこともなく披露された。あまつさえ聖女ヴァルキリカが”黄金の大人狼”となって現れたこと。この件に関して西側報道各社は何事も無かったように触れず、皇帝陛下万歳、大公閣下これからの御公務、聖王陛下初のお仕事、悪魔大王の所業、疫病女王の暗躍、などなど提灯記事ばかりで一般大衆へ異形を馴染ませるのはこれからの様子。
サニャーキの専門家によれば確実に鶴嘴は聖女の心臓を仕留めていたとのこと。自分も足を失った衝撃の最中であるがそのように見えていた。ヤネス・ツェネンベルクがリュハンナの保護者を名乗った時に確信してしまったのだが、それが復活である。殺したはずのサウ・ツェンリーが龍人として復活した件を彷彿とさせる。
式典には東方の礼装をした龍人の姿もあったということで、互いに科学と神秘両面で技術交流がされているという実態も公然と判明した。今後、東西の宿敵達は順当に強くなっていくことが確認される。
聖皇から新皇帝への説教の中に、明らかに未回収のベーアを回収することが使命という文言が見られたこと。未回収のベーアは、マインベルトは確実、バルリーも含められ、バルマンはロシエとの関係から棚上げか? ランマルカ諸島は難関、ランマルカ人にエグセン人などが多数入植した新大陸クストラは遠過ぎて、ユバールは関連が深いが撤退したばかり。マインベルトを巡る争いが、隙あらば発生する事態に陥っていると考えられる。
未回収のベーアという概念があれば、未回収のカラドス圏というものある。先の聖戦で失陥したままの”大イスタメル”。そしてカラドス違いでロシエが失陥したばかりのアレオン。神聖教会圏にて”回収旋風”が巻き起こればそのような大戦が勃発する。
”回収旋風”時に注意すべきは大義名分の種類を操作すること。出来るだけ同盟国を多く参加させ、逆に敵を孤立させるようにする。そうするためには敵から攻撃を仕掛けさせ、敵方同盟国には暴走には付き合えないという印象を植え付けつつ、味方同盟国には悪辣な侵略者には皆で対抗しようという義理に訴えかけることだ。逆も然りで予防のための先制攻撃をした場合、奇襲の利を得ても同盟の利が得られない可能性がある。
敵は一人に、味方は複数で、なんていう都合の良い戦略を成功させられれば世界なんて征服出来てしまいそうだ。その理想に近づくには情報が必要だろう。目下、神聖教会圏における動向を把握出来る人材、組織は必須である。帝国連邦の各情報部は優秀だが、かなり奥深い当事者にしか理解出来ないような複雑な情報を完全に理解しているとは言い難い。疫病女王ことジルマリアは相当に詳しいが、少々個人芸的な要素があって脆弱性が見られる。
渡りに船、であろうか。アルヴィカ・リルツォグト隊長とその一党、聖王親衛隊の片割れが亡命してきたのだ。ベーアならぬエグセン人の宿敵のような帝国連邦に、である。彼等の主人は、今や新ベーア帝国のエグセン宰相位にあるグランデン大公で、それは立派な仕え先であるにも拘わらず、である。
挨拶の言葉を口にしたのはリルツォグト家当主のヨラン・リルツォグトだった。十二歳男子。小癪な雄ガキ風。変に色気がある顔と声で子供気が無い。そっちの趣味があるならケツを懲らしめてやりたくなるような感じだ。能力と性分と年齢が一番不釣り合いな頃、という感じである。これが三十過ぎてくれば違和感なさそうだ。
幼当主ヨランが臣従礼の姿勢のまま口を開く。あのアルヴィカ隊長と、ヨランに似た少女もその後ろに控えて頭を垂れたまま。
「お初にお目に掛かります総統閣下。亡き母フィルエリカの息子ヨラン・リルツォグトと申します。母が閣下の暗殺に失敗した時に胎内におりました者です」
「ん? ……スコートルペンのあれか!」
中央同盟戦争の和平条約締結時に、聖女ヴァルキリカにぶん投げられた後の中庭での空砲失敗案件。”流産する”とか言って笑っていた気がするな。
「それでございます。先込め銃であればこそ不発の後に弾丸を抜いて誤魔化すようなことが出来たとの言です。閣下におかれましては見抜いておられたことでしょう。ご助命頂き感謝申し上げます」
「いや全然分からなかった! 面白かったけどな」
「それは失敬。ではまず我々の現状についてご説明致します。よろしいでしょうか?」
「聞きたい」
「聖王親衛隊、この度東西に分割致しました。西の片割れは姉のハウラが指揮を取り、ロシエの合議聖王マリュエンス皇太子殿下をお守りします。その課程で前聖王マリシア=ヤーナ様もお守りし、ワイン醸造が続けられるように致します。東の片割れである我々は、今は姉のアルヴィカが指揮を取り、私に能力の不足が無ければそれを将来引き継ぎ、帝国連邦の正統聖王後継者であられるクロストナ様のお子様を守らせて頂きたく存じます。
ダーリク=バリド様はセリン提督へ養子へ出されたとのことで、現在ベルリク=マハーリール様が筆頭男児となります。遊牧セレードの伝統ならば家に残る末子男子が相応しいでしょう。女系は駄目、長子でなければ、エグセン人でなければ、という論理は千年以上前に終わった話です。そもカラドスに直系男子はおらず、当時は長子相続の慣習も無く、エグセンという名乗りも無かったような古代に正統性を求める血筋でございます。
仮に聖王位をご本人様が希望せずとも、そのご子孫様が同意見かは分かりません。我々としては代々見守らせて頂きたいと考えます。強行的に戴冠して頂くなどということはございません。無論、我らが主がそうなればこそ本懐でありますが、世情が求めそれに応じるまで断絶を防ぐことこそが務めであります。
人品から素行まで怪しい我々を近衛のような立場に置けとは浅ましい願いと存じております。そこで引き換えと言ってはささやかでありますが我等の情報網を提供したいと存じます。神聖教会圏ならば庭のように把握している自負がございます。またクロストナ様から個人的なご要望があった場合、非合理であってもお受けする所存であります。
もし我々をお使い頂けるのであればベルリク=マハーリール様へのお側付き、身辺護衛にはこの我が腹違いの妹であるミクシリア・パンタグリュエルを付けたいと考えます。このミクシリア、単純で愛嬌があるところが優れております」
「ちょっとヨランくん?」
当主が口上述べている時に口出しするとは、単純か?
「このように嘘の吐けぬ良き愚か者でありまして、死守命令を簡単に飲める者です」
ミクシリアという少女は死守の言葉を否定する顔を見せない。賢しくあれこれ謀略を巡らすことの出来ない人物なのは確かなようだ。単純な護衛は単純な者が相応しいのは間違いない。
「総統閣下、お聞きしたいことがございます」
「話せ」
「小さい頃から面倒を見てくれる優しい、血縁ではないお姉ちゃんがいたら素晴らしいと思いませんか」
「思う」
すごく思う。
「どうかご検討下さりますようお願い申し上げます」
こいつめ。
「内務長官に話を通す。西側情報員が必要なら採用するだろう。息子の身辺警護の話はその後だ」
「ありがとうございます」
ジルマリア自身が聖女ヴァルキリカが寄越した聖都からの公然の密偵のような、外交官みたいな存在である。そこにグランデン大公と縁を切ったわけでもなさそうな、ロシエ皇室とも繋がっている聖王親衛隊を使えるものなら使ってみろと渡してみるわけだ。
正直情報屋の頭の中はさっぱりと分からない。敵味方に分かれようとも外交経路を確保しておかなければと苦心する外交屋に近いとは思うが……とりあえず専門のことは専門家に任せよう。
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総統執務室にラシージを招いて、国外軍を中心に今後の方針を考える。明確に何かを実行するか決定するというより、何が出来るか考える方に近い。
「まずはマインベルト旧属領併合問題から始めます。ルッハナウ市、ビェーレルバウ市については大きな問題はありません。ラズバイト公国領内聖領及び教会税徴収権、戸籍や不動産等の管理をブランダマウズ大司教領が行っていること、また俗面におけるバンツェン大司教領併合はそのものが問題です。全体の俗税の徴収はマインベルトが一手に行うということで解決がされます。しかし教会税の扱いは複雑です。二度の西方遠征雇用費用の代わりに受け取った教会税徴収代行権限ですが、聖皇庁管理外にマインベルト王国がなったことでここから我々が資金を回収出来なくなりました。代わりにどこから徴収するかあちらと再度調整が必要です。ラズバイトとバンツェンの案件は何を廃止し、どのような新法で整合性をつけるかも未定。現在、中立都市のピャズルダで調整会議が行われています。こちらから内務長官とマトラ低地枢機卿、マインベルト王国から財相、聖都からは聖女代理とされる者が集まっております。本件に関しては戦中より続く正規軍と国外軍配備による圧力が掛けられた状態で行われておりますが、正規軍駐留のための費用が無視出来ないものとなっており、軍務省から撤兵を検討するようにと進言があります」
「それぞれの面子を完全に立てると戦争しかないが、どれを降ろすかは金で調整するといった段階だな。正規軍は撤兵していい。マインベルトの小銭稼ぎ元にそんなに力は入れなくていい。仮に取りはぐれても国家運営に致命打を与える規模ではないだろ。ジルマリアが武力無しでもそこそこにまとめるはずだ。駄目だったらお尻ぺんぺんだが、する隙があるかな? とにかく多少の損はしても駐留費には届きはしない。国外軍だけ置いておいてその背後にまた正規軍が見えるような示威行動をさせておく程度だな。鹵獲兵器の実弾試験だとか、兵器開発局の意見を優先した上で国外軍とマインベルト領内で実行するように。それからマインベルトがやっぱり四国協商に入らない、と言わせないような何かが欲しいな。もう後戻り出来ない段階だが駄目押しが欲しい」
「中部エグセン人にラズバイトへの、ファイルヴァイン突撃時の督戦への報復を名目にした紛争を勃発させる作戦計画があります」
「成功より露見した時の方が良くないな、見返りが合わない。マインベルトに不実な行動は当面取りたくない。まずはその作戦を偽装してベーアがこっちの仲違いをしないような、分断工作阻止に全力を注いでくれ。マインベルトには誠実にする。ベーア側からの工作は発見、阻止して発覚したら吊し上げて敵はベーア帝国という共通認識を作る方向だな。仲良し作戦でいく。何で仲良しを更に推進するかはもう少し考えよう」
「分かりました」
危険を冒す必要があるとか、博打に出ないと引っ繰り返らない盤面に直面とか、そういう場合以外はとにかく誠実が一番だ。
「イスタメル州ナヴァレド城主ラハーリ・ワスラヴの持病が悪化し重体とのことで、シェレヴィンツァでは後任選びが始まっています。この件に当たりカイウルク頭領代理が軍職の辞職を願い出ております。バシール郊外に牧地を移し、イスタメル州に影響力を広げることに専念したいそうです」
「ああ、部族頭領代理も辞めるかどうするかって言ってたな」
帝国連邦国外の魔神代理領イスタメル州の問題であり、レスリャジン部族の問題である。カイウルクは息子のユルグスを次のナヴァレド城主にと考えていたようだが、イスタメル貴族の血が一滴も入っていないので求心力の面でやはり無理がある。どれ程正しい命令が下せても、お前の言うことだから聞きたくない、では組織が回らない。改めて考えてもお前なんでそんなこと考えたのかと思えて来た。一応、完璧に無理筋というわけではないが。
城主職は州軍の要職で師団や旅団の長等を併任する。決して血縁にのみ依るような世襲職ではないものの、現地の伝統風俗を重んじて秩序を保つために世襲制が重視される。世襲時に次代城主が無能なら規模を縮小して新規城主を立て、そちらに人員資金を充当するという調整も可能であるが、現地人から求心力が得られる人物でなければいけないという原則から外れない。
ラハーリには子供がいて成人男子がいる。余り有能ではないらしいが、親父の威光を使った象徴としては使えなくもない。その脇に実務担当を置いても差し障りは無い。
カイウルクにはラハーリの娘、第二夫人リュビアとの間に未成年女子がいる。世襲制重視だとしても女で軍事のことは全く分からない子供を城主にすることは全く持って無理筋。ここに男児が誕生して成人すればと考えるにしても、早くても約二十年後の話になる。
リュビア夫人を城主に推戴し、カイウルクが軍事顧問になって、息子のユルグスがイスタメル傭兵として経歴を積んでから親を引き継ぐというのも有りだが……うーん、こっちの国内問題ならともかくイスタメル州内の問題だ。助言程度の口出しをウラグマ総督にするとしても妄言を吐くわけにはいかない。難しいことばかりだ。
「レスリャジンでの頭領代理は次席をそのまま繰り上げでいいとして、牧地を移す時に兵隊が足りないなら亡命してきたセレード人まとめてくれてやろう。レスリャジン部族下のカイウルク氏を創設してもいい。ウラグマ総督にこっちから手紙を送ってもいいけど、推薦状書くようなぐらいだと納得出来る説明が必要だな。まず仮にカイウルク氏を作ったとして、それがイスタメルでどう働くかをウラグマ総督に説得しなきゃならん。名目だとイスタメル人牽制のためにカイウルク氏の導入、みたいな流れだ。バシィール城主にそもそも俺がなったのは地縁が無い外人に妖精兵力を使わせてイスタメル人に睨み効かせるというところから始まったわけだ……イスタメル人が暴動起こしたり独立闘争起こす機運はあるか?」
「マトラ奪還時に少々揉めた程度です。農民一揆も弾圧で解決した程度です」
「新ベーア帝国体制が大イスタメル回収に動く可能性はあったな。それに関連してっていう流れなら説得力は強めだな。でもこうなるとナヴァレド城主に拘らないでいいんだよな。バシィール城軍の代わりを提供って話になって、人手がそれでも足りないなら非イスタメル人を雇い入れるってことになって、人が増えれば新しい県の設置だとかになってくるかもしれないな。うん、後で本人呼んで話し合いだな。カイウルク氏が仮に出来てイスタメル入りするとして、軍務省から予算や装備出せるか?」
「大イスタメル回収に動く可能性を考慮すれば出せます。帝国連邦内に留まるならイスタメル州軍事演習に参加する専門部隊という役割から始めると障りがありません。イスタメル州の人民になるというのであれば州政府と相談が必要です」
「あ、新規に城建てるような金って出せるか」
「州統治における城は軍事拠点であり、権威の象徴でもあります。野戦築城程度ではいけませんので巨額になります。新規の城主となるとまた州政府と相談です。州政府直轄軍になるなどの方が迂遠な手続きは不要ですが、権威も欲しいというのであれば煩雑な手続きが必要になるでしょう」
「そうだなぁ。野郎がいないところで話し合ってもこんなもんか。次」
「はい」
カイウルクの野郎、中途半端な計画言い出しやがって。世話が掛かるなぁ。
「オルフのアッジャール王室の件です。以前に息子様方があちらへ親交を深めに行かれた時のことですが、ガユニ夫人が確認しましたところアルギヴェンのウラリカ妃ですが一度も妊娠すらしていないとのことです。出産したような情報が流れたことはありますが全て流言でした。子供は全てシトゲネ妃との間に出来ております」
「一度も? 流産も夭逝でもなく?」
「そのようです」
神聖教会圏だと婚姻出産の情報等は誰と誰を結婚させるかなど貴族の親なら誰しも悩むところで、戸籍を司る司教などが相談に乗ることもあって詳しく公開されている。オルフだと……言われてみればさっぱり不明だ。社交界で情報共有はしているだろうが、あくまでもオルフの内輪から話は出ていない。
「四国協商の邪魔になりそうな奴が疎外されているのは朗報だな。ジェルダナのおばさんの帰還後の様子はどうなんだ?」
「ニズロムの旧革命派筆頭となって大人しくしています。王党派との対話、融和路線を推奨しています」
「帰還した英雄の統率に従うってところか。四国協商には賛成か?」
「賛成という声明を出しております。現在のニズロム経由の海洋貿易路収入が順調なために旧革命派内でも大きな摩擦はありません」
「王党派はエデルト寄りなのか?」
「そちらは鉄道業界を主軸にエデルトと結びつきが強く、離れ難いことは間違いありません。ベーア帝国結成から市場も拡大しましたので即座に手を切るようなことはやはり難しいでしょう。ポグリア太后一族はその筆頭の財閥となっております」
「西の陸路利権か北の海路利権か択一、なんてことは難しい話だな。何にせよゼオルギくんの決断次第か。金はともかくチンポが反エデルトなのは分かった。第二夫人シトゲネの一派ってどっちになるんだ?」
「反ウラリカという別軸で考えられます。利権自体は少数民族の内陸系で、小規模です。ただし二大両派以外の少数派閥の拠り所にはなっているようで、単純に弱小ではありません」
「やはりゼオルギくん次第だな」
どうにかして誘いたいが、どうすればいいんだろうな?
「山地管理委員会からガエンヌル山脈のエルバティア族征討が提案されています。我が軍に志願した者達に政権を取らせ、勢力に組み込みます」
「故郷を襲えって言って反抗はしないのか?」
「伝統的なエルバティアは四類に分かれます。支配の男、使役の者、出産の女、弱体の者。使役の者は更に放浪の者に分かれます。我々の兵は放浪の者に当たります。使役の者は、男なら支配の男を殺すことによって成り代われます。その論理で支配の男を皆殺しにして支配層を入れ替えます」
「伝統に則ってそのまま人口が減っただけで元通りになるんじゃないか?」
「高地管理委員会の”変な”デルム委員長が帝国連邦の意に沿う者を大族長に据える予定です。税は全く見込まず、安定的に放浪の者を兵士として我々に提供するようにします。食糧支援をする代わりに使役の者を放浪の者へ多数転化させます。人口扶養能力が弱い土地ですので使役の者が減ることはエルバティアの意に適います」
「あっちに詳しいデルムが出来るって言うんならその通りにするか。国外軍の次の作戦はこれだな」
「そのようにします」
早速次の戦場が見つかって良かった。ただ悪路の山岳地帯で少数精鋭の兵士と非正規戦となれば派手なことは無さそうだな。
「ジャーヴァル帝国よりタルメシャ作戦が提案されています。タルメシャ東部、南部の龍朝天政勢力圏とは接触しないように、トルボジャ市からヤオ市までプントワク川上流域を征して水域にて境界線を明瞭にした上で南北連絡線を形成、通商路を確保したいそうです。また失業者などをそちらへ送り込み、現地人と入れ替える事業も行いたいそうです。当該地域の低地は一部草原、南部は熱帯草原、そして大半が冬に雨が少ない温暖な気候で馬にもそれほど不快な気候ではありませんので域外に出なければ活動に大きな支障はありません」
「龍朝天政と紛争中立地帯を作ることで合意していたはずだが、一歩前進か。向こうも前進してくるだろうが、ジャーヴァルに面倒背負い込む余裕はあるのか?」
「ザシンダル藩筆頭のパシャンダ派こと外戚派閥と女神党の対立が関係しているものと見られます」
「あいつらかよ」
「はい。皇帝の伯父であるタスーブ藩王が外戚の力を利用し、ジャーヴァル帝国の力を使ってタルメシャやアルジャーデュル地方へパシャンダ派の影響力を増大させていることが主な対立原因です」
それは嫌われる。好かれる要素が一切ない。そう言えば父親殺しだったな。悪評も凄いだろう。皇帝自体も前ケテラレイト帝のような求心力を持っていないから緩衝役にもなってないだろう。
「ジャーヴァル東北部に接する両地方は戦略的に抑えなくてはいけない地域です。またその実行力と意志があるのはタスーブ藩王のような精力的な人物に限られます。女神党のような論理不明瞭な神秘主義派閥を抑え込むためにも現実主義的なタスーブ藩王の影響力を増大させる必要があると考えられています。傀儡皇帝ともされるザハールーン陛下を神秘主義者が傀儡にした場合は政策が予測不能になり強い不安があります。権威と権力を強く持つはずの法典派は論理的にはパシャンダ派ですが、いわゆる南の”パシャンダ野郎”が嫌いなので連携出来ておりません。タスーブ藩王の方針が考える中では最良ではなく最善の選択なのでしょうが、先の東西大戦より嵩む軍事費により財政が圧迫されて増税、農民暴動が起こり治安維持活動により更に軍事費負担が増加しており歯止めが利いておらず、打開策が求められます。また農民層への課税負担増は実際微々たるものらしいですが貴族、宗教指導者層への負担は重く、その軽減のために農民を煽っているという話もあります」
「国内問題で忙しいから国外のタルメシャ、アルジャーデュルから一時か恒久的に撤兵する。だから代わりを任せた。お前ら、戦を厭わないんだろ? ってことか」
「そうなります」
「素直に言えないの?」
「これはザハールーン皇帝陛下の花押が入った親書です」
受け取って読む。外戚タスーブが内容を考えて、それをそのまま書いて花押も入れた傀儡皇帝の姿が見える。
因みに総統が初めに開封すべき親書の類はラシージなど要職者なら自分より先に開けて読んで良いことにしている。これは国外には内緒。
「こちらはタスーブ藩王の記名が無い手紙です」
タスーブ藩王が本件で協力してくれれば恩に着るから一生のお願い、的な内容が親書と合わせて読むと書いてあり、まるで二つで一つの暗号文書。そんなに途中で手紙を開かれるのが恐ろしいのか? いやまあ、こっちでそうしちゃったわけだが。
父親殺しをするような人物だから、自分も身内にそうされかねないと考えるくらいの猜疑心の持ち主が、頼り無い皇帝を利用して、大義のため自派強化のために国内外の敵と戦うといった様子。長生きしなそうにない。
「外ヘラコムに重点的な現地調査を……やりはしないがタルメシャ全土制圧する心算で情報を集めるように。あとアルジャーデュルも……属国にはしないがする準備をする程度には。とりあえず、最善を尽くすように」
「分かりました」
「……一々最善を尽くせって言うの嫌味だよな?」
「受け取り手次第ですが、過去に大きな失敗や怠慢を犯した者以外には不適当な言葉と思われます。最大限努力している者には侮辱でしょう」
「じゃあ最善は無し。将来征服するかのように情報収集。国外軍を入れるかは後で判断する。最優先ではない」
「分かりました」
歳取って老いて弱って口が悪くなったとか言われたくないなぁ。
「ウレンベレにて一時拘留中の亡命アマナ人による抗議活動が活発化しております。新大陸の旧新境道へは、希望者は全て渡航したのですが拒否している者も依然として多数。クトゥルナム司令がリュ・ドルホン大臣と話し合い、レン朝へ引き渡せないか交渉中です」
「兵隊はあるだけ欲しい後レン朝が素直に貰わないのは?」
「極端な革命主義者を嫌ってのことです。革命思想、民主主導をある程度受け入れている光復党ですが君主抹殺論者は現状論外です。内輪揉めの火種を輸入したくはないでしょう」
「選別は?」
「困難です。言行一致しているわけでもなく、漠然とした革命思想しか持っていない割りには暴力的であり、アマナ人精神の理解者も限られています。新大陸渡航如何以上の選別は難しいでしょう」
「腹切りは俺も良く分からなかったな。指切ってる奴等でも分からないのか」
「そのようです」
「分からんもんは分からんな」
腹切りアマナに指切り後レン朝か。何なんだ奴等、頭おかしいのか?
「統一されたアマナ政府から主義如何に拘わらず無罪放免で受け入れる声明も出ていますのでそちらへ強制送還することが望ましいと思われますが、暴れる者を拘禁せずに乗船させることは海軍が拒否しています。専用の囚人船が何万人と対応出来るだけ揃えたら可能だというのがルーキーヤ提督の判断です。現有の艦船ですと従順な者達ならばともかく、反抗的な者達を大量移送することは困難です」
「あっちから迎えに来ないのか?」
「統一政府の外洋船舶は皆無に等しいです」
「龍朝天政は?」
「特に言説はありません。興味が無いか、我々やレン朝に混乱がもたらされればそれで良しと考えていると思われます」
「クトゥルナムの野郎はさくっとぶっ殺すとか言ってないのか?」
「一度に処刑するには人数が多いことと、レン朝が受け入れの検討には消極的であっても否定的とまではいかない様子から実行段階に無いと思われます」
「何だか野郎も相手の出方が良く分かってない感じだな。それにドルホン大臣の方でも賛否両派からあれこれ言われて困ってるとか、その辺りっぽいな。そのまま下からの突き上げ喰らってる者同士で交流させて仲良しにでもなれば面白いかもな」
「外トンフォとレン朝が結託、独立闘争の可能性も視野にいれますと適度に敵対、こちら中央と親密な方がよろしいと思われます」
「クトゥルナムは……隙あればやりそうな奴だよなぁ。かと言って地方がどうにかしようとしている時に中央が頭越しってのは尚悪いな。成り行きを見守る方向で行こうか」
「分かりました」
腹切って抗議してくる変な奴等の相手をして苛立っている時にこっちから嫌がらせするのは可哀想なことだ。反乱を疑うより苦難を越えて成長するのを見守ろうか。この件だけで反乱まで疑うのはかなり偏執である。
「新大陸の拡大したクストラ連邦にて南北内戦中ですがペセトト帝国の長期暦が終了し、国家総力を傾注するような儀式に入ったので事実上戦線から離脱、ランマルカが支援を求めています。旧大陸事業もしばらく撤退に近い状態になるそうです」
「儀式は……いいや。内戦は長引きそうか? 大体、勃発から一年か、前哨戦とか入れても二年弱くらいか」
「長引く可能性が高いです。人に対して土地が広く、それでも人口は南北合計で三千万近いそうです」
「そんなにいたの?」
「北部二千万、南部一千万程度です」
「北に二千万!? ランマルカの人口で良く今まで御して来たな」
「経緯があります。旧王国”内地人”程の福祉が無い状況で、”内地人”総督が統治して意思決定権が無く、”内地人”より多くの植民地諸税が課せられ、叛旗を翻すかと地下組織が企んでいた時に同志ダフィドが革命を決行しました。当時から北部には”外地人”正規軍がありませんでした。民兵以下の警察と自警団が一応相当しますが大規模戦闘能力も情報連絡網も無く、情勢を理解し切る前に植民地”内地人”軍を撃破殲滅したのが”外地同胞”革命軍です。同胞の人口不足を理由に革命的”外地人”にクストラ各自治政府の運営を委託してきましたが、それが今日に至るまで続いております。緩やかな間接統治、人民生活に配慮した税制と福祉、革命軍への国防委託、革命前からの妖精へのある種の信頼、宿敵である”内地人”の殺戮等によって友好関係が築かれました」
「二千万とランマルカの工業力があれば苦戦しそうにないが」
「内戦勃発前まで北部は革命軍と民兵以下の構造のままでした。人間に軍を作らせると反乱を起こす可能性があるというよりは、同胞による統制された軍だけで周辺勢力との戦闘は事足りていた事情があります。悪戯に兵力を増やしても軍事負担が強く、広い未開拓地に未整備道路が多い新大陸では有効活用が出来ません。旧大陸における戦いより十分の一程度の規模になるというのが少し古い常識です。今は開発が進んでそこまで小規模ではありませんが、そのような古い認識、状況下で戦いが始まりました。南部のロシエ、エスナル系住民には元正規兵が多く、民兵も北部のように言わば”甘やかされて”いなかったので武器装備率と練度も高く、現地水準で精強。また反政府の激情から、武装蜂起する程の感情に至っているわけですので士気も旺盛です。平和呆けに近かった北部との決定的差がそこにあり、緒戦から南部優勢です」
「ペセトトって今まで何やってたんだ?」
「参戦はしていません。ランマルカに基地提供はしていましたが。それでも人間には理解出来ない論理で急に攻めて来る可能性が恐れられて南部軍は戦力分散を強いられていましたが、今ではその懸念が無くなったわけです」
「ロシエとエスナルは支援してるのか?」
「ロシエは公式にはしていません。エスナルは末端組織が中央の意に反して支援している様子です。ロシエの支援があるとすればエスナルのその末端を経由すると見られます。海上優勢はランマルカにあるので渡海支援は効率的ではないようです」
「あの戦列自動人形とかは活躍してんのか?」
「戦局を覆す規模ではないようです。時間の問題かは不明です」
「鹵獲兵器の共同研究だけで支援が済んだら楽だが、それで済みそうにないな……天政が現地人に手を出して、現地人が保護を求める見返りにランマルカに服属したみたいな話があったよな」
「獣の丘部族連合と中部平原の遊牧諸族です」
「西海岸から教導出来る騎兵送って現地人騎兵に戦術教えるぐらいが妥当っぽいか? 即応戦力になる規模は送れないだろ」
「その通りです。現地人騎兵の教導についてはこちらの重装備前提の騎兵運用は不適ですので軽騎兵戦術になります」
「ランマルカが現地人に提供出来る装備の範囲内ってことになればそうか。何だか人送って育てている内に戦争終わりそうな気もしてくるが、やるとすればそれだな。新大陸に送り込んだアマナ人部隊を連れていけば即応戦力にはなるか?」
「入植したばかりなので難しいと思われます。旧新境道としてある程度整備された土地ですが放棄されて年月は多少経っていますので百人出すだけでも大きな負担でしょう」
「そいつは駄目だな……とりあえず道が無いと何も始まらないな。あっちの大陸に渡った極地管理委員会に新大陸横断と縦断路も必要か? その開拓をさせておこう。極東にいる大陸宣教師の名前、えーとアドワル。もう言われる前にやってそうだけどあちらと相談して、現地人と連携取ってその方向で進める。何が出来るかは聞いてみないと分からないな」
「連絡を取っておきます」
ざっと内外周辺の懸案事項をまとめるとこんなところだ。総統閣下が二人か三人必要だろう。鉄道と電信が無かったら対応どころか問題が起こったことにすら気付いていなかった。
「見事に全域問題だらけだな」
「はい」
「丁度国外軍も消耗して動かしやすくなってるから丁度、いいか?」
「直接介入の必要が無く、大型火砲の用が少ない案件が多いと見ます。機動性重視で考えるなら丁度良いと考えられます」
「擂り潰す感じで酷使すれば正規軍に影響出ないで案件片付きそうだ。今回の戦争でも教導団に人を送って、これからも順次送って最終的に消滅ってところかな」
今の国外軍で方々、永遠のように回り続けるのは無理だろう。次の機会があれば第二次国外軍を編制すれば良いだけだ。
「じゃあ方々に手紙書くから後で整合性吟味してくれ」
「分かりました」
「ゼオルギくん誘ったら来るかな?」
「国王ですので明確な理由が必要でしょう」
「四国協商のための親睦遠征ってどうだ。親征のほうが盛り上がるし分かりやすい」
「マインベルトも誘ってみては如何でしょう」
「あっちの王様は歳だな。王太子がいたか。次期国王で戦死に不安あるなら他の王子でも親王でもいいな。ランマルカも王とかはいないが、少数でも軍事顧問団でも呼んでおいた方が四か国の纏まりが出来る。旧大陸方面が固まればランマルカも新大陸に集中出来るだろ」
「そのように手配を」
「じゃあ手紙の枚数も増やさないとな」
■■■
ラシージが退室してから手紙を何枚も書く。書いては並べ、整合性が取れているか見直す。蝋燭に火を灯してまで夜遅くまでやるか、目が疲れるから明日の朝に回そうか腕組み悩んでいると廊下の方からドタドタと走る音。妖精にしては軽くて、でも遠慮が無いからチビっ子共である。
遠慮無く執務の扉がバンと開かれ、突っ込んできたのは大興奮の様子に見える毛玉のフルースくん。続いて彗星ちゃんも、今までお父さんに見せたことの無いようなはしゃいで笑った顔で続いて来た。
「お、何だお前ら」
二人は押し殺すように、殺し切れない笑い声を出して、フルースくんは執務机の下、彗星ちゃんはビプロル侯爵カランの剥製のデカいケツの裏に隠れた。かくれんぼかな? おいかけっこかな?
「こらぁ! お仕事邪魔しちゃ駄目でしょ!」
そう子供二人には通じないエグセン語で大声を張り上げたのは額に汗する”ミクお姉ちゃん”である。嘘か真か”下の弟が欲しかった”彼女は二人の良い、大きいお姉ちゃんとして――聖典に手を重ねて死守宣誓した割りには遊んでいる風だが――働いている。あの小癪なヨラン兄様に小馬鹿にされてきた様子を見るに、愚かに正直な言葉と思われる。
フルースくんは共通語に若干ナシャタン語、彗星ちゃんはセレード語に若干共通語という混ざった言葉で喋るのだが、そんな難しい話をしている三人ではないのでその内どうにかなるだろう。
「どうしたミクちゃん」
「あ、お父さんすいません、二人が、ほら! そこ、うわ、なにこれぇ!?」
並べて飾ってある複数の剥製、髑髏杯を見てミクシリアが叫んだ。
因みにミクシリアが自分を呼ぶ時は”マハーリールくんのお父さん”略して”お父さん”である。ガユニ夫人はその例に倣って”お母さん”だ。悪くないぞ。
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