第385話「始まる前に」 サリシュフ
アルノ・ククラナ領都レチョブへ帰還。第一予備師団司令部にいる火傷面の師団長へ伝えた大頭領の言葉は”天の王国、地の保護者。山に誓い、風に誓い、ひた駆ける”であった。これは一種の暗号で、言葉の組み合わせにより指示が定まるらしい。
その後、師団全体に待機続行の命令が下された。当たり前だが末端にいると何が起こっているのか、これから起こるのか、既に起きた後なのかが良く分からない。風聞は”尾ひれ”付きが当たり前で、中には自分が帝国連邦に加担するために”グルツァラザツクの乱”を起こした、というものもあった。夜中、小便に起きたところで物陰から”俺は乗るぜ”とか言われることもある。勘弁してくれ。
我が二一一中隊の留守を預かっていたミイカちゃんにはお礼に抱き着いてから砂糖菓子を上げたら目を丸くキラキラさせて喜びやがった。チンポ取れねぇかなこいつ。
相棒の二一二中隊長、ルバダイのお馬鹿は食いもしない鼠を矢で仕留めたのを見せびらかしに来ること数度。お前は猫か。
”親”の二一大隊長のレフチェクコ中佐からはルバダイが言うこと聞かない、あいつの部下も真似して好き勝手しやがる、などと愚痴を大量に聞かされた。命令は聞かないが協力というか、部隊運営を放棄するわけではないところが処罰し難くて余計に憎たらしいとも。
師団全体としては、セレードとカメルスの国境線上では酒や煙草に食い物の交換まで始まるような、睨み合いから慣れ合いに移行しつつある頃合で、互いに何のためにここに居るのか分からないとか、そもそも関税って何か意味あるの? とか雑談がされていた。特に完全な平時――睨み合いや領有権主張すら無い――には国境線を跨いで親戚のところへ行くようなククラナ人同士だと”戦闘始まったら合図するから逃げろ”などと本気で話し合っていた者もいたくらいだ。
変化が訪れたのは司令部へ早馬伝令が駆け込んで来た時から。何があったか不明だが、待機命令を解除した師団長が、セレード王国大頭領代行としてレチョブ駐留のカメルス伯国外交官へ宣戦を布告したことが告げられ、即時戦闘準備が発令される。
戦闘準備中に出回った宣戦布告文の内容は”回答保留を拒否と見做し、関税同盟権益に対する挑戦と見做して宣戦を布告する。セレード王国大頭領シルヴ・ベラスコイ”である。その回答とは九十九年間の無害通行通商権の要求であったという。
関税同盟諸邦――その玄関口になるバールファー公国――とセレード王国の道を繋げたいという意志である。一度ファイルヴァインにここから赴いた身としては、この”カメルス回廊”は手中に収めなければならないと実感している。地続きだろうが使える街道伝いに関税同盟加盟国同士で繋がらなければ意味が無い。圧力を掛けるのは当然のこと。
しかし九十九年の要求とは流石に”うん”と言わせない数値。平和は最初から望んでおらず、戦う心算であったわけだ。仮にこれが通ったとしたらカメルスの完全屈服に等しく、マインベルトが保護義務――完全属国ではない名目上の独立国なので義務は語意が強いか――を放棄したと見做して良い。そうなれば次々要求を飲ませられると判断されて圧力も容赦が無くなるだろうし、独立も危うい。
カメルスの外交官が馬車を走らせて越境した直後に第一予備師団もあちらへ布告が届いたと見做して越境、攻撃を開始。
師団各騎兵隊が先陣を切り、我等が第二騎兵連隊は西回りから既に判明している国境警備の穴――定間隔で標識を打っている程度で柵を延々並べているわけではない――を突いて浸透して国境警備隊後方を取り、一先ずは待機。我々二一大隊もその一部に加わり、まずは攻撃しない。
そして北正面から歩兵、砲兵隊の主力が前進して国境警備兵力に対して包囲網を短時間で構築して降伏が勧告され、了承される。マインベルトから派遣されて駐留していた軍事顧問官や外交官は第三国の関係者、戦争当事者ではないことから”一時拘束”とした。
それでも逃げる奴はいる。この緊急事態を告げる伝令となったその者達を狩って敵に情報を与えず、何が起きているか分からない状況下に置き、気付いたら負けていたという風に導くのだ。
「逃亡者は可能な限り生け捕りにせよ。流血を最小限に勝利するのだ」
レフチェクコ中佐がそう言って、
「よっしゃ、残らずぶっ殺すぞ野郎共! ホゥファー!」
『ホゥファー!』
とルバダイがやる気はあるが逆らって馬を走らせ、二一二中隊を引っ張っていく。
「違う馬鹿!」
「毒矢使用禁止、抵抗激しくない限りは捕縛、自分が死んでまで敵さん生かす必要はないぞ! 出撃、ホゥファー!」
『ホゥファー!』
「うー……うん」
自分も二一一中隊を率いて前進、カメルス伯領内、逃げる敵を追って浸透する。
各隊は逃亡者捕縛を優先事項としながらも、各騎兵大隊単位でまとまりながら基本は自由行動――寄り道――を取りつつ首都グードリンを目指して馬を走らせる。広範囲に散らばり、多勢の敵とはまともに戦わず、小勢を見つけたら襲撃し、守りの薄い村や街に畑を焼いて敵軍に対応出来ないような負荷を加え、敵にここで戦えば決着がつく、というような決勝点を見させない。そして歩兵、砲兵中心の主力が要塞を打ち破り、時に迂回し、政治経済交通の要衝たる首都を陥落させるために進んでいくのだ。
ここから先は戦場の霧の中を駆け回る。味方との連絡もままならず、敵の動きなど一部把握出来ただけで儲けものである。
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カメルス領内は北のカラミエスコ山脈麓以外は平原か森というか林が点在する程度で大きな川も丘陵もない。単純化するならレチョブから首都グードリンまで中央街道一直線で、道中に幾つか都市要塞が並ぶ。これの処理は正面主力が担当。
脚の早い騎兵隊は中央街道から外れ、敵軍を惑わす狼煙を焼討で上げる。
村などの防備脆弱な拠点へ迫り、まずはカメルス伯の旗を降ろすかどうか問う。大抵は従わない。偵察するに民兵や引退した老兵が頑強に抵抗せよと督戦している様子が窺えた。
従わなければ焼討。夏の若くて青い畑に火を放ち、村の屋根には火矢を放つ。これは銃撃されないよう近づかず行う。
カメルス領民だが思いの他武装率が高い。防壁の内側に籠り、施条を切っていない旧式小銃を男だけではなく女に少年まで持っている。マインベルトから中古装備を大量に寄付された様子が窺える。常からそこまで武装する程この国には金が無い。
村に火矢を放っても消火されるのでいまいち、建物を焼き払うといった状態にはならない。だが彼等を村に釘付けにして、その間に村から離れた建物や畑を焼き払える。作物はまだ青く、水を含んで秋枯れしていないので火の回りが弱く時間が掛かる。
他には避難の遅れた羊や山羊、牛に馬など連れて歩ける家畜を分捕り、豚や鶏のような足の遅い種類は捌いて肉にしてしまう。馬用の穀物に秣が上手く奪えない時は捕まえた住人と交換。
強引に、村落程度とはいえ”要塞”へ強行突撃などしない。我々セレードはこうして一方的に敵の弱点を嬲って、無理せずに攻め、長々と包囲などせずに次の襲撃場所を探しに行く。探しに行く道中、はぐれ者や何処かへ集結中の小勢を見つければ囲んで襲う。
レフチェクコ中佐の軍法に基づいた指導、今戦争の方針により可能な限りカメルス人は生かした捕虜にするところだが、後方の味方と連絡が取れず、移送に手間取るようなら遠慮せずに処刑する。
こういった”蛮行”を取り続ければ敵の騎兵隊が対応に回ってくる。歩兵隊なら鈍足なので無視するか余裕を持って引きつけ無駄足を踏ませてから逃げ、迎撃するように待ち構えていても迂回するので基本的に戦わない。
敵の騎兵、カメルスの”乗馬歩兵”はそもそも数が少ないし質も悪い。馬上射撃の下手糞加減が勘に障るぐらい下手糞。だから馬を奪う絶好の機会とすら見えて来る。
敵騎兵隊に遭遇すれば先んじて統制せず、自由に銃撃弓射を加えながら号令ラッパの音を頼りに大隊集結。相手が弱って逃げ腰に見えたら好機で、そうならなかったら退きラッパが鳴るので適当に撃ち殺す程度で逃げる。今回はそうならなかった。
「二一大隊突撃隊形! 二一一中隊、小銃構え! 二一二中隊は発砲に続いて突撃!」
刀を振り上げるレフチェクコ中佐の指示が飛ぶ。
銃騎兵の我が中隊はその通りに動き、少し間隔を空けて前衛になって横隊整列、銃口を馬上で揃える。各自集めて来た民兵達も自弁の旧式小銃は捨て――装備転換中のエデルトから分けられた中古だが――ちゃんと施条が切ってある小銃に持ち替えている。
「撃て!」
一斉射撃。銃弾銃煙が噴く。人が揺らぐ、落ちる。馬が竿立ち、倒れる。
『ホゥファー!』
続いて槍騎兵、二一二中隊が後ろから我が中隊の隙間を縫って前進。自由弓射を加えながらの駈歩。
「二一一中隊、前進!」
両中隊前進し、槍騎兵は襲歩に加速。拳銃一斉射撃の後に槍突撃。
馬上槍は難しい。才能も訓練も足りないとただ自分の馬や他人を刺すので迷惑、いない方が良い。戦いの時も下手糞に振り回せればマシと言われる。しかし使いこなせれば、刀を振る程度の騎兵なら相手にならない。一方的に傷つけ殺して、乱戦らしい乱戦にならず馬だけ無傷にして奪える。
槍騎兵が敵騎兵隊の塊を突破して殺し、分け入り、分断して散り散りに繋がりを断って統率を破壊、連携を粉砕、隣に仲間がいないという恐怖を植え付ける。
戦場では一歩の空間だけで孤独に落ちる。両隣から仲間の助けが入らない状況にある者は絶好の獲物で、目立ち、多対一にて安全確実に仕留められると判断される。肩が触れ合えば平時なら小うるさいが、戦時なら縫合したくなるぐらいに恐くなるのだ。
我が二一一分隊がトドメを刺す。孤立して恐怖して意気が萎えた敵騎兵を狩る。抜刀、拳銃、弓射。
これの先頭は助祭アンドリク。槍でも小銃でもない、聖なる種型の穂先を持った戦杖を掲げて「聖なる神よ照覧あれ!」と叫んで神聖教徒である敵を”え、何で坊主が?”と思わせつつ殴り倒す。
シルヴ大頭領からお小遣いを貰ってファイルヴァインで回転式拳銃を買った。グラメリス製で、時計職人が作ったという奴で中々具合がよろしい。
馬上にて片手で銃が連射出来ると何だか無敵になった気になってくる。距離があると当たらないが、相手に刀を振り下ろしてそれが防がれた時に腹を撃つようにすると一方的に殺せる。相手の襟首捕まえて拳骨食らわせる要領に近いだろうか? これは兄からの手紙で教えて貰ったことだ。”当たらないなら当たる距離と機会を作ると良いぞ”と。
村や街を焼き、敵を誘き寄せる。
敵がやってきて戦いに手古摺るようなら無視して逃げ、相手に無駄足を踏ませる。勝てるようなら襲撃して数を減らす。
敵の対応から相手の軍の動静を把握し、取った捕虜から得た情報を合わせて何となくの敵軍配置を把握して後方、主力に情報を送る。
段々と戦場の霧が晴れて来る気がして、更に奥へ行けば別の霧に突入する。
カメルス領内、こちら全軍の動きは良く分からない。カメルス軍も押し込まれているのか逃げているのかどこかで踏ん張っているいるのかも分からない。関税同盟軍やマインベルト軍に、その外にいる別勢力が介入に動いているのかも分からない。
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焼討で混乱させ、騎兵狩りで目と動きを潰し、奪った物で食い繋ぎながら早めに進み続ければもう首都グードリン目前。大国ではない上に地形的障害も無く国土が浅いためだ。
グードリンを偵察。騎兵大隊で突っ込めるような規模の都市でも守備隊でもない。周囲にカメルス軍主力と見られるような兵力は無く、こちらの主力到達まで長くは掛からないと思われる。
カメルス単独でセレードに勝つことなど不可能。出来ることがあるとすれば首都すら囮、時間稼ぎに使い、一般人にも銃を持たせて犠牲にして主力を最後まで温存。我々を国土の奥まで引きずり込んでマインベルト軍の到来を待ち、反関税同盟連合軍の到着も待って、割に合わないと我等の大頭領に思わせることが出来ればあちらの勝利となるだろう。
シルヴ閣下のことを良く知っているわけではないが気弱な人物のわけがない。戦死者が万、十万となって臆することもなさそう。勝利するまで戦いを終わらせる気配は無い。
敵主力軍の位置を突き止めるべく偵察行動に重点。戦時でも壁内に入れず銃も配られていない賎民達に聞いたり脅したりして回った結果、首都から兵隊は幾らか南へ出て行ったがここには集結していないとのこと。おそらくはマインベルトとの南側国境地帯の主要都市であるファイニング市に集まったんじゃないか、という話である。他には我々が首都到着一番乗り、ということが分かった。
最前線にいる我々には目の前のことしか分からない。後方、司令部から整理された情報を受け取るための時間など割かず、現状報告の伝令を後方へ出してから前進。行く当ては他に無く証言を頼りにファイニングへ向かう。罠、待ち伏せは勿論警戒。
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目の前のことしか分からない、これは正確ではなかった。野営中の夜、街道を外れて夜間行軍中の敵部隊が接近してきたのだ。陣容は不明だが、相当数が揃った歩兵、騎兵、砲兵の混合。東側からやってきたようなのでファイニングへ集結中の一部と見られ、戦わずに逃亡することに決定。重い荷物や家畜を捨てた。
敵もこちらの陣容を把握出来ていたとは思えないが、侵略者とは分かったらしく友軍誤射を避けるよう隊列を整えてから追撃して来る。馬の脚で逃げ続ければ追い付かれることは基本的にないはずだが……。
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……はずだったが早朝を迎えた時、西側からもファイニングへ集結中の一部と見られる敵の大部隊と遭遇する。気付いたら目の前、というわけではないものの、進路は完全に塞がれていた。斥候が確認したところ、夜に遭遇した部隊の追撃は続行中で、ここで立ち止まっては挟み撃ちになる見込み。そしてもう空が明るくなってきており、敵もこちらの動きを牽制するために騎兵を動かし始めている。少しでも足止めを食らうと厄介。敵が良手を一つ打つか、こちらが一つ不幸に遭っただけで敗北の可能性。
カメルス”乗馬歩兵”など相手にならない、と言ってしまえる実力はあるが、それは同数、支援兵力も無く、十分に一対一で戦える空間、時間が確保出来ればの話。
だから逃げる。逃げるのは何時ものことなので恥でもないが、夜中から走り通しで困ったのは飲み水。多少は一日二日物を食わなくても死にはしないが水は辛い。手持ちが無くなってきている。涼しい頃ならともかく、今は夏で汗の量も多い。特に馬が辛い。駱駝なら良かったが……セレードではほとんど飼っていない。
カメルスの単純な地形がここで我々を苦しめる。川や湖が少ないのだ。砂漠ではないのだが、地形が平坦過ぎてあの山間部にいけば小川くらいあるだろうと見当もつけられない。こういう時に当てにするのは地下水を汲む井戸。しかし井戸があるようなところは住民が、戦時の今は武装して屯っている。”要塞”の中だ。
敵の追撃は続く。大人しくファイニングに集結でもしていればいいのに、小勢の我々相手に躍起になっている。各地で仲間達も焼討と略奪をしているからその復讐をここで果たしたいと考えているのか、丁度今主力軍が合流を果たしたところで反撃に移っている最中なのかは分からないが、とにかく逃げる足を止めていられない。
北へ、首都方向へ逃げてから変針。首都守備隊に挟まれては敵わない。
更に逃げる。後ろには敵の騎兵隊がついてきている。それなのに乾きで脚が鈍り、いじけて走るのを止めた馬も出て来た。道中、たまらず泥溜まりを啜って腹を病んで啼いている馬もいる。
お行儀が良いレフチェクコ中佐に確認を取っていたら時間も掛かり、判断に迷うと思われたので独自判断で二一一中隊は一方的に中佐へ補給のために村を襲撃、占領すると通達して走る。首都近郊通り掛け時に焼討を掛けた、多少なりとも間取りや人口が把握出来ている村を攻める。
馬を走らせ、村人が対応を始める前に接近して馬の背に立って鉤縄を投げて防壁に引っ掛けて登り、手勢と共に下馬状態で村へ突入。アンドリクが「聖なる神の名の下に抵抗を止めなさい!」と叫んで”え、何で坊主が?”と混乱を助長させる。
続々と部下達がよじ登り、下馬突入。壁の上に射撃の上手い連中が留まり、銃と弓で走り回る村人を射て止める。
見当をつけてあった武器庫方面、慌てふためいて小銃をおろおろと取り出す民兵未満の住人が構え方に首を捻り、装填に手間取っている間に手勢と共に走り寄って拳銃を撃ち込みながら刀で頭を叩き割って『ホゥファー!』と叫べば腰を抜かす者だって出て来る。冷静になられる前に勢いと大声で押して圧倒、反撃手段を封じる。
部下が内側から門を開け、騎馬したままの仲間達も突入。村の制圧が確認されてから壁外の馬も連れ込み、井戸からの水汲みを始める。
井戸汲みだけでは時間も掛かるので各家へ踏み込んで水瓶を確保して回る。
こういった状況を心得たバシンカルは部下達を使って村人を一か所に集め始める。
「おかしな真似しやがったら火点けるぞ」
と納屋に母親から蹴飛ばして奪った子供達と合せて藁も押し込んで、周りに並べて、外から閂を掛ける。これで抵抗の強い者達にも脅迫が良く効くようになる。それからは縄で縛るなど拘束の手間を省くために大人の男達には薪のように積み重なってうつ伏せになることを強要。それから追撃してくる予測敵正面方向の南側には縛る手間をかけて女達を並べる。
旗を振り、ラッパを吹かせ、合図をして大隊長班に二一二中隊を村に呼び寄せて馬へ水やりをさせる。
「さっすが相棒、手際いいじゃないの」
「まあな」
ルバダイが褒めてくれる。
「死傷者は? 民間人も含めてだ」
レフチェクコ中佐の顔は渋い。バフバフグチャグチャと嬉しそうに音を立てて水を飲む馬達を見ればこの行為は許容と判断したようだ。
「こっちは損害無し。死体はその辺、怪我人はそのままあの、塊の中ですね」
「粗末に扱わず、手当をするんだ。縛っている彼女らは解放しろ」
バシンカルが口を挟む。
「怪我人は足でまといになる。むしろ全員、そこそこ斬って残していった方がいいぜ」
「曹長! 指揮官同士の話し合いに口を挟むな」
「へい……」
歴戦、年上、そしてあの”伝説”のカラバザルの元副官相当だろうが今は曹長、下士官だ。
「カメルス併合の暁に彼等は同胞になるんだ。こういった中でも人道は示さなければならない」
「焼いて殺して奪った後でもですか?」
「そうだ」
「俺達が欲しいのは人じゃなくて土だぞ」
ルバダイが真実を言う。欲しいのは安全な通商路。この住人達は最悪いなくていい、むしろいない方が潜在賊を予防抹消出来る。国境地帯辺りのククラナ人はまあ、優しく扱うべきと感情でも思うが、ここの連中はエグセン人だ。
「我々は現場で出来ることをする。後の処理は政治家の仕事だ。まずは自分達の仕事をするんだ。あの山積みの中からも怪我人を解放して止血してやれ。男共は完全解放しろとは言わん」
「了解」
自分はそれで納得するが、
「中佐さんよ、その誰が決めたか知らん正しい軍法? で俺達は戦えるのかい? 戦って死ぬのは構わねぇけどよ、何にもしねぇで馬鹿面下げて死ぬのはごめんだぜ」
ルバダイのような荒っぽい連中はそうではない。
「命令違反は銃殺刑、と脅しても恐くないだろうからその意味を教える。軍法に従わないくらいなら犬のように死ねとセレードが決めて、大頭領が修正もしていないということだ。”お袋”が国のためにそのお前が言う馬鹿面のままでいろと言っている。私が決めた規則でも規範でもない。分かったら命令通り動け」
「死ね糞了解」
ということで薪積みの男達の中から銃創、矢傷、刀傷を負って出血がひどい者達を引きずり出し、縛った女達を解放して治療に当たらせる。水は馬にやるので使わせず、傷は酒で洗わせる。
馬には腹一杯飲ませないように、もっと飲みたいと主人に逆らう悪い子を引っ張って水桶から離しつつ、均等に、最低限の水分補給で済むように轡を引っ張るのは重労働。馬を優先してろくに水も飲めていない騎手達も苛立ってくる。酒は喉が渇くので我慢させる。ここでバシンカルが人質の納屋詰め、薪積みや縛り壁にして村人達を多少なりとも皆から遠ざけていなかったら腹いせ、八つ当たりの殴打斬殺くらいは発生していたかもしれない。
村の防壁、人質――縄から解放したが見せつけるぐらいは出来る――を使えば追撃の敵騎兵はこちらへの攻撃を諦めた。遠巻きにしているなら騎兵を小出しに小銃、弓矢で狙撃して追い散らし、敵が集団で掛かって来れば壁の内側に逃げる。
馬への水やりが終わり、人間の水飲みは不満が出るくらいで中止。井戸の湧き出しに時間が掛かり、村を包囲しようと多勢の敵軍が動き出したのだ。
少しは元気を取り戻した馬に乗って逃げる。そして集結した、攻撃すれば手応えがあって損害多数を見込める敵軍発見の報を届けに行くのだ。一先ずこれ以上、敵地奥への浸透はしない。
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先の水不足による苦痛は運が悪かったが、実質的の釣り出し、陽動になったことは幸運かもしれない。手柄である。
敵と付かず離れず、騎乗射撃を後退、交代しながら実行。まとまった数の歩兵、騎兵、砲兵の集まりには大体単独で敵うはずもないので負けない戦い、嫌がらせを徹底。堪え性を無くしたり逃げ道を間違ったりすると過去の先人達の一部が犯したような失敗で皆殺しにされる。
替え馬も無くなり、もう走れないと駄々を捏ねる馬を逃がした――帰巣本能でその内本陣に戻る――連中は決死の殿になって追って来る敵を食い止め、死んだか瀕死になって捕まり腹いせの拷問でもされているに違いない。戦後のことを考えて丁重に扱うことは、とりあえず期待しない方が良いと思われる。
馬に少しずつ水を飲ませてからの後退も日を跨いだ。犠牲も出るし、当然矢弾が無くなってくる。最後の自衛予備分を残し、補給所か補給隊を目指している。
敵もしぶとい。一方的に手出し困難な敵相手に飽きたり、一旦停止したりしないのかと疲れから期待したこともあったが辛抱強く食らいついて来る。
そして遂に第一予備師団主力と我々は合流を果たし、軍同士が対峙する形となり双方戦闘陣形を整え始めた。互いに斥候伝令を行き来させながらの後退であった。
首都グードリン近郊にて会戦となる。主力を粉砕して降伏せしめるのだ。
こちら第一予備師団は約一万で、広範に散らばった各騎兵隊が集結中と思われるが大半が間に合わない。距離、位置把握の不透明さから単独行動中の隊が多い。つまり、一万以下の兵力、概算で……たぶん七千から八千弱程度で戦う。
カメルス軍も各地で主力に部隊を合流させながらの、小数の守備隊しかいない首都を救援する形での分進合流での布陣になっている。兵隊の概数を数えるのが得意な老兵がざっとで五千程度と計算した。小国が奇襲を受けた状態で揃えられる数としては少なくないと思われる。
両軍の中央地点から東寄りには首都グードリンがある。ここから守備隊、武装市民が出て来れば合計で一万超か? これは遥かに格下相手の国に仕掛けた戦争だ。こんなものだろう。
さて、強行的な作戦で我らが二一大隊の皆に馬も疲れている。補給に休憩も無ければ尻を向けて逃げることも辛い。だが現状は騎兵不足であり、レフチェクコ中佐が上官から「弾薬を受け取り小休止の後、出撃。二一大隊の任務は……」と命令を仰せつかって戻って来やがった。
別に戦いが嫌なんじゃなくて疲れて眠いのが嫌なんだ。皆も口々に「疲れて死ぬ」「眠くて死ぬ」「死ぬくて死ぬ」と愚痴をこぼし、せめてまともに動けるようにと他の騎兵隊から替え馬を受け取った。「戦いが始まったら起こしてくれ」と馬上で寝始める者も多かった。自分は、目を閉じて休憩しようと思ったら頭がグラっときて起きた。
少数、しかも装備でも劣っているにもかかわらずカメルス軍の気迫は遠目でも、眠くても伝わった。敵が叫ぶ『フラー!』の掛け声は全く弱気に聞こえない。彼等にとってこれは存続をかけた国土防衛戦で逃げ場がなく必死だ。士気が高い。
二一大隊が受けた任務は、敵砲兵陣地を脅かすように自由行動し、それを粉砕するために機動する騎馬砲兵隊を守るための囮となることであった。
騎兵大隊約四百騎で敵砲兵の視界に留まり、有効射程の内か外か? 地面を抉る砲弾を眺めながら見極めて嫌がらせを続ける。的になる事は承知で、敵にあれが突っ込んで来たら砲兵隊の機能が停止すると思わせる程度のことは続ける。
敵砲兵の練度、高いか低いかは何とも言えなかった。旧式新式の大砲が混じっていて混乱する。遥か前方で鋳造砲弾が緑の草地から土をほじくり出して転がったと思いきや、頭上を通り越して榴散弾が炸裂、人と馬に損害が出るなど中々、気持ち悪い。
騎兵隊は陽動しつつ――隙あれば勿論突撃してやろうと思うが――で敵陣の側面、最終的には背面を取るように迂回して動く。敵軍はそうならないように隊列を伸ばし、多角形に隊形を再整理していくはずだったが、ある時その動きが止まって、突然と言っても良かった。攻撃縦隊形へと一気に密集してこちらの主力中央へ前進を始めた。騎兵で腕を広げるように包んだ心算が、守る腕をこじ開けられて胸ががら空き、というような形になったように見えた。
敵の動き、自信と勇気に溢れている。まるでこちらが失態を犯したような堂々さで動いている。これが正解なのか失敗なのかはこれから証明される。
銃砲の射程、精度は我が軍が装備するエデルト製が上。あちらも新型の施条の銃砲身、椎の実型銃砲弾を導入しているが装備率は低い。こうなると第一予備師団の歩兵と砲兵が守備態勢で射撃を続ける中を、発砲せずに前進してくる部隊と、ある程度互角に撃ち合う部隊が混じるようになる。
発砲せずに進む旧式装備部隊は士気が高い。かなり死んで、隊列が”歯っ欠け”になっても逃げない。
撃ち崩れない歩兵は強い。
敵が叫ぶ『フラー!』の声が銃砲声、共に進む鼓笛隊の演奏に負けない。
敵は手強い。根性で火力を乗り越えて白兵戦を挑むのか?
こちらは歴戦の強者もいるが所詮急造に毛が生えた予備師団である。あちらは小国とはいえ士気旺盛、後のことは生きている同胞に任せると覚悟が見える正規兵。銃弾砲弾で次々と千切れた欠損死体となっていくが、その隊列は乱れず抜けた穴を後列の兵士が埋める。旗手が死んでも代わりが次々現れる。
『フラー! フラー!』
我々が砲弾を受けている間に騎馬砲兵隊が準備を整え敵砲兵に対して砲撃を開始。我々の陰に隠れながら準備を整えただけあり、こちら側の対砲兵戦は勝利確実に見えた。今日まで、各騎兵隊が削りに削ったお陰か敵騎兵はわずか。こちらの騎馬砲兵狩りに動く気配も無い。
後は頃合いを見てどこかに突撃すればいいとレフチェクコ中佐が様子を窺いつつ、大隊の迂回機動を止めず、丁度敵後方の予備部隊の真横という位置に付いたらその敵予備が蠢き出した。
様子がおかしかった。発狂して同士討ちでも始めた奴がいたのかと思ったが、騒ぎが大きい。しかしこちらの騎兵が突っ込んだわけではない。
仕掛け人の見えない奇襲? 乱戦? 何だ何だ? 望遠鏡で見る。明らかに動きが素早過ぎる、人外の動きで棒? を振って魔術を繰り出し、散らかすように敵兵を殺しまくっているのはつば広帽子で……。
「一騎駆け! 大頭領の一騎駆けだ!」
「何、おい、何、は!?」
ルバダイが自分の望遠鏡をひったくって、逆さまに「あれちっちゃ?」と見る。
「逆だ!」
「うお! うっそだろ!? あれ大頭領なの? 女だって聞いたぞ!」
「術士課程卒業証明の帽子だな。しかし大頭領閣下が?」
レフチェクコ中佐も望遠鏡で確認。本当にそんなことをする人物がこの世にいるのかと首を傾げる。
「死に時だぁ! 風になるぞホゥファー!」
『ホゥファー!』
バシンカルが叫んで、多くの仲間達がそれに応えた。
「進言します。突撃の頃合い、今です」
これは”曹長”が正しい。歴戦の眼力は流石に否定されるものではない。
「全隊、突撃隊形……!」
レフチェクコ中佐が刀を抜いて指し示す。
「目標、敵後方!」
こちらのセレード兵もやる気はあるのだ。血塗れの白兵戦で根性、魂、男比べをするしかない。
前進、ラッパ吹奏。レフチェクコ中佐とその手勢の髑髏騎兵が先頭。
血の流れない勝利を望むのは甘過ぎる。砲弾でちょこちょこと殺されたくらい、膝の擦り傷みたいなものだ。もっと当たり前に、内臓絞るぐらいは出血するのが当たり前……と歴史と伝聞で知っている。
騎兵突撃は歩兵、砲兵の支援付きで行うのが基本。今、我々の目前にはそれを合わせたよりきっと凄い大頭領支援がある。
前列の二一一銃騎兵中隊、常歩にて進みながら横隊整列。自分が前に出て先導、列の乱れはミイカちゃんが隊列前を馬で走りながら各小隊長に指示して整頓。可愛いだけじゃない。声が高く、美少年系の美声で通りが良いので具体的な指示をする号令向き。
「二一一中隊構え! 大頭領閣下には銃弾なぞ効かんぞ、ご遠慮するな! ……狙え、撃て!」
中隊一斉射撃。敵に銃弾飛び込み、数十人倒す。この銃声で他所で迂回機動を取っていた友軍騎兵隊も突撃隊形を取り始める。
「二一二中隊、前ぇ! ホゥファー!」
『ホゥファー!』
一斉射撃を合図に後列の二一二槍騎兵中隊、我が中隊の隙間を縫って前へ、駆歩。
槍騎兵前進、前後列交代。交代を見送ってから銃騎兵も駆歩にて前進。
側方警戒に当たって、混乱していなかった一部の敵歩兵が小銃を並べて一斉射撃。槍騎兵倒れる、倒れた馬を踏んで転ぶ、残りは止まらない。
槍騎兵、襲歩に加速。拳銃を構えて一斉射撃。
『ホゥファー!』
そして騎兵槍。
騎兵槍は馬鹿な作りではない。前装式小銃は構造上、特別な狩猟用でもない限りは人の身長に合わせて作られる。銃剣も長短あるが、長くても長剣に至らない。そこを加味した柄の長さと軽さと均衡の造りで、衝突直前まで上向きに持って手を楽に、直前で長めに突き出す持ち方で、狙った敵の胸か腹の正中線を捉えるよう鍛えた握力と目玉に何か刺さっても閉じない根性で狙い定め、銃剣が刺さる前に殺して反撃を防ぐ。
敵は死に、死ぬ仲間やその背中から突き出る血塗れの穂先、固まって突っ込んでくる馬とイカれた顔をした騎兵を前にまだ踏ん張るか、逃げるか、腰が抜けるか、動けなくなるか、それに構わず勢い止まらぬ槍騎兵に轢き潰される。
敵側方警戒部隊、崩壊。
我々、後追いの銃騎兵は、槍騎兵突撃の通過後でも死んでいない残存敵に目をつけて弓矢と拳銃と刀で冷静に始末する。蓋が開けられた後は中身を掻き出す。
槍騎兵は衝撃重視。見た目の派手さ以上に敵は死んでいない。実際に命を奪うのは銃騎兵の仕事だ。
敵陣奥へ死傷者を踏みながら進む。まるで砲撃でも食らったように骨が突き出て、内臓をぶちまけ、四肢が千切れ飛んで、頭じゃなくなった顔の破片が散らばっているのは大頭領の手によると分かる。馬が全力でぶつかってもこうはなるまいという姿だ。
敵後方の部隊群へ反対方向からの騎兵突撃がぶつかる。これで挟んで潰した。ここの戦いは勝利確定。
「よ! 元気か!?」
突撃で合流した一一二中隊同期の知り合いに声を掛ける。イューフェ領の隣の貴族で馴染みの同年代。顔が血塗れで表情が分からないが顎と耳で大体分かった。
「サリシュフ! たぶん目玉落したぞ!」
「見りゃ分かる」
『ぎゃっはっはっは!』
笑った後、そいつは引っ繰り返って死んだ。
粉砕した敵兵、逃げ散っている。
この後方部隊の消滅を知ってか知らず、根性を出して突撃する敵部隊は第一予備師団主力による歩兵、騎兵、砲兵が連携した三方からの小銃、機関銃、大砲によるカチ合い弾が宙で火花散らす全力交差射撃を受けて潰れた挽肉となった。銃剣が届く距離まで進む気力は依然として必要だが、そこまで兵力が現存出来るような支援が無くてはどうにもならないことを目撃した。
そしてまだ無事で、一部統率された敵部隊は首都ではなくマインベルト国境を目指すように動き始めた。
次はマインベルト軍と? 流石に第一予備師団一個ではどうにもならない相手だから正規軍の出番だろう。
「大統領閣下、でらっしゃいますか?」
皆が死体突きではなく、敵味方問わず負傷者救命、止め刺し――アンドリクが今際の言葉を聞いて回って兵士のための祝福――を始めた頃。最後の抵抗をする敵兵を叩き潰した、血どころか臓物脳みそ骨片糞塗れになって衣装も何が何だか分からなくなっている塊にレフチェクコ中佐が声を掛けた。その手には実戦用とは思わなかった指揮棍が握られている。中佐も刀が欠けるくらいに戦って返り血を浴びているが、棍棒が折れていない大頭領はその比ではない。何だか今、位が高い程強いとか言われても納得しそうだ。
やはり最強が偉いのか?
「手巾、持ってらっしゃる?」
「これは失礼しました!」
レフチェクコ中佐が馬を降り、香水薫る手巾を手渡すと大頭領が顔を拭ってべっとりした混ぜ物を落して顔を出す。化粧どころか面をしたような、不気味な白磁の、術による白肌。銃弾も通さない、らしい。
「ご苦労様」
見て分かる。これがセレードの”お袋”だ。皆も外聞だけではないこの実体で納得をしただろう。ただ反エデルトの旗印でそう渾名される人ではない。
■■■
首都グードリン包囲開始。大砲は並べているが撃つ様子はない。攻城用にはちょっと頼りない門数のような気はするが。
大頭領命令で火傷面の師団長が降伏勧告を出し、守備隊長から拒否された状況でもある。シルヴ大頭領から直接、ファイルヴァインの時のように説明を受けたいとはちょっと思ったが、今はただの中隊長が親戚だからと話を聞きにいくのはおかしいだろう。あの太っちょの医療助祭からちょっと聞いてみるのは……何か意味も無く怒られそうだから話し掛けるのは止めよう。
会議から戻って来たレフチェクコ中佐に聞いてみるのが正道。
「これからどうするって言ってました?」
「砲撃はまだしない。どうもマインベルト軍はな、北のククラナ軍と南から……どうにかして来たアソリウス軍と、それから関税同盟本部? 本部じゃなくて聖王、いや本部でいいか。それが雇った帝国連邦の総統直轄の親衛隊だったか、あれが国境線辺りにいて東側からも圧迫して戦略的に包囲しているから動けないんだと。だからその状況があそこに伝わるまで待つらしい」
正規軍で北から抑えたのは分かる。
南からエデルト臣下のアソリウス軍とは、海を渡ってウステアイデン枢機卿管領に反関税同盟のイスベルス、関税同盟派のフュルストラヴとブリェヘムを越境してやって来たことになると思われる。シルヴ大頭領の要請か命令で北上して来たのだろうが、命令系統から通行許可の取り方からまるで分からない。おそらく政治的な曲芸の結果。
帝国連邦は成立前から正規軍を使って傭兵をやっていたので、関税同盟で予算がつけば無い話ではない。普通そんなことをする規模の国ではなくなっているのだが、兄は普通ではないので有り得るだろう。
マインベルトが戦略的に抑えられたから動けないという言い訳が出来るのは、カメルス伯国は名目上独立国であって属国ではなく、同盟国であるということからだと思われる。同盟不履行の不名誉を被ってでも途轍もない血塗れの事態は避けようという判断がされたのではなかろうか。これから違う判断が下される可能性はあるけども。
「間怠っこしいんだよ、俺が砲弾より先に突っ込んでやるよ! 皆、本だとか読んで政治とかなんとかし始めるから臆病なんだよ!」
何も分かっていない、むしろ敢えてしないルバダイのお馬鹿の口を後ろから手で塞いでついでに首を絞める。
「始まる前に戦争が終わってたようですね」
「占領後か……併合後か? そっちが本番かもしれんな」
ルバダイがもごもご言って暴れる。それを見てレフチェクコ中佐が辛そうに溜息。
ただの戦争より面倒な作戦が待ち構えているようだ。
民衆蜂起があるだろう。しかし昔のように虐殺で解決は出来ない。エグセン人が作った関税同盟に加盟している状態で、エグセン人が中心のカメルス伯領で、ベーア人物語流行以降、同じエグセン人という意識が形成されている中では困難。だから誰が敵か分からない中、明確に主犯と見られる者しか罰してはいけないという戦いが始まりそうだ。
「てめぇサリシュフ、ビビったのかおぅ!? さっきので金玉落したのか! 俺が拾ってきてケツにチンポで突っ込んやるよ!」
「そうじゃない。説明しても分からんだろうからあれだ、大人しくしてろ」
「うがぁー!」
このお馬鹿みたいな連中はそれがどうした、と思っていることはこれで分かる。政治がちょっと分かる良識派の自分でも外聞気にしなくていいならやっちゃってもいいんじゃないかな、くらいには思っているので事は深刻。
シルヴ大頭領がどうにかするはずだが。
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