第393話「エデルト軍補佐」 ヤネス

 北からはカラミエ、セレード分遣軍――かの”セレードの肉挽き器”ベラスコイ大頭領直率――が侵攻。南カラミエ地方を確保、橋頭堡としてゼーベ、マウズ川上流を取る。流れに沿えばファイルヴァイン直撃可能な位置。

 北東では対帝国連邦軍を名目に予備役動員を終えたセレード正規軍が防御体制で不動の構え。この精強な十五万の戦力が加わったらこの戦争、非常に安心感があるのだが、隙あらば何をしでかすか分からない帝国連邦軍に備えて不動しかない。つい最近セレード国内ではベルリク=カラバザルを崇拝するような蒼天党という過激派集団が反乱を起こしたばかりである。動けないのだ。

 東側ではマインベルト王国が帝国連邦の保護国のような扱いになったという。既に領内へ帝国連邦軍が進駐。隙を見せねば動かないと思われるが、仮に動いた時、あの悪魔の軍団に彼等が加わることは間違いが無い。惨禍は必須、何事も無い内に終わる事を祈るしかない。

 南東では中央同盟戦争以来の因縁のフュルストラヴ内戦が再開。

 イスベルス伯にはアソリウス、統一フラル東部方面軍が助勢。

 旧本家フュルストラヴ公にはブリェヘム軍が助勢。位置的には傭兵としての帝国連邦国外軍も助勢出来るが、重点をそこに置くかは不明。

 ウルロン山脈とバルリー高地に挟まれたかの地方だが、どちらかが勝って統一はなってもそこから先への侵攻は困難が見込まれる。

 当地方より教会派軍が北へ進めばエグセン領邦第二の大国ブリェヘム領。民兵動員まで掛けられれば抵抗は苛烈で、十数万規模の兵力が必要であろう。ほぼ統一フラル軍の半数は必要である。その上、傭兵ではない帝国連邦軍が国境線にて軍事演習を終えたばかりの非常に強力な状態で待機中。これ以上の侵攻は許さないと警告するなり、国境の向こう側から無視し難い挑発を仕掛けて来る可能性もある。ハザーサイール戦争勃発前にも帝国連邦軍は強烈な挑発行動はブリェヘムに対して行っており、その再現があれば北進は至難。グランデンの中央派片手間に戦える相手ではない。

 中央派軍が南へ進む場合でも同様。統一フラル軍が全力発揮出来る土地なので十数万規模の兵力が必要だ。西に進む場合だがウルロンの険しい山岳地帯が延々と横たわっていて攻略は苦戦必須で、その割には勝利しても現地は豊かではなく大した兵力も提供出来ていないので大局には一切影響せず不毛。

 地域外へ戦火を拡張すれば両派、泥沼の消耗が待っている。お互い、そこまで狂った戦い方をしないと願いたい。もしそうなった時、ほくそ笑むのは帝国連邦である。いちいち、悪魔め。

 南のウルロン山脈沿いでは、南北二分するような形で両派が長い戦線を構築している。お互いに山岳要塞を連ねて防御が固く、しかし国は貧しく動員兵力に乏しく、攻めれば負けるが攻めなければ負けない状況。他所が助勢し、苦労して陥落させてもやはり大局に影響しない。終始膠着状態が見込まれる。

 南西では二つの戦線がある。

 一つ目はモルル川沿いのブライヘル司教領国境線近辺。教会派諸邦軍と統一フラル軍の派遣部隊と、ブリェヘム軍を主力とする中央派諸邦軍が睨み合う。こちらには山岳要塞のようなものはない。また中央派が優勢。仕掛けて来た場合は激戦になるが、奇襲攻撃から始まる先手を取っている今は動きが無い。

 二つ目はオルメンとその近くの前進基地。ガートルゲン、オルメン軍主力の教会派諸邦軍、統一フラル軍の派遣部隊、先のフラル戦争で弱体化したスコルタ、パドリス騎士団がグランデン大公の南方面軍とモルル川を挟んで膠着状態。川の北岸、オルメン領の狭い一部が今もあちらに占領されている状況下である。こちらは渡河作戦を実行した側が大損害を被ると分かり合っているので攻めるに攻められない。

 両戦線同時に戦いが始まったとしてもブライヘル戦線が危険である。統一フラル軍はこの奇襲作戦のために、前持ってウルロン越えにて大規模派兵がされていない。そして今は冬、冬の山越えでは大軍を送ることは困難。ただその二つの強大な戦力を、負けるとしても逃がすことはない程度に拘束が出来ている。こちらは盾で、矛はエデルト軍が担う。最悪、血塗れに惨敗しても目的は達せられ、その時、敵戦力は疲弊した後なのだ。

 西では、矛であるエデルトのイーデン軍がマウズ川入り口を守るインブラットを攻略中。ナスランデンの聖都騎士団街道から速報が入っている。エグセン領邦第三の大国メイレンベルはこの戦いに掛かり切りで余裕は無い。

 先のフラルでの戦いにおけるロシエ海軍の働きを思い返せば、インブラットから装甲艦で編制されたイーデン突入戦隊がマウズ川に入ってファイルヴァインにまで迫れば陥落は目前である。艦砲射撃もそうだが、太い水上補給線の確保は敵地奥まで浸透突破して弾薬不足に陥っているエデルト軍には必須。それさえどうにかなるなら勝利が見える。

 北西ではエデルトのゼーベ軍がメイレンベル北側を抑えながらゼーベ川上流へ進軍。流れにそって下ってマウズ川に入り、少し上ればファイルヴァインは目前。グランデン大公の北方面軍との戦いに勝利すれば、後はカラドスの都まで遮る物はほぼない。

 全般的に中央派の各方面軍、目前の戦いに集中していて身動きが取れない。どこか別の戦線が不利だからと戦力を回す余力が無い。先手を取られ、主導権を握られて後手対応しか出来ないように図られた。

 我々が前進基地より動いて手が出る範囲で優先されるべきはインブラット攻略の補佐である。メイレンベル軍の足を引っ張る。

 メイレンベルの都テオロデンの南方、マウズ川に至るまでの地域には小さな聖領、俗領が集まっており、アンザルマウズ諸邦とまとめて呼ばれている。そこの聖領は敵中孤立状態にあり、開戦した直後にメイレンベル軍に攻め立てられているはずである。これを救出、降伏しているなら再起させてインブラットでの戦いの後背で騒ぎを起こす。もし上手くいったなら都であるテオロデンを脅かし、陥落はさせられなくともインブラットに集中させない。

 部隊は敵領内を浸透突破して騒ぎを起こすので、少数精鋭で足が速い幻想生物兵で固める。

 板金兜、甲冑の上に僧衣羽織った口輪付きの人犬。機関銃を持ち帯剣する。何にしても先頭。五十名。

 同じく板金兜、甲冑を付けた竜騎士と角馬の装甲重騎兵。かつては騎手に対して馬が貧弱過ぎたが均衡が取れた。二十騎。

 奇跡使いを乗せた翼馬騎兵。突撃騎兵のような役割は基本果たさない。二十騎。

 空飛ぶ斥候である天使。言葉を使えないことが少々不便であるが読み書き可能。八名。

 そして教会最強である聖女猊下、御出陣。姉妹イヨフェネが”指導者が前線に出るなどもってのほかです!”などダメダメダメダメと言っていたが、猊下以上の適任はいなかった。現地聖領の者達を、たとえ降伏していたとしても無理矢理再起させて戦わせるようなことが出来るのは第十六聖女ヴァルキリカ以外にいない。”伝言です”と伝えたところで覇気も信心も薄い返事で濁されるだけである。


■■■


 長いイーデン川全体を完全に監視することは出来ない。川と沼と草原の区別すらあやふやな葦原から川岸にまでせり出す林に藪、砂場に岩場、河岸段丘に大小の港とあり、冬場となれば凍り付く箇所もあるが全面ではなく、氷の厚さも一定ではない。人通りの無い箇所の積雪も一定ではない。大軍を渡河させられる箇所は重点的に守られ、そうではない監視が緩い地は幾らでもある。だから悪路、街道から外れた荒れ地から渡る。聖女猊下を渡すからには綺麗なところを、とは言っていられない。

「子供の頃はこうして遊んだものだ!」

 数年ぶりどころではないのだろう。二十、三十年以上ぶりに”藪遊び”を堪能される猊下は喜々とされている。先頭に立って鎖箒を振るい、藪に細木を根こそぎ、火花散らして石、土にわずか盛り上がりまでも払って道無き道を開平。そのお近くには寄れない。散弾が機関銃のように連射されている有り様。

 道は急造ながら良いのだが、人犬の指揮官として愛馬ゲルリースに乗り出発の時より感じていた違和感が確信に変わる。ゲルリースに道の脇へ行けと指示し、言う事を聞かないので、やはりと更に確信。降りて嫌がる伝説の馬を引っ張る。

 密偵にも見つからぬようにと悪路を進んでいるから、他の角馬と違い齢少なくとも二十半ばを越え、片目も潰れて”かたわ”であり、冬の寒さに無数の古傷も傷んでいるのだから足運びが怪しいのではと思っていたが違った。鞍に付けていた荷鞄を開け、底に隠れていた型の合わぬ銀仮面被りを抱き上げる。

「ご飯やお手洗いはどうされるお心算でしたか」

「我慢」

 仮面を外せば耳が赤いお顔。鞍に座らせ、携行用の硬パンを手巾で包んで握り砕いて粉のようにし、水割り葡萄酒――子供向けはどこまで割ればいいんだったか――を作って油に塩と胡椒を少々お椀に入れて「捏ねてどうぞ」と渡せば赤い指で食べ始める。

「手足の指で感覚が無いところはありませんか。凍傷は怖ろしいですよ」

「無いよ」

「喉が痛かったりしませんか。咳はされていないようですね」

「平気」

「リュハンナ様、ついてきてはなりません。この通り、食べる物がこのようになっています。美味しくありませんし、身体にも良くありません」

「兄弟ヤネス、姉上の初陣首はもっと早かった。兄上は海軍士官候補生とほぼ同等」

 比較対象が一般人離れしていて己の見識で計れる自信はないが。

「公会議で天使の紹介を手伝ったことと人狼戦術報告書でもう成果を上げられているではありませんか。血を流すだけが戦いではありません。その準備段階で既に貢献しています」

「足りない」

 ご家族とどのような文通をされているかは分からないが、負けず嫌いか、焦っておられる。面白くてご家族に負けない、大きなことを書いて返信したいと思うのは自然だろう。

「ある兵士が名もなき手柄首一つ上げたとしましょう。ある兵法者が明日以降教本に載せられるような手法を一つ発表したとしましょう、どちらに価値がありますか? それに教育は十分なものを受けている最中ではありませんか。フラルでは最高のもの、これ以上無いものを受けております」

「んん!」

 唸られてしまった。しかし今日はそういかない。

「それにこのヤネスを口輪で救ってくれたではありませんか。魂を救済して下さいました。誰にでも出来ることではありません。教えをただ正しく説いても困難なことです。これでも足りませんか?」

 黙った。

「教義、軍事、個人、既に三つも功績があります。指を折ってあれこれがあると言えるだけで十分です。これが言えない大人がどれだけいるか数えられません。そしてこの作戦は支援も後背も無く浸透し、逃げ場も無く戦死の可能性が高いです。生きて成長すれば指折りでは数えられない程のことが出来ます。お母上の活躍は、風聞程度しか知りませんが、直接手を下すのではなく文書上でのことで、価値観の差異は脇に置くとして、偉大なのでしょう。そちらに憧れてもよろしいのでは? 直接手を下して得るだけが成果ではありません」

「分かった」

 引き下がると言ってくれ、短刀を押し付けてきた。

「お守り刀にお借りしておきます。ゲルリース、連れて帰るように。お前、言う事聞くだけが主従でも……友人でもないぞ」

 リュハンナ様を乗せたゲルリース、尻をこちらに向けて胸に一撃後ろ蹴りを入れて走り去った。乗馬のお姿は流石東方の出身か危なげなかったので問題無いだろう。しかし何が”うるさい”だ。

 別れてからしばし進んだ後、猊下が言われる。

「私が死んだらお前が引き取れ」

 リュハンナ様のことである。不吉なことを仰らないでくださいと、言葉を返せるほどの立場ではない。

「イヨフェネは自分の仕事で手一杯な奴で器用じゃない。暇な時に甘やかすのが役目だ。お前は大して世話をしなくていい。あれは勝手に自立する」


■■■


 アンザルマウズ作戦はイーデン川を渡って本格始動。目的はインブラットへの敵増援の妨害である。何か大きく、大量の血で持って成し遂げるわけではない。少量の血か、必要が無ければ無血で達成しても良い。またナスランデンの時のように腰を据えて時間も掛けない。素早く次へ、次へと移る。

 川渡りでは難しいことは無かった。聖女猊下、竜騎士、人犬、角馬、百歩以上の幅があって流れは緩い、冷たい川に入って泳ぎ、歩きそのまま対岸。ついたならば酒に乳脂を入れた普段は飲まないような物を飲んで冷え切らないようにする。翼馬は騎手を乗せたまま高く飛び上がって滑空、その後水面を蹴って半ば飛び、走るように進んだ。

 超人とはいえ貴婦人たる猊下はご無事かと渡河後にお姿を見てしまうが、湯気を上げて「腹が減るな」とだけ言われた。天使は周囲を警戒、飛んで容易く渡った。

 そこからはナイセン伯領内。街道を避け、道無き道を、人目を忍んで隠密裏に、天測や方位磁針を使い天使による航空偵察を使って方向を確認、修正して無駄無く進んだ。そうしている内にゲルリースが追い付いてきた。まさかと思って荷鞄を再調査したところ流石にいなかった。信頼していないわけではないが、あえてやりかねないお人である。ここまで来たからにはお連れしなければならなくなるのだ。”これで四つ目”などと言いかねない。腹の下にしがみついてはいまいかと覗いたがいなかった。鼻を利かせても残り香以外は無かった。

 道中、住民の目に触れないということは無かった。川沿いに発達した領内は人口が多い。人々の反応は逃げ出し、怯え、理解不能とただ棒立ち、己に関係無しと無視、様々である。

 敵の騎馬斥候に伝令、村落警備の民兵、戦場に向けてある程度纏まって縦隊行進する歩兵中隊、車体の外にまで食糧を吊るしてこれは商機と目が血走る商人まで色々と出くわす。基本は無視し、可能なら隠れてやり過ごす。勿論容易に撃破出来る対象ばかりだが今は騒ぎを起こさない方が良い。

 姿は察知されても程度がある。良く分からない集団が何かしている、程度ならまだ良い。聖女率いる化物軍団がアンザルマウズに向かって悪路直進中にて迎撃準備されたし、ではいけない。まだ目立つ段階ではないのだ。勿論、戦闘しかない場合は一気果敢に恐ろし気な姿でもって圧倒、急襲して白兵戦による瞬殺の後、口封じに皆殺しである。口を閉じさせる方法が他にもあるなら殺生、避けたいが。


■■■


 ナイセン伯領を抜け、森の深いザフリン公領はより難なく抜けてアンザルマウズ諸邦地域へと入る。

 アンザルマウズとはマウズ川下流域の意。諸邦に数えられる俗領は三つ、聖領は四つで飛び地になって、その内一つだけがゼーベ川に近い位置にある。何故そうなったかはカラドスによる領地の引き剥がしと恩賞から始まる婚姻継承や俗から聖への喜捨の果てなので深く考えても仕方がない。

 ザフリン公領に接し、またマウズ川を跨いで本領が続き、そしてその四つの飛び地を抱えるレイヒェホン修道共和国領に入る。本領は中央同盟戦争時には帝国連邦の前身、ベルリク=カラバザルの傭兵軍によってメイレンベル挑発のために壊滅的な被害を受け、川沿いは復興しているがその他は今でも惨劇の跡が残る廃墟が点在して草木に飲まれつつある。雪を被れば見えないところもある。尤もそれを雇ったのは教会であるが。

 領内の様子は平穏に近い。メイレンベル兵が最小限の人数で警戒中だが、中央同盟戦争以前の姿とほぼ変わらない。当時は警備その他はメイレンベル大公の寄進という形で委託していたのだ。実質メイレンベルの属領で、名目上では聖なる神とその代理人の僕で、今日のこの緊急事態では名目上抵抗してから降伏を受け入れたという様子。

 ここからは目立った行動を起こす。誰もが、直接見た事が無くても分かってしまう巨大な聖女猊下が堂々とメイレンベル兵の目の前に現れ、相手が呆気に取られている内に一人の頭を手の平で包むように握り、熟した果実のように潰す。このように何者であるかはっきりさせてから、怯えて逃げれば良し、そうでなければ異形の我々が突撃して弾薬は温存、刀剣にて殺し尽くす。

 宣伝である。あの第十六聖女ヴァルキリカ自らテオロデンへ直接切り込みを掛けるのではないかという懸念を撒き散らす。これにてインブラット防衛に集中させない。

 これは首都への脅威と同時に、もしかしたらここで大将首を取ればこの戦争を有利に進められるのではと思わせるのだ。権謀術数様々あろうが、指揮官を囮にするという大博打は”大当たり”を目前にした者の正気を狂わせる。

 そうしてからは諸修道院をまとめる中心、ここではこの修道共和制を確立した聖人の名を取る聖フィエラ修道院へ向かった。

 そしてそこにいる総長、老いて痩せたる修道院長を呼びつけた聖女猊下はこう言った。

「聖職俗民一同、死ぬまで戦え」

「既に少ない兵士達は武装解除し、この戦いには参加せぬと誓約を交わしております」

「その誓約ならば重大危機から身を守るために神が赦される一時の信仰心の秘匿であることは明らか。今、秘匿の必要は無くなった。だから共同体を守る義務を果たし、戦い抵抗せよ」

「信仰心の秘匿……」

「解釈に疑義があるなら言ってみろ」

「ございません」

「聖なる神と代理人へ信仰と忠誠を誓った記憶はあるか」

「ございます」

「ではそのようにしろ」

「そのように致します」

「手法は問わないがとにかく武装蜂起し、敵の目を引きつけろ。農具でも石ころでも持って、祈る者も働く者も、戦う者は尚戦え。であれば信仰正しく、何事もない」

「仰せの通りに」

「説得力を与える。上手く使え」

 そして聖女猊下が手招きで呼び、共和国総長に与えたのは天使である。この生ける異形を御旗とし、死も苦も何事でもなく悪魔に対して抵抗を続けるのだ。

 そしてしかとレイヒェホン修道共和国が農民闘争の如き武装蜂起したことを見届ける部隊を配置しつつ、他三俗領を巡った。

 アンザルマウズの三俗領は弱小で、聖領に近いことから喜捨も手厚く更に貧しく、そしてレイヒェホン同様に先の中央同盟戦争時に破壊されて更に貧しい。次いでに言えばエグセン人ではなくフラル化していないグラメリス人の末裔で言葉も違う少数民族なので周囲から疎外。一時は聖なる神に許しを乞いながら盗賊行為ばかりしていたという酷い連中だ。

 各領主には荷車に積み重ねたメイレンベル兵の頭を見せて後戻りは不可能と見せ、武装蜂起せよと命令。従えば良し、従わなければ破門し人としての権利を奪って”人狼”刑とし、一家を火刑にしてその保護されない権利をレイヒェホンに渡す。これで一つの俗領が消滅。

 三俗領に対処、飛び地の聖領――遠隔地は除く――へ総長の意向を伝えている間にもアンザルマウズ作戦を察知したメイレンベル軍の攻撃があった。これはまず強行偵察的な小規模派兵から始まり、それらは天使による航空偵察で早期発見、経路予測、道路脇や野営地脇に潜伏してから待ち伏せ攻撃を敢行し、十倍敵であろうとも尽く撃滅した。銃弾弾く重装甲の異形の突撃に耐えられる部隊はおらず、切り伏せるより多くの者が即座に降伏。逃げる者は角馬、翼馬の騎兵が難無く追撃捕縛。捕虜達は修道院に預け、奪った武器は民兵に与えた。

 聖女猊下が北への飛び地を除いてアンザルマウズを巡り、武装蜂起体制を整えて一揆として組織を急造に整えている中で捕虜から重大な情報を入手した。

 一つはヴィルキレク王のゼーベ軍によるエーレングレツァの会戦で勝利して要塞を陥落させたこと。

 二つはベラスコイ大頭領のセレード派遣軍が独自に武装蜂起して独立を取り戻したブランダマウズ大司教領に入ったこと。

 後方から情報がやって来ない今、敵の被害情報が味方の動向を伝える。

 一揆を組織した後は直近のテオロデンへ挑発攻撃の予定であったが、事態の展開から聖女猊下は方針を転換、それはアンザルマウズ一揆衆に託された。貧しい彼等には聖女猊下自ら「メイレンベルの破門大公領内の財産は聖なる神の加護があらず、祝福されず、正当な所有権を持たない。つまり、奪って良し」と略奪許可を与えるに至る。元から無いに等しい規律は崩壊したが、士気だけはただの民兵以上に向上した。教会のお墨付きで略奪出来るのは普通、異教や異端の地に入った聖戦軍のみ。

 インブラット包囲の支援はこの程度で良しとされ、次なる作戦へ移った。尚、天使から万単位のメイレンベル軍がアンザルマウズへ向かって来ているという情報はあったが、これも一揆衆に託された。我々は数少なく、精強であるが体力は無限ではなく、また時間も同様であり、何時までも関わっていられる余裕は無い。何にせよインブラット攻略補佐は成った。


■■■


 我々はゼーベ川とマウズ川への合流地点、アドアイプ湖へ向かった。ここもインブラット同様に要衝。ファイルヴァインの玄関口とも表せる。

 湖は面する町毎に整備された岸壁に桟橋も多数有り、勿論川と違って幅が狭くないので船団整理にも有用である。

 エデルト軍がファイルヴァインへ強行的に入城するに当たり艦隊の支援は最重要と言っても過言ではない。ゼーベ川からは南カラミエの船団、イーデン川からは海軍のイーデン突入戦隊とそれに続く補給船団がここまで到着出来るようになれば現地では補給不可能な新型弾薬を陸路とは比べようも無い程に大量に送れる。中央派がカラドスの都を決戦都市とするようであれば、城壁から市街地から宮殿の手前まで砲弾で瓦礫の山に舗装して行進することになろうが、そのためには膨大な弾薬が必要。

 陸路の補給は時間が掛る上に電撃的な浸透突破作戦を実行している性質上、主要進路上以外の敵拠点の攻略を行っていない。つまりは何時でも横から敵の軽装、非正規部隊に輸送を妨害される危険に晒される。これが足の速い重武装した船団ならば大がかりな砲兵でも展開しない限り妨害されないのだ。水上の鋼鉄要塞はそうしなければ歯が立たない。

 アドアイプ湖には敵河川艦隊が集結している。船が運んでくる部隊に武器も大量。ゼーベ軍の南下を待ち受けるグランデン軍の数は膨らむ一方である。

 天使が偵察するに、ゼーベ軍は間もなくこの湖に到着。偵察騎兵だけで作戦も無くとにかく走るだけなら今日中にも姿を見せられる距離。

 グランデン軍もそれを察知し、北から来るゼーベ軍に対して湖北岸にて横に広い戦闘陣形を整え始める。数は膨大、整列に半日、一日要するかもしれない程だ。これは予備役動員が大分進んでいるとも見られる。国土防衛戦の迅速さか。

 ここで混乱を起こし、迎撃体制を崩すことを企む。大軍の意識を引っ張るためには工夫が必要。エデルト軍補佐に徹するのだ。

 行動の初めは光と音を多用。

 まずは天使による”裁きの雷”にて、敵陣への夜間雷撃。被害よりも閃光と轟音、そして光や月の影に映る翼人の異形が敵兵を惑わす。銃砲の有効射程距離外から一方的に――大奇跡ではないので一撃で二、三名だが――頭の上から攻め立てられる恐怖や無力感は強烈。ロシエに教育させられたばかりのものを届ける。

 夜には明かりが目立つことから、北岸に対して隙の多い南岸の町を焼討ちにして赤い光を対岸から眺めさせる。鹵獲した船に薪を積んで燃やし、北へ向かって流すのも良い手である。

 このように騒ぎ立てれば騎兵が対応に派遣されてくる。騎兵の経路は天使の偵察で丸見えで、これを以前のように人犬、竜騎士による待ち伏せ攻撃で撃滅する。少人数ならば機関銃どころか拳銃一つも必要無い。異形に驚いているところを、角馬が大馬力で騎兵の集まりを薙ぎ倒した後から剣で叩き切って回るだけ。膂力が違い、相手が防御に掲げる剣など打てば小枝のように折れ曲がって身体に食い込む。

 騎兵だけではなく船も上陸部隊を乗せて派遣されてくる。これには翼馬が対応、水上を飛びつつ”追い風”に乗せて尋常ではない走りを見せつつ”浄化の炎”を纏った矢を放って燃やし、時に弾薬庫へ引火、爆発四散。奇跡の炎は燃料から出火しているわけではないので水で消えない。

 小手先の緊急対応の少数部隊では対応不可能と悟ればまとまった数で歩兵、騎兵、砲兵が揃った部隊が二千以上の複数連隊、旅団規模にて行進曲付きでやってくる。

 ゼーベ軍に、エーレングレツァの会戦で疲弊している彼等にここで勝たせるためには相当な陽動な必要。その敵旅団、打ち破ればそれ以上の戦力を回さなければ対応できないと思わせられる。

 敵旅団の動きは天使が把握。待ち伏せ攻撃を警戒して良く軽歩兵や軽騎兵を周囲に張り巡らしていた。そんな彼等でも想定していない奇襲を行わなければならない。

 冷えて氷も張るような湖の中、抜いた葦を頭上に撒いて潜伏。人間なら凍え死ぬ中を待って、予期せぬ方向から我々人犬隊は突撃する。水辺から出て、陸上で布や草を被せて隠した機関銃を拾って敵集団目がけて射撃。小銃担いだ歩兵、旅団の脇を警戒する騎兵、大砲を驢馬に牽かせる砲兵、良く狙って数発撃ったら次の目標へ移していく。連射は敵の密集具合によっては行うが、決して乱射してはいけない。焦って撃ちまくると銃口が跳ねあがって弾丸が敵の頭上を飛び越え、銃身が焼けて故障する。撃つ度、隙を見て銃身を雪で冷やし、連射可能だからこそ狙い撃つ。

 敵は即応体制を取っていて直ぐに仕返しの銃撃。ただの対小銃という前提で作られた兜と甲冑が全弾弾く。ロシエ兵がやったことを、技術体系こそ大分違うが再現している。あの時の無力感を彼等も味わって士気の低下が良く見えて来る。敵士官は「とにかく撃ちまくれ!」と気迫で負けぬように努力している。

 このように足を止めたら、少し離れていた場所に隠れていた竜騎士の角馬重騎兵が出現。普通の馬ならバテる遠距離から襲歩に加速し、対騎兵防御を行う暇すらほとんど与えずに騎兵突撃を敢行、迎撃射撃は人犬同様の甲冑が弾き、意識が我々に向いている隙を突いて激突を越えて縦断蹂躙となる。

 角馬の体当たりは、人は当然ながら馬すら跳ね飛ばして転がして踏み潰して足も取られない。戦意は旺盛、角で刺し殺し、狙って噛み付いて皮と肉を千切って、頭を振って兜の頭突きを食らわせる。竜騎士は正面の殺戮は角馬に任せ、敵陣を通り過ぎる間は左右に現れて来る敵を狙って剣を振り下ろすだけ。仕事の大半は角馬が遂げる。

 横、水中からの奇襲と機関銃射撃。

 それを陽動にして重騎兵の敵陣縦列突破。

 敵旅団に敗北感が染みわたったところで上空から天使による”裁きの雷”による実被害よりも甚大な音と光による衝撃と、衝撃よりも死にざまの悲惨な、思ったより遅く降りかかる”浄化の炎”での火傷と焼死。

 完全弱気、反撃の心構えも失ったところで翼馬の軽騎兵が”光の盾”で輝きながら最後の少ない抵抗する射撃も奇跡で無力化しながら崩れた集団を槍で小突き回す。

 そして最後に、巨体の聖女猊下が彼等の面前に現れて鎖箒で払う。衣服を纏った人間がまとめて液化したように散らばった。散らばる死体ごと、残敵を道路脇へ粒のようにして払って掃除してしまう。

 月明りの下、異形に囲まれて首領と分かる雰囲気を醸す巨人は聖女ヴァルキリカに他ないと、存在を風聞でしか知らない者も直ぐに悟る。ビプロルの変わり種ではないことは顔つきで分かる。

 壊走する敵はあえて放置し、敵本隊に聖女が戦場に立っているという噂を持ち帰らせる。

「おいヤネス」

「は」

「つまらんぞ」

「その通りかと」

 八つ当たりに張り倒されるかと思ったが手は飛んで来なかった。

 引き続き我々はアドアイプ湖南岸を中心に焼き討ちを行った。

 聖女猊下には常に、先陣ではなく最後、とどめをお任せするように心がけた。つい姉妹イヨフェネみたいに”ダメダメダメです”とも言いながら、力の温存をお頼みした。

 無敵と呼ばれるようなお方と言えど不思議の力には限度がある。疲れ切った時、奇跡であろうと魔術であろうと何か源が枯渇し、使えなくなるどころか急病を患ったように死が迫る。敵が千、万と決死で抵抗すれば無敵に見える猊下とて倒れよう。しかしこの夜襲の時、我々がお側にいる限りそんなことなどさせはしない。


■■■


 グランデン軍に対する、ゼーベ軍に集中させない陽動の結果が出た。東への、ファイルヴァイン方面の後退である。あの北向きの横に広い戦闘陣形だが、そのまま東向きの縦に動ける行軍陣形にもなったらしい。偶然か織り込み済みか、憎いところ。

 聖女猊下はアドアイプ湖北岸に到着した弟王に会い、次の算段を練っている。

 もはやファイルヴァイン目前だが、その本命にはまだ手が掛かっていないのでまだ勝利は確定していない。ここで不測の、敵の逆転劇があるとすれば傭兵としての帝国連邦国外軍の到着であろう。

 今回中央派に雇われている国外軍は、アレオン戦争で消耗したとされる五万かそれ以下の程よく纏まった精鋭軍である。アレオン人を百万と虐殺し、現地勢力とも小競り合いを繰り返した後にロシエと現地反乱軍十数万による陸海空同時全周包囲攻撃を凌いだ上に虐殺的な勝利をしたという信じ難い戦果が報じられている。おそらく一個軍としては世界最強。それが東部にて無傷で温存されている。

 ブランダマウズに今居られるベラスコイ大頭領は比肩する者も世界で少ないお方であるが、予備役含んだ十数万のセレード正規軍を率いているわけではない。不遜覚悟で、その数万程度の戦力では世界最強に勝てはしないと評価しよう。

 ベラスコイ大頭領の軍が敗北した時、戦火から遠い東方から援軍が送られ続け、おそらくはファイルヴァインにて血で沼が出来るような戦いに至る。

 悪魔の門、開くか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る