第396話「マウズ川渡河」 ルバダイ
船に乗れば人も馬も不安になる。大体、こんな木の何か変な編み物みたいなデカブツは良く分からんし揺れる。地面とは別に上下するのが気持ち悪い。海の方じゃ火を焚いて走る鉄の船があるらしくてもう何が何だか分からない。
「ようやく出番だな!」
「誘い込まれてる」
サリシュフの根暗野郎は悲観的だ。渡る先、マウズ川の対岸で難民が集まって騒いでいるのも雰囲気が悪い。あそこに渡った後はもう悪いことしか起きないみたいな演出になっている。
マウズ川渡河直後を襲撃されないよう我々が出発する西岸には砲列が敷かれている。ここは心情的に、景気付けに東岸の難民共を吹っ飛ばして欲しい。船の着岸に邪魔だ。ナクスィキル兵が対岸に渡せと騒いでいる連中を抑えているが同情的で弱い。威嚇射撃の一発も無いし、晒しに吊られた首の一つも無い。
難民が群がっているところに上陸して、そこへ突撃入れられたらとんでもないことになる。軍が負ければ逃げるどころではないのにあいつら、助かりたいのか迷惑かけて死にたいのかどっちなんだよ。
「誘われた上で勝てばいいだろ」
「そうだけど、渡らなくていい川を渡らされている時点で先が恐いよ」
「分かった! 俺がお前を守ってやるからよ。その代わりお前の姉ちゃん俺に寄越せよ」
「姉上は嫁に行ったばっかりだっつーの」
「姪っ子は?」
「帝国連邦総統の娘なんてどう俺が引っ張って来れるんだよ」
「それもそうだな」
工兵と付近の船大工や樵が増設拡張した桟橋へ船が着く。短いながら自分ではどうにも出来ない恐怖がチラつく船旅は気持ちが悪い。
我々セレード騎兵はナクスィキル兵の次に下船して東岸へ展開。馬と降りた直後から「対岸に渡してくれ!」と難民が押し寄せて来て非常に邪魔。威嚇射撃どころか実際にブチ込まないとならない勢いに見える。
「お前、適当にラッパ吹け」
「え、いいんすか?」
部下のラッパ手に勢い良く、号令でもない音を吹かせたのに合わせて「はいよー!」と馬を竿立たせて拳銃で空を撃てば近くの難民がビビって逃げ始め、誰かが逃げたことに連鎖反応を起こして崩れるように散り始める。
「ホゥファー!」
『ホゥファー!』
と声を合わせれば中々良い具合で絶叫を上げて道が開けて、難民で埋まっていた場所を馬で走り回って押し退けていくように騎兵用の広場を確保。自分の動きを真似て二一二中隊の仲間達も走り、槍を振り回して威嚇。渡る騎兵集団が隊列を組めるだけの広さを確保……あれ?
「サリシュフ! どのくらいこっちに渡すんだ!?」
「第一、二から十六個騎兵大隊七千ぐらい、髑髏騎兵旅団三千、大頭領砲兵連隊で一万越え!」
「おうよ!」
一万とお袋の大砲を並べるっとなれば結構な広さが必要である。サリシュフの二一一中隊、我らが二一大隊総員、それから他の大隊の騎兵も後から手伝いに回って難民を排除。逃げ遅れ、転んだ年寄りはナクスィキル兵に任せておく。
ナクスィキル公領のマウズ川東岸部に騎兵がどんどん渡って来て揃ってくる。視界が人と馬の頭、旗に筒先に槍先だらけになって吐息で雲が出来そうだ。
「おい、これは勝ったぜ、な」
気分でも盛り上げてやろうとサリシュフの野郎の肩を肘で突っつくが相変わらず顔がこう、うぬぬ、みたいな感じだ。便秘かこいつ。
「東岸で大体目の前にいるのは国外軍の騎兵集団で一万ぐらい、こっちと同等か分散してれば実質こっちが上。そこから距離を離してはいるけど連携は可能な位置に三万ぐらいの主力集団がいる」
「大体、同じぐらいなんだろ? お袋の大砲ありゃ勝てるだろ」
「うーん……」
やっぱり便秘かよこいつ。
「お前ちゃんと糞してんのかよ」
「うるせえ。これからの行動目的は敵軍がいかに退却しようが何しようが食らいついて動きを死んででも止める、だ。大頭領の砲兵が決定的敗北を防ぐことになってる。そうして敵を捕捉したら後から渡ってくるこっちの主力を投入して、全滅してでも相手を行動不能にする。住民救助は我々の仕事にしないことで行動は自由。お袋が余計な行動を取らなくていいようにカラミエ人と掛け合った結果なんだが」
「勝てそうなんだろ?」
「今回の虐殺でカラミエ人は激怒している。たぶんかなりな規模で民兵が動員される」
「いいじゃねぇか。本気ってことだ」
「ナクスィキル公軍がここの住民を人質に取られたって理由で戦争離脱の噂が立って、それが否定された上でファイルヴァイン攻めの軍から援軍が派遣されるという約束もついた」
「何時?」
「お前、平時じゃないんだから広報読んでるだけじゃわかんないぞ。会議出たり他の士官とも話してだな……」
「あ!? 馬鹿にすんなよお坊ちゃま、紙っぺらなんざ読むかよ」
「ば、まあいいや。何にしても今救助しなくていいと言われた奴等がいるところに乗り込んで死んででも倒して来いって言われてるんだ」
「あ、それ変じゃねぇ?」
「ナクスィキル公の離脱はともかく、南カラミエ人の歓心を買うのに死ねってことになってる」
「あぁ? エデルト野郎の戦争だからそうなってんのか」
「歓心を買わせるために帝国連邦軍はカラミエ人虐殺を演出している」
「おめぇの兄ちゃんが上手ってことか?」
「誘い込まれた。これから大体全部、悪いことしか起きない」
「そーれは馬鹿!」
根暗野郎の肩を叩く。無駄に頭が良いと無駄なことを考えるもんだ。そうするとこう、ケツが重たい感じになっていざって時に動けない。
先行騎兵集団の集結がほぼ終わる。我々セレード騎兵が上陸していた時は押し黙ったり、わーきゃー悲鳴を上げていた連中がカラミエの髑髏騎兵が姿を見せ始めたら今度はわーきゃー歓声を上げ始めてうるさい。先にこの人気者共を揚げりゃ良かったんだよ。
そして大頭領と砲兵連隊が、第一陣の最後に上陸して各隊整列。第一予備師団の騎兵から国外軍の敵騎兵集団の捜索、攻撃へ移る。撃破出来れば撃破、そうではなくても主力上陸まで渡河地点に寄せ付けないこと。
■■■
難民が列を作る街道の一つを進む。敵の姿は直ぐに見当たらなかったが、まるでこの機を待っていたかのように現れたのは噂の、それより工夫が入った不具者の行列。
行列の先導者はいやにデカい声で叫ぶ。カラミエ語なのでさっぱり。レフチェクコの眼鏡親父が応対に向かったがどうにも話にならず、何だと近寄ってみればその先導者は耳が潰されていて話が通じない。通じないのだが”助けてくれ、腹が減っているし水が欲しい”などと通じないなりに一方的にデカい声で捲し立てていることが通訳で分かった。それでこの先導者が立ち止まっている間、そいつに頼り切りで歩いてきた目が抉られた連中は座り込んで泣き喚く。同情を買うしか生き残る方法が無いとなればこんなに泣くのかというぐらい泣く。女ばかりで声が高くて更にうるさい。
絶妙に意思疎通が出来ない。その先導者というのも何やら敵に恣意的に選ばれた者のようで、顔を見てわかる厚かましさ。こう、業突く張りの商人って大体あんな顔という顔だ。喋る口が止まらない、何かしてくれるまで道は譲らんという強情が見える。
「大隊長! 救助はしねぇんだろ、とっとと先行かねぇと糞にもならねぇぞ」
「分かってる!」
槍を片手にぐるっと回し、先導者に突き付けてあっち行けとやる。座り込んだ連中は、馬から降りて手で押し、蹴飛ばして道の脇へ追いやる。目が見えていないと直ぐに転ぶのでかなり手間がかかった。排除している間にも先に他の者達を行かせる。
我々の大隊が足止め地点から半ば過ぎた頃か、しつこい難民を蹴飛ばす作業を監督していた部下の胴が真っ二つに千切れた。
「砲撃!」
遅れて砲声、いや銃声、その中間?
「乗れ!」
次に散弾が部下と難民に降ってまとめてやられる。無事な部下達が騎乗。
「散れ! 的になるぞ!」
部下達が散って走り、その後にまた散弾が降って雪を跳ね、血を跳ねる。それに砲弾未満銃弾以上の弾が混じって部下の胴を千切って、隣の馬の脇腹を抉る。それから上空で榴散弾が炸裂している様子が無い。
「狙撃! 敵は近いぞ、大砲じゃねぇ、鉄砲だ! 煙見えるか!?」
「北東、丘の上! 百余り!」
部下が指差す方向、角度を付けた大砲じゃなければ届かないような遠方、やや高台にて馬の背に立って手綱を握って眼鏡? が付いた小銃を構える一団が見えた。騎兵に歩兵も少し混じって百人隊規模、あれか! 散弾じゃなくて一斉射撃、大砲未満は壁銃? デカい小銃か。
「あの距離で撃つかよ!」
前進のラッパが吹かれ、サリシュフの二一一中隊の銃騎兵が丘を目指して走り出す。銃騎兵が敵を損耗、疲弊させてから止めの一撃はこちらの槍騎兵が入れる。
『ホゥファー!』
「野郎共、銃騎兵に続け! ホゥファー!」
『ホゥファー!』
我が二一二の槍騎兵も走らせる。最後の突撃に備えて疲れ過ぎないように。
難民を足止めに狙撃しやがるとは上手い手を使いやがる。
丘の上から敵騎兵に撃ち下される。歩兵の方はもう走って逃げている。
ここで逃げれば一部が死ぬ、足を止めれば死ぬ、前へ進めば死ぬけど一矢報いられる。ならば前に進む。後のことは後で考える。ごたごた戦いが長引いたら援軍呼んでとどめだ。
銃騎兵がサリシュフの号令で一斉射撃。数人倒したように見える。
敵騎兵は早くも後退を開始。後退しながらも背面騎射で銃弾を浴びせて来る。二一一中隊の銃騎兵、早くも五十騎は地面に転がっている。銃の腕はあっちが遥かに上手。
丘を駆け上がる。それほどの斜面でもない。敵騎兵は変わらず銃撃を続け、丘の陰に隠れた奴等は曲射に矢を放って降らせてきた。こちらも弓矢を騎射で放つ。
敵の矢はもれなく毒矢のようで、急所ではなくても直に部下に馬が倒れる。中には炸裂する矢があって直撃は即死、爆発は小さいが訓練した馬でも至近なら怯えて身を翻す。爆弾矢? すげぇな、欲しいぞあれ。
馬から落ちている敵兵は変な銀仮面を被り、腕が動く者は逃げる様子もなく座って、馬を盾に出来ればその陰から銃撃。決死の殿になって、狙い澄ます近距離射撃にこちらの騎兵は敵一人に対して何騎も落馬、馬も転ぶ。死ぬ気の殿兵に銃弾に矢を何発も入れても――仮面は対弾仕様で顔が急所じゃない――怯むこともない。射撃で駄目なら馬で踏みつけ刀で頭を割ろうとすれば「総統閣下万歳!」と叫んで自爆に巻き込む。煙と肉片が飛んで隊列が崩される。
殿兵として残った敵は生き残ることを考えずに座って撃って自爆。その繰り返し。
そして臭った。まずいと思った時には馬が嫌がり、走るどころではなく、目や鼻が痛くなって咳やくしゃみが止まらなくなって追撃どころではなくなった。毒瓦斯爆弾が混じっていた。
丘の頂上、上り切ってそれから下ろうとした騎兵の列が短く連続する銃声に薙ぎ倒された。レフチェクコ中佐の髑髏騎兵姿は目立つので、それが千切れたのは良く見えた。
後退ラッパが鳴った。敵騎兵は全て丘の陰に隠れ、矢だけが飛んで来て見える。
「後退! 後退だ!」
馬から先に防毒覆面を被せてやって毒瓦斯対策をしながら半ば上った丘を下る。
下って逃げれば丘の陰から防毒覆面装備の敵騎兵が現れ、射撃しながら追いかけてきた。中には子供、いや妖精を腹の前に乗せて二人一組の騎兵もいて、その妖精も射撃。腹の前ではなく背中の方に鳥人間? もいてこいつらも射撃。
部下が減る。サリシュフの二一一中隊なんてもう二割も残っていないんじゃないか?
背面騎射で矢を飛ばしてみるが敵は巧妙に飛ばしの軽矢でも届かない距離感を維持しながら狙撃を続ける。あいつらも遊牧騎馬兵で、精鋭。
嗤い声が聞こえる。変な爆音、見える砲弾のような物が煙を引いて着弾、爆発、また臭い、毒瓦斯。部隊は混乱で散ってしまった。後から考えたらあれは火箭。
俺達セレード騎兵が世界最強で一番おっかない、なんて思っていたけど奴等は違った。
その日は追われながら逃げまくって、次の日は追われていないか怯えながら仲間を探し、他の騎兵大隊と合流するまで生きた心地がしなかった。空には時々翼を広げた竜が見えて、見つかったら新手の追撃が来るのかとビビった。
敵騎兵による敗北を報告して、良く分からなくなった位置を何とか説明して、さあ逆襲とならなかった。お袋の砲兵も呼ばない。もう敵がどこにいるのか分からない。
ただ進んで死んで逃げ回って惨め。これが負け戦か?
再編の為に後方へ結集出来た第二一騎兵大隊は五十騎以下に目減り。サリシュフの野郎を見つけた時は足が勝手に動いた。
「うえーん、サリシュフぅ!」
「お前うんこ臭いぞ!」
■■■
先行した騎兵集団の多くとは言わないが、二十六個大隊の内八個大隊はあの国外軍騎兵の不具者を使ったような罠に掛かって大打撃を受けて壊走。あの超遠距離射撃、毒瓦斯や機関銃を騎兵戦術に組み込むやり方は正直言って砲兵抜きではどうにもならなかった。お袋の砲兵が支援についた部隊なら大丈夫だったんじゃないかと思ったが、どうやらそういった手厚い部隊には全く攻撃が無かったらしい。動きが筒抜けだったのだ。空飛ぶ竜による偵察が一因で、他にも遊牧民もびっくりの視力を持つエルバティアとかいう鳥頭の獣人がこちらの動向を把握していた、らしい。
騎兵による敵捜索からの撃滅は打ち切られ、主力の渡河を待って合流した。
合流中にも敵の嫌がらせは止まない。増大する不具難民の群れでごった返すことになり、渡河地点の混雑が拡大。耳が聞こえない厚かましい先導者と目が抉られた者達の列という組み合わせがとにかく処理が面倒臭く、指示を聞かず、強引に動かそうとすれば怯えて座り込んで固まるという有り様で、同胞に同情していたナクスィキル兵すらも怒り出す。
そしてロシエではあったと噂に聞いたが、実際に目にすると理解を越える人間爆弾が爆発を始めた。
不具の難民が持ち込んでいる荷物の中身はなけなしの食糧や寝具、着替えだったりするのだがそれに紛れて時限爆弾――爆破前に押収出来た物は薬品が仕切りを時間で融かしてどうとかという仕組みらしい――が仕込んであり、邪魔だが無力な彼等が急に兵器と化した。ただの火薬爆弾だけではなく毒瓦斯爆弾も混じっていて爆発規模に対して騒動は大規模。
軍への人的被害は少数、ほとんど無いと言って良いが、難民達は状況が理解出来ずに更に泣き喚いて何をどう誘導しようとしてもその場で動かなくなって神にただ祈り始めて、一塊になったところでまた爆弾が炸裂するなど混乱が解消されない。時限装置は爆発する時間がばらばらになっているので予測がつかない。荷物検査中に吹っ飛ばされる兵も出て来れば皆が難民に近寄ることも嫌がる。
それから若い少女――大体、世間をあまり知らないぐらいの若さか雰囲気の奴――の難民を中心に、強姦されて妊娠したというような証言があってそんな短期間で腹が膨れるわけがないだろう、お前の恋人か何かか? と軍医が診ている時にその腹が爆発。軍医や助手が怪我する程度の被害が出る。これが一度で済まず、具合が悪そうにしている女の子が急に内臓を撒き散らす光景がそこらで見られるようになってからはもう、何が何だか分からなくなってきた。良い気分にはまずならない。同胞でもないカラミエ人だろうとも見ただけで具合が悪くなってくる。
カラミエ人の激怒ぶりは頭に血が上り過ぎて倒れる者が出る程。これから攻撃に移るということでなければもう暴走して進軍している勢い。
我々セレード人はこんなエグセン、カラミエにエデルトが何だと、外国人の糞みたいな争いに何で参加しなければならないのかと疑問が沸いて来る。
そんな疑問が沸く夜の頃、東から風が吹く時に声が響いた。術によるものと分かり、大きくて東のどこからかとしか分からなかった。
「セレード兵諸君、ベルリク=カラバザルだ。君達の夢を一つ叶える機会をやろう。こっちに来たらエデルト人と戦わせてやる! 捕虜に取ったら全員お前らの手で殺していい。おかま掘っても構わない。戦いが終わったらそのまま国に帰ってもいいし、帰り辛いならこっちに来い! 放牧地に女に家畜もやろう。家族を連れてきたいなら連れて来い。土地はまだまだ余ってる。狭い土地、親から分けられる財産も無い奴、来るなら来い!」
こんな胸の悪い中でちょっとした給料と小さな名誉ぐらいしか得られない状況下でこの誘いである。
この気分の悪い中では離反してやろう! と元気になる者は少ないが、年寄り連中、実際にエデルトに辛酸を舐めさせられた記憶がある民兵が「おお!」と強い声を出して目付きを変えている。隠れ蒼天党みたいな奴なら若いのでもどうしようかと落ち着かなくなっている。
今の自分には年寄り共に”裏切る心算か?”などと脅しを掛ける元気が全く沸いてこない。本来なら沸いてくるであろう諫める気持ちというのだろうか、それが人間爆弾で吹っ飛ばされた気がする。とにかく積極的に何かしてやろうという気に今はなれない。そこまでサリシュフの兄貴が自分達の心を好き放題にこねくり回して変形させているとは思いたくないが。
「おいルバダイ」
「え、な、なんだよ」
サリシュフが袖を引いて来た。尻が落ちる。思わず立っていたらしい。
「俺を置いていく気か?」
サリシュフはあの坊主とかミイカちゃんに、何かあのベルリク=カラバザルの手下だったとかいうおっさんを失っていて根暗に磨きが掛かっている。
「え、じゃ、一緒に行くか?」
「そうじゃないだろ!」
「おう、わかってらい。冗談だっての」
しかしサリシュフの兄貴、あの声、何だかそのまま誘われちゃってもいいかという気にさせてくれる。女の腹吹っ飛ばす光景見せた直後で、だ。何なんだあれ?
■■■
二千騎に迫る被害を早々に出しながらもセレードと南北カラミエ連合軍は、集結せず散開している国外軍騎兵集団を個別に追跡して戦うことや虐殺地域の解放を一先ず断念。マウズ川沿いに下り、西の右翼側面をマウズ川と河川艦隊に預け、国外軍主力撃破へと直進する。
セレード西方派遣軍団一万九千、北カラミエ髑髏騎兵旅団三千、ナクスィキル公筆頭の南カラミエ軍は民兵で増強して一万から三万、合計五万二千の兵力。国外軍主力は三万程度と見積もられ、尚且つ緒戦で我々が降伏させた地域の各拠点を分散して城攻めしているという情報もある。
我々セレード軍には第三予備師団が春には山を越えて合流する。南カラミエ兵は近く怒りの大増員予定。エデルト側の予備役動員が成れば更に追加で北カラミエの軍が送られて来る。ここで勝ち負けはともかく一撃入れて弱らせてしまえば勝利が見えて来る気がしないでもない。
こちらの軍主力は何時でも砲兵を展開出来る慎重さでもって川沿いを進む。
騎兵戦で痛い目を見たばかりで正直気後れはするものの、我々騎兵は主力の北後方、東側面にあまり散開せず付いて側背面攻撃を警戒する。
我らが第二一騎兵大隊は解散せず、他の壊滅的な損害を受けた騎兵隊の生き残りを吸収して定数を充足。サリシュフが亡きレフチェクコ中佐に変わって大隊指揮を執り野戦昇進して少佐へ、自分も滑り込みのように大尉へ。他の大隊長などはほぼ戦死したので代わりはいない。
他所から来た大隊の連中の話によれば、先の戦いだと最初の狙撃で大隊長の頭を吹っ飛ばされたという話ばかりが聞けた。襲撃を受けた八個大隊の内いきなり指揮官狙撃を受けたのは我々以外の七個全てであったという。どうも死んだレフチェクコ中佐の髑髏騎兵衣装が大隊長っぽくないと見られたことが分かる。通訳官ぐらいに見られたか?
主力を護送するようにナクスィキル領を越え、ナクスィトル領へ入り、バールファー領へ入る。一度解放、占領した地域をまた敵地のように進むのは無力感がある。
この川沿いの道では敵騎兵とは遭遇しなかった。どこから襲撃があっても大頭領砲兵が緊急展開出来るように体制を整えていたが、それを分かって嘲笑うかのように陰も見せない。その代わりに見えたのは戦わずに逃げるエグセン民兵と、救助を求めるカラミエ住民である。不具難民など無視という訓令の中、やはりカラミエ兵は助けずにはいられずに独断行動、行軍に少し支障が出た。
それから見えたというより聞こえたのは下流側からの爆轟音。先行して様子を見に行った河川艦隊からの情報によれば敵は堤防、遊水路の水門を爆破して川の水を脇に逃がし洪水を起こしているとのこと。
マウズの大河の洪水は局所だとしても我が軍の行動を制限する規模となり、特に決壊場所近辺は流水の勢いも激しく水温の低さからも渡れず、広がる冬の泥沼を迂回して進まなければならなかった。悪いのはこの中途半端な洪水では新しい川となる程の水深にはならないこと。たまに溝があって水路のようになっても移動用水路ではないから理想の目的地へなど繋がっていない。歩いても船でも渡れないのだ。ひたすら広く浅く川の水が広がり。泥沼を作って勢いが緩んだところで凍って氷の低い堤防が出来て、またそこに水が溜まって越えて広がってまた凍っての繰り返し。
帝国連邦軍は堤防決壊戦術を得意にしているとサリシュフから聞く。兄貴の戦い方は結構研究しているらしくて「誘い込まれている上に準備が整っている」と根暗顔に歯止めが掛からない。
「大隊長がそんな面するんじゃねぇ!」
と背中を叩いても根暗から真顔に変わるだけだ。笑いの一つもしない。
そうして幾つもマウズ川が決壊して出来た凍っていく沼を迂回。遠方からの爆音を聞いた数は十を越え、いよいよ川の水量が減ったせいか堤防の破壊箇所が大規模になったところで河川艦の一部が損傷して戻ってきた。遂に敵主力と砲戦を交えたようで、いよいよ戦闘かと緊張が走った後に、敵国外軍主力が水位の下がったマウズ川を大規模な術で氷結させて西岸へ渡河したという報告である。自分では分からないのでサリシュフに「どうなってんだよ?」と聞く。
「帝国連邦には魔神代理領から借りた特別な魔術使いの部隊があって、シトレを崩壊させた連中なんだけど、そいつらがたぶん凍らせた、冬で水温が下がってるとはいえこのマウズ川を大軍が一気に渡れるぐらいってなるとそうだと思う」
「それで?」
「氷結部に近寄るのはそのシトレ崩壊の大規模爆破術が行われる危険があるからそこを追って渡るのは危険。敵には渡れてこっちには渡れない橋になってる」
「どうまずい?」
「向こう岸に渡った主力はここから北上すれば南カラミエで虐殺し放題。カラミエ諸侯離脱も無くはない。それに今一気に渡河出来たんだから他の位置でも同じように渡河出来る。こっちの岸にいる騎兵集団は付かず離れずこっちを監視して隙が有れば攻撃出来て、撃破しようにもたぶんこの前と似たような結果になって消耗するだけ。こっちが艦隊を使って時間を掛けて軍を分断するような渡河なんてし始めたら挟撃されて全滅」
「どうする?」
「こっちが優位な上流まで戻って援軍を待つ。ファイルヴァイン攻めから引き抜かれた軍と共同すればやりようがある」
「最初から……」
そうしていれば良かったのに、と言おうと思ったらサリシュフに刀の柄で口を塞がれた。それを言ってはならないか。
我が軍は一時停止。お茶でも沸かす時間くらいあるかと思ったら湯か水かというぐらいでお袋は判断を出した。”来た道を戻る”である。
かなりやる気が削がれる選択だが、まともな攻撃が出来ないのだからこれしかなかった。
道を戻ろうと動き始め、行軍隊形へ変形した時にまた新たな展開。河川艦への敵の砲撃が始まっており、爆沈する姿も見えている。
対岸の敵主力が砲兵を展開して川越しにこちらを狙い砲撃を始めた。
そしてこちら騎兵が担当する河の反対側からは難民の群れが走ってやってきた。今更何でこっちに来た!? と思った時、カラミエの髑髏騎兵の一部が思わず助けに出て狙撃されるぞと思ったら人間爆弾、難民が背負った鞄が爆発し始めた。
「難民だろうが撃て!」
サリシュフが命令、セレード騎兵は迫る難民を銃で撃って弓矢で射って殺し、何で撃たれているか分からない難民が一部止まるも多くはそのまま走ってくる。声は悲鳴や助けてというものばかりで悪意は感じられない。
「カラミエの君達も撃つんだ!」
カラミエの連中は反応が遅い。難民も反応が変で、予想されるのは耳が潰されていて、目は抉られていないがたぶん、遠くがぼんやりとしか見えない程度に傷が入っている。こっち側に走って逃げれば助かるかもしれない、などと敵に吹き込まれていると見えた。
人間爆弾の次は、横に並べられたカラミエ人が槍どころか農具だけを持って前進して来た。その背後には軍服も来ていないエグセン民兵が小銃を構えている。その更に背後には少し前に惨敗させられた国外軍の騎兵集団。もしかしたらその更に後方には人質に取られているカラミエ人の女子供。
撤退行動を取って軍全体が動き始めた直後の戦いに弱い時に、西では川越しの砲兵戦が始まり、東からは人間爆弾の次に人間の盾。挟撃を受けるにしてもこれはないだろ!
サリシュフが師団司令からの伝令を受け取って命令を下す。
「主力を撤退させる。敵と難民へ向かって速足、攻撃、前へ!」
二一大隊は攻撃前進、主力が逃げる隙を死んでも作る。馬は速足、弓矢を持って難民を矢で止め、自爆死は一人でさせるように努める。
他の騎兵大隊も集まり、列を作って行く。全騎兵ではないだろうが先の戦いより多く動員されて一万騎に近いのではないだろうか。撤退はするが本気で潰す心算でもある。
カラミエの髑髏騎兵達は、前進して先を行く我々セレード騎兵の後方へと付いた。隊列が整うまで時間が掛るように見える。奴等に合わせるのは癪である。
次はエグセン民兵に盾にされている武装する難民、いや捕虜か。カラミエ人なら遠慮するが我々なら遠慮せずに射殺せる。
エグセン民兵だが、武装捕虜を盾に一発こちらへいい加減な銃撃を加えたら直ぐに走って逃げだした。国外軍も民兵如きには大きな期待はしていないだろう。
「駈足!」
馬を駈足にする。前のように丘の上にはいないものの、十数倍、数千騎もいる敵の騎兵集団。仮面を被って気持ち悪い恰好をした精鋭。
敵騎兵の一斉射撃。弾が横を抜けた、部下が、他の大隊の騎兵がかなり落馬、倒れた。
「銃騎兵構え、狙え……」
先を行く数が減った銃騎兵隊が小銃を構えて撃つ……撃たない? 良く見る。訓練を思い出して我々が使っている小銃の射程の程度を思い出して、有効射程の圏外。
「……まだ前へ、狙ったまま!」
サリシュフは堪えた。我慢がならなかった他の大隊は撃って、命中弾無し? 敵の手前の地面を抉ったようには見えた。
馬は駈足で前。矢が届く距離にはまだまだ至らない。
敵騎兵が再度一斉射撃。またかなりの数の騎兵が倒れた。
「撃て!」
二一大隊に堪えた他大隊が一斉射撃。ほぼ同時に敵が馬首を返して後退、背中や馬の尻に当たって数十騎を倒す。
駆け足そのまま。倒れた敵、動ける者が寝かせた馬を盾に、馬城を作って銃撃を開始。逃げる敵騎兵も背面騎射で銃撃。
馬城の敵へ矢を射掛け、銃騎兵が拳銃を撃ちながら刀を抜いて迫って「総統閣下万歳!」の声と共に自爆で吹っ飛ばされる。
こんな奴等だから他人に爆弾仕掛ける程度、何とも思っていないんだろう。
銃騎兵は全体的に大分減った。背面騎射――後ろ向き乗りしている者も――で銃撃を続ける敵に撃ち減らされて列も薄くまばらになって来ている。
「槍騎兵、襲歩前へ!」
ラッパ手、突撃ラッパ吹奏。
「よっしゃ! ホゥファー!」
『ホゥファー!』
槍騎兵はとにかく全速力で前へ行く。敵の背中は、突撃を仕掛けるにはちょっと遠いと思うが指示は指示で疑う必要は無い。
槍一本を持って空気抵抗を減らす姿勢でとにかく走る。
敵の馬も全速力で走って逃げており疲れて来ている。こちらも疲れている。
敵は背面射撃もしなくなり、逃げ切りに走っていこうとする。追い付けるか分からない。
そして敵は列を交代、手元を動かして小銃を連射しまくる騎兵が前進。撃つのが早く、早過ぎて槍騎兵が倒れまくる、落ちまくる。
かなり死んで、それでも前へ。馬も泡を吹き出しているが一緒に死のう。
拳銃を撃って……当たらず、槍を、連射する銃を捨てて槍に持ち替えようとする騎兵の胸にぶち込んで、落馬させたが手応えが固すぎた。服の下に胸甲か!
槍騎兵、ほんのわずかな生き残りが敵重騎兵の列を突破。セレード騎兵が盾になって壊滅して見送る。
『ウーハー!』
カラミエ髑髏騎兵が止めの突撃に移った。
髑髏騎兵の戦術は、他の部隊が敵を疲弊損耗させた後に初めて走り始めて刀と拳銃だけの軽装備で突撃を敢行、死んでも突撃して食らいつく。背面騎射しながら逃げるセレード騎兵に対抗するための戦術で、馬も調教、品種改良の結果短距離走に特化した中量種。騎手も敢えて身長が低く体重も絞った者が選ばれている。
とにかく髑髏騎兵は速い。死んでも骨になっても突っ込むという気合は本物。
もう動けなくなった馬から降りて別の馬を探す。その脇を髑髏騎兵が走り去って、爆発と悪臭。毒瓦斯弾頭の火箭が髑髏騎兵の行く先を予測して着弾。しかし全体を足止めする規模には至らず、余りに速ければ瓦斯もほとんど吸わずに多数が駆け上がる。
次に敵による機関銃の連射。斜めの射線が重なりあってそこを通過する騎兵が倒れて積み重なり、しかし前進。
更に次に敵の予備騎兵が槍を構えて前進して女の絶叫で突撃。前に一度ラズバイトで聞いた記憶がよみがえるあの耳から神経に響く嫌らしさ。カラミエ髑髏騎兵が勢いで負けそうな雰囲気になって、馬も一部嫌がって突撃を停止、それでも先鋒行く者達が衝突。
そしてこれこそ聞いたことの無い鳴き声、何かが破裂したか変な楽器か、毛むくじゃらで牙と鼻が長い何かの巨大な獣が地面を揺らして突撃! あの髑髏騎兵の突撃が、ほとんどの馬が怖じ気づいて止まって崩れて潰された。鼻や牙で殴られ、蹴られれば馬すら吹っ飛び転がる。しかもその高い背中には妖精が複数いて小銃と機関銃の連射を浴びせる。
何でもありかよこいつら!
■■■
気が付けば仲間達と一塊にされていた。縛る縄は無し、勿論武装無し。部隊はばらばらのようで見知った顔が少ない。
頭というか首が痛いことからたぶん、あの髑髏騎兵の突撃が粉砕されたあたりで誰かに頭をぶん殴られたような感じである。もしかしたら後続の味方の馬に撥ねられたのかもしれない。とにかく記憶に残らないような不意打ち。尻を触れば尻だけの感触で、今回は糞が漏れてなかった。前回はサリシュフに臭いと言われるまで気付けなかった。
血と肉を煮るにおいが凄い。腹が減って来た。見張りの敵兵に囲まれているが、ここは炊事をしている野営地で何となく緊張感が薄くて緩い。敵があの銀仮面をつけておらず、服装はどう見ても人間を加工して作った革製品が混じっているという以外は人間らしい感じで、軍服は我々セレード準拠というかほぼ同じで多少親近感もある。一番は女兵士が上機嫌に鼻歌混じりで出来上がったらしい鍋を味見しているところが妙に戦場っぽくないせいか?
移動は、見張りの兵士が囲んでいる中なら自由らしいので知っている顔を探して歩く。途中から見失ったがサリシュフはいないか? 捕虜になったなら、あいつの兄貴は敵軍の大将だから厚遇されてるかな、とは思うが。
見慣れない人種の顔、かなり東か南か? 目鼻がかなりはっきりした黒っぽい感じの女に鍋で作った汁の椀を渡された。食って良いらしい。指で掬って食うと、血抜きがちょっと足りないような感じの肉団子である。一緒に入っていた腸詰も食うと……分からない、何の肉だこれ? 仲間達も「これ何?」と言う。
皆がある程度食べたところであの椀をくれた女が生首を一つ、髪の毛を掴んでぶら下げて見せて笑った。悪意は無く、じゃーんどうだ! という無邪気さすら感じた。
死んで顔が緩んでいてすぐ分からなかったがあれ、サリシュフお付きの坊主じゃないか?
余り知っている奴じゃないが、サリシュフと四角形談義をしていたり、血は繋がらないが兄みたいな奴だとか言っていた記憶が沸いてきて、吐かなければと思った。あいつの友達食ったなんてあり得んだろ。
仲間達が吐き出し、吐こうとし、椀の中身を地面にぶち撒ける。
「てめぇら姐さんが折角愛情たっぷりに作った温かくて美味しい肉団子鍋が楽しく食えねぇってのかよ!」
女兵士が、何か我々とは違う考えで怒鳴り、八つ当たりのように刀を抜いて近くの一人の首を撥ねた。脅したりどうとかいう風ではなく、思わず何かを叩いたぐらいの軽さだった。
誰か勢い良く立って、その面はサリシュフ……馬鹿、お前、その面は駄目だ。
サリシュフの馬鹿をやると書いてある顔目掛けて自分が持ってる椀を中身ごと投げて当てる。よし、当たった。
女兵士に走り寄って殴る。倒れんか? 結構良い首で太いな。
「俺の……」
ああ、名前覚えてねぇぞあの坊主!
「友達に何しやがる!」
女兵士に掴まれ、踏ん張る間もなく空が見えた。投げられた。
「こいつ元気いいよ!」
「傷つけるな、そいつでやろ!」
『にゃんにゃんねこさんだ!』
何言ってんだこいつら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます