第400話「我々は」 サリシュフ

 最早戦後である。戦後処理は終わっていないが戦いは終わった。

 和平条約が結ばれ八条項が採択された。

 一つ。ベーア皇帝位並びに民族を広域に保護する帝国の承認。

 二つ。全南エデルト、南カラミエ諸侯はエデルト王臣下となる。また該当地域の聖領はエデルト王領が保護する。

 三つ。メイレンベル女大公マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェンの破門、廃聖王の撤回により第二聖王と再認定する。そして直ちに聖王位並びにメイレンベル大公位を退くものとし、政治活動を生涯禁止とする。また地方農場主としての地位は保障される。

 四つ。ロシエ帝国皇太子マリュエンス・カラドスを第二聖王退位後に第三聖王として戴冠させる。

 五つ。帝国エグセン宰相位をグランデン大公世襲職とし、帝国税徴税請負人任命権を持つ。

 六つ。帝国税は通常二年、攻城戦など経験した地域は五年、虐殺や非人道的な徴兵等が行われた地域は十年の免税とする。

 七つ。ナスランデン王位を廃止し共和国として再建国する。現地諸侯並びに聖都巡礼守護結社ナスランデン支部総長、穢れ無き聖パドリス記念騎士団総長は新設される共和国議員席を獲得し、初代共和国議会議長はロドヴィル・パンタブルムとする。

 八つ。ストレンツ司教マテウス・ゼイヒェルの解任。後任は聖職叙任権に基づき聖皇が任命する。

 ベーア帝国が誕生した。戴冠式は予定していたカラドス=ファイルヴァインではなく聖都で行われる。第三聖王初の公式行事も、聖王戴冠式典を別にすればこれになるらしい。今夏にもロシエ帝都オーサンマリンにて聖皇が行幸し式典が行われる。これもロシエの要請による。

 マリュエンス皇太子の第三聖王への戴冠。アレオン王、ユバール女王、オジュローユ公、”自称”聖王などの複数称号を名目、実質的に持つなどして君主や太子に配って来た伝統から、皇帝を差し置いて皇太子に聖王位を認めるということは然程難しい話題ではない様子。

 帝国宰相はエデルト宰相とエグセン宰相に南北二分される。皇帝そしてエデルト王の中核的”内地”と、反抗機運冷め止まぬエグセン”外地”と区別される。”内地”は南北エデルト、南北カラミエ、ハリキ、ザーン、失地ユバール、海外植民地となる。そして新生ナスランデン共和国は帝国”第二の外地”扱いでエグセン宰相管轄外。尚セレード王国宰相位とは大頭領職に該当し別格で、セレードはベーア帝国に含まれない。

 ナスランデンにおける地方領主の主従契約関係は名目上――実際に繋がりを破棄するかどうかは個々の力量次第――破棄され、独立細分化される。ロドヴィル氏が初代議長になったのはロシエの意向を反映してのこと。尚初代大統領――帝国ナスランデン宰相に該当――は議会投票で選出されるが、その際に紛争勃発が予測されるので聖都巡礼守護結社こと聖都騎士団が仲裁役として期待される。またパドリス騎士団は聖都騎士団の実質支部と化しているので議席の水増し要員以外に考証するところはない。

 セデロ修道枢機卿の論題を取り上げたマテウス司教の馘首をわざわざ名前入りで和平条項に連ねて吊し上げたのは個人攻撃感情を一手に集めて人柱とするため。今後有ること無いこと彼に戦争責任が被される可能性があり、それは平和と安定の為になる。


■■■


 セレードにおける戦後処理は終わっていない。一般的な認識ではほぼ終わっていても自分が終わらせない。嫌がらせではない。復讐は定義によるだろうか? 仕返しと反逆も拒否したいが、跳ね返りの気があると言われれば肯定する。

 今までは気にも留めていなかったが、廃兵達が家族から捨てられている。弱者切り捨て、強い者だけを生存させるからこそ貧しくても精強のセレードという伝統を憎いと思ったのは初めてである。余りに日常だったため気付きもしなかった。

 確実に仕方なかったと言えてしまう。本人も望んだ。ルバダイを殺した時、その伝統の考えの通りに腕が動いたような気がしている……気がしているとはふざけているようだ。だが無意識にそうするべきと頭を砕いたような……深く考えずともそう動いてしまうのが伝統と今、客観的に見ることが出来ている、と思う。やはりこれは考えがまとまらない。無理矢理後悔しようとしているだけかもしれない。

 さて認識を自覚させられた発端はミイカである。彼は最後の戦いで足を負傷してびっこを引いて歩くようになったが馬には乗れた。騎乗したまま解放されたセレード団帰国組とカラミエ兵捕虜と共にマインベルト経由でセレードへ非武装帰国。健常者――軽度障害者――はウガンラツへ集合、不具者こと廃兵――四肢の一つ以上欠損やそれに該当する指欠損。両目の失明または片目の失明に伴う著しい視力低下。”病的勇気喪失者”――は各自故郷へ帰還という指示が下った。その時、道中実家へ同道する者達と一緒に客として招いた。

 当時はまだ春の戦中であり、ウガンラツでは第三予備師団が出兵した後。健常者達を集めて補充大隊を組織している最中のことであった。父から”エーミ=ハリカイ人のミイカが行く宛てが無いからとやって来ている。一先ず客として迎え入れておく”と手紙を送って来たのだ。

 ミイカは佐官でありセレード団頭領の補佐として働き地位は高いほうである。不具には不具だが健常に近かった。エーミ=ハリカイ人は極地の中でも辺境に住み、セレード人やハリキ人より弱者に厳しいとはいえ、それでも捨てられた。

 ミイカ程に自分が気を留める人物でなければ本当に気付けなかった。ウガンラツには廃兵達が予備師団を頼って集まり始めていたが視界に入っていたとは言えなかった。

 不具者は働けないと貴族や有力部族の子弟でも、富裕とは呼ばずとも貧困とは呼べない家庭の者達でも捨てられた。勘当された。民兵とし戦時充当された者達など当然それ以下の扱いである。壊れたから捨てられたのだ。

 人が社会から捨てられてから野垂れ死ぬまで時間を長く掛からない。今のような夏ならまだ生き永らえようが冬には全滅必至。

 上手く人に取り入れる者ばかりではない。失業者、絶縁者ばかりである。

 家族が迎え入れる気でいても本人が帰り辛い、足手纏いになりたくないと帰郷を拒否して野垂れ死にを、実質の自死を選ぶ者だっている。それでも手早く自決出来る者はまた限られる。

 賊として勢力を築ける程にセレードの治安部隊は甘くなく、各地方自治体の武装の程度は強い。子供でも刀剣に銃と弓馬を心得るのがセレードの伝統。第一そのぐらい元気に動けるなら補充大隊要員になっている。

 そしてまだ生きているのならばカメルス戦争で廃兵になり、冬を一つ越してしまった者達も見つけなければいけない。

 彼等を救うには遠回りをしている余裕が無い。夏の内に動き、秋には決着をつけなければいけない。彼等を冬の前に救済しなければいけない。

 時間の無さを考えれば騎兵隊を組織して全土を回らせて宣伝しながら救助しなければいけない。出陣前の隊員名簿に加え、帰還後に作成した生還者と死亡者の名簿はあるが、その後の足跡を辿るのは書類だけでは不可能なのだ。

 救済のためには軍務に転勤があるような軍人では動けないと判断し、ザンバレイ将軍を通じて退役を申し出た。将軍は”将官になって名を売ってからの方が支持されやすいぞ”とは忠告してくれたが、軍大学校に入って数年勤務してどうの、という遠回りの余裕が無いことを説明して納得してくれた。そして実務がほぼ無い、雇い人に事務を任せられるような名誉職の大佐にまで昇進させてくれて退役の必要を無くしてくれた。セレード団頭領の実績が無ければ出来ないことであった。

 先軍的なセレードでは軍でどのような立場であったかはそのまま発言力に通じる。”名誉”大佐と、セレードとカラミエ兵を救出しつつあのエデルト野郎に一撃を入れてヴィルキレクの”髭を焼いた”ことになっているセレード団頭領の地位を使う。

 人足と資金、失業者を食わせる食糧、そして情報が必要になり、それぞれを処理する部局が必要になり巨大組織を作らなければならない。救済作戦司令部を立ち上げなければいけない。

 第一から第三予備師団、予備軍関係者へ協力を要請。戦友を助けようという名目でそのまま実態になる。我が身のことであり反応は肯定的に強く、活動母体となった。

 正規軍にも協力を要請したが反応は鈍かった。昔の戦争で廃兵になった同胞達を見捨てて来たことは間違いだったと認めることになってしまう。

 寄付を募る。そのためには広告を打ち、慈善団体の力や名前を借りなければいけない。速度を重視するなら誰が何の目的で慈善をしているかなどなりふりは構っていられない。

 反乱失敗で負け犬扱いされて冷や飯食っている蒼天党も利用する。失敗して弾圧された後とはいえ全国組織として活動した実績がある。その組織網を戴くためにも協力を要請。現代表のセラクタイ夫人は元から傷痍軍人支援事業をしていたので丁度良い。運用知識を頂く。

 各宗教組織にも協力要請。蒼い空の神も、玄い空の導きも、聖なる神から世を救う神、冬の死神に極光修羅全てである。こちらの組織網も借りたい。亡きアンドリクの父である司祭様からは”信仰と息子に懸けて”とまず協力を得ている。

 当面、初動資金は自腹となる。そのために父に承諾を得て、隠居して貰ってイューフェ=シェルコツェークヴァル男爵を継いだ。大佐で頭領で男爵となった方が話が進みやすいからだ。主に借金の話となれば当主かその息子では段取りが違う。

 外圧も必要と考え、カラミエ公子ヤズ・オルタヴァニハ殿下にもお力添えをと手紙を送り”立場上やむを得ないこともあるが”と但し書き付きで肯定的な返事を戴けた。身も心も砕かれた者達のことは分かっておいでの方だ。

 外圧も種類を選ばない。資金が無ければ兄に借りると実質公言――名前を濁す、酒場で酔った風に言いふらすなど――した。帝国連邦の介入が嫌ならお前らセレード人が貸せ、と脅したに等しい。金は既に思ったより多く集まっている。兄の影、かつては忌み嫌ったが今ではこれ程に使える道具は無いと思える。

 また自己保身も必要であると考えて遺書を作製して内容を実質的に公表。親戚向けにサリシュフ・グルツァラザツクの継承者名簿に兄の名前を追加したことを発表すれば自動的にベラスコイ本家絡みにセレード政府中核に”兄の影が落ちる”。追加理由は姉が遠方のアソリウス島に嫁いだから、などなどと適当に書いた。外国にいる者が継承出来ない法はあるが、それでも名前が改めて加えただけで圧力が発生する。この小うるさい生意気なガキを暗殺すれば悪魔大王がやってくるかもしれない、という可能性を示す。恐怖の影を利用する。取り返しのつかないことに繋がると忠告する者はいたが、目前の取り返しがつかなくなることをどうにかすべきとした。

 セレード国内には兄の支持者が少なからずいる。またこれも兄の影を使い、支持層に取り込んでいく。まるで反乱勢力の一大結集だが、力が足りない以上は力を蓄えなければいけない。誰もやらないことをやるにはそれぐらいでなければいけない、はず。丁度の良い、過激ではない素晴らしい加減など分からない。分かるなら教えて欲しいものだが教えてくれる者、説得力がある者は見たことも聞いたこともない。

 どうしても何もかもが足りない場合は略奪に出る心算だ。寄付をこちらからに貰いに行く。

 実際の救済活動。食べさせる、清潔な寝床を提供する、障害があっても働ける職場を斡旋して出来れば軍内で仕事をさせる。そしてそれ以上の救済は医療。精神病の治療方法は静養させる以外に分からないが目に見える傷の治療を進める。

 戦場治療は手荒で雑で、銃弾がめり込んで炸裂したような手足を鋸で落とすようなものばかり。治療呪具も即効性は素晴らしいが欠損治療に至らない、はずだった。それに整形外科手術能力が加わると治せないはずの怪我も治せるということは、我々は見て知っている。にゃんにゃんねこさんという、死ぬような手術で死なせて貰えなかった者達が実例だ。

 ”ねこ”が出来るような者なら不具者の一部を回復させられると考えた。帝国連邦から妖精の医者を派遣なんてことは出来ない以上、それに近い技術を持った者がいないかと思い、探せばかなり近くにいた。医療助祭のマルリカ女史である。

 マルリカ女史は不具治療で既に実績を上げていたがシルヴ大頭領付きの軍医ということで広範に活動していなかった。そしてこの度、治療呪具を使っての不具治療の実証実験や医師教育をして貰えることになった。最初は渋っていたが”医療の生体実験になるから、失敗して死んだり酷くなっても文句を言わないなら”と前提条件を出されて”それで構いません。その時は私がとどめを刺して殺す”と言ったら折れてくれた。

 あとは宣伝。まず悪名だろうが名前が知られなくては意味が無い。敵や味方すらもいないのでは意味が無い。探している廃兵に、おそらく廃兵ではないが救済を求めている人々にも知られなければ信用して貰えない。あちらから姿を現して救いの声を上げてくれなければ手を差し伸べることも出来ない。

 最後に名声を獲得して力を得たならば議会議員へ立候補する。この救済活動は瞬間的なものではなく継続的なものにしなくてはいけない。戦争はまた時が経てばやってくる。これから永久的に平和が訪れるわけがない。


■■■


 ウガンラツの拝天殿の頂上に立つ。高く、首都中を見渡せる。ここからなら声が全市街地、都内外の遊牧幕舎群に届きそうな気がしてくるが広過ぎてまるで届かないことはマシュヴァトク伯爵エンチェシュ=バムカ・アーショーン・クンベルサリがウガンラツ事件で証明してくれている。

 我々が、ミイカがあの老人を殺した時、何を喋っているか段の下でも風で分からなかった。蒼天党の頭領は一体何を主張して何を変えたかったのかまるで分からない。

 蒼天党”残党”の主張、神聖教会の排除だとか帝国連邦への傘下だとかエデルトへの敵対政策の訴えは本人の思想通りとは限らないのだ。組織が一枚岩ではないことは、作ったばかりの自分が分かっている。

 現在の頭領であるセラクタイ夫人は慈善家で有名。本当にそのような攻撃的で過激な主張をしていたのか今になって考えると疑問が多い。

 我々はエンチェシュ=バムカの失敗を参考にした。

 まず第一に人が余り出歩かない冬ではなく、夏を選ぶ。そして声が散らない風の無い日、空が青く高い晴天、気持ち良く人の声でもうるさいと思わず聞けるような日和。

 拝天殿の石段には不具者と治療して復帰した者達を並べて見せている。かなり目立つ。治療には時間が掛るので全員とはいかない。成功するような手術を出来るのが今はマルリカ女史だけだからだ。

 拝天殿で演説をすることは士官学校の後輩達や教会聖職者達に協力して貰い街中で、何日も時間を掛けて宣伝して貰った。旗を掲げて先触れのように街頭や酒場で演説。売春小屋のやり手ババアや姉ちゃんに言っておいたという奴もいた。聖職達は礼拝の集会時に言ってくれた。

 段下には聴衆が集まっている。千、二千? ざっと一角だけ数え、その一角の範囲が何個当てはめる事が出来るか掛け算で数えると……一万は越えているか。初動でこれとは軍に教会を動かしただけはある。また蒼天党の乱の再来ではないかという好奇の視線も多い。悪名の流用も出来ているわけで、まずは準備段階で成功したと言えるだろう。

「サリシュフくん、準備はいい?」

「はいシルヴ小母様」

 兄の手法を参考にした。個人的な親戚の頼みとしてシルヴ小母様に、風の魔術でこの声を広範に流して貰う。このような魔術が使える知り合いは一人しかおらず、流石に大頭領の影を借りるのはどうかと考えたが、否とは言わず快諾してくれた。一大反乱勢力と化すことを、大頭領自らが手を貸すことで予防したとも言える。

 ウガンラツ事件、カメルス侵攻、関税同盟戦争からエグセン戦争における正規軍防衛動員と南カラミエ出兵、拡張したククラナ公国の再編と国への負担が短期に重なっている。であれば内戦の予防はしなくてはいけない。それは手を貸してくれるわけだ。

 これから演説だ。上手く語り掛けることが出来るか?

 聖なる種が掲げられた火災から再建途中の教会を見る。支持に集まってくれている聖職者と信者の人々がいる。良く知っている顔は無いか。

 遊牧の幕舎群。その隙間に、馬に乗って、立ち上がってこちらを見ている者達が見えた。良く知っている顔は無いか。

 予備軍関係者の中に髑髏騎兵姿の者が混じる。良く知っている顔は無いか。

 イューフェから世話係に送られて来た使用人達は……ああ、あそこにいた。母もいて今日、丁度到着か。恥ずかしいから種の形に手で切る仕草を繰り返すのは止めて欲しい。

 眼下のミイカの頭を見れば、視線に気づき顔を上げて笑ってきた。足踏みして動く、とやった。

「我々は……」

 音の響き、良し。

「我々は救済同盟!」

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