第391話「エグセン奇襲」 サリシュフ

 セレード王国は正規軍を自国防衛に留め置き、大頭領砲兵連隊一千と三個予備師団三万で構成される西方派遣軍団を出兵させた。軍団指揮はシルヴ・ベラスコイ大頭領である。

 後輩に当たる第二予備師団とはウガンラツにて軍人としては初対面。一応実戦は経験しているので堂々と先輩面出来た。年齢的にも正規軍から引き抜かれた者を除いた士官級は年下ばかり。民兵にはやはり爺さんみたいな奴から毛が生え始めたばかりの子供も含まれている。

 第三予備師団もとい第三期士官候補生連隊は訓練未了ということで春先まで名簿上の存在となる。士官学校で顔を見て来たが、自分達も子供と言えば子供だが、その上で見ても子供ばかりだった。髭の生えた顔が一つも無かったと記憶している。

 派遣兵力二万一千はカラミエスコ山脈をセレード側、南カラミエ地方から見れば北東経路から越える。

 春を待たなかった。エデルトは早くても春初めに政治的な宣伝を行い、それから行動を開始するだろうという敵の油断を突く。世の雰囲気は、何れエデルトは動くだろうが冬の内は無いだろう、という見方だったらしい。楽観論が入ればいきなり武力侵攻など有り得ない、である。現実論だと、東で帝国連邦軍が集結して危ういというのに、婚姻同盟中のオルフが危機的状況下にあるのに仕掛ける馬鹿がいるか? である。

 雪解け増水を前に行動し、雪崩が活発化する前に行動し、川や地面が凍っている内に行動し、中堅国程度だったエデルトが大国に成りあがった電撃的奇襲作戦の伝統に則り攻め込む。中央同盟戦争では並の速度、古くと対比して鈍亀とも酷評されたらしいが、汚名返上の機会。

 こちらとしては奴等の主導で動くことは気に入らないが、お袋の直接指揮となれば相殺というところ。

 遂に関税同盟戦争の決着を付ける時が来た。一度関税同盟としてまとまったが、内部は変わらず教会派と初期加盟国や戦中に降伏した者達の中央派に分かれたまま。その中途半端を終わらせる。目指すはファイルヴァイン入城。

 エデルト=セレード連合王国と教会派領邦は中央派を包囲する位置にある。逆を言えば各個撃破されやすいが、先に攻めて主導権を握れば優位になれるとの見通し。

 まだ宣戦布告も、宣戦布告をにおわせる発表もない。我々が山越えの行軍をしている最中に何かしらの言葉が発せられるだろう。そしてそもそも宣戦布告という形を取るかも怪しい。

 我々より先行してカラミエスコ山脈の西、北の経路からカラミエ大公軍のスキー山岳旅団が一個ずつ、先行して南カラミエ地方に入っている。そして現地最有力貴族ナイキール公の娘と結婚している公子が髑髏騎兵旅団を率いて当国を訪問して大公への帰順を確認する、というのがこの作戦の初動。

 現時点であちらの山道確保は成功していると思われる。西、北経路は伝統的に良く使われてきた道で山岳鉄道が国境線まで通っている。失敗要素は少ない。

 カラミエ公子のナイキール訪問はまだ未着と思われる。これは単純に入り口が西側で目的地が東側という距離的な話。目立つ髑髏騎兵が走って領邦に宣伝する行動も含まれている。

 公子訪問の話は賭けではない。ナイキール公が事前に交わした密約を遵守してエデルト側に参戦しているのだ。事実かどうかは目の前を見れば分かる。

 西方派遣軍団が登る山道だが、セレードとナイキール双方の山岳兵が整備しており快適であった。一割損耗ぐらいの覚悟で麓を発ったのに、除雪され砂利が敷かれた道路脇は岩が除去、発破で削られた後が見られる。手摺り代わりの綱も随所に張られ、重量物対応の吊り橋も目立つ。大砲による雪崩予防作業も谷間に響いて来る。補給所も設置してくれているので手荷物は軽めで行けた。ここ数ヶ月で準備した規模ではない。おそらく我々第一期士官候補生達が訓練を始める前から手が入っている。

 お膳立ては素晴らしく、実際の冬の登山は厳しい。寒いは当たり前で、風が吹いて雪を被って尚寒い。山道は足腰にくるので馬に乗りたいが馬が怪我しやすいので轡を引く。

 歩き易そうな平らな道に見えても凍結しているだけの川の上は要注意。氷が薄いこともあれば滑ってどこまでも落ちることもある。太陽が山の陰になりやすいので夜も早く、道から外れないように注意。

 山道滑落の危険は消えないままで飲酒厳禁と来たが、その代わり食事には大量の赤辛子と塩漬け脂が出た。

 身体中に保温の油を塗りまくる。べとべとで気持ち悪いと思ったが、寒さを前にすればむしろそれが安心感に繋がる。臭いも寒さで良く分からない。

 道中の補給基地では石炭で常に火が灯っていて、雪を鍋で解かしてお茶は飲み放題。

 寝る時は皆で馬も合わせて団子になって固まる。遊んだりふざける余裕は無い。

 死傷者数は、喧嘩が無い代わりに落石と落下事故があったぐらいで済んだ。


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 南カラミエ地方に入った。セレードとナイキール国境を示す山道関所、分水嶺を越えると良く分かるのだが北風を山が阻み、太陽が直接当たる。南は暖かいのだ。

 ここはグランデン大公国の裏庭であり、これからは侵攻拠点となる。

 山下りは上りより、滑落と転倒の危険を除けば楽。麓の冠雪の白い森からその先に見える集落が見えてはしゃいで走ると転げ落ちて死ぬのでそこは要注意。

 十分に食ったはずだが痩せた気がする中で下山、麓に到達して川の端くらいしか凍結していないマウズ川の支流の一つを見る。やはり南は暖かい。


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 ナイキールの首都入り。エデルト、カラミエ、ナイキールの旗が並んで立っていて状況が分かる。先に入城しているカラミエ髑髏騎兵達の目立つ軍服があちこちで見られて、女にモテている。ご婦人と二人乗りの野郎なども少々目立つ。一方の我々セレード騎兵はというと近寄る前に女どころか男も逃げ出した。

 実はナイキールとはエグセン語。カラミエ語ではナクスィキルと言い、直訳で北の船。この地で伐採した木材で川船を作り、下流諸邦へ販売していたことに由来。

 都内はカラミエ公子とその妻が共に訪問した後で、祝賀と出征でお祭りの雰囲気である。

 カラミエ民族主義に則り、エグセン語表記が否定される様子が見られ、看板の張替えが忙しい。ナイキール表記がナクスィキル表記に改められているのが一番目立つだろうか。これは言葉狩りだが、エグセン人に都合が良いように表記されていたものを現地人に都合が良いようにとしているので”言葉狩り”狩りかもしれない。

 このナクスィキル到達時点でのカラミエ軍の状況は、既に派兵戦力全てが南カラミエ地方入りを果たした後。中核のカラミエ近衛師団一万二千、先行していた二個山岳旅団一万はカラミエ大公自身が指揮して現地有力聖領バラメン司教領にて南カラミエ諸邦から軍を召集してその数を増大させている最中。悪路奇襲特有の戦力の過少さを補っている。

 ナイキール改めナクスィキル公のように事前工作、密約によりエデルト側に参戦するカラミエ諸邦の数は多いそうだ。元より教会派が多数である。一部のエグセン人領主が親グランデンの姿勢を見せているようだが小勢では抵抗する力も無い。グランデン軍がこの初動に対応出来ていないことから籠城しても援軍は遅く、説得は早いだろう。

 この増強中のカラミエ大公軍はカラミエスコ山脈を源流にするゼーベ川上流を取り、南カラミエ軍召集を待って行動を開始する。川はグランデン大公領とメイレンベル大公領の凡そ国境線を流れ、エデルト軍がファイルヴァインを目指して侵攻する時に要害となる防衛線。それが今、北端部が開幕無血で崩壊した。この崩壊を維持しつつ、何れ来たるエデルト軍主力と連携すれば突破は困難ではないだろう。

 我々西方派遣軍団二万一千は髑髏騎兵旅団三千とナクスィキル軍一万を加えての三万四千の兵力でカラミエスコ山脈を源流にするマウズ川上流を取り、下って召集などを待たず素早く侵攻を開始。奇襲の先駆けとしては兵力十分かもしれないが、主力からの反撃を受けるとすれば不安が多いかもしれない。要塞攻略に限ってはお袋と専属の術砲兵隊がいるのでたぶん、いっそ楽勝。要塞が壁ではなく蓋の空いた缶詰になる。


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 マウズ川に沿ってグランデン大公臣下ナイガウ方伯領へ侵攻を開始した。国境線は既に斥候が見られた程度で空。戦力の集結を試みているのだろう。

 ナイガウはカラミエ語でナクスィトロナと言う。直訳で北の横、北方辺境防衛という程度の意にもなる。領主がエグセン人なのでカラミエ民族主義に則るエグセン語表記否定が降伏後にもされるかは不明。ただ方伯となればファイルヴァインから派遣された非世襲の代官職である。今では事実上の世襲職になっているだけで、カラミエ民族主義には合わない。もし戦争に勝利し、この地をカラミエ大公下の領地とすればそのようにナクスィキルの前例に倣うだろうか。

 ナクスィキル軍には戦闘よりも補給面で期待している。具体的には河川水軍を使っての移動補助と補給である。全軍を船には載せられないが、大砲や食糧を積んで貰って身軽になるだけで足の速さが違う。氷割りをしながらの航行になり、冬季の水量減で夏季よりは遅いがあると無いとでは話が違う。遅れて山を越えて来た第二予備師団も動き始めた河川水軍の力を借りてあっという間に追い付いてきた。敵の迎撃を警戒しないで済むなら尚のこと脚が早い。


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 我等が二一大隊は騎馬斥候として侵攻方向に散開している。他の騎兵隊も同様で、セレード騎兵の特性を生かして偵察と敵騎兵狩りが主任務。

 我々の奇襲速度はそれなりのようで、軍から民間まで、慌てふためく者達を多数発見。出来る限り殺すより脅すようにして生け捕りにし、知っていること――知らないことまで――を吐かせて上の情報部門に証言を上げる。

 雪中、また昼間はやや泥濘化した中を民間人が大層な家具まで車に載せて逃げる姿を後目に進む。道の真ん中に車を放置しやがる場合もあるのでその場合は脇に退けなくてはいけない。面倒である。この遊牧騎兵の姿で先んじて「殺しも焼きもしないから家に引っ込んでろ!」と言っても聞きやしない。カメルス侵攻と中部領邦での虐殺があったばかりなので説得力は確かに無い。別の騎兵隊と連絡を取ったが、どこも逃げる民間人だらけらしい。そして家具満載の車を道に置いて逃げたりは茶飯事で、奪われるくらいならと家を焼く者もたまにいる。

 そんな悪いことする気は無いのにと川を下っていればナイガウ方伯の野戦軍を視認する。その時は行軍隊形のままで、間もなくラッパと太鼓の号令で素早く戦闘隊形へ横に広がり始めた。概算、総勢は五千にも満たない。馬が多めだが駄馬に乗る馬術未熟な乗馬歩兵が多いように見られた。槍持ちがいない、馬の手さばきが雑、集合解散が遅すぎ、走っても鈍い、などなど。

 大頭領に知らせるために伝令を放ち、野戦軍を遠巻きにしながら様子を見る。群れで群れを狩りするように、囲んで待って、逸脱した行動をする弱い者を見つけてそいつだけ攻撃するのだ。施条銃の普及から囲む距離間は大層に伸びてしまって、年寄りの昔話程には一撃離脱の機会は見えてこない。

 我々が敵を拘束している内に髑髏騎兵旅団が先行してやって来た。そして騎馬砲兵隊が騎兵に守られながら砲列を安全に展開してから、観測射からの効力射。砲の防盾の列が中世軍の列にも見える。

 カラミエ軍は全ての装備が新型である。小銃も大砲も後装式で金属薬莢式で無煙火薬を使用していて白煙で視界が悪化しない。

 大砲の発射速度、そして命中率も我々が知っている代物ではない。駐退機付きの速射型で発射の反動が装置で相殺され、大砲が後ろに走らない。元の位置に戻す手間と照準を付け直す手間がほぼ省けている。

 一時期、小口径砲に砲脚付けて弱装発射で制動出来る物を速射砲と呼んでいたがもう時代は違う。これってもしかして、装備が全軍に行き届けば帝国連邦と戦っても割と勝てるんじゃないのか?

 速射される榴散弾に頭を抑えて陣内移動すら制限し、更に我々セレード騎兵で包囲しているので完全に近いくらい抑え込んだ。そして大頭領砲兵連隊が一つ遅れて砲列を敷いて砲撃準備をしたところで発砲停止。白旗を持った騎兵がナイガウ軍に降伏を勧告しに行き、受諾。全て捕虜とした。

 捕虜にした敵将、士官から聞き取りによれば、軍の内訳を聞けば定員不足の部隊は秋までに臨戦態勢が整い、解散命令も無かったので数は揃っていた。しかし全体としての召集が南カラミエ侵攻の報告から間が無く、現時点で三個連隊しか間に合わなかった。冬季で連絡が遅かったのも原因だそうだ。

 我々が通り越した村々があったが、そこを防衛拠点にしようと思ったら現状の通り野戦を強いられたとのこと。

 宗主グランデン大公からの援軍はまだ返事が返ってきているかすら不明で、川下隣のバールファー公からは援軍を寄越すと連絡が来ているが前線には未着。東側のセレード軍を警戒するなら最速で送られて来ることも無いと思っているらしい。

 セレード正規軍五個一万人隊と再編中のカメルス、南ククラナ人部隊はマインベルトやオルフ方面に展開する帝国連邦軍推定六十万――ロシエ侵攻時でも約三十万!――の警戒に当たっており、対抗して予備役を動員、十五万の規模まで拡大しているがそれでも四分の一程度で、相手も攻め込んで来る様子は現状無く、動くに動けない。だがそのもののついでにカメルス領からバールファー領を脅かしており、防御と攻撃を両立しているらしい。

 また予定では関税同盟軍に屈したブランダマウズ大司教領にて、こちらの侵攻に合わせた武装蜂起が計画されているともナクスィキル経由の情報で明らかになっている。大司教領は更にバールファー領の川下隣であり、実質の挟撃。金床と鉄槌の完成か?

 今のところ、あらゆる条件が重なって敵は本領を発揮出来ていない。奇襲は下準備から始まっていて、後はその結果を収穫するようなものになっている。


■■■


 ナイガウ方伯の首都降伏の手順は簡単だった。捕虜を連行し、敵将を使者にして降伏勧告、受諾。武装解除と通行権、物資、軍税の支払いなどを要求。

 降伏手続き中の首都にもナイガウ軍は集結して来ていたが、川の上流にある南カラミエ諸邦の全面支援を受けている三万以上の軍を相手取る力は無く、仮に籠城するならばセレード兵を先頭に突撃させるという脅迫が効いた。

 カメルスでは確かにちょっと乱暴だったかもしれないが世の習い程度である。それよりも中部領邦にて帝国連邦軍が虐殺を行った影響が我々セレード兵にも及んでいることが大きかったかもしれない。ここでも兄の影か……もしかしたら世間話するようにベルリク=カラバザルの弟がここにいるとか情報が流されたかもしれない。言葉も攻城兵器の一つではあるが。

 ナイガウ軍の武装解除はナクスィキル軍に任せ、我々はまた素早くバールファー公国へと侵攻した。

 楽勝、の雰囲気が出て来る。南の温かさもあり、補給も良好で食うに困らず、余裕が出てきた。


■■■


 先と同じく、我々二一大隊は騎馬斥候として先行。敵は少数のこちらを見ても攻撃せず逃げることを常に選択。彼我数の多寡に拘わらず逃げ、その様は整然として領地よりも兵力の集中を最優先にしている。白煙を噴く施条銃で狙撃していくらか敵を撃ち殺したが手応えが無い。向かってくるならともかく、逃げる敵に手応えが無いとは良いことか?

 そして然したる抵抗も無く首都キュペリンに到着してしまった。流石に守備隊も多かろうと、我々は逆襲を受けないように距離を取って警戒待機するも軍の出入りは見られず、勇敢な商人が足早に出入りするのみ。それ以外の人影は限られている。

「大隊長、降伏勧告して来てみます?」

「セレード人が行ってもなぁ……」

 本来の敵意の程度に拘わらず敵と見られて撃ち殺される、かもしれない。髑髏騎兵姿のレフチェクコ中佐でも良いかもしれないが、流石に今、この現場の最高指揮官が鉄砲玉みたいなことをするわけにはいかない。

「アンドリク助祭を連れ立てば、馬から降りて、私達二人で」

 行きます、とアンドリクが前に出る。あまり変わらないが胸から下げた聖なる種の飾りを袖で磨いて、助祭の帽子をかぶり直した。

「それから礼拝の時間の少し手前を狙って、鐘が鳴ってお祈りする姿を見せれば話は通じるなと見られると思いますよ」

「やってみてくれ」

 時間を待ってキュペリンの門前へ二人で白旗を持って歩いていく。自分だけは腰に刀と拳銃は下げるが小銃も弓矢も持たず、実質丸腰。降伏しに行くわけではないのでこんなところだろう。

 門であるが、閉まってはいたものの守備兵が見られない。上を見て銃眼の隙間から銃兵でも構えてはいないかと見るがまるでいない。

 主門の脇、通用門の扉叩きを鳴らせばのぞき窓から顔を出したのは兵士というよりは夜警だ。

「セレード王国軍、シルヴ・ベラスコイ大頭領の名代である。最高責任者に用向きだ」

「お二人だけで? 司祭、助祭さんも?」

「そうです」

「案内します」

 通用門を潜れば前にアンドリクと二人で訪れたキュペリンである。少し歩けば大学が見えて、聖堂のような礼拝堂が見えた。雪が被って景色が変わっているが間違いない。何だか間違った何処かに迷い込んできた気すらしてきた。

「間もなく礼拝の時刻になりますね……」

「助祭さんは寄られるので?」

「私も彼も信徒です」

「セレード人が?」

「私もセレード人ですよ」

「それは失敬」

 大学の聖堂を見ながら、教会の鐘が鳴って美声の礼拝呼び掛けの合唱が――ちょっと遠慮がちというか、声の出し始めが揃っていなかった――響き、近くのあまり大きくない教会へと足を運んで定時の礼拝を行った。礼拝に訪れた人々だが、我々を見ても距離を取るだけであった。

 それから驚くほど何も無く、家の窓から市民に目線は送られながらも市庁舎へ到着。市長が外に出て来て、手には鍵を持っていた。もう降伏する気でいるらしい。

「セレード王国軍、シルヴ・ベラスコイ大頭領の名代である。最高責任者に用向きだが、貴方でしょうか?」

「市長です。無防備都市の宣言をし、降伏いたします。これで虐殺も略奪もされない、でしょうね?」

 かなり疑っている目付きだが、そんなものか。

「武装解除と通行権、物資の提供、軍税の支払い以上は求めません。詳しい数量は本隊が来てからになりますが、略奪や貢納金が目的ではありませんので」

 物資の提供と軍税の支払いは略奪みたいなものだが、殴ったり殺したり犯したり、家を壊して焼いてとそういう行動はしないという約束が前提なので大分優しい。和平後や戦後施政下に入った場合に補償が出る場合もあったりする。強引に奪うのとは違い目録が残るので諸々対応も理知的になろうというものだ。

「そのようですね……」

 市の正門の鍵を受け取り、降伏受諾。

 拍子抜けである。騙されている気ばかりしてくる。

 後に本隊が到着。念の為に本当に市内が無防備か調べて問題無しとされた。


■■■


 キュペリンにて今まで山越えから休みなく行った行軍を停止して一日小休止。次の攻撃目標、今度こそ抵抗が強いと見られるリビス=マウズ運河合流地点へ向けて準備を行う。病人病馬の後送、装備の点検、蹄鉄の調整、色々ある。

 小休止中に全南カラミエ領邦帰順の報告を受けた。決め手はナイガウ方伯の敗北であった。

 今後、カラミエ大公の軍は倍近くに膨れ上がる予定らしい。装備の優劣、不均衡が問題になりそうである。南カラミエ兵の武器はたぶん、前装式で非施条の銃に大砲ばかりだろう。それにしてもカラミエ正規兵の最新のエデルト基準装備が羨ましい。あれは本当に別物だ。

 ブランダマウズの武装蜂起成功の報告も入った。これで運河合流地点まではある程度安全に領内を通過出来る。

 武装蜂起の内容だが、民兵達が隠し持っていた格落ちの武器で補助警察をボコボコに嬲り殺した程度らしい。秋までは進駐軍として国外軍がいたが既に去った後で、蜂起を弾圧するような兵力は無かったとか。

 補助警察というのは何ともセレードでも聞き覚えが無いが、帝国連邦が指導した警察の補助組織で、司法知識も何も無いならず者や被差別階級の者達に武器を持たせて逆差別的に支配、国内を分断統治させるものらしい。まともな警察の方は補助警察という督戦隊がいなくなって悪いことはしなくなったとか。それにしても怖ろしいものを考える。

 そしてバールファー軍だが他の騎兵隊が追いかけてその行方を探った結果、ほぼ全兵力が無傷でグランデン大公領へ逃げたことが判明した。バールファー東側、カメルス国境側の部隊は逃走出来ずに取り残されていたが、これは後にセレード正規軍からの報告で降伏が確認された。

 エグセン奇襲、まだ順調。

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