第390話「嵐の前触れ」 ベルリク
冬までに各二十万編制四個軍集団の軍事演習、初期予定分を終了。人員装備充足率は八割水準で関連部隊等も入れて七十万強を動員した。兵站部門まで入れると多数の国内外民間企業が係わるので計測はしない。
演習では各軍を実際に移動させて補給負荷も確認。どの時、どこまで、どんな種類の、どの程度の量の物資を運べば過不足無いか、不足に備えてどんな予備物資を置いておけば良いかが判明する。完全ではないが、次またやったならばもっと効率が良くなることが保証される出来。
火力機動演習から各軍集団の戦闘能力を推し量った結果、単純に西から優、良、可、不可となる。部隊の古さが熟練度そのままに影響した。
初期予定分に続いて行う追加分は、移動先に中長期で駐留するだけである。何分大軍となればそこにいるだけで途轍もない補給の負担が掛かり、これで得られる情報も次の戦争に生かされる。勿論、動員により脆弱になった国境線に集中配置した内務省軍や各管理委員会の軍事部門、出動待機命令を出した予備役達に対する費用も合わせる。
優の内マトラ軍集団はマトラ低地及びマインベルト王国領内に駐留。
良の外ユドルム軍集団はスラーギィ北部に駐留。
可の外ヘラコム軍集団はヤゴール西部に駐留。
不可の外トンフォ軍集団は諸々の演習成果が不良だったので春から集中訓練を行うのでその準備中。西側担当の第一教導団も派遣して徹底的にやる。ついでに後レン朝からも軍を呼んで共同で行う。頼りにならない同盟は敵より恐いと改めて実感している。
外ヘラコムの連中は、方式は違っても天政式の中央集権型指揮系統に慣れていた。都市国家出身率が高く、他所との連携で不都合はあっても自己完結率の高さは好評。ここが可で踏みとどまった理由。
外トンフォの連中の中でも極東出身者の規律、統率は非正規兵程度にとどまった。王国だなんだと名乗っても部族連合体で、その部族自体が氏族に別れて纏まりに欠けて一つの軍として動く能力に欠けていた。一つ一つの小さな単位ではそこまで無能ではない。大きく纏まると無能。幾ら演習を重ねても意識改革は難しいので、おそらくはあと二回くらい本物の遠征で血を絞るぐらいはしないと駄目そうである。非公式な秘密の噂では長のクトゥルナムが半泣きだったとか。
演習結果――途中だがほぼ結果は出ている――から導き出された軍務長官ゼクラグによる帝国連邦軍への評価は”ただちに攻勢的総力戦を実行するならば根本的な国防方針の軍縮的転換を求められ、現行における軍拡志向への再転換には長い年月を要する”というもの。まだまだ積極行動は不可能である。
現在、演習のついでとばかりに三個軍集団を西側国境に張り付けたわけだが、四十万近い我が軍の圧力を受けているアッジャール朝オルフ王国に対しては攻撃しない証として人質を、そう言わぬ名目で出した。
分かりやすい形で、ガユニ夫人と息子フルースくんにウチの息子ベルリク=マハーリールをベランゲリの宮廷へ”遊び”に行かせた。仲良くなるか喧嘩するかはともかく、あちらの王族と顔見知りになっておくのはいいだろう。子供達も大体歳は同じくらい。
はっきり言って妻に息子は替えが利く。死んでも国家運営に大した障りは無く、むしろ何かしたら報復してやろう、外交的に減点して譲歩取ってやろうと口実が作れるので迎え入れた方には毒とすらなる。ただこの身内を送り出す程の覚悟、という分かりやすさは大事だ。
そして四国協商の実務交渉役としてルサレヤ先生を出張させている。協商参加を渋っているのはオルフだけなので先生を派遣して本気の度合いを見せつつ、実際に交渉を加速させる。先生まで送らせておいて”否”と言うなら相応の覚悟をしろという意味でもある。分かる人物にはこの人まで出してきたか、と納得して頂ける、かな?
ルサレヤ先生は人質どころかむしろ暗殺者にでもなれそうだが、あの人が今帝国連邦からいなくなるとかなり痛い。仮にまた昔のように戦うにしても、あのシクルみたいな使い方はとても出来ない。万骨枯らして将が成ると言うが、先生程となると八百万は要る。大体年齢そのまま、すっげぇババア。
秋までに国外軍はエグセン中部諸邦の降伏宣告行脚を終えた。そして今や関税同盟はエデルトすら含んだ大経済圏へと変態し、後は主導権争いという状況まで一気に進展。腰が重たいはずの聖皇がロシエへ赴いて関係改善、一触即発の状況を解消するなど外交的にも展開は劇的。
一つ。軍事演習、問題もあったがほぼ終了。
二つ。マインベルト王国の安全保障のための進駐完了。
三つ。オルフへの狂言的総攻撃配置も完了。
四つ。今、恒例の北関門の議場にて自分はゼオルギ=イスハシル王と相対し、他にも四国協商主要関係者が集まって顔を合わせている。
悪魔は信仰を試すらしいが、信頼も試してみることにした。
「今一度状況から見て本音を透かしましょう。セレード軍の配置は、予備役を召集せずに五個軍をオルフとマインベルト国境へ配置。予備師団は首都方面へ後退。そしてエデルト軍はユバールからの撤兵が済んで余裕が出来たにも拘わらず主力は全て中央に留めたまま。仮に今私がオルフ侵攻を開始せよと命じた時、何時頃に間に合いますか」
この会議には大陸宣教師スカップに加えて、ユバールから引き上げてきた同大陸宣教師、元人民共和国大統領ジェルダナもやってきている。やろうと思えばジェルダナを使ってオルフ民族主義派、共和革命派を焚き付けて内と外から攻め上げられたという証明である。四国協商、アッジャール朝である必然は無い。オルフである必要は地理的にあった。そういうことである。
「これが完全な狂言だと判断されているとして、しかし国境線に四十万近い兵力が布陣しているという危機に対し、元より大量出血してまでも守ろうという気概があるならば、念のためにセレード軍の一部でもオルフ入りさせ、その後ろにエデルト軍を順次配置させるぐらいするべきでしょう。セレードが言うことを聞かないというのなら聞かせるぐらいの強い説得を譲歩してまですべきです。狂言を偽装した奇襲の可能性は今でも否定されません。さて関税同盟戦争、紛争と言ってもいいでしょうが、どうにも最終決着は見ていないようで予断を許しません。ですが緊急事態だからとエデルトはグランデンに対して何か譲歩して協力要請するなり、予備役動員までせずとも総力戦を見据えた前準備くらいするのが真の同盟国ではないでしょうか。エデルトが見せている備えは己の連合王国防衛以上のものではありません。本件を重く見ていないエデルトは関税同盟戦争の決着に注力する心算と判断せざるを得ません。オルフが攻撃されるのならそれを盾にして時間を稼ぎ、その間に決着をつけようという計画が見えてしまいます。オルフは盾、外付けの装甲、切り捨てるための尻尾という本音が漏れています。普通、同盟国とは流血して国庫を吐き出してでも守るものです。そこまでの準備をしたら国情が苦しいという程度が言い訳になるでしょうか。守ろうとしたら破滅するというのならばまだ同情の余地がありましょう」
ここにマインベルトの外交官がいたら泣くか吐くかしたかもしれない……お、そう言えば外務卿殿がいたな。具合悪そうな顔してるぞ、参ったなこりゃ。
「普通、同盟を守らない場合は戦力不足が言い訳に使われます。今回は遥か遠方だから間に合わない、という言い訳が出来る距離感ではありません」
鉄道は直通、西のエデルト王都イェルヴィークから東のオルフ王都ベランゲリまで悪天候でなければ一日で到着出来る。我が軍がベランゲリに到達するまでに即応一個師団くらいは余裕で送り込めるだろう。
オルフ方からはわざわざ明かしていないがあちらから連絡将校なり外交官なりが到着してウラリカ第一夫人からもどうなっている、どうする心算だとせっついているに違いない。ただ狂言ということで必死に助けてとも言っていないに違いない。今の事態はなるべくしてなっているが、それでも念のためにという素振りすらないのは悲しいものだ。信頼が試された結果である。
「我々帝国連邦は龍朝天政にて、ハザーサイールにて同胞の為ならば世界を越えて血も金も惜しまずというところは証明しております。お父上の南征時のマトラ、五人に一人の割合で前線へ銃兵として出兵しました。流石に今ではそこまでの高倍率とはいきませんが、全人民防衛思想がどれほどのものだったかはまだ実感した方に話を聞けるでしょう。事あればそれぐらいの血を絞り出す覚悟が我が帝国連邦にはあります」
ここの説得力はどこにも負けない自信がある。攻めるにしても守るにしても。
「大ベーア一億の同民族宗教集団と少し外れるが交流は濃厚なセレードという枠組みに対し、外なる異教異民族のオルフがどれ程重要とされているかはもう分かったことです。彼等は西側問題が最重要。未来の大ベーア王にして関税同盟盟主エデルトの尻尾オルフのことは緩衝材としか見做しておりません。これは古来からの対遊牧帝国戦略の延長線上でもありますが。それが嫌なら四国協商の一角になるか、はたまた帝国連邦最右翼になるか。今一度考える必要があると思われます」
ちょっと、思ってはいたけどこんな台詞出て来るかよという言葉が漏れてしまった。尻尾呼ばわりは煽るにしても外交の場での言葉ではない。どうも口が滑る。ゼオルギ=イスハシルの相手に嘘吐かせない魔術ってのは強烈だ。
「国内をまとめるのに時間が掛かります。小細工をする時間が欲しい」
「では予防の防衛条約を結びましょう。連携組織の作成が遅れても表明するだけで効果があります」
防衛条約をこちらと結ぶことはエデルトとの婚姻同盟の破棄という意味にはならないが両天秤に掛ける状態である。不実、日和見の色が出る。
「それは直ぐにでも。大宰相、よろしいですね」
「は、陛下」
お、大宰相マフダールに言われてではなく自分から決断した感じだな。頼もしい感じにゼオルギくん成長してきたんじゃないかなぁ。公的な場じゃなかったら頭とお腹なでなでしちゃってたかもしれない。今アクファルに後ろから肩を抑えつけられなかったら席を立って手を伸ばしていたところだ。
それからは四国協商、実現となることを想定して内容を詰める。経済交流は勿論だが、エデルトが為そうとしている西側神聖仲良し同盟に対抗し、北も東もずっと友達鉄血連合を形成するのだ。
自分は把握している物事が足りないのでここからはルサレヤ先生にほぼお任せ。帝国連邦経済は魔神代理領と直結しているのでその辺りを把握している人がやらねばならない。
これはもう自分の仕事じゃないなぁと、ちょっとぼけーっとし始めると気になるのがジェルダナの婆様。記憶ではこんなに白髪で老けていなかったが、二十年近く色々あればこんなものだろうか。前にゼオルギくんと会った時はあの首を切るような感じだったが、さて? 今はそんな雰囲気は無い気がする。国内をまとめるのに利用する気か? 母后ポグリアと逆縁第二夫人シトゲネの二人が亡夫の仇を到底許すような気はしないが、何時までも女の言うこと聞いているガキじゃないと国内に示すためには敢えて、というのもありだ。一歳にもならない内から母后摂政やられていたら、何か転換点みたいなものがないとこれからも国内がまとまらないだろう。一々成人した王の御前で母后に向かって”よろしいですか”なんてお伺い立てていたら恰好が付かない。付かないということは王不適、不適ということは追い落としても構わないだろう、ということになってしまう。
ゼオルギくん大変だなぁ……アクファルにまた肩を抑え込まれた。
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北関門での会議終了後、バシィール線に乗り、中洲要塞を目指す。痣が出来た肩が重い。狂言とはいえ一応は何時でも攻め込める体制でいる外ユドルム軍集団の膨大な野営地が並ぶ光景が車窓から窺える。そして計ったのだろうが走る列車に向かって宰相シレンサルが音頭を取って延々とウルンダル軍を線路沿いに徒列させて『万歳! 万歳! 万々歳!』と諸手を上げさせていた。
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中洲要塞に到着。個人宛郵便物を受け取ってから大陸横断線に乗り、西のツァミゾール行きへ乗車。
あちこちと文通しているが、今日一番うれしかったのはザラからのお手紙である。装丁からしてもう貴婦人のような作りで吃驚。何か式典の案内状かと思ってしまった。こういう見掛け倒しで相手を圧倒出来ることは既に学んだようだ。
内容としては、まず友達が三百四十六人出来たらしい。顔と名前が一致する人物をそれだけ数えるだけでも難しいだろうと思うのだが、友達の基準はどんなものかな? と悪いことを考えてしまった。どこからが友達、という区切り方はよろしくないだろう。会った人皆友達! は流石に能天気過ぎるが。
友達のことも長々と書いている。物乞いで家を建て、集合住宅を経営している爺さんへひ孫が産まれそうな時に有名な産婆を紹介したとか、密貿易に関わっていた警察のお兄さんが逮捕された時に事情聴取されたとか、商人の奥さんへ友達皆から十三月――ズィブラーン暦法の最終月、五日しかなく祝日連休が一般――を前に今欲しい物を聞いて回りそれを教えて小遣いを貰ったなど、首の突っ込み方が子供ではない。
それからお勉強もたくさんして、中でもバース=マザタール先生ともお話出来たそうだ。先生呼ばわりで誰か一瞬分からなかったが魔導評議会の議長さんだ、マジかよ。彼は物知りなのは勿論、誤魔化すような喋り方はしないし分からないところは考えて、調べないといけない場合以外は調べた後に答えが誠実に迅速に返って来て凄かったそうな。どうやって面会を取り付けたかは、親のベルリク=カラバザルの名前を使ってお手紙を出して予約を取ったらしい。ちゃんと親も利用してえらい。もっとえらいのは、利用した後に”そんなことはするな”と叱られず――文章の雰囲気からそう察せられる――に関係を築けたことがえらい、というか凄いな。本当に凄いな。
あとは喫茶店で討論に入ったり、広場で演説している人に声をかけたり加わったりしたそうだ。我が子ながらこいつ誰の子供だよと思えて来る。頭の良さはジルマリアとして、恐れず突撃するのはやっぱ自分か。あ、そっくりじゃないか。
個人宛だが政治的なものとして集団農場に関する報告。前から気になっていた事案である。これが気になるから後から報告しておいてくれ、と言わないと上がってこない情報もあるので注意が必要だ。
秋の収穫にて、耕作が始まったばかりの地域はともかく、伝統的に人手が入っている場所でも集団農場の収穫率が低いと判明。量は現状、際立って低くない。始まったばかりでこれだから来年以降、右肩下がりと予想がされている。いくらやっても同一報酬、というのが悪いそうな。手を抜く、持っていかれる前に食ってしまう、違う作物を育てる、隠した家畜に食わせるなどなどの不正が発覚。不足なく食える、生活出来るだけで満足したり懸命にならないらしい。妖精基準、常に最善の努力がされているという希望が間違っていた。
腹いせに農民を弾圧してもキリがない。労働意欲への反映は普遍的で、只管生贄の儀式を執り行っても年中行事になりかねない。
管理局に調整させるが、労働基準量の達成よりも、還元率の高い自助努力分を増やすようにしていかないとならないだろう。調査専門部も立ち上げて収穫が悪い時は事件、事故、気候の影響があったか調べさせて免除や補助をしなければならないだろう……これはもう集団農場だからこそやっていたか。仕事が無い時は労働者不足のとこへの出稼ぎ仲介と、それでも無ければ集中的な民兵訓練に給料を払うってのがあったが……詳細がどうだっけ? もう一人の頭で把握する域を越えているな。
こういったことを把握しているジルマリアだが、もうエグセンから帰ってバシィールに戻っている。反抗した領邦の集団処刑には立ち会っていたので気分転換にはなったはずだが。それから彗星ちゃんを人質に出すことを言った時だが”あなたの子供です”だと。糞女め。
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列車がマトラ山脈を越える。年々要塞の規模が拡大、複雑化しているのが見て分かる。雪を被っている地上施設を見ただけでも攻めたくないが、地下構造の図面を見れば理解を越える。冬攻めなんてしたら何十万の兵士が必要か分からない。その前に火器弾薬費で破産か。ただここはオルフとイスタメルから迂回出来ることは忘れてはならない。
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ダフィデスト市を通過。何から何まで計画通り、時刻通りに物事が進んでいるのが車窓からでも分かった。唯一例外があるとすれば除雪作業や凍結による事故ぐらいなものだろう。これを見て集団農場のことをまた思い出してしまうが、この妖精だけで運営している完全なる社会主義体制的なものを見せられると人間もやれると勘違いしそうになってくる。やるべきだとか、やれんなら皆殺しにしてしまえだとか。中々、幻惑される。人口の二割も銃兵に出して士気も萎えないとか、普通ではないのだ。忘れてはいけない。
「にぃにぃ」
「あん?」
お兄様だとか大兄だとかの他に新しい呼び名が増えた。
「占いします」
「ああ」
そう言って占術師アクファル、鞄から羊の肩甲骨を取り出す。傷を入れて焼いて割れ方で占うやつだがここは車内。煙草程度はともかく基本は火気厳禁。
アクファルの占い方は両手で掴んで、端から小刻みに縦に割り始めた。中型の獣の骨って手で割れるもんだっけ? それからパキパキと七分割で終わる。
「それで何て神様は言ってるんだ?」
「……はい」
「無言か。あれこれつつかれるよりはいいや」
個室の扉が蹴り足で開かれ、今日の昼飯をナシュカが持って来た。
「そういえばナシュカのおっぱいつつきてぇなぁ」
「うるせぇ黙って食え」
目の前のことを黙々とやれという啓示である。
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大陸横断線の西終着駅ツァミゾールに到着。
駅に降りれば東行きの列車を待つイスタメル傭兵が見えた。手錠付きの鞄に護衛兵付き。そんな連絡将校にしては面が可愛いなと思ったらカイウルクの息子だった。
「お、ユルグス!」
「あ! 小父様、総統閣下」
線路を跨いで走ってくる。おお、可愛いっぷりが昔のカイウルクそのまんまだな!
「書類交換か」
「はい。これから中洲要塞行って、戻って来ます」
「おおえらいえらい」
ユルグスくんの帽子を取って頭をぐりんぐりん撫でてしまう。アクファルが飴をあげる。
「小母様ありがと!」
これは飴のやりがいのある面だが、しかしこの子をイスタメル貴族中核のナヴァレドの頭に据えるっていうのもカイウルクは強気だな。この面はイスタメルが混じってもいないレスリャジンの面だ。横から口は出さないが気掛かりだな。
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ツァミゾールから北へ向かうマインベルト線に乗り換える。一応戦時ということで列車の前後と中間に武装装甲車両が連結された状態で発車。モルル川に渡された新造の鉄橋を通過すればビェーレルバウ市に到着。
ここに現在、国外軍の駐屯地を設定している。アソリウス軍が使っていた野営地などをそのまま貰い受けて規模拡張。彼等はウステアイデンまで南へ戻ったが撤兵はしていない。戻ってくることがあれば戦う時だろうか?
関税同盟戦争は一応の決着を見ているはずだがまだ傭兵契約は解約していない。もうこの国外軍は不要だろうという発言をする有力諸侯もいるのでそこへ配慮して帝国連邦国境まで下がり、直ぐに撤兵出来る状態で待機ということになっている。我々もこのまま引き下がると楽しくないので帰還した全四万二千兵力をここへ置いている。小遣い稼ぎにはなったが魂は満足していない。
このビェーレルバウ自由都市領だがこのままの状態だと鉄道交通に不便がある。以前はマインベルト属領であったから鉄道を通したのだが、宗主が見捨てて関税同盟に降伏するという形で反関税同盟派から抜けているので独立領邦扱いになっている。とりあえず今は鉄道用の借地料を支払って運行している状態で、仮に関税同盟からあれやこれやと交通規制について口を出されたら先ず武装占領、宣戦布告は要検討。その辺りの予行演習も兼ねてこの”回廊”で待機。
最近になってセレードとグランデン間にカメルス回廊なる概念が出現したが、こちらにはビェーレルバウ回廊が出現してしまった。少し非効率になるが迂回する鉄道は建設可能なので絶対に譲れないところではない。それからここが武力を伴う係争地となる場合、回廊と言う概念は物理的に存在しないのでそこまで配慮しなくていい。
駐屯地の管理運営具合を見学するために今日はナシュカの飯ではなく一般兵が利用する食事を摂る。リルツォグト隊長も誘った。彼女は一応、この傭兵軍の指揮を執っている。攻撃目標は咄嗟判断を除いてその指揮通りでなければならない。
野外食堂は横断幕を外した天幕に卓と椅子が並べた形式。四万二千将兵が一斉にではなく交代で利用する。
配食所の前には手洗い所が設けて有り、そこを通過しないとご飯を受け取れないようになっている。今日はナルクス将軍が衛生当番。当番兵達が『ご飯の前には手洗いうがいしましょう!』を合唱し続けている。あの脅迫的な手洗いうがいを奨励する宣伝絵もあって、雪だるまが手に持っている。
「総統閣下! おはようございます!」
『おはよーございます!』
「はいおはよ。将軍が衛生当番か」
「はい今日も一日攻撃的衛生精神を将官自ら積極奨励し疫病撲滅、革命的に戦病者を漸減し来たる決戦に備えて将兵の健康を保守し、真に決死吶喊すべき時に備えさせております!」
石鹸で手洗い、冬の水が冷たい! そしてうがい。これに慣れると汚い喉と手で飯食うのが嫌になってくるものだ。
配食係から飯を貰ったはいいがどこに座ろうかと思ったが満員御礼。皆が使っている時にどんな状態なのかを見るためなのでこれでいいのだが。
「おいおい座るとこ無ぇじゃねぇか」
「親父様! わたしの膝空いてますよ!」
と言う骸騎兵の姉ちゃんがいたのでその膝に座る。面はジャーヴァル北出身ってところ。プラヌール族かな。
「お、何だこの椅子?」
「うわぁん! 本当に座ったやだもう、勃起したらどうしよう」
「ついてんのかお前」
そう言って自分の尻の下に手を入れて確かめたら「うぇっへーん、妊娠したらどうしよう」と泣き始めた。
「リルツォグト隊長どうぞ」
「えっと……」
向かいの席、座った姉ちゃんと顔そっくりな姉ちゃんがまたいたのでその膝、と言った。
「どうぞどうぞ! 向かいのチンポ女と違ってこっちは生えてませんから!」
「誰がチンポ女だ!」
「おめぇの弾帯チンポだろが!」
「おめぇのマンコだろが! きったねぇ、真っ黒!」
女は集まるとやかましい。他の椅子に座っている女達もゲラゲラ笑ってお喋りが止まらなくなってくる。アクファルも適当に女兵士の膝に座って「このケツで何で結婚しないの妹様!」と言われている。
リルツォグト隊長も観念して膝の椅子に座る。「なにこれ、これが西の女の匂いなの!? かーみ、なにこの香水、ええ!?」と騒ぎ出す。
「次は関税同盟の主導権争いになりますね」
「ええ……」
リルツォグト隊長、ここで話すの? という顔だが「ほらおめぇら適当に喋れよ」とチンポ弾帯の女が喋り、女達が我々を無視して世間話を始める。盗聴防止である。
「……あのエデルトが、教会が、アルギヴェン姉弟がグランデン大公殿下の下に甘んじるなど考えられません。ロシエの横槍が無くなったのに大人しくするはずがありません。聖皇がロシエ訪問の次に、エデルト加盟を待ってエデルト入りとは怪し過ぎます。それでも事が起こっていない今なら、このままだと傭兵契約解約の流れになるでしょう。表向きそう宣言しなくてはならない時が来ます。相手の出方次第ですが可能性としてあります」
「解約となれば次の行動に移るかもしれません。そうなったら引き返せません」
国外軍をどうしても動かさなければいけない案件というのは今のところ無いが、成績不可だった外トンフォ軍集団と後レン朝軍が行う春からの演習に参加するとか、帰属未定のガエンヌル山脈のエルバティア族を征服しないかと高地管理委員会から提案されている。魔都へ行って親衛軍と合同演習も悪くはないし、目下情勢が混迷しているタルメシャへの派兵か、ジャーヴァル帝国側がやる気になればだがアルジャーデュルで軍事顧問として現地人指導というのもありだ。選択肢は取ろうと思えばかなりある。
「もしそのような時は偽装解約として、まずは一旦引いて頂いて、国境近くで待機を。偽装帰還の予算は別会計から都合つけねばなりませんので一時支払いが麻痺しますが、裏で契約を継続させて頂きたい。これは大公殿下の御意志でもあり、私としても女の勘が嵐の前触れと言っています」
勘や閃きは今まで蓄積してきた経験と情報が結びついて生まれるものなので信憑性がある。勘違いもあるが、彼女の言う勘は分析結果で間違いない。
「聖皇の行幸先導に我らが聖王陛下、戦時故参加しませんでした。この上でロシエ皇帝を聖王として正式に認定するような動きになっています。ユバール撤退と、オルフの切り捨てでかなりの軍事的余力をエデルトは得ました」
グランデンでもあれはオルフ切り捨てと判断したか。西側の感覚でそうならエデルトもその通りだな。
「次に何かあるとすれば聖王の戴冠無効で、逆らえば破門と二段構えでしょう。これはおそらく陛下への個人攻撃に絞られて関税同盟主流派の内部分裂を引き起こします。その状態で昨今話題の大ベーア主義に乗ったような、可能性としてはヴィルキレクによるベーア統一宣言か類似のもの。これで関税同盟、エグセンを手に入れようとする可能性があります。実際に我々を抑えるとなればファイルヴァインへのエデルト軍侵攻、占領。これで決定的に実力の差を見せつけ、これもおそらくですが、カラドスの玉座でベーア皇帝戴冠式典の実行。そこまでくれば乗っ取りは完了でしょう。意地を張れるような者達ばかりではありませんから。手打ちとしてマリシア=ヤーナ様のお子様とヴィルキレクの娘との婚約でしょうか」
「独立独歩は茨の道ですね。無血で受け入れればこの東の悪魔と対抗出来る大同盟になりますよ。待遇も大派閥として発言力は一定のままだと思いますが」
「抵抗もせず屈辱を受け入れた軟弱と敵だけではなく味方からも見られれば、抱き込まれた後からあれやこれやと権利を毟り取られて丸裸にされるでしょう。皇帝大権の下に領邦という概念も無くなり、全て中央官庁から派遣される州知事が治めるかもしれません。知事は選挙で、監督のために総督を派遣という形で内部分裂を誘う形かもしれません。とにかく我々の誇りと伝統それから権益は彼等に邪魔です。地方分権より中央集権を良しとするのは現代当然のこと。我々が勝てばベーア帝冠貰い受けます。もし負けるとしても難題押し付ければ耐え難い出血が待っていると教えねばなりません。戦うとなれば東の悪魔から過去の因縁も越えて助力を得ることも辞さないという事実を教えなければいけません」
「その覚悟は大変結構、助力のし甲斐があります。なめられたら終わりですからね」
再度西へ国外軍を前進となればもう一回ジルマリアを呼ぶか。我々の使い道としては直接戦闘もそうだが、関税同盟加盟国同士の内輪揉めには参加したくないなどと日和見を決め込もうとする各領邦を訪問して回って最前線に軍を追い立てる牧羊犬役が適任に思える。グランデンがそこまでするかという覚悟が分かって貰えそうだ。現在の立地からも、東から西へと雪だるまのように巻き込んで押して行ける。
「羊追いは天職と自負しています」
「勿論、そう期待します」
お話ししながらの食事も終わり、席を立とうとしたら腹に腕が回った。
「いやだぁ行かないでぇ!」
拾った覚えも無い女が腰に泣き縋り付いて来るのを無視して引き摺って歩けば、同席した女達が集まってチンポ弾帯女を蹴飛ばしまくって「離れろ汚ねぇ!」「あばずれ糞女!」「おら腕落すぞ!」と罵声に抜刀。
アクファルがチンポ弾帯女の目に指突っ込んで首、背をのけ反らせて「折れる折れる!」「妹様ぶち折っちまえ!」「死ーね! 死ーね!」と大騒ぎになったところで警笛。巡回している妖精兵達がやって来て、指揮官が拳銃で空へ威嚇射撃、そして即座に「狙え、構え!」と隊員が小銃にて一斉射撃体勢。
「僕達憲兵さんですよ! 何事ですか? またあなた達ですか!」
この骸騎兵筆頭に悪いことをしないように憲兵隊が密に巡回している。それにしても反応早かったな。しかしまたってなんだよ。
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