第397話「ゼーベ分遣軍へ先制攻撃」 サリシュフ

 幌とその骨を外して車輪止めを噛ませた車を壇上とし、セレード同胞四千騎と多数の負傷者、この場に連れて来られた死者の前に立つ。これは儀式で、打ち合わせは既に済んでいる。少しでも早く終わらせたい。

「総統閣下の弟にして、今ここで義勇兵と武装捕虜、セレード団をまとめる頭領はサリシュフ・グルツァラザツク様しかいないと考える! 帝国連邦移住組の代表として推薦する」

 壇上に上がり、腰を低くしながらバシンカルから指揮棍を差し出されて”断る”と両手の平を向ける。一回目。

 亡命者代表のバシンカルは次の推薦人、第一予備師団長、火傷面のザンバレイ・ヴヴァウェク将軍へ指揮棍を手渡した。

「栄えあるベラスコイ傍系であるグルツァラザツク家の、イューフェ=シュルコツェークヴァル男爵領の第一継承者。姉はアソリウス島嶼伯ヤヌシュフ様の奥方。歴としたセレード貴族である。武装捕虜として軍務を果たした後、カラミエ将兵達と帰国する者、その軍の代表としてセレード団頭領に推薦する」

 壇上に上がったザンバレイ将軍に敬礼され、返礼。そして指揮棍を差し出されて”断る”と両手の平を向ける。二回目。

 ザンバレイ将軍は次の推薦人、我が友ルバダイに指揮棍の柄を咥えさせると歯に染みたようで顔をしかめた。それから噛み辛くて口から落としてしまう。次に柄に手巾を括り付け噛みやすいようにしてみれば保持に成功。壇上に置かれる。

 にゃんにゃんねこさん、という拷問よりも見せしめ。前腕と脛が詰められ、抜いた分で手足を延長し四つ足に見立てる。指先の骨と肉を削って獣の爪のようにする。頭髪を剃り、耳を削いで頭の上へ犬猫に見立て接着。上唇真ん中が少し削られ、三本三つ編みの髪が口髭のように植毛。犬歯以外が削られ、比較して獣の牙が表現。胸と腹は皮膚を小さく絞って乳首が八つにされる。切除された男性器と筒状に縫い直された陰嚢が尾てい骨に接続され、血液が充当され膨らんだ状態で尻尾を模す。このような悲惨な手術に人体は耐えられないはずだが治療呪具で強引に生かされている。死んだ方がマシという言葉は知っている。

 ルバダイは壇上の一歩も無い距離をまともに動かない身体で這い寄り、仰向けに食い縛りながら転がり、反動をつけて座り、顎を上げて「ふいせんひまふ」と指揮棍を差し出した。三回目で受け取る。

 最後の推薦人は死者代表。これで三つの影を背負った。これが出来るのはきっと、ここでは自分しかいないと確信している。理想には遠く力不足かもしれないが、頭領に立てるのは自分しかいない。

 ”もう殺してくれ”とルバダイが、たぶんそう言う。

「助かった。お前、あれだ、男だ」

 ”知ってる”とたぶん言って笑い? その頭骨を一撃で割り、確実な二撃目で脳まで先を入れる。目が閉じ、呼吸に痙攣も止まったことを確認――大分長かったような――してから指揮棍を掲げて推薦を受諾した。

「ホゥファー!」

『ホゥファー! ホゥファー! ホゥファー!』

 沈黙から、皆の喚声三唱、武器三掲も受けた。

 脳漿が袖に伝って染みる。

 敗北した第一、ニ予備師団の騎兵を結集したセレード団。義勇とつけば帰国目的の者と意に沿わず、武装捕虜的となれば亡命――移住――者の意に沿わない。名称は単純に――セレード復讐団という名前は武装捕虜側が拒否――された。その”臨時”頭領にこの自分、サリシュフ・グルツァラザツクが選ばれた。推薦理由は先の決起集会の通り。役割は両者統合の象徴で、飾られる。

 バシンカル・レスリャジン。兄の若い頃の右腕ということで亡命者の代表になっている。マウズ川渡河直後の戦いで行方不明になっていたと思ったら、捕虜になった直後に亡命者達をまとめると申し出たらしい。自分よりも兄を選んだということで裏切りのような気もするが、お家を裏切ったかと言われると微妙で、前世代のセレード同胞のことを考えると当然の結果のようにも思える。とにかくどっちに考えても腑に落ちない。彼はセレード団における政治将校の長として、軍指揮が帝国連邦国外軍に害するものではないか監督し、指揮権の剥奪権を有する。また国外軍との連絡役でもあり、ただ踏ん反り返るという役目でもない。

 ザンバレイ・ヴヴァウェク。シルヴ大頭領が士官学校にいる前からの子分らしい。撤退支援の騎兵突撃失敗の後、主力を逃がす際の殿部隊の指揮を執っており最後まで抵抗。その後は捕虜統率――指揮系統で揉めている扱い辛い捕虜は面倒だから皆殺し、みたいな選択を帝国連邦軍は取りかねない――のために自ら白旗を掲げたと聞く。彼はセレード団の指揮官を務める。部隊を再編弱体化して戦ってはエデルト兵にセレード弱兵などとなめられる。”それは絶対、死んでも許されない”と将軍も考えていたので既存の指揮系統をそのまま使って全力を発揮する。両師団は構成が同じで簡単に部隊が組み直せるので手間がほぼ無い。

 改めて四千騎は眺めても多い。武装は十分。馬を失ったなら与えられ、持ち帰りも許される。一生障害で悩むだろうと思えた負傷者は多数いたが呪具による治療で多数復帰。戦いもせず後方で捕虜として拘留されていれば何時、何の気紛れで彼等の不可解な論理にて”ねこ”にされるか分かったものではない恐怖もあって従軍拒否者は、見て分かるような神経症患者に限られた。あのようには誰もなりたくない。

 兄は、信仰もとい人間性を試す”悪魔”で、そんなことを組織的に出来る”大王”なのだろうと実感する。伝統的価値観からの否定出来ない論理や感情、それから言葉にも表情にも出せない”何となく”を操った。曲りなりにも直前まで味方だったエデルトに対し、高い攻撃性を持って我々に戦いを挑む決心をさせている。分かっていても足掻いても操ることが出来るのは悪魔に違いない。

 兄はこれからファイルヴァイン方面からやって来る”エデルト王国軍”に対する勇戦の一度で解放するという約束をした。エデルト金髪糞野郎に一矢報いたいという感情を持つ者達は良い機会だと喜んですらいる。たった一度の戦いで、武装解除はされるが馬に乗ってマインベルト経由ならば母国までカラミエ兵を連れて帰って良いとまで言われれば金髪への悪感情が無くてもやってみるかという気になってくる。

 シルヴ大頭領が、帝国連邦軍の圧力があったとはいえ全く完全に正規軍をこちらに持って来なかった理由が分かる気がする。若造と民兵が起こす何かしらの”異常”など糞程でもないが、正規軍にいる定住遊牧の有力当主に子弟達がこのような事態を引き起こしたならば国を割る。セレード継承戦争で一度人々を割った後、更にこれで派閥間を割った時、そこに少し前に起こった蒼天党の乱を加えればどれ程の混乱に至るか分からない。我々如きだからこそ精々”風邪”で済むに違いない。我々を使って”ベルリク”慣れしておけば次があった時、そう混乱しないかもしれない。


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 カラミエ大公国の公子、未来の南北カラミエ統一の象徴になるはずのヤズ・オルタヴァニハ殿下へ出立の挨拶に向かう。一応の格付けをするなら臨時頭領如きは”大”が最近ついたばかりの古公国の第一継承者より格下。こちらから挨拶へ向かうのが正しい。

 囚われているカラミエ兵一千人は軽騎兵であるにも拘わらず大人しくしている。公子殿下が人質であり、東方の熊みたいな犬と共に妖精憲兵が見張っており、枝編みの”ねこ檻”十基がまじないの結界でも張るように円周に設置されている。尚、治療呪具でも処置不能な障害――精神含め――を負ったセレード同胞は別の野営地でここよりは平穏に囚われている。

 一人で公子殿下に会いに行くのは怖かったのでバシンカルにザンバレイ将軍、一応の衛兵も連れた。

 挨拶するのは良いが何を言おうか、裏切り者だとか、自分に想像できない何か返答に困る言葉を投げかけられたらどうしようかと悩む足は重かったのだが、妖精憲兵が警笛を吹いたのを聞いて走った。何をやらかした?

「あー! 管理責任問題発生、ダメなんだー!」

 妖精の言葉だけでは分からない。

 笛が鳴った方、妖精憲兵が銃口を揃えて向ける方へ行けば、カラミエ兵が”ねこ”にされた仲間の頭を石で滅多打ちに砕いて慈悲の一撃を入れた後だった。そうしたいのは分かるが、それはまずいぞ。

「はい、僕は憲兵隊長さんです。何の異常が発生しましたか?」

「はい憲兵隊長さん、捕虜の一名が自主管理対象者の一名を殺害しました!」

「それは大変だ! 違法精神を破砕し遵法精神を啓蒙しなければいけない。ねこさんを二倍だ!」

『今日はねこさん二倍日だ!』

 そして骸騎兵と呼ばれる怖ろしい姿をした騎兵が嗤いながら「かわいいのだーれだ!」と投げ縄で適当にカラミエ兵を群れの中から捕縛しては馬で引き摺って囲いの外へ走り去り始める。連れ去られる仲間を思わず掴んで止めようとした者はいたが馬力に敵う筈も無く、共に引きずられるどころか縛られた者が骨折して叫び声を上げる。中には縄が滑ったか首に掛かって折れることもあり、再選出されてしまう。縄を上手く掴んで、集団で綱引きを始めたならそこへ容赦なく骸騎兵が拳銃を連射して撃ち倒す。骸騎兵の落馬する姿は無いかと探したが、油断なく縄は全て鞍に括られていた。人力でどうにか出来る仕組みではない。

 我々セレード兵は戦うことでルバダイを無事に殺してやれた。彼等はエデルトに刃は向けられず、そのような命令に従う歴史も無く、こうなってしまっている。

 何か言われたらどうしようという悩みが消え、何を言えばいいか分からなくなった時にヤズ公子が「抵抗するな!」と怒鳴って現場に現れた。近従の兵が前へと飛び出さないよう殿下の腰帯をがっちりと握っている。

 殿下と目が合う。その口も手も震えている。

「殿下」

「この悪夢から解放して下さい。頼みます」

 カラミエ兵、悪態を吐くどころではなく苦しく叫んだり呻くばかり。”ねこ”にされた者達の発狂様は自分の人生経験では全く表現できない。


 ねこ作ろうよ ねこ作ろうよ

 ねこ作ったら死んじゃった

 ねこ死んじゃった ねこ死んじゃった

 ねこかわいくしたら死んじゃった

 次のーねこさーん、指を削ーげー

 脚を詰めて、耳を剃ーれー

 ねこにゃーにゃーにゃーにゃー かわいいね

 ねこにゃーにゃーにゃーにゃー 足りないね


 ねこ足りないよ ねこ足りないよ

 ねこかわいくするのに足りないよ

 ねこどうしよう ねこどうしよう

 ねこどうしたらかわいいの?

 次のーねこさーん、髭が欲しい

 合たーい、連けーつ、ちんちん列車

 ねこにゃんにゃんにゃんにゃん 出来上がり

 ねこにゃんにゃんにゃんにゃん ねこさんだ!


 連れて行かれたカラミエ兵が、小銃を構えて少年風に合唱する妖精憲兵の横隊列、歌に合わせて猫っぽく踊る憲兵隊長の後ろで手術が始まって十一人追加、二倍となってしまった。複雑な手作業のはずがやけに手早い。

 まさかと思ってバシンカルの顔を見れば、顔をしかめていて少し安心出来た。これは古いセレード人にも理解出来ないのだ。兄もどれだけこれを認めているのか?

「反省してにゃん、反省してにゃん、わるーいことはいけないにゃん」

 歌が終わっても憲兵隊長の歌でもない独り言と踊りは終わらず続いた。もしかしたら本人はふざけることなく切実に”啓蒙”している可能性があった。頭が壊れそうだ。


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 門出は最悪。せめてセレード団の大勢にあの惨状を見せずに出立出来たことは不幸中の幸いだろうか。帰国と亡命組の双方から「エデルトに一発かましてやろうぜ」という威勢の良い声が聞こえた。あれを見てからならきっと出てこない言葉だ。

 国外軍移動後のセレード、カラミエ兵の管理はエグセン民兵に託された。規律の緩い民兵が捕虜を管理など惨劇の幕開けにしか思えなかったが、二十名の”ねこ”を前にどれだけ酷いことが出来るものだろうか? 普通の人間は出来ない。あんなことが出来る連中から五体無事に管理せよと命令されてどれだけ逆らえるものだろうか? 普通の人間は出来ない。

 セレード団は国外軍とマウズ川に架かる氷の、壮大な橋を渡る。滑り止めの土砂が撒かれており、橋を越えて来る流水は管理する魔術使いが凍らせて止め、橋の底を上から術で削って? 橋下の水の通りを良くして越水を減らしている。

 魔術使い達は氷土大陸にあるグラストの出身らしい。南大陸より南の、何だか良く分からないところの良く分からない者達。周りと軍服が違い、担いだ小銃が何となく似合わない。外套付きの帽子を目深に被っているが女ばかりに見える。服に飾りが無い。騎兵は色々飾り紐だったり帽子に羽つけたり、遊牧民として一財産持って歩くということで首飾りに指輪に腕輪を多めにつけていたりするが一切無い。規律正しいという以前に独り言に世間話すら一切せず、それどころか他の兵士から何か声を掛けられても、命令伝達か何かを受け取っても終始寡黙で不気味である。人間なのか?

 自分はカラミエ兵の不幸を目撃して――その前にルバダイも――威勢の良い激励の一つも今まで出せていない。臨時でお飾りの頭領とはいえお役目を果たせていない気がする。しかし、何時どこで声を掛ければいいかさっぱりと分からない。兄が頭領就任を聞いて”お、頑張れよサリシュフ! 飾られる極意はとにかくビビらんことで、常に良きに計らえって面しておけば務まるからな。いやぁしかし取っ捕まるとはこういうこともあるもんだな、うわっはっはっはぁ!”と声を掛けに来た時に相談すれば良かったのかもしれない。バシンカルはこう、昔から家にいたおっさんだがそういう”高尚”な役目についてどこまで把握しているか怪しい。ザンバレイ将軍には何とも声が掛け辛い。部下として任務について、なら遠慮しないのだが暫定的に上役となって、となるとどうも声が出ない。兄の助言を守るしか……ないのか。

「坊ちゃま、こっち来ましょうよ」

 バシンカルが誘って来る。お家のことはきっと自分より理解しているのに言うとは余程に”若様”が魅力的なのだろうか。一代どころか半生に満たず大帝国を築いたらなら、それはそうなのだが。

「出来ない」

「まあ坊ちゃまの歳じゃエデルトの糞野郎ぶっ殺せなんて親から聞かされてる程度……ああ失礼、お館様はそんなこと言わんですな」

 バシンカルが次の口説き文句を考えて言う。

「セレード王やらして貰えるかも!」

「シルヴ大頭領がいる」

「大頭領は大頭領で、坊ちゃまが王やりゃグルツァラザツク統で東西纏まるじゃありませんか。いや坊ちゃまを馬鹿にするわけじゃありませんがね、ベラスコイのお嬢以上の実務担当は早々いやしませんから」

「それは分かる」

 坊ちゃまと言っている時点で馬鹿にしていることに気付いていないのがバシンカルの俗で悪気が無いところ。

 急に肩を掴まれた。鉄でも抉り込まれたかと思う痛さ。

「あんた私と結婚しなさいよ!」

 アンドリクの首を持ち上げた女の、狂気めいた異郷の大きく剥いた目。正気を捨てるのが仕事の騎兵の中でも人間性も捨て去った骸騎兵の一人。

「……嫌です」

 声が出た、やった。黙っていたらそのまま誘拐されそうだった。

「何でよ!?」

 騎兵は自信過剰で丁度良い。そうでなければ銃砲弾の雨を突っ切った後に槍や銃剣の壁に突っ込めるわけがない。それを敵にすると恐ろしく、こんなところで見せられるなんて、何だ?

「坊ちゃまは年下の可愛い娘っ子が好きなんだよ。お前さんみたいな異郷の黒くてゴツい年増じゃ正反対だ。お呼びじゃねぇ」

「うるせぇおっさん黒くねぇよ!」

 外仕事で日焼け程度なんか気にしない。それ以上のお断り要素が無数。

「そのおっさんは総統閣下とこのサリシュフ様のお二人に仕えた下男よ! おめぇみてぇなどこぞの部落谷から出て来た奴と違うんだよぶわぁーか!」

 やんのかてめぇ、と言う前に刀を抜くのがこの女らしいが、その女と同じ顔をした別の女が馬上から蹴りを入れて落馬させた。双子?

「いやぁウチの糞馬鹿が迷惑かけたね! こいつこの前、親父様にマンコ触られてから発情してうざいったらないのよマジで」

 こちらは話が通じるのではないか? と一瞬思ったら勘違いだった。

「あ、中隊ちょ!」

 こんな可愛い呼び方をしてくれる可愛いのは我がミイカちゃんであった。靴だけ履かせられた全裸でその双子の二人目の胸にしがみ付いていた。何故、何で?

「ミイカ、生きてたのか」

「うん!」

「弟様の知り合いだったの!? この! 私が! 保護したのよ」

 やけに厚かましい感じがする。そして間違いないだろうがこいつも邪悪。

「何故裸なのですか」

 双子の一人目の時はビビったが、この二人目には血が沸き立って口が動く。こっちが先に刀を抜ける。

「この子、寒いとぎゅーってくっついてくるの!」

「彼は同胞でセレードの兵士、それに私の友人だ。解放しろ」

「嫌! ウチの子なの!」

「ぐぅ……」

 骨が折れそうな程にミイカが締められて唸る。穢した上に殺す心算か糞女が。

「兄との約束を違えることになりますが、あなたにとって”親父”の言葉はそんな軽かったのですか」

「坊ちゃまの言うとおりだ。総統に言や一発だぜ、引き下がれよぶわぁーか」

「うぎぎぎ……」

 唸り、歯ぎしりをバリバリ鳴らして双子の二人目がミイカの脇下の手を入れて持ち上げ――それにしても馬上で男をそんな扱いに出来るとは随分ゴツい女――こちらに渡そうとして、引っ込めた。

「お別れのちゅー!」

「いーやー!」

 厚い唇に悲鳴を上げる我がミイカが危機とあっては、糞女二号の腹に蹴りを入れながら抱き取り返し、馬を走らせ、騎馬隊列へ何度か割って入って追跡を巻く。

「何なんだよあの糞女共!」

「中隊ちょ、あの人達はプラヌールのファガーラ姉妹って双子です。気違いで有名なんだって」

「大丈夫かお前、チンポとかもがれてないか」

「大丈夫」

 裸のミイカがぎゅーってくっついてくる。本当に大丈夫か? 目に見えない傷だってあるんだぞ。


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 分散した国外軍はマウズ川西岸にて合流。人種種族入り混じった編制は噂に聞いた魔神代理領軍のような複雑さ。種族特性――人間、妖精、犬、地栗鼠、箆鹿、鷹、わずかに馬と非戦闘員に狐――に合わせて役割分担がされているのが分かる。毛象に毛牛など今まで見た事も無い畜獣だっている。世界帝国とはこれだと見せられている。

 我々にもエデルト軍の偵察情報が差別無く伝えられる。セレード団など闇雲に何処かへ遮二無二突っ込まされるものだと思っていたが他部隊と同等の扱いで、各長を集めた会議にも出席出来た。

 合流地点より南西方向にファイルヴァイン方面から、セレード・カラミエ連合軍――便宜上ゼーベとイーデン軍に倣ってマウズ軍と呼称――への応援として開戦前は八万とされたゼーベ軍から半数に迫る三万程度の砲兵を伴う強力な分遣軍が派遣されて来た。複数の作戦で損耗、拘束されて南カラミエから一部軍を受け取っているとしても、ファイルヴァイン包囲を目前にしてこの行動は国外軍撃破すべしという気迫が見える。しかし国外軍が呼称マウズ軍を、彼等の予定よりも早くに撤退へ追いやってしまい挟撃不可能と判断したか防御に有利な森のある丘へ移動し、掘り辛い凍土で塹壕を掘って野戦陣地を構築中とのこと。

 分遣軍は神聖教会圏の組織が用いることは有り得ないとされた獣人、その中でも絶滅したはずの狼頭を――おそらく騎馬より確実性が高い――伝令に使っており、呼称マウズ軍との長距離連絡が達成されれば新たな状況下による国外軍挟撃作戦が開始されることが見込まれた。伝令狩りの増派は即決。

 グランデン大公軍からの情報によればその狼頭の装甲兵は携行機関銃を装備しており、生存者からの取り留めない評価を聞けば素早く怖ろしく強力で殺し難いとのこと。そんな異形の化物に対する国外軍の評価は”対龍甲兵戦術で対応”である。伝令狩りの装備が改められた。流石の歴戦、そのような異形相手も初めてではないらしい。

 具体的な分遣軍への対応は、狼頭伝令の往復完遂を前提とし、敵両軍から挟撃を受ける前に先制攻撃を仕掛けて思惑を阻止すること。その際にはセレード団が先陣を切る。

 味方を逃がすために攻撃して虜囚となり、虜囚から解放されるために味方を攻撃する。

 分遣軍に接触した我々がそのまま合流するなどと兄は考える素振りも見せなかった。人質と政治将校が絶対だと確信しているのかもしれない。実際、逆らう気力はもう削がれている。亡命組のセレード同胞と殺し合った上でエデルトに助けて下さいと白旗揚げて行くだなんて自分みたいな若い世代だって死んでもお断りだ。


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 セレード団、森の丘に堅く布陣するゼーベ分遣軍へ先制攻撃開始。後詰に骸騎兵が我々の背中を見張る、見守る。

 接近する。雪を担いで枝が下がる針葉樹林の隙間から暗く断片的に見えるのはエデルトとハリキの旗で、どうも雰囲気から近衛師団含みである。

「外に出て来た連隊旗、うちの隣の部族のだよ。ハリキの近衛師団に入ってる」

「近衛ばかりか?」

「うーん、大砲入れて雪落し出来ればもっと見える」

「大砲の要請は無理だなぁ」

 ミイカが敵陣の次に空を見る。雲の流れから天候予測。

「風も直ぐに吹かないね」

 ミイカは側に置いた。副官でもなく頭領付きという臨時役職につけている。服を着せて馬も与えた。少し懐は寂しいが……。

 我々の目的は分遣軍の撤退阻止。先んじて攻撃を仕掛けて安易に撤退出来ないよう拘束し、相手にこの状況を仕切り直させないようにする。またセレード兵による攻撃を真っ先に見せ、シルヴ大頭領が帝国連邦へ寝返ったのではないかと疑心暗鬼に陥らせる。お袋と信頼関係が中々厚いとされるヴィルキレク王なら動揺しないかもしれないが、その家臣団から末端までとなるとそうはいかない。誤解前提で人が動くとき、おそらく失敗が生まれる。

 我々は本命の打撃力でないのでとにかく速力重視、強行軍のように丘へ向い、構築中の野戦陣地前へと騎兵を展開した。会議の前は骸騎兵監督下での肉盾になってただ無謀に突撃するというような、彼等の言うところの”尖兵”をやらされると思ったが、通常の、機があれば死にに行く普通の騎兵働きが求められている。これで真っ当な扱いと満足しそうになってしまうのが兄の力と言葉が生み出す霊力の仕業か……暴力男に一瞬優しくされて喜ぶ被虐趣味の女みたいになっているだけか?

 わずかに見え隠れする連隊旗の種類からザンバレイ将軍が編制を解読してほぼ間違いなく敵はエデルト近衛師団とハリキ近衛師団を中核に構成されていると判明。足手纏いになりそうな旧式装備の南カラミエ兵は確認されなかった。

 敵陣を確認している間にもセレード団の騎兵は広く散開して行動、斥候伝令狩りのように陣地からはみ出て動くような殺しやすい目標の襲撃を狙っているが、相手は慎重で隙を見せない。また軽騎兵だけで突撃してまず一撃、という陣容ではない。

 敵陣はこうしている間にも噂の狼頭が円匙で凍土にも拘わらず相当な勢いで塹壕を掘り、砕いた土は一般兵が胸壁や機関銃座等に加工。砕けて脆くなってしまった土は魔術兵が土いじりの術で固めて小銃で試射までして防御力を確認。普通の国だと教会が奇跡の才能がある連中を囲ってしまっているものだが、エデルトだと術士課程へ教会を無視して取り込んでいるのでそこそこ数がいる。

 螺旋に折り畳まれた有刺鉄線が塹壕前に広げて並べられていくのも確認出来た。攻略は厳しいものと見て分かる。敵陣への攻撃は取り止めるという選択肢も視野に入るが、兄はどうするのか? 攻撃する以外無いか? 折角の精鋭を、他人の戦争でそこまで消耗するとは何を考えているのだろうか?

 他人の戦争。セレード王国にとってもこのエグセン侵攻は他人とは言わないが、少し遠い戦争だ。やる気が失せて来るようだ。

 可能なら敵騎兵戦力を釣り出し、迎撃に来たら全速力で逃げて骸騎兵と戦闘を交代するという予定もあったが敵騎兵は森の中に潜伏したままで動かない。先程陣の外に出て来たハリキ近衛兵、スキー猟兵は陣地からの支援射撃圏内に散開して留まっている程度なので手出しは容易ではない。逆にあちらから狙撃されて倒れる部下が出て来る始末で、これに逆上して軽歩兵なら騎兵で狩ってやろうと前進すれば相手の思うつぼ。

 敵砲兵の有効射程を予測し、その圏内をうろうろして挑発し砲撃を誘って森に隠れた砲兵陣地の位置を特定しようとも動いたが沈黙したまま。

 我々は勇戦しなければならない。はっきり言って勝利する必要は無い。捨て駒としてらしく動けば虜囚の同胞とおまけのカラミエ兵を故郷に帰してやれる。

 政治将校としてザンバレイ将軍の指揮を監督するバシンカルは命令書を時折眺めていたりするが基本的に黙したまま。今のところ”中央指令”には違反していないらしい。


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 国外軍が前線にやってきた。バシンカルからの”中央指令”に従い、セレード団は正面から離れて丘の陣からファイルヴァイン方面へと繋がる、彼等の足跡と轍で荒らされた後方連絡線側へ移動して封鎖を狙う。

 精鋭の――心算と言って自虐出来る――四千騎であるとはいえ、両近衛師団の騎兵集団に全力で襲われたら対抗は難しいので我々は依然として”餌”としても活動。この”餌”に騎兵が食らいついた時、あの怖ろしい骸騎兵が迎撃に走って来てくれることになっている。嫌な感じではあるが、あの不気味な奴等はこと戦いとなれば絶対に裏切らないと信じてしまえる。味方だったらなぜこんなに頼りになるのかと気持ち悪い。

 代わった正面では、妖精と鷹頭兵の親衛偵察隊が雪と枯草に紛れる擬態服を身と銃に着けて散兵陣を張って前進。彼等の言うところの重小銃や軽山砲にてスキー猟兵や、塹壕工事中の狼頭へ狙撃を開始した。

 親衛偵察隊の使用する火器は無煙火薬を使用していない。撃つまで発見は難しいが撃ったら分かる。撃った時には複数が超遠距離射撃で射殺されている。敵が撃ち返すためには大砲でなければ届かないような距離なのだが敵砲兵は沈黙したまま。

 空には竜跨兵の影が小さく点になっている。また後方には気球が飛ばされており、森に隠れた丘が完全に見下ろされている。狙撃を我慢してでも砲兵陣地の位置は直前まで見せない心算らしい。

 狙撃行為が大胆になってくる。親衛偵察隊程ではないが雪中に隠れることを得意にするハリキ人を次々発見しては舞い上がる銃煙で位置を特定されることにも臆さず狙撃し続けて射殺。あの鷹頭の獣人は大層目が良いらしく、あのハリキの猟兵が鴨撃ちのようになってくる。

 スキー猟兵は陣地へ撤退。撤退する背中にも大口径弾に砲弾が突き刺さって千切れ、血が一瞬花みたいに咲く。相棒の猟犬が悲痛に鳴く。

 グランデン兵の報告によればまるで無敵のように評された狼頭の装甲兵も小口径とはいえ砲弾の直撃に耐えられず、しかし多くは即死しないで弱った犬のように”きゃん”と鳴いて苦しんでから死んだ。

 逆上して携行機関銃を持って陣地の外へ駆け出し、偵察兵へ銃弾が届かない距離で連射する狼頭もいたがあえなく目鼻に口が弾け飛び、顔無しになって無言でのたうち回る。生命力の高さもあれでは考え物だ。

 こちらが望遠鏡でやっと細かく確認出来る距離で顔面命中などやるのだからたまらない。望遠装置付き長銃砲身の銃と旋回砲という使い方、長く続けた戦いの中で見付けたのだろうか。


■■■


 セレード団は後方連絡線への移動を完了。騎兵、砲兵による妨害無し。敵補給部隊等は現在確認出来ず、少数の車両部隊程度なら襲撃出来る騎兵隊を四百、ファイルヴァイン方面へ派遣。こちらが見えなくなる直前まで行って、戻ってくる程度。

 正面では親衛偵察隊の狙撃が手控えになりつつ、軍楽隊が演奏する中で兄を先頭にする歩兵集団が横隊で整列。砲兵が射撃準備も終えていない中、歩兵をまるで裸に晒している。そこまでして敵の砲撃を誘うというのか?

 横隊の先頭列、少々妙なので良く観察してみれば負傷兵ばかりである。足が無い者は橇に乗っている。治療の呪具で障害が取り除けない者はああやって最期の突撃へ、敬愛する総統閣下と供に行くというのだろう。もうむせび泣いている者が見え「親父が俺達に死に場所をくれたぞ!」と叫ぶ。バシンカルがそれを見て「俺も死にてぇ」と泣いていた。

 歩兵集団の後方では、砲兵はいないが砲兵陣地の構築が魔術を使って、奇跡のような速さで出来上がっている。最初は測量して杭と縄で間取りしていた程度だったが、一挙に術で爆砕に掘られ、余分な土砂が怪力の獣人や馬に毛象を使って移動、胸壁にされてこちらもエデルトのように術で固められている。半地下に大砲を設置し、直撃弾ではない限り破壊されないようにしている。

 砲声、始まった。国外軍が工事中の砲兵陣地へエデルトの砲弾が着弾。急なマウズ川上流への派遣で砲弾備蓄は少ないと推定されている中で貴重な一発目を、目前で突撃準備をしている歩兵の頭を通り越して撃ち込んだ。これはどちらが駆け引きで勝ったのか負けたのか分からない。

 兄が刀を突き上げ、ラッパが鳴って歩兵集団が前進開始。丘の陣へ進み始めた。分遣軍の砲撃は歩兵を無視し、大砲がまだない砲兵陣地に注いでいる。そして陣地に設置されていない砲兵が射撃位置にまで前進、遅れて対砲兵射撃を受け始める。砲兵を囮に歩兵を突っ込ませる形になった。分遣軍は塹壕線で歩兵突撃は抑えられると踏んだのだろう。

 エデルトの新型砲は流石であった。長射程で猛威を振るった帝国連邦の重砲を組み立て中に破壊する。巨大砲と同等かそれ以上の有効射程を通常型で達成している。

 国外軍の砲兵は挫ける様子が一つもない。何度大砲を破壊されても、運搬車を壊されても直して交換して引っ張って射撃位置に持って行って散弾を食らいながらでも森へ砲弾を送り返す。

 こちらに伝令がやってきた。”中央指令”より、丘の陣へ突撃せよとのことである。

 これが最後の仕事。もう終わり? と思えてしまう。精魂など尽き果てていない。我々はまだ元気だ。元気な内に突っ込んで、あの堅そうな丘の陣で尽き果てるのか。

 兄は言っていた。

”教えてやる、簡単だ。隊列より五歩前、かっこつけて進む。それだけだ!”

 臨時とはいえ頭領として先頭へ、並べた騎兵隊列より五歩前に出て指揮棍を掲げる。

 もう怖い。あの森の暗いところ全てから銃口砲口が向いているのだ。兄は怖くないのか? 正面の様子を窺うに宴のように皆、大笑いに泣き笑い、妖精が楽しくお歌を歌っている。

「前へ!」

 丘の陣、後背とは言わずとも側面へ前進、疲れないような速足で距離を詰める。正面よりもこちらの塹壕線工事が手抜きであるのが気休め。これは本来、軽騎兵の役割からは遠い。

 沈黙してきた敵騎兵の一団が森から現れた。髑髏刺繍の帽子、肋骨服に拳銃と刀一本のカラミエ髑髏騎兵が先頭。彼等の同胞を助けるためという一面があっての攻撃なのだが、こうなると何が何だか分からない。

『ウーハー!』

 髑髏騎兵はセレード騎兵を”狩る”ために考案された経緯がある。我々を狩るだと。なめやがって。

 一斉射撃、髑髏騎兵が転倒。しかしこれは我々が撃ったものではない。

 骸騎兵は約束通りに動き、軽騎兵を前にして前進しながら、アッジャール式長騎兵銃という背丈より長い小銃に狙撃眼鏡を付けた火器にて曲射で撃った。弾着が同時なため散弾と見紛う。続いて個別に狙撃開始。我々の分を残しておいてくれと言いたくなるぐらいに髑髏騎兵が落馬、転倒し始める。

「頭領、一時後退の合図を出します。よろしいですね」

「はい、そのように」

 ザンバレイ将軍が一時後退のラッパを吹かせる。自分も指揮棍を回して転回と示す。偽装後退。このまま突撃する心算ではあったが、こうなっては”餌”としての役割を思い出す。駆歩にまで加速していない今だからまだ余裕を持って馬も回る。

 セレード団が下がり、騎乗狙撃を続ける骸騎兵が斜め、横合いから出張る。

 骸騎兵は前後列を交代させた。底碪式銃を連射する重騎兵が前、曲射で矢を放つ軽騎兵が後ろ。

 髑髏騎兵は死んでも前に出て何とか逃げる遊牧騎兵に食らいつくという発想で生まれた。後退の精神は持たず、創立当初には存在しなかった連射される矢弾の雨を受けて解けるように潰れていく。

 続いて森から出ようとした敵騎兵の一団が見え、それは直ぐに引いた。髑髏騎兵でも後退のラッパが吹かれるがもう手遅れの段階にあり直射と曲射の爆発する擲弾矢で壊滅的状況へ陥り、槍と抜刀と拳銃の突撃、綺麗に整った横隊に似合わぬ女の化物のような絶叫が混じった『ホゥファーウォー!』の喚声で一部の馬も人も戦いを忘れて混乱、そして直撃を受けて散り散りに崩壊。逃げる背中には嗤いながら放った矢弾が食い込んだ。

 狂った振る舞い、精緻な統率。あれが兵士の完成形なのか?

「再度前進させます」

「そのように」

 一時後退を中断し、再度前進。骸騎兵と交代するように――彼等は予備として後方へ行く――前へ。

 森で丘の敵陣地に近づく。凍土や木の根で相当掘り辛かっただろう塹壕線も狼頭と魔術兵の力で早くも形になっており、セレード軍にあんなことが出来る魔術兵がいたかなとふと思った。余りいなかったような。魔術より弓馬と人材発掘をそもそもしていなかった気がする……集中が乱れている。骸騎兵に助けられて気が抜けた? 指揮棍を掲げていたはずの手が下がっていた。再度上げる。

 馬を前へ、隊列より五歩前……馬上ならどうだ、五馬身前か?

 バシンカルが隣に、馬の上に立って隊列側を向いて刀を振り上げて声を掛ける。

「ホゥファー!」

『ホゥファー!』

「ホゥファー!」

『ホゥファー!』

「ホゥファー!」

『ホゥファー!』

 気合を入れ直した。無傷の一時後退で気が抜けたのは自分だけではなかったらしい。

 正面では兄と突撃部隊が遠距離ながら銃撃戦を開始している。小型の歩兵砲も火を吹いている。損害を受けながらも国外軍砲兵は森を揺らして煙と雪を舞い上げる砲弾を撃ち込んでいる。木の先が揺れ、幾つかは倒れる。

 敵陣地から、森と雪と爆音で反響が鈍いが軍楽隊の演奏も聞こえて来る。低音だけが響いて曲名はまだ定かではない。

 セレード団に向かって銃弾に砲弾が飛んでき始めた。正面程濃密ではないようだが軽騎兵には辛い。駆歩へ増速。

 機関銃座から連射される銃弾は我々の足元の雪と土に次いで肉と血を弾き続けて止まらない。自分は今、あんなのに向かって突撃しているのか?

 距離が詰まる度に騎兵が倒れる。バシンカルも血を散らして落馬、自分の右の耳元を弾が高く鳴って過ぎ、左耳がチクっとなる程度で過ぎていった。連射の隙間を抜けた。何で生きている? 襲歩へ加速。

 曲名が分かった。アルギヴェン朝中興の祖を題材にした”ラズナレク大王行進曲”だ。こうして聞くと中世の人間なのに近現代っぽい曲だなと思う。

 身体ふわっとする。軽いという感じでもない。

 こんなので逃げたらセレード弱兵と嗤われる。死んでもご免だ。年寄りのようには恨みはないが、なめられるのは死んでも嫌だ。

「頭領が先頭だ! 突っ込めぇ! エデルト野郎をぶち殺せホゥファー!」

『ホゥファー!』

 銃弾幕を抜け、坂道、浅い塹壕と半端な有刺鉄線の隙間を補う逆茂木と、通用? の隙間。手抜き工事かよと思いながら隙間へ馬を入れ、小銃の遊底が壊れて動かなくて焦っている兵士の頭を指揮棍で弾いた。飛ばした帽子に頭皮が張り付いていたように見えた。

 自分のように――偶然と言って良いだろう――塹壕第一線まで抜けた者は少なく、即死の危険があった。第二線にある高所の機関銃座に、樹上の狙撃手に、その辺に一杯いる銃兵に、やってやろうじゃないかと剣に斧を持って昂っている男達。

 頭領が先頭、頭領は孤立、自分は一人のような気がしてきた。足を止めないよう馬を走らせ、拳銃を撃って指揮棍を振って、当たらなくて、とりあえず敵陣の中で逃げ回る。馬が蹴散らしてくれるので馬を頼ろう。

 正面からは兄と突撃部隊が塹壕線に差し掛かっている様子で『びっぽるぎゃっぴれびょるぼるびゃっぴょっぴゃっぴゃー!』と奇声が上がった。

 あっ、と思い出し、馬を茂みへ、木に地形の段差の陰へ移動させる。そして急いで下馬して防毒覆面を自分と馬にも装着する。聞いたことの無い妖精の奇声が聞こえたら……。

 木々の、天を覗く隙間から降ってくる砲弾の爆発が弱まる。分遣軍砲兵の破壊を後回しにしてでも毒瓦斯砲弾を撃ち込んでいるのだ。続いて円筒に翼が生えた毒瓦斯弾頭火箭が空を噴射煙幕で覆う程飛翔し、日が陰って着弾開始。地面に、枝や木に当たって跳ね返って転がって暴れ回り、時に撲殺、噴射煙で焼きさえしてから大量炸裂。大砲には出来ない瞬間制圧。森の中がぐじゃぐじゃになった。

「突撃にぃ、進め!」

 兄の声である。完全に作った隙を突いたようだった。

「ふんがー!」

 誰か分からんが、これを合図に無数の妖精突撃兵が懐に飛び込んだ。

 化学戦に慌てて対応しようと防毒覆面を被り始めるエデルト、ハリキ兵だが対処に遅れて呼吸器を侵食され苦しんでいる。火箭の大量炸裂で声の号令は良く届いていない。音色の不気味な化学戦ラッパは響いている。

 正面突撃部隊が頑強な塹壕線へ迫る。拳銃、散弾銃、底碪式銃を撃ちながら前進。迫撃砲が小さい弾幕射撃を行い、防盾付きの突撃砲が移動する前進拠点になって砲撃しながら前進。そして綱で一本に繋がる小型爆弾を幾つも”出産”しながら飛ぶ大型火箭、爆導索を並べて飛ばして絨毯爆撃。爆薬筒で有刺鉄線を破断して突破口を開いて雪崩れ込む。凍土塹壕も時間を掛けた複雑構造ではなく火炎放射器に炙られれば一度で掃除完了。これも狂った振る舞い、精緻な統率に見える。

 側面から突撃するセレード団だが、防毒覆面の装着は少し手間取っていた。毒瓦斯攻撃の真っただ中では無かったために遅れは致命的ではなかったが。

 セレード団は塹壕線前で足止めされ、馬の死体で馬城を作って攻めあぐねている者達と、手抜き線を突破して浸透した者達に分断されてしまっている。これを解消するために、

「機関銃座を潰せ!」

 凍土製の機関銃座、銃眼狙いを出来る奴は出来るがそう全員が冷静に出来る状況ではない。浸透した者達を少しでも集め、手榴弾を投げ込むなり抜刀で中に突っ込んで白兵戦で殺すしかない。ただエデルト兵に白兵戦で怯むような軟弱はわずかで、何回も襲撃したがその度にこちらの兵が死ぬ。あちらも死んでも殺す気迫があって、致命傷を負わせても死ぬ前にと仕返しの致命傷を捻じ込んで来る。毒瓦斯の混乱で優勢になっていなかったら一つも潰せずもう死んでいたはずだった。

 機関銃座を潰し、目印に……エデルト兵の首を両断して銃剣先に付けて掲げ、塹壕線前の部下達に突破地点を知らせる。こんなことをエデルト兵がやるわけがないので良い目印になった。エデルト兵が奪還した時には必ずそのような晒し者を許さず撤去するので取った取られたが直ぐ判別出来る。

 足止めされ分断されていた部下達が丘を登ってくる。国外軍に持たされた爆薬筒で有刺鉄線を破断し、死体で覆って足場にして駆け上がる。

 セレード団の端と国外軍突撃部隊の端が接触した。一瞬、殺されるかと思ったがあちらはこちらをちゃんと認識していた。

 見ただけで二の足踏みたくなる狼頭の装甲兵が間近である。デカくて刀や銃で殺せる甲冑ではない。その振るった円匙の一撃で胴体が千切れ飛び、手持ちの機関銃による掃射は一瞬で数十人を屠る。まるで無敵なようだが、突撃部隊の中間後方に控えている親衛偵察隊の重小銃、軽山砲の狙撃でまた顔面を弾き飛ばされ、甲冑毎胸を抉られ転がり回る。

 接近戦でも火炎放射器を浴びせられれば狼頭は”きゃん”どころではない悲鳴を上げて転げ回り、グラスト魔術使いの襲い掛かる火のような鳥を食らえば即死。突撃砲の近距離射撃、爆弾付き掛矢の打撃爆雷で爆殺。妖精の怯え知らずも極まった銃口を直接口に突っ込む肉薄銃撃に、爆弾抱えての体当たり自爆まで全く攻め手が緩まない。

 このような国外軍突撃部隊の攻撃、狼頭も殺戮されて背中を見せる。エデルト兵も逆襲してやろうという勢いが見えない。そんな先頭を総大将の兄ベルリク=カラバザルが楽しそうに行っている。笑いながら拳銃を連射、決死に剣を持って飛び込むエデルト士官を刀で軽くいなして斬殺。大将首を狙って集中射撃を受けながら突っ込む狼頭は大砲みたいな威力が出る拳銃で散らしてしまった。口だけではないことは聞いていたが……。

 丘を登る。頭領として先頭を心掛けながら、登れ登れと部下を激励。具体的なことはザンバレイ将軍がやってくれるはずので自分は手や指揮棍を振るうだけ。

 段々と閉鎖機を外されたり、砲身を炸裂させたエデルト新型砲や放棄された砲兵陣地が見えて来て敵陣深いと実感が沸く。砲弾を爆破処理する爆音で森が震える。陣地直上近辺だけ木々が伐採されていて、着弾観測所はもっと上か? と見ればハリキ猟兵が樹上からこちらを狙っていた……とっとと逃げろと手を振ったら、木を降りて走って逃げた。

 そして遂にエデルト近衛擲弾兵の鉤型横隊の堂々と直立して肩を並べた戦列が見えて、その中央先頭には斧を片手に持ったヴィルキレク王も見えた。本人が来たのか!?

 近衛擲弾兵の戦列、異常に堅かった。迫る銃弾、砲弾全て直前で転がり落ちていた。噂の全てを凍らせて、何故か矢弾も止めるという先の聖戦では勝てずとも無敗を誇ったヴィルキレク王の奇跡か魔術である。それに守られ、エデルトとハリキの兵は丘、森の奥へ奥へと逃げている。

 兄と王が向かい合った。互いに笑って……どうする?

 木の上から何か降りて来て、振った得物で兄の――避けようと下がったが――左足を消し飛ばした。

 デカい、金髪、聖職っぽい服、聖女ヴァルキリカ! 両勢、大将首晒し合って狩りに来た。

 聖女の顎に曲がり鉄棒が当たって一瞬失神? 次に手押し車の化物が直撃、転がした。そして兄の足元に盾が突き刺さって、近衛擲弾兵が一斉射撃で集中させた銃弾を防いで、盾に鴉仮面が取りついた時には歩兵砲弾直撃、炸裂を持ち応えた。

 姿勢を取り戻した聖女の大箒の一撃、防いだ盾が大量の火花になって削り飛ぶ。

「総統閣下さんは私がお守りするよ!」

「サァニツアァ!」

 聖女が叫んだ。

「ブットイマルス!」

 鴉仮面も変な喚声を上げ、石棍棒と大箒が削りあって互いに破損。石片鉄片が周囲に散って周囲、乱戦の敵味方を薙ぎ倒す。

 後に控えた妖精が「労働ちから!」と投げた鶴嘴を鴉仮面が両手を掲げ背面で受け取る。

「わっしょい!」

 鶴嘴が通り過ぎた後を聖女は空を切って拍手した。砲弾を掴むと言われた白刃取りが失敗した。

「これが労働者の一撃! 悪い聖女様を成敗だ! 成敗、成敗サニャーキ!」

 胸に埋まった鶴嘴が致命傷だったか、どうだったか、聖女が拳で勝ち誇った鴉仮面を砕いて潰して「んぎゃー痛ったぁ!」と鳴かせて――生きてんかよ――そして何と尻もち突いて倒れた。あの大聖女がである。

 現代の戦いで大将首を取ったから戦場が決するということは余り無いと思ったが、あのヴァルキリカ猊下が倒れたとなれば、もう決したようにしか思えなかった。迂闊だったのか、あの鴉仮面が想定外だったのかは知れない。

 ヴィルキレク王の手を振る指示に合わせ、近衛擲弾兵、後方に控えていた予備兵力から負傷兵まで一斉に前進。丘の上から斜面を駆け降りるままのなりふり構わぬような、撤退を捨てた逆襲に感じられた。

 国外軍の突撃部隊は真っ向から受け止めた。兄は寝転がったまま、あの鴉仮面が盾になった状態で拳銃を連射していた。

 消耗して疲弊しきっている上に軽装備のセレード団にはその勢いは止められず、自然と壊走してしまった。自分は逃げる先頭にすらなってしまった。

 逃げながら思い出してしまった。ミイカはどこだ?


■■■


 その後の戦いの詳細は不明だが、両軍、痛み分けのように後退。戦場ではなくなった森の丘からはその後死傷者が回収される。

 分遣軍はファイルヴァイン方面へ退き、国外軍主力は行動停止。骸騎兵は追撃に出たが、最後まで温存されていた近衛騎兵が食い止めた。流石の化物騎兵も連戦で弾薬も不足とあっては痛手を負わせられてもとどめを刺すに至らなかったらしい。

 また分遣軍の伝令がシルヴ大頭領の下へ到着したらしく、丘の戦いの後に呼称マウズ軍が南下してきたが騎兵同士で軽く戦う距離に近づく前に撤退したそうだ。壊滅的に砲兵を失った今の国外軍相手ならもしかしたらとも思ってしまうが……野営中の彼等を見れば無傷の部隊はまだ存在している。あの戦いぶりを思い出すに、呼称マウズ軍程度では恐怖で壊走する姿しか想像が出来ない。

 兄は左足を膝下から損失していた。一応野戦病院へ見舞いに行ったが、

「見ろサリシュフ! 鎖でブッ叩かれたのに切ったみたいになってるぞ!」

 と嬉しそうに治療呪具で治されながら笑っていた。そして止血されたばかりなのに杖を突いて一人で歩き回ったり、乗馬の具合を確かめたり、義足に注文つけたり「生きてたなら感謝状送らないとな!」などと喋ったり、殺しても死なない様子であった。足が削げた分血液が脳と心臓に回って元気になったんじゃないかと思えた。

 聖女ヴァルキリカはエデルト側に救助されたらしい。「剥製に出来たらなぁ!」と誰かが悔しがっていたので見つからなかったに違いない。死んだか重傷かは不明である。

 鴉仮面の女性は皆から『わっしょいわっしょいブットイマルス! わっしょいわっしょいブットイマルス!』と謎の掛け声で褒められ、胴上げされたりして腫れた顔を更に真っ赤にして「ひにゃん」「ふにゃん」などと声を上げて照れていた。

 色々あり過ぎてもう分からない。

 野戦病院に行った目的はもう一つ、ミイカの捜索。誤って、しかし正しく? エデルト側の衛生兵に回収されている可能性もあった。ミイカはハリキ人なので顔で判断された可能性もあった。

 曲りなりにも臨時とはいえ頭領。大声で一人だけ名を叫んで探すなんてのは格好が悪い。それに野戦病院も病院、負傷兵に死人も混じって病床が並ぶところでは静かにするものだ。

「ミィイカァー! 俺だぁ、どこにいる、返事しろぉ!」

 そうしたら病床から起き上がって両手を振る奴がいた。

「この野郎!」


■■■


 幌とその骨を外して車輪止めを噛ませた車を壇上として、その上に自分は立つ。

 一応――元気一杯だったが――総統ベルリク=カラバザルは傷病療養中ということで、妖精のラシージ副司令が登壇。彼……? から書類を二通受け取り、その簡潔な内容を読んでから半数以下、千五百余りに減って馬も足りない同胞達へ言葉を掛ける。

「セレード団を解散する!」

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