第395話「役に立たたない友達の輪作戦」 ベルリク
エデルト軍復活、と呼ぶにふさわしいかもしれない。まず奇襲、初動の快進撃振りは往年のこれぞエデルト、である。
手に入れたエデルト軍部人事表に対する軍務省情報部の研究によれば、ドラグレク時代の”いわゆる守旧派”というより、汚職派は腐敗一掃で処分された。どうしてもしがらみが多くて嫌が応でも汚職へ断片的にでも関わってしまった”有能な老人”は龍朝天政へ軍事顧問として派遣されている。これはラーズレク前王弟海軍大将やザリュッケンバーク陸軍中将のような者が相当で、そういうことかと納得。老人の美徳としての義理難さは粛清の時に嫌な連鎖反応を見せるものだから物理的に距離を置かせたようだ。どうしても使えない人物は閑職に追いやり、名誉何々長として安い年金で退職願うといったところ。
現在の軍部はヴィルキレクの腹心、言うことを聞く有能で固められている。かなり小さく効率化したというのが前向きで肯定的な評価だが、欠点は幾らでも替えが利く適当な無能の居場所が無いらしいという厳しい評価だ。これは平時には美しいのだが、戦時に死傷者が出まくって欠員が出た途端に汚れて霞んでぐだぐだになる。馬鹿で無能の糞でも回るべきが組織で、傷がついたら価値が下がる美術品ではいけない。今回の戦争でそこまで追い込めるかは難しいが、指揮官狙撃は重点事項とする。
さて目下、我々が対峙するのはその寸評対象外のセレード軍と南カラミエ軍の一派、それから新設のカラミエ大公国公子殿下の髑髏騎兵一個旅団を合わせた四万超でシルヴが直率している。公子殿下は美しい若者の一人に数えられる。こいつの剥製が欲しい。
このシルヴ軍を、武装蜂起して教会派に舞い戻ったブランダマウズ大司教領にまず拘束する。最低でも中部諸邦が、ジルマリアの残酷眼鏡作戦によって総力戦体制へ移行するまでの時間を稼ぐ。
そのために発動するのが名づけて”役に立たない友達の輪作戦”!
砲兵伴う重装の国外軍主力は中部諸邦の羊共を鞭打って誘導する牧羊犬役を務めるので前線での出番は後にし、砲兵伴わない機動力に優れる親衛一千人隊、親衛偵察隊、竜跨隊、”乗馬化”グラスト魔術戦団そして骸騎兵隊が先行してブランダマウズ大司教領内へ入った。補給部隊も毛象と荷車隊に限り軽装高機動に努める。
昔から言われていることだが、役に立たない味方が一人いるということは敵が一人増えると同等である。エデルトの役に立たない味方ことブランダマウズ大司教領は我々の増援だ。内務省軍特別任務隊の扇動により彼等は先んじて武装蜂起を敢行して教会派に復帰してしまい、エデルト軍の要救助対象となって足を引っ張る。いっそ敵なら良かったとシルヴに気付かせたい。しがらみの多さ、それに頼ってしまうのは弱さに繋がる。
ブランダマウズ領内ではまず何時もの民間人への襲撃を繰り返す。それはもう常識を持っていると標榜している国家ならば義心が燃えるように仕掛ける。
いきなり総目玉抉りまでやると刺激が強すぎて諦めがついてしまう可能性があったので様子見を兼ねて救助のし甲斐を与える。木や建物の周囲へ円状に長座で座らせ、圧し折って不能にした腕を縄や服で縛って――器用な奴は折れた腕だけで結ぶ――固定。死傷者、冬の寒さに耐えられなさそうな者を救援までの食糧として各自の膝の上に置いて直ぐに死なせない。そして足が良さそうな者は健常なままにして、家族や友人を助けたいなら救援をしに行けと解放する。
「君、私が誰だか分かるかね?」
健脚そうな若者が首を横に振る。
「悪魔大王とも呼ばれるベルリク=カラバザルだ。このことを伝えたらきっとね、積極的に助けに来てくれるはずだよ。ほら、早く行かないと君の村の皆が共食いを始めるよ」
と送り出したりもする。目印に薪を詰めた教会――大きいし大体高台にある――などに火を点けて救助要請の狼煙代わりにしておく。
シルヴならこんなもの無視するが、エデルト軍指導下、友軍との協調がおそらく重視されている状態でどれほど己を貫けるかは微妙。偉くなると出来ることと出来なくなることが増えてくるものだ。未だに自分が自由にやれているのはそのように組織を作ったからなので、どうだ羨ましいだろと言ってやれる。
きっとシルヴはこの陽動に乗らない。だが南北カラミエ人、そして足手纏いの糞雑魚民兵の癖にきっと我が同胞を見捨てるつもりか!? などと啖呵切ってそうなブランダマウズの糞雑魚指揮官はどうだろうか? それすら無視して勝手にやればいい、と言うのは難しい。
シルヴに嫌がらせをする。シルヴが”嫌、嫌”言っているかと思うと興奮する。言わんだろうけど。
我等は無敗の人民軍
『ヒャー!』
その旗は腸(わた)に突き立ち翻る!
暗闇でも、嵐でも、『平和でも!』一時も休まず、
我らは戦い続ける!
命令せよベルリク
雷鳴の如く、速攻を仕掛けろ!
我等は人民軍
「俺は死ねるぞ!」
全てを差し出そう!
「総統閣下万ざーい!」
『万ざーい!』
我等の勝利の大元帥
その拳を振り上げ『突撃に進めぇいーッャッハー!』
包囲下でも、野戦でも、閣下の側には、
親分ラシージがいる!
『おーやぶーん!』
命令せよベルリク
暴風の如く、鉄火を浴びせろ!
『ぶっ殺せぇ!』
我等は人民軍
全てを差し出そう!
我等が誉れの大遠征
その銃(つつ)で敵に撃ち掛け滅ぼす!
「ばんばんばばばばばぁ!」
荒野でも、吹雪でも、銃剣を並べ、
人食い豚のッ! 心臓へッ! 食らわせろ!
命令せよベルリク
災禍の如く、軍靴を進めろ!
『ブッ潰せぇ!』
我等は人民軍
全てを差し出そう!
命令せよベルリク
行こう、盟友レスリャジン!
我等は『国外ぐーん!』
次なる戦場へェー!
我等に行けぬ土地は無し
その足は血潮に濡れそぼる!
未知でも、彼方でも、火砲を揃え、
無慈悲に撃ち放て!
『どかーん!』
命令せよベルリク
烈火の如く、灰燼を降らせろ!
「今回あんまり焼かねぇな?」
我等は人民軍
全てを差し出そう!
我等の疾風(はやて)の大元帥
その声を張り上げ『生か死か!』
「やっぱ死ねぇい!」
『死ねー!』
攻撃でも、防御でも、閣下の側には、
四駿四狗がいる!
命令せよベルリク
天罰の如く、墓穴を掘らせろ!
我等は人民軍
全てを差し出そう!
我等が不滅の大祖国
『万歳!』
その影で永久(とわ)に統べ守(も)り栄える!
砂漠でも、都市でも、戦いとあらば、
躊躇せずッ! 苛烈にッ! 撃滅せん!
「くたばれエデルト!」
命令せよベルリク
極星の如く、祖国を導け!
我等は連邦軍
全てを差し出そう!
『命令せよ、我等が総統閣下!』
『行こう、三千万同胞諸君!』
『我等は無敗、帝国連邦国外軍!』
『エデルト粉砕! エグセンを血塗れにしろ!』
『総統閣下万ざーい! 万ざーい! 万ざーい!』
役に立たない友達の輪を広めて回る最中、終始兵達が伴奏も無し――ラッパや指笛だけで演奏する奴もいたが――にベルリク行進曲を歌っていたので滅茶苦茶恥ずかしかった。アクファルが逐一背中を指で突っつきながら「にぃにぃ行進曲、にぃにぃ行進曲」とうるさかった。楽しそうに歌って馬を並べて来るキジズくんへの対応方法は自分に分からなかった。八つ当たりでぶん殴るには顔が可愛い。
作戦の途中結果だが、不幸なブランダマウズ領民は激増したものの民兵による局所限定的な抵抗しか見られなかった。途中から目玉を抉った人の列を無傷の誘導要員に引かせてシルヴ軍の方へ逃げるよう何度も仕向けたが決戦を挑まれたことは一度も無い。流石にこちらの斥候狩りが騎兵を討ち取ったことは何度もあるが、情報収集に現地人の限定的保護以上の行動は取ってはこなかった。その状態のままマウズ川を挟んでの睨み合いへ移行した。北、西岸にシルヴ軍、南、東岸がこちら。
友達作戦の結果かこの一万超程度の軽装軍は無視し難いと判断した結果かは不明だが、エデルトの戦略目標であるファイルヴァイン占領のために東側から攻撃するという行動をシルヴは取らなかった。
冬の水位が下がった状態でも川幅は百歩以上あるマウズ川は中々の障害で、こちらが渡河行動を取ると多大に過ぎる危険がある。あちらは河川艦隊と新型の大砲も揃っており、一番はシルヴと術砲兵がいるので渡河自体は比較して容易い。対岸から安全に睨みを利かせるのではなく、こちらと近接するようにして牽制しつつ被害者を救助するという積極的な選択肢もあるはずだがしてこない。してきたなら不具者を大量に送り込んでやるのだが……だからやって来ないのか。
挑発は続ける。末端の暴走を誘う為、まずは工兵に作らせた投石機を使った。古典的な死骸汚物投射戦法用にこういった技術は必修。それで投げるのは生きたままの元気な子供達である。今更髭の生えた汚い野郎の生首なんかじゃ迫力が足りない。巻き上げた錘が落ちる反動で雲梯が動いて鏑矢ならず鏑弾となって甲高い絶叫と共に飛んで、川か川岸に落ちて潰れる。何とか抱きとめようとする者もいたが、子供程度の重量を持つ砲弾の直撃と考えれば結果は分かりやすく両名即死。これは上から落ちてくるのではなく、横合いから飛んでくるのだから当然。
この投石機は林や段差、建物の陰に設置して発射位置を簡単に隠蔽して運用。隠れている上に大した威力も無いが子供で砲撃という許しがたい行為に激怒して対砲兵射撃を敢行してきても良いはずだがしてこない。新型砲、術砲撃、あちらも用いている観測気球、やれば破壊出来ないことはない。シルヴが良く友軍の義心を抑えていると分かる。これで戦っている”つもり”にさせて砲弾を浪費させたかったが目下成功の目処は立っていない。
義心だけではなく具体的な仲間の仇討ちをしたいという復讐心にも火を点けようと試みる。竜跨隊が夜間、無風の時間を狙い、毒瓦斯弾を敵野営地に投下する。敵も防毒覆面は必須装備と身に着けているが、夜中寝ている時までつけてはおらず、こちらに火薬の砲兵がいないこともあって油断していたようでまずまずの争乱を引き起こした。シルヴの能力に鑑み、二度目は迎撃される可能性があったので実行しない。
構って構ってと誘っても構ってくれないと意地悪が増長してしまうものだろう。誘拐した人々を川岸に立って並ばせる。そうすると川岸向こうへ助けてと叫び始めるのでそれは止めない、鳴かせる。冬の川に入って脱出するのも止めない。ただし、対岸から救助に川へ入ったり船を出してきたら親衛偵察隊の狙撃兵が撃ち殺す。無為にして怒りだけを与える。
潜伏した狙撃手の倒し方だが、対抗狙撃手を派遣するか居そうな位置へ素早く砲弾の雨を降らせるぐらいしか方法が無いものだ。個人塹壕を掘らせた上でこの虚しい救助にて敵の対狙撃手砲撃を誘ってみたがやはり撃たない。河川艦隊の砲手が先走って旋回砲を撃つ場面もあったが、基本的には陸の砲兵は沈黙したままである。ブランダマウズ”同胞”の悲劇は無視される。
正面は無理でも別の安全圏から分遣隊を渡してこちらに攻撃して来て貰いたいと願っているのだがシルヴは不動である。逆にこちらが挑発されているかのようだ。
別の挑発方法も残っている。盤外戦術になってしまうだろうか? マインベルト側から二十万とマインベルト軍も入れてそれに数万上乗せし、ちょっと遅れてオルフ領内通過してもう二十万追加でセレード国境に正規軍をべたっと張り付かせて攻める、攻めないの示威行動をさせること。ゼクラグは軍再建計画が数年延びるとも言うだろうが、別に破滅ではない、セレード国内には蒼天党という愉快な連中もいる。電信も使えばあちらに報せが届く前に動き始めることは可能。
次の手に出る。誘拐したブランダマウズ領民を多数川岸に配置した状態で足は折っておいて逃げないようにして、彼等が我々はどこかへ一旦退いたと確認出来るだけ後退する。川岸を完全に無防備にして、どうぞ渡河しても良いですよと譲る。目に見えた罠だが、解放されたと思って対岸へ助けてと騒ぐ者達相手にどれだけ我慢が出来るか試す。
その前に一言お別れを言う。川岸へ行き、対岸の敵の目を集める。拳銃を天に撃って更に自己主張。
「シルヴッ聞こえるか!? ベルリク=カラバザルだ! お互い、エグセン人なんていくらくたばってもお笑い小噺にしかならんよな! 一旦引くぞ、じゃあな!」
風切る音、弾着開始。水飛沫に土、雪埃に火花と氷に鉄片が混じって初弾から挟叉、測量済みか! それからあの異様な甲高い砲声、至近に砲弾命中、乗っていた馬の脚が千切れて転んだ。飛んで受け身、走って逃げる。耳元で石がチュインと音を立てて行った。
撃ちやがった、挨拶に出ると予測していたな!
やっぱりシルヴは最高だ!
砲弾が追いかけて来る。つけた足跡に砲弾が落ちるどころではない、あっちに進もうと思ったところが爆発、散弾が降る。逃走進路予測して射程延長してやがんぞ!
偵察兵がここに塹壕ありますよと手振りするが無視する。お前、馬鹿、シルヴとの追い駆けっこだぞこの馬鹿!
「うぇーやっはっはっひゃー!」
■■■
中部諸邦連合軍のファイルヴァイン出兵手続き完了、第一陣よりリビズ=マウズ運河水運を利用して出兵開始とジルマリアから連絡が来た。内部の人間がやってもそんな素早く出来ないだろうと言う速度である。実際のところは国外軍雇用交渉時点で情報収集が始まり、実績のある現地人強制徴募式臨時集団編制手法から予備計画を立て、秋にあの界隈を襲撃した際にはほぼ最終仕上げに至っていたということで事前準備の勝利であった。
それにしてもジルマリアは天才である。間違いない。カラドス流戦略的分断統率術をジルマリア流革命多角的分断統率術に昇華した。前からその兆しはあったが、形になった。
階層構造を作ることが基本である。歴史、経済的敵対関係を利用、基本は虐げられた側を虐げる側に回して新造、捏造、拡大解釈で対立を煽る。細々調べて適切に組み合わせるという執拗なやり口は素晴らしい。
具体的に、国外軍を上層とする。初期編制立ち上げの徴募布告時に各地へ脅迫を行い、逆らう者達を見せしめに虐殺する仕事が終われば任よりほぼ解放される。後は組織が単独で動き出す。
旧マインベルト属領邦正規軍を中層に置く。同時にマインベルト合邦への工作も進行。この戦争結果から予想される不幸――勝ち負け何れにせよ疲弊した中央から復興名目などで搾り取られる――から逃れる道を用意してやれば大変協力的。何よりもここから下の下層の組み込まれることはないという保証が一番。目前の不幸を回避するのは当然の行動である。一応、彼等の後方支援と称して督戦隊のようにイスタメル傭兵を配置。実際の業務も補給線警備に留まり平穏なもの。
下層には中部諸邦の旧関税同盟派領邦を置き、そこから準最下層に旧教会派領邦、最下層に秋に抵抗した旧教会派領邦を置く。それぞれ順番に背中から督戦する配置になる。
その三下層には国外軍に合流した内務省特別行動隊を政治将校班として細かく分けて派遣し、ならず者や不可触階級などで構成した補助警察で人数を補強。次に管理手法を弁えた貴族、聖職者、大商人と彼等の私兵を督戦隊とし、同情しないように彼等の領民ではない民兵隊を統制させる。
序列は明確、下を見れば己より哀れな者達がひしめき合っている。自分の下の者が死んだら次は自分が死ぬ番になると分からせ、必死に督戦するようにした。戦って死にたくないから下の者を鞭打ち、無理矢理戦わせる仕組みになっている。逃げた場合は不名誉共同体と烙印が押されて故郷の家族、財産が商品となって叩き売りにされることになっていてナレザギーの強欲商会が商店を既に構えている。逆に勇戦して名誉共同体となれば早期帰郷や第二次徴募以降の若年、老年、積極女性徴募が後回しになるともしている。家族のためにお父さん、お兄ちゃんが頑張れるやる気重視の仕組み。
これら大動員はブランダマウズ大司教領で押収した中部諸邦の戸籍名簿、税収台帳により実現した。人と財産の把握あればこそ複雑上下に嫌い合って自立する構造が具体化する。自分が嫌なことを他人に押し付ければ苦しみが先延ばしに、もしかしたら延ばしている間に終戦になるかも? と思わせれば勝手に走り出す。そう組織されている。
大動員に必要な武器弾薬は今まで行った武装解除分と、マインベルトに新型武器を送る代わりに手放させた中古武器で間に合わせている。食糧と資金は最下層ほど重く徴発した。
机上の空論だけならちょっと頭の回る奴が考えるだけでこれくらい練ることは可能。この自走する階層構造を実現する手法、段取りをつけて”受肉”させたからこそ天才。
革命的というのは新しくて凄いという意味もあるが、下剋上の意味合いが強い。下層身分の者達が散々に自分達をゴミや虫と蔑んできた者達を見返せるようにした。また政治将校達が重用するのはこの傾向が強い過激で残酷な者達。これで分断が、たとえエグセン民族意識が醸成されていても為される。数年で数百年の怨恨は消えはしない。
上手く機能すればこの手法で三百万人は民兵として送れることになっている。ざっと対象地域人口の約三割。成人男性ほぼ全て、動ける女性もそこそこ。武器の不足は戦場で拾わせたり、棍棒や農具の支給で何とかなる。人間なんて固くて重たい物で殴れば死ぬんだから、足りない分は勇気と筋力と恐怖で補って貰おう。
強行軍で弾薬不足に喘いでいるだろうエデルト軍に大軍を贈呈する。火の弾ではなく肉の弾をお見舞いする。負ければ当然悲惨、勝っても死体だらけで蝿だらけの汚いファイルヴァインで戴冠式でも挙行すれば良い。想定規模なら春に夏にも至り、腐敗瓦斯で都を満たしてくれるだろう。
哀れな中部諸邦連合軍は一応ブランダマウズ大司教領に関わらない位置から進んで行くのだが、シルヴ軍の妨害があれば途端に麻痺する程度には脆弱。ただ直進するだけに特化した烏合の衆なので横合いから牽制攻撃だとかちょっとでも戦術的な嫌がらせを受ければ何も出来なくなる。であるからシルヴ軍への対処は我々国外軍の役割だ。
■■■
一度渡河地点をシルヴ軍に明け渡した次にどう動いたか? 役に立たない友達の輪作戦がようやく効果をほんのりと現し始めた。
セレード軍は相変わらず北、西岸部で慎重に行動。待機ではなく、こちらの動きに合わせて川沿いに動いている。
南、東岸部には南カラミエ軍が協力する形でブランダマウズ民兵が各所で輪になった愛する足手纏い達を救助していた。つまり分散。
各個撃破を開始する。こうなることは誰の目にも分かっていて、シルヴはきっと制止したんだろうけど人情で動く者達を止めることは出来なかったのだ。邪魔だし死んでくれれば指揮系統が整理出来るからまあいいか、と放逐した可能性もあるが。
分散しているとはいえ敵は怒りに燃える士気の高い者達。こちらも軽率な行動は控える。
まずは空から竜跨隊が作戦地域全体を見渡し、敵の動きの全体像を把握。
空から大雑把に把握した情報を元に、敵の見当をつけるために親衛偵察隊が具体的に情報収集へ当たり、優先攻撃目標を割り当てる。
親衛偵察隊はエルバティア兵導入以降の部隊能力の向上が目覚ましい。遊牧民ですら驚愕する視力は、ちょっとした高台に上げるだけで地平線まで見渡す。偽装した人や物を見分ける目端の良さも人や妖精と比べ物にならず、頭の回転も速くて勘働きに鋭い。欠点は学門に種族的適正が無いことで、比喩表現が理解困難、文字は絵としてか認識出来ず、数字は順に数えて一桁台までしか頭の中に残らないらしい。偵察兵としては妖精と組み合わせて丁度、と言ったところ。
敵の具体的な動きを把握したら騎兵隊を動かし、出来るだけ高所――馬の背に立てば尚更――を取って、定住民の予測が付かない遠方から捕捉して撃ち下ろしの先制攻撃を加える。先制攻撃が叶わないなら攻撃しなくて良いぐらいで、再度攻撃位置を設定する。
初撃は狙撃の軽騎兵。狙撃眼鏡を付けたアッジャール式騎兵長銃で射撃。夜襲を仕掛ける時は初めに銃を使わず弓矢で静音に殺すところから始める。
将官、士官級を優先的に狙撃。基本的には銃声で驚かすような射撃はせず、良く狙って敵の実数を減らすように。
狙撃よりも一斉射撃が有効と判断した場合は偵察兵が砲撃の要領で距離を観測、一斉射撃で弾着を観測し、距離を修正して再射撃。狙撃眼鏡には遠距離射撃用に距離毎に印があるのでただ手の加減で再修正するわけではない。
敵が逃げれば追うが、基本は待ち伏せを警戒して深追い厳禁。無論、やってしまえるなら追撃で殲滅。
敵が迫れば逃げる。後備部隊に頼れるなら疲れるぐらい走って良い。
追ってくる敵が騎兵なら、余裕があれば背面騎射で撃ち殺す。馬の四つ足が地面を離れた瞬間を狙って命中射撃出来るような腕がある者は敵にいなかった。こちらの遊牧騎馬兵は全員。
敵が歩兵だけなら、機関銃車両隊を随伴させれば大きく後退する必要も無く引き撃ちで追撃を諦めさせられる。
追撃がしつこいなら多段の待ち伏せ攻撃を敢行。別働の軽騎兵、高所や逃げやすい森などがあれば狙撃の偵察兵が射撃。
追撃に走れば隊形が崩れる。隊形が崩れると密集し過ぎて仲間が射撃する時に邪魔になったり、逆に孤立して周囲に助けがいなくなって寂しくなったりする。寂しいとは可愛い表現だが、無力感や不安が迫って士気が下がり、逃げても良いのでは? と思えて来て逃げてしまう。皆が勇者ではない。
隊形も崩れ、長距離追撃に疲弊したら底碪式小銃、槍、胸甲で武装した突撃の重騎兵を出して粉砕。こちらの女兵士がもっぱら張り上げる絶叫奇声は敵兵も馬も神経が狂ってしまうようで大層心理効果がある。追う立場ならともかく、追われる立場であの高音を聞くというのは普通無いことでたまげるらしい。
重騎兵を出しても撃破困難な敵に見えたら直接照準射撃用意を済ませた毒瓦斯弾頭火箭を撃ち込む。長距離疾駆して来るような者達は大体にして呼吸の難しい防毒覆面は被っていないのでほとんど通用する。息が上がっているところでは尚更吸い込んで重症化。
重騎兵が待機し、火箭発射機を並べた地点は即席陣地にしてある。機関銃隊が交差射撃用意を整え、車両隊が荷車防壁を作り、毛象はその内側で大人しくする。グラスト術士が魔術で凍土を掘って塹壕を即席で作れば更に固い。木の幹を爆破で圧し折って丸太の確保も可能。岩を砕いて砕石確保も出来る。騎兵隊が追ったり逃げたりする中、安全な聖域として即席陣地を退避場所としても使う。総合的に砲兵に対して脆弱だが、そんなところには近寄らないし近寄ってくるなら逃げる。
しかし相変わらずグラストの術士達は惜しい、正直戦場に出したくない。軽装備で重作業が出来る足の軽い術工兵として活躍して貰いたい。乗馬魔術銃兵ぐらいには仕上げたが、そんな損耗激しそうな使い方はしたくない。
この軍で敵の防御陣地など攻略する気は元から無い。敵が各地で野戦は危険と判断して城に籠って防御を固めたら手を出さない。民兵だけならともかく正規兵が混じっているような村でも襲わない。引き篭もれば襲わないとも暗に宣伝させて無害化させる。
ブランダマウズ領内で細々と戦いを続けたがシルヴ軍は北、西岸にて攻撃しないまま川越しに牽制するまま。エデルト自慢のカラミエ髑髏騎兵の姿は無かったので終始我々が殺していた相手はエグセンで現地登用した南カラミエ兵にエグセン民兵だったことになる。捕虜尋問でも大体その通りの答え。加えて航空偵察結果から考えても、初期からシルヴ軍に加わっていた南エデルト軍の数に大きな差が無かったとも判明。今まで我々が殺していたのは上流側から追加で派兵されてきた部隊だと分かった。南カラミエ人がエグセン人に対して民族意識の高揚から今回の惨劇に対して然したる同情を見せていなかったらしいことは分かっているが、どうやって暴走を止めているのか少し気になる。
■■■
ブランダマウズ大司教より北、今はエデルトに降伏したバールファー公国へ入る前に国外軍主力と一度合流。合流した姿をシルヴに見せてどう動いても危険と見せる。一番はその部下や連合の将官級へ。無視はさせないし、攻撃も手控えさせるが、最終目標は相手に渡河を強いることに変わらない。
ラシージと情報を共有。まずはブランダマウズ各拠点に引き篭もる、分散した敵位置情報の書類を渡す。砲兵伴う重装備部隊をこれから各個撃破に回らせる。この攻城戦を行う姿を野戦の好機と見て渡河してくるなら成功だが。
「シルヴは現状挑発行為に乗らない。手元にいる南カラミエ人でもまだ独走しない。南カラミエ人はエグセン地方で小数派らしく冷や飯食ってきたのと、民族意識向上で蔑視感が生まれたせいかエグセン人を虐めても大して同情しない。敵の能力は、こっち岸に渡っているのは従来のエグセン系基準。セレード軍砲兵は一部が新型砲、後はこちらと同等の従来品。少なくともシルヴ直下の砲兵は初撃で俺を挟叉してきたぞ」
書類を捲って読みながら話を聞いていたラシージの手が止まって、こちらを見た。
「ご自分を囮にされましたか」
「いや、挨拶しただけ。あのな、あいつ俺が出るまで何しようが一発も撃たせなかったぞ。ただ河川砲艦は別だ。水上までは抑えが完全じゃない」
こういう細かい敵艦のことなどは報告書に忘れないよう記載しているが、いざ口頭となると突っつかれないと出て来なかったりするな。
ラシージに袖を抓まれる。ちょっと、子供達にねえ父様とやられるのとはわけが違う感じが……。
「切れております」
「破片効果だな! 乗ってた馬の脚吹っ飛ばしたのはシルヴの砲撃で間違いないぞ」
袖を引かれてようやく分かるような切れ目で裏張りした毛皮の毛がはみ出ない程度。良く気付いたな。
「ご自愛下さい」
「あー、それからシルヴの軍はブランダマウズより下流へ下げないように。友達の輪作戦はこれから北に移って本命を狙いに行く。道中のバールファー、ナイガウ領の解放は二の次で良い、声を掛けて自発的に動かすぐらいはしても戦力割いてまで助けることを第一にするな。そうしている風を装うのは良いぞ。こっちでもそっちでも良いがあっちが好機と見て渡河作戦を実行するよう誘導するように、決戦撃破を目指す。少なくとも一部を削ってこの地域外でも行動する自由が欲しいな。こっちが渡河出来るような隙を見せたら狙っても良いがあっちが誘いを掛けてる可能性は絶対に捨てるな。それから限定的な渡河からの一撃離脱ぐらいなら出来るんじゃないかって希望が持てる程度にはこっちと距離感保っててくれ。各個撃破出来そうな雰囲気作りだ」
「分かりました」
相手の心理を読んで、危険な渡河攻撃に希望が持てるくらいの距離感を維持しろなんて随分な注文をつけてしまった。こんなに難しいことは最もな正解を幾つも選んだとしても絶対ではない。
「セレード正規軍の拘束は必須なままだ。マインベルト軍への装備引き渡しに遅れはないか?」
「ありません」
「国境近くで火力演習を実施させる予定に変更無し。何か不都合があっても準備不足でも強行。その不都合が開戦ならオルフに通行権を事後承認させてセレードに攻め込んで落せ。復興計画は何年遅れても良い。この方針は変更しない」
「その通りに」
では別れようと身を翻そうとしたら袖が引っ掛かる。ラシージはまだ抓んでいる。
どうした? と見ても、どうとも言わない。これが何かその辺の奴なら心配しているとか無理しないでという感じが取れそうなものだがラシージは分からない。馬鹿は止めろと言われている気もしないのだ。
「言い忘れか?」
腕を振ってみたが離れない。いや、何なんだよ。
その後に、あの時のラシージの気持ちをアクファルに占って貰った。生きたエグセン人の頭骨を絶叫と共に素手で剥いた結果、何と脳腫瘍が発見されて穿り出された。そして「じゃーん」と言ってそれ以上何もなかった。つまり何も無いのだ。何にでも意味を見出さそうとするのは愚かである。
■■■
軽装備の先行部隊、主力と分離して北上、南カラミエ地方を狙う。
役に立たない友達の輪作戦はここからが本番だ。ブランダマウズのお友達から南カラミエのお友達へ輪と広げる。現着した時どうなるかは少し前に川沿いで披露した時より酷くなる。ブランダマウズ如きならばともかく、エデルト本領へ参加する南カラミエでこれをやられて尚も静観出来るか? 北カラミエ人による南カラミエ人への同情の念、更に言えば南カラミエ人から友人家族への念はいかばかりか? それは最大限に厚いとしか言いようがない。ならば悪魔的に義理を試そう。
義理は重い。泥沼と分かっても突っ込まなければならなくなる程に重い。これから将来を築こうという相手なら尚更、未来への梃子が働いて無限に重い。
あちらも予期はしていただろうが、しかし無視は出来ずにこちら先行部隊に合わせてシルヴ軍は北上して来る。
こちらも嫌がらせに、軽装備の遊牧騎馬の機動力で素早く北上。重装備のシルヴ軍は砲兵を分離するかどうかの選択肢を迫られ、一歩遅れても砲兵を手放さずに一個の戦力として纏まることを選択した。忍耐の強いこと、感心する。
我々は大砲こそ持っていないが、敵地住民の魂を撃ち出して我慢を破壊し、城門を自ら開かせることが出来る。古くは城攻めの時に祈祷の呪術を用いたこともあるそうだが、それの延長である。士気の操作、意志の左右の重大さは昔から変わらない。川の門を開くのに何人必要だろうか? 根こそぎで足りるか聞いてみたい。
■■■
バールファー公国へ入る。当国は降伏の折にこの戦争には参戦しない、軍税を支払うなど神聖教会圏の敗戦国の伝統に従っている。また兵力は全て宗主国であるグランデン大公国へ送った後で、敗北時に解散した軍を仮に集めても民兵に毛が生えた程度しか徴兵出来ないとは特別任務隊から情報が上がっている。なので通行中に各村、城、都市には現状の通告をした上で食糧物資の提供を呼び掛けた。代金は現金にてその場で支払い、領収書を貰って後で雇い主に突き付ける。一応、現地人の反応としては占領から解放されたと歓迎の向きがあった。戦火再燃には良い顔をしていなかったが。
バールファー領に進入した時に警戒すべきは追いかけっこに懸命なシルヴ軍は勿論だが、東の後背位置から仕掛けられるセレード正規軍。盤外戦術的にマインベルト軍の火力演習が始まって拘束出来ているはずではある。一応斥候は出しておく。出来ていなかったらそう、国外軍は予定を変更して傭兵契約を半ば反故にしてセレードへ侵攻を開始する。中部諸邦連合軍が動き出している今、違反呼ばわりされる気はない。それにセレードは自発的に正規軍を動かしていないだけで中央派から見れば敵対国である。
■■■
バールファー領を通過。シルヴ軍を離してナイガウ方伯領内へ入る。ここまで来れば南カラミエ最大のナイキール公国東岸部も目前。セレード、南カラミエ間の山道とマウズ川源流も同じく目前。
ナイガウ方伯もグランデン大公国を宗主とする一領邦であったが、領内に入る前からカラミエ民族主義の高騰が目に入った。迫害、追放されて難民の列を作っているエグセン住民の姿である。現地に入ればエグセン語表記の看板の総取り換えが目立つ。
現地のナイガウ改め、ナクスィトロナ軍はエグセン正規兵基準。旧ナイガウ兵がほぼそのまま寝返った形で小国ながら完全装備。
まずは圧倒的優位な野戦にて数を減らし、拠点に籠るようならエグセン住民の迫害、略奪に狂奔して移動が活発で捕まえやすいカラミエ住民を捕らえて嬲り殺しにする姿を見せて誘い出して撃破。グラスト術士の集団魔術を大砲代わりにも使う。
シルヴのような統制も無く、民族と仲間の意識の高騰から正義に熱くなって中々に自制心が働いていない連中は本当に殺しやすい。捕虜どころかカラミエ民族旗――意匠はあまり揃っていないので正規品は不明――を焼くだけでも突撃してきた時は笑った。旗の霊力も使いどころ。
そしてここでは現地人の協力を得られた。エグセン住民の抵抗組織を利用して頭数のいる仕事を任せる。難民も帰還させ、更にバールファーからも義勇兵を募って敵から奪った武器を渡して行ったのはお楽しみの大復讐、カラミエ住民の虐殺である。虐殺には指導を入れ、出来るだけマウズ川まで連行してその死体を流して対岸のシルヴ軍へ見せて暴走を誘う。大勢の移動の際には騎兵で囲んで槍で突いて銃で撃って、羊追いの要領で思考を停止させ、個人から群れにすると良い。占領虐殺地域外へは目玉を抉った者を送って恐怖で行動を麻痺させつつ、そこはまだ穢れ無き乙女のように輝かせ、救助の希望があると見せて囮や逃げ場所にする。完全に囲んで死地とはしない。逃げ道があればこそ逃げるのだ。その為にも役に立たないお友達をどんどん紹介していこう。
エデルト王としてカラミエ人の守護者でもあるヴィルキレク王の資質がこれで問われることになる。彼等の救世主たらなければ名が廃り、信用を失い、その資格を失う。そんなわけにもいかないとなれば無謀で割に合わないことも未来に懸けて行わなければならない。
このナイガウ地方におけるエグセン住民迫害はお隣ナイキール、改めナクスィキル公国でも起こっておりそこでも逆襲させる予定。規模は大きく人手が足りず、この界隈のエグセン住民による手を借りることになるが、決して我々にとり役に立たないお友達にはしない。彼等が逆境に立たされた時に義理で助けることはない。むしろ弾避けの歩兵、尖兵戦術として利用するかもしれない。いや待て、別にエグセン人が先頭に立つ必要も無かった。
それからもう一つ。
「アクファル」
「はいお兄様」
「リルツォグト隊長へ伝令。一つ、現状の詳しい報告。二つ、ナイキール公へ領民虐殺の回避は戦争離脱でなされると通達。そしてそれを敵全体にも流布し、ヴィルキレク王の保護責任力を問うて解決目標を増やさせる。三つ、言い回しは任せる」
「はいお兄様」
国攻めの祈祷が通じるか否か、マウズ川を目指して処刑の列に並ぶカラミエ人の数はまだ足りないか?
古くから指導者が占術師を側に置いて来た理由の一つが理解出来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます